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高松高等裁判所 昭和63年(行コ)4号 判決 1991年5月31日

主文

一  原判決を取り消す。

二1  別紙当事者目録(一審原告)一記載の一審原告らの本件訴えを却下する。

2  別紙当事者目録(一審原告)三記載の一審原告の本件訴えを却下する。

3  別紙当事者目録(一審原告)二記載の一審原告らの本件訴えは同人らの死亡により終了した。

三  訴訟費用は第一、二審とも、一審原告ら(但し、別紙当事者目録(一審原告)二記載の一審原告らを除く。)の負担とする。

事実

一  当事者双方の求めた裁判

1  一審原告ら

(一)  原判決を取り消す。

(二)  一審被告は、今治市が別紙図面記載の都市計画公園「東村海岸公園」の地先に計画している埋立免許に基づく埋立工事等に関する一切の公金の支出をしてはならない。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。

2  一審被告

(一)  (主位的に)

原判決を取り消す。

一審原告らの本件訴えを却下する。

(二)  (予備的に)

一審原告らの本件控訴を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも一審原告らの負担とする。

二  一審被告の本案前の主張

1  住民訴訟の対象となる事項は、地方自治法二四二条一項(以下「法」という。)に定める公金の支出、財産の取得・管理・処分・契約の締結・履行・債務その他の義務の負担、公金の賦課・徴収を怠る事実、財産の管理を怠る事実に限られており、これらの事項は住民訴訟制度の目的に照らし財務的処理を直接の目的とする財務会計上の行為又は事実としての性質を有する財務事項と解されるが、この財務事項の前提となる先行行為がある場合には先行行為も又財務事項であることを要するものであり、先行行為が財務事項に該当しない場合に当該行為の違法を前提として提起された財務行為の違法を対象とする同項四号類型訴訟は不適法と解すべきものである(最高裁判所平成二年四月一二日判決)。本件では、公有水面埋立工事は後記のとおり港湾管理者である一審被告が今治港第三次港湾計画を策定しその一環として行うものであり、非財務会計上の行為であるから、このように先行行為が財務会計上の行為でない以上、仮にそれが違法であるとしても、その違法が財務会計上の行為を違法ならしめるものではない。従って、本件訴えは不適法である。

2  法二四二条の二第一項一号に基づいて違法な公金の支出の差止を求める際に主張できる違法事由は、財務会計上の行為の違法に限定され、公金支出の原因となる行為が非財務会計上の行為である場合にそれが違法であることを理由として公金支出が違法であるというためには、非財務会計上の行為が重大かつ明白な違法性を有し無効であると認められることを要するものと解すべきである。ところが、一審原告らは、専ら本件埋立免許及び本件埋立の違法を主張するのみで、財務会計上の行為の違法については何らの主張もしていないし、又、一審原告らが本件埋立免許が違法である根拠として主張する公有水面埋立法四条所定の免許基準及び瀬戸内海環境保全特別措置法(以下「瀬戸内法」という。)一三条一項に基づく基本方針等はいずれも抽象的な規定であって、具体的な埋立計画がこれに合致するかどうかの判断は所轄行政庁の裁量判断に委ねられている。埋立免許処分は法規裁量処分であり、裁量処分の違法とは裁量権の逸脱又は濫用がある場合をいうものであるが、その違法は一般的には取消原因となるにとどまり無効原因となるものではなく、一審原告らの主張自体せいぜい取消原因に該当する違法を主張するにとどまり、無効原因に該当する重大かつ明白な違法を主張するものではない。従って、一審原告らは本件公金支出差止の根拠として何らの主張もしていないことになるから、本件訴えは不適法である。

三  一審被告の本案前の主張に対する一審原告らの答弁

1  一審被告は、最高裁判所平成二年四月一二日判決を引用し、先行行為が財務会計上の行為でなければその違法が財務会計上の行為を違法ならしめるものではない旨主張するが、右判決の趣旨は法二四二条の二第一項四号の請求における被告適格の問題を観点を変えて取り上げたにすぎないもので、先行行為が財務会計上の行為でない場合にその違法が財務会計上の行為を違法ならしめるか否かについて触れたものではない。ことに、本件は法二四二条の二第一項第一号の差止請求であり、差止の対象は財務会計上の行為であり、かつ、被告とされている一審被告は差止の対象となる財務会計上の行為を行う権限を有しているものであるから、本件訴えは適法である。

