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高知地方裁判所 昭和44年(ワ)549号 判決 1976年1月19日

本訴原告(反訴被告) 株式会社吉本肥料店

右代表者代表取締役 吉本玉起

右訴訟代理人弁護士 大坪憲三

本訴被告(反訴原告) 福井正夫

右訴訟代理人弁護士 中平博

主文

(本訴について)

一  本訴請求を棄却する。

二  本訴についての訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴について)

一  反訴被告(本訴原告)は反訴原告(本訴被告)に対し金一五万二四六〇円及びこれに対する昭和四四年一〇月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  反訴についての訴訟費用はこれを五分し、その一を反訴被告の負担とし、その余を反訴原告の負担とする。

四  この判決は反訴主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  請求の趣旨

1 被告は原告に対し金一四万六七九〇円及びこれに対する昭和四四年一月一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

(反訴について)

一  請求の趣旨

1 反訴被告は反訴原告に対し、金一五六万三二一〇円及びこれに対する昭和四四年一〇月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。

3 仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

反訴原告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

(本訴について)

一  請求の原因

1 原告は肥料等の販売を業としているところ、昭和四三年九月三日から同年一一月五日までの間に、被告に対し代金合計金二一万七二九〇円相当の肥料を販売した。

その後金四万〇五〇〇円相当の返品と、代金三万円の支払を受けたので、残額は金一四万六七九〇円となった。

2 よって、残金一四万六七九〇円及びこれに対する弁済期の後である昭和四四年一月一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

本訴請求原因事実はすべて認める。

(反訴について)

一  請求の原因

1 反訴原告(本訴被告、以下被告という。)は肩書地においてピーマンやナス等の園芸農業を営んでいる者であり反訴被告(本訴原告、以下原告という。)は肥料の販売業者である。

2 被告は原告のすすめにより、昭和四三年九月三日以降サンユウキ六三袋の肥料を買入れ、これをハウスにて生産中のキュウリ四〇〇坪に施したが、買入に際し、原告からサンユウキは土中にてガスが発生することについてなんらの注意も指導もなかった。

3 被告はサンユウキがチッソ六、リンサン五、カリ一の割合による成分を有し、土中にてガスを発生する要素をもっていることを知らなかったため、同年一〇月頃キュウリの収穫を終えた後地四〇〇坪を耕し、ピーマンの苗を植えその収穫を待っていたところ、右苗は一時成育していたがガス発生のため同年一二月頃より成長が止り次第に下葉より枯れて、ついに収穫皆無となった。

4 被告のピーマンの収穫の予定は、一日七五キロ平均二ヵ月間(六〇日)であり、その収穫総量四五〇〇キロ、代金は一五〇グラム、五七円(売値は一五〇グラム六五円であるが八円の運賃等差引)であるので総額一七一万円の得べかりし利益を喪失した。

5(一) 原・被告間の本件肥料の取引は、単なる肥料の売買というだけのものではなく、肥料設計即ち土壌と肥料との配合調剤をし、それに適合した肥料の引渡をするという一種の製造物供給契約を含む混合契約であるというべきである。

即ち原告は被告に対し肥料を売渡すについて、肥料設計は原告に任せてもらいたいと申入れ、被告方の畠の土壌を持帰りその土壌に適合するように肥料を配合して被告に肥料を送付してきたので、被告は右原告の肥料設計書に基いて施肥をしたのである。

(二) 肥料設計とは、土壌の成分即ちアルカリ性か酸性か等を検査し、土壌の生産力を高めるためその土壌に適合するよう肥料を按配調剤して施肥するよう計算計画をするものであるから一種の製造者としての責任がある。

(三) 元来、化学肥料を施すときには、土壌の成分に変化をきたすことがあり、連作不能又は後作不適当或はガスの発生、根腐り等による収穫不能におちいることがあるから、肥料設計者はこれら作物に影響を及ぼすおそれのあるときはこれを事前に警告する義務があるのにかかわらず、原告は被告に対しなんら警告指導をしなかった。

