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高松高等裁判所 平成7年(ネ)376号 判決 1999年7月19日

控訴人

徳島南海タクシー株式会社

右代表者代表取締役

久保俊雄

右訴訟代理人弁護士

田中達也

田中浩三

被控訴人

山崎佳克

(ほか一四名)

右一五名訴訟代理人弁護士

大川一夫

松本健男

丹羽雅雄

養父知美

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  被控訴人松浦和雄及び同岡本一夫の請求の減縮により、原判決の主文一、四項中、同被控訴人らに関する部分は、次のとおり変更された。

1  控訴人は、被控訴人松浦和雄に対し、金八一万七一三二円及び内金四〇万八五六六円に対する平成五年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人は、被控訴人岡本一夫に対し、金七九万七二三八円及び内金三九万八六一九円に対する平成五年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  1項の内、金四〇万八五六六円及びこれに対する平成五年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命じる部分及び2項の内、金三九万八六一九円及びこれに対する同日から支払済みまで同割合による金員の支払を命じる部分は、仮に執行することができる。

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

本件は、被(ママ)控訴人に雇傭されタクシー乗務員として勤務し、又は勤務していた被控訴人らが、労働基準法三七条が定める時間外・深夜割増賃金の支払を受けていないとして、控訴人に対し、それぞれ別紙債権目録の未払賃金合計<1>欄記載の未払割増賃金及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を求めるとともに、同法一一四条に基づき、平成三年九月分から同五年四月分までの未払割増賃金合計額と同一額の同目録の付加金欄記載の付加金の支払を求めた事案である。

(なお、被控訴人松浦和雄及び同岡本一夫は、当審において、それぞれ別紙債権目録の請求金額欄記載の金員及び同未払賃金合計<1>欄記載の金員に対する平成五年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める範囲に、その請求を減縮した。)

一  争いがない事実等

1  当事者等

(一) 控訴人は、一般乗用旅客自動車運送事業(いわゆるタクシー業)を営む株式会社であり、その資本金は一三〇〇万円で、肩書地に本社を有し、徳島県鳴門市に営業所を有する。

また、控訴人は、徳島バス株式会社(以下「徳島バス」という。)の一〇〇パーセント子会社である。

(二) 被控訴人らは、控訴人のタクシー乗務員として勤務し、又は勤務していた者であり、少なくとも被控訴人らが本件で未払割増賃金を請求する平成三年五月から同五年四月までの間(ただし、被控訴人西森由光は同四年三月から同五年四月までの間)控訴人で勤務し、また、全国一般労働組合徳島南海タクシー支部(以下「全国一般労組」という。)の組合員であった(弁論の全趣旨)。

2  被控訴人らの勤務内容

(一) 控訴人は、昭和六一年四月一〇日、徳島南海タクシー労働組合及びその上部団体である徳島県自動車交通労働組合(以下、両組合を「県自交労組」という。)と協定書(<証拠略>―以下「本件協定書」といい、同協定書による協定を「本件協定」という。)を取り交わしたところ、その付帯協定事項において、乗務員の勤務時間は、次のとおり日勤勤務と二交替勤務とに区分されている。

(1) 日勤勤務

就業時刻八時、終業時刻二二時の拘束一四時間、休憩二時間、時間外労働四時間

(2) 二交替勤務

就業時刻九時、終業時刻翌日六時の拘束二一時間、休憩三時間、時間外労働二時間

被控訴人らが本件協定書の適用を受けるか否かはともかく、前記1(二)の期間、被控訴人らは、右各勤務時間による日勤勤務又は二交替勤務に従事した。

(賃金比率表)

<省略>

(二) 賃金体系

(1) 本件協定書第一条により、乗務員の賃金は、基本給八万五〇〇〇円、乗務給一万三〇〇〇円、皆精勤手当五〇〇〇円、超勤深夜手当(歩合割増含)五万〇六〇〇円と定められ、さらに、同第二条ないし第四条により、責任水揚額が月三二万円、月間の水揚額がこれを超えたときは、次<右>の賃金比率表の3欄、4欄に従って、水揚額にそれぞれの賃金比率を乗じて得られた金額から右合計金額一五万三六〇〇円を差し引いた額を、歩合加給として一五万三六〇〇円に加算するとされている。右一五万三六〇〇円は、月間の水揚額が責任水揚額三二万円に等しい場合に、そのときの賃金比率四八パーセントを乗じて得られた金額に等しく、水揚額が三二万円を超えた場合の歩合加給をした賃金も、その水揚額に次の表<16頁の賃金比率表>の賃金比率を乗じた金額に等しい。

(2) 控訴人と全国一般労組は、昭和六三年三月一九日ころ、前記賃金比率表のうち、二交替勤務者について、2欄の水揚額を「25万円以上30万円未満」に、3欄の水揚額を「30万円以上36万円未満」に、4欄の水揚額を「36万円以上」にそれぞれ変更する旨を合意し、これに伴い、二交替勤務者の基本給が七万九七〇〇円に、超勤深夜手当が四万六三〇〇円にそれぞれ減額された(<証拠・人証略>)。

(3) 控訴人と全国一般労組は、平成三年九月二一日付け確認書により、平成三年六月二四日の運賃改正に伴い水揚額の増大が見込まれることとなったので、同日以降、毎月の水揚額の一〇パーセントを増収分とみなし、その部分については賃金比率を特別に七二パーセントとして歩合加給することを合意した(<証拠略>)。

3  徳島労働基準監督署の是正勧告等

(一) 全国一般労組は、控訴人の賃金体系が歩合制であり、割増賃金が未支給であるとして、平成元年三月二〇日以降、控訴人に対してその支払の要求を続けるとも(ママ)に、徳島労働基準監督署に申告書を提出して控訴人に対する指導を求めてきたが、同監督署は、同四年二月二八日付けで、控訴人に対し、割増賃金を支払うようにとの是正勧告をなした。

