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鳥取地方裁判所 昭和29年(ヨ)103号 判決 1955年1月20日

申請人 田中寿彦 外一一名

被申請人 沢タクシー株式会社

主文

申請人塚田を除くその余の申請人等に対する被申請人の昭和二十九年十二月二十四日附解雇の意思表示の効力を停止する。

申請人塚田の本件申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、申請の趣旨ならびに理由

申請人等代理人は「被申請人が昭和二十九年十二月二十四日申請人等に対してなした解雇の効力を停止する」との裁判を求め、その理由として左のとおり述べた。

(一)  被申請人(以下会社という。)はタクシー、バス営業をなす株式会社であつて、申請人等はいずれもその従業員である。申請人等は昭和二十九年三月二十三日、沢タクシー労働組合が結成されると同時に、その組合員となり組合執行委員に選出され、じ来、組合幹部として積極的に労働組合活動を続けてきたものである。

(二)  ところが、前記組合は同年十一月十七日以来、会社に対し、越年資金として基準賃金の十五割を要求して争議態勢に入り、前後四回にわたつて会社と団体交渉をしたが、妥結せず、ついに同年十二月十五日、労働関係調整法第三十七条による争議行為の予告通知を鳥取県地方労働委員会、および、同県知事に対してなし、また、同月十七日右労働委員会に斡旋を申請したが右斡旋は二十一日不調に終つた。かような情勢で推移するうち会社は、同月二十四日に至り、突如として右組合の執行委員十四名中の十二名である、申請人等を解雇する旨通告した。解雇の理由とするところは、申請人等が会社の国道に面する建物に多数のビラを張付し、会社の撤去命令にも応じないから、右は会社の信用を失墜させ、かつその秩序を乱したものである。これは、懲戒規程である会社組合間の労働協約第九十三条第四号「勤務怠慢又は素行不良若しくは会社の風紀又は秩序を紊したとき。」、第七号「故意又は過失により、車両建築物、機械、工作物、工具その他の物品をき損し又は亡失したとき。」、第八号「故意又は過失により会社の信用を失墜させ若しくは会社に損害を与えたとき。」、第十四号「この協約の諸規定に違反したとき。」、および、懲戒解雇基準条項である第九十四条第四号「業務上の指示、命令に不当に従わず、社業職場の秩序をみだし又はみだそうとしたとき。」、ならびに、同条第二十二号「前条の各号の一に該当しその情状が重いとき。」、にそれぞれ該当するというのである。

(三)  しかし申請人等のビラ張り行為は右協約の各条項のいずれにも該当しない。すなわち、申請人等を含む組合員が会社のいうように四回にわたつてビラを張つたことは認めるが、かようなビラ張りが、それ自体、および記載内容において会社の風紀秩序を乱すものでなく、ビラは何時でも容易に、はぎ取ることができ痕跡を留めないのであるから建築物をぎ損したということにもならない。また、ビラを張つたことが会社の信用を失墜し損害を与えたということもないのである。更に、ビラ張りについて、会社の許可を得ていなかつたとしても、会社は組合に対し組合掲示板の設置位置の変更、組合事務所の提供等を口約してあるにも拘らずこれを履行せずにいるのであるから、会社の建物にビラを張つたことは何等協約違反にならない。つぎに、ビラを撤去せよとの会社の命令に従わなかつたとしても、解雇の理由となるが如き秩序を乱す事実ではない。組合は、会社の反省を促し、スト突入を回避し、紛争の円満解決をめざすため本件ビラ張りを行つたのである。殊に組合のうち、バス部門は公益事業として予告期間満了直前であつたとしても、ハイヤー部門は何時でも争議行為を行いうる状況であつたから、ハイヤー関係の争議行為として正当なる行為である。以上のとおり、本件解雇は会社の主張する労働協約のいずれの解雇条項にも該当しないものである。

(四)  要するに会社は、組合が前記のように争議行為予告期間の満了を控えているので、争議回避を希望してあらためて、団体交渉の申入をしているにも拘らず、理由なくこれを拒否し、斗争態勢下の組合のビラ張り行為に藉口して組合執行委員十四名中の十二名である申請人等を解雇したものであつて、これは申請人等が組合幹部として活溌に組合活動を行つたことを理由とするに外ならないから労働組合法第七条第一号の不当労働行為である。仮りに、申請人等および組合に些少の協約違反があつたとしても申請人等を解雇しなければならない程のものではなく結局本件解雇の主たる動機、目的は組合の弱体化と越年斗争の潰滅を狙つたものであるから不当労働行為であることに変りはない。本件解雇はいずれも無効である。

