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高松地方裁判所 昭和33年(ワ)99号 判決 1961年4月27日

判  決

高松市西ハゼ町三十番地

原告

昭南製紙株式会社

古代表者代表取締役

岡保一

右訴訟代理人弁護士

深田小太郎

被告

右代表者法務大臣

植木庚子郎

右指定代理人高松法務局訟務部長

大坪憲三

同高松法務局訟務部第一課長

西村博一

同高松法務局訟務部第二課長

西原友重

同高松国税局大蔵事務官

泉秀吉

右訴訟代理人弁護士

熊野一良

右当事者間の過誤納金返還請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告の申立

1、第一次の請求

「被告は原告に対し、金七百三十八万八千四百八十八円およびこれに対する昭和二十四年四月六日から同二十五年三月三十一日までは百円につき一日金十銭、同二十五年四月一日から同二十九年三月三十一日までは百円につき一日金四銭、同二十九年四月一日から支払済みまでは百円につき一日金三銭の各割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

2、第二次(予備的)請求

「被告は原告に対し、金七百三十八万八千四百八十八円およびこれに対する昭和二十四年四月六日から支払済みまで年四分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

二、被告の申立

主文同旨の判決を求める。

第二、請求の原因

一、(物品税賦課処分等のあつた事実)

1、原告は、和紙製造販売を業としている株式会社である。

2、高松税務署長(当時は大蔵事務官船橋政美)は原告に対し、昭和二十四年二月七日付通告書をもつて、原告が、その製造にかかる和紙類につき別紙目録(一)記載のとおり昭和二十二年十月十八日から同二十三年六月二十四日までの間に、同記載の品名、数量および価格(税込移出価格)の和紙類の物品税(その課税標準価格および物品税額も同記載のとおり。)相当額合計金百五十七万六千六百六十八円十銭を逋脱したものとして、物品税法第十八条および国税犯則取締法第十四条に則り、右逋脱税額の五倍の罰金相当額金七百八十八万三千三百四十五円五十銭を高松税務署に納付すべく、該通告を受けた日から七日以内に納付しなければ告発する旨を通告した。

3、更に高松税務署長は原告に対し、昭和二十四年二月十四日付をもつて前記逋脱にかかる和紙類の物品税額を合計金百五十七万六千六百六十八円十銭(その内訳は別紙目録(一)記載のとおり。)とする旨の物品税賦課処分をした。

4、原告は、右物品税賦課処分に基き昭和二十四年二月二十八日賦課にかかる物品税金五十七万六千六百六十八円十銭を高松税務署に納付した。

5、更に原告は、前記通告処分に基き、告発を避けるため己むなく昭和二十四年四月五日までに通告にかかる罰金相当額金七百八十八万三千三百四十円(円未満切捨)をも完納した。

二、(過誤納金返還の請求)

1、しかしながら、前記納付金額のうち物品税について金百二十三万千四百十四円九十銭、罰金相当額について金六百十五万七千七十四円五十銭の金額は、いずれも以下に述べる理由によつて納税義務がないのに納税義務あるものと誤解して納付されたものであるから、当時施行の国税徴収法(明治三〇年法律第二一号。以下単に「国税徴収法」という場合はこの法律を指す。)第三十一条の五および同六第一項にいう過誤納金に相当する。

2、納税義務のない理由

(一)、別紙目録(二)記載の和紙について。

(1)、物品税法第三条によれば、物品税は製造場より移出する時の物品の「価格」を課税標準価格とする旨規定されているところ、高松税務署長は右にいう「価格」とは個々現実に取引された価格すなわちいわゆる闇価格によるものと解し、この見解に基いて、別紙目録(一)記載の和紙のうち別紙目録(二)記載のものの物品税額および罰金相当額を算出した。

(2)、しかしながら、物品税法第三条にいう「価格」すなわち物品税課税標準価格は、統制額の定めのある物品についはその統制額がこれにあたり、個々現実に取引された価格すなわち闇価格によるものではない。かように解すべきであることは、最高裁判所第一小法廷が、昭和三十一年五月十日訴外常磐産業株式会社に対する物品税法違反被告事件の上告審判決において、物品税の課税標準価格は、統制額の定のある物品についてはその統制額がこれにあたる旨判示したことにより明らかである。

(3)、ところで別紙目録(二)記載の京花紙および塵紙(三号)の統制額は、昭和二十二年十月九日物価庁告示第八四七号をもつて、次のとおり公定され、かつ同告示には「この表の統制額は物品税法により課税されるものについては物品税を含むものとする。但し同法により物品税を免除される場合の統制額は物品税に相当する額を控除した額とする。」旨の販売条件が附加されていた。