(二) 右是正勧告に基づき、全国一般労組は未払賃金の支払を求めたが、控訴人は、一律に一〇万八〇〇〇円を支払うことで一切を解決し、将来的には時間外手当を支払わない旨を回答したため、全国一般労組は、右回答を拒否し、本件訴訟に至った。

二  争点及び当事者の主張

1  時間外・深夜割増賃金に係る合意の有無(争点1)

【控訴人】

(一) 控訴人には、全国一般労組と県自交労組の二つの労働組合があり、従業員のほとんどがいずれかの組合に加入していたところ、控訴人は、昭和五六年、両組合との間で締結した労働協約において、乗務員の賃金につき、基本給六万七六〇〇円、乗務手当一万三〇〇〇円、皆精勤手当五〇〇〇円、超深(ママ)手当(時間外及び深夜勤務に対する割増賃金を含む手当)四万八四〇〇円とし、その合計額一三万四〇〇〇円を固定給とするが、一か月の水揚額が三〇万円未満のときは右固定給を適用せずに水揚額の三〇パーセントを支給する、三〇万円以上のときは三〇万円を超える部分につきその四七パーセントを歩合給として支給することなどを定めた。さらに、同六〇年一二月二一日、県自交労組(当時、被控訴人らを含む控訴人のタクシー乗務員のほとんどは、この組合に所属していた。)との間で締結した労働協約により、基本給・超勤深夜手当の金額及び賃金比率につき、本件協定書と同じ内容に改めた。

このような交渉を積み重ねた上で、控訴人は、県自交労組との間で本件協定を締結しているところ、控訴人の記録によれば、被控訴人山崎佳克らが県自交労組を脱退したのは昭和六一年四月二〇日であるから、本件協定書の成立した同月一〇日時点では、依然として被控訴人らのほとんどが県自交労組の組合員であった。また、被控訴人らが県自交労組を脱退したのは、組合内部での日勤勤務者のグループと二交替勤務者のグループの対立によるものであって、本件協定書の内容に不満があったからではなく、被控訴人らも本件協定書をめぐる団体交渉には参加し、これに合意していたものである。さらに、右当時、県自交労組の組合員は、従業員の四分の三以上を占めていたことは明らかであるから、本件協定は被控訴人らにも適用され、労働条件に関する事項については労働契約の内容となっていることに変わりはない。仮に、そうではないとしても、被控訴人らは、本件協定以前の労働協約の余後効のもとにあることになる。

(二) なるほど、本件協定書の定める控訴人の賃金体系によるとき、結局は、一律歩合給の計算と合致するが、「超勤深夜手当(歩合割増含)五万〇六〇〇円」と明記されているとおり、その中に五万〇六〇〇円の超勤深夜手当、すなわち、労働基準法三七条の定める時間外・深夜割増賃金を含むものであり、これは固定給に対応するものだけではなく、歩合給に対応する割増賃金をも含むものであることを「(歩合割増含)」との表現で明確にしている。

そして、本件協定書による合意は、労働者側が労働に対する最高の対価を求め、使用者側は経営を成り立たせるのにぎりぎりの水揚げに対する支出を計算しようとすること、特にタクシー業務については、時間外労働、深夜労働が常態となっていてその割増賃金が労働対価のうちの少なからざるウエイトを占めること、しかし、業務の性質上、拘束時間、総労働時間と水揚額は必ずしも比例せず、結局は、労使双方とも水揚額によって労働の評価をせざるを得ないこと、水揚額に基準を置く方が単純な時間単位の給与計算よりも労働能力に応じたものとなって実質的公平が図れること、成績良好な乗務員ほど働きに応じた高額支給を望むこと、割増賃金を固定せず、水揚額に応じた歩合給を基準として算出するとその計算は極めて困難なものとなり、いきおい会社としては法定労働時間内の賃金を低く設定せざるを得ないし、乗務員としてはこれに抵抗を感じることなどの実状から、総労働時間は水揚額によって評価し、賃金総額の中に時間外・深夜割増賃金を含め、その割増賃金を定額として、賃金に関する協定が結ばれたものである。

そして、本件紛争が起こるまでは長年月にわたってこの方式による賃金が支給されて何らの異議もなかったのであるから、その支給額の中に、時間外・深夜割増賃金が含まれているとの合意と十分な理解があったものであり、そのような内容の労働協約、労働契約が成立して遵守されてきたものである。

【被控訴人ら】

(一) 本件協定は、控訴人と県自交労組との間で締結されたものにすぎず、被控訴人らは、その締結前に、控訴人の小松島営業所の廃止に伴う労働条件の変更に反対して県自交労組を脱退し、同年三月一九日に結成された全国一般労組の前身の組合に加入したか、その後、新規採用に伴ってこれに加入したものであって、本件協定の適用を直接受けるものではないし、また、労働組合法一七条が定める一般的拘束力が認められる場合でもない。

(二) 本件協定書の定める賃金体系によれば、名目上は、月五万〇六〇〇円の超勤深夜手当が含まれていることになるが、これは月間の責任水揚額三二万円にそのときの賃金比率四八パーセントを乗じた一五万三六〇〇円から、徳島県の最低賃金に若干の上乗せをした金額に所定労働時間二〇八時間を乗じて得られた基本給や乗務手当・皆精勤手当を控除した残額にすぎず、時間外・深夜割増賃金を含むものとはいえない。すなわち、本件協定書に定める超勤深夜手当五万〇六〇〇円は、時間外勤務の時間数に基本給の一二割五分の割合を乗じて計算されたものではなく、単に、責任水揚額が三二万円に、賃金比率四八パーセントを乗じて計算した一五万三六〇〇円を振り分けたにすぎないものである。

