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鹿児島地方裁判所 平成3年(ワ)31号 判決 1993年3月29日

鹿児島市<以下省略>

原告

訴訟代理人弁護士

久留達夫

福岡市<以下省略>

被告

久興商事 株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

上田正博

主文

一  被告は原告に対し金三四八万四四八一円及びこれに対する平成二年四月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し金六九六万一九六二円及びこれに対する平成二年四月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、国内公設市場における大豆先物取引につき、原告が不法行為、債務不履行、公序良俗違反による無効を理由として、損害の填補を求めている事案である。

(1)  請求の原因

一  原告と被告の地位

原告は、昭和○年○月○日生の主婦であり、原告の夫Bは昭和○年○月○日生の船員である。被告は商品取引所上場商品の売買取引受託業務等を行う商人である。

二  本件取引の実態

1 原告は、昭和六三年二月一二日、被告の従業員Cから電話を受け、輸入大豆・関門大豆の先物取引を勧誘された。原告が、そんなお金はないと断ると、「借りても儲かる」とか「直ぐに倍になる」とかいって、原告が何回断っても執拗に取引を勧めた。そのため、原告は、とうとう五〇万円だけ委託証拠金をだすことを承知させられた。Cのこのような勧誘は、「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」にある「新規委託者の開拓を目的として面識のない不特定多数に対して無差別に電話による勧誘を行うこと」を禁止した事項に違反し、主婦等家事に従事する者に対する勧誘を禁じた新規取引不適格者参入防止協定に違反し、商品取引において利益を生じることが確実であると誤解させるような判断を提供してその委託を勧誘することを禁止した商品取引所法九四条一号、受託契約準則一六条二号に反する。

2 昭和六三年二月一五日、被告の従業員のC及びDが、五〇万円を取りにきたので、委託証拠金五〇万円を渡した。原告は、被告の従業員にいわれるままに書類に原告の氏名を書き押印した。ところが、その後、被告の従業員が原告の氏名ではまずいので、原告の夫の氏名を書くようにいわれ、原告は書類に原告の夫の氏名を書いた。その後の取引は、すべて原告の夫の氏名でなされている。原告の夫は、一度も商品取引の委託をしたことはなく、被告も原告の夫とは全く商品取引の話をしたことはない。このことは、仮名等による売買の勧誘を禁止した全国商品取引員協会連合会が定めた協定事項に違反するものである。

3 昭和六三年二月一七日、被告の従業員のEから電話があり、「二〇枚買うよう」に勧められた。Eは「今は上がっている」「確信がある」といって、そんなお金はないという原告に対し、二〇枚分一〇〇万円の金をだすことを約束させた。Eの行為は、新規委託者について三か月の保護育成期間中、原則として二〇枚以下の建玉でしか取引することができないとされた全国商品取引員協会連合会制定の新規委託者保護管理協定に反するものである。翌一八日ころ、被告従業員が一〇〇万円を取りにきたので、委託証拠金一〇〇万円を渡した。その際も「三〇〇万円位すぐ儲かる」とか「指輪など直ぐ買えるようになる」といって、利益を生じることが確実であるような話をした。同月一九日ころ、今度はDが一〇枚分一〇〇万円を取りにきので、委託証拠金一〇〇万円を渡した。Dは「午前一〇時で二五五〇円、午前一一時で二五六〇円になっているから心配はない」とことさらに値があがっていると強調した。

