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高松高等裁判所 昭和24年(控)1081号 判決 1951年8月24日

控訴人 被告人 岡田尚

弁護人 佐伯源 泉田一

検察官 田中泰仁関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人佐伯源、同泉田一の控訴趣意は別紙記載の通りである。

控訴趣意第一点について。

論旨は原判決は被告人が西山刻薫に対し郷野候補の投票取纒運動者に対する報酬並に投票買収資金及び選挙事務所費に充当するものとして金十万円を供与じたものと認定しているけれども、右金員は専ら正当な選挙事務所費に充当するものとして交付したものであつて原判決は事実誤認であると謂うのである。仍て原判決挙示の各証拠を仔細に検討するに検察官各作成に係る西山刻薫の供述調書及び被告人の第一、二回各供述調書等に徴すれば、原判決認定の事実即ち被告人が郷野候補者の当選を得しめる目的で西山刻薫に対し原判示の如き趣旨の下に同人にその処分を一任して金十万円を供与した事実を肯認することができ、(検察官に対する被告人の供述が所論の如く誘導尋問によるものであるとは記録上認められない。)当時右候補者の選挙事務所において宣伝用トラツク代、事務員給料、マイクロフオン借賃、電話賃、充電費、事務所借賃等として支払を要すべきものが相当多額に上つていたことは原審が取調べた各証拠に徴しこれを窺い得るけれども、被告人が本件十万円全部を所論の如く正当に支出し得る選挙事務所費に充当する趣旨で前記西山に対し交付したものであるとは到底認められない。本件記録並に原審が取調べた各証拠を精査し論旨援用の事実を考慮に容れるも原審の認定は相当であつて原判決に所論の如き事実誤認は認められない。従つて論旨は採用し難い。

同第二点について

原判決はその判示事実即ち候補者に当選を得しめる目的で金員を供与した事実につき衆議院議員選挙法第百十二条第一項第四号を適用していることは所論の通りである。勿論右事項に対しては同条同項第一号を適用すべきであるから、原判決は明かに法律の適用を誤つているけれども、第一号該当の場合も第四号該当の場合もその法定刑は同じであつて右誤は判決に影響を及ぼさないものと認められるから、論旨は採用できない。

同第三点について

論旨は原判決の罰金刑は過重であると主張する。しかし本件記録を精査し論旨援用の事実その他諸般の情状を彼此斟酌するも、原審が本件につき被告人に対し罰金参万円を科したのは相当であつて、右量刑が重きに失するとは認められない。従つて論旨は理由がない。

その他職権で調査するも原判決には刑事訴訟法第三百七十七条乃至第三百八十三条に規定する理由が認められないから同法第三百九十六条により本件控訴はこれを棄却すべきものとする。

仍て主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 浮田茂男 判事 近藤健蔵)

弁護人佐伯源、同泉田一の控訴趣意

被告人に対し原審の為したる判決は事実の誤認か法律の適用を誤りたるものにして破棄さるべきものとす然らずとするも右は刑の量不当たりと思料せいるゝに付左にその理由を陳述す。

