静岡地方裁判所 昭和56年(行ウ)22号 判決 1990年5月31日
原告
根木チヨ
右訴訟代理人弁護士
大橋昭夫
同
藤森克美
同
森下文雄
同
安田寿朗
同
山本高行
同
土田庄一
同
小野寺利孝
同
友光健七
同
畑江博司
同
黒岩容子
同
中野麻美
同
小口克己
同
安東正美
同
河野善一郎
同
西山巖
同
小川秀世
同
伊藤みさ子
同
冨山喜久雄
被告
三島労働基準監督署長若杉勇
右指定代理人
三代川俊一郎
同
醍醐保江
同
永田英男
同
加茂川清
同
石津公男
同
河原重治
同
池谷久
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五四年五月七日付で原告に対してした労働者災害補償保険法による遺族補償年金を支給しない旨の処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は訴外亡根木理喜蔵(以下「理喜蔵」という。)の妻であって、理喜蔵の死亡の当時その収入によって生計を維持していたものである。
2 理喜蔵は昭和二年から昭和三六年まで通算二六年余石工として石割などの作業に従事した。
3 理喜蔵は昭和五二年九月一九日医療法人長門記念会上尾病院(以下「上尾病院」という。)においてじん肺症と診断され、同年一一月一一日静岡労働基準局長によりじん肺法に基づきじん肺管理区分四の認定を受けた。
4 理喜蔵は昭和五三年七月六日急性腹症により上尾病院において受診し、同日医療法人慈恵会西田病院(以下「西田病院」という。)に転医したが、上部消化管出血によるショック状態にあり、翌七日心不全により死亡した。
5 原告は、理喜蔵の死亡は業務上の事由によるものであるとして、労働者災害補償保険法に基づき遺族補償年金の請求を行ったが、被告は昭和五四年五月七日不支給処分をした。原告は労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、同年八月二五日棄却され、労働保険審査会に対してした再審査請求も昭和五六年八月二四日棄却された。
6 被告がした不支給処分は業務上外の認定を誤ったもので違法であるから、その取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2は知らない。
3 同3、4は認める。
4 同5は認める。
三 被告の主張
理喜蔵の上部消化管出血、ショックの原因は急性膵炎である。
理喜蔵のじん肺症は極めて軽度であり、肺気腫、肺機能障害の程度も同様であって、これにより上部消化管出血が惹起された可能性はない。
なお、外科的療法に至らなかったのは、理喜蔵の全身状態が極めて悪く、特に血圧の降下が著しいショック症状を示していたことによるものであり、その直接の原因は急性膵炎であって、じん肺による肺機能の低下は関与していない。
以上のとおり、理喜蔵の死亡とじん肺との間に因果関係はなく、理喜蔵の死亡は業務外のものであるから、不支給処分は適法である。
四 被告の主張に対する認否等
被告の主張はすべて争う。
急性膵炎は重症ではなく、消化管出血を惹起するものではない。
上部消化管出血、ショックはじん肺症による肺機能障害に起因して発生したものである。
第三証拠(略)
理由
一 原告は理喜蔵の妻であって、理喜蔵の死亡の当時その収入によって生計を維持していたものであること、理喜蔵は昭和二年から昭和三六年まで通算二六年余石工として石割などの作業に従事したこと、理喜蔵は昭和五二年九月一九日上尾病院においてじん肺症と診断され、同年一一月一一日静岡労働基準局長によりじん肺法に基づきじん肺管理区分四の認定を受けたこと、理喜蔵は昭和五三年七月六日急性腹症により上尾病院において受診し、同日西田病院に転医したが、上部消化管出血によるショック状態にあり、翌七日心不全により死亡したこと、原告は、理喜蔵の死亡は業務上の事由によるものであるとして、労働者災害補償保険法に基づき遺族補償年金の請求を行ったが、被告は昭和五四年五月七日不支給処分をし、審査請求、再審査請求も棄却されたことは、当事者間に争いがない。
(証拠略)によれば、理喜蔵は、明治三四年三月三〇日生であって、昭和二年三月から昭和三六年九月まで通算二六年一月静岡県など全国七か所の粉じん作業現場において石工として石割作業に従事し、昭和三六年粉じん作業を離れ、帰農したことが認められる。
(証拠略)によれば、理喜蔵は昭和四三年から昭和四七年にかけて保健所で肺結核の指導を受け、同年一二月治癒の指導区分になり、活動性がなくなったことが認められる。
二 (証拠略)によれば、次のとおり認められる。
理喜蔵は昭和五二年九月一九日上尾病院において長門宏医師のエックス線写真による検査を受け、同医師は、粒状影の分布及び密度粗、粒状影の大きさ小、心陰影の異常、透亮像、心縦隔の変化、肺気腫様変化、肺門リンパ線の変化、胸膜の肥厚及び変化、結核陰影を認め、粒状影1型と診断した。