番号

銘柄

寸法

重量

晒又は未晒

配合

製造業者基礎価格

(一締について)

製造業者販売価格の統制額

(一締について)

以下卸、小売の統制額省略

一号品

京花紙

九寸×七寸以上

二、〇〇〇枚一締について二二〇匁以上

楮、桑皮一〇〇分

一一九・九〇円

一四三・八八円

二号品

京花紙

八寸五分×六寸五分以上

二、〇〇〇枚一締について三〇〇匁以上

未晒

桑皮三〇分

サルフアイトパルプ三〇分

故紙一号四〇分

七六・四〇円

九一・六八円

三号品

塵紙

八寸×六寸以上

二、〇〇〇枚一締について五〇〇匁以上

未晒

六八・五〇円

八二・二〇円

(四号品以下省略)

(4)、したがつて、右告示にある製造業者販売価格の統制額とは同告示中の製造業者基礎価格とこれに税率百分の二十を乗じた物品税との合計額となり、これを別紙目録(二)記載の和紙について計算すれば、その統制額(税込)、課税標準価格および税額は同目録下部各欄記載のとおりとなる。そして、この税額こそ右目録記載の和紙について原告が本来納付義務を負担している物品税ということができ、これに五倍する金額が通告処分によつて納付を促し得る罰金相当額といえるのである。

(二)、別紙目録(三)記載の和紙について。

(1)、別紙目録記載の和紙(塵紙三号)は、昭和二十二年十二月十日以降に製造場より移出されたものであるところ(別紙目録(一)参照)、高松税務署長は、右和紙についても前記(一)・(1)の見解に基いてその物品税額および罰金相当額を算出して、物品税賦課処分および通告処分をした。

(2)、しかし、昭和二二年一一月三〇日政令第二四六号によつて物品税法施行規則の一部が改正され、「価格一貫ニ付二百円ニ満タザル塵紙」については同年十二月一日以降物品税が課税されないことになつたものであるところ、別紙目録(三)記載の塵紙三号はいずれも前記物価庁告示所定の規格に従つて製造されたものであつて、その統制価格(製造業者基礎価格)は同告示によつて一貫につき百三十七円であるから、右改正された物品税法施行規則にいわゆる「価格一貫ニ付二百円ニ満タザル塵紙」に該当するものである(もつとも、現実の移出価格がいずれも、一貫につき二百円以上であつたことは争わない)。したがつて別紙目録(三)記録の塵紙三号は、物品税の課税対象から除外されていたものであり、これについては原告に物品税を納付すべき義務はなかつたものというべきである。

(三)、右の次第であるから、前記一・4の納付金額(金百五十七万六千六百六十八円十銭)のうち、同金額から前記二・2・(一)・(4)で算出した物品税額を差引いた残額の金百二十三万千四百十四円(円未満切捨)は、原告が納税義務がないのに国へ納付したものとして、また前記一・5の納付金額金(七百八十八万三千三百四十円)から右(一)・(4)で算出した罰金相当額を差引いた残額の金六百十五万七十四円(円未満切拾)は、原告が通告処分に基いて納付する必要がないのに国へ支払つたものとして、いずれも国税徴収法第三十一条の五および同六第一項にいう過誤納金に該当する。そこで被告に対し、右過誤納金および同法所定の還付加算金を支払うべき義務がある。

3、仮に、前述の過誤納付金が当然に国税徴収法第三十一条の五および同六第一項所定の過誤納金に該当しないとしても、前掲昭和三十一年五月十日の最高裁判所第一小法廷の判決により、物品税法第三条にいう「製造場ヨリ移出スル時ノ物品ノ価格」の意義が統一的かつ有権的に解明されたわけであるから、このことは、国税徴収法第三十一条ノ五および同六第五項所定の「税金額ノ法律ノ規定ニヨル変更」と同視すべき場合にあたるものというべきである。したがつて前述の過誤納付金は右の規定の類推適用によつて結局国税徴収法第三十一条ノ五および同六第一項の「過誤納金」に該当し、国は原告に対しこれが返還をなすべき義務がある。

4、そこで、原告に対し、次のとおりの支払を求める。

(一)、過誤納金 合計金七百三十八万八千四百八十八円

(二)、還付加算金 最後に前記通告処分に基く罰金相当額を納付した日の翌日である昭和二十四年四月六日から右過誤納金支払済みまで、同過誤納金に対する国税徴収法第三十一条ノ六第一項所定の左記の割合(率はその都度改正の法律に従う)による還付加算金