2  本件公金支出の違法性

(一)  公金支出が違法となるのは、公金支出自体が直接法令に違反する場合だけではなく、その原因となる行為が法令に違反し許されない場合も含まれる(最高裁判所昭和五二年七月一五日判決、同昭和五八年七月一五日判決、同昭和六〇年九月一二日判決参照)。後記の本件公金支出は違法な埋立を目的とするものであり、本件公金支出がなされることにより後記の本件埋立が実施され、愛媛県計画に違背する違法状態が生ずることになるから、本件公金支出は違法である。

(二)  後記の本件埋立免許処分は、公有水面について水面が陸地化され竣工認可がされることを条件として埋立地の所有権を申請人に付与する処分であり、その反面申請人にとって埋立地の所有権取得のための行為であり、免許を得て行う埋立は財産の取得として財務会計上の行為たる性格を有し、財務会計上の行為である本件埋立が違法であるから、本件埋立という違法な財産取得のためにされる本件公金支出も違法である。

(三)  仮に、公金支出の原因となる行為が違法であってもその違法が重大かつ明白でない限り当該公金支出が違法とならないとしても、後記の本件埋立免許部分の違法性の程度は重大かつ明白であって無効であり、このような免許に基づいてなされた本件埋立自体にも重大かつ明白な違法があり無効である。すなわち、公有水面埋立法四条一項による地方公共団体の法律に基づく計画が定められている海域については、埋立は右計画に従って行うこと、すなわち、海面を埋め立てることが計画に定められている区域のみ埋立を行い海面のままに残すことが定められている区域では埋立を認めない、ということが公有水面埋立法の基本構造となっており、右計画は埋立免許の上位に位置する処分であり、埋立が計画に適合していることは埋立免許の根幹にかかわる要件である。従って、埋立そのものが計画に違反する場合になされた埋立免許には、権限外の行政処分をしたのと同視すべき重大な瑕疵がある。又、後記愛媛県計画の内容は都市計画公園東村海岸公園の自然海浜を保全するというものであり、本件埋立は自然海浜を保全すべきことが定められている東村海岸公園の海岸の三分の一の地先海面を埋め立て、自然海浜を消滅させるというものであり、本件埋立は愛媛県計画の内容に違反することは誰が見ても一目瞭然であり、違法性は明白である。

3  公金支出の確実性

今治市は、本件埋立免許に基づき予算措置を講じ昭和六二年五月から埋立工事を開始し現在も続行しており、今後も埋立工事を継続し公金が支出されることは確実である。

4  回復し難い損害の発生

(一)  本件埋立免許による財務会計上の行為がなされると、海浜公園である織田が浜の自然環境の破壊を招き回復困難な損害を生ずる。

(二)  本件埋立免許部分は違法であって、無効または取り消し得べきものであり、今治市は本件埋立によって埋立地の所有権を取得することはなく、むしろ本件埋立の原状回復義務を負い(公有水面埋立法三六条、三五条一項、三二条)、原状回復義務を免除されても埋立地の所有権は無償で国に帰属し(同法三六条、三五条二項)、本件公金支出は全く無駄な支出となる。他方、今治市が行う後記富田地区の埋立に要する費用は本件埋立免許申請書に添付した資金計画書によると合計一四一億六五二八万一〇〇〇円であり、この費用はすべて今治市の公金として支出され、今後の経済情勢によっては増加する可能性が大である。そして、このような額の公金の支出がなされると、後日市長である、又はあった特定個人その他今治市の職員である者に対し損害賠償の代位請求を行っても、その回収は事実上不可能である。

5  監査請求前置

一審原告らは、昭和五八年一二月二〇日、昭和五九年一月五日及び同月一九日に本件埋立工事に関する公金の支出について、法二四二条に基づき住民監査請求をしたが、今治市監査委員は、昭和五九年二月六日公金の支出は相当の確実性をもって予測されないとして、一審原告らに対してその旨通知してきた。

