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静岡地方裁判所 昭和40年(手ワ)37号 判決 1966年5月12日

原告 杉山富男

被告 渡辺庄三郎

主文

被告は原告に対し金一〇万円及びこれにつき昭和四〇年四月三〇日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

この判決は、主文第一項に依り、原告において金五万円を担保に供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金三〇万円及び内金二〇万円につき昭和四〇年二月二日以降、内金一〇万円につき同年四月三〇日以降各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として

原告は昭和三九年三月中頃訴外松下明との間に元金一〇万円を限度とする継続的手形取引契約を締結し、被告はその連帯保証人となったが、更に、同年八月中頃右松下より取引額の増額申入れがあったので、改めて、同人との間に極度額を三〇万円とする手形取引契約を締結し、被告はこれについても連帯保証した。

しかして、松下及び被告は左記約束手形二通を共同で振出した。

(一)  額面金三〇万円、支払期日昭和四〇年一月三一日、支払地・振出地共に静岡県清水市、支払場所株式会社清水銀行美濃輪支店、振出日昭和三九年一〇月三一日、宛名人杉山安太郎(以下本件(一)手形という)

(二)  額面金一〇万円、支払期日昭和四〇年三月五日、支払地・振出地・支払場所共右(一)に同じ、振出日昭和三九年一一月三〇日、宛名人原告(以下本件(二)手形という)

原告は、右(一)手形を訴外杉山安太郎より裏書譲渡を受け、これが所持人となったので、満期日の翌日支払場所において呈示してその支払を求めたが拒絶され、被告は前記(二)の手形も支払わない。

よって、被告に対し本件(一)、(二)手形金合計金三〇万円及び内金二〇万円につき呈示の日の翌日である昭和四〇年二月二日以降、内金一〇万円につき本訴状に代る準備書面送達の翌日である同年四月三〇日以降各完済に至るまで年六分の割合による利息の支払を求める。

と述べ

予備的主張として

仮りに、被告が前記各手形取引契約に連帯保証した事実もなく、且つ、本件各手形共同振出しの事実がないとしても、被告は松下と清水銀行間の取引につき保証をし、自己の実印を同人に託して預金の払戻し、手形の書替等一切の事務を委任していた事実があるから、松下がその権限を超えて原告との間に被告の代理人として前記各手形取引契約に連帯保証する旨の契約を結んだとしても、原告は松下にその権限ありと信ずべき正当の事由があるので、被告は民法一一〇条の責任を免れないと述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として

原告の請求原因事実中、被告が原告主張の各手形取引契約に連帯保証した点、訴外松下と共同で本件各手形を振出した点はいずれも否認する。

右は、いずれも、松下が被告の印鑑を盗用し、偽造したものである。なお、同人に対し、被告は実印を託して預金を払戻し、手形の書替等一切を委任した事実はない。

その余の請求原因事実は不知と述べた

(証拠関係)<省略>

理由

一、成立に争いのない甲第五、第六号証に、証人杉山貫一、同村上輝美の各証言、並びに原告、被告各本人尋問の結果を総合すると、被告は昭和三九年三月頃訴外松下明の懇請を受けて同人と原告との間の元本一〇万円を極度額とする手形取引契約の連帯保証をなし、その証として甲第二号証の手形取引契約証中連帯保証人欄に自署、押印したこと、右契約に基づき松下は額面金一〇万円とする本件(二)手形を振出し、原告方においてこれを割引し、金融を受けたこと、右以下に、被告方においてこれを割引し、金融を受けたこと、右以下に、被告は松下と原告間の取引につき、連帯保証をした事実なく、同年八月頃なされた右両名間の極度額三〇万円とする手形取引契約証(甲第一号証)中連帯保証人欄の被告名義の署名、押印、並びに、本件各手形面上になされた被告名義の記名、押印は、いずれも松下が被告に無断で冒署、冒捺したものであり、同人が原告に提供した被告の印鑑証明書二通も、松下が勝手に被告の印鑑を盗用して交付を受けたものであることが各認められる。

<省略>。

そうすると、被告松下が昭和三九年三月原告との間になした前記契約に基く手形取引についてはその約旨に従い元本金一〇万円を限度として連帯保証人たる責任を負うべきところ、同契約に従って松下が振出し、原告方で割引いた本件(二)手形については、たとえ、前記認定の如く同手形上になされた被告名義の記名、押印(これは保証の趣旨と解される)が松下の冒署、冒捺にかかるものであっても、右契約による被告の責任には何らの消長を来さないものといわなければならない。

