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青森地方裁判所 昭和57年(ワ)331号 判決 1986年2月27日

原告

石井章助

石井たけ

秋元二世

大川つね

右原告ら訴訟代理人弁護士

鷲野忠雄

渡辺義弘

被告

鰐田由太郎

鰐田義光

鰐田弘子

右被告ら訴訟代理人弁護士

祝部啓一

主文

一  被告鰐田義光、被告鰐田弘子は連帯して、原告石井章助、原告石井たけおよび原告秋元二世に対し各金一〇〇〇万円、原告大川つねに対し金二六〇万一〇〇〇円、並びに右各金額に対する昭和五六年八月一六日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告らの被告鰐田由太郎に対する請求および原告大川つねの被告鰐田義光、被告鰐田弘子に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告鰐田由太郎との間に生じた分は原告らの負担、原告石井章助、原告石井たけおよび原告秋元二世と被告鰐田義光、被告鰐田弘子との間に生じた分は同被告らの負担、原告大川つねと被告鰐田義光、被告鰐田弘子との間に生じた分はこれを四分してその三を同原告、その余を同被告らの各負担とする。

四  この判決の一項は仮に執行することができる。ただし、被告鰐田義光、被告鰐田弘子のうち、原告石井章助、原告石井たけおよび原告秋元二世に対しては各三〇〇万円、原告大川つねに対しては一〇〇万円の担保を供した者は、その原告からの右執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の申立

一  原告ら

被告らは連帯して、原告ら各自に対し、金一〇〇〇万円およびこれに対する昭和五六年八月一六日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行宣言

二  被告ら

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  請求原因

一  当事者

後記本件火災事故発生当時、原告石井章助(以下「原告章助」という。)はその前記住所地にて宝石、メガネ及び時計店を、原告石井たけ(以下「原告たけ」という。)はその前記住所地にて旅館を、原告秋元二世はその前記住所地にて洋品店を、原告大川つねはその前記住所地にて菓子店を、各営業していた。

後記本件火災事故発生以前から現在に至るまで、被告鰐田由太郎(以下「被告由太郎」という)はその住所地に、鉄骨コンクリート造三階ビルディング(用途・その一階は店舗、その二階は倉庫、その三階は居宅)を自らが代表者をしている後記有限会社において所有し、被告鰐田義光(以下「被告義光」という)、同鰐田弘子(以下「被告弘子」という)を含め五乃至六名の被用者を右会社従業員として使用して、同ビルにて「有限会社わによし商店」(日用品雑貨卸売、小売業)を経営し、被告義光、同弘子及び後記丙男<仮名>とともに同ビルディング内に居住している(被告義光は被告由太郎の長男であり、被告弘子は被告義光の妻である)。

二  火災の発生

被告由太郎の孫であり、被告義光、同弘子両名の長男である鰐田丙男(昭和五一年七月二九日生、以下「丙男」という)は、昭和五六年八月一五日午前一二時ごろ、かねてからよく遊びに行つていた原告たけ方(後記原告たけ所有建物のこと。同建物の西側部分が原告たけの夫である原告章助の営業する前記宝石、メガネ及び時計店、店舗となつている。)の一二畳居間に、原告たけ同章助の全く知らぬ間に上がり込み、同居間に存在したマルマン卓上ガスライターを操作して火遊びをなし右火遊びにより同居間内のカーテンに右ライターの火を焼え移らせたまま原告章助の営業する前記宝石メガネ及び時計店店舗内を逃げるように駆け抜けて行つた(右店舗内で原告章助は右駆け抜けた丙男を発見して声をかけたが丙男は右火災発生の事実を何も告げなかつた)。その直後丙男から事情を聴いた被告弘子は丙男を連れ右店舗を通らずに前記原告たけ方旅館入口から同たけ方に入り右居間の内部の火災の状況を目撃しながら原告章助および同たけ方に居る人々に対して右火災発生の事実を告げることもなく、「火事だ」などとの大声を発することもなく丙男とともに前記被告由太郎方にひき上げてしまつた(火事は最初の五分、の諺どおり一刻も早いその告知が必要であつた)。