四  一審原告らの請求原因

1  当事者

一審原告らはいずれも今治市の住民であり、一審被告は今治市の公金支出に関する最終責任者である。

2  織田が浜の現状

(一)  位置、形状等

古くから織田が浜と呼ばれた海浜は今治市富田地区に所在し、瀬戸内海燧灘に面し北は竜登川の河口から南は頓田川の河口に及ぶ延長約1.5キロメートルの白砂の海岸であるが、このうち延長約1.1キロメートル、面積約9.3ヘクタールの別紙図面今治港(富田地区)港湾計画平面図(以下「別紙平面図」という。)緑斜線部分は昭和五一年九月三日都市計画法に基づき今治広域都市計画における都市計画公園「東村海岸公園」に指定され(以下右海岸全域を「織田が浜」といい、都市計画公園指定部分を「東村海岸公園」という。)、その地先海面は自然公園法に基づく瀬戸内海国立公園に指定されている。

(二)  利用状況

東村海岸公園に当たる海浜地区は都市計画公園に指定される以前から海水浴場として利用され、今治市も昭和五六年以降右区域を海水浴場として望ましい場所として指定してきており、昭和五八年七月一六日から八月一三日までの利用者は延べ約一五万人であった。

3  本件埋立の計画及び工事の開始

(一)  今治市に所在する今治港は今治市が管理する港湾法二条二項に定める重要港湾であり、同市は重要港湾今治港の港湾管理者として港湾計画の作成、港湾区域内における水面の埋立等による土地造成等を行う権限を有している(港湾法三四条、一二条)が、一審被告は今治市の港湾管理者の長として今治港の港湾区域内における公有水面埋立免許の権限を有している(港湾法五八条二項、公有水面埋立法二条)。

(二)  今治市の港湾区域内において今治港第三次港湾区域計画が定められ、その内容の一つとして富田地区の海面約三四ヘクタールの埋立(以下「富田地区の埋立」という。)が計画されているが、右埋立予定地域のうち別紙平面図赤斜線で表示された部分は東村海岸公園の地先海面を埋め立てるものである(以下右部分の埋立を「本件埋立」という。)。

(三)  今治市は今治港第三次港湾計画に基づき、富田地区の埋立のうち同市が工事主体となる部分につき、昭和六一年八月二八日埋立免許権者である一審被告に対し公有水面埋立法に基づく埋立免許を出願した。一審被告は同法所定の手続を経て昭和六二年三月二日右出願にかかる埋立を免許した(以下「本件埋立免許」という。)。今治市は本件埋立に基づき工期を八年とする予算措置を講じ、昭和六二年五月から富田地区の埋立工事を開始し現在も右工事を続行している。

4  本件埋立免許の違法性

本件埋立免許のうち本件埋立に関する部分(以下「本件埋立免許部分」という。)は、瀬戸内法一三条及び公有水面埋立法四条に違反し違法である。

(一)  瀬戸内法違反

瀬戸内法一三条一項は、瀬戸内海における埋立免許に関し、埋立免許権者は同法三条一項にいう瀬戸内海の特殊性、すなわち「瀬戸内海が、わが国のみならず世界においても比類のない美しさを誇る景勝地として、また、国民にとって貴重な漁業資源の宝庫として、その恵沢を国民がひとしく享受し、後代の国民に継承すべきものであること」につき十分に配慮しなければならない旨定め、配慮すべき具体的事項については、同法一三条二項に基づき瀬戸内海環境保全審議会が昭和四九年五月九日「瀬戸内海環境保全臨時措置法第一三条の埋立てについての規定の運用に関する基本方針について」と題する答申(以下「基本方針」という。)をし、その旨が同年六月一八日環境事務次官から各瀬戸内海関係府県知事に宛てて通達されている。この結果、瀬戸内海における埋立免許については基本方針に掲げられた各項目について環境に与える影響が軽微であることが免許の基準になっているが、本件埋立免許部分は次のとおり「埋立による隣接海岸への影響の度合が軽微であること」(基本方針1(1)(ハ))及び「埋立そのものの海水浴場等の利用に与える影響が軽微であること」(同2(2)(ロ))に違反している。

