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鹿児島地方裁判所 平成7年(ワ)1140号 判決 1997年3月24日

原告(選定当事者・選定者)

小谷芹

選定者

小谷笑子

小谷睦男

被告

鹿児島県

右代表者知事

須賀龍郎

右指定代理人

岡村善郎

大西勝滋

伊東文彦

串崎明義

山之口猛

近川正幸

松ヶ野昌勝

前田博

宮内健義

加藤眞之

永野保任

藤崎正博

村口登基郎

吉松英治

理由

第一  請求の原因一(本件ダム等が原告の権刺・利益を侵害する客観的かつ高度の蓋然性の有無)について判断する。

一  判断の前提となる事実

当事者間に争いない事実(破線部分)及び〔証拠略〕によれば、以下のとおり認められる。

1  本件ダム等の概要

(一) 位置関係等

(1) 本件ダム等(概略は、第1・2・5・8・11図面参照。同図面東方が上流)は、下園川の河口近くに、第1・5・8図面のとおり設置されている(〔証拠略〕)。

本件ダム及び前堤(ダムの水叩き部が洗掘のおそれがある場合に、ダムの保護を図る目的で設置するもの。〔証拠略〕)は、下流から上流に向け、第一ダム、第二前堤、第三ダム、第四前堤、第五ダム、第六前堤及び第七ダムの順に、階段状に設置され(〔証拠略〕)、第11図面(〔証拠略〕)のとおり、各ダム・前堤間の水平距離(ダムの本堤中心と前堤の下流側側面間)は、第一ダムと第二前堤間で一二・八m、同前堤と第三ダム間で一〇・二m、同ダムと第四前堤間で一六・一m、同前堤と第五ダム間で一二・四m、同ダムと第六前堤間で一六・七m、同前堤と第七ダム間で一三mであり、各ダムの高低差(各放水路天端間の垂直距離)は、第一ダムと第三ダム間で五m、第一ダムと第五ダム間で一一・四m、第一ダムと第七ダム間で一八・四mであり、渓床勾配(設置したダム背後に土砂の堆積が完了した場合における勾配)は、第一及び第五ダムが一〇%、第三及び第七ダムがほぼ水平となるよう計画されている(〔証拠略〕)。

(2) 本件ダム等の上流には、既設第三治山ダム(昭和四八年設置)及び既設第四治山ダム(昭和五〇年設置)がそれぞれ設置され(第七ダムの上流にあって、第1図面等には表示不能。〔証拠略〕)、町道墨屋線と交差するすぐ上流には、ダム二基及び前堤一基が設置されている(〔証拠略〕)。

〔〔証拠略〕〕

(二) 形状・寸法等

本件ダムは、「本堤(本ダム)」と「前堤(副ダム)」からなり、その間には「水叩き工」と「側壁」がある。その各部分の名称と形状の概略は、第8・9図面のとおりであり、各ダム等の形状・寸法の詳細は、第12ないし第21図面(〔証拠略〕)のとおりである。

〔〔証拠略〕〕

2  本件ダム等の設置による現況の変化

(一) 増水時の水位

本件ダム及び前堤の設置により、増水時の水位は、ダムの袖(第9図面)の高さまで含め、第一ダム地点で、前面川底より五m、第三、第五及び第七ダム地点で、本件各土地よりそれぞれ約三・五m、約九・五m、約一六・五mの高さとなり(第2図面)、右設置以前に比して上昇している(双方の主張)。

〔〔証拠略〕〕

(二) 川幅

第5・8図面のとおり、(ア)ないし(ウ)及び(オ)の護岸工の設置により、川幅は、ダムの幅に比べて狭くなっており、(ア)の護岸工の設置により、上流の第三ダムの幅二八・五mに対し約九・二ないし約一〇・三五m、(イ)の護岸工の設置により、上流の第五ダムの幅二四・二mに対し約一〇・五ないし約一〇・六m、(ウ)の護岸工の設置により、上流の第七ダムの幅三〇mに対し約一〇・五mとなっている。

〔〔証拠略〕〕

3  本件各土地・建物と本件ダム等との関係

(一) 本件各土地・建物は、第一ダムの南西方向に位置し、本件建物と同ダムとの最短距離は、約一七mであり、同建物と下園川との最短距離は、約九mである(第1・5図面)。

