大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鳥取地方裁判所米子支部 昭和52年(わ)105号 判決 1980年3月25日

主文

被告人を免訴する。

理由

(本件公訴事実)

被告人は、有限会社尼子不動産の取締役をしていたものであるが、同会社が、米子市宗像字長山から下サイ手等にかけて、富士見ヶ丘団地なる名称のもとに約四万平方メートルの宅地を造成したうえで分譲をすべく、昭和四四年三月ころから土地の買収にかかり、同年八月五日ころ、辻寿雄、浦上金一らがかねて耕作していた同市宗像字下サイ手二ないし七番地先の国有地で鳥取県知事管理にかかる一級河川法勝寺川左岸の河川敷のうち別紙図面のAGHIJKDEFAの各点を順次結ぶ直線で囲まれた部分の土地約二八一四・九五平方メートル(以下本件土地という)につき、同人らに離作料を支払ってこれが耕作を放棄させ、右土地を含む付近一帯の宅地造成工事にとりかかり、宅地造成途中の昭和四五年一〇月二〇日ころ、右土地を含む約三万九六六九平方メートルを、その情を知らない林原開発株式会社(代表取締役林原堅次)に代金八三〇〇万円で売り渡し、同会社をして引き続き造成工事を行わせて、本件土地に盛土あるいは河川に面した部分にはブロック積みの護岸を築き、その上に道路を造って舗装を行うなどさせて、昭和四六年八月ころ、これが宅地造成を完成させ、もって国有の河川敷である本件土地約二八一四・九五平方メートルを侵奪したものである。(当裁判所の判断)

一  本件は、被告人が、国有の河川敷である本件土地を、当初は自己において、後には情を知らない林原開発株式会社をして宅地に造成し、もって他人の不動産を侵奪したとして検察官から公訴の提起がなされたものであるところ、弁護人は、本件公訴が公訴時効の完成後になされているから被告人に対し免許の言渡をすべきであると主張するので、まずこの点について判断する。

1  不動産侵奪罪は、他人の占有する他人の不動産につき、不法領得の意思をもって、他人の意に反して目的不動産の上における他人の占有を排除し自己または第三者の占有を設定することによって成立する。その既遂時期は、行為者が、不動産に対する他人の占有を排除して、自己または第三者の占有を設定したときである。そして、ここにいう占有とは、事実上の占有すなわち所持をさすものと解されるから、不動産侵奪罪が既遂に達したというためには、目的不動産につき行為者が自己または第三者の所持を設定したことが、目的不動産の外観自体から明らかになっていることを要する。

従って、本件のように侵奪の態様が宅地造成である場合においては、それが既遂に達するためには、本件土地の周囲に板囲いをしたり、あるいは杭を打ってこれにロープもしくは鉄線を張るなどして本件土地を自己の管理下に収めたことを明示するか、または、本件土地のほぼ全域にわたって造成のための土砂を押し拡げ盛りあげて、通常人がこれを見れば、造成の対象となっている土地の範囲を容易に看取することができるような外観を作り出すことを要し、かつそれをもって足るというべきである。検察官は、本件のような場合には、右の状態から更に進んで、河川に面した部分には護岸を築き、その上の道路の舗装を完成させたときに既遂に達すると主張するのであるが、前記の如く、本件土地の周囲を囲み、もしくは、そのほぼ全域に土砂を盛りあげて、通常人がこれを見れば造成の対象となっている土地の範囲を容易に看取することができるような外観を作り出す行為は、本件土地につき自己の占有を設定する行為そのものであり、かつ右行為によって占有の設定行為は完了しているというべきであるから、本件土地が右のような状態になった時、本件不動産侵奪罪は既遂に達したというほかなく、本件の既遂時期に関する検察官の右見解は採用しがたい。

2  《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができる。

(一) 被告人は、有限会社尼子不動産(本店鳥取市新品治町六九番地五、以下尼子不動産という)の取締役米子支社長をしていたものであるが、同会社が、法勝寺川左岸の米子市宗像字長山、上サイ手、下サイ手において富士見ヶ丘団地の名称のもとに宅地を造成して分譲することを計画したことに伴ない、昭和四三年一一月ころから右宅地造成事業に取り掛かった。

(二) 長山、上サイ手、下サイ手の各土地は互いに接続し、上サイ手の北側に下サイ手があり、下サイ手の南側、上サイ手の西側に長山が位置し、上サイ手、下サイ手はいずれもその東側において法勝寺川に面し、下サイ手の北側には県道がある。そして、尼子不動産が造成の対象とした土地(以下本件造成地という)の面積は、約四万平方メートルであり、本件土地も造成の対象とされていた。その位置は、本件造成地の北東隈であり、その東側は法勝寺川の護岸に面し、字下サイ手の一部のような外観を呈していた。

(三) 被告人は、昭和四四年二月初めころから、尼子不動産米子支社の従業員宅野知三とともに、本件造成地の土地所有者らに対する売買交渉に取り掛かり、同年五月ころには、右売買交渉を完了し、同年八月五日ころ、本件土地で畑を耕作していた辻寿雄らに離作料を支払った。