(1)、昭和二十四年四月六日から同二十五年三月三十一日までは、百円につき一日金十銭

(2)、同二十五年四月一日から同二十九年三月三十一日までは、百円につき一日金四銭、

(3)、同二十九年四月一日から支払済みまでは、百円につき一日金三銭

三、(不当利得返還の請求)

1、仮に、前記過誤納付金が国税徴収法にいう「過誤納金」に該当しないとしても、被告は、左記の理由によりこの金員を何ら法律上の原因なくして不当に利得したものであるから、民法第七百三条によりこれを原告に返還すべきである。

2、別紙目録(二)記載の和紙に関して。

物品税法第三条にいう「製造場ヨリ移出スル時の物品、価格」は前記二・2・(一)・(2)で述べたように解釈されるべきであるにもかかわらず、当時の高松税務署長は職務上尽くすべき相当の注意義務を怠つたか、あるいは徴税に苛酷なあまり故意に独善的な見解をとつたためか、前記物価庁告示に統制額は物品税額を含む旨規定されていることを無視して、物品税法第三条の解釈を誤まり、法律の認めないいわゆる闇価格を是認してこれを物品税の課税標準とし、別紙目録(二)記載の和紙につき物品税を賦課したのであるから、この賦課処分は、闇価格と統制額との差額を基準として算出された部分の限度で重大かつ明白な瑕疵を有する違法なものであつて、法律上当然に無効とされるべきである。したがつて、前記納付の物品税中右の差額を基準として算出された金十六万千六百十四円(前記二・2の(一)・(4)参照)は、被告が法律上何らの原因なくして不当に利得したものというべきである。また、本件通告処分は、このような一部分無効な賦課処分に基く税額を基準として罰金相当額を算出したものであるから、闇価格に対する税額を基準として算出された罰金相当額と統制額に対する税額を基準として算出された罰金相当額との差額金八十万八千七十四円(円未満切捨)の限度において重大かつ明白な瑕疵があつて違法、無効というべく、原告が本件通告処分に基き納付した金員中右金額部分は、前同様被告において不当に利得したものである。

3、別紙目録(三)の和紙に関して。

前述のように別紙目録(三)記載の和紙(塵紙三号)は物品税非課税のものであつたにもかかわらず、高松税務署長は、右2で述べた理由、事情からして、右の和紙をも課税対象物品とし、既述のように物品税を賦課したのであるから、この賦課処分およびこれを基本とした本件通告処分はいずれも重大かつ明白な瑕疵を有する違法、無効のものである。したがつて、原告が右和紙に関し納付した物品税合計金百六万九千八百円およびこれの五倍に相当する金五百三十四万九千円の罰金相当額は、いずれも被告が何らの法律上の原因なくして不当に利得したものである。

4、以上の理由により、被告は原告に対し、右2および3の不当に利得した金員と同額の金額合計七百三十八万八千四百八十八円を返還すべき義務があるから、原告は被告に対し、予備的請求として、右金員およびこれに対する前記金員納付後である昭和二十四年四月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

四、(国家賠償の請求)

1、仮に、以上の請求がいずれも認容されないとしても、原告は当時の高松税務署長、高松国税局長および国税庁長官(以下この三者を単に「高松税務署長ら」と略称する。)の故意または過失によつて違法に前記誤納金と同額の損害を受けたのであるから、被告国は原告に対し、国家賠償法に基きこの損害を賠償すべき義務がある。

2、すなわち元来、高松税務署長らは、各種の国税の賦課徴収に関する事務を専掌している被告国の公務員であるから、これら税法令の執行に関しては専門的知識と経験とを有しかつまた常にこれら税法を研究し、いやしくも違法の賦課処分によつて国民に対し不測の損害を被らしめることなどのないように充分に注意してその職務を執行すべき職責と義務を負つている。

3、しかるに、既述のように高松税務署長らは、本件物品税の賦課処分および通告処分をするに際し、前記物価庁告示のいわゆる製造業者基礎価格を課税標準価格とすべきであつたにもかかわらず、唯一途独善的に徴税に苛急なあまり、あえて法の認めないいわゆる闇価格を課税標準価格として決定したものであり、故意にしたものでないとしても、右告示の内容をみれば、その統制額には物品税が加算されていること、したがつて専門的立場から右基礎価格が課税標準価格と定められていることをも容易に知り得たはずであつたにもかかわらず、甚しい不注意の結果この点に想到することなく、かつその職務上の知識をも欠いていたために、前述のような違法の賦課処分および通告処分をなし、殊に別紙目録(三)の塵紙は、前記物価庁告示および前記改正後の物品税法施行規則に照らし、明らかに非課税物品であり、したがつて原告に全然逋脱行為がなかつたにもかかわらず、これありとして違法にも罰金相当額の納付を余儀なくさせるなどして、もつて原告に前記過誤納付金七百三十八万八千四百八十八円と同額の損害を与えたものである。