二、次に、本件(一)手形に関する原告の表見代理の主張について検討する。右手形面上になされた被告名義の記名、押印(保証の趣旨と解される)、並びにその前提として昭和三九年八月松下と原告との間になされた極度額三〇万円とする手形取引契約証中の連帯保証人欄の被告名義の署名、押印がいずれも被告の意思に基かず松下が勝手に冒署、冒捺したものであること前記認定のとおりであるが、他の証拠を総合すると、原告は右各取引の際、被告が直接同契約証並びに手形上に連帯保証をなす意思のもとに自ら署名、押印したものと信じたのであって、松下がかかる保証契約の代理権を被告より授与され、且つその代理権行使をしたものと信じて右取引をなしたものでないことが窺われる。

そうだとすれば、原告の主張するような民法第一一〇条の表見代理の適用をみないこと明らかである。

三、しかしながら、仮りに、原吉において右手形取引契約並びに本件(一)手形割引の際、松下が被告の代理人として、連帯保証をなすにつき適法な代理権を有するものと信じていたとしても、民法第一一〇条の表見代理が肯認せられるためには、代理人がその権限外の行為をなした場合に、第三者において代理人にその権限ありと信じたこと、且つかく信ずるにつき正当の事由が存することを要し、右にいわめる正当の事由とは、第三者が当該法律行為をなした時点において、諸般の事情から見て、普通人として代理権の存在を信ずることが客観的に相当であると認められる場合をいうものと解すべきところ、成立に争いのない乙第三号証に、証人村上の証言並びに被告本人尋問の結果を総合すると、松下は当時、従業員二〇名位を雇用し、砂利など建材類の運搬、販売業を営み被告経営のアパート六室を借りて従業員と共に居住していたが、そのうち、被告とかなり眤懇の間柄となり、同人の家にも気安く出入りしていたこと、被告は松下に乞われて昭和三八年頃営業資金として一回に金二、三万円づつを融資し、その額合計金五〇万円に達した他、金三〇万円を同人に別途融資し、いずれも未払のままであること、同年二月頃松下の清水銀行美濃輪支店との取引につき保証をなし、また、融資のため、同人に被告名義の預金通帳及び実印を預けて預金の払戻しを委任したことが三、四回もあり、昭和三九年七月頃も同趣旨で被告の実印(甲第五号証の印影のもの)を預けたところ、同人がこれを紛失したため、松下が別の印判(甲第六号証の印影のもの)を作成、弁償したことが認められるけれども、右はいずれも、原告を相手方とする取引に関するものではなく、清水銀行その他との取引に関してなされたものであって、原告が右事情を知り、その認識のもとに松下と手形取引契約(昭和三九年八月成立)をなし、あるいはこれに基づく本件(一)手形の割引をなしたことを肯認せしめるに足る証拠はない。

却って他の証拠によると原告は、松下との手形取引につき被告が保証するかどうかかなり強い不安ないしは疑念を抱き、昭和三九年三月の際には被告方玄関脇まで松下に同行し、同所で同人が被告方に立入るのを確認しながら待っていたこと、次の契約(同年八月)のときも、松下方まで同行して確めるなどしている(但し、いずれの場合にも、原告は被告と面接はしていない)ことが認められ、また、前記設定事実によれば、先になされた手形取引契約(昭和三九年三月)においては、取引額は元本極度額一〇万円とする旨が同契約証にも明記されていて、最高取引額をその額に限定しようとする当事者の意思も明白であるから、同契約において被告が連帯保証人となることを承認したから、それ以外の、しかも右極度額を超過してこれを三〇万円とする手形取引契約(昭和三九年八月成立)について連帯保証契約を結ぶ代理権を同人が松下に授権したものと信ずるのは、いかにも早計であり他に原告がかく信じたことにつき正当な事由の存在を首肯せしめるに足る証拠はない。

してみると、原告の右表見代理の主張は理由のないこと明らかである。

四、以上の次第で、被告は本件(二)手形については連帯保証人としての責任を免れないが、本件(一)手形についてはこれが責任を負うべき筋合なく、よって、原告の本訴請求のうち、本件(二)手形の手形金一〇万円及びこれにつき訴状に代る準備書面送達の翌日である昭和四〇年四月三〇日以降完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却する。

<以下省略>。

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