(三) 控訴人は、タクシー業界における業務実態の特殊性を訴えるが、控訴人の主張を前提とすれば、その賃金体系はむしろ水揚制に合致することが明らかになろう(だからこそ、控訴人はこれまで水揚制を押しつけてきたのである。)。控訴人の賃金体系は、実質的に判断すれば、水揚額による歩合制であって、超勤深夜手当なる用語は、単に形式的なものにすぎないことは明らかである。

(証拠略)(賃金明細書)は、控訴人が一方的に作成したものにすぎず、このような書類をもって被控訴人らが割増賃金を認めたことにはならない。

2  時間外・深夜割増賃金に係る合意の効力(争点2)

【被控訴人ら】

(一) 本件協定により時間外・深夜割増賃金に係る実質的合意がなされたものでないことは前記のとおりであるが、仮にそのような合意がなされたとしても、その合意は労働基準法三七条の趣旨に反し無効である。また、労働組合は、労働者の団結擁護、労働条件向上のために法認されたものであるという性格上、労働者の労働条件を不利益に変更し得る権限をもつものではなく、そこにはおのずから限界が存するところ、労働組合は、控訴人が主張するような実質的に割増賃金を放棄するに等しい内容の協定を締結できないものである。

(二) 控訴人は、高知県観光事件の判例等(最高裁平成六年六月一三日判決・判例時報一五〇二号一四九頁、高知地裁平成元年八月一〇日判決・判例タイムズ七二四号一九八頁)を引用して、本件協定による合意が有効であると主張するが、同判例等は、<1>割増賃金の支払方法として、通常時間の賃金と割増賃金とを合わせたものを一定の賃率による歩合給とし、これを一律に支払うという形式がとられていた事案について、<2>歩合給の中でいくらが割増賃金にあたるかをそれ以外の賃金部分と明確に区別することができないことなどから、割増賃金が支払われたとすることは困難であるとしたところ、本件協定等の「超勤深夜手当」の文言は、あくまで形式的なものであって、実質的には水揚額による歩合制であることは前記のとおりであるから、そもそも<1>に該当せず、同判例等を議論する以前の問題である。また、<1>に該当しない以上、通常の賃金部分と割増賃金部分が判然と分けられていないことはいうまでもない。

【控訴人】

(一) 本件協定による超勤深夜手当(時間外・深夜割増賃金)に係る合意は、基準賃金を基にして割増賃金が計算されるべきであるとする労働基準法三七条の定めに完全には合致しないものであるが、本件協定は、前記のような控訴人の営むタクシー業務の性質、特殊性等を踏まえて、団体交渉を長期にわたって何度となく繰り返し、漸く成立するに至ったものである。このように、労働基準法所定の計算方法では計算ができないのを承知の上で、水揚額に応じて一定の率を乗じた額を総支給額とし、その中に時間外・深夜割増賃金を定額化して含ませることにしたものであるから、本件協定等による超勤深夜手当の合意には十分合理性がある。

労働基準法三七条の趣旨は、法定外労働に対して通常の賃金額の一定率以上の割増賃金を支払うことを使用者に義務付けることによって、同法が定める労働時間制及び週休制の維持を図るとともに、労働者の過重な労働に対する補償を行わしめることにあると解されるが、この点、タクシー乗務は、ある程度の法定外労働を伴う宿命をもった職業であるから、できるだけ法定外労働を少なくする努力が必要であるとしても、むしろ、これに適正な補償がなされているか否かに重点が置かれるべきであり、労働協約で定めた法定外労働に対する補償方法が、労働基準法の定めと異なるとの一事をもって無効になると解すべきではない。

また、割増賃金は、賃金中相当なウエイトを占めることは明らかであるから、それを含ませなければ、水揚額の四八パーセントなどという数字は出てこない。一体として協定されたものであるから、部分的な無効を考える余地もない。

したがって、本件協定による超勤深夜手当の合意は有効と解すべきである。

(二) 高知県観光事件の判例等に照らせば、割増賃金の支払がなされたか否かについては、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外・深夜割増賃金に当たる部分が判別できるか否かが重要なメルクマールになるべきところ、本件ではその区別が明確である。

すなわち、労使間の協議の結果、超勤深夜手当は、昭和五六年八月一〇日の協定により四万八四〇〇円、昭和六〇年一二月二一日の合意により五万六〇(ママ)〇〇円と定められ、その後昭和六三年三月に二交替勤務者について超過勤務手当が四万六三〇〇円に減額されたところ、控訴人は、これらの定めに従い被控訴人らに対し超勤深夜手当を支給してきたものであるから、控訴人の給与体系においては、支給されてきた割増賃金の金額と、それ以外の給与部分は明確に峻別できるものである。

また、後記のとおり、支給されてきた超勤深夜手当の額と、労働基準法三七条に従って正確に算定した支払われるべき割増賃金との金額の過不足も計算できる。

したがって、前記判例等に照らしても、本件協定等による割増賃金の合意は有効というべきであり、これに従い控訴人は割増賃金を支払ってきたものである。

3  信義則違反(争点3)

【控訴人】

控訴人は、経営が成り立つ限界まで譲歩して、賃金に関する協定を組合と締結してきたものであり、これ以上の人件費の支出は控訴人の経営の破綻につながる。また、被控訴人らは、労使間で支給額中に割増賃金を含むとの合意をし、それによって高い比率の歩合給を獲得し、現実にその合意に基づく支給を受けながら、割増賃金の支払方法が労働基準法三七条に合致しないとの理由で、別途割増賃金を請求しており、自己矛盾がある。さらに、控訴人は、平成元年六月一六日、徳島労働基準監督署から、賃金体系について指導を受け、早速その改訂に取り組み、改訂案を作成のうえ数度にわたって、全国一般労組及び県自交労組に団体交渉を申し入れているが、両組合は具体的な交渉に応じようとしない。かかる状況の下でなされた被控訴人らの本件請求が認容されるとすれば、控訴人としては、賃金体系の改訂もできないままその違法性を指摘され、これを是正する術がなく、かつ、割増賃金を支払い続けなければならず、被控訴人らの本件請求は、労使間の信義則に反するものとして許されない。