4、そこで、原告は、予備的請求として、国家賠償法第一条第一項に基き被告に対し、右金七百三十八万八千四百八十八円およびこれに対する右金員納付後である昭和二十四年四月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

第三、被告の答弁と主張

一、請求原因一の事実を認める。

二、請求原因二の事実は、

1、同1を争う。

2、(一)、(1)、同2・(一)・(1)の事実を認める。

(2)、同2・(一)・(2)を争う。物品税法第三条についての被告の主張は後記のとおりであつて、物品税の課税標準価格は、個々現実に取引された価格すなわち実売価格によるべきである。

(3)、同2・(一)・(3)の事実を認める。しかし、原告主張の販売条件の規定は、いわゆる闇価格で販売された場合においても、統制額を基礎として物品税を賦課すべき旨を定めたものではなく、統制額により取引される場合においてのみ適用されるべき注意規定である。すなわち、同規定にいう統制額とは原告主張の物価庁告示の価格表記載の金額をいうのであつて、その統制額中に物品税を含むか否かを明示しなければ関係業者の価格決定に支障をきたすことになるので統制額に更に物品税を加算する必要のないことを明らかにしたに過ぎない。

(4)、同2・(一)・(4)を争う。但し、原告主張の方法で計算すれば、原告主張の金額になることを認める。

(二)、(1)、同2・(二)・(1)の事実を認める。

(2)、同2・(二)・(2)の事実は、別紙目録(三)記載の塵紙三号が原告主張の時期に製造場より移出されたことは認めるが、同物品が前記物価庁告示所定の規格に従つて製造されたものであるかどうかは不知。その余の主張を争う。右物品はいずれも現実には一貫につき二百円以上の闇価格で移出されたものである。そして、後述のように物品税法第三条の「移出価格」はいわゆる実売価格によるべきであり、また原告主張の改正物品税法施行規則の施行後における塵紙三号のように統制価格が課税最低限未満のものについては、統制額で取引されることを前提としてのみ非課税となるのであつて、本件のように闇価格で移出されたものについては依然として課税の対象となる。したがつて、別紙目録(三)の塵紙三号についてした物品税賦課の処分に違法の点はない。

(三)、同2・(三)を争う。

3、同3の事実は、原告主張の日に主張の判決のあつたことのみを認め、その余を争う。

4、同4を争う。

5、物品税法第三条の解釈についての被告の主張

(一)、(1)、物品税法第三条にいう「製造場ヨリ移出スル時の物品ノ価格」すなわち物品税の課税標準価格は、個々現実に取引された価格すなわち実売価格によるべきであつて、このことは統制額の定めある物品についても同様に解すべきである。

(2)、物品税の課税標準価格を如何に解するかについては、実際の販売価格とする説(これを「実売価格説」という。)と適正な市場価格すなわち時価であるとの説(これを「抽象価格説」という。)の両説が立法当初から対立していたが、租税行政の実務においては、昭和二十五年の物品税法施行規則の改正までは次に述べる理由により実売価格説がとられて来た。

(イ)、本件各処分当時においては、課税標準たる物品の価格の算定方法は物品税法第三条第二項によつて施行規則に譲られていたが、同規則にはこれについて何らの定めもなかつた。したがつて、課税標準価格を如何に解するかはもつぱら物品税法第三条の解釈によつていた。

(ロ)、現今の複雑な経済情勢下において、変動極まりない抽象的な価格を課税標準価格とすることは、課税技術上極めて困難であるとに反し、実際の取引価格は帳簿類を調査することによつて容易にその数字を把握し得るから、この説は納税手続の安定性、確実性、迅速性という点からは他の説の追随を許さない優れた特色をもつている。

(ハ)、のみならず、「実売価格説は同一物品同一税額の要請を満たし得ないのではないか」との疑間に対しても、同一物品必ずしも同一価格ではなく、むしろ一般市場ではそれぞれの物品の品質、取引形態等によつて、複数の価格が構成されているのが常態であるから、こたを無視して劃一的な税金を課すのは却つて不公平となる。

