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青森地方裁判所 昭和26年(行)6号 判決 1955年11月30日

原告 千葉孫作

被告 裾野村農業委員会

主文

被告が昭和二十五年六月九日千葉亀太郎に対し青森県中津軽郡裾野村大字楢木字用田五十五番田四畝二十九歩の内四十九坪(別紙図面中朱線を以て囲む部分)を潰廃することを承認した処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めその請求原因として「主文第一項掲記の田四畝二十九歩は訴外千葉亀太郎の所有に属するところ千葉亀太郎は昭和二十五年六月八日被告に対し右田地の内四十九坪(別紙図面中朱線を以て囲む部分、以下本件田地と略称する)を建物建築の敷地とするため埋立てることの承認を申請し被告は同月九日これを承認しその決定書謄本は同月十日千葉亀太郎に送達せられた。しかれども右の承認処分(以下本件行政処分と略称する)は後述の如く原告の権利を侵害する違法な処分であるため原告は本件行政処分のあつたことを知つた昭和二十五年八月十六日被告に対し異議を申立てたところ被告は同年十一月九日異議を理由なしとして却下したので原告は更に同月二十日青森県農地委員会に訴願を提起した。しかるに同委員会は八十日を経過してもなおこれに対する裁決をなさず訴願提起の日から三ケ月を経過しても裁決のなされる見込はないと推測され且つ田地耕作の季節を目前に控えこれ以上裁決のなされるのを俟つていては著しい損害を蒙るおそれがあるので訴願の裁決を経ずに本件行政処分の取消を求めるため本訴を提起した次第である。而して原告が本件行政処分を違法であると主張する理由はつぎのとおりである。

原告は本件田地の南側に隣接して青森県中津軽郡裾野村大字楢木字用田五十四番田二十九歩(以下五十四番田地と略称する)を所有してこれを苗代として使用しこれえの灌漑は裾野村大字楢木地内を流れる鷄川に水源を有する通称下堰の水が本件田地にその西側中央部附近から流入しこれに灌漑した後本件田地と五十四番田地の境界をなす畦畔を切つて五十四番田地に流入することによつて行われ、且つ右の方法による灌漑は約百年前から継続して行われて来たもので、原告は本件田地を灌漑する下堰の水を本件田地より五十四番田地に引水することを内容とする用水地役権を有し、本件田地はその承役地たるものである。従つて本件田地を潰廃して宅地とすることは右用水地役権につきその承役地を損壊して右承役地からの引水を不可能ならしめ以て原告の有する用水地役権を侵害するものである。而して千葉亀太郎は本件行政処分のなされるに先だち昭和二十五年初春頃から同年五月中旬頃までの間に本件田地を埋立て被告は埋立後にこれを承認する本件行政処分をなしたものである。以上の次第で被告のなした本件行政処分は原告の前記用水地役権を侵害する違法なものである。よつてその取消を求める」旨陳述した。(立証省略)

被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として「本件訴を却下する」との判決を求めその理由として「(一)原告は本件行政処分に対し昭和二十五年十一月二十日青森県農地委員会に提起した訴願の裁決のなされる前に本訴を提起したものであるから本訴は訴願の裁決を経ない不適法なものである。(二)又本訴は昭和二十六年二月九日に提起されたところ原告が本件行政処分のあつたことを知つた日は昭和二十五年六月九日でありそれより六ケ月を経過して提起された本訴は出訴期間経過後の訴であり不適法である。」旨陳述し、本案の答弁として「原告の請求を棄却する。」との判決を求め「原告の請求原因中主文第一項掲記の田四畝二十九歩が千葉亀太郎の所有に属し同人が昭和二十五年六月八日被告に対し右田の内本件田地四十九坪を建物建築の敷地とするため埋立てることの承認を申請し、被告が同月九日これを承認しその決定書謄本が同月十日千葉亀太郎に送達されたことはこれを認める。本件行政処分に対する異議申立から本訴提起に至るまでの経過についての原告の主張は、原告が本件行政処分のあつたことを知つた日が昭和二十五年八月十六日であるとの点を除きこれを認める。原告が本件行政処分のあつたことを知つた日はさきに抗弁せる如く昭和二十五年六月九日である。原告が本件田地の南側に五十四番田地を所有していること、本件田地えの灌漑が原告主張の如くであること、千葉亀太郎が本件田地を埋立てたことはこれを認める。しかれども五十五番田地えの灌漑が原告主張の如くであること、従つて原告がその主張の如き用水地役権を有しているとの点はこれを否認する。されば本件田地を潰廃することを承認した本件行政処分が原告の用水地役権を侵害するということはあり得ないことである。原告の本訴請求はその理由なきものである。」旨陳述した。(立証省略)

