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高松高等裁判所 昭和40年(う)65号 判決 1965年7月19日

被告人 金村正明こと金昌烈

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

原審および当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、記録に綴つてある検察官野崎賢造並びに弁護人佐伯継一郎作成名義の各控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

検察官の控訴趣意第一点について。

論旨は、法令の適用の誤り又は事実誤認の主張であつて、原判決は、本件公訴事実中、公務執行妨害の事実に対し、右公訴事実はおおむね認められるとしながら、土居巡査は、被告人から「お前には前にやられたことがある」と脅されたため、身に危険を感じ、被告人の着用していた腹巻に手を入れて兇器の有無につき身体検査をしているのであつて、斯る体査は公務執行のための行為とは認め難く、被告人が任意同行の求めに反ぱつして前記のような言辞を吐き、体査に対して兇器を示して脅迫しても、自己防衛行為として違法性を欠き、犯罪を構成しないとして、右公訴事実につき無罪の言渡をした。しかしながら、本件における土居巡査の被告人に対する体査は、被告人の同行を説得する過程において、これに関連する危険防止の手段として、強制にわたらない程度になされたものであつて、適法な職務の執行である。仮りに、右体査が違法であるとしても、その後の、被告人が庖丁を右手に持ち腰にあてて、土居巡査に対し、今にも突きかかるような姿勢で炊事場から飛び出して来て、同巡査を脅迫した行為は、(一)土居巡査に胸を突かれたものと誤解し、立腹の余り、同巡査に攻撃を加えようとしてなしたもので、体査に対する防衛行為ではない、のみならず、(二)右体査は一過性の行為であつて、即時終了しており、右脅迫当時急迫不正の侵害は存し得べくもないから、これを目して正当防衛行為ということはできない。従つて、右公訴事実についても、当然有罪であるのに、原判決がこれを無罪としたのは、法令の解釈適用を誤つたか又は事実を誤認したかのいずれかによるものである、というのである。

よつて、所論に鑑み、記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌して、検討するに、凡そ、警察官は職務質問に際し、刑事訴訟に関する法律によつて逮捕されていない者に対しては、その承諾のない限り、身体につき兇器を所持しているかどうかを調べることは許されないものと解すべきであるが、ただその者が、兇器を所持している疑いが極めて濃厚であるにもかかわらず、警察官の職務質問に対して理由なく応じないような特別の場合には、職務質問の過程において、異常な箇所につき着衣の外部から触れる程度の、社会通念上職務質問に通常附随するとみられる程度の体査は、職務質問の一態様として許されるものと解されるところ、本件についてこれをみるに垂水都子の司法警察員に対する供述調書、原審証人土居鬼子雄の供述記載によると、土居巡査が体査した当時の被告人の服装は、シヤツ、ステテコ、腹巻のいわゆるシヤツ姿であつたのであるから、同巡査が簡単な職務質問をして被告人を観察すれば、被告人が当時兇器を所持していなかつたことは容易に判明したものと認められる。しかるに、原審証人土居鬼子雄の供述記載、当審における同証人の尋問調書によると、土居巡査は、被告人に対する無免許運転容疑につき職務質問をするため同人に同行を求めた際、突如として被告人着用の腹巻の中に手を差し入れ、同人の身体を検査したことが認められるのであつて、かかる体査は、法の認めないところであり、原判決の説示するように、違法な職務の執行であることが明らかである。従つて、被告人がこれに対して反抗したのであれば、公務の執行を妨害したということはできないであろう。しかし、司法警察員作成の実況見分調書、垂水都子、星加節雄の司法警察員に対する各供述調書、原審証人土居鬼子雄、同石川修身の各供述記載、被告人の検察官に対する昭和三九年七月一五日付供述調書、押収してある庖丁一挺(当庁昭和四〇年押第三二号)の存在、当審における証人土居鬼子雄の尋問調書を綜合すると、被告人は、土居巡査から無免許運転についての職務質問のため同行を求められるやかつて少年時代に非行少年として同巡査に補導されたことがあることを想起して同巡査を嫌悪し「お前には前にやられたことがある、恨みに思うんじや」と怒号し、次いで同巡査から前記の体査を受けたのであるが、これを怒つて手を振り上げ、これを防ごうとする同巡査の手が被告人の肩の辺りに当つたため、ますます同巡査を嫌悪立腹し、自宅の炊事場に走り込み、庖丁を右手に持ち、腰にあてて、同巡査に対し、今にも突きかかるような姿勢で飛び出して来て、同巡査に近づき、もつて同巡査を脅迫したことおよび同巡査は、被告人が直ちには同行に応じなかつたけれども、当時なお同行を説得しようとしていたものであることの各事実が認められる。さすれば、土居巡査の前記体査は一瞬にして終了しているにもかかわらず、被告人は、同巡査に対する個人的な悪感情から、同巡査が職務質問のため同行を求めているものであることを認識しながら、あえて、庖丁による前記脅迫の所為に及んだものというべきであつて、右所為は、体査に対する反抗ないし防衛として為したものではないといわねばならず、厳として、公務執行妨害罪を構成することが明らかである。しかるに、原判決は、被告人の庖丁による前記脅迫を体査に対する防衛行為であると認め、結局無罪を言渡しているのであつて、この点原判決は事実を誤認したと言わねばならず、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、弁護人の量刑不当の論旨については判断を省略し、検察官の量刑不当の論旨については後記の如く懲役刑を選択するのが相当と認められるので、刑訴三九七条一項三八二条により原判決を全部破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和三九年七月四日午前一一時四〇分頃新居浜市泉川町国道長田交差点附近道路において原動機付自転車(新居浜市C三一八九号)を運転し、

