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高松高等裁判所 昭和27年(う)966号 判決 1952年12月23日

控訴人 被告人 松並吉太郎

弁護人 島内賀喜太

検察官 藤川儀七郎関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人島内賀喜太の控訴趣意は別紙に記載の通りである。

本件記録を精査し総べての証拠を検討するに

原判決挙示の証拠により、被告人は昭和二十七年一月十日頃被告人経営の徳島市南新地八番地の待合に藤原喜代美を雇い入れたが、同女が果して満十八歳に達しているかどうかにつき疑いを持つていたのに拘らず、戸籍等につきこれを確めることをせず、同女(本籍愛媛県越智郡岡山村大字宗方甲三二一四番地昭和十年一月一日生)をして昭和二十七年一月二十日頃から同年二月二十四日頃迄の間右待合で約三十五人の客と淫行をさせた原判示事実を認めることができる。被告人は右のように同女に淫行をさせるに先立つて、同年一月十二、三日頃徳島市警二軒屋巡査派出所の熊川重春巡査に同女の年齢調査を依頼した後、大阪市に行き同女の母藤原キクに会い喜代美の年齢を尋ねた際、喜代美の年齢は同女の自称すると同様昭和九年一月一日生れであるとの事であつたが、被告人は右大阪に向け出発の際、雇女の年齢のことで二回も違反に問われたことのある被告人の妻松並ツネ子から言葉だけではなく何か書いたものも調べて来るように言われており、右母親キクに会つた時同女からは、役場の関係もあるから戸籍謄本を取らないでくれと言われたことあり、喜代美の年齢が満十八才を過ぎているかどうか疑いを持つたのに拘らず、前示巡査派出所の熊川巡査に、喜代美はその母に確めると満十八才である旨を報告して置いて、前示のように同年二月二十四日頃(同派出所から喜代美の年齢は満十八才であるとの真実に反する調査回答を受けた日)迄喜代美をして淫行をさせた事実を認め得るのである。右のように婦女子の年齢を同女に客を取らせることを容認するその親に尋ねて十八才を越えているとの返事があつたとしても、果してそれが真実であるか否かに疑いを持つた場合に、更に進んで戸籍その他につき正確な調査をしないで、同女に淫行をさせた者は、同女が真実十八才未満であつた場合、児童に淫行をさせた児童福祉法違反の罪責を免れることはできないのである。原判決が前示のように被告人が児童に淫行をさせた犯罪事実を認定して、被告人を罰金一万円(執行猶予二年)に処したのは不当ではない。

よつて本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人島内賀喜太の控訴趣意

原判決は事実誤認がある。何となれば原審は被告人は児童藤原喜代美につき適切な年齢の確認の方法を尽さず同人をして約三十五回に亘り氏名不詳の来客約三十五人に淫行せしめたと認定し有罪の判決を言渡したのである。然れども被告人は右藤原喜代美の年齢が満十八歳であることの確信を得る為め相当の方法を講じ普通常識上から見て尽すべきことは尽して居るので何等故意は勿論過失もない。然るに原判決が有罪と認定したるは事実の誤認である。之を具体的事実と証拠によつて説明すると、

1、相被告人(世話人)中山文次郎及び児童藤原喜代美の両名は被告人に対し年齢は昭和九年一月一日生の満十八才と明言して居ること。

2、右藤原喜代美は被告人に対し喜代美が自署した生年月日及氏名を書いた書面(原審で押収)を交付して年齢は昭和九年一月一日生れの満十八才であることを明確にしたこと。

3、処が被告人は曩に被告人の妻が年齢の点で児童福祉法違反で起訴せられ裁判中であり「ニガイ」経験を有して居るので藤原本人と仲介人中山の言を一応信用したが尚念の為め徳島市警察署二軒屋派出所へ其の翌十三日に藤原喜代美の年齢の調査を依頼したのである。而して右警察の調査が来る迄右藤原を働かさず其侭置いておく考へで働かすのを止めて居つたが数日たつも調査が来ないので二軒屋派出所へ問合せたるも未だ調査が来ないと云ふので藤原本人へ話したら藤原は一日も早く働きたいと再々懇請があるので被告人は藤原の母親に年齢を確める為藤原を連れて一月十八日の夜上阪し翌十九日朝大阪の実母の宅を訪ひ同家の二階で実母キク、藤原喜代美、被告人の三人の所で実母は右喜代美の年齢は昭和九年一月一日生の満十八才であると明言し且実母は右喜代美が働きたいのであるから是非働らかしてやつてもらいたいと懇請して居る事実あり被告人は実母の言ふ年齢と、中山喜代美の云ふ年齢が一致したので確信を得て翌二十日朝徳島へ帰り此の事実を右二軒屋派出所の熊川巡査に話したる処未だ大阪の警察より回答がないが実母キクによつて年齢が明確になつたのであるから右喜代美の意思通り働かしてやりたいのですが如何と右熊川巡査に話したら同巡査も実母なり本人と仲介人等が合致して年齢を満十八才と云ふのなら回答がある迄本人の希望通り働かしてやつてもよいとの黙認的言葉があつたので被告人は自己も確信あり又熊川巡査も黙認せられたので安心して藤原の希望を入れて働かしたのであるから決して被告人が無理に年齢の不足しておるのを働かしたものではない。

