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高松高等裁判所 昭和41年(ラ)47号 決定 1968年9月30日

抗告人 蚕糸共同株式会社代表者代表取締役 石田満郎

訴訟代理人 奥野久之

相手方 内山製糸株式会社代表者代表取締役 竹腰修一郎

訴訟代理人 図師親徳 外一名

主文

原決定を取消す。

本件を松山地方裁判所へ差戻す。

理由

抗告人代理人は、「原決定を破棄する。本件を松山地方裁判所大洲支部へ差戻す」との決定を求め、抗告の理由として、要旨次のとおり主張した。

一  原決定の事実の認定は左の点に誤りがある。

(一)  原決定は、「申立人は被申立人から受託者として手数料一枚につき金二、六〇〇円(但し内金六〇〇円は割戻す約束)を取得し、一方仲買人等に対しては委託者として一枚につき金七五〇円の手数料を支払つていた」旨認定しているが、申立人(本件抗告人)は取次をしていた者で、被申立人(本件相手方)のためその計算において申立人の名で清算取引の委託をしていたわけであるから、その委託手数料の額は神戸生糸取引所理事会の決定するところで、申立人の左右できるところでないのである。ただ商慣習としていわゆる割戻しが行なわれるのであり、その割戻し金額について本来ならば各仲買人から各取引に応じて割戻されたとおりに計算すべきなのであるが、取次に直接必要な経費を捻出するためおよび計算の便宜のため、仲買人の如何ならびに長期短期の別にかかわりなく一枚につき金六〇〇円の割戻しとして計算すべきことを特に約していたにすぎないのである。

(二)  また原決定は、「昭和三八年七月頃に至つて被申立人は申立人会社の木の内問屋部長と清算取引の打切りを話し合つたがその後も被申立人の強い抗議もなく黙認の形で清算取引が行なわれて来た」旨認定しているが、被申立人は昭和三八年七月末日以後も建玉の注文をなしあるいは現物を清算に売りつなぐことを指示し、申立人が右時期以前の建玉をも含めて速やかな手仕舞を促したに拘らず強気一本の相場観に終始し、大引まで放置していたもので、前記のような清算取引の打切りの話などは全くなかつたものである。

(三)  また原決定は、「申立人は被申立人に対し約束手形(金額一七万二、〇〇〇円、満期昭和四〇年七月六日、振出人被申立人、名宛人申立人)債権金一七万二、〇〇〇円を有するが、反面被申立人は申立人に対し生糸売買代金債権金一六万七、五五一円を有し、申立人が右債権を支払うことを条件に右約束手形金を支払う約束であるところ、申立人が右生糸代金の支払をしなかつたので、被申立人も右約束手形金を支払わなかつた」旨認定しているが、右約束手形振出の原因は為替切れ代金等の支払のためであり、従つて被申立人の生糸売買代金債権なるものは存在しなかつたものである。

二、原決定が申立人と被申立人との取引を取次であると判断したことは相当であるが、その取次行為を私法上無効と判断したことは失当である。

(一)  原決定は商品取引所法(昭和四二年法律第九七号による改正前のもの)第九三条違反をいうけれども、「業として」なる要件を無視して判断している。申立人の如き営業を営む商人が顧客の依頼により「業として」でなく取次行為をする場合は少なくなく、そのような場合を規整する法令はない筈である。

(二)  仮に本件の取引が「業として」した取次にあたり、右法律第九三条に違反するとしても、その私法上の効力が否定さるべきいわれはない。同条は強行法規でなくして取締法規であり、これに違反した行為であつても私法上の効力には影響がない。なお抗告人のこの点に関する法律上の見解の詳細は別紙一の「抗告人の法律上の見解」のとおりでる。

以上のとおり主張し、疎明として、疎甲第八八号証ないし第九〇号証を提出した。

相手方代理人は、「本件抗告を却下する。抗告審の訴訟費用は抗告人の負担とする」旨の決定を求め、抗告人の抗告理由に対する答弁として、別紙二の「相手方の答弁」のとおり主張した。