〔〔証拠略〕〕

(二) 本件各土地・建物と下園川との間には、下園道路と呼ばれる急傾斜の道路が存在している(第1・5図面)。

〔〔証拠略〕〕

(三) 第一ダムの水位と本件各土地の高さ

ダムの放水路がせき止められると、水はダムの袖の部分の上を流れることになるが、本件各土地に最も近い第一ダムの袖の最上部の高さ(同ダムの放水路の高さ二八・〇〇m(第11図面。〔証拠略〕)に袖の高さ二・〇〇m(一・五〇m+〇・五〇m。第12図面。〔証拠略〕)を加えた三〇・〇〇m)と同地の地盤高(三二・二〇m。第11図面。〔証拠略〕)との差は二・二mである。

〔〔証拠略〕〕

4  本件ダム等設置の根拠

(一) 法律の根拠

本件ダム等は、いずれも、治山治水緊急措置法(〔証拠略〕)二条一項の治山事業のうち、同項一号に規定する森林法四一条の保安施設事業によって設置された。

〔〔証拠略〕〕

(二) 通達の根拠

(1) 第一及び第五ダムは、治山治水緊急措置法に基づいて策定された第三次及び第四次治山事業五箇年計画(〔証拠略〕)の一環として、昭和三五年八月三〇日三五林野指第六四二一号林野庁長官通達「昭和三五年以降発生災害荒廃地復旧事業の取扱いについて」(〔証拠略〕)及び昭和四八年一一月二七日四八林野治第二二三五号林野庁長官通達「民有林補助治山事業実施要領の制定について」(〔証拠略〕)に基づく復旧治山事業により設置された(〔証拠略〕)。

(2) 第三及び第七ダム、第二、第四及び第六前堤並びに(ア)ないし(オ)のコンクリート護岸工は、昭和六二年五月二〇日六二林野治第一六七四号林野庁長官通達「災害関連緊急治山等事業実施要領の制定について」(〔証拠略〕)に基づく災害関連緊急治山事業により設置された。

5  本件ダム等設置の経緯等

(一) 下園川の特徴

(1) 下園川は、渓流の長さ約一km、渓流の集水区域面積約二〇ヘクタール(〇・二平方キロメートル)で、流域の森林のほとんどが天然林である。第一ダム付近から下流は、渓床勾配も緩やかで、流出土砂が堆積する区間であるが、同ダム付近より上流約二五〇mの間は、渓床勾配が急で、通常は流水はほとんどないが、豪雨等により渓流の両岸が浸食されて土砂が流出する、いわゆる土砂発生及び土砂流送区間である。

〔〔証拠略〕〕

(2) 下園川は、渓流内に転石を含む崩壊土石が相当量堆積しており、渓流の両岸がかなり高く、特に、左岸側の山脚部は、流水でかなりえぐられて転石崩壊し、放置するとさらに渓床が浸食され、崩壊が拡大するおそれのある、いわゆる「渓岸浸食型」河川(〔証拠略〕)であり、これを放置しておけば、流水による縦横浸食により崩壊が広がり、渓流が広くなって、そのたびに土石が生産されて下流へ押し流されていく危険があり、その危険性も常に豪雨等で変化していくから、それに応じて対策を講じていく必要がある。

〔証拠略〕

(3) 渓岸浸食型河川は、流路が短小で、渓床勾配が急なため、流量は降雨量に左右され、急激に増加したり減少したりする傾向も持ち、しかも、流水は、渓岸部や渓床部を浸食し砂礫を生産して、豪雨時には多量の流水や砂礫が短時間に流下する特徴を持っており、下園川では、土砂の他に、樹木、大小の岩石(〔証拠略〕)、ときには巨岩(〔証拠略〕)を運んでくることがある。

〔〔証拠略〕〕

(二) 本件ダム等設置以前の災害(巨岩の流出・その1)

下園川においては、昭和一三年一〇月一五日の大豪雨時には、巨岩が河口付近まで運ばれたほか、現在第一ダムが存在する地点の下流約五m付近に居座った周囲約二五m、高さ約三mの巨岩(〔証拠略〕)に土石、流木が堰き止められた結果、激流は鉄砲水となり、本件各土地上にあった建物のみならず、近隣の土地建物を襲い、五名の死者をだす参事となった。(〔証拠略〕)

