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高松高等裁判所 昭和27年(う)359号 判決 1952年10月14日

控訴人 被告人 小松通夫

弁護人 河西善太郎

検察官 高橋道玄関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人河西善太郎の控訴趣意は別紙記載の通りである。

論旨は要するに被告人は本件短刀を道路上で拾得しこれを警察官に届出るため所持していたものであつて、本件所持は銃砲刀剣類等所持取締令違反罪を構成しないと謂うのである。しかし原判決が証拠として掲げる証人安部浅子、同安部伴次、同岡崎春樹の原審公判廷における各証言を綜合すれば、被告人は原判示日時頃本件短刀を携えて原判示安部伴次方裏口土間に来り同人及びその妻浅子に対し「あきちやん(安部の息子輝を指す)を出せ」と言いながら右短刀を突きつけた事実及び右伴次の知らせにより近くの官舎に住む岡崎警部補が安部方へ駈けつけ同人方前の路上で被告人から右短刀を取上げた事実を充分肯認することができ、原審第二回公判調書に基き右各証人の供述内容を仔細に検討しても同証人等が虚偽の証言をしているものとは到底認められない。而して被告人は原審公判廷において本件短刀は当日道路上で拾得したものである旨極力主張しているけれども、原審が取調べた各証拠を検討しても右拾得の事実は未だこれを認め難く(この点に関する証人金海在元、同小松源吉、同尾崎清の原審における各証言は信を措き難い)、仮に所論の如く本件短刀は被告人が拾得したものであり被告人はこれを警察官に届出る意思で所持していたものとしても、前記の如く本件短刀を安部夫婦に対する脅迫の具に用いたことが明かである以上その時その場所における被告人の短刀所持は違法性を帯び銃砲刀剣類等所持取締令第二条違反罪を構成するものと謂わなければならない。従て原判決がその挙示の証拠により被告人が原判示日時頃安部伴次郎方裏口土間において本件短刀を所持していた事実を認定し右取締令第二条第二十六条を適用処断したのは相当であつて、本件記録を精査し論旨の援用する事実を充分考慮に容れても原判決に事実誤認又は法令適用の誤は認められない。論旨は採用できない。

仍て本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人河西善太郎控訴趣意

原審が被告人に右取締令違反の事実ありと認定し有罪の判決をなしたるは重大なる事実の誤認あるを以て之を破棄し無罪の判決あらんことを乞ふ。

(一)原審は犯罪事実として「被告人は法定の除外事由がないのに昭和二十六年十一月二十四日午後五時頃高知県幡多郡中村町琴平町安部伴次方裏口土間に刄渡り十八糎の短刀一振を所持していたものである」と認定し之に対し罰金三千円の有罪判決を言渡したり。

然れども被告人は前記日時頃短刀を拾得し警察署へ届出のため通行途中に於て警察官に押収せられたることあるも此事実は拾得行為と届出行為の途中に於ける適法の所持にして取締令に所謂処罰の対象となるべき所持にあらず、即ち原審は被告人が、一、拾得物の届出をなすための時間的所持と、二、拾得物の隠匿若くは自己の所有又は占有とすべき所謂自己のためにする所持とを混同し後者の意味に解し有罪と認定したる違法あり。