(3)、右の理由から、特に、租税行政の実効性確保の面から実務ではこの実売価格説を物品税法施行当時から一貫して採用しており、昭和十六年十二月大蔵省主税局長通牒(主秘第八三七号)においても「第二種ノ物品ニ対シテハ公定価格又は協定価格等に拘ラズ実際ノ販売価格ニ依り課否を判定シ之ニ課税スヘキモノトス」とされていた。そして税法の解釈にあたつては、徴税手続の安定性と劃一性の要請から徴税の便宜と税務官庁の内部通達に対する適当な考慮が払われるべきである。

(4)、本件の賦課処分および通告処分は、右通牒を基本とし、実売価格説によつたもので、何ら違法の点はない。

(二)、(1)、仮に、抽象価格説によるべきものであるとしても、原告の販売した価格は当時の一般市場価格と見られるから、本件の各処分は適法である。すなわち、

(2)、抽象価格説は、通常の卸取引形態のもとにおいて自由に売却した場合の実際販売価格いわゆる適正な市場価格(時価)をもつて課税標準の基礎とする考え方であつて、統制額のある物品については、その物価統制の体系が現実に維持されている社会情勢のもとにおいてはもちろんこれがその基準となる。

(3)、しかしながら、当時の紙の取引市場においては、公売価格は維持されておらず闇価格による取引が支配的であって、戦時中から戦後にかけての統制による価格体系は全面的に崩壊の途を辿りつつあったのであり、統制法規は公定価格維持の面からあつて無きに等しいのが実状であつた。それ故、このような当時の取引事情からして、原告の販売した価格は当時の一般市場価格と見られるのであつて、したがつて抽象価格説を本件に適用してみたところで、その結果は実売価格説をとる場合といささかも異らない。

(4)、以上いずれにしても、本件賦課処分および通告処分に何ら違法の点はない。

6、仮に、本件事案については原告主張の統制額を課税標準価格とすべきであるとしても、いわゆる闇価格を基準とした本件各処分は、単に計算の方法を誤つた違法があるというに止まり、重大かつ明白な瑕疵ある無効のものとはいえない。そして、右処分が違法であっても無効でない限り、その処分の取消があるまでは同処分に基く納付金は不当利得とはならないから、原告主張の納付金が国税徴収法にいう過誤納金に該当するものとはいえない。

7、右の次第で、原告の過誤納金返還の請求は理由がなく、失当である。

三、請決原因三の事実を争う。右二、で述べたように本件の各処分に違法の点はない。仮に、違法の点があるとしても、無効な処分といえないから二・6に述べた理由によって不当利返得還請求権は発生しない。

四、1、請求原因四の事実を争う。前述のように、本件各処分は適法であって、原告に損害はない。

2、仮に、本件各処分が違法であるとしても、被告国の公務員に何らかの過失ありとはいえない。けだし、前記二で述べたとおり、本件各証拠は充分な理論的根拠に基いてなされたもので、その可否についての法律的判断は極めて微妙かつ困難な特殊専門的部類に属し、現に原告引用の刑事々件の第一審判決も本件各処分と同一の見解に立脚している。したがつて、税務担当の公務員として本件各処分をしたのは誠に己むを得ないことであり、その間に何らの責むべき過失もない。

3、(一)、本件各処分が違法で、被告国の公務員に過失が認められるとしても、これによる損害賠償債権は、国家賠償法第四条、民法第七百二十四条により、すでに時効によって消滅している。

(二)、すなわち、高松高等裁判所は、昭和二十六年三月一日原告主張の訴外常磐産業株式会社に対する刑事々件につきその後の上告審判決と同一趣旨の判決をしたが、原告は当時このことを熟知していたのみならず、同判決の支持した見解は原告はじめ地元製紙業者一般の持論でもあつた。それ故、右高裁判決の確定の有無とかかわりなく、原告は同判決によつて本件不法行為と損害の発生を認識していたものというべく、同判決のなされた日の翌日である昭和二十六年三月三月二日から三年の期間の経過によつてこれが損害賠償債権は時効によつて消滅したものというべきである。

第四  原告の反論

一、被告の第三・二・5および6の主張を争う。

二、同第三・三および四の主張を争う。原告が本件損害の事実を始めて知つたのは、前記最高裁判所の判決宣告後の昭和三十一年七月十日原告が最高裁判所から同判決抄本の交付を受けた時であるから、消滅時効もまたその時から進行を始めたことになり、被告の抗弁は失当である。

第三、証拠(直略)

理由

一、(当事者間に争いのない事実)

高松税務署長が和紙製造業を営む原告に対し原告主張の物品税賦課処分(以下「本件物品税賦課処分」という。)および通告処分(以下「本件通告処分」という。)をしたこと。並びにこれら各処分に基き原告がその主張のとおりに物品税および罰金相当額を納付したことは、いずれも当事者間に争いのないところである。