(四) 原告は被告の畠の土壌に対し肥料設計をして、本件肥料を送付してきたので、被告はこれに従って施肥をし、キュウリの後作にピーマンを植栽したところ、ガスが発生し根腐りが生じて収穫不能となったものである。

(五) しかも、原告は被告の畑の土壌に合せて肥料設計をしたと称しながら、被告に送付された肥料は同一規格、同一範囲の肥料が機械的に配分配合されているに過ぎない。

(六) 仮に、土壌の成分が同一であるとしても、原告から肥料を買入れた吉川村の農民中被告外四名の被害者が出たこと(赤岡簡裁係属中)をみても原告の肥料設計に欠陥があったといわなければならない。

6 右のとおり、原告は被告に対し、右債務不履行ないしは不法行為による損害賠償金一七一万円の支払義務があるところ、被告も原告に対し、肥料代金一四万六七九〇円の支払義務があるので、本訴においてこれと対当額で相殺する。

よって、右残額金一五六万三二一〇円及びこれに対する損害発生の後である昭和四四年一〇月一六日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  反訴請求原因に対する認否

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3、4の事実は不知。

3 同5の主張は争う。

(一) そもそも、ハウス栽培の場合、第一回目の作物を取り除いて、第二回目の植付をするときに、ハウスを三日ないし四日間位むしこみ、温度をあげ、有毒ガスを発生させ、ガス抜きをして植付けるのがハウス栽培者の常識であり、これは一切がハウス栽培者の管理にゆだねられているものである。

本件ガスの発生は、被告自身がこうした管理を怠ったために発生したものである。

(二) 原告は被告に対し、単に肥料を販売したのみであり、小売店としてはメーカーから送付されたパンフレットの記載以外に農家を指導する力はない。

肥料設計は単なるサービス行為であり、肥料設計に過失のない以上原告が責任を負ういわれはない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  本訴請求原因事実についてはすべて当事者間に争いがない。

二  そこで、反訴請求原因について判断する。

1  反訴請求原因1、2の事実については当事者間に争いがない。

2  原告の責任の有無

≪証拠省略≫によれば、

(一)  原告商店では、肥料販売を有利にすすめるために、顧客の農地の土壌検査をし、それに適した肥料設計をして販売する方法をとっている。

(二)  山崎宣広は原告の従業員であるが、被告から肥料の注文があり、肥料設計を一任されたので、被告の農地の土を持ち帰り、原告商店の取締役である吉本亀がこれを検査し、その検査結果に応じて吉本亀が肥料設計をしたのが、乙第二号証、第三号証の一、二の肥料設計書であり、山崎宣広はこの設計書とともに、それに従って被告に肥料を納品した。

(三)  本件の肥料は、被告が経営しているビニールハウスのキュウリに施肥するものとして設計されたものであるが、納品までの間に、原告からその使用方法とか植付けについての注意等はなされていなかった。

(四)  原告から右肥料の購入をした被告は、昭和四三年九月二〇日頃原告の肥料設計書に従ってビニールハウス内に施肥をし、一〇月にキュウリ苗を植付けした。

右キュウリの収穫は同年一一月末頃まで順調になされ、一一月末に右キュウリを除去し、ハウス内を全耕した上で、一日おいてピーマンの苗を植付けた。

(五)  右キュウリの除去の当時ビニールハウス内では多少の異臭はあったが、被告は、原告から肥料を購入したのは最初のことであり、今まで農協から購入していた肥料ではガスの発生などなかったので、特別に注意を払うこともなくピーマン苗の植付をした。

(六)  被告がピーマン苗の植付けをしたのは乙第三号証の一、二記載のハウス約四五〇坪であるが、同年一二月になるとピーマン苗が黄色になってきたので、被告は原告に知らせて、山崎宣広に現地をみてもらうとともに、野市の農業指導員普及所の係員にもきてもらって調べてもらったところ、双方とも、肥料から発生したガスのためであると推認した。