〔〔証拠略〕〕

(三) 第五ダムの設置

その後、下園川氾濫の災害はなかったが、昭和四四年一一月七日、土石、雑木が町道(第1図面参照)まで流出する程度の小型の氾濫が起き(〔証拠略〕)、また、下園地区では、昭和四六年八月三日の台風一九号の豪雨により、下園川上流から土砂流出が起こり、それが原因で川が氾濫し、渓流が荒廃したことから、このまま放置すれば、渓流の荒廃がさらに拡大するおそれがあるとして、被告は、昭和四七年三月一七日から同年八月三〇日までの工期で工事を実施し、第五ダムを設置した。

(四) 第一ダム及び既設第三治山ダムの設置

下園川では、第五ダムの設置により、同ダム上流域の土砂の流出は抑制されたものの、同上流域に堆積する不安定土砂が流出するおそれがあり(〔証拠略〕)、また、同ダム下流域に堆積していた土砂が流出し、転石が露出し渓床に浸食のおそれがあったため、被告は、同流出を防止して両岸の山脚を固定することを目的として、昭和四八年一〇月二五日から昭和四九年三月一九日までの工期で工事を実施し、第一ダム及び同ダム上流に既設第三治山ダム(〔証拠略〕)を設置した。

(五) 既設第四治山ダムの設置

既設第三治山ダムの設置により、同ダム下流域への土砂流出は抑制されたものの、同ダム上流域の渓床に堆積している不安定土砂が流出するおそれがあったため、被告は、同流出を防止して両岸の山脚を固定することを目的として、昭和五〇年八月二五日から昭和五一年一月二六日までの工期で工事を実施し、既設第四治山ダム(〔証拠略〕)を設置した。

〔〔証拠略〕〕

(六) (カ)の護岸工の設置

昭和五〇年、被告は、第一ダム下流の左岸側に、昭和五〇年度復旧治山事業及び根占町単独事業として(カ)の護岸工を設置した。

〔〔証拠略〕〕

(七) 平成二年の災害(巨岩の流出・その2)

平成二年九月二八日から二九日にかけて台風二〇号が鹿児島県下を襲い、大隅半島中南部の根占町一帯では、台風に伴う集中豪雨に見舞われ、流水の縦横浸食によって渓岸の山腹が崩壊し、小規模な崩壊・土石流が発生したが、その際、上流から、周囲約一二m、高さ約二mの巨岩(〔証拠略〕)が流れてきて、第五ダムの左袖(上流から見て、以下同じ)を決壊させ(〔証拠略〕)て落下し、第一ダムで止まって堰を形成し、流木や土石を盛り上がらせ、泥水が一・五mの高さで、本件各土地建物を襲い、第一及び第五ダム間に植えられていた杉を倒して(〔証拠略〕)、本件建物の台所まで流出させるとともに、右流木や土石は、昭和一三年の大豪雨時に運ばれ、居すわっていた巨岩(〔証拠略〕)に引っかかり、更に盛り上ったが、既設堤防と右巨岩が堤防の役割を果たし、本件各土地より二・五m盛り上がった鉄砲水(〔証拠略〕)が本件各土地に流入するのを食い止めた上、第一ダムで堰を形成していた巨岩(〔証拠略〕)が第一ダムの右側の袖を決壊させた(〔証拠略〕)ため、本件建物は被害を免れた。

〔〔証拠略〕〕

(八) 第三及び第七ダム、第二、第四及び第六前堤並びに(ア)ないし(ウ)及び(オ)の護岸工の設置

右(七)認定のとおり、台風二〇号により、第五及び第一ダム自体が損傷し、また、集中豪雨によって山崩れや土石流が発生し、海岸線に沿う急斜面下の山麓部では、家屋の破壊や道路の決壊、農地の埋没等の多大な被害を受けたことから、被告は、平成二年の災害関連緊急治山事業として、第一及び第五ダムを修復するとともに、第三及び第七ダム、第二、第四及び第六前堤並びに(ア)ないし(ウ)及び(オ)の護岸工を設置した。