二、(本件物品税賦課処分等の効力)

1、先ず本件物品税賦課処分および本件通告処分の効力の有無について判断するに、これら各処分が物品税法(昭和二三年法律第一〇七号改正以前のもの。以下同様。)第三条第一項本文にいう「製造場ヨリ移出スル時ノ物品ノ価格」および物品税法施行規則(昭和二三年政令第一四八号改正以前のもの。以下同様。)別表第一種戊類第八十三号にいう「価格」の意義につき個々現実に取引された価格すなわちいわゆる実売価格がこれにあたるとの解釈(以下これを「実売価格説」という。)を前提としてなされたものであることは、当事者間に争がないところ、右各処分後である昭和三十一年五月十日に至つて、最高裁判所第一小法廷が訴外常磐産業株式会社に対する物品税法違反被告事件の上告審判決において、原審高松高等裁判所が、物品税の課税標準価格は、通常の取引形態および取引事情における価格、したがって適正な市場価格または取引価格でなければならないものであつて、本件物品(仙貨紙二号および京花紙二号)についてはその統制額を課税の標準価格とするを妥当と解する旨判断したのは正当であると判示したことは、顕著な事実である(最高裁判所剌事判例集第十巻第五号六五四頁参照)。したがつて右第一小法廷の判示よりすれば、本件各処分は、物品税法第三条第一項本文にいう「価格」の解釈を誤つて物品税の賦課をなし、また罰金相当額の通告をした点において違法のものということができる。(なお、被告は、右第一小法廷の判示は統制額の定めのある物品についてもその実売価格が一般市場価格を形成している場合にまで統制額を物品税の課税標準価格とする趣旨のものではないと主張するが、右判示をかかる趣旨に解することは困難である。)

2、そこで本件各処分に右のような違法の点があつたとしても、原告主張のように本件各処分中統制額を基準として算出した税額および罰金相当額を超える部分が果して法律上当然無効であるか否かにつき以下考察することとする。

(一)、本件各処分当時において、物品税法第三条第一項本文にいう「製造場ヨリ移出スル時ノ物品ノ価格」の解釈ないし認定を如何にするかについては、物品税法自体に何らの規定もなく、同法第二条第二項に「前項ノ価格(中略)ニ関シ必要ナル事項ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定されていたが、この命令に相当する物品税法施行規則には僅かにその第十一条をもつて販売価格には当該物品の容器の価格を含む旨規定されていたにとゞまり、同規則が昭和二五年政令第三六〇号によつて改正されるに至るまでは、他に何らの規定がなく、その解決はもつぱら物品税法第三条の解釈に委ねられていたこと、殊に統制額の定めのある物品についての物品税課税標準価格を如何にすのきかにつき解釈の指針ないし方向を与えるような裁判所の判決例も未だあらわれていなかつたこと、(もつとも、昭和二二年一〇月九日物価庁告示第八四七号(機械漉和紙の販売価格統制額指定中に販売条件七として、「この表の統制額は物品税法により課税されるものについては物品税を含むものとする。(後略)」と規定があるけれども、これは、単に物品税の課税対象たる物品が統制額によつて取引される場合にはその統制額は物品税を含んだ額とする旨を注意的に明らかにしたにとどまり、統制額の定めのある物品についての物品税課税標準価格が統制額による旨を明定したものとはいえないし、またかかる趣旨に解することを前提とした規定であるとも解せられない。)

(二)、次に、

(1)、物品税が物税であるという意味においては、その課税標準価格は個々現実にみなされた取引の価格ではなく、当該物品の有する客観的価値によるとすることが正当であろうけれども、物品の客観的価値とは一般には時価がこれを相応するものと考えられるところ、時価それ自体もまた個々現実の取引価格を離抽象的観念にしか過ぎず、通常の取引においては個々現実の具体的価格こそ時価の正当な反映とみられるから、物品の客観的価値の把握もまた結局個々現実の取引価格と無関係にこれをすることができないこと

(2)  殊に、取引社会における物品の品質、種類、その取引形態は極めて複雑、多様であつて、この複雑性、多様性が時価に反映していないとも限らないから、物品の客観的価値ないしは時価の具体的把握が課税技術上多大の困難を伴うものであることは否定し難いこと

(3)  そして、税法上の評価は、課税のもつ行政技術的性格からしてその手段、方法において比較的容易、確実になされ得るものであることが必要であり、かかる技術的要諸は物品税法第三条の解釈にも妥当するものであること