4 昭和六三年二月二二日、Eから更に「五〇枚買うように」という電話があったが、原告はお金がないと断った。同月二三日、原告が再度お金がないと電話すると、「既に五〇枚買ってある」といわれた。その後も、被告の従業員から電話で、「もう買ってあるのだからお金を準備せよ」という話があったが、原告はお金が用意できなかったため、原告の夫の名義で二五〇万円を借入れ、三月一日ころ委託証拠金二五〇万円支払った。夫に無断であった。このころ、Eは原告に「今利益が三〇〇万円位になっている」と説明していた。ところが、三月一〇日ころ電話で「今精算すると二〇〇万円の損になる」といわれた。原告には全くその意味がわからなかった。原告は何が何だかわからなくて早く精算して欲しいといったが、Eは原告の家にきて「今精算したら二〇〇万円も損をする」「両建にしたらよい」「その場合あと三〇〇万円あったらよい」「更に取引を続けるよう」勧められた。原告が、それは絶対できないというと「それでは二〇〇万円」と勧め、最後には「一〇〇万円でも」と勧められ、とうとう一〇〇万円を出すことを約束させられた。これは無意味な両建を禁じた全国商品取引員協会連合会の指示事項に反するものである。原告は、夫の郵便貯金通帳からおろして、同月一二日ころ、被告に委託証拠金一〇〇万円を支払った。これも、夫に無断であった。その後も、被告から何回も電話があったが、四月一九日ころEから電話があり、「確実に今までの分を取戻すことができるから更に取引を続けるよう」に勧められた。原告は、自分の郵便貯金の定期貯金や簡易保険等を解約して、四月二一日ころ被告に委託証拠金一〇〇万円を渡した。

5 その後も、被告から何回も電話がきていたが、昭和六三年五月三一日ころ、被告の従業員Fに電話したところ、「売買はしなくても一か月おいておくとお金は減っていく」「少しでも残したかったら決済しますか」「残りは三〇〇万円になっている」といわれた。原告は決済すると返事した。それまでも、原告は何回も口頭で決済をしたいと被告に連絡したが、被告は受入れてくれなかった。そこで、原告は六月一四日付の内容証明郵便で被告に契約解除の通知を出した。ところが、右通知書を出した後も、被告は直ちに決済をせず「少しでも取戻すよう」勧め、とうとう「取引を続けるよう」説得された。当時、原告は鹿児島県消費者センターに苦情を出していたが、被告から苦情取下書を書くようにいわれ、いわれるままに取下げた。被告の従業員の行為は委託証拠金の返還遅延を禁止した商品取引所法施行規則七条の三第一号や定款に違反する。その後も被告から度々電話が入っていたが、原告には取引がどのようになっているのかほとんど理解できなかった。被告の方で勝手に売買を繰返していたものと思われる。これは、商品取引所法施行規則七条の三第三号や定款に反する無断売買又は一任売買である。

6 平成元年二月六日ころ、Eから大阪に転勤になったとの電話があり、次の担当はGになったということであった。この時、原告が農協に五〇万円返済しなければならないと伝えると、「利息だけ返済すればよいではないか」といわれた。原告は同月八日Fに電話して、再度五〇万円が必要なことを伝えた。その結果、同月一七日原告名義の鹿児島銀行普通預金口座に、被告から五三万一二〇〇円が振込まれた。その後も、被告から度々電話が入ったが、平成二年三月一二日ころ、Gから「上がるようだから買わないか」との電話が入り、四枚分二〇万円を買うことを約束させられた。同月一五日ころ、原告は委託証拠金二〇万円を支払った。同月二七日ころ、Gから「お金がいるようだったら仕切りしていい」との電話があった。原告は四月二日被告に取引を終わらせるように電話した。その結果、四月四日被告から三三万六八三八円が返還された。

三  責任原因

1 不法行為責任

被告の従業員の右行為は、故意又は過失により原告の利益を侵害した不法行為であり、被告は使用者として、これにより原告に生じた損害を賠償する責任を負担する。

2 債務不履行責任

被告の従業員の右行為は、商品取引法、同法施行規則、商品取引所定款、受託契約準則、指示事項、協定事項、新規委託者保護管理規則に反するものであり、被告は受託者としての債務不履行責任を負担する。