(1) 隣接海岸への影響

織田が浜では漂砂(風や波によって海水と共に移動する砂や小石)は北西から南東方向への移動が卓越しているので、本件埋立により北西からの漂砂の供給が止まって浜そのものが消滅するおそれがあり、本件埋立が隣接海岸に与える影響は重大である。

(2) 海水浴に与える影響

現在織田が浜で遊泳可能区域は東村海岸公園区域の約一〇〇〇メートルの部分であるが、本件埋立により北西部の約三七〇メートル及びその近辺が海水浴場としては利用できなくなり、残る遊泳可能な区域はわずか五八〇メートルで海水浴に与える影響は重大である。

(二)  公有水面埋立法違反

公有水面埋立法四条は埋立免許のための最低限の基準を定めており、この基準をすべて満たしていないかぎり埋立免許をすることはできず、この点では埋立免許権者に裁量の余地はない。ところが、本件埋立は以下に述べるとおり愛媛県知事が瀬戸内法四条に基づいて作成した「瀬戸内海の環境保全に関する愛媛県計画」(以下「愛媛県計画」という。)に違反するから、公有水面埋立法四条一項一号の「国土利用上適正かつ合理的なること」及び同三号の「埋立地の用途が土地利用又は環境保全に関する国又は地方公共団体の法律に基づく計画に違背せざること」という免許基準を欠いている。

(1) 瀬戸内法の下における自然海浜保全制度

瀬戸内法は自然海浜の保全等に関し特別の措置を講ずることにより瀬戸内海の環境の保全を図ることを目的として制定された特別法であり(同法一条)、瀬戸内海の自然海浜保全の施策の一つとして自然海浜保全地区指定の制度が設けられ、愛媛県は昭和五五年三月一八日瀬戸内法一二条の六に基づき愛媛県自然海浜保全条例を制定し本訴提起当時までに二一か所を自然海浜保全地区に指定している。自然海浜保全地区において埋立を含む特定の行為をしようとするものは知事に届け出なければならず、知事は自然海浜保全地区の保全及び適正な利用のため必要な勧告又は助言をすることができるものとされているが、このように許可制ではなく届出制という比較的穏やかなものとされたのは、より多くの自然海浜を自然海浜保全地区に指定し自然海浜保全の実を上げることを企図したからであり、埋立については知事が埋立免許権を有し(公有水面埋立法二条)規制できるから、届出制という一見穏やかで実効性のないように見える規制であっても実際にはかなりの効果を期待できる。

愛媛県を始めとして瀬戸内法関係府県が同法一二条の六に基づいて制定した条例では、都市公園法二条一項に規定する都市公園の区域、自然公園法二条一号に規定する自然公園の区域、都市計画法四条六項に規定する都市計画施設(公園又は緑地に限る)の区域(以下「除外区域」という。)については自然海浜保全地区に指定しないものと規定されているが、除外区域については自然海浜保全地区において規制される行為と同様の行為が各根拠法律によって自然海浜保全地区における届出制という規制よりも厳しい許可制という形で規制されており、各根拠法律に基づく規制において自然海浜保全の配慮を働かせることが当然の前提となっている。従って、瀬戸内法の趣旨は瀬戸内海においてはまず除外区域において各根拠法律により自然海浜の保全を図り、次いでその他の自然海浜を自然海浜保全地区に指定してその保全を図るというものであり、自然海浜保全地区制度は補充的なものにすぎない。

瀬戸内法四条には、関係府県知事は同法三条に基づき政府が作成する基本計画に基づき当該府県の区域において瀬戸内海の環境の保全に関し実施すべき施策について瀬戸内海の環境保全に関する府県計画を定めるものとする、と定められている。愛媛県知事は、右の規定に基づき愛媛県計画を定めているが、右計画の「第3目的達成のため講ずる施策」の「4自然海浜の保全等」の「(1)規制の徹底と指導、取締りの強化」の項には、自然海浜保全地区指定の推進とともに「その他県下の貴重な自然海浜が自然公園法、都市計画法、都市公園法、鳥獣保護及び狩猟に関する法律、森林法に基づく各種指定地区に指定されているので、これら指定地区においては、当該法律に基づく適切な運用を図ることにより、自然海浜がその利用に好適な状態で保全されるよう努めるものとする。」旨が定められている。これを織田が浜について当てはめると、「織田が浜の砂浜の中央部分(東村海岸公園)は都市計画に基づく都市計画公園、その地先の海面は自然公園法に基づく国立公園に指定されているので、これらの指定地区においては、当該法律の適切な運用を図ることにより、自然海浜が海岸利用の公園にふさわしい状態で保全されるよう努めるものとする。」ということになる。