これに対して当裁判所は次のとおり判断する。

原決定は、申立人(本件の抗告人)と被申立人(本件の相手方)との間に昭和三六年頃から昭和三九年一月頃まで継続して生糸の清算取引が行なわれたこと、申立人は神戸生糸取引所の仲買人の資格を有しなかつたので、被申立人の注文を仲買人資格を有する申立外株式会社銭商店その他に自己の名で取次いでいたこと、申立人と右仲買人等との清算取引上の債権債務は被申立人とは関係なく決済されていたが、申立人と被申立人との間では右の取引による利益又は損失をすべて被申立人に帰属させていたこと、申立人は被申立人よりは受託者として一定の手数料を取得し、一方前記仲買人等に対しては一定の手数料を支払つていたこと、昭和三八年七月頃より損金が多くなり、結局申立人主張の如き債権が生じたことを認定したものであつて、その認定は拳示の疎明資料によりこれを是認することができる。

ところで原決定は、右申立人の行為は商品取引所法(昭和四二年法律第九七号による改正前のもの)第九三条に違反するとした上、同条を強行規定(効力規定)であると解し、申立人の被申立人に対する本件債権は法律上申立人に対し主張し得ないものであるとした。

案ずるに、申立人が取次行為を「業として」行なつたことは前認定の申立人の行為の態様自体よりしてこれを認めることができ、従つて申立人の行為は右改正前の商品取引所法第九三条に違反するというべきである。しかし、同条が強行規定(効力規定)であつて、これに違反する法律行為は無効であるとの原裁判所の判断はにわかに首肯することができない。

原決定は、法律上一定の資格を有する者のみに取引行為を認められた場合、それに違反する無資格者の取引行為は原則としてその効力を有しないとし、右商品取引所法第九三条に違反する行為も私法上無効であるとしているのであるけれども、法律が一定の資格を有する者に取引行為を認め他の者にこれを認めないとしている場合にも、その趣旨は各法律によつて一様ではなく、法律上の資格を有しない者の取引であるという理由だけで当該取引が無効とならねばならぬものではない。

そして、右商品取引所法第九三条は仲買人資格を有しない者が業として取次等の行為をなすことを禁止しその違反には体刑を含む刑罰を以て臨んでいる(同法第一五五条)けれども、そもそも取次等の行為自体はほんらい通常の商行為であつて公序良俗に違反せず、また無資格者の取次等は投資家の保護上好ましくなく商品市場の健全公正な運営の妨げとなるとはいえ、社会共同生活の基本的な秩序に影響を及ぼす程のものでなく、その行為の私法上の効力まで否定しなければ法の所期する目的を達成できないとは考えられないから、右商品取引所法第九三条は強行規定(効力規定)ではなくして取締規定であり、同条違反の行為は私法上無効でないものと解するを相当とする。

そうすると、原裁判所の解釈は失当であるから原決定を取消し、本破産申立の当否を更に審理させるため、本事件を松山地方裁判所へ差戻すこととする。

(裁判長裁判官 橘盛行 裁判官 今中道信 裁判官 藤原弘道)

抗告人の法律上の見解

第一商品取引所法第九三条違反の行為の私法上の効力について

原決定は、本件取引が商品取引所法(以下単に「法」という)第九三条に違反するため法律上無効であるとの理由で抗告人の請求債権を否定し、よつて爾余の点の判断を省略し本件申立を却下した。即ち原決定は右法案を強行法規(効力規定)と解したものである。しかし、本件取引が同条に違反するか否かは姑く措き、抗告人としては該法条を単なる取締法規に過ぎないものと解し、従つて本件取引がこれに違反するとしても、その私法上の効力が否定されるべきいわれはないと思料する。そこで先ずこの点に関する抗告人の見解を以下のとおり分説する。