3 公序良俗違反

被告の従業員の右行為は、典型的な客殺しといわれるものであり、極めて悪質な公序良俗に反する行為であり、ひいては取引行為自体を全体として無効とするものである。

四  損害

原告は被告に預けた合計七二〇万円から、被告から返還を受けた八六万八〇三八円を控除した六三三万一九六二円の損害を被った。更に、原告は、本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、報酬として六三万円の支払を約束し損害を被った。

(2)  請求の原因の認否

一  請求の原因事実中原告と被告の地位、C・D・E・G及びFが被告従業員である事実、各金銭の授受の事実は認める。

二  請求の原因事実中その余の事実は否認する。

第三争点

1  責任原因

2  損害

第四争点に対する判断

Ⅰ  責任原因

一  本件商品取引の実態

争いのない事実及び証拠(甲三、乙一ないし三七、証人D、E、F、原告本人、弁論の全趣旨)によると次の事実が認められる。

1 原告は、昭和○年○月○日生の専業主婦であり、原告の夫Bは昭和○年○月○日生の船員である。原告は、商品先物取引の経験も、知識も全く有しなかった。

2 原告は、昭和六三年二月一二日以前から、全く面識のない被告の従業員Cから電話を受け、商品先物取引を勧誘された。Cは、その際、先物取引のルールや仕組みについての具体的説明や取引の危険性の説明は一切せず、「借りても儲かる」とか「直ぐに倍になる」とかいって、原告が何回断っても執拗に取引を勧めた。そのため、原告は、とうとう委託証拠金五〇万円だけだすことを承知させられた。

3 昭和六三年二月一五日、被告の従業員のC及びDが、一〇枚五〇万円を取りにきたので、委託証拠金五〇万円を渡した。その際も、C及びその上司であるDは、先物取引のルールや仕組みについての具体的説明や取引の危険性の説明をしなかった。それだけではなく、Dらは、かねて女性の顧客は紛議になることが多いので避けるようにと会社から指導を受けていたので、実際の取引主体が原告であり、原告が夫に無断で夫名義による契約書を作成するのを知りつつ、夫名義で取引するように勧めた。原告はDらにいわれるままに契約書類に原告の夫の氏名を書いた。その後の取引は、すべて原告の夫の氏名でなされている。原告の夫は、一度も商品取引の依頼をしたことはなく、被告も原告の夫とは全く商品取引の話をしたこともなく、原告が夫に無断で、夫名義で取引していることをその後も知りつつ取引していた。

4 昭和六三年二月一七日、被告の従業員のEから電話があり、「二〇枚買うよう」に勧められた。Eは「今は上がっている」「確信がある」といって勧めた。原告は、当初そんなお金はないといって断ったが、商品先物取引の全くの素人の原告としては、その道のプロであるEの確信に満ちた勧めを受けて、二〇枚分一〇〇万円の金をだすことを約束させられた。翌一八日ころ、Dが一〇〇万円を取りにきたので、原告はDに委託証拠金一〇〇万円を渡した。その際、Dは「三〇〇万円位すぐ儲かる」とか「指輪など直ぐ買えるようになる」といって、利益が生じることを確実であるような話をした。同月一九日ころ、Dが一〇枚分一〇〇万円を取りにきたので、委託証拠金一〇〇万円を渡した。Dは「午前一〇時で二五五〇円、午前一一時で二五六〇円になっているから心配はない」とことさらに値があがっていると強調した。