(二)拾得事実 検察官は本件短刀を被告人が拾つたと言ふも午後五時頃まだあかるい時短刀を捨つるものがあるかどうかまことに不審であると論告し被告人が拾得したとの弁解を否定するかの如き口吻を漏らする(イ)右短刀は被告人の警察以来の一貫せる供述並に証人尾崎清、小松源吉、金海在元の証言により明かなる如く被告人小松通夫が同日午後五時頃安部輝が立去りし後同行の朝鮮人と別れその東方に向い帰宅の途中掲示板の前に来りし際道路上に落ち居りし短刀ありしにより之を拾い上げ懐中ポケット等に入るることなく公然之を持ち警察に届出んためその西方安部伴次方附近道路に差かかりし際氏名不詳の男が被告人より之を取上げたる次第にて其男は後に岡崎警部補なること判明したり。(ロ)検察官は午後五時頃のまだ明るい時刻に短刀を道に捨てるものあることは不審なりと云うも此短刀は道路上に落ち居りしものにして何人かが捨てたるものとは主張し居らず捨てたか又は遺失したかは全然不明なるも其場所に落しありしは事実なり、物を落す場合は意識的にあらざるにより通行時間が夜間たると昼間たるとの区別あるべき筈なし、検事の観察は何人かが道路に短刀を捨てたものと予断したるためかかる誤れる意見に陥りしものなり。(ハ)万一短刀所持者が其所持を欲せずして之を捨てるなれば人目につく道路上に捨てるが如き事実あるべき筈なく寧ろ人目に独れぬ場所へ人目を忍びて捨つるを常識とす本件短刀は検事の云ふ如く捨てられしものにあらずして所持者が通行中何等かの機会に不知の間に落したる遺失品なること社会通念上明白なり検事の見解は全く常識を逸したる謬見にして斯る非常識の観念の下に捜査起訴し被害者側の不実の偏見を誤信し有罪論をなすに至りしものにして弁護人の全然首肯し能はざる所なり。(ニ)証人小松源吉の証言によるも被告人通夫が高知より引上げの際被告人の荷物を取調べたることあるも本件短刀の如きものは全然存在し居らざりしことを陳述し居り被告人が本件拾得以前に短刀の如きものを所持し居るべき筈なし。(ホ)殊に尾崎清、金海在元等の証言によるも被告人が本件短刀を掲示板の道路上にて公然拾得したる事実は極めて明瞭なり。(ヘ)本件被告人が短刀を拾得したる掲示板の存する場所は東西に通ずる道路に対し南方に向ふ普通道路と北方に向う小径ありて三叉路乃至四辻とも云うべき個所にして南方約六十間に朝鮮人の屑屋ありて人の出人あるにより何等かの動機にて何人かが短刀を所持して掲示板前を通行する機会なしとせず。従つて当時祭典二日目にて町民一同飲楽酩酊し居りし折柄何人かが面白半分に短刀を所持し其通行中此場に遺失したるものと見るべき情勢下にあり、偶々通りかかりたる被告人が其短刀を見つけたる上届出のため拾い上げたるものと見るを相当とす。(ト)右路上に落しありし係争短刀をそのまま捨て置けば何等本件の如き問題を生ぜさりしものならんも通行人として之を捨て置けば何人かが之を拾うべく万一子供などが之を手にせば危険の虞れもあるにより被告人が届出のため拾い上げたるは常識上当然の行為なり。

(三)被告人の短刀携行の事実について (イ)被告人が本件短刀を拾得し之を携行し居りし事実は争いなきも其拾得の目的は自己の所有乃至占有物とし或は之を使用する目的にあらずして其筋へ届出のためなりしことは終始一貫被告人の主張し居る所にしてその携帯事実は決して法律上処罰の対象となるべき所持行為にあらず。(ロ)若し万一被告人が自己のため所持又は使用の目的なりとせばその拾得したる短刀を尾崎清、金海在元、小松源吉等に示し又は話すが如き筈なくひそかに之を人目に付かぬ様懐中或はポケット等に仕まい置くべき筈なり、然るに被告人は拾得後之を公然手に持ち或は腰にさし何等之を隠す措置をなし居らず従つて本件短刀の携行は政令に所謂所持にあらずして届出行為の一過程たる所持なりとす。(ハ)而して被告人は其拾得後警察へ届出ずるまでの途中に於て警察官岡崎警部補の手に之を交付し被告人の所持を終了し届出を完了したるものにして夫れまでの中間携行は法律上処罰せらるべきものにあらず。