右火災発生後約五分ぐらいを経過したころ右原告たけ方から約五〇メートルを離れた地点でアーケード工事のための測量をなしていた測量員が同たけ方の異常を知り、原告章助のいる前記宝石、メガネ及び時計店店舗までこれを告げに行き、原告章助に右異常を告げた。これにより原告章助は右火災発生を知り、これを消火しようと欲したが、もはや間にあわず、右火災により左記各建物が全焼することにより後記損害が発生した(右火災事故を以下「本件火災事故」という)。

1  原告たけ所有

(登記簿上の表示)

五所川原市字大町一番地五、同所東町七番地九、七番地七

家屋番号一番五

木造亜鉛メッキ鋼板葺三階建店舗

床面積 一階二九八・七二m2

二階二九一・六〇m2

三階一四七・四二m2

(現況)

木造モルタル一部三階店舗付旅館

延床面積 六二九・三m2

2  原告秋元二世所有

(登記簿上の表示)

五所川原市字大町一番地

家屋番号二番二

木造木羽葺平家建店舗兼居宅

床面積 一〇五・七八m2

(現況)

木造トタン葺一部二階建店舗付住宅

延床面積 四〇七・七五四m2

3  原告大川つね所有

(登記簿上の表示)

五所川原市字大町一番地

家屋番号一番四

木造木羽葺二階建居宅

床面積 一階三九・六六m2

二階三三・〇五m2

(現況)

木造モルタル二階建店舗付住宅

延床面積 四二九m2

三  責任原因

(一)  本件火災事故を発生せしめた丙男の前記行為当時丙男は、満六才の幼児であり、責任無能力者であつた。

(二)  被告義光、同弘子はいずれも丙男の親権者として本件火災事故発生当時、丙男の監督に法定の義務ある者である。また、本件火災事故発生前から右発生に至るまで被告義光、同弘子の両名は被告由太郎の前記事業に使用される被用者としてその従事する労務(商品の配達、販売)に忙殺されているため、日常的に被告由太郎が丙男の監督、監護を右親権者両名から委ねられ、又自ら事実上の監督者として丙男を監督していたものである。被告由太郎は本件火災事故当時丙男の生活する一家の長として社会的に丙男の監督義務者と同視されうる事実上の監督義務者でもあつた(法定監督義務者から監督を委ねられた者に民法第七一四条第二項の責任が生ずることはもちろんであり、又、社会的に監督義務者と同視されうる事実上の監督義務者に対しても民法第七一四条第二項所定の責任が生ずるとするのが通説である。)。

(三)  被告らは本件火災事故当時丙男と日常生活を共にするその監督者として右監督下にある子供の火遊びについては右子供の性格や行動についてわずかな注意を払うことによりその可能性や兆候を察知し、これを未然にやめさせることができると考えられることはもちろん、人のいない他人の居室に無断で満六才の右子供を一人で入らせるにはそれ相当の対応が必要であり原告章助、同たけなど適当な者に監督を依頼するなどわずかな注意を払えば、丙男が行なつた前記火遊びを防ぎえたと考えられ、さらに被告弘子は前記のとおり丙男の監督義務者として、本件火災発生直後その状況を目撃しながら原告章助および同たけ方に居た人々に対し火災発生の事実を告げれば後記損害の発生ないし拡大を防止できたものと考えられるところ、被告らはこれらの注意を怠つた過失により本件火災事故の原因たる丙男の前記行為を惹起し、本件火災事故を発生ならびに拡大せしむるに至らしめたものであるから民法第七一四条に基づき、被告らは各自、原告ら各人に対し、当該原告ら各人が本件火災事故によつてこうむつた後記各損害を賠償すべき責任がある。

(四)  被告らの前記(三)に記載の過失は被告らがきわめてわずかな注意を払わなかつた重過失に該当するものである(しかも本件火災事故発生の直前たる昭和五六年春には原、被告らの居住する五所川原駅前地区で連続して二件の火災があり二名の焼死者、複数の家屋の全焼が生じていたのであるからなおさら被告らの注意義務は強かつたというべきである)。

従つて、仮に一歩譲つて後記(五)に記載の失火責任法適用排除説の立場に立たず、本件に民法第七一四条と併わせて失火責任法が適用されるとの解釈に立つたとしても、被告らの右過失は重過失であるから、民法第七一四条および失火責任法に基づき被告らは原告ら各人に対し、当該原告ら各人が本件火災事故によつてこうむつた後記損害を賠償すべき責任がある。