一 取締法規と強行法規

広く取締法規といわれる中に、これに該当する取引行為をすることは処罰されるが、その行為の私法上の効果はそれに関係なく発生する場合(以下単に「取締法規」という)と、当該取引行為は処罰されると同時に無効である場合即ち、取締法規であると同時に強行法規の性質を有するもの(以下単に「強行法規」という)とがある。本件で問題となつている、法第九三条の如く、取締法規であるか、強行法規であるかを、明文をもつて規定していない場合にあつては、解釈で決定しなければならない。

ところで、右取締法規と強行法規とを区別する基準については、抽象的には、取締法規は、一定の行為が現実に行われることを禁圧防止することを直接の目的とするのに対し、強行法規は、当事者が一定の行為によつて達成しようとする私法上の効果の実現について、国家が助力しないことを直接の目的とする、といえるが、結局は、それぞれの取締法規について、立法の趣旨、違反行為に対する社会の倫理的非難の程度(反公序良俗性)、一般取引に及ぼす影響(取引の安全)、当事者間の信義、公正などを検討して決定する外ない、とされる(註1)。そこで、前記法案が取締法規か、強行法規かにつき、右諸点に照らして検討する。

(註1)我妻栄・新訂民法総則二六三頁以下。

二 抽象的基準

法第九三条は、仲買人でないものが「業として」、即ち反覆継続の意思をもつて媒介等をする行為を禁止するに止まり、媒介等そのものを一般的に禁止し、もしくは媒介等により形成される法律関係を否定するものでないことは、同条の文言上明らかである。従つて、上記抽象的基準に照らせば、右法条は取締法規にすぎないものというべきである。

三 立法の趣旨

商品市場における売買取引の媒介等を禁ずる法の趣旨は、仲買人でない者が商品市場における売買取引に関係することにより、一般委託者に不測の損害を及ぼすことを防止しようとするにあり、仲買人資格の規制とその目的を一にしている。

これに該る場合としては、本件抗告人のように、現物問屋として常に製糸業者とのみ取引があり、しかも横浜では清算仲買人でありながら神戸ではその資格がなく、神戸でも当初は清算仲買人を兼業していたがその成績が思わしくなかつたため脱退したというような、単に形式的に資格を有しないだけのものから、全く信用も資力もないブローカーに至るまで、種々雑多であつて、法が真に禁圧せんとするのが右ブローカーの類であることはいうまでもないが、いずれの場合でも、玉は仲買人を通じ商品市場において処理されるのであり、或る面では仲買人の力の及ばぬ処まで玉を集めるので、商品取引を盛んならしめる意味もあり、商品取引所制度と根本的に相容れないものではない。

いずれにしても、上記立法の趣旨は、懲役刑を含む罰則の適用をもつて充分達し得るものであり、私法上の効果を否定する必要はない。

四 反公序良俗性

元来前記法条の規制の対象たる行為そのものが公序良俗に反することはあり得ないし、同条の前記立法の趣旨や、「業として」媒介等を為した場合のみ同条違反となるとの規定形式を用いている点からみて、同法条の設定により特に公序良俗に反するものとなつたと考えることもできない。

五 取引の安全

法第九三条を強行法規と解することは、取引の安全を害し、却つて一般委託者の利益を損うこととなり相当でない。

とくに法第九三条は「業として」なした場合に限り同法条違反になると規定するのであるから、同法条を強行法規と解するとすれば、偶々業としてなされた場合は無効、そうでない場合は有効となり、個々的には一見有効として扱われた行為が集団的にみて卒然無効に帰することとなり、取引の安全を害すること更に著しいものとなるのである。