〔〔証拠略〕〕

(九) (エ)の護岸工の設置

第一及び第三ダム間の左岸部で山腹の小崩壊があったため、ダム袖部の保全と山腹土留工の機能を兼ねた袖かくし工として、平成三年、(エ)の護岸工を設置した。

〔〔証拠略〕〕

(一〇) その後の災害等

平成五年八月六日のいわゆる八・六水害(鹿児島下を襲った大水害)の際には、一時間当たりの最大降水量が、鹿児島市では五六mmであったのに対し、根占町に隣接する佐多町では六mmであり(〔証拠略〕)、本件ダム等及びその周辺には災害は発生していない。

6  本件ダム等設置の基準

(一) 治山技術基準

治山事業は、国土の保全、水資源の涵養等、森林の持つ公益的機能の維持向上に資することを目的とする(〔証拠略〕)が、その目的を達成するには、専門的な治山技術の裏付けを欠くことができないため、林野庁が、過去の治山事業に関する技術を整理・標準化し、同事業の調査、計画、設計、施工、検査及び維持管理を実施するために必要な技術上の基本的諸事項を体系化して定めたのが「治山技術基準」(昭和四六年三月二七日付け四六林野治第六四八号林野庁長官通達。〔証拠略〕)であり(〔証拠略〕)、同基準は、治山治水緊急措置法(〔証拠略〕)に定める治山事業及びこれに関連した災害復旧事業並びに災害関連事業等に適用されるものである(〔証拠略〕)。

(二) 治山ダムの目的及び設置基準

同基準によれば、治山ダムは、渓床の安定及び崩壊地の山脚を固定して、山腹工事の基礎工とし、あるいは、崩壊地の自然復旧を促進し、さらに進んで、渓床の縦浸食及び横浸食による荒廃の危険性のある山脚及び渓床を固定して、山腹崩壊の防止と不安定土砂の移動防止、あるいは土石流による渓床、渓岸の荒廃を防止して、下流への流出土砂を抑止することを目的とし、<1>渓床勾配を緩和して安定勾配に導き、縦浸食及び横浸食を防止する作用、<2>山脚を固定して崩壊の発生を防止する作用、<3>渓床に堆積する不安定土砂の移動を防止する作用、<4>土石流による渓床・渓岸の荒廃を防止して下流への土砂流出を抑止する作用の四つの機能(以下、これら機能は、番号で特定する。)を有するところ、同基準は、治山ダムを、これら全機能を有する「えん堤」、<1><2><4>の機能を主とする「谷止」、<2><3><4>の機能を主とする「床固」に大別した(〔証拠略〕)上、現地の状況に応じて、ダムの位置、方向、計画勾配、高さ、型式・種別、放水路、袖、断面、基礎、水抜き、洗掘防止、副ダム、水叩き工、側壁等の各項目について、工学的な計算に基づく具体的かつ詳細な設置基準を設けている(〔証拠略〕)。

(三) 本件ダム等の治山技術基準適合性

同基準によれば、渓岸浸食型河川においては、渓岸の浸食を防止するために渓間工(治山ダム)で縦浸食の防止、流路の固定を図り、護岸工等によって山脚の浸食を防止することが効果的な方法であるとされ(〔証拠略〕)、特に、集落等に直接流入する勾配の急な渓流にあっては、山腹の崩壊土砂や渓流の堆積土砂の流出が引き金となって土石流となり、大きな被害を与えることも少なくないので、このような箇所に対しては、数基以上の治山ダムを連続的、計画的に配置するとか、堅固な地盤の箇所で上流側にやや広い渓幅がとれる箇所で、土石流のエネルギーを減殺させる目的でやや高いダムを設けるなど、適切な計画を策定するものとされている(〔証拠略〕)ところ、下園川(右5の(一)の(2)に認定のとおり、渓岸浸食型である。)においても、右基準に従い、本件ダム等が設置されているが、原告の主張と関連する項目についての詳細は、以下のとおりである。

(四) 治山ダムの位置

治山ダムの位置は、地耐力の不足によるダムの沈下、越流水による下流のり先の洗掘及び両岸浸食によるダムの破壊防止のため、渓床及び両岸に堅固な地盤が存在するところを選定するのが望ましく(〔証拠略〕)、荒廃渓流において、縦浸食又は横浸食が著しい区域、あるいは渓流荒廃地の区域が長い場合は、階段状に治山ダムを計画し、その場合には、最下流の基礎となるダムの位置は、堅固な基礎地盤であることが望ましいが、このような条件にない場合には、副ダム、水叩き工等、必要な工法で保護しなければならないとされている(〔証拠略〕)ところ、