第一、事実の誤認

(一)原審判決認定の事実に付て 昭和二十四年一月十三日頃丸山晃一郎から金拾万円を借り受け之を郷野候補の出納責任者西山刻薫に渡した事実は間違いないが右は原審判示の如く郷野候補の投票取纒めの運動者に対する報酬並に投票買収資金及選挙事務所費に充当するものとして渡したものではなく専ら正当なる選挙事務所費に充当するものとして交付したものである。 其の証拠 原審の採用せる証拠 1丸山晃一郎の供述調書(五)「私は岡田が私の貸した十万円をどの様に使つたかは知る限りではありません尤も金を貸すに当つてその金が郷野の選挙運動費に使われるだろうと言う事は予想して居りました私の云う運動費と云うのは事務費の事であります而して事務費といつても運動員に車賃とか弁当代とかの金をやる其の費用も含んでのことであります。」2西山刻薫の供述調書(六)の(3) 「二神新等(他七名)にやつた報酬の金は二回に亘つて鞄に入れて持つて来てくれた拾万円と当時残つて居た三万円の中から出たであろうと思われます勿論鞄に入れて持つて来た十万円の中からそれ等の報酬が出て居ることは確かです。」と述べて居るが同調書(七)には、「私は岡田さんから金を受取つて其金の支出に付ては岡田さんからは彼是と指図を受けては居りません……」とか、「岡田さんの指図を受けて支出したものではありません。」3岡田被告の供述調書「運動員に対し西山さんから実費の足代を多少越えた報酬を出されて居る様に見受けられました。」ともいつて居るが、「私は或る日久万へ使に行つた運動員の人が西山さんに千五百円の釣銭を払つて居るのを見て実費の足代を出して居ると感じたことがありますし又中島へ同様使に行つた者も左様なことをして居るのを見受けましたことがあります。」と述べて居る。「又私は金の使途等に就いて西山さんには何等云うてない様に記憶して居ります。」又第二回の供述書の中には、「私は選挙のことはあまり知りませんので其の金が運動員の報酬に支出されるとは思いませんでした。」と述べ、「第二回目の拾万円の時には前申した通りそれが事務費に使われるものとも思いましたが運動員に足代を少し越えた意味の報酬に支出されるだろうと卒直に言えばと思いました。」以上原審の採用せる証拠を検討するに(イ)丸山の供述からは事務費に貸した拾万円の金が使われるだろうという程度の推定しかなく買収等に使う金であつたことに付ては何等の証拠もない。(ロ)西山の供述からは此の金を受取つたという証拠はあるけれども其の使途については全く自分の責任に於てやつたもので岡田には何等相談もせず指図も受けていないことが明白で岡田が買収等に使う目的で西山に渡した証拠は何もない。(ハ)岡田の供述は前後矛盾して居る様な供述になつて居るが之は検察官の取調べの際朝から呼出し手錠をはめたまゝ放置し実際取調は電燈が点じて後取調を行い被告の肉体的精神的疲労に乗じ検事が誘導訊問を行つたものであるが故にかかる矛盾したる供述調書となつたもので(参照公判調書)証拠力はない。原審公判廷で述べた被告の供述こそ真実と見なければならぬ。

(二)原審の採用せざる証拠中 1西山の証言「報酬を出すことについて岡田さんからは何も言われません又岡田という人は選挙については素人でこの様な人に運動の事について金を出すことは知らさぬ方がよいと思い私は何も言いませんでした。」と述べ、又裁判官の問に対して問「証人が最後に何にいくら支払つたという記憶はないか」答「事務員の給料、トラツク代、電燈料、通話料などを含めた事務所の借賃等に全部で七万円余りを支払つたと思います」2青井の証言「最後に事務所費として支払うた金はトラツク代四万円、事務員の給料一万五千円、マイクの借賃二万円、市外通話費三千円、充電費四、五千円、諸雑費一万五千円位であります」 3被告人の公判調書 問「被告人が郷野候補の出納責任者西山刻薫に渡した十万円の金の趣旨が起訴状記載の趣旨と違うというがその十万円はどの様な金であつたか」答「それは出納責任者が最後迄とつて置くべき事務費を何かに使つてしまつたということを知つたのです。即ち其の金額は私が概算して宣伝用トラツク代四万四五千円。事務員の給料二万円位。通信電燈料事務所借賃一万四、五千円位。その他の雑費一万円位。計八、九万円ですが、まあ余分目にして十万円と目算して工面して十万円をつくり之で事務費をまかなつて呉れと言うて渡したのです」又「まさか此の金が買収費に使われるなどとは考えませんでした」「其の金の使途については西山にはつきり致しませんが事務費に使つてくれと言うて渡しました」以上の事実により拾万円を西山に渡したのは選挙の事務費に充当する為に渡したものであり、而も其の当時当然事務費として支払わなければならぬ金が拾万円あつたことは明瞭である。然らば西山に渡した拾万円は正当なる選挙費用として選挙の出納責任者たる西山に交付したもので何等の違反にもならないと思料せらる。

第二、法律の適用

若し原審の如く事実が認定せられると仮定しても本件に対して衆議院議員選挙法罰則第百十二条第一項第五号又は同項第一号を適用すべきに不拘原判決は同項第四号を適用したるは明に不当であり法の適用を誤りたるものである。故に当然破毀せらるべきものと思料す。

第三、刑の量定について

本件若し有罪なりとするも当時の選挙界の実情並に被告人は二十三年間朝鮮総督府官吏として勤務し其の間優秀官吏として表彰状感謝状を度々受けて居る様な人物であり選挙等には全く無経験であり而も郷野候補とは従兄弟の関係にある為に選挙事務に関係したものであり特に刑の軽減あつて然るべきものと思料するも罰金三万円は引揚官吏に対しては過重と思料す。

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