(五)  仮に一歩譲つて前記(三)に記載の被告らの過失が重過失に至らない程度の過失であると解されたとしても、前記民法第七一四条の監督義務懈怠(監督義務懈怠自体の過失)には失火責任法の適用は排除されると解する(民法第七一五条の使用者の「選任監督上の過失」は失火責任法との関係で軽減されないとする最高裁判例〔最判昭和四二年六月三〇日民集二一・六・一五二六〕および民法第七一七条の工作物責任については失火責任法の適用を排除する判例〔東京高判昭和三一年二月二八日高民九・三・一三〇〕と同様に解すべきである)のが同条の正しい解釈(失火責任法適用排除説)であるから、民法第七一四条に基づき被告らは原告ら各人に対し、当該原告ら各人が本件火災事故によつてこうむつた後記各損害を賠償すべき責任がある。

四  損 害

原告らは本件火災事故に基づき左の各損害をこうむつた。

(一)  原告章助のこうむつた損害

1 前記宝石、メガネ及び時計店内における原告章助所有の営業用什器備品の焼失損 一一四二万四〇〇〇円

2 前記店内における原告章助所有の商品の焼失損 三三六九万九〇〇〇円

3 慰藉料 一〇〇〇万円

本件火災事故によつてこうむつた原告の精神的苦痛に対する慰藉料は一〇〇〇万円をもつて相当とする。

(二)  原告たけのこうむつた損害

1 前記原告たけ所有建物内における原告たけ所有の家財道具、衣類の焼失損 三七五二万八〇〇〇円

2 前記原告たけ所有建物内における原告たけ所有の営業用(旅館業営業用)什器備品の焼失損 一五九四万八〇〇〇円

3 前記原告たけ所有建物の焼跡片ずけ費用 一二六万円

4 慰藉料 一〇〇〇万円

原告たけが本件火災事故によつてその前記所有建物および前記各動産を焼失し、その神経および肉体をすりへらした一切の精神的苦痛に対する慰藉料は一〇〇〇万円をもつて相当とする。

(三)  原告秋元二世がこうむつた損害

1 前記原告秋元二世所有建物内における右秋元所有の家財道具衣類焼失損 二七六五万六一〇〇円

2 前記秋元二世所有建物内における右秋元所有の営業用(洋品店営業用)什器、備品の焼失損 五三七万七〇〇〇円

3 前記秋元二世所有建物内における右秋元所有の商品焼失損 一〇二八万一〇〇〇円

4 前記秋元二世所有建物内における右秋元所有の古文書蒐集品焼失損 一一二〇万円

5 前記秋元二世所有建物の焼跡片ずけ費用 一七〇万円

6 慰藉料 一〇〇〇万円

原告秋元二世が本件火災事故によつてその前記所有建物およびその前記所有動産を焼失しその神経および肉体をすりへらした一切の精神的苦痛に対する慰藉料は一〇〇〇万円をもつて相当とする。

(四)  原告大川つねがこうむつた損害

1 前記原告大川つね所有建物内における右大川つね所有の家財道具衣類の焼失損 二一九七万四五〇〇円

2 前記大川つね所有建物内における右大川所有の営業用(菓子店営業用)什器備品焼失損 四九七万六〇〇〇円

3 前記大川つね所有建物内における右大川所有の商品焼失損 七〇一万六五六〇円

4 前記大川所有建物の焼跡片ずけ費用 六〇万一〇〇〇円

5 慰藉料 一〇〇〇万円

原告大川つねが本件火災事故によつてその前記所有建物およびその前記所有動産も焼失しその神経および肉体をすりへらした精神的苦痛に対する慰藉料は一〇〇〇万円をもつて相当とする。

五  結 論

よつて本訴をもつて被告ら各自に対し、

原告章助は前項(一)記載の損害合計五五一二万三〇〇〇円の内金一〇〇〇万円、

原告たけは前項(二)記載の損害合計六四七三万六〇〇〇円の内金一〇〇〇万円、

原告秋元二世は前項(三)記載の損害合計六六二一万四一〇〇円の内金一〇〇〇万円、

原告大川つねは前項(四)記載の損害合計四四五六万八〇六〇円の内金一〇〇〇万円、

の各支払を求める。

また、原告らは右各内金に対する本件火災事故発生の翌日たる昭和五六年八月一六日から右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を被告ら各自に対し求める。