六 当事者間の信義、公正

抗告人と相手方内山製糸株式会社との間には昭和二四年頃から昭和四〇年六月頃まで生糸の販売委託が継続し、同会社は抗告会社の株主にもなつている位いに親密な間柄にあつたが、そのような関係から昭和三六年頃よりヘツヂ取次が始まり、竹腰修一郎が社長に就任したころからは右会社及び竹腰個人の名義で純然たる清算取引の取次をも依傾されるようになつたのである。特に昭和三八年に入つてからは、始めのうち清算取引で利益を得ていたため、同会社の業績不振を挽回しようとしたものか、建玉数も多くなり、又しばしば糸価の動向を無視し投機的傾向が目立つに至つたので、抗告人としては連日の如く市況を報知し善処方を求めていたが聞き入れられず、無理な取引を継続したため、大きな損金を出すに至つたのである。その間相手方は利益を出している間は本件取引を有効として益金を受領していたに拘らず、大きな損金を出すや、自己の義務を免れるため突然本件取引は無効であると主張するに至つたのである。この相手方の主張が信義、公正の面からみて甚だ遺憾なものであることはいうまでもあるまい。

同様の事例は本件当事者間に特有のものでなく、また委託者側にも取次者側にも一般的に生起すべき問題であるから、取引当事者間の信義、公正を図る見地からしても法第九三条を強行法規と解してはならないのである。

七 その他の見解

広い意味での取締法規を警察的取締法規と経済統制法規とに区別し、前者を取締法規、後者を強行法規とする見解があり、論者によればこれが学説の一般的傾向で、判例の結論もまた同様の傾向を示す、とされる。

(註2) 右見解に従えば、法第九三条は、立法の趣旨、立法形式からみて、右の警察的取締法規に該ること明らかであつて、経済統制法規に関する判例(註3)は本件には妥当しない。

(註2) 田中二郎・法律学全集第六巻三〇五頁。

金沢良雄・行政判例百選二八頁。

(註3) 例えば、

昭和三〇年九月三〇日最高裁第二小法廷判決、最高裁民集九巻一〇号一四九八頁。

昭和四〇年一二月二一日最高裁第三小法廷判決、最高裁民集第一九巻九号二一八七頁。

八 以上種々の面から検討を加えたが、取締法規か、強行法規かを考えるにつき大切なことは、強行法規が私法自治の原則に対する例外であり、従つて厳格に解釈されなければならないということを踏えた解釈態度である。川島武宣教授が「特に私法的無効を認めなければ目的を達し得ないという強き積極的理由がない限り効力規定性を認むべきでない」(註4)とされるのは、右の見地からして解釈学上当然のことといわねばならない。

(註4) 判例民事法昭和一三年度一三一頁。

九 本件の先例

法第九三条と同旨の規定(旧取引所法第一一条ノ四第二項・第三二条)があつた旧法当時、右法条は取締法規であるとする大審院判例がある(註5)。

右判例は、現行法のもとにおいても妥当する(註6)。

(註5) 昭和九年三月二八日言渡大審院第四民事部判決、大民集一三巻上三二一頁。

右判決評釈・石井照久・判例民事法昭和九年度三一事件八七頁以下。判決に反対する見解は見当らない。

(註6) 学者の著書、論文等においても右判決は現行法のもとにおいても当然有効な判例として引用されている。

我妻前掲書等多数。

第二原決定の法律判断について

一 原決定は法第四一条を掲げているが、同条は商品仲買人の資格を定めた規定であつて、商品市場において直接売買取引をしたのではなく、単に商品仲買人に取次いだにすぎない本件には直接関係ない。

二 原決定は、法律上一定の資格を有するもののみに取引行為を許された場合、それに違反する無資格者の取引行為は無効である、との原則を掲げ、その論拠として臨時物資需給調整法に基く配給規則違反に関する最高裁判所の判例(前掲註3)を挙示し、本件はこの原則に該当するとしている。