(1) 第五ダムは、基礎地盤及び両岸の土質が強固な場所であるのみならず、下園川流域には、渓流の左岸に沿って上流に登り、渓流を渡って右岸の上部台地の畑に通じる耕作歩道があり、同歩道が確保できる位置にして欲しい旨の地元住民からの要望を勘案して、現在場所に決定し(〔証拠略〕)、

(2) 第一ダムは、第五ダムの設置後、同ダム下流の渓床浸食が進行していたため、それ以上の浸食を防止すべく、渓流の傾斜が急な浸食区間から傾斜が緩やかな堆積区間へと移行する箇所で、かつ両岸が堅固で下流ののり先浸食のおそれのないこと及び耕作歩道の確保の必要性等を考慮して現在場所に決定し(〔証拠略〕)、

(3) 第三ダムは、第五ダムと第一ダム間が水平距離で五一・五m、高低差で一一・四mもあり(第11図面。〔証拠略〕)、かなりの急傾斜であったため、渓床勾配を緩和して縦横浸食を防止すべく、右両ダム間の、渓岸の崩壊部分の山脚の固定に効果的で、かつ基礎地盤及び両岸の取付部が強固な場所に決定し(〔証拠略〕)、

(4) 第七ダムは、渓床に堆積している不安定土砂の流出防止と、特に右岸の渓岸崩壊箇所の山脚を固定するため、基礎地盤及び両岸の取付部が強固な場所に決定し(〔証拠略〕)、それぞれ設置されている。

(五) 治山ダムの計画勾配

計画勾配とは、設置したダム背後に堆積する土砂の勾配を、渓流の状況に応じて、できるだけ浸食の起こらない安定した勾配に導き、渓流の安定を図るために設置される勾配のことをいう(〔証拠略〕)が、治山ダムに堆砂が完了した場合の計画勾配は、渓床を構成する砂礫の形状、粒径及び流量等を考慮し、現渓床勾配の二分の一ないし三分の二程度を標準とし、軽しょうな砂礫で構成されている渓流の計画勾配は、原則として水平または水平に近い勾配とするとされている(〔証拠略〕)ところ、第一及び第五ダムは、当時の渓床勾配の概ね二分の一の一〇%程度で計画され、第三及び第七ダムは、平成二年の台風による渓流の荒廃状況の調査結果から、渓床の浸食防止を徹底すべく、できるだけ緩勾配(ほぼ水平)とされている(第11図面。〔証拠略〕)。

(六) 治山ダムの高さ(堤高。第9図面)

治山ダムの高さ(堤高)は、ダム築設の目的、計画勾配、施行箇所の状況等に応じて決定される(〔証拠略〕)ところ、本件ダムは、主として、渓床勾配の緩和による縦横浸食の防止を目的としていたから、第一及び第五ダムは、計画勾配を一〇%程度とするために堤高を四m及び七mと、第三ダムは、ダム間の勾配をほぼ水平とするために堤高を五mと、第七ダムは、渓流右岸部の山腹のこれ以上の崩壊の拡大を防止するため山脚の固定を図ること及び上流からの土砂流出に対して十分な堆砂能力を持たせることを考慮して七mと、それぞれ決定されている(〔証拠略〕)。

(七) 放水路の位置・形状(第9図面)

(1) 放水路の位置は、ダム計画箇所の上下流の地形、地質、渓岸の状態、流水の方向等を考慮して決定される(〔証拠略〕)ところ、本件ダムでは、両岸の横浸食の進行を防止すべく、流心が渓床のほぼ中央にくるように定められている(〔証拠略〕)。

(2) 放水路の形状は、底部が水平な台形を標準とし、下長は上下流両岸の状況を考慮して決定し、側のりは一割又は五分を標準とし(〔証拠略〕)、一般的には、越流水深を減じ落下水力を弱め、ダム下流のり先(水叩き)洗掘の軽減を図るため、下長は長い方が望ましいが、他方、流出砂礫の多い渓流においては、渓流の偏流をきたし、渓岸の横浸食を助長するおそれがあり、また、ダム下流側では、渓床幅をさらに広める結果となり、かえって流路を規正できないおそれがあるとされているところ、下園川は流出砂礫の多い渓流である(土質が花崗岩の風化土で粒子が小さい。〔証拠略〕)ことから、右のバランスを考慮して、現在の形とされている(〔証拠略〕)。