(七)  被告のビニールハウスでは、その後約三〇〇坪分のピーマンが枯死したため、これを除去して、その後作に豆を作付けしたりした。

(八)  被告と同様に、原告から同種の肥料をほぼ同時期に購入施肥したもので、ビニールハウス内のナスに、ガス発生による被害が生じたとして、被告と同じ吉川村の農民四、五名が申立人となり、原告を相手方として現在赤岡簡易裁判所で調停事件が係属中であること、

(九)  乙第三号証の一、二記載の肥料中リグノフミンは返品されているので、その他の肥料の中で、ガス発生の原因となったものはサンユウキであると推認されること、

以上の事実が認められる。

≪証拠省略≫中には、被告のピーマンはその後回復して収穫があったとする部分があるが、それは山崎宣広からの伝聞でありしかも山崎宣広の供述の中にはそれと合致部分がなく採用できない。

(一〇)  原告は、サンユウキは原告が、製造業者から仕入れたものをそのまま小売りしているにすぎないし、肥料設計は単なるサービスであって、原告に法的責任はないと主張する。

≪証拠省略≫によればサンユウキの製造は森本製肥であり、発売元が大倉商事であること、そのパンフレットには、悪性ガスの発生がほとんどない旨の記載がなされていることが認められる。

しかし、原告が本件肥料を被告に販売するについては、ビニールハウス内でのキュウリに対する施肥であり、後作があることは当然予想されていたのであり、しかも土壌の検査をした上で、肥料の配合割合や施肥量をきめ、それが被告のビニールハウスの土に最も適合したものであると教示しているのであるから、それが例え肥料販売のためのサービス(無料という意味で)としてなされたものであったとしても、右教示した内容に誤りないしは相当でない部分がある場合においては、原告には過失ありとして法的責任を負担しなければならないものと考える。

ところで証人吉本亀の証言によれば同人は、サンユウキを施肥すると或る程度ガスが発生することは予想していたことが認められるのに、被告に対し、ガス発生についてのなんらの説明もしていないこと、しかも、原・被告間の取引は本件が最初であること、前記(八)で述べたとおり、他にも同様のガス発生による損害が発生していること、これらの点を総合判断すると、サンユウキを施肥した後においては、ガス発生のおそれがあることを被告に注意し、後作の作付けについての留意事項等を教示すべき義務があったものと解するのが相当であり、従ってそれをしなかった原告には過失があったものといわざるを得ない。

3  被告の損害

≪証拠省略≫によれば、前記2の(七)で述べたとおり、被告のピーマンで枯死したのは約三〇〇坪であるところ、ピーマンの通常の収量は、二反(六〇〇坪)で一日七五キロで約二か月間収穫することができ、その価格は出荷費を控除して一五〇グラム五七円であったことが認められる。

そうすると、ピーマンの価格は一キロ三八〇円、反当り一日三七・五キロで二か月間収穫可能ということになるから、その間の収入は金八五万五〇〇〇円となるところ、被告は、直ちに後作として豆を作付けしたことから、或る程度損失のカバーをしていること、またピーマン収穫についての必要経費(出荷費と、本件肥料代を除く)も相当多額となることが認められるので、前記損失分のカバー分と必要経費の合計は、前記金額の五〇パーセントと推認する、そして≪証拠省略≫によれば、ハウス園芸の場合には、或る程度ガス発生に対する注意が必要であること、現に被告は、本件ピーマン苗の植付けに先立って異臭に気づいていながら、なんらの手当をしていないこと等被告にも過失があったことが認められるので、その割合を被告三〇パーセントとみるのが相当である。

そうすると、被告の本件ガス発生のための損害というのは金二九万九二五〇円ということになる。

三  被告は右二九万九二五〇円の損害賠償請求債権を自働債権とし、肥料代金一四万六七九〇円を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をしているので、これを清算すると被告の原告に対する請求債権は金一五万二四六〇円となる。

四  以上説示のとおり、原告の本訴請求債権は、相殺によって消滅したので失当としてこれを棄却し、被告の反訴請求は、原告に対し金一五万二四六〇円及びこれに対する損害発生の後である昭和四四年一〇月一六日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荒川昂)

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