しかし右原則の定立は、原審の独断にすぎない。そして原決定の挙示する判例の結論自体、前段で検討した取引の安全等諸点に照らし考えれば必ずしも妥当とは言えない。

同旨の右判例に反対する有力な見解がある(註7)。

(註7) 我妻前掲書二六六頁。我妻博士は右判例の結論は「すこぶる疑問である」とされる。

ただ、臨時物資需給調整法並びに同法に基く規則は、供給の特に不足していた物資の需給に関する事項を規定したものであり、これはわが国の敗戦後における産業の回復および振興に関する基本的な政策および計画の実施を確保するため制定されたものである。すなわち、国民経済全般につながる国家の基本的政策に関する法規である。従つてこの点を強調して、これ等の法規は強行法規であり、これに違反する法律行為は私法上無効である、とされてもやむを得ないかもしれない。

しかしながら、法第九三条の立法の趣旨は、既に考察したとおり、一般委託者に不測の損害を及ぼすことを防止することにあり、右臨時物資需給調整法並びに同法に基く規則とは、その趣旨並びに目的において質的に相違するものである。従つて臨時物資需給調整法に関する判例は本件に妥当しない。

更に、右臨時物資需給調整法に関する判例の趣旨を本件に敷衍することは出来ないというべきである。即ち、右判例にすら有力な反対説があり、これを拡張的に類推することはできないからである。ここで想起しなければならないことは、既に指摘した厳格解釈の態度である。

三 原決定は、前記昭和九年三月二八日言渡大審院判例を、旧取引所法に比し罰則が強化されたことを理由に、現行法のもとにおいては判例としての実質を有しないものとなつた、とする。

しかし取引界においては、右大審院判決を確定的先例として永年にわたり取扱つてきたのである。(その後この点に関する判例がないことは右のことを推認させる。)このような場合の立法として、立法者があくまで強行法規とする趣旨であれば、農地法第三条等の立法形式を用いたであろう。しかし、かかる立法形式を用いず、罰則を強化しただけである点から考えると取締法規であることを認め、これをより明白にしたものと考えられるのである。すなわち、強行法規としたのでは、前述したとおり取引の安全を害する等種々弊害を生ずるため、強行法規性は認めず、罰則を強化し、懲役刑を含む罰則の威嚇により媒介等の行為を禁圧防止しようとする趣旨であると考えられるからである。

四 以上のとおり、原審の法律的判断に関する説示はすべて失当である。

第三主張の補足

一 商品取引所法一部改正について。

抗告人は本件取引の如き媒介等の制限と呑み行為の禁止とはその規制によつて保護しようとする法益を異にする。従つて証券取引所法第一二九条の違反は行為の無効原因となり得ると傍論する相手方指摘の裁判例は本件の先例とはなり得ない、旨主張してきた。ところで商品取引所法は昭和四二年法律第九七号により一部改正されたが、抗告人の右主張に添つた改正がなされている。すなわち、旧法においては第九三条に媒介等の制限を第九四条に呑み行為の制限を規定していたところ、改正法においては実質的内容の変更はなく、規定の位置を変え第九三条に呑み行為の禁止を、第一四五条の二に媒介等の制限を規定するに至つたが、これは異質のものを並べ規定していたものを、右見解に従い整理したものと解される。

二 最高裁判所の見解について。

抗告人は本件の先例として昭和九年三月二八日言渡大審院第四民事部判決(大民集一三巻上三二一頁)を引用し、媒介等の制限の規定に違反する行為も有効である旨主張してきたが、最高裁判所も昭和三八年六月二七日第一小法廷言渡にかかる昭和三五年(オ)第八二七号事件の判決(判例総覧民事編第二五巻二五頁)において「原判決の確定した事実によると、商品取引所の仲買人でない被上告人島本健一が昭和三二年二月頃以降控訴人その他多数の客から本件小豆清算取引等の委託を受けて、これを大阪砂糖穀物取引所仲買人西田三郎商店その他の仲買人に取次いだものであるところ、原判決は、被上告人島本健一の右行為が商品取引所法九三条に違反し同法一五五条の罰則にふれることがあつても、その取次および取次の委託を受ける個々の行為は何等公序良俗に反するものでないから無効ということはできないと判示しており、この判断は正当であつて当裁判所もこれを支持する」と述べ、右大審院の判例を引用し、これを維持すべきことを明らかにしている。