理喜蔵は同月二一日長門医師の肺機能検査を受け、同医師は、換気機能の型につき、一秒量一六八〇CC、二段肺活量一八二〇CC、一段呼出肺活量一七一〇CC、肺活量予測値三一五〇CC(一秒率九八・二%、二段肺活量比五四・三%、残気率六一・八%)、拘束性と測定し、換気指数につき、安静時換気量一〇・五l/分、運動時換気量三〇・三l/分、最大換気量六四・九l/分(換気予備率八三・八%、運動指数四六・七%、換気指数一九)と測定し、著しい肺機能障害ありと判定した。
その結果、理喜蔵は同年一一月一一日静岡労働基準局長によりエックス線写真の像が第1型で活動性の肺結核があると認められてじん肺管理区分四、療養の必要があると決定された。
理喜蔵は昭和五二年九月から同五三年七月まで毎月数回上尾病院に通院して気管支拡張剤、吐痰剤、抗結核剤等の投与を受け、自覚症状は安定してきていた。
理喜蔵は昭和五三年七月六日午前九時頃激しい腹痛を生じ、上尾病院において、長門医師から急性腹症と診断され、血液の検査等を受け(血清アミラーゼが五四〇に上昇)、外科の西田病院に転医させられた。
三 (証拠略)によれば、次のとおり認められる。
理喜蔵は同日午後四時一〇分西田病院に入院し、嘉山喜八郎医師の初診では、心窩部、右季肋下部に圧痛があり、血圧は九〇ないし六〇に低下し、脈拍は一〇〇に上昇し、亜ショック状態であった。理喜蔵は腹痛とともに悪心、嘔吐の症状を呈しており、嘉山医師は生化学検査を行い、血清アミラーゼが三〇〇(正常値七〇ないし二一六(ソモジー単位。以下同じ。))、尿中アミラーゼが八六〇(正常値一〇八ないし八一〇)に上昇していたことから、急性膵炎を疑い、トラジロール等を投与するとともに、ショック状態を改善するため輸液、輸血、酸素吸入をしたが、理喜蔵は翌七日午前八時頃二度吐血し、同日午後一〇時一〇分ショック状態のまま心不全により死亡した。
四 (証拠略)によれば、次のとおり認められる。
理喜蔵は昭和五二、五三年上尾病院、西田病院において胸部エックス線写真を撮影し、(証拠略)が現存している。
理喜蔵の右胸部エックス線写真につき、杉谷章医師(静岡労災病院副院長)は、粒状影の分布及び密度粗、粒状影の大きさ小、心陰影の異常なし、透亮像不明、肺気腫様変化軽度、肌膜の癒着及び肥厚、結核陰影を認め、粒状影1型と診断し、志田寿夫医師(珪肺労災病院放射線科部長)は、粒状影の分布及び密度粗、粒状影の大きさ小、透亮像、心縦隔の変化、ブラ、肺気腫様変化、肺門リンパ線の変化、胸膜の肥厚及び変化を認め、粒状影1型と診断した。
以上認定のとおり、理喜蔵の胸部エックス線写真による診断結果は、長門、杉谷、志田各医師とも一致しており、粒状影1型である。(証拠略)中昭和五二年一〇月二五日撮影分に係る記載は採用し難い。理喜蔵は粒状影1型であったということができる。
(証拠略)によれば、肺活量、換気量の測定は再現性に乏しく、換気指数は肺機能検査として適切でないとされていることが認められる。前記胸部エックス線写真による診断の結果に照らし、長門医師による理喜蔵の肺機能検査の結果は採用し難い。理喜蔵は粒状影1型であり、肺機能障害は軽度であったということができる。(証拠略)によれば、慢性肺疾患特に肺気腫症に消化性潰瘍、消化管出血の合併頻度が高いという報告があり、じん肺は慢性肺疾患であり、肺気腫を伴うことが認められるが、理喜蔵の肺機能障害は軽度であったのであるから、消化管出血がこれに基因するものとは認め難い。
なお、(証拠略)によれば、外科的療法に至らなかったのは、理喜蔵が消化管出血によるショック症状を示していたことによるものであることが認められ、これが肺機能障害によると認めるに足りる証拠はない。
五 理喜蔵は、死亡前、心窩部、右季肋下部に圧痛があり、腹痛とともに悪心、嘔吐の症状を呈し、血清アミラーゼ、尿中アミラーゼが上昇していた。
(証拠略)によれば、急性膵炎では、心窩部、左右季肋部、背部に、更には腹水出現に伴って腹部全般に激しい腹痛を生じ、嘔吐、悪心が頑固にみられ、発症後数時間で血清アミラーゼ、尿中アミラーゼが著明に上昇し、発症後早期からショックに陥り急激な経過をとって死亡するものがあり、昭和六三年八月の厚生省特定疾患難治性膵疾患調査研究班の重症急性膵炎全国調査報告は、1上腹部に圧痛あるいは腹膜刺激徴候を伴う急性腹痛発作があること、2血中、尿中あるいは腹水中に膵酵素の上昇があること、3画像、手術または剖検で膵に異常があることのうち1を含む二項目以上を満たし、他の急性腹症を除外したものを急性膵炎の基準としており、重症例はショック徴候、消化管出血を伴うことが認められる。
右のとおり、急性膵炎は心窩部、左右季肋部に激しい腹痛を生じ、アミラーゼが上昇し、重症例では発症後早期からショック状態に陥り、消化管出血とも密接な関係を有するのであるから、理喜蔵は重症の急性膵炎により死亡したものとみることができる。(証拠略)中の一部記載は、証人嘉山の証言に照らし、この認定を妨げるものではない。
六 理喜蔵の死亡は業務上の事由によるものでないから、被告のした不支給処分に違法はないといわなければならない。
不支給処分の取消を求める原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大前和俊 裁判官 河本誠之 裁判官 足立哲)