(五)  つぎに、申請人塚田が本件解雇を承認したという会社の主張は、これを認めない。

(六)  よつて、申請人等は、本件解雇が無効であることの確認を求める訴を提起すべく準備中であるが、申請人等はいずれも会社からうける給与を唯一の生活費の源泉としており、右訴訟の確定をまつていては、その生活は危殆に瀕するから、著しい損害を避けるため、前記解雇の効力の停止を求めるべく本件申請におよんだ。

第二、被申請人の主張

被申請代理人は「申請人等の本件申請を却下する。」との裁判を求め、左のとおり答弁ならびその主張を述べた。

(一)  申請人等の申請理由中(一)、(二)項記載の事実は認めるが、本件が不当労働行為であるとの主張および仮処分の必要性あることの主張を否認する。

(二)  会社が申請人等を解雇するに至つた理由はつぎのとおりである。

(イ)  申請人等は、争議行為予告期間中であり、かつ、地方労働委員会による斡旋中である、昭和二十九年十二月十六日、十七日の夜陰集団で共謀して、会社事務室、重役室等の窓ガラス、その他到るところに醜悪なビラを張付けた。これは、同年八月頃に締結した労働協約第百二十六条の「争議行為を為さんとするときは、双方とも争議行為の場所、方法、始期、終期を三日前迄に通知しなければならない」規定の趣旨によつて、申請人等には、平和維持のため努力する義務があるにも拘らず、敢てこれを、無視して行つたもので、「組合又は組合員は会社の構内及諸施設(自動車を含む。)において放送標旗の掲揚、パンフレツト、広告又は図画の告示その他すべての種類の文書を配付又は貼付しない。」との協約第十条の規定に違反するものである。

(ロ)  そこで会社は、同月十六日附の文書を以て、組合に対し、組合、および、組合員のかかる行為は労働協約に違反するから、以後協約を厳守するよう警告を発し、併せて、組合員に対し、放送して注意を促し、一応会社において、右ビラをはぎとつたのであるが、申請人等は右業務上の指示命令に従わず、はぎとつた直後同月十九日、および、二十一日に更に醜悪なビラを張りつけたのである。

(ハ) これ等のビラは、会社の信用を傷つけるものであるのみならず、個人の名誉をき損し、殊に、会社の営業案内の看板上に侮辱的なビラを張りつける等の挑発的な暴挙をしたことは、刑法の器物き棄罪に該当するから、労働組合法第一条第二項但書の暴力行為である。正当な組合活動ということはできない。

(ニ) 以上の次第で、会社は昭和二十九年十二月二十四日、申請人等に対し、情状最も重きものとして、やむなく、労働協約第九十四条所定の懲戒解雇基準条項に則つて解雇したものである。尤も、組合執行委員のうち申請外西尾知行、坂口太郎は本件解雇から除外したのであるが、これは、右二名が前記のビラ張り行為、ならび、その謀議をした証拠の認められなかつた理由と、争議行為突入を前にして執行委員全員を解雇した場合、組合活動力の壊滅することを憂えたからである。したがつて、本件解雇は不当労働行為ではない。

(三) 更にその上、申請人塚田幹愛は本件解雇を承認して、昭和三十年一月七日、異議なく解雇手当を受領しているから、同人の仮処分申請はその利益がなく却下は免れない。

第三、疏明<省略>

理由

申請人等の申請理由第一、二項は当事者間に争がない。しかして、成立に争ない疏甲第六号証、申請人田中定男本人尋問の結果によれば、沢タクシー労働組合は鳥取市に本部を、米子、倉吉両市に支部を置き、総組合員数約九十五名、そのうち約七十名前後は鳥取本部に所属するものであること、また、申請人塚田は同組合本部執行委員長、申請人田中定男は同書記長(副委員長は米子、倉吉両支部長が兼ねる。)その余の申請人等はすべて同組合本部執行委員であつて、右申請人等のほか、本部執行委員として申請外西尾知行、大河原菊治がいるが、両名は会計監査であつて執行には直接関与しないものであることが認められ、そうすると本件解雇をうけた申請人等は本部執行委員全員であることが一応疏明できる。