(3) 放水路断面は、流下する砂礫、流木、土石流等を考慮して、計画最大高水流量で算出された流積に、余裕を見込んで決定すべき(〔証拠略〕)ところ、本件ダムの放水路断面は、いずれも、降雨量の設計値を一時間当たり一〇〇mm(下園川流域を含む田代(昭和五二年以降)・佐多地区(昭和五四年以降)における一時間当たりの最大雨量は、八四mm(昭和五七年八月二日。〔証拠略〕)であって、右設計値を下回っている。)、流出係数(渓流に流入する雨水流出量の降雨量に対する割合で、土中の浸透力がないと、その値は一に近づく。)の設計値を一時間当たり一・〇として計画最大高水流量を算出し、本件ダム上流側が天端まで堆砂した場合の流量で、右計画最大高水流量の四・一ないし五・八倍の水流が可能なだけの断面とされている(第10図面の計算式参照。〔証拠略〕)。

(4) 放水路袖は、洪水時の越流を考慮に入れ、十分強固なものでなければならず(〔証拠略〕)、また、袖の天端は原則として両岸に向かって勾配を付けるものとされている(〔証拠略〕)ところ、本件ダムの放水路袖の構造は、放水路天端と同厚であり、土石流や流木等の越流を考慮して勾配が付けられている(〔証拠略〕)。

(八) 水叩き工及び前堤の形状・構造等

治山ダムの下流のり先が洗掘されるおそれがある場合には、副ダム(前堤)または水叩き工を設けるか、両者を併設してその防止を図る、副ダムの構造は、本ダムに準ずるが、袖天端には原則として勾配は付けない(〔証拠略〕)、治山ダムの水叩き工の勾配は、原則として水平とする(〔証拠略〕)、治山ダムの側壁は、原則として治山ダムの水叩き部の両岸が浸食されるおそれがある場合、または水叩き部において、流路を規正する必要がある場合に設ける(〔証拠略〕)とされているところ、本件の第二、第四及び第六前堤並びにそれに付設の水叩き工及び側壁は、いずれも右基準に沿って設置されている(第8・11・13・14・16図面。〔証拠略〕)。

(九) (ア)ないし(ウ)及び(オ)の護岸工の位置及び構造

護岸工は、流水による渓岸の横浸食の防止、及び山腹崩壊の防止又は山腹工作物の基礎とすることを目的とし、したがって、渓流の凹曲部のように、流水が直接渓岸に衝突し、渓岸を浸食する場合、または浸食によって山腹崩壊のおそれがある山脚部の基礎として、治山ダムと併用する場合が多く、護岸工の位置は、渓流における水衝部、山腹崩壊の拡大または崩壊のおそれのある箇所、及び山腹工作物の基礎の保全等が必要な箇所に計画するものとされている(〔証拠略〕)ところ、これに従い、

(1) (ア)ないし(ウ)の護岸工は、本件ダムと上流側の前堤間の流路を規正するとともに渓岸の横浸食を防止し、渓岸崩壊地の山腹工の基礎として、上流側の前堤の放水路上長及び下流のダムの放水路上長より多少広くなる位置に、形は直線で取り付けられ(〔証拠略〕)、

(2) (オ)の護岸工は、第一ダム下流の左岸側に昭和五〇年に設置されていた(カ)の護岸工による流水の跳ね返り等により、右岸部が浸食され、山腹の崩壊によって渓流が閉塞されるのを防止し、流路の規正と渓岸山脚の固定を図るべく、設置されている(〔証拠略〕)。

二  判断

右一の認定によれば、

1  確かに、本件ダム等の設置によって、それ以前と比較して、

(一) 同ダム及び前堤等、堰の役目を果たすものが多くなり、川幅が狭くなり、川底の傾斜が緩やかになったから、増水時において、土石や流木等が同ダム等に引っかかり、堰を架けやすくなる可能性があること、

(二) 下園川の水位が高くなり、特に、増水時において、土石や雑木等が流下し、各ダムの上流側を埋め立てた場合には、さらに水位が上昇する可能性があること、

がそれぞれ認められるところ、原告は、右事実をもって、本件各土地・建物等に対する鉄砲水等の発生するおそれが客観的かつ高度の蓋然性の程度にまで至っている旨主張・供述(〔証拠略〕)する。