【被控訴人ら】

控訴人は、超勤深夜手当の合意を前提に、被控訴人らの請求が信義則に反すると主張するが、割増賃金についての実質的合意が存在しないことは前記のとおりであるから、その主張は前提を欠くものである。

また、控訴人は、親会社の徳島バスから多額の借入をなしていることにし、決算期毎にその一部を返済する形で帳簿上赤字会社の処理をしているのであって、その利益は決して少なくない。被控訴人らの給料は勤務年数が長くても二〇万円を少し超える程度であり、かかる低賃金・長時間労働の実態こそ重視されるべきである。

4  消滅時効(争点4)

【控訴人】

被控訴人らの請求する平成三年五月分から同年八月分の未払割増賃金については、本件訴えの提起時までに各弁済期の翌日から起算して二年の消滅時効期間(労働基準法一一五条)が経過したところ、控訴人は、被控訴人らに対し、平成五年一一月五日の原審第一回口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。

5  未払割増賃金の有無及び額(争点5)

【被控訴人ら】

(一) 労働基準法三七条が定める被控訴人らに支払われるべき未払割増賃金は、別紙未払い賃金明細書(一)及び(二)のとおりであるが、これは、各被控訴人の日報により出勤日数・水揚額を調査し、これを以下の計算式に当てはめ別紙各未払賃金計算表<略、以下同じ>のとおり計算したものである。

(1) 日勤

<1> 勤務時間(一二時間)×勤務日数=総労働時間

<2> 時間外(四時間)×勤務日数=総時間外時間

<3> 水揚額×賃金比率=賃金

<4> 賃金÷総労働時間=一時間当たりの賃金

<5> 一時間当たりの賃金×〇・二五×総時間外時間=未払割増賃金

(2) 二交代勤務

<1> 勤務時間(一八時間)×勤務日数=総労働時間

<2> {時間外(四時間)+深夜勤務時間(六時間)}×勤務日数=総時間外及び深夜勤務時間

<3> 水揚額×賃金比率=賃金

<4> 賃金÷総労働時間=一時間当たりの賃金

<5> 一時間当たりの賃金×〇・二五×総時間外及び深夜勤務時間=未払割増賃金

(二) 控訴人は、後記のとおり、被控訴人らの未払割増賃金を計算するが、その基礎となる時間外労働時間数はチャートに基づくものであると主張するのみで、各被控訴人につき具体的にいかなる数字を前提にしたのか明確でなく、正確にチャート上から総労働時間を計算したものとは思えない。

また、控訴人は、基本給を前提として、時間外手当を計算しているが、平成元年一月、被控訴人佐藤政廣の六日間の出勤停止につき賃金カットをした際、労働基準監督署から、歩合制であるから賃金カットはできないとして是正勧告を受け、これに従い、控訴人の賃金体系に基本給の概念がないことを認めていたのである。

さらに、控訴人の主張する未払割増賃金の計算は、一時間当たりの賃金の計算に業務手当を含めていないなど、計算方法自体に誤りがあり、到底採用されるべきではない。

【控訴人】

(一) 控訴人が支給する給与は、固定給に歩合給を加算して支給されるため、割増賃金もそれぞれに応じて算定されなければならない。

まず、固定給に対応する時間外・深夜割増賃金の算式は次のとおりである。

<1> 時間外

基本給/208時間(所定労働時間)×1.25×時間外労働時間数

<2> 深夜

基本給/208時間(所定労働時間)×0.25×深夜労働時間数

次に、歩合給に対する割増賃金の算式は次のとおりである。

<3> 歩合割増

歩合給/総労働時間数×0.25×(時間外+深夜労働時間数)

(二) 右計算式により、各被控訴人の実際の労働時間数に従って計算したものが、別紙各超過勤務手当計算表<略、以下同じ><1>(<証拠略>)であり、被控訴人らの主張と同様に一乗務当たりの労働時間を二交替勤務については一八時間、日勤勤務については一二時間として計算したものが別紙各超過勤務手当計算表<2>(証拠略)である(ただし、平成三年五月分から八月分までは、前記のとおり、労働基準法一一五条により消滅時効を援用しているため除外している。)。

(三) 右計算によれば、被控訴人らの実際の労働時間をもとにして差し引き計算した場合の被控訴人らの未払割増賃金の過不足額は、別紙過不足額一覧表<略、以下同じ><1>のとおりであり、被控訴人らの主張と同様に一乗務当たりの労働時間を所定時間とみなして差し引き計算した場合のそれは、別紙過不足額一覧表<2>のとおりである。

したがって、前表による場合は、

被控訴人山崎佳克に対し、

一万二二一八円

同東條康男に対し、

二八万三五四四円

同鎌田和憲に対し、

二四万五一三三円

の各過不足額が存するものの、それ以外の者については未払割増賃金はない。

また、後表による場合は、

被控訴人高倉吉邦に対し、

一〇万〇一一五円

同山本春重に対し、

一八万〇六四六円

同東條康男に対し、

三万四五八六円

同鎌田和憲に対し、

一五万二二八九円

の各過不足額が存するものの、それ以外の者に対しては未払割増賃金はない。

6  付加金の支払義務及び額(争点6)

