大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 平成8年(う)107号 判決 1996年10月08日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中五〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人上野利隆作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官高田謙作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決は、被告人が、平成八年一月下旬から同年二月八日までの間に、被告人方において、覚せい剤若干量を自己の身体内に摂取して使用した旨認定したが、このような事実はないから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。

よって、所論にかんがみ記録を調査して検討しても、原判決が、原判示事実を認定した理由として、その争点に対する判断の一項で説示したところは当裁判所も正当として是認できるのであって、原判決に所論のいうような判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認はなく、当審における事実取調べの結果によっても、この判断は動かし得ない。

所論は、被告人方から押収された注射器からは覚せい剤成分付着の疑いを認めるのみで確定的なものではなく、また、覚せい剤の経口使用を認める被告人の捜査及び公判での供述は尿検査の結果に対する弁解にすぎない面もあり信用できず、さらに、被告人の注射痕は平成八年二月一七日(控訴趣意書中同月一九日とあるのは誤記と認める。)現在で二週間以上以前のものであるから、これらの点によれば原判示事実は不自然・不合理であり、原判決は事実を誤認したものであるというのであるが、被告人の尿から覚せい剤成分が検出されている以上、特段の事情のないかぎり、被告人が自らの意思により何らかの方法により覚せい剤を身体内に摂取したものと認めるのが相当であり、所論のいうような注射器からの覚せい剤成分の検出が不確かであるとか、被告人の覚せい剤使用状況についての供述が不自然であるとか、注射痕が比較的古いものであるとかいう事情のみでは、原判示のような使用方法等に幅を持たせた認定による覚せい剤使用の事実に疑いを容れることはできない。

さらに、所論は、原判決が犯行場所を被告人方とした点はこれを認めるべき証拠がないとし、確かに、被告人の供述調書によっても、被告人は平成八年一月二六日に所用で香川県丸亀市まで行った以外は自宅に居たとはいうものの、右供述が自宅から一歩も外出しなかったとの趣旨とは考えられず、犯行場所は、被告人方又は高知県内若しくはその周辺と認定すべきであって、原判決が犯行場所を被告人方と限定した点は事実を誤認したものといわざるを得ないが、本件におけるこのような犯行場所の誤認は判決に影響を及ぼすものとは認められない。

その他所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、原判決に所論のいうような判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認はない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、被告人を懲役一年一〇月に処した原判決の量刑は重すぎて不当であるというのである。

よって、記録及び当審における事実取調べの結果を総合して検討するに、本件は、覚せい剤の自己使用一回の事犯であるが、被告人は、昭和六一年以降、覚せい剤取締法違反の罪及びその併合罪により三回処罰されて服役した前科(うち、累犯前科一犯)を有するのに自戒せず、本件犯行に及んだもので、覚せい剤に対する依存性・親和性が認められるほか、覚せい剤事犯以外の前科も多数あって規範意識に乏しいとみられることからなどすると、被告人の刑責は軽視できず、本件が覚せい剤の使用一回の事犯であること、被告人が覚せい剤の使用をしない旨述べていることなど所論指摘の情状を含む被告人のために酌むべき諸事情を十分考慮しても、原判決の量刑が不当に重いとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条、刑法二一条、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中明生 裁判官 三谷忠利 裁判官 山本恵三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例