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高松高等裁判所 平成5年(ラ)50号 決定 1993年11月10日

抗告人

乙山一郎

右法定代理人親権者父

甲野太郎

右代理人弁護士

有田知正

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は「原審判を取り消す。本件を松山家庭裁判所に差し戻す、との裁判を求める。」というのであり、抗告の理由は、別紙抗告申立書(写し)のとおりである。

二当裁判所の判断

1  抗告人の出生に至る経緯、出生後の生活状況等に関する事実関係は、原審判書二丁表初行から三丁裏七行目に記載するところと同一であるから、これを引用する。

2  本件は要するに、抗告人の父甲野太郎の妻及びその嫡出の子らの被るべき不利益を無視してまで抗告人の氏を父太郎と同氏の甲野とすることを許可すべきか、ということに尽きるところ、前記認定の事実関係に基づいて以下のとおりこれを検討する。

いうまでもなく、抗告人の氏を甲野に変更する許可が与えられると、同人は父太郎の戸籍に入り太郎の妻及び嫡出の子ら(以下「妻子ら」という。)と同一戸籍に記載されることになる(戸籍法六条)ので、妻子らに対しては、太郎が抗告人を認知したことによって戸籍の中の太郎に関する事項欄に認知事項が記載されたとき以上により大きい精神的衝撃を与えるばかりでなく、子らの将来にわたり社会生活面において種々の事実上の不利益を与えることになることは明らかであるというべく、これらは戸籍という人の身分にかかわる重大な事柄に関するから、これを抗告人のいうような単なる感情の問題として済ませることはできない。

これに対し抗告人の氏を母の氏から父の氏に変更することが抗告人の福祉の上からみてどのような利益になるかについて、抗告人は、まず第一に抗告人が日常生活上「甲野」の姓を使っているから戸籍をこれに符合させたいという。しかし抗告人は未だ三歳にすぎず、甲野という固有の姓の下に生活し活動しているものではなく、したがって、世間から「甲野」という姓によって人格の同一性を識別されているわけではないのであるから、この点からは抗告人の氏を甲野に変更する利益はないといわなければならない。次に、抗告人は、太郎がかけている生命保険の受取人や銀行預金等の預入名義人が「甲野一郎」となっているので保険事故が生じたときや払戻しを受ける際に虚偽記載、架空名義による預金等として支払を拒絶されるおそれがある、という。しかしその危険は速やかに是正手続をとることによって解消されるはずであるし、そのような事実関係を先行させてこれに合わせるために氏を変更することを求めるのは本末転倒であって妥当性を欠くものというべきである。更にまた、抗告人は、抗告人が通う幼稚園の名簿に保護者として父の氏名を記入できるようにしたい、という。しかし右にいう幼稚園の「名簿」とは何を指すのか分明でないが、「名簿」なるものが仮に作られるとしてもその「名簿」がどのような形式、内容で作られるかはそれぞれの幼稚園の方針によって決められるものであって必ずしも父親の氏名のみが園児の氏名と並んで記載されるとは限らず、母の氏名も記載されることも十分考えられるところである。要するに数年後の、どの幼稚園に行くかも確定していない段階で、幼稚園で作成される「名簿」の記載を心配して抗告人の氏を太郎と同氏に変更を求めるのは、氏の変更の理由としては極めて薄弱なものといわざるを得ない。

抗告人は、父の氏への変更は、子の福祉を最大限に重視して決定されるのが原則であり、非嫡出子の福祉が法律婚保護のために犠牲にされてはならない、というが、本件において抗告人の氏を母の氏から父の氏に変更することを求める理由が、抗告人の主張するような程度のものであるならば、それは抗告人の福祉とは余り関係のないものというべきである。抗告人が父母のいずれかとその氏を異にすることによって受ける不利益は、現在の身分法制度の下では致し方のないものであって、これが不利益の解消は、抗告人の父母間の関係の是正以外にその方法はないといわねばならない。

3  以上の検討結果によれば、抗告人の本件氏の変更許可申立ては、太郎の妻子らの利益を無視してまで認容されるべきものではないと判断される。

三よって原決定は相当であって、本件抗告は理由がないから、これを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官安國種彦 裁判官渡邊貢 裁判官田中観一郎)

別紙即時抗告申立書<省略>

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