そして、被告人は、日本重機建設株式会社に本件造成地の造成を請負わせ、同会社は同年同月八日ころ、宅地造成工事に着手した。

(四) 右造成工事は、長山地内にあった山を取り崩して平らにし、かつこれによって得られた土砂をブルドーザーで法勝寺川および県道方向に押し出して、右山以外の土地を埋め立てた後全体を整地するという方法で行われた。また法勝寺川左岸沿いには護岸を築く予定であった。

(五) 日本重機建設株式会社は、昭和四五年二ないし三月ころまでに、本件造成地全体にわたり法勝寺川の護岸の築造を予定していた線(別紙図面に一点鎖線で表示した線)の西側約一メートルの位置まで土砂を押し出したが、山を取り崩す途中で岩盤が現れたため、工事は遅延していた。

(六) そうしているうちに、尼子不動産は、資金繰りが悪化したため、右造成中の土地全部を他へ売却せざるをえなくなった。このため本件造成地の実測面積を明らかにする必要が生じたので、尼子不動産は土地家屋調査士浅中修次に右土地全体の測量を依頼し、同人は、昭和四五年七月二二日ころ、現地を測量した。

しかして、右測量当時、本件造成地はその全体にわたってその東側については前記護岸予定線の西側約〇・五ないし一メートルの位置まで、また北側は前記県道との境界よりも若干控えて土砂が押し出されており、法勝寺川に面した部分にはいわゆる埋戻し用の土砂が盛りあげてあった。

(七) 尼子不動産は、昭和四五年一〇月二〇日ころ、林原開発株式会社に本件造成地を売り渡した。同会社は、まず三共建設こと下本就音に土留め工事を請負わせ、同人は、同年一一月二〇日ころ着工し、前記護岸予定線に沿ってブロックを高さ約一メートルに積み上げ、前記のとおり護岸予定線のそばまで押し出しかつ盛りあげてあった土砂を、出来上がったブロック壁まで押し出す(いわゆる埋戻し)工事をした。

3  ところで、ある区域を埋め立てて宅地を造成する場合、その工事は、まずほぼ全域に土砂を押し拡げてから土留めを築き、それから土留めまで土砂を埋め立てるか、または、土砂を押し拡げるのと併行しながら土留めを築き、全体を埋め立てるのが通常の手順であり、いずれの手順によるにせよ、土留め工事が完了するまでは、造成地の境界ぎりぎりまで埋立て用の土砂を押し出さずに、境界から約一メートル位控えて土砂を押し出さなければ、土留め工事そのものが困難になる。従って、通常の知識および判断力を備えた人がまだ土留めの築かれていない造成工事現場を見れば、埋立て用の土砂が押し出されている位置よりも一メートルないしそれ以上外側までが造成の対象となっていることを容易に看取することができる筈である。

しかして、前記認定事実に照らせば、遅くとも浅中修次が前記測量をした昭和四五年七月二二日ころには、本件造成地のうち少なくとも本件土地を含めて長山および下サイ手地内の造成予定地については、通常人がこれを見れば、尼子不動産が造成を意図していた範囲を容易に看取することができる状態になっていたことを認めることができる。してみれば、被告人もしくは尼子不動産は、遅くとも昭和四五年七月二二日ころには、本件土地につきその所持を設定し終えたものと認むべきであるから、本件土地が国有の河川敷であって、被告人の前記所為が右土地を侵奪したものであるとすれば、その侵奪罪は昭和四五年七月二二日ころ既遂に達したというべきである。

そして、不動産侵奪罪の公訴時効の期間は、刑事訴訟法二五〇条三号、刑法二三五条ノ二により七年であるから、被告人が本件土地を侵奪したとしても、それについては、その行為が終了した昭和四五年七月二二日から七年を経過した昭和五二年七月二一日の経過により公訴時効が完成しているものであるところ、検察官が本件公訴を右時効完成後である同年九月六日に提起したことは記録上明らかである。

二  なお、弁護人は、本件土地については官民境界確定の協議が行われ、被告人は、これに従って宅地造成を行ったものであり、右土地が国有地であるとの認識を有していなかったことなどを理由として、被告人が無罪である旨の主張もしている。

しかし、本件公訴が、時効の完成により公訴権が消滅した後に提起されていることは前記のとおりであるところ、公訴権が消滅した場合、裁判所は、その事件につき実体上の審理を進めて、検察官の公訴にかかる事実が果して真実行われたかどうか、真実行われたとすれば、その事実が犯罪を構成するかどうか、犯罪を構成するとすれば、いかなる刑罰を科すべきかを確定することはできなくなる。従って、本件については、公訴時効完成の有無を判断するために必要な限度で、宅地造成工事の進行経過につき事実認定をした結果、前記のとおり本件公訴の提起よりも前に公訴時効が完成していることを認めることができた以上、もはや右限度を越えて、本件土地が国有の河川敷であったか否か、被告人が本件土地を固有の河川敷と認識していたか否かについてまで、当裁判所が審理し判断することはできないから、弁護人の被告人が無罪である旨の主張については判断しない。

三  よって、刑事訴訟法三三七条四号により被告人に対し免訴の言渡をすることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中辻孝夫 裁判官 東修三 楢崎康英)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例