【被控訴人ら】

控訴人は、徳島労働基準監督署から是正勧告を受けたにもかかわらず、その賃金体系を改善しようとしないばかりか、一律一〇万八〇〇〇円の支払で将来の未払割増賃金をも放棄させようとする態度をとり、低賃金で働かされている被控訴人らに右金額を提示することによって組合内部に動揺を引き起こそうとしたものである。このような控訴人に対しては、労働基準法一一四条に基づき、平成三年九月分から同五年四月分までの未払割増賃金と同一額の付加金の支払を命じるべきである。

【控訴人】

被控訴人らの主張は争う。

第三当裁判所の判断

一  時間外・深夜割増賃金に係る合意の有無(争点1)

1  本件協定は、控訴人と県自交労組(徳島県自動車交通労働組合、徳島南海タクシー労働組合)との間で締結されたものであるところ、控訴人は、本件協定が締結された時点においては、被控訴人らのほとんどの者が県自交労組の組合員であったし、被控訴人らも本件協定書をめぐる団体交渉には参加し、これに合意していたと主張する。

しかしながら、証拠(<証拠・人証略>)によれば、控訴人の小松島営業所の廃止に伴う控訴人の減収対策として昭和六〇年一二月二一日に、乗務員の月間の責任水揚額を三〇万円から三二万円に増額することを県自交労組が合意したことに対して、二交代勤務者の多くが不満を持ち、これらの者は、県自交労組を脱退し、昭和六一年三月一九日全国一般労組の前身である徳島南海タクシー二交代勤務組合(以下「二交替組合」という。)を結成し、あるいは、本件協定が締結される前である同月末ころまでに二交替組合に加入したことが認められる。

そして、被控訴人らのうち、被控訴人山崎佳克は、同年三月末までに県自交労組を脱退して二交替組合に加入したことが認められ(同被控訴人)、また、前記事実と(証拠略)を総合すると、被控訴人中村進、同小出精二郎、同高倉吉邦、同岡本一夫、同東條康男、同丸山次郎及び同山本春重も、そのころ二交替組合に加入したと考えられるが、いずれにしてもその余の被控訴人も含め、被控訴人らが、本件協定が締結された当時、県自交労組の組合員であったと認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件協定が労働協約として、被控訴人らに直接適用されるということはできない。

また、控訴人は、本件協定は控訴人の大多数の従業員を組合員とする県自交労組との間で締結されたものであると主張するが、(証拠略)によれば、昭和六一年四月二〇日当時、タクシー乗務員七三名中、県自交労組に所属する者が三〇名、全国一般労組に所属する者が四〇名、平成三年五月二〇日当時、同じく六六名中、それぞれ二八名、三三名であったというのであるから、当時、県自交労組に所属していたと認められない被控訴人らに労働組合法一七条が規定する一般的拘束力を認めることはできない。なお、(証拠略)には、昭和六一年三月二〇日当時、タクシー乗務員八〇名中、県自交労組に所属する者が七七名、全国一般労組に所属する者が三名との記載があるが、前記のとおり、そのころ、二交代勤務者の多くが県自交労組を脱退したことが認められるし、組合費の給料からの天引の関係で、必ずしも正確な脱退日が控訴人に届け出られていたものではないこともうかがわれるから(被控訴人山崎佳克)、右記載をもって、本件協定締結時の同年四月一〇日当時、乗務員の四分の三以上の者が県自交労組に所属していたと認めることはできない。

(なお、本件協定締結前後ころにおける被控訴人らの県自交労組への加入や脱退の状況は、本件証拠上、右に述べた以上には判然としないものの、後記2で述べるとおり、本件協定〔後に責任水揚額、賃金比率、超勤深夜手当額が変更されたものを含む。以下、これを含めて「本件協定等」という。〕の賃金体系は、控訴人と被控訴人らの間の労働契約の内容になっていると認められるので、仮に、本件協定締結当時、県自交労組にとどまり、本件協定の適用を受ける者がいたとしても、その者についても、後記3以下の検討は同様である。)

2  しかしながら、全国一般労組は、昭和六三年三月一九日ころの前記第二、一2(二)(2)の合意及び平成三年九月二一日の同(3)の合意の際、それぞれ本件協定の賃金体系を手直しする書面(<証拠略>)に記名・押印しているところ、これは労働組合法一四条の要件を充たす労働協約とみることが可能であり、被控訴人らは、その当時、同組合に加入していたか(<証拠略>)、遅くとも本件で被控訴人らが未払賃金を請求している期間の始期までには同組合に加入したと認められるし(前記第二、一1(二))、また、被控訴人らは、本件協定等の賃金体系に基づきこれまで給与の支払を受けてきたこと、本件訴訟においても、未払割増賃金を算出するにつき、本件協定等の勤務時間・賃金体系に従っていることなどから、本件協定等の賃金体系は、控訴人と被控訴人らとの間の労働契約の内容になっていると認めるのが相当である。

3  そこで、右賃金体系における時間外・深夜割増賃金に係る合意の有無について検討するに、本件協定書においては、基本給八万五〇〇〇円、乗務給一万三〇〇〇円、皆精勤手当五〇〇〇円及び超勤深夜手当(歩合割増含)五万〇六〇〇円の合計一五万三六〇〇円は、固定給である旨が記載され、定額の超勤深夜手当が固定給に含まれることとされている。

そして、控訴人は、右超勤深夜手当は、労働基準法三七条の時間外・深夜割増賃金であると主張するところ、文言上は、そのように解するのが自然であり、労使間で、時間外・深夜割増賃金を、定額として支給することに合意したものであれば、その合意は、定額である点で労働基準法三七条の趣旨にそぐわないことは否定できないものの、直ちに無効と解すべきものではなく、通常の賃金部分と時間外・深夜割増賃金部分が明確に区別でき、通常の賃金部分から計算した時間外・深夜割増賃金との過不足額が計算できるのであれば、その不足分を使用者は支払えば足りると解する余地がある。