5 昭和六三年二月二二日、Eから更に「五〇枚買うように」という電話があったが、原告はお金がないと断った。同月二三日、原告が再度お金がないと電話すると、「既に五〇枚買ってある」といわれた。その後も、被告の従業員から電話で、「もう買ってあるのだからお金を準備せよ」という話があったが、原告はお金が用意できなかったため、原告の夫の名義で農協から二五〇万円を借入れ、三月一日ころ委託証拠金二五〇万円を支払った。夫に無断であった。このころ、Eは原告に「今利益が三〇〇万円位になっている」と説明していた。ところが、三月一〇日ころ電話で「今精算すると二〇〇万円の損になる」といわれた。原告には全くその意味がわからなかった。原告は何が何だかわからなくて早く精算して欲しいといっているのに、Eは原告の家にきて「今精算したら二〇〇万円も損をする」「両建にしたらよい」「その場合あと三〇〇万円あったらよい」「更に取引を続けるよう」勧めた。原告が、それは絶対できないというと「それでは二〇〇万円」と勧め、最後には「一〇〇万円でも」と勧められ、とうとう一〇〇万円を出すことを約束させられた。原告は、夫の郵便貯金通帳からおろして、同月一二日ころ、被告に委託証拠金一〇〇万円を支払った。これも、夫に無断であった。その後も、被告から何回も電話があったが、四月一九日ころEから電話があり、「確実に今までの分を取戻すことができるから更に取引を続けるよう」に勧められた。原告は、自分の郵便貯金の定期貯金や簡易保険等を解約して、四月二一日ころ被告に委託証拠金一〇〇万円を渡した。

6 その後も、被告から何回も電話がきていたが、昭和六三年五月三一日ころ、被告の従業員Fに電話したところ、「売買はしなくても一か月おいておくとお金は減っていく」「少しでも残したかったら決済しますか」といわれた。原告は決済すると返事したが、被告は、その後もなかなか決済してくれなかった。

7 原告は、そのころ、鹿児島県消費者センターに、右取引につき、苦情申立てをしていたが、そのアドバイスを受けて、六月一四日付の内容証明郵便で被告に契約解除の通知を出した。被告は、ようやく六月二四日、受託証拠金合計七〇〇万円から取引損金、手数料合計額を控除した一〇〇万三〇〇〇円を原告に返還し取引を終了させた。原告は、釈然とせず、鹿児島県消費者センターへの右苦情申立てを維持していた。

8 ところが、原告は、昭和六三年八月一日ころ、すこしでも取戻したいとして、被告の従業員Fに取引の再開を申出ることになった。Fは、一方で鹿児島県消費者センターへの苦情申立てを維持しながら、取引を再開することはできないとして、原告に苦情申立ての取下げを促し、原告はいわれるままに苦情申立てを取下げ、同日一〇〇万円の委託証拠金を支払った。被告は、取引の再開に当たっても、実際の取引主体が原告であり、原告が夫に無断で夫名義による契約書を作成するのを知りつつ、夫名義で取引するように勧めた。原告はDらにいわれるままに契約書類に原告の夫の氏名を書いた。その後の取引は、すべて原告の夫の氏名でなされている。原告の夫は、一度も商品取引の依頼をしたことはなく、被告も原告の夫とは全く商品取引の話をしたこともないし、原告が夫に無断で、夫名義で取引していることをその後も知りつつ取引していた。その後も被告から度々電話が入っていたが、原告には取引がどのようになっているのかほとんど理解できなかった。

9 平成元年二月六日ころ、Eから大阪に転勤になったとの電話があり、次の担当はGになったということであった。この時、原告が農協に五〇万円返済しなければならないと伝えると、「利息だけ返済すればよいではないか」といわれた。原告は同月八日Fに電話して、再度五〇万円が必要なことを伝えた。その結果、同月一七日原告名義の鹿児島銀行普通預金口座に、被告から五三万一二〇〇円が振込まれた。その後も、被告から度々電話が入ったが、平成二年三月一二日ころ、Gから「上がるようだから買わないか」との電話が入り、四枚分二〇万円を買うことを約束させられた。同月一五日ころ、原告は委託証拠金二〇万円を支払った。同月二七日ころ、Gから「お金がいるようだったら仕切りしていい」との電話があった。原告は四月二日被告に取引を終わらせるように電話した。その結果、四月四日被告から三三万六八三八円が返還された。