第三  答 弁

一  請求原因一は認める。同二のうち、丙男の身分関係と生年月日、原告たけ、同秋元二世各所有にかかる各建物が全焼したことは認めるが、その余は否認する。同三のうち、丙男が満六才で責任無能力者であること、被告義光と同弘子が丙男の親権者で法定の監督義務者であることは認めるが、その余は否認する。同四は不知。

二  仮に丙男の火遊びが本件火災事故の原因であるとしても、原告章助、同たけは丙男が以前から原告たけ方の居間でライターによる火遊びをしていたのを知つていたのであるから、同原告らにおいても丙男がライターの悪戯をしないよう保管場所を移したりまた被告らをして丙男に忠告せしめるなどの措置をとるべきであり、同原告らがこれを怠つたことも本件火災事故の一因をなしている。

次に、失火者が責任無能力の未成年者である場合にその法定監督義務者が失火の結果につき責任を負うのは故意又は重大な過失により監督義務を怠つた場合に限定されるべきであり(大阪高裁昭和五六・四・一五、判例時報一〇一八・八三)、被告義光、同弘子は、常日頃、丙男に対しマッチやライターを持たせないよう注意していたし、石井たけ方でライターを悪戯していることは全く知らなかつた。

このように、本件火災事故の原因が丙男のライターによる火遊びが原因であるとしても右被告らに故意又は重大な過失による監督義務違背がないから被告らに責任は無いし、仮に責任があるとしても右のように原告章助、同たけの側にも過失があるから損害賠償額につき斟酌されるべきである。なお、原告秋元二世、同大川つねの損害は延焼により生じたのであるから民法七一四条の適用なく、右被告らに賠償義務は無い。

第四  証拠<省略>

理由

第一本件火災の原因と被告らの責任

一次の事実は当事者間に争いがない。

昭和五六年八月一五日頃、肩書住居地において、原告章助が宝石、眼鏡、時計店を、原告たけが旅館を、原告秋元二世が洋品店を、原告大川つねが菓子店を営んでいた。

被告義光、被告弘子は丙男(昭和五一年七月二九日生)の両親であり、被告義光の父である被告由太郎が肩書住居地で経営する日用品雑貨卸売、小売の有限会社わによし商店のある三階建ビルディングの三階に同居していた。

二<証拠>を総合すると次の事実が認められ、<証拠>中これに反する部分は措信できない。

原告章助、同たけは夫婦であり、本件火災が発生した原告たけ所有の木造モルタル三階建の建物の一階の一部に原告章助経営にかかる宝石、眼鏡、時計販売の店舗部分があり、一階のその余の部分は右両原告夫婦の居間など居宅部分と調理場、風呂、便所、客室、車庫など旅館部分の一部があり、店舗部分と居宅兼旅館部分とは各別個独立の出入口を有するが、店舗部分の奥の方に居宅兼旅館部分の廊下に通じる出入口もある。この旅館は石井旅館の名称であり、その西隣に被告らが店舗兼居宅とする建物がある。

丙男は二才を過ぎ幼稚園に入園する前から一人で原告たけ方に遊びに来ることが多く、入園後は時折来るだけになつたが、原告たけ所有右建物内の居間に入つてそこに置いてある卓上用電子ライターを弄つて点火することがあり、原告章助が丙男を叱つたことがあるほか原告たけが被告義光にこれを告げて火遊びしないよう注意を喚起したこともあつた。

本件火災発生の直前である昭和五六年八月一五日午後零時頃、原告たけは病院に行つて不在であり原告章助は自己の店舗内に居た。そして、原告章助は丙男が居宅兼旅館から通じる店舗奥の入口を経由し店舗内を通つて道路の方に出て行くのを目撃した。その後間もなくして、原告章助は、道路でアーケード工事のための測量をしていた成田某から、屋根から煙が出ている、火事ではないか、と告げられて居宅兼旅館に入つたところ居間の中が燃えているのを知つた。居間よりも奥の方の部屋に体の弱つている義母がいるので原告章助は急いでその方に行つて火事であることを告げてから居間の前に戻つたが火勢が強くて一人で消火できない状況になつていた。