(2) 四条一項一号違反

本号は、埋立免許の基準として「国土利用上適正かつ合理的なること。」と定めており、水面のまま残すことも含めて埋立そのもの及び埋立地の用途が適正かつ合理的であることが必要とされているところ、自然海浜保全地区制度は指定地区の自然海浜を保全することを目的とした制度であり、指定地区を自然海浜のまま保全することが国土利用目的であるから、自然海浜保全地区の自然海浜を消滅させてしまうような本件埋立は国土利用上適正かつ合理的なものとはいえず、本件埋立は本号に違反する。

(3) 四条一項三号違反

本号は、埋立免許の基準として、「埋立地の用途が土地利用又は環境保全に関する国又は地方公共団体の法律に基づく計画に違背せざること。」と定めているが、愛媛県計画は環境保全に関する計画であるとともに海面を含む土地利用に関する計画でもあり、東村海岸公園の地先海面を埋め立てることは、右愛媛県計画の内容に違背し本号に違反する。

5  本件埋立の違法性

本件埋立免許は公有水面埋立法二条一項に違反しその違法の程度は重大かつ明白であるから無効である。また本件埋立免許は瀬戸内法上埋立を行ってはならない場所における埋立であり、瀬戸内法に違反し無効である。従って又、本件埋立自体も違法な免許に基づく埋立として違法である。

6  よって、一審原告らは法二四二条の二第一項一号に基づき、一審被告に対し、本件埋立免許に基づく埋立工事等に関する一切の公金の支出の差止を求める。

五  請求原因に対する認否

1  同1の事実(当事者)は認める。

2  請求原因2の事実(織田が浜の現状)について

(一)  同(一)の事実(位置、形状等)は認める。

(二)  同(二)の事実(利用状況)のうち、東村海岸公園に当たる海浜区域が海水浴場として利用されてきた事実は認める。しかし、今治市東部には頓田川以南に延長約七キロメートルの海岸があり、利用者も多い唐子浜、志島ケ原、大崎等の海水浴場があるが、織田が浜は道路事情が悪く木陰や便益施設もなく都市化現象による水質の悪化等により快適性に欠け利用者も少ない。

3  請求原因3(本件埋立の計画及び工事の開始)の(一)ないし(三)の事実はいずれも認める。

4  請求原因4(本件埋立免許の違法性)、同5(本件埋立の違法性)のうち、基本的な法規制及びその形成過程は一審原告主張のとおりであることは認める。その余の事実は争う。

(一)  瀬戸内法違反の主張について

以下に述べるとおり、本件埋立免許は基本方針の掲げる基準に違反しない。

(1) 隣接海岸への影響

織田が浜では漂砂は南東から北西方向への移動が卓越し、本件埋立が行われても、異常洗掘等による隣接海岸への影響は生じないし、仮に将来織田が浜の砂が減少することがあっても、この予防是正処置を講じることは十分に可能である。

(2) 海水浴に与える影響

本件埋立により織田が浜のうち約五〇〇メートルの渚が失われるが、残された約一〇〇〇メートルの海岸に木陰を設け、水飲み場、シャワー、公衆便所等の施設を新設するなどの方法で織田が浜は従前よりも海洋性レクリエーションの場としての利用効果を高めることになるし、今治市東部には頓田川以南に海水浴場に適した海岸があるから、本件埋立が海水浴場等の利用に与える影響は極めて軽微である。

(二)  公有水面埋立法四条一項一号違反の主張について

仮に一審原告らの主張するとおり、織田が浜については自然海浜保全地区に準じて保全すべきものであるとしても、愛媛県自然海浜保全条例五条は自然海浜保全地区の埋立ができることを前提として、自然海浜保全地区の埋立をしようとする者に対し事前の届出又は通知を義務付けているにすぎず、自然海浜保全地区において埋立が一切禁止されているとする一審原告らの主張は、前提自体が誤っている。