相手方の答弁

第一原判決の法律判断は極めて正当な判断である。

一 原判決は「法律上一定の資格を有する者のみに取引行為を認められた場合、それに違反する無資格者の取引行為は原則としてその効力を有しない」旨判示している。

二 右判示は具体的妥当性と現在の取引所の経済事情を正当に把握した正しい判断である。

相手方訴訟代理人は右判示の正当性を裏付けるために、あえて、我妻栄教授の新訂民法総則の一部を原文のまま引用さして頂く。

「(b)  法律がとくに厳格な標準で一定の資格のある者に限つて一定の企業ないし取引をすることができるとしている場合、例えば鉱業権者でなければ鉱物の掘採事業を営むことができず(鉱業法七条、一九一条参照)、商品仲買人でなければ商品取引所における一定の売買取引ができない(商品取引所法四三条参照)とされている場合に、鉱業権の貸借(斥先掘契約)または仲買人名義の貸借(名板貸契約)によつて、その名義を貸与する契約がしばしば行なわれる。かような契約は、法律がその企業ないし取引をする者を監督しようとしている趣旨に反するから一般に無効である。

(c)  ……もつとも取引所で取引をなしうる者(仲買人)の資格を制限するのは行政取締の必要によるものだから取引そのものは有効だとするものもある(大判昭九・三・二八、民三一八頁)が、その例は少ないようである。」

(前同二六五頁)。

三 更に川島武宣教授の民法総則(法律学全集一七巻)の一部をそのまま引用する。

「(a)  旧憲法下では……警察命令による禁止制限は法律行為の私法上の効力に影響を及ぼさないと解されていた。また、たとえ法律による場合でも、警察許可なしに営業する者が行つた箇々の取引は私法上無効とならない、と解されていた。おそらく当該営業者と取引する多数の相手方の期待を不安定ならしめることを避ける(取引の安全)趣旨が、その背後にあるであろう。

しかし、特殊の許可営業については、無許可営業者の行つた箇々の取引すら九一条により無効とされている。また営業許可を受けた者が営業許可を受けていない者に営業者としての名義を使用させる契約(名板貸)は無効とされたが、……(中略)……また、特に一定の取引を禁ずる強い必要があるときは、たとえ善意当事者の期待を裏切り、また当事者による一種の信義違反を生ずるような結果となつても、なおあえて取引の私法的効力が否認されることがある。」(二二四頁)

第二商品取引法の沿革からみた法的性質

一 現行商品取引所法は昭和二五年八月、同法第一条に定める目的のために施行され、数度の改正を経て昭和四二年に大改正が行なわれ仲買人の取引所ごとの登録制度を廃止し、商品取引員(従来の仲買人)は主務大臣の許可制にし、取引員に対する監督規定を整備した。

二 現行商品取引所法では取引員に対する一定の許可基準を法定し(四四条)、その許可制に基づいて行政当局が予防的措置を講ずることができるように、業務または財産の状況が不健全化するおそれのある場合や、業務または財産につき是正を加える必要がある場合、主務大臣が改善命令を出し(第五〇条)、また許可の取消しをすることが出来るようになつた(第五二条)。

三 証券取引法の証券会社の免許とは「証券業の免許制とは、証券取引法の目的に照らして証券業を一般的に禁止し、大蔵大臣が一定の要件を具備すると認める者に限つてこれを解除し、適法に営むことができるようにする制度である」(法律学全集、鈴木、河本、証券取引法八四頁)。

免許も許可も同意語である。

更に右教授らは証券取引法の目的について、「投資者の保護」によつて、その実現が期待される「国民経済の適切な運営」と述べられている(前同二八頁)。

証券取引法第一条と商品取引所法第一条は同一趣旨であり商品取引所法も「健全な運営を確保する」ことによつて「国民経済の適切な運営」を実現するものと考える。その健全な運営を確保する手段として前記許可制度、主務大臣の監督関与の制度をとつたものと考える。