4  しかしながら、被控訴人らは、本件協定等による賃金には、名目上は定額の超勤深夜手当を含むこととされているが、控訴人の賃金体系は、水揚額に対する歩合制であって、実質的に時間外・深夜割増賃金を含むものとはいえないと主張するところ、なるほど、名目的に定額の割増賃金を固定給に含ませる形の賃金体系がとられているにすぎない場合に、そのことのみをもって、前記のような時間外・深夜割増賃金の計算が可能であるとし、その部分について使用者が割増賃金の支払を免れるとすれば、労働基準法三七条の趣旨を没却することとなる。したがって、右のような超勤深夜手当に係る定めは、実質的にも同条の時間外・深夜割増賃金を含める趣旨で合意されたことを要するというべきである。

そこで、以下、この点につき検討する。

(一) 控訴人は、前記第二、二1のとおり、本件協定等は、タクシー業務の特殊性を考慮し、労使が交渉を重ねた上で、時間外・深夜割増賃金を含める旨の合意をしたものであると主張するところ、(証拠・人証略)によれば、控訴人と県自交労組は、交渉の結果、昭和六〇年一二月二一日、賃金体系等につき、本件協定書と同内容の合意にほぼ達し、同日付けで議事録を作成し、これを基に、昭和六一年四月一〇日、本件協定を締結したものであることが認められる。

しかしながら、前記第二、一2(二)のとおり、本件協定における基本給に乗務給、皆精勤手当、超勤深夜手当を加算した総支給額は、月間の水揚額が責任水揚額三二万円に等しいときには、水揚額に賃金比率四八パーセントを乗じた金額に等しく、また、水揚額が三二万円を超えた場合の歩合加給をした支給総額も、その水揚額に前記賃金比率表の賃金比率を乗じた金額に等しいものであるところ、昭和六三年三月一九日ころには、二交替勤務者について賃金比率が変更されるとともに、その責任水揚額、基本給、超勤深夜手当が変更されたが(その他の乗務給等は変更されていない)、やはり、水揚額が責任水揚額に等しい場合及びこれを超える場合の総支給額は、水揚額に賃金比率を乗じた額に等しくなっている。

そして、水揚額が責任水揚額に達した場合には、右のとおりであるが、水揚額が責任水揚額に達しない場合には、本件協定においては、若干の特別措置が設けられてはいるものの(第五条)、その支給額は基本的に水揚額に前記の賃金比率表の1又は2欄の水揚額を乗じた金額であり、この場合には基本給等の概念を入れる余地のない歩合制であると考えられる。

したがって、控訴人の主張を前提とすると、本件協定等の賃金体系は、水揚額が責任水揚額に達しない場合には二段階の賃金比率による歩合給であり、それが責任水揚額に達した場合には、二段階の賃金比率を考慮した歩合加給のある固定給ということとなるが、前記のように、後者の場合にも結局総支給額は水揚額に賃金比率を乗じた額に等しいことからすれば、結局、その賃金体系は四段階の歩合制とみる方が自然である。

なお、本件協定等の賃金体系は、右のとおり、水揚額が責任水揚額に達しない場合には、支給額に超勤深夜手当が含まれないと考えられ(含まれるとすれば、その金額や計算根拠は不明としかいいようがない。)、証人津川優は含まれない旨の証言をするが、昭和六二年七月以降控訴人の代表取締役である控訴人代表者は、その場合にも支給額に超勤深夜手当が含まれていると思う、基本給の欄も超勤深夜手当の額も複雑になるが計算できると思うなどと供述しており、このような供述自体、控訴人の賃金体系全体に実質的な深夜割増賃金が含まれているということに疑問を抱かせるといわざるを得ない。

(二) また、本件協定等における超勤深夜手当は、時間外・深夜労働が増加しても変動のない定額であって、労働者側がそのような合意をするについてはその見込み時間数等その算定根拠につき十分に吟味され議論されるものと考えられるが、右超勤深夜手当の額がいかなる基準、交渉によって定められたものであるかは本件全証拠をもってしても明らかではない。

前記(一)に述べたところからすれば、控訴人の賃金体系は、責任水揚額に応じた実質歩合制として設定されたのではないかとの疑問を抱かざるを得ないところ、(証拠略)によれば、平成元年一〇月一日以降の徳島県の最低賃金が一時間当たり四五三円であり、これに月間の所定労働時間二〇八時間(本件協定書における固定給は、所定労働日数二六日、所定労働時間二〇八時間を勤務した場合を基礎とする旨記載されている。)を乗じた金額が九万四二二四円であるから、本件協定成立当時の最低賃金に若干の上乗せをした金額に所定労働時間二〇八時間を乗じて得られたのが基本給八万五〇〇〇円であり、右基本給及び乗務手当・皆精勤手当を固定給から控除した残額が超勤深夜手当として記載されているにすぎないのではないかとも考えられないではない。

(三) また、本件協定以前にも、控訴人は、昭和五六年七月に県自交労組と、同年八月に全国一般労組と、それぞれ労働協約を締結し(<証拠略>)、乗務員の賃金につき、基本給六万七六〇〇円、乗務手当一万三〇〇〇円、皆精勤手当五〇〇〇円、超深(ママ)手当額四万八四〇〇円とし、その合計金額一三万四〇〇〇円を固定給とするが、一か月の水揚額が三〇万円未満のときは右固定給を適用せずに水揚額の三〇パーセントを支給する、三〇万円以上のときは三〇万円を超える部分につきその四七パーセントを歩合給として支給することなどが定められているところ、(証拠略)によれば、基本給六万七六〇〇円の後に(325×208)、乗務手当一万三〇〇〇円の後に(500×26)という書き込みがあることからして、月間の法定内労働時間二〇八時間に一時間当たりの賃金三二五円を、月間の所定労働日数二六日に一日当たり五〇〇円をそれぞれ乗じて算出されたものと推測されるが、超深(ママ)手当四万八四〇〇円については、労使間でいかなる基準に基づいて算出されたかは明らかではない(もっとも、右協定をめぐる交渉の中で、組合側からも超勤深夜手当額の提案がなされ、その提案につき計算式が示されたことが認められるが(<証拠略>)、その提案と最終的に定められた超勤深夜手当四万八四〇〇円の関係や、同金額の算定根拠はやはり判然としない。)。

