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高松高等裁判所 昭和55年(う)220号 判決 1980年12月22日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

一<省略>

二控訴趣意第二点は、原判示第四の銃砲刀剣類所持等取締法違反事実中、刀一振の所持を有罪と認定したのは、法定の除外事由の存否ないし被告人の犯意、責任阻却事由に関する事実を誤認したものであると主張し、その要旨として、被告人は右刀の製造につき当局から承認を得ている刀匠から、これを研ぐため預かつていたもので、被告人の右所持は銃砲刀剣類所持等取締法三条一項一〇号所定の除外事由がある場合に該るのに、原判決が刀剣類を適法に所持できる者の範囲を不当に狭く解釈して、被告人の所持を右の除外事由の場合に該らないと判断したのは事実を誤認したものであり、さらに仮りに客観的には法定の除外事由に該らないとしても、被告人は専門家である刀匠から違反にならないと告知されたのを信用して、本件刀を預かり所持していたのであり、そのように信ずるにつき相当な理由があるといえるのに、その理由の相当性を否定した原判決の判断も事実を誤認したもので、破棄を免れない、というのである。

そこで案ずるに、銃砲刀剣類所持等取締法三条一項一〇号は文化庁長官が美術品として価値がある刀剣類を製作しようとする者に対し、その製作につき承認を与えた場合に、その製作目的に従つて所持することを容認する規定であり、右にいう製作とは刀工が鍛治等で刀剣の本体を製造し鍛治研ぎすることだけではなく、その刀剣が同法所定の登録審査において、美術品としての価値の有無を鑑定できる程度に研磨することも含まれ、さらに右研磨は製作承認を受けた者が必らず自己の手ないし被用者などを使ってしなければならない訳でなく、同人がその責任において研磨技術を有する者(研師など)へ委託するにつき格別の制限はないと解されるところ、物の所持とは当人の支配し得べき状態に物が占有管理されていることを指称し、当人が直接的に占有管理することは必らずしも必要でなく、他人の占有行為を介して、当人がその物を支配していると認められる場合には、なお当人がその物を所持するといえるから、文化庁長官の製作承認を受けた者が、その刀剣製作の一過程としての研磨を他人へ委託し、その占有管理を自己から研磨受託者へ移転したような場合には、受託者側において刀剣製作の一過程としての研磨目的で、それに必要な態様で占有管理する限り、委託にもとづく法的効果として、製作承認を受けた者の当該刀剣に対する有効な支配が受託者の占有行為を介して、依然及んでいるといえるのであり、同時に受託者の占有所持は委託者の所持とは外観上は別個であるけれども、前記刀剣類の製作を容認する法規定の趣旨からみれば、委託者の適法な所持の一環と評価できるので罪とはならないと解される。しかしながら文化庁長官の製作承認を受けた者から当該刀剣の占有が他人へ移転され、その占有移転につき私法上の問題がなくても、製作承認を受けた者の支配が当該刀剣に対して、もはや及び得ない状態であつたり、そうでなくても占有移転を受けた者の側において、刀剣製作目的に照らし、それに必要とは認められない態様で占有するような場合には、原判決説述のとおり美術刀剣類の製作承認を受け得る刀工の資格範囲が法令により厳格に規制されていることなどにかんがみ、その占有者の所持は銃砲刀剣類所持等取締法三条一項一〇号で容認される所持に該らないというべきである。

これを本件についてみるに、被告人は原判決が説述しているとおりの経緯で、昭和五四年四月末ころ本件刀を刀匠甲から買受けて、甲が受有していた製作承認書とともに自宅へ持ち帰り、爾来、同年六月二八日、警察へ提出するまで同所で所持し続け、時折、研磨していたこと、被告人はかねて刀剣研磨の初歩を習得し、それまでに第三者から委託されて、登録ずみの刀剣数振を研いだことはあるが、刀工が鍛治製造しただけで未研磨の刀剣本体を登録審査の鑑定を受け得られる程度にまで精巧に研ぎ上げる技倆はないこと、及び甲から本件刀を引取るにつき、その研ぎ上げる期限の話しがでた形跡はないし、技倆がある研師など第三者へ研磨を委託する意思もなかつたことが認められる。原判決は、被告人において本件刀を甲から預かり所持していたと認定しているが、同人の原審証言及び被告人の供述により、約定の売買代金一〇万円中、七万五、〇〇〇円を支払つて被告人が買取り、自己の所有物としていたことが認められるから、原判決が未だ甲の所有である本件刀を被告人が預かつていたと認定している点は、正当でないといわなければならない。なお被告人は本件刀を自己の手で研ぎ上げ、登録審査に合格すると思つていたとか、右程度に研ぎ上げる技倆が自己にあると思つていたなどと供述するが、本件刀身を見分した原審証人乙がその研磨具合に関して証言しているところに徴しても、また被告人が本件以前の昭和五三年一〇月ころ、甲から未研磨の刀身一振を入手した際は、津田町在の研師に委託して研磨して貰つたうえ、甲を通じてその登録を受けたことにかんがみても、被告人の右供述は到底措信できない。そうすると、甲は本件刀を適法に製作する者であり、また同人から被告人への同刀の占有移転は当事者間の私的法律関係としては適法であつても、右売買譲渡により、甲の同刀に対する支配は完全に消滅したのであり、事実上の占有が消滅したのはもとより、法律的観念的にも被告人の占有を介して、自己の支配力を及ぼし得る状態でなくなり、被告人の占有に対し全く容喙の余地がないというべきであり、また、被告人は引渡しを受けて以降、いわば自己の気に向いた際に時折、研いでいたにすぎないし、その研磨技倆が未熟で、美術刀剣類製作の一過程としての研磨を成就し得ないことなどにかんがみ、被告人の本件刀の所持は、承認を受けた製作目的に必要なものとは到底認められない。被告人が本件刀を買受けた際、甲との間に、将来、同刀の登録申請をする際には、これを同人に預託してその申請手続をして貰う旨を約束し、また同刀製作の承認書が甲から被告人へ同刀とともに交付されたけれども、右売買譲渡により甲の本件刀に対する支配が消滅したことと及び被告人の占有態様が製作目的に必要とは認められないことに消長を及ぼさない。それ故、被告人の所持は、法定の除外事由がある場合に該らないというべきであり、原判決の判断は、その理由中に当裁判所の見解及び認定した事実と幾分か異なるところがあるけれども、その結論において正当である。

次に、被告人の犯意ないし責任につき考案するに、被告人には事実の認識に欠ける点はないところ、甲刀匠から本件刀を受取つた際、同人から製作承認書とともに所持する限り、違反とならないと告知され、そう信じていたとしても、甲は刀剣製作技能の達識専門家であつても、刀剣所持の規制取締については門外者であることなどにかんがみ、被告人が違反にならないと誤信した理由に相当性があるとは認められないし、被告人に対し右のような誤信回避を期待することが難事を強いるとも認められないから、被告人は本件刀の不法所持罪の刑責を免れないというべきである。

それ故、本件刀の所持を有罪とした原判決の判断に、結局、事実の誤認ないし法令の解釈適用を誤つた廉はなく、本論旨は理由がない。<以下、省略>

(伊東正七郎 滝口功 佐々木條吉)

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