四 抗告人は旧取引所法第一一条の四、二項に関する昭和八年の大審院判決をあげているが、時代は変遷し、経済事情がその頃から予測出来ない程変革し、法律も根本的に改正された現時点で、右判例をもちだすのは妥当性を欠くものである。本件の当時の商品取引所法の解釈については、時代の流れと共に現行法を参考にして前向きの姿勢で解釈すべきである。現行法では「もぐり仲買人」の違反行為は前記我妻、川島の二教授の意見を待つまでもなく私法上の無効となること明白である。

五 ひるがえつて抗告人が後生大事にと主張する前記大審院の判決に対するその当時の解釈を検討する。

判例民事法昭和九年八九頁の石井教授の評論を原文のまま引用さして頂く。

「蓋し取引所法一一条の四、二項に所謂「もぐり仲買人」の跋扈を防止して一般取引人を保護せんとするものであるからその違反行為はかかる「もぐり仲買人」に対する取引所法第三二条の罰則を以て足り、その行為の私法的効力まで否定することは却つて一般取引人に不慮の損害を来す虞がある。この意味に於て本件判旨の立場を是認すべきであると考える。ただ最近に至るまで取引所法一一条の四、二項の規定により主務大臣の認可を受けた事例はないとのことであり(藤田取引所論二一三頁)而も本件の如き事案が再三問題とせられることは所謂「もぐり仲買人」の横行を裏書するものというべく、これに対する取締の徹底化を必要とする。」

石井教授は右判示に賛成されているが、その基礎は「その行為の私法的効力まで否定することは却つて一般取引人に不慮の損害を来す虞がある」ので判示に賛成されているに過ぎない(前記川島教援の引用文参照)

同教授は「もぐり仲買人」に対する取締の徹底化を必要とするとして論を締めくくつておられる。

その当時から「もぐり仲買人」の悪弊が問題となつていた。一般取引者に不慮の損害を与えない場合は、私法的効力も否定すべきであるとの意見を推測できる評論である。

第三抗告人の「もぐり仲買人」性と営業について

一 抗告人は正規の仲買人と同様の文書を用いて永い間、取次を反復継続していた。(乙号証の書式参照)

二 証人竹下友清の証言では、受託勘定帳(甲一)について「蚕糸共同がお客さんから清算取引の取次ぎを頼まれたものを記帳した帳簿である」と証言し、この帳面は全部取次ぎを頼まれたものの記帳であること、お客さんは二〇人位あつたと証言している。

第四抗告人代表者の地位

一 抗告人代表取締役石田満郎は従来より横浜生糸取引所の副理事長をしている。

すなわち、取引所の円滑な運営について責任のある地位にあつた。同人は神戸支店が正規の仲買人と同一の書式で取次ぎをしていることを知らなかつたこと、この点に対する責任者として監督不行届であつたことを別件の代表者本人尋問の際陳述している(追而乙号証として調書を提出する)。

第五破産申立債権の不適法性について

一 抗告人は本件破産の申立を自分の債権の回収のみを計る利己的手段として利用したに過ぎない。

抗告人は破産の申立書を裁判所に提出し、相手方がこの事実を全然知らない間に相手方の取引銀行に態々破産申立事実を知らせた。

これは銀行の介入によつて自己の債権回収を優利にする目的でなされたものである。

二 抗告人らは最近に至つて差損金取立の本案訴訟を提起している(昭和四三年七月一八日訴状受理)。

本来、破産宣告の申立の手段をとらず最初から本案訴訟で自己の主張する債権の確定を選ぶのが順当であつた。

第六結論

一 相手方は原審で陳述した各準備書面の主張を全部援用する。

二 以上の通り、原審決定は具体的妥当性のある決定である。相手方は抗告審の審理が長期間に亘つているので、所謂「半殺し」の状態が続き、非常に困つている。

速かに抗告却下の決定をされることを期待する。

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