(三)  公有水面埋立法四条一項三号違反の主張について

瀬戸内法一三条及び愛媛県計画はいかなる場合でも自然海浜地の地先海面を海面のままに残しておくことを要求しているものではなく、埋立ができることを前提としたうえで瀬戸内海の特殊性に鑑み自然海浜をできるかぎり保全し、やむを得ずこれを埋め立てるときは環境保全に十分留意して行うべきことを規定した訓示規定にすぎず、本件埋立を禁止する根拠にはなり得ない。

(四)  本件埋立は、公有水面埋立法四条一項所定の埋立基準に適合する。

今治市は重要港湾今治港の港湾管理者として織田が浜及び地先海面埋立計画を含む今治港第三次港湾計画を策定したが、同計画については今治市地方港湾審議会及び港湾審議会はいずれも原案のとおり適当と認める旨の意見を答申し、運輸大臣は昭和五九年一二月七日付けで今治市に対して、港湾法三条の三第六項の規定による処置を採る必要がないと認める旨の通知をした。今治市は右第三次港湾計画に基づき昭和六一年八月二八日、埋立免許権者である一審被告に対し公有水面埋立法に基づく埋立免許を出願し、一審被告は同法所定の手続を経て昭和六二年三月二日右出願にかかる埋立を認可した。一審被告は右埋立免許に至る過程において昭和六一年一一月九日付けで公有水面埋立法四七条一項、同法施行例三二条本文に基づき運輸大臣に対し本件埋立免許についての認可申請をし、運輸大臣は本件埋立と愛媛県計画との整合性の問題も含めた埋立免許基準の具備の有無、瀬戸内法一三条所定の配慮義務についての基本方針との適合性等を審査したうえで、昭和六二年二月二七日本件埋立免許について認可した。以上のように公有水面埋立法の主務官庁が適法であるとして認可した埋立計画を独自の法解釈を振りかざして重大かつ明白な違法があるとする一審原告らの主張は失当である。

六  証拠関係<省略>

理由

一一審原告らの本件訴えは、差し止めるべき財務会計上の行為につき特定がなく、争訟性に欠けるので、不適法として、却下を免れない。その理由は次のとおりである。

1(一)  法二四二条の二の住民訴訟は、行政事件訴訟法五条にいう民衆訴訟の一種であり、その性質上同法八条の前提である事後救済と同様に事後救済を原則とするが、同条の差止請求は行政庁が行為する以前にそれを差し止めて救済するものであり、右の例外的な規定に属する。

(二)  同条一項一号による差止請求の対象となる行為は、原則として、法二四二条一項にいう財務会計上の行為、すなわち「公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担」であり、それらが地方行政庁により既に行われたことを要件とし、その行為に基づく後続の財務会計上の行為が差止の対象となる行為であり、その点で前記(一)の事後的な救済を原則とするが、例外的に、その行為が行われる前でも、右にいう財務会計上の「該当行為がなされることが相当な確実さをもって予測される場合」はその行為をも含むものである。

2(一)  一審原告らは、差止を求める対象として、「今治市が別紙図面記載の都市計画公園「東村海岸公園」の地先に計画している埋立工事に関する一切の公金の支出をしてはならない。」としているが、その趣旨は、本件埋立免許に続く工事による織田が浜の自然環境侵害を右差止の方法で防止することを目的としているところ、右法文にいう「公金の支出」だけを差し止めても他の財務会計上の行為により埋立工事が進行できないわけではないから、埋立工事全体を法的に差し止めることにはならないので、一審原告らのいう本件差止の対象は本件埋立免許に基づく一切の財務会計上の行為をいうものと解されるので、以下主としてその点から考察するが、念のため公金の支出に限定する場合についても考察する。