二  不法行為

1 商品取引と法規範

ところで、商品取引は一般の売買契約とは著しく異なった先物取引であって、取引の仕組みも独特であり、その取引の値の形成、動向も基本的には商品の需要と供給によって決まるとはいえ、国際的な政治・経済・社会等の状況、天候等の自然現象、世界各国の市場の状況、投機家のおもわく、等々が複雑に影響するものであるから、通常の売買とは異なった知識と感覚が要求される取引である。また、当業者以外の者がこの取引に参加する利益としては、専らその取引の投機性にしかなく、商品取引員の登録外務員が一般市民に商品取引を勧誘するのも投機取引の勧誘以外のなにものでもない。もとより、自由経済の妥当領域である商品取引においては、その勧誘にあたっても各人の自由な経済活動を尊重すべきことは勿論であるが、自由経済といえども人の生活に関する秩序として成立っているものであるから、経済活動を実践的に規制する社会通念上の法規範があるものというべきである。商品取引について全く知識も経験もない者にその取引を勧誘することは、その取引による危険をその者の日常生活に持ち込むことになるのであるから、その勧誘にあたっては、勧誘者においてその点を充分認識して、先物取引が投機取引であることを相手方に周知徹底させ、商品取引の仕組、市場価格の決定要因等についての充分な説明をし、かつ、最初の段階での建玉は小さいものにするよう指導すべきであり、特に専業主婦等社会事情に疎い者に対する勧誘は原則として控えるべきであり、例外的に許容される場合でも一層右の点に配慮すべきであって、また、その後の取引過程にも注意を払い仮にも深入りし過ぎて傷を大きくしないように配慮すべき義務があり、更に顧客が取引の精算を希望した場合には速やかにその希望に応ずべきであり、一旦大きな損失を負って委託契約を解約した後、顧客が委託契約の再開を希望した場合には、損害を一挙に回復しようとする余りかえって損害を拡大する危険が大きいのであるから、委託契約の再開を断念するように説得するなど専門家として適切な対応をすべき義務があるというべきである。これら商品取引に関する商品取引法、同法施行規則所定の規制はもとより、受託契約準則、商品取引所定款、商品取引所指示事項、全国商品取引員協会連合会制定の協定事項、新規委託者保護管理規則等も、その根底において商品取引を実践的に規制する社会通念上の法規範に依拠しているものとみるべきである。

したがって、商品取引受託業者にこれら社会通念上の法規範に反する勧誘、取引形態がある場合には、それによって勧誘を受けた者との間の委託契約の効力の有無とは関係なく、これらを一連のものとして把握し不法行為が成立すると解するのが相当である。

2 不法行為の成否、過失相殺

これを本件についてみるに、前記認定事実によると、①被告の従業員Cは電話による無差別勧誘を行っており、Cのこのような勧誘は、「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」にある「新規委託者の開拓を目的として面識のない不特定多数に対して無差別に電話による勧誘を行うこと」を禁止した事項に違反し、②被告の従業員C及びDの原告への勧誘行為は、主婦等家事に従事する者に対する勧誘を禁じた新規取引不適格者参入防止協定に違反する専業主婦への勧誘行為であり、仮名等による売買の勧誘を禁止した全国商品取引員協会連合会が定めた協定事項にも反するばかりでなく、一般に専業主婦が多額の委託証拠金を拠出できる自己資金を有する訳もなく、C及びDとしても、原告が夫の資産を夫に内緒で活用していることを容易に知り得たのであるから、原告との委託契約の締結を控えるべきであったのに安易に契約を締結したばかりでなく、形式上は商品取引に入る際に必要な書類を作成させているが、実際には商品取引に全く無知な専業主婦を商品取引の危険性を納得させないまま強引に取引に入らせているものであり、③その際に、今投資することが最も好機であることを強調し、あたかも利益の発生が確実であるかのような説明をしており、商品取引において利益を生ずることが確実であると誤解させるような判断を提供してその委託を勧誘することを禁止した商品取引所法九四条一号、受託契約準則一六条二号に反し、また、取引形態についてみると、被告の従業員は、④当初から極めて多額の取引をさせており、新規委託者について三か月の保護育成期間中、原則として二〇枚以下の建玉でしか取引することができないとする全国商品取引員協会連合会制定の新規委託者保護管理協定に反し、⑤合理的理由もなく両建を行い、無意味な両建を禁じた全国商品取引員協会連合会の指示事項に反し、更に⑥一旦委託契約を解約精算した後、原告の無知により再度委託契約の申込みがあった場合にも、原告が夫の資産を夫に内緒で活用していることを容易に知り得たことに加えて、原告が深入りして傷を大きくしないように専門家として断固委託契約の締結を拒否すべきであるのに、安易に契約の締結に応じており一層原告の傷を大きくしているものというべきである。被告従業員のこれらの行為は、商品取引受託業者が商品取引に際し遵守すべき社会通念上の法的規範に反する勧誘、取引形態であるとみるべきであるから、これらを一連のものとして把握し原告に対する違法・有責行為として不法行為を構成すると解される。したがって、被告は、民法七一五条による使用者責任を負担する。