三<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

丙男は原告章助経営の店舗から外に出て走つて自宅即ち被告ら方住居のある建物に戻り被告弘子に対し泣き乍ら「煙、煙」と述べた。そこで被告弘子は丙男を連れて原告たけ方である石井旅館に赴き、旅館の玄関(前掲甲第五号証の四によれば、これは原告章助経営の前記店舗の東側に接して在ることが認められる)から入つて廊下に上つたが、居間から煙が出ているのを知り、丙男の手を引いて玄関から退出して外に出た。そして自宅に向つたところ道路上に被告由太郎がいたので、煙が出ている、火事みたいだ、と告げた。しかし叫び声でない小さい声だつたので店舗内の原告章助には聞えなかつた。被告弘子はそのまま自宅に戻つた。

<証拠>中右認定に反する部分は措信できず、<証拠>によれば、被告弘子と丙男が石井旅館の玄関から出て行くのを丸海老良子が目撃したときは右旅館の屋根から煙が湯気のように出ている程度で右目撃証人も明白に火事と気付いたわけでなく、その後に原告章助が外にいる者から火事と知らされて旅館兼居宅の方に入つて行つたことが認められるから、被告弘子は原告章助よりも前に火事と気付き乍らこれを原告章助に知らせないまま旅館を退出して自宅に戻つたものと認めることができる。

四<証拠>によれば、次の事実が認められる。

昭和五六年八月一五日午後零時頃に発生した本件火災は、原告章助経営の店舗を含めた原告たけ経営の石井旅館のほか西隣にある被告ら方のわによし商店、石井旅館の東隣にある原告大川つね方の弘前屋(菓子店)、その東隣にある原告秋元方の秋元洋品店および弘前屋の南隣にある居酒屋、軽食堂などを焼燬し(わによし商店は半焼)、午後二時三〇分頃に鎮火した。鎮火直後から、その火災原因につき、五所川原地区消防本部が調査をまた五所川原警察署が捜査を開始した。

五所川原警察署の捜査員は、出火場所たる前記旅館の所有者原告たけとその夫の原告章助から事情聴取して、出火直前に丙男が出入したことを聞き、丙男の母親である被告弘子に丙男と共に出頭を求め、事情聴取した。その際、被告弘子は丙男から、原告たけ所有の前記旅館内にある誰も居ない居間でライターを点火して悪戯していたらカーテンに引火したという事実内容を聞き出してこれを捜査員に伝えた。翌八月一六日に同警察署で出火場所の実況見分を行い、丙男が悪戯したというその卓上用電子ライターを発見した。

五所川原消防本部においては、原告章助からの事情聴取、現場調査および五所川原警察署に対する捜査状況の照会結果等を総合し、真夏の日中に火気のない個所から出火した本件火災につき、丙男が右旅館内の居間でライターを弄つて点火したところカーテンに引火したのがその原因であると判定した。

五前記各認定事実を総合すると、本件火災は、原告たけ所有石井旅館内一階にある原告章助、同たけ居住部分の当時誰もいない部屋(居室)に丙男が入り、置いてあつた卓上用電子ライターに点火して悪戯しているうちにカーテンに引火したという丙男の火遊びが原因で発生したものと推認することができる。

火遊びにより火災を発生せしめた場合に、火遊びをするに当つての防火上必要な注意義務の内容如何を論ずるまでもなくその火遊び自体をもつて重大な過失というべきである。

子供の火遊びに対する注意は親としての監護のうちで基本的なものである。前記認定のように被告義光は原告たけから丙男が同原告方でライターを悪戯することを知らされて注意を求められていたし、<証拠>によれば本件火災以前にも同市内で子供の火遊びによる火災の発生したことが認められ、被告義光、同弘子も知つていたと推認されるから、右被告らは丙男に対し、火遊びの危険なことを教え、原告たけ方でライターを悪戯することのないよう訓戒する義務があるのにこれをしないで丙男が右原告方に遊びに行けばライターを悪戯する危険があるのを知り乍らこれを放任していたものと認められる。被告ら各本人尋問の結果中には被告らがそれぞれ丙男に対しライターやマッチを持たないよう言いきかせて火遊びをしないよう注意していた旨の供述部分があるが、そうであれば丙男が一人で原告たけ方の居間に入つてライターを点火して弄ぶことが起らなかつた筈なのにこれが起つたのであるから、右供述部分は措信できない。