第二、同日午前一一時五〇分頃同市泉川町高須の被告人方裏庭において、当時被告人が原動機付自転車を無免許運転した事実を現認した新居浜警察署勤務巡査土居鬼子雄、同石川修身から現行犯人として質問され、更に土居巡査から職務質問のため角野警察官派出所へ同行するよう求められるや、同巡査に対し、「お前には前にやられたことがある」と怒号し、更に附近の炊事場から持ち出した庖丁を右手に擬し、今にも突きかかるような姿勢で同巡査に近づいて脅迫し、もつて同巡査の職務の執行を妨害し、

第三、橋本竹幸と共謀の上、同年八月六日午後一〇時頃同市同町高須森川時春方表附近において、真鍋久通(当時二四歳)に対し同人が被告人の友人である平田工珠と行商に出ながら、商売をしないで帰つていると難詰し、橋本と共に手拳で真鍋の顔面を殴打し、雪駄ばきで両足を蹴るなどの暴行を加え、因つて同人に対し治療五日間位を要する顔面挫傷の傷害を与え

たものである。

(証拠の標目)(略)

(前科)

被告人は昭和三五年三月一七日松山地方裁判所西条支部において恐喝罪により懲役一〇月以上一年六月以下に、昭和三七年二月二〇日同裁判所において脅迫罪により懲役四月に各処せられ、当時いずれも刑の執行を受け終つたものであつて、右各事実は被告人に対する前科調書の記載によつて明らかである。

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示第一の所為は道路交通法六四条一一八条一項一号に、判示第二の所為は刑法九五条一項に、判示第三の所為は同法二〇四条罰金等臨時措置法三条一項一号刑法六〇条に各該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人には前示前科があるから刑法五六条五七条五九条に従い、各罪につき定められた懲役刑に累犯の加重をなし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文一〇条により最も重い傷害の罪の刑に同法四七条但書一四条の制限に従つて併合罪の加重をなした刑期範囲内で、被告人を懲役六月に処し、刑訴一八一条一項本文に則り、原審および当審における訴訟費用は全部被告人に負担させる。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤謙二 木原繁季 加藤龍雄)

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