(二)  本件において、一審被告は未だ右1(二)にいう財務会計上の行為を全く行っていないことを前提に、本件埋立免許に基づく一切の財務会計上の行為の差止を求めるものであるから、実際にはその後財務会計上の行為の一部がされているとしてもその差止を求めるものではなく、その意味では差止の対象となるべき財務会計上の行為はまだ存在しないものとして判断すべきことになる。従って、その点では前記原則的な差止の場合には当たらない。

(三)  そこで、右1の財務会計上の行為がなされることが相当の確実性をもって予測されるかどうかにつき、検討する。

(1)  本件埋立免許に基づく財務会計上の行為は、基本的な工事請負契約から始まりその支出行為は概念上多数に及ぶことが考えられるが、右法文上の財務会計上の行為のいずれであるかの特定がない上、公金の支出に限定してもなお、前記原則的な住民訴訟では公金の支出の内そのいずれを対象とするのかさらに個々に特定することが必要であると解すべきところ(最高裁判所判決平成二年六月五日は、監査請求の対象につき個々に特定すべきことを述べる。)、例外的な住民訴訟である差止請求の場合にもこれと異にすべき理由を見出し難いから、この場合においても同様に財務会計上の行為を個々に特定することがその要件となると解すべきである。本件において、一審原告らは右説示に従い判断できるような差止の対象に関する主張をしていないばかりでなく、基本となる工事請負契約が全くされていないと主張する段階(もし、その契約がされている場合はその契約に基づく個々の支払による特定をすべきである。)では、本来地方行政庁が行政目的に従い継続的に必要に応じ裁量すべき財務会計上の行為の時期、内容、金額等につき、裁判所が、行政事件訴訟法二四条による職権証拠調べをして行政庁に代わってそれを特定しようとしても、裁判所には継続的な状況の下でその判断の基礎となる資料を調査提供すべき補助組織、機能もないので、不可能である。

(2) 従って又、当該財務会計上の行為の特定ができない限り、その行為がされることを相当の確実性をもって予測されるかどうかにつき、判断することもできない。例えば工事請負契約に関する入札手続に違法がある場合に、相当の確実さをもって請負契約の締結が予測できるので、その契約締結前にこの契約締結を差し止めることなどがその差止請求の対象となるが、一審原告らは何らそのような事実を主張しない。

3  一審原告らは、本件埋立免許に基づく一切の財務会計上の行為を差し止めない限り、海浜公園である織田が浜の自然環境の破壊を招き住民の自然環境から享受する権利を侵害され回復困難な損害を生ずることを、財務会計上の行為がされる以前にその包括的な差止を求める理由である旨主張する。しかし、右のような理由による本件差止請求は、争訟性がない。すなわち、

(一)  一審原告らの右主張は難解であるが、通常差し止められる財務会計上の行為は予算に基づく執行に帰着し損害賠償に親しむもので損害は回復可能であるから、その意味では右主張はそれ自体失当である。しかし、他方、本訴請求権が織田が浜の自然環境を保全すべき権利であると解した場合、一旦埋立工事を施工すれば失われた自然環境の回復は困難であるので、そのような理解に立てば、右主張はそれ自体としては理解できるが、その訴えと解しても、少なくとも、次の要件を充足する必要がある。

(二)(1)  自然環境保全法一七条一項四号は原生自然環境保全地区内における水面の埋立行為を禁止し、その違反者に対しては懲役刑又は罰金刑に処する旨の定めがあり(同法五三条)、その適用を所定の手続を経て所管の行政庁に対して求め、なお不服がありその行政行為につき行政事件訴訟法の訴訟要件を充足すれば取消訴訟等を提起することが可能であり、瀬戸内法の違反行為についても同様の訴訟を提起することができる。

(2) しかし、本件訴訟は、右の意味での抗告訴訟等ではないことはもとより、予算の執行者で地方行政庁の長である一審被告今治市長を相手方として、今治市が公有水面埋立法二条、港湾法五八条二項により今治港の港湾管理者の長である一審被告から受けた本件埋立免許の違法を理由とし、法二四二条の二の住民訴訟として、本件埋立免許に基づき将来行うべき一切の財務会計上の行為(一審原告らの表現でも「一切の公金の支出」)の差止を求めるものであって、それは特殊の住民訴訟である。すなわち、その基本となる公有水面埋立の「免許」自体はもとよりその差止対象が右各法律による自然環境保全法の規制対象行為とは異なり、さらに広範な行為の規制をその対象とするものである。