(4)  統制額の定めのある物品につき、現実の取引価格(すなわち闇価格)を物品税課税標準とすることは、国が価格統制の面において闇価格を否定しておきながら、税法の面において闇価格を半ば是認するような格好となり、一見不合理のようであるけれども、税法と統制法規とはその法の目的および性格を異にしているのみならず、統制額を基準として課税するときは、不正な業者に不当な利得を得させる結果となるから(いわゆる闇価格は統制額を上廻るのが通常である)、現実の取引価格を基準として課税すべきであるとの見解も必ずしもこれを謬説として一蹴することはできないこと

などから考えると、比較的容易、確実に把握し得る個々現実の取引価格をもつて物品税課税標準価格とするいわゆる実売価格説は、理論的にも実務的にも、物品税法第三条の解釈として十分な論拠と妥当性をもつものといわざるを得ないこと、

(三)、本件の和紙は昭和一六年法律第八八号により物品税法第一条第一項第二種丙類三十八として新たに物品税課税物件に加えられたものであるが、(証拠省略)によれば、大蔵省主税局長は昭和十六年十二月二十六日秘第八三七号をもつて「第二種ノ物品ニ対シテハ公定価格又ハ協定価格等ニ拘ラズ実際ノ販売価格ニ依リ課否ヲ判定シ之ニ課税スヘキモノトス」と通牒し(物品税取扱方ニ関スル件第四八項)以後税務当局は、昭和二十五年の前記物品税法施行規則の改正に至るまで終始一貫してこの通牒に依拠し、いわゆる実売価格説に従い、統制額の定めのある物品についても現実の取引価格を物品税課税標準価格として物品税を賦課してきたこと、並びに本件各処分のなされた当時においては納税者たる四国の和紙製造業者もかかる見地に即応した納税を一般に行つていたものであることの各事実が認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠のないこと

以上の掲記の諸点を考え合せると、いわゆる実売価格説にしたがつた本件物品税賦課処分および本件通告処分は、いずれも物品税法の解釈適用上相当の根拠をもつてなされたものといわなければならない。

3、なお昭和二二年一一月三〇日政令第二四六号により物品税法施行規則の一部が改正されて、価格一貫につき二百円に満たない塵紙が、非課税物件となつたこと明らかであるけれども、別紙目録(三)記載の和紙が現実には一貫につき二百円以上の価格で製造場より移出されたものであることは、当事者間に争いのないところであるから、前記実売価格説にしたがえば、物品税課税の対象となることとなり、而して実売価格説にしたがつて課税することにも一応首肯すべき理由の存することは、前説示のとおりである。

4、そうだとすれば、本件物品税賦課処分は、前掲最高裁判所の判例を是認する限り、統制額を基準としないで課税した点につき、物品税法第三条にいわゆる「製造場ヨリ移出スル時ノ物品の価格」の解釈を誤つた違法があるものといわなければならないけれども、前叙掲示のように課税当局が実売価格によつて課税したことにも相発の根拠がある以上、明らかに法律の解釈適用を誤つたものとは言い難いから、その瑕疵はまだ重大かつ明白なものとはいえず、したがつて本件物品税賦課処分中別紙目録(二)記載の和紙につき統制額を基準とした税額を超える部分および別紙目録(三)記載の和紙につき課税した部分が法律上当然に無効であるということはできない。

更に、本件通告処分も、実際の取式価格を基準とした物品税額を基準として罰金相当額の納付を命じているけれども、前同様の理由により統制額を基準とする罰金相当額を超える部分が法律上当然に無効であるということはできない。そして、右各処分が適式の手続に従つて取消された形跡も見受けられないから、本件物品税賦課処分および本件通告処分は、結局全部的に有効というのほかない。

三、(過誤納金還付的請求について、)

1、原告的、本件通告処分に基き結付された罰金相発額の一部が国税徴収法(明治三〇年法律第二一号。以下同様)第三十一条ノ五および同六にいう過誤納金に相当する旨主張するけれども、国税徴収法が同法第三十一条ノ五および同六において同法にいう過誤納金にあたるものとして「過誤納ニ係ル国税及滞納処分並第三十一条ノ六ノ還付加算金」を挙げ、更にその充発、還付加算金等について特則を設けていること、並びに同法に基く国税の徴収手続と国税犯則取締法に基く犯則取締の手続とはその目的、性質を異にするものであることなどから考えると、国税犯則取締法第十四条に準拠してなされた通告処分に基き納付された「罰金ニ相当スル金額」は、仮にその通告処分に何らかの瑕疵があつて罰金相当額の納付が法律上の原因を欠く場合であつても、それは民法第七百三条以下の不当利得の規定によつて処理されるべきもので、国税徴収法第三十一条ノ五および同六にいう過誤納金にあたらないと解するのが相当である。したがつて、本件通告処分に基き納付された罰金相発額の一部が国税徴収法第三十一条ノ五および同六にいう過誤納金に相当するものとして、同法条によりこれが還付を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないといわざるを得ない。