2  しかしながら、

(一) 前記認定のとおり、本件ダム等は、その形状、構造、設置場所及び位置関係等が、治山技術基準に基づいているから、これらを設置する以前に比して、渓岸の崩壊による土砂・岩石、流木等の流出自体を防止し、災害の軽減を図るという役割を果たしていると一応合理的に推認される上、

(二) 原告がその主張の前提とする、増水時において、巨岩等が流下してくるという場面を具体的に想起しながら、鉄砲水等のおそれを仔細に検討してみると、

(1) 第一ダム上流の第三、第五及び第七ダムに巨岩が堰を架け、流水ないし鉄砲水が左岸(本件各土地・建物)方向に流出したとしても、第一ダムと第三、第五及び第七ダムとの距離関係(本堤中心間の水平距離にしてそれぞれ二三m、五一・五m、八一・二m)及び高低差(各放水路天端間の垂直距離にしてそれぞれ五m、一一・四m、一八・四m)からみて、流水は、本件各土地・建物に至る前に、再び下園川に吸収され、本件各土地・建物にまで至るとは認め難いから、巨岩が堰を架けることにより、本件各土地・建物に危険が生じうるとすれば、第一ダムに堰を架けたときに限られること、

(2) 上流から巨岩が流下したとしても、最も上流の第七ダムに引っかかり、それより下流に流下することは少ないと考えられ(〔証拠略〕)、仮に、第七ダムの上流が他の土石等により埋め立てられたことによりその上を移動し、あるいは同ダムの袖が決壊する等して、巨岩が流下したとしても、さらに、第五ダム及び第三ダムが存在するため、第一ダムにまで至る可能性はきわめて小さいこと、

(3) 仮に、巨岩が第七、第五及び第三ダム(及びその各前堤)の袖を決壊させ、あるいは各ダム上を移動して、第一ダムに至ったとすれば、第一ダムも、上流の各ダムと同程度の規模及び強度を有するにすぎないと解されるから、巨岩は第一ダム上を移動するか、同ダムの袖を決壊させるかして、同ダムに長時間にわたって堰を架けることはないと考えられること、

(4) 仮に、巨岩が第一ダムに堰を架けることがあったとしても、同ダム袖と本件各土地との高低差は二・二mあり、また、同土地と下園川との間には急傾斜の道路が存在することからみて、流水が、ただちには、本件各土地・建物を襲うわけではないこと、

(5) 確かに、下園川流域には、右(4)の高低差が問題にならないほど大きな巨岩が存在しており、それらが流下することも考えられるが、そのような場合には、本件ダム等の存否にかかわらず、同流域に堰を架ける可能性があると認められる(右一の5の(二)の昭和一三年の豪雨時の状況参照)のであって、本件ダム等が存在することにより、それらの設置以前に比して、その危険性が高度となるとはいえないこと、

以上のとおり判断される。

(三) 原告は、平成二年の台風二〇号に伴う集中豪雨の際、現実に、巨岩が第五ダムの袖を破壊して第一ダムに堰を架けて流水を盛り上がらせ、本件各土地・建物に被害を及ぼす寸前にまで至ったことをもって、右危険性が実証されている旨主張・供述(〔証拠略〕)するが、前記認定のとおり、その後の工事により、第一ダムの上流に、既に設置されていた第五ダムに加えて、第三及び第七ダムが設置され、当時とは客観的状況が異なる(右(二)の(2)参照。なお、同川の治山事業は、今後も継続して施工される予定であり、完了したわけではない。〔証拠略〕)上、第三及び第七ダムの設置後、現在に至るまで、同川が氾濫し、本件各土地・建物に何らかの危険が生じたと認めるに足りる証拠がないことに照らし、採用できない。

3  右2の認定、判断を合わせれば、右1の事実から、本件ダム等の設置によって、本件各土地・建物に対する鉄砲水等の発生するおそれが客観的かつ高度の蓋然性の程度にまで至っているとの原告主張事実を認めるのは困難であるところ、他に、同事実を認めるに足りる証拠はない。

(裁判長裁判官 簑田孝行 裁判官 西郷雅彦 野田恵司)

第8図面

<省略>

第11図面

<省略>

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