そこで本件解雇が労働組合法第七条第一号の不当労働行為であるかどうかを判断するのであるが、本件のような労働争議の際において会社が組合役員の殆ど全員に解雇を言渡すことは、会社側において会社の主張する解雇事由の存在することと、該事実が右解雇を正当づけるに値するものであり、かつ、それが解雇の唯一、決定的な動機であることの立証をしない限り、一応、右解雇は同人等が組合役員として積極的に組合活動をしたが故に解雇されたものとの、不当労働行為の推定があると解すべきであるから、まず、会社が解雇事由として掲げるビラ張り行為が右要件に該るかどうか、検討を進めることとする。

(イ)  成立に争ない疏甲第六号証、疏乙第三号証の一乃至三十五、第四号証、および、申請人塚田幹愛、田中定男本人尋問の結果によれば、申請人等を含む本部組合員は、申請人等主張の斗争体勢下において、要求の貫徹を図り、かつ組合の気勢をあげるため、昭和二十九年十二月十五、十六日の夜半、十九日、二十一日と四回にわたつて会社の窓ガラス、壁、板塀、看板等営業所の四囲に、八ツ切新聞紙、印刷反古紙等に墨、若しくは、赤インクで要求事項を筆書したビラを、第一回目は約二百五十枚、その後は各回約四百枚乃至六百枚をベタベタ糊づけして張りめぐらしたものであること、第一回目は執行委員会において用紙を新聞紙に統一し、記載事項も「要求貫徹」「十五割穫得」「誠意を示せ会社側」「餅代よこせ」その他の字句を定め、窓ガラス、壁等に他の回に比べ比較的整然と張つたのであるが、二回目以降は執行委員から全組合員に対し、各自において要求字句を記載して張るよう指示したため、用紙字句、体裁とも雑多を極め、中には「卍鳥取夏川宅」「狸追放」「専務丸山(火葬場のこと)に行け」等、会社ならびに、会社幹部を侮辱し、或は、その感情を刺戟し、挑発するが如き、言辞の記載をも含め、隙間のない程、乱雑に張りつけたものであつて、これによつて、会社等の名誉、ならび信用を失墜させ会社の営業所の建物の体裁、効用、美観を著しく汚損したものであることを認めることができる。しかも、これに対して会社は、文書、または放送によつて、組合、および、組合員に対し、右ビラ張りを禁止する旨の業務上の指示をしたが、組合、および、組合員は指示に従わなかつた事実をも併せて認めることができるのである。

(ロ)  そうだとすると、右の行為は、成立に争ない疏乙第一号証(労働協約)第十条の規定に違反し、かつ、懲戒規定であることに当事者間に争ない同協約第九十三条第四号、第七号、第八号、第十四号、および懲戒解雇事由である第九十四条第四号に一応該当する行為であることが疏明できる。申請人等は、右の行為は、ハイヤー部門が何時にても争議行為に入ることのできる体勢であつたから、ハイヤー部門の争議行為として協約違反にならないと反ばくするが、右ビラ張りが、争議行為の際は協約違反でないかどうかは別として、ハイヤー部門が公益事業であるバス部と別個に争議行為に突入したという何等の疏明もないから、右主張は採用できない。また、労働組合が斗争体勢下において、使用者の事業所等にその要求を貫徹するため、要求事項を記載したビラを多数張りつけることが、鳥取市内その他において労働慣行として一般に行われているものであることは、証人難波義昌の証言によつても窺えるが、右ビラ張りが必ずしもすべて組合活動として正当な行為でないとまでは言えないにしても、労働協約等にビラの掲示場所、方法等につき定めがあればこれに従うべきであるは勿論のこと、ない場合であつても、著しく建物等の効用体裁をき損し、また、その記載内容が一般人をして甚だしく嫌悪し、ひんしゆくさせるようなビラ張り行為は正当な組合活動の範囲を超え、違法となるを免れないものというべく、このような違法な行為が一般に繰り返されたとしてもそれが適法なものとして是認されるに至るものとはいえない。