そして、この際の調整加算金等を加算した総支給額は、必ずしも水揚額に一定率を乗じたものでない点で、本件協定等によるものとやや異なるものの、控訴人は、交渉の過程において、企業存続のため、行政指導事項を理解しながらも、累進歩合制をとらざるを得ないことを理解して欲しいなどと述べていたことが認められること(<証拠略>)を考慮すると、右超深(ママ)手当の額は、固定給の適用があるとされる最低水揚額の三〇万円に四五パーセントを乗じて得られた一三万五〇〇〇円から、月間の水揚額が三〇万円以上三一万円未満の場合に調整加算される一〇〇〇円を差し引いた金額が固定給一三万四〇〇〇円であり、ここから前記方法で算出された基本給・乗務手当等を控除した金額にすぎないのではないかとの疑いがやはり払拭できない。

証人津川優は、右のような算定方法を否定し、また、本件協定についても、交渉の過程で、基本給、業務給、皆精勤手当、超勤深夜手当が合意され、それを合計したものが、結果として水揚額に賃金比率を乗じたものに一致したものである旨の証言するが、前記のとおり、本件協定の基本給、超勤深夜手当がその後改訂された際にも、同様に、水揚額に賃金比率を乗じた額に一致していることからすれば、それが偶然に一致したものとは考えがたく、右証言はたやすく採用できない。

(四) 被控訴人らが受け取った賃金明細書をみると、業務手当、皆精勤手当、深夜割増手当等の明細額を記載したものもあるものの(<証拠略>)、水揚額と歩合割増(歩合加給)と合計額のみ記載され、超勤深夜手当等の内訳の明細の記載がなかったことも多かったと認められる上(<証拠・人証略>)、被控訴人山崎佳克も、昭和五六年の協定につき、基本給・超勤深夜手当等が固定給として記載されていたことは知っていたが、古い運転手から、オール歩合給の賃金体系だと労働基準監督署から指導を受けるから、形だけは基本給、超勤深夜手当等を固定給として書いているものだと聞き、単に割り振った金額が形式的に記載されているにすぎないと理解していたと供述しており、賃金明細書を作成する控訴人もそれを受領する被控訴人らも、超勤深夜手当等の項目や金額を重視していなかったことがうかがわれる。

(五) 本件協定書等における超勤深夜手当が労働基準法上の時間外・深夜割増手当であることを前提にした場合の、控訴人の主張する時間外・深夜割増賃金の過不足額は、別紙超過勤務手当計算表<1>又は<2>であるところ、これを前提にすると、本件協定等による超勤深夜手当が、相当額超過支払であった月が多くあることになるが、経営の窮状を訴える控訴人が、相当額の過払いが出るような時間外・深夜割増手当を合意したというのは不自然であるといわざるを得ない。

(六) 控訴人は、平成元年、本件協定の欠勤控除の規定につき、控訴人の賃金体系は実質歩合制であるので欠勤控除はできないとの労働基準監督署の是正勧告を受け、これに特段の抵抗をすることもなく、基準賃金(基本給、役職手当、歩合給、二交替勤務手当)と基準外賃金(時間外手当、深夜手当)に区分した賃金体系の改訂案を作成し、組合に提示したことが認められ(<証拠・人証略>)、また、平成四年九月二九日、全国一般労組に対し、時間外・深夜手当につき、徳島労働基準監督署から是正勧告を受けた一人当たりの六か月平均である一律一〇万八〇〇〇円の解決金の提示をしたことが認められる(<証拠略>)。

以上に述べたように、本件協定等の賃金体系は、その内容自体、形式的な定めとは異なり実質歩合制であると考える方が自然である上、定められた超勤深夜手当は定額であるが、その算定根拠は明らかではなく、また、被控訴人らに交付された賃金明細書も歩合制であることを疑わせるものがあり、労働基準監督署の勧告等に対する控訴人の対応も控訴人自身が実質歩合制であることを認めていたとも考えられるのであって、これらを総合すると、本件協定等における超勤深夜手当が、水揚額に賃金比率を乗じた総支給額の中の多目的な内訳であるという以上に、労働基準法三七条の定める時間外・深夜割増賃金の実質を有するものとはいいがたく、本件協定等において、時間外・深夜割増賃金を固定給に含める旨の実質的合意があったと認めることはできない。

県自交労組の組合員として本件協定の締結に関与したという川西英器の陳述書(<証拠略>)及び同組合員であった青木進の陳述書(<証拠略>)には、控訴人の主張に沿う記載があるが、これまで述べたところに照らし採用できない。

5  なお、時間外・深夜割増賃金を固定給に含める旨の合意がなされた場合において、通常の賃金部分と時間外・深夜割増手当の部分が明確に区別でき、通常の賃金部分から計算した時間外・深夜割増手当との過不足額が計算できるのであれば、その不足分を使用者は支払えば足りると解する余地があることは前記のとおりであるが、本件においては、そもそも時間外・深夜割増賃金の実質的合意があったとはいえないから、右の場合には該当しないというべきである。

したがって、時間外・深夜割増賃金を固定給に含める旨の合意により、控訴人らに対し、同割増賃金を支払ってきたとの控訴人の主張は採用できない。

二  信義則違反について(争点3)