(四)警察官に交付前に短刀を使用し暴行の事実なし。(イ)拾得後届出までの中間携行自体は処罰の対象とならざるも其中間所持の間に於て所持者が短刀を使用し暴行等をなしたる時は政令違反となること勿論なるも被告人は其間斯かる短刀使用暴行の事実なし、(ロ)安部伴次及其妻浅子の証言によれば被告人が短刀を抜き安部伴次方土間に立入り来り輝を出せと叫び暴行をなすの気配ありたるにより同人方の向い側の警察官舎の岡崎警部補に救いを求め同警部補が来りて被告人の短刀を取上げたる事実ありと主張し同警部補も之に対応する証言をなしたり此点につき岡崎警部補が表道路上に於て被告人が持ち居りし短刀(鞘に納めあるもの)を取りたる事実は争いなきも被告人が伴次方に立入り短刀を突きつけ輝を出せ又は殺すなどと云うが如き乱暴の所為ありしと云うは安部伴次夫婦が被告人に反感を懐き之を陥害する目的を以つて事実を虚構誇張したる誣妄の事実なり。(ハ)本件短刀を岡崎警部補が被告人より取りたる際岡崎警部補の言によれば被告人が任意に提供せざりしにより被告人が持ち居る短刀の鞘の方を握りて取上げたりと云うも之を目撃し居りたる金海在元の証言によれば、被告人は平田弁護士(安部伴次の東隣)の宅の二間位東で会つた際金海在元に対しこんなものを拾つたとて短刀を持上げて見せ届出に行くと云い居りし、二人が話をして居る時一人の刑事がその短刀を取りし其時小松は短刀を腰にさして居りし、刑事は小松の後から来て取りし云々とあり。又小松源吉の証言によれば、通夫の十間位後からついて行き居りしに何か差上げたのを見た、この時西から金海在元が来て通夫と肩を組んで居た、誰か知らん人が通夫の後の方へ廻つてきて何か引ぬいて居りました」云々とあり。又小松通夫の第四回公判廷の陳述によれば、問、この短刀を拾つてどうするつもりであつたか以下の問答に於て、届出る積りで短刀を拾つた、そこえ尾崎さんが通りかかり其話をした、平田弁護士の数間東迄引返した所で金海在元に会い二人共醉うて居るので肩に手をかけた、そこえ誰か知らん人が来て私の腰にさしている短刀を抜き取つた、知らん人は「おい渡せ」と云つて取りました、短刀は右の腰えさして居るのを後から来て取りました云々とありて、之等を綜合すれば岡崎警部補が短刀を取り上げたる際は同警部補の証言の如く被告人が渡すまいとしたるを制し同警部補が鞘の上より握つて漸く取上げたと云うが如き状態にあらずして被告人が腰にさし居りしを同警部補が「おい渡せ」と云う旧式の警官用語を用いて短刀を腰より抜き取りたるものにして当時被告人は同警部補に対し何等反抗をなしたるものにあらず。(ニ)被告人が短刀を取り上げられる時腰にさし居りしと云う事実の裏付としては岡崎警部補其他関係者の異口同音に陳述する如く当日は一条神社祭典二日目にして被告人は朝より各所にて酒をよばれ同日午後五時頃は泥醉とまでは行かざるも相当酩酊し輝の肩に手を掛けたるため輝は誤解して一場の争となり小山正一が仲に入りて両者立別れ、又被告人は夫れより帰途掲示板の前路上にて短刀を拾い届出の目的にて再び西方に引返し居る途中平田弁護士宅の東方に来りし時これも酩酊し居る金海在元に出会し醉う二人は肩を組むと云うが如き事実あり其際同警部補が短刀を取上げたるものなるを以て(金海及被告人の供述参照)短刀は被告人が手に持たず腰にさし居りし事想像するに余りあり、若し被告人が手に持ち居るなれば両人が肩を組むと云う事は事実上不可能なり故に初め金海に会う迄は手に持ち居りしならんも肩を組むため腰にさしたるは其当時に於ける将に当然の措置にして敢えて怪しむに足らず、即ち被告人が腰にさし居りし短刀を同警部補が抜き取りしものと見るを正解とす(小松源吉証言)。(ホ)岡崎が短刀を取り上げたる際某場に居りし者は被告人通夫と朝鮮人が居りしのみにして安部伴次は其附近に居らざりしことは岡崎警部補の証言によるも明白なり。然るに証人安部伴次は其際現場に居りて短刀を取り上げるを見て居りし旨虚偽の陳述をなし居れり。尤も短刀の押収調書によれば警部補に於て安部伴次立会の上押収したる旨記載あるも此記載は事実相違にして其当時安部伴次は立会し居らず此点は不実の記載なることは岡崎春樹の証文により明白なる所なり。(ヘ)尚安部伴次の証言によれば被告人が右手に短刀を左手にさやを持ち伴方に立入り暴行をなしたるが如き供述をなし居るも其場に同行し居りし金海在元、小山正一等の証言によるも斯る事実は絶対に存在せざるのみならず岡崎警部補の証言によるも同人が行きし時刻は伴次の訴出でたる直後なるに拘らず被告人は伴次方には居らず表道路にて鞘に納まりしままの短刀を持居りしに過ぎずして伴次の云うが如き侵入暴行の事実ありし形跡なし従つて当時短刀を取上げたる岡崎も当時伴次方に立入りて現場調査等をなし居らず、安部伴次の此点に関する供述は全然信用すべからず。(ト)安部浅子は婦人にして感情的に事実を誇張し夫伴次に共鳴する証言をなすも他の関係人の供述と種種の点に於て一致せざるものありて全然措信の価値なし。

(五)要するに被告人が短刀を抜き伴次方に立入り脅迫的暴言を吐きたる事実は安部伴次夫婦が感情的に不実の宣伝をなすに過ぎずして之を肯定すべき確実性なく其証言自体も不一致の点あり輙く信ずべからず。仮りに百歩を譲り被告人が伴次の北側道路筋に於て何等かの放言をなしおりしことありと仮定するも酩酊のため所謂「管を巻く」程度のものにして安部夫婦の云うが如き短刀を抜き屋内に侵入暴行等をなすべき筈なし。万一かかる事実ありとせば同行者たる金海在元等に於て之を制止すべき筈なり故に伴次夫婦の供述は全く誣妄の事実と云はさるべからず。

以上の次第にて被告人は掲示板前道路にて拾いし短刀を届出のため警察署へ行く途中岡崎警部補に其短刀を取り上げられ届出を完了したるものにして其拾得より取り上げられる迄の短時間の所持は適法なる中間所持にして自己のためにする所持にあらず又其間被告人が酩酊し居りしため其挙動に多少放漫の点ありしと仮定するも其短刀を利用して暴行等のありしことは之を認むること能はず。従つて本件被告人の中間的所持は政令上処罰の対象となるべき所持行為にあらざるを以て本件は無罪の判決をなすを相当とす。

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