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静岡地方裁判所 昭和33年(ヨ)108号 決定 1958年6月27日

申請人 岩城五十二 外五名

被申請人 港タクシー株式会社

主文

被申請人が昭和三三年四月一七日申請人等に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

一、申請の趣旨

主文と同旨の仮処分を求める。

二、当事者間に争のない事実

被申請会社はタクシー営業を目的とする株式会社で、その従業員は総数三四名である。申請人等は別紙目録記載の日に夫々被申請会社に入社し、同目録記載のとおりの扶養家族を有するものであるが、被申請会社は昭和三三年四月一七日申請人等に対して懲戒解雇の意思表示をなした。そしてその理由は、申請人等が各一回昭和三三年四月七日から四月一六日までの間に清水市三保から清水訳までメーターを倒さず乗客を乗車せしめ、料金二〇〇円を各横領したことであつて、この事実は被申請会社の就業規則(以下単に規則と略称する)第六一条三号に該当し、情状が特に重い場合にあたるというのであるが、この事実は被申請会社の代表取締役中田真一郎の二男中田完治郎の命をうけたその知合の松永全裕の所謂囮による監査によつて判明したものであるというのである。

三、被申請会社の主張する解雇事由に対する当裁判所の判断

当事者双方から提出された疎明資料によれば、被申請会社は申請人等が深夜勤務をするときには翌早朝新聞を運搬して清水市三保方面に行くので、申請人等がその運搬を終えて帰路につくのを呼びとめてこれに乗車し、料金について不当な行為がないかどうかを監査しようと考え、前記法政大学学生松永全裕を態々中田完治郎において当日朝四時頃目的地点まで運搬して申請人等の帰路の車を待伏せ、旅行者を装わして乗車せしめたものであることを一応認めることができる。以上の認定に反する疎明は存しない。

ところで、疎明資料によれば、規則第五九条には、「懲戒は譴責、減給(一時)、出勤停止、諭旨退職又は懲戒解雇によつて行う」と規定され、第六一条には、「左の各号の一に該当するときは、譴責、減給又は出勤停止に処する。但し、情状が特に重いときは諭旨退職又は懲戒解雇に処せられることがある」とし、その三号に、「業務上の怠慢又は監督不行届により災害、横領その他重大な事故を発生したとき」と規定されていることが認められるので、申請人等の前記行為が、この三号に該当することは明らかで、それが企業運営上の秩序を乱るものであるから、そのため懲戒処分をうけることは已むを得ないことといわなければならない。しかしながら、かかる行為のすべてについて解雇の許されないことは同規則によつても明らかであり、当該行為の情状の如何によつてその程度に応じた処置のとらるべきことが懲戒権者に対しても要求されているのである。何となれば、同規則は労働者に対してその遵守を要求されるとともに、使用者に対してもその遵守を要求される一種の契約関係と見倣し得る性質のものであるからである。従つて、懲戒解雇はその事由が情状において特に悪質重大で客観的に雇傭関係を継続することが困難と認められるときに限るものというべきである。このことは、同規則第五九条に、「但し特に情状酌量の余地があるか、又は改悛の情が明らかに認められるときは懲戒を免じ、訓戒に止めることがある」と規定されていることからも伺うことができる。以上説示した解雇基準に違反する解雇は無効と解すべきである。

そこでこの解雇基準に前認定の事実をあてはめて考えるに、<1>申請人等の懲戒該当行為が時間的に早朝で<2>しかもその場所及び機会が定期的な新聞運般の帰路に行われたこと、更にこれにつけ加えて、<3>各一回であつて、これまでこの種行為について被申請会社から注意をうけたことのないこと、<4>監査方法が学生の身分を有するものを囮として使用してなされたもので、必ずしも公正な方法でないこと、<5>従来かかる行為について必ずしも懲戒解雇処分にしていないこと、<6>申請人等の大部分が妻子をかかえているのに、一日平均十数時間勤務に対し給料が月額最高一六、〇〇〇円にとどまつていること(<3><5><6>は申請人等提出の疎明資料によつて認めうる)を綜合考覈すれば、今回に限つて申請人等の懲戒該当行為は譴責程度の処分に止めるをもつて相当とし、解雇事由には該らないものというべきである。従つて、本件解雇の意思表示は無効といわなければならない。

しかるに申請人等は右解雇の意思表示により従業員たる地位を否定されることになると生計を失い、本案判決の確定をまつていては回復することのできない著るしい損害を蒙むることは申請人等提出の疎明資料によつて伺われる。

そうすると、右解雇が不当労働行為であるという申請人等の主張については判断するまでもなく、申請人等の本件申請は理由があるから、これを正当として認容し、申請費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 大島斐雄 鈴木重信 浜秀和)

別紙目録

申請人   入社年月日       扶養家族

岩城五十二 昭和三二年 三月一四日 妻、子供一人

中田幸夫  〃 二八年一二月二三日 妻、子供三人

永井甫   〃 三二年 六月二九日 父、母、妻、子供一人

渡辺一郎  昭和三〇年 三月一七日 なし

杉浦忠   〃 三一年 一月一三日 母、妻、子供一人、妹四人

井上喜平  〃 三一年 五月一〇日 妻、子供二人

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