控訴人は、被控訴人らが、超勤深夜手当の合意をしながら、別途割増賃金を請求することは、信義則に反して許されないと主張するが、本件協定等において労働基準法三七条の時間外・深夜割増賃金に係る実質的合意があったと認められないことは前記のとおりであるから、控訴人の主張はその前提を欠くというべきである。

また、控訴人は、経営状況の逼迫を縷々主張するが、仮に、控訴人の経営状況がその主張のとおりであったとしても、控訴人が時間外・深夜割増賃金を支払ってこなかったものである以上、これを求める被控訴人らの請求が、直ちに信義則違反になるものとはいえない。

さらに、控訴人は、被控訴人らが、賃金体系の改訂交渉に応じないと主張するが、未払割増賃金の支払と賃金の改訂は本来別問題というべきであること、賃金体系の改訂が被控訴人らの労働条件に直接かかわる問題であり、慎重にならざるを得ない部分があることなどを考慮すると、被控訴人らが賃金体系の改訂交渉に応じないことをもって信義則違反ということはできない。

したがって、控訴人のこの点の主張は採用できない。

三  消滅時効について(争点4)

被控訴人らの請求する平成三年五月から同年八月分の未払割増賃金については、各弁済期の翌日から起算して本件訴え提起時において二年が経過していること及び控訴人においてその主張のとおり右時効を援用したことは記録上明らかである。

よって、右期間分につき被控訴人らに支払われるべき未払割増賃金があったとしても、この部分については被控訴人らの請求は理由がない。

四  未払割増賃金の有無及び額について(争点5)

1  控訴人は、別紙超過勤務手当計算表<1>(<証拠略>)又は<2>(<証拠略>)のとおり、割増賃金の過不足額を計算するが、それは本件協定等に基づき時間外・深夜割増賃金を固定給に含める旨の合意があったことを前提とするものであるところ、右合意が認められず、これまで控訴人が支給してきた給与の中に、時間外・深夜割増賃金が含まれていたとはいえないことは前記のとおりであるから、控訴人の右計算は採用することはできない。

2  一方、被控訴人らは、前記第二、二5【被控訴人ら】欄記載の計算式により、別紙各未払賃金計算表のとおり計算すると、被控訴人らに支払われるべき未払割増賃金は、別紙未払賃金明細書(一)及び(二)のとおりであると主張するところ、その基礎となる総労働時間や時間外労働時間については、控訴人が主張する別紙各超過勤務手当表<1>と相当異なり、また、被控訴人らが主張するように所定労働時間を基にしたという同<2>とも異なる部分が存する。

そして、控訴人は、右1の主張の基礎となる総労働時間及び時間外労働時間は、チャートに基づくものであると主張し、(証拠略)ないし(証拠略)(労働時間集計表)を提出するが、それらが真実チャートに基づくものであるのかなどその作成経過等を明らかにする証拠はないから、右主張を採用することはできない。

一方、被控訴人らの主張する別紙各未払賃金計算表は、本件協定の所定労働時間を前提に計算したものである上、出勤日数、労働時間数も控訴人主張の各超過勤務手当表<2>と対比してもそう大きな乖離はないこと、被控訴人らは原審で主張していた未払賃金合計額等を訂正したものの、その訂正は違算によるものであってわずかな金額であるところ、控訴人は、未払賃金額については原審において積極的に争っていなかったことなどを考慮すると、総労働時間数や時間外・深夜労働時間数等の基礎数値は、被控訴人らの主張する別紙各未払賃金計算表のとおりと認めるのが相当である。

そして、本件協定等の賃金体系は、実質歩合制であるから、被控訴人らの各未払割増賃金の算定として、右基礎数値を基に、前記第二、二5の計算式により行われた別紙各未払賃金計算表の算定方法は相当であり、被控訴人らに支払われるべき未払割増賃金は、別紙未払賃金明細書(一)及び(二)のとおりであり(ただし、平成三年五月分から同年八月分までを除く。)、その合計額は別紙債権目録の未払賃金合計<2>のとおりであると認められる。

なお、前記第二、一2(二)(3)のとおり、平成三年九月二一日付け確認書により、特別の歩合加給の合意がなされているが、これを基礎賃金の算定に算入すべき旨の主張はないので考慮しないこととする。

五  付加金について(争点6)

控訴人が、被控訴人らに前記の各割増賃金を支払わなかった期間やその合計額、平成元年に被控訴人らが控訴人に支払を求めて以降の両者間における交渉の経過など、本件証拠上認められる諸般の事情を総合すると、労働基準法一一四条に基づき、控訴人に対し、被控訴人ら各自に対し、前記の各未払割増賃金と同一額の付加金を支払うように命じるのが相当である。

なお、被控訴人松浦和雄及び同岡本一夫は、前記第二冒頭部分記載のとおり、それぞれ請求を減縮したが、それらはいずれも原判決認容部分の未払賃金額(平成三年九月分から同五年四月分)及び付加金額を減額訂正したことによるものである。

第四結論

以上によれば、被控訴人らの請求は、控訴人に対し、それぞれ別紙債権目録の未払賃金合計<2>欄記載の金額及び同付加金欄記載の金額の合計額並びに同未払賃金合計<2>欄記載の金額に対する平成五年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を命じる限度で理由があるところ、原判決の認容額はいずれもこれを下回るから(ただし、被控訴人松浦和雄及び同岡本一夫については、右限度は、原判決が認容した部分から同被控訴人らが請求を減縮した残額に一致するから)、本件控訴を棄却し、同被控訴人らの請求の減縮により変更された主文を明らかにすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山脇正道 裁判官 田中俊次 裁判官 松本利幸)

<別紙> 債権目録

<省略>

<別紙> 未払い賃金明細書(一)

平成3年5月分~平成4年4月分

<省略>

<別紙> 未払い賃金明細書(二)

平成4年5月分~平成5年4月分

<省略>

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