4、然る処昭和二十七年二月二十四日右二軒屋派出所より藤原喜代美の年齢は昭和九年一月一日生の満十八才である旨大阪の警察より回答があつたと熊川巡査から通知を受けて愈喜代美の年齢は同人の謂ふ通り満十八才なりと確信し安心して働かして居たのである。

以上の事実は証人藤原キク、同喜代美、相被告人中山文次郎及証人熊川巡査の各供述によつて明白である。又大阪の警察署の回答書によつても明白である。されば被告人としては普通一般通念より常識的の年齢の確認の方法を採り年齢確認の為め相当の方法を為しておるものと謂わなければならない。又法律の趣旨も常人に対し之以上の要求をして居るものとは謂へない。

過失の点

一、被告人は年齢の調査を本人、実母、仲介、警察によつて知り戸籍の取調をしなかつたのは過失ありと云ふかも知らないが左の諸点からすれば被告人に過失ありとは謂へない。

1、普通一般人とすれば即ち常識上は年齢は本人、両親、近所の者、仲介人等が知つて居るのが当然であり又之に聴くことによつて知ることが常識である。

2、右藤原喜代美の年齢を徳島市警察署二軒屋派出所に調査を依頼したる処同署は大阪警視庁へ問合したるに大阪西警察署へ調査を嘱託したる処同署の巡査が右喜代美実母キクの家へ行き実母キクに年齢を尋ねたる処実母は昭和九年一月一日生の満十八才であると答へたので同巡査は之を上司に報告し大阪西警察署より徳島市警察へ昭和九年一月一日生と回答があつた。されば法律運用者で法律に明るい筈の警察官が年齢の取調即ち年齢の確認に戸籍を調査せず実母に聴きて之を回答して居るのであるから況んや法律知識に乏しき被告人が実母に年齢を確めたることは当然のことであつて常識上、無理も不可思議もなく年齢の確認に過失ありとは謂えない。

3、年齢の確認法を警察へ依頼したのは被告人が公判廷で供述し居る如く本年一月に業者の組合総会の席上役員から児童の年齢確認は警察の協力を求めと話があつたので被告人も之に従い常に監督を受けて居る警察へ依頼したのである。

4、本件の起訴事実は昭和二十七年一月二十日より同年二月二十四日の警察の回答のある迄の日の行為を起訴して居る。然し被告人は右一月二十日より三月十九日迄右喜代美に働かして居る。故に右起訴からすれば右二月二十四日に警察署から年齢の回答があつた以後は被告人は年齢の確認は適切であり善意無過失であるが一月二十日以降二月二十四日迄警察の回答が来なかつた期間は被告人に責任あると謂う見解の下に起訴して居るのである。然れども被告人が年齢を確めたのは喜代美本人、実母キク、仲介人中山文次郎及び警察の協力によつて確めたのである。処が警察の調査は巡査が実母宅へ至り実母に聴き年齢を確めて之を徳島市警察署へ回答したのであり何等戸籍簿の調査をしておらない。然らば此の点より見れば被告人の年齢確認方法も警察の年齢確認方法も何れも実母に聴いて之を確認しており警察は実母丈に聴きたるも被告人は実母の外に喜代美本人、仲介人中山文次郎等に聴き被告人の確認方法が警察の確認方法より以上に尽して居るのである。被告人の確認方法は犯罪を構成するも警察の確認方法は罪とならないと謂うが如き区別は何によつて生ずるか全く不可解で理解出来ない。殊に被告人が徳島市警察署二軒屋派出所へ依頼したのは一月十三日で回答は二月二十四日であるから其の間四十一日間もの長きに亘り回答せず若し早く回答すれば(一週間位)被告人も喜代美を働かさずことなき結果となつて居るのに回答を遅延し乍ら其の責任を被告人に負わすことは責任なき者に責任を負わすことになり本件は全く無理な非常識の起訴であるから原判決を破棄し無罪の御判決を求める次第である。

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