2、次に原告は、本件物品税賦課処分は物品税法第三条の解釈適用を誤つた違法のものであるから、同処分に基き納付された物品税の一部は当然に国税徴収法第三十一条ノ五および同六第一項にいう「過誤納金」にあたる旨主張するけれども、賦課処分に基き納付された国税が右にいう過誤納金とされるためには、その納付が法律上の原因を欠く場合であることすなわち当該賦課処分が単に違法であるというだけでは足りず、同処分が違法なるものとして取消されるか、あるいは法律上当然に無効とされる場合であることを要し、そうでない限り、課税処分に基く納付国税をもつて右にいう過誤納金とし、これが還付を請求することは許されないと解すべきである。そして、本件物品税賦課処分が法律上当然に無効でないことはもとより、取消された事実のないことも前に判示したとおりであるから、国税徴収法第三十一条ノ五および同六第一項によつて既納付物品税の一部の還付を求める原告の請求は、これまたその余の点につき判断をなすまでもなく理由がないといえる。

3、更に原告は、本件においては前記最高裁判所第一小法廷の判決によつて国税徴収法第三十一条ノ六第五項を類推適用すべき事態が生じたから既納付物品税の一部が過納となつた旨主張する。しかしながら、右第五項は適法に納付した国税等が「法律ノ規定ニ依ル変更又ハ消滅」により過納となつた場合に適用されるべき規定であつて、具体的な一刑事事件についてなされたに過ぎない最高裁判所の判決が右の場合にあたらないことは右規定の文言により明らかであり、また原告主張の最高裁判所の判決のあつたことが右規定を類進適用すべき場合にあたるとする理論的根拠も発見することができないから、原告の主張はそれ自体理由がなく採用に値しない。

4、以上の次第で、原告の過誤納金還付の請求はすべて理由がないといわなければならない。

四、(不当利得返還の請求について。)

1、原告は、本件物品税賦課処分の一部は法律上当然に無効であるから、かかる処分に基き納付された物品税の一部は同が法律上の原因なくして不当に利得したのである旨主張するところ、仮に賦課処分の無効を理由に同処分に基き納付された国税の還付を求める請求が、国税徴収法所定の過誤納金還付請求の手続を離れて民法第七百三条以下の不当利得返還の請求として許容されるとしても、本件の場合本件物品税賦課処分が部分的にしろ法律上当然に無効でないことはもとより、取消された事実のないこともすでに判示したとおりであるから、原告の右主張はその前提において理由がなく、したがつて既納付物品税の一部が国の不当利得を構成するものとして、これが返還を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

2、次に原告は、本件通告処分の一部は法律上当然に無効であるから、かかる処分に応じて納付された罰金相当額の一部は国が法律上の原因なくして不当に利得したものである旨主張する。しかしながら、本件通告処分が部分的にして法律上当然に無効でないことはもとより、取消された事実のないこともすでに判示したとおりであるから、原告が本件通告処分に基き納付した罰金相当額の一部が法律上の原因を欠くものということはできず、これを国の不当利得として返還を求める原告の請求は、これまた理由がないといえる。

五、(国家賠償の請求について。)

物品税法第三条の解釈について前記最高裁判所第一小法廷の判決の立場を是認すれば、本件物品税賦課処分および本件通告処分はいずれも処分の前提において法律の解釈適用を誤つた違法のものといわなければならないところ、右両処分に関与した公務員に、違法な行政処分をなすにつき故意または過失があつたか否かについて考察するに、前記二・2の(一)ないし(三)で説示認定した諸事情からすれば、右両処分に違法の瑕疵があるからといつて、このことから直ちにその処分に関与した公務員に故意または過失(処分の違法を知つていたかまたはその違法を知り得べくして不注意で知らなかつた。)があつたものと推断することはできず、他にかかる故意または過失があつたことを認めるに足りる証拠もない。

そうだとすれば、国家賠償法に基き国に対し損害の賠償を求める原告の請求も、その余の点につき判断をなすまでもなく理由がないといわなければならない。

六、(結論)

以上の次第で、原告の各請求は、いずれも理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

高松地方裁判所民事部

裁判長裁判官 浮 田 茂 男

裁判官 原  政 俊

裁判官 小 瀬 保 郎

目録(一)ないし(三)(省略)

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