(3) 本件訴訟で、本件埋立免許が違法であるとする基本的な権利として、一審原告らのいう環境権は、権利を宣言する憲法上の基本規定はあるが、それを具体的に実現すべき実定法がなく救済を求める根拠となる法律条項がない場合の救済申立に当たるので、この点から考察する。

(4) 例えば憲法二五条に基づく環境権と法律構成して実定法に定めのない分野の権利侵害を理由に住民がその救済を求める場合、憲法上その第一次的(本来的)な責任は、それを具体的に実現する法律等を制定する立法機関、現行法の運用によりそれを実現すべき行政機関にあり、裁判所は事後的、補充的な責任を負うのにすぎないから、その訴訟を提起するには、次の手続を前置する必要がある。すなわち、高度に政治的、政策的な問題に関する住民の意見の表明は、まずその基本となるべき法律等の制定が前提となるから、立法機関に対してその意見を取り入れた法律(具体的には、自然環境保全法、瀬戸内法、港湾法の一部改正等)の制定を請願し、議員、行政庁の長の選挙に際し自己の主義主張に合う人を選出する方法によるべきものであり、後続の行政処分に関する住民の意見の表明は、関係公聴会での意見陳述、関係行政庁に対する陳情等によるべきであり、その関係機関がその結果その問題点を認識しながら、その適正な是正、救済処置をせず、依然自然海浜保全の権利侵害が続いている場合、住民は自己を含む公共の利益維持のため、補充的に法的側面からその判断を裁判所に求めることができる。しかし、そのような手続を現実に前置しない限り、未だ裁判所にその救済を求めるに適せず、その争訟性がなく、裁判所の審理の対象とはならないものと解するのが相当である。本件では、一審原告らにつき右要件が充足されたとの事実を認められる的確な証拠がないから、一審原告らの本件訴えは争訟性を欠くものである。

二1  別紙当事者目録(一審原告)二1の各一審原告らは原審口頭弁論終結以前に各死亡したことが記録上明らかであるから、原判決において各死亡による終了宣言をすべきであるのに本案判決をした違法があるのでこの点で原判決を取り消し本判決において訴訟終了の宣言をすべきものである。又、同2記載の各一審原告は原審口頭弁論終結後に各死亡したことが記録上明らかであるから、各死亡により訴訟が終了したので、本判決において訴訟終了の宣言をすべきものである。

2  別紙当事者目録(一審原告)三の一審原告は、原審口頭弁論終結前に今治市より転出し、その住民でなくなったことが記録上明らかであったので、原判決において本件訴えを不適法として却下すべきであるのに本案判決をした違法があるので、この点において原判決を取り消し、本判決において、同人の本件訴えを却下すべきものでる。

三以上のとおりであるから、右二1の各一審原告の本件訴えにつき各死亡による終了の宣言をし、同2の一審原告の本件訴えは同2の理由により各不適法として却下すべきところ、これと異なる原判決は相当ではないのでこれを取り消し、右説示のとおり各本件訴えにつき却下、訴訟終了の宣言をすることとし、訴訟費用の負担(但し、前記二1の一審原告らを除く。)につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条、九三条の規定に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙木積夫 裁判官高橋文仲 裁判官孕石孟則は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官髙木積夫)

別紙当事者目録(一審原告)

一、一審原告 池内淳雄

外三五八名

一審原告訴訟代理人弁護士 矢野真之

同 青野秀治

同 菅原辰二

二、1 原審口頭弁論終結以前に死亡した者

氏名 死亡年月日

一審原告 日浅ハマヨ

昭和六一年七月一三日

外二一名

二、2 原審口頭弁論終結後に死亡した者

氏名 死亡年月日

一審原告 青井ヨシキ

昭和六三年七月二七日

外九名

三、転出した者

一審原告 村上スナヨ

別紙当事者目録(一審被告)

一審原告 村上スナヨ

岡島一夫

右訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎

土山幸三郎

石津廣司

右指定代理人 池田英雄

外七名

別紙今治港(富田地区)湾岸計画平面図<省略>

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