(ハ)  そこで、申請人等の責任について考える。およそ執行委員が、自ら違法な組合活動を決議し、執行指揮し、或は組合員の違法な組合活動を放置して、なすがままに任せたような場合、これにつき責任のあることは勿論であるが、しかし、これ等ビラ張りが、直ちに会社の申請人等に対する懲戒解雇を正当づけるほどの不当な事案であるかどうかは、あらためて検討されなければならない。本件の如きビラ張りが、労働慣行として、鳥取市内の他の組合においても、従前からしばしば行われていたところであることはさきに述べたとおりであるから、組合結成後まだ日の浅い申請人等が、違法の認識をやや欠いていたであろうことは容易に考えられるところである。また、前記疏乙第六号証によれば、会社がこれによつて蒙つた損害もビラを撤去するに要した費用等、きわめて軽微なものであることが認められ、しかも、会社が、本件解雇に適用した協約第九十三条第四号、第七号、第八号、第十四号は、懲戒解雇の基準ではなく、いずれも、情状によつて譴責、減給、下車勤務、出勤停止、降階処分をなし得る事由であつて、ただ、第九十四条第二十二号によつて右事由に該当し情状が更に重いときに限つて、懲戒解雇の事由となるに過ぎないのである。また、右第九十四条第二十二号、および、第四号の事由にしても、更に情状によつては下車勤務、出勤停止、降給等の懲戒処分をも選択できることに定められているのであるから、かような選択が許される場合、いずれを選ぶかは、少くとも解雇に関する限り、使用者の自由な裁量に任せられるものではなく、(協約の効力によつて使用者も制限をうける。)解雇が許されるためには、解雇以外の処分を以てしては、到底その目的を達し得ないという客観的な明白な事情がなければならないのである。本件においては、つぎに認定するように申請人塚田を除いて、執行委員である申請人等を解雇し企業外に追放しなければならない程の明白な事情は何等疏明されないのみならず、争議行為突入を数日後に控えて、斗争体勢をとつている際のかような組合活動の若干の行過ぎを以て、組合幹部全員が解雇に値するほど情状特に重いということは到底認め難い。

(ニ)  しかし、申請人等の個々について、その情状を検討すると、申請人塚田については、同人は冐頭認定のとおり執行委員長として組合を代表し、これを指揮統率する最高責任者であるし、また、前掲疏甲第六号証、疏乙第四号証と同申請人本人尋問の結果、ならびに弁論の全趣旨によれば、同申請人は猪突猛進的、やや粗暴のそしりを免れない性格で、本件行為を積極的に指導し、かつ、会社専務浜本義郎から、協約に違反するとの理由で再三ビラ張りを禁止する旨の業務上の指示を、組合代表者たる地位において直接うけ、また、自己においても本件ビラ張り行為が必ずしも正当な行為ではないとの認識をもつておりながら、自己の責任においてこれをその場に拒否し、その際、一切の責任は自分がとるからと広言するなど労使の感情的対立をますます尖鋭化させ、また、ビラ張り阻止に関する会社の業務上の指示については一応執行委員等に伝達したというものゝ未だ十分であつたとはいえず、むしろ組合員にこれを勧奨し、或は成行のままに放任したものであることが推認できる。以上の事実によれば、同申請人は、前記協約に従つて、解雇をうけるもやむを得ない事情にあつたものと一応認めざるを得ない。会社の同申請人に対する懲戒解雇は正当である。しかしその他の申請人等については全体として判断した事実のほか、情状特に解雇に値するものとして、これを正当づける疏明はなく、疏乙第四号証中の右認定に反する供述部分は信用しない。

果して、そうだとすれば冐頭に述べたとおり、組合の争議突入を数日後に控えた争議行為予告期間中に組合執行委員である申請人等を全員解雇することは申請人塚田を除くその余の申請人等については同人等の解雇するに値しない程度の甚しく不当でない前記ビラ張り行為に藉口して、これ以外の正当な組合活動を活溌に行い、労働争議を指導したことを、本件解雇の主たる動機としてなされたものと推認されるのであり、会社のした本件解雇は労働組合法第七条第一号の不当労働行為である。

つぎに、更に進んで、同申請人等に対する仮処分の必要性の有無を判断するに、右申請人等が被申請人会社を唯一の職場として、その得る賃金によつて生計を維持していたことは一応疏甲第四号証の一乃至十、十二、申請人田中定男本人尋問の結果により疏明されるものであるから、前記のように、同人等に対する解雇の意思表示が無効であるのに、本案判決確定まで解雇者として取扱われるのは、生計上容易に回復できないような著しい損害を生ずるものと考えられる。これを左右するに足るような会社の疏明はない。したがつて、右の法律関係の確認を求める本案訴訟の確定まで、仮に、右法律関係を設定する必要がある。

以上の次第で、申請人塚田を除く、その余の申請人等の本件申請はいずれも理由があるから、主文のとおり仮処分を命ずることとし、申請人塚田については、理由がなく、かつ、保証を以て仮処分を命ずるには相当でない事案であるからこれを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 小竹正 藤原吉備彦 秋山哲一)

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