被告義光、同弘子の右監督義務違背は、丙男の監督についての重大な過失であるということができるから、右被告両名は丙男の火遊びにより発生した原告らの損害についてこれを賠償する義務がある。

被告由太郎が被告義光の父親であつて被告義光、同弘子および丙男とともに同居していることは当事者間に争いがなく、被告由太郎本人尋問の結果によれば、被告義光が被告由太郎経営のわによし商店で働くほか被告弘子も同店で働いていることが認められるが、丙男の身の廻りの世話をして監護に当つているのは被告弘子であつて、被告義光、同弘子が多忙のため被告由太郎が右被告両名に代つて丙男を事実上監護しているとは認められないから同被告が民法七一四条二項に基づいて損害賠償義務を負う者ということはできない。原告章助本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。

六前記認定のように、原告章助、同たけは夫婦で同居しており、かねてより丙男が居間でライターを悪戯するのを知つて丙男を叱りまた被告義光に注意を喚起していたのであるから、右原告ら両名自身においても、丙男が一人遊びに来ることとその際にライターを悪戯すること、これにより火災が発生する危険性につき予見が可能であり、これを回避するためには丙男を叱つたり被告義光に忠告するだけでは足りず、ライターを置く場所を替えるなどの措置をとつて火災発生を防止する必要があり、これを怠つたため本件火災を発生せしめて原告秋元二世、同大川つね方も延焼せしめたものということができる。原告章助、同たけ両名にかかる右注意義務の一部欠如は重過失ということはできないにしても、被告義光、同弘子の右原告ら両名に対する賠償額を算出するに当つて斟酌すべきである。

第二原告らの損害額および賠償請求額

一原告章助

<証拠>によれば、本件火災により焼失した同原告の営業用什器類および商品につき、同原告が作成して保険会社に提出した書面(甲第一三号証の一ないし四)には、営業用什器類は自動玉摺機ほか一七種類でその価額は合計一一四二万四〇〇〇円、商品は腕時計、指輪、レンズなど一二種類でその価額は合計三三六九万九〇〇〇円と記載されていることが認められるが、このうち営業用什器類の価額は取得価額を記載したものだから減価償却して現存価額を算出すべきであり、また商品については仕入価額というもののその正確性に疑問があり、そのため保険会社では鑑定書(甲第一五号証)でそれより低く査定していることが認められるから、これに従つて営業用什器類については七一五万五〇〇〇円、商品については一六九四万五〇〇〇円をその損害額と認める。

本件火災事故により同原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料は二〇〇万円とするのが相当である。

これらを合計した原告章助の損害額は二六一〇万円であるが、前述の同原告の過失を斟酌し、被告義光、同弘子が各負担する賠償額をその六割の一五六六万円とするのが相当である。

二原告たけ

<証拠>によれば、次のように認められる。

本件火災により焼失した同原告の家財および営業用什器類につき同原告が作成して保険会社に提出した書面(甲一三号証の五ないし一〇)には、家財は箪笥和服など三一種類でその価額合計三七五二万八〇〇〇円、営業用什器類はテレビ、布団など三七種類でその価額合計一五九四万八〇〇〇円と記載されているが、保険会社では鑑定書(甲第一五号証)で営業用什器類につき七六五万八〇〇〇円と査定した。これは原告たけの見積が高額過ぎることを示すものであり、家財の損害額については営業用什器類についての原告たけの見積に対する査定における減額率を準用して、原告の見積額の五割相当の一八七六万四〇〇〇円とし、営業用什器類の損害額については右査定額たる七六五万八〇〇〇円とするのが相当である。

火災の跡片付費用は一二五万一〇〇〇円である(甲第一四号証)。

本件火災事故により同原告の受けた精神的苦痛に対する慰藉料は一〇〇万円が相当である。

以上合計した原告たけの損害額は二八六七万三〇〇〇円であるが、前述の同原告の過失を斟酌し、被告義光、同弘子が各負担する賠償額をその六割の一七二〇万三八〇〇円とするのが相当である。