しかし、原告としても、商品取引の仕組みの詳しいことはわからないにしても、これが投機性のつよい取引であることは常識であり、被告の従業員のいうように直ぐにも儲かる性質のものでないことはわかるはずであるのに、被告従業員の勧誘を安易に受入れ、ずるずると夫の資産を不用意に注込んだ過失があったことも明らかであり、しかも一旦委託契約を解約した後になって再度委託契約をして損害を拡大している過失があったことも明らかである。そこで、損害賠償額の算定にあたり、原告の右過失を斟酌するのが相当であり、原告の右過失を被告従業員の違法有責行為の程度と対比衡量すると、原告の過失割合は五割と認められる。

三  公序良俗違反

前記のとおり、商品取引に関する商品取引法、同法施行規則所定の規制はもとより、受託契約準則、商品取引所定款、商品取引所指示事項、全国商品取引員協会連合会制定の協定事項、新規委託者保護管理規則等も、その根底において商品取引を実践的に規制する社会通念上の法規範に依拠しているものとみるべきであるから、商品取引受託業者にこれらの根底にある社会通念上の法的規範に反する勧誘、取引等がある場合には、それによって勧誘、取引に応じた者に対する関係で、不法行為が成立すると解すべきであるが、これらの趣旨とするところは、商品市場における売買取引の公正の確保と委託者の保護をはかるにあると解され、これらに準拠しないでなされた委託契約であっても、その効力に消長をきたさないと解するのが相当であり、本件全証拠によっても、原告と被告間の委託契約が公序良俗に反するとまでは認められない。

四  債務不履行

本件においては、不法行為を請求原因とする損害賠償請求権と債務不履行を請求原因とする損害賠償請求権とでは、認容されるべき損害額に差異を生じないものと認められるから、両者は選択的請求の関係にあり、不法行為を請求原因とする損害賠償請求権の成立を肯定するからには、債務不履行を請求原因とする損害賠償請求権の成否について判断する必要はないものと解する。

Ⅱ  損害

一  委託証拠金の損害

右認定事実を総合すると、被告は原告に対し、委託証拠金合計八二〇万円から返還済みの合計一八七万一〇三八円を控除した六三二万八九六二円の五割に相当する三一六万四四八一円の損害賠償義務を負担する。

二  弁護士費用の損害

原告が原告訴訟代理人に本訴の提起・追行を委任したことは記録により明らかであり、事案の内容、被告の抗争の程度、立証の困難性、認容額等を総合すると、被告に請求し得る弁護士費用の損害は三二万円と認めるのが相当である。

第五結論

よって、原告の本訴請求は三四八万四四八一円及びこれに対する平成二年四月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 宮良允通)

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