三原告秋元二世

<証拠>によれば、本件火災により焼失した原告秋元二世の家財、営業用什器類、商品および蒐集品につき同原告が作成して保険会社に提出した書面(甲第一九ないし二二号証)には、家財は茶箪笥など一六四種類でその価額合計二七六五万六一〇〇円、営業用什器類は陳列ケースなど一五種類でその価額合計五三七万七〇〇〇円、商品は洋品、化粧品でその価額合計一〇二八万一〇〇〇円、蒐集品は古文書などでその価額合計一一二〇万円と記載されていることが認められるが、これらの価額は新品価額や取得価額を記載したものであり内容、数量も記憶に基づいたものであつて正確ということができないため、保険会社では鑑定書(甲第二三号証)で商品一式四五六万三〇〇〇円、家財一式七六三万二六三七円としか査定していないことが認められる。そこで、これらについては一括して損害額を一二一九万五六三七円の限度で認めるべきである。

火災の跡片付費用については右証人の証言内容が正確を欠くので、原告たけの焼失建物との比較上、原告たけにつき認定した金額の六割に相当する七五万円をもつてその損害額と認める。

本件火災事故により原告秋元二世が受けた精神的苦痛に対する慰藉料は二〇〇万円とするのが相当である。

以上合計すると同原告の損害額は一四九四万五六三七円となり、これが賠償を請求できる金額である。

四原告大川つね

<証拠>によると、次のように認められる。

本件火災により焼失した同原告の家財、営業用什器類および商品につき、同原告が作成して保険会社に提出した書面(甲第二八号証の一ないし五、第二九号証、第三〇号証の一ないし三)には、家財は箪笥など九三種類でその価額合計二一九七万四五〇〇円、営業用什器類は自動販売機など一八種類でその価額合計四九七万六〇〇〇円、商品は民芸品、菓子が一六種類でその価額合計七〇一万六五六〇円と記載されているが、これら価額は新品価額又は取得価額であり、保険会社では減価償却して鑑定書(甲第三二号証)で、家財一式五四五万〇七〇〇円、営業用什器備品一式二一一万九〇〇〇円、商品一式二七〇万〇二八〇円と査定した。そこで、これらについては一括して損害額を一〇二六万九九八〇円の限度で認められるべきである。

原告大川つね本人尋問の結果によると、同原告は不動産(店舗兼住宅)の損害査定額一〇五〇万二六七〇円と右損害額を合計した二〇七七万二六五〇円の総損害額につきその全部を保険金の支払によつて填補されたことが認められる。火災保険は、社会保険と異なつて被害者が保険会社と任意に締結した保険契約に基づいて支払われるものであつて保険料の対価たる性格を有するものであるが、生命保険の場合(最高裁昭和三九年九月二五日判例)と異なり、火災による財産的損害の填補を目的とするものであるうえ、保険者は保険金の支払によつて被害者の損害賠償請求権を取得する(商法六六二条)のであるから、火災保険金により填補された財産的損害は損害賠償請求金額から控除されるべきである。

原告大川つねが火災の跡片付費用として支出した金額は六〇万一〇〇〇円である(甲第三一号証)。

本件火災事故により同原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料は二〇〇万円とするのが相当である。

以上合計の二六〇万一〇〇〇円が原告つねにおいて賠償を請求できる金額となる。

五原告らは、本訴で損害額に対する内金として夫々一〇〇〇万円宛の支払を各被告に求めている。このうち、被告由太郎に対する請求は前記認定のとおりすべて失当であるから棄却されるべきである。被告義光、同弘子に対する請求につき、原告章助、原告たけの損害額から過失相殺した各賠償請求額、原告秋元二世の損害額はいずれも一〇〇〇万円を越えているから各一〇〇〇万円の内金請求は正当として認容できるが、原告大川つねの請求は二六〇万一〇〇〇円の支払を求める限度で正当として認容しその余は棄却するのが相当である。また、遅延損害金については火災発生の翌日たる昭和五六年八月一六日から完済まで年五分の割合で支払を求める本訴請求を正当として認容すべきである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条に従い、仮執行とその免脱の宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官斎藤清實)

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