理由

先ず被告の本案前の抗弁(一)について考察する。

被告が昭和二十五年六月九日本件行政処分をなし、これにつき原告が同年八月十六日被告に対し異議を申立て被告が同年十一月九日右異議を理由なしとして却下し、これに対し原告が同月二十日青森県農地委員会に訴願を申立てたが右訴願に対する裁決がなされていないことは当事者間に争がない。しかしながらそもそも市町村農地委員会が一団地五十坪未満の農地についてこれを耕作以外の目的に供することを承認するところの行政処分に対しては原告がなした前記の如き異議及び訴願の方法は認められておらず、これに対する不服申立は農地調整法第十五条第一項によつて処分ありたる日より二ケ月以内に都道府県知事に訴願する方法によるべきものである。従つて原告のなした前記異議、訴願はともに法令の規定によらないものというべく、本訴は行政事件訴訟特例法第二条本文に規定する訴願の裁決を経ずして提起されたものといわなければならない。しかれども原告が本件行政処分について適法なる不服申立の方法を採らなかつたのは被告が原告の異議申立を適法なるものとして受理し、実体上の審理をなしてこれを理由なしとして却下したこと及び青森県農地委員会亦原告の訴願を受理したままこれに対する裁決をなさずにいることが原告をして右異議訴願が適法正当なる不服申立の方法であると思料せしめたためであると考えられるのである。果して然らば原告が本件行政処分に対し青森県知事に訴願するという正しい不服申立の方法を採らなかつたことによる不利益を原告に帰せしめ、訴願の裁決を経ないことの故を以て本件訴を不適法となし本件行政処分による権利侵害に対する裁判上の救済を拒むことは不当であるといわなければならない。換言すれば本件の場合は行政事件訴訟特例法第二条但書に所謂訴願の裁決を経ないで訴を提起するにつき正当な事由あるときに該当するものということができる。

つぎに被告の本案前の抗弁(二)について考察する。

被告は、本件行政処分についての出訴期間は原告が処分のあつたことを知つた日から起算すべきことを前提として原告が本件行政処分のあつたことを知つた日は昭和二十五年六年九日であるから本訴提起のあつた昭和二十六年二月九日までに既に六ケ月を経過し本訴は不適法であると主張する。しかしながら訴願の裁決を経た場合には出訴期間は訴願の裁決のあつたことを知つた日又は訴願の裁決の日から起算すべきであることに鑑みるときは訴願を提起した場合で未だその裁決がないに拘らず、正当な事由あるため訴願の裁決を俟たずして訴を提起することを得る場合においては出訴期間は訴願の裁決あるまで進行せず、従つて出訴期間の制限に服する余地なきものとするのが正当である。蓋し訴願を提起し一応その裁決を仰がんとした場合にはそのために相当の日時を要したるべきことは訴願の裁決を経た場合と何等異なるところなくその間出訴期間を進行せしめざる必要は両者全く同一だからである。而して本件の如く訴願が筋違いであるため適法な訴願の提起と認められない場合においても右の法律上の瑕疵がさきに説明せる如き理由によりいやされ訴願の裁決を経ないことにつき正当の事由ありとして出訴することが許される場合においては出訴期間については右と同様の理によるのが相当である。従つて本件においては出訴期間の問題を生ずる余地なく被告の抗弁は爾余の点について判断するまでもなくその理由なく採用し難い。

つぎに本案について考察する。

千葉亀太郎が昭和二十五年六月八日その所有する本件田地を建物建築の敷地として使用するため埋立てるについて被告にその承認を申請し、被告が同月九日右の申請を相当と認めて本件田地の潰廃を承認し右承認書謄本が同月十日千葉亀太郎に送達されたことはさきに説明せるとおりである。而して千葉亀太郎が本件田地を埋立てたことは当事者間に争がない。原告は被告のなした本件行政処分は原告が本件田地に隣接する原告所有の五十四番田地に本件田地から灌漑用水を引水する用水地役権を侵害する違法な処分である旨主張し、被告は原告が右用水地役権を有することを否認するを以てこの点について考察する。本件田地が埋立てられる以前これえの引水は裾野村大字楢木地内を流れる鷄川に水源を有する通称下堰の水によつて本件田地の西側中央部附近から行われていたこと及び原告所有の五十四番田地が本件田地の南側に隣接し苗代として使用されていることは当事者間に争がなく、本件田地及び五十四番田地に対する検証の結果によれば五十四番田地の東側には畦畔を隔てて北に流れる小糠地場堰と称する用水堰があり、南側には同じく畦畔を隔てて訴外千葉与一郎所有の苗代及び養魚池があるけれども、その水位はいずれも五十四番田の水位よりも四寸五分乃至七寸五分低いため水の自然の流れを以てしては五十四番田地に引水することができないこと、又五十四番田地の西側は畦畔を隔ててこれより二、三尺高い垣根になつていること、五十四番田地の北側に隣接する本件田地はその埋立てられた地表が五十四番田地の水面よりも七、八寸高いこと、以上の各事実を認定することができる。右の各事実と成立に争のない甲第三乃至第六号証、証人小山内清太郎、同千葉良一、同千葉善太郎の各証言を綜合すれば千葉亀太郎が本件田地を埋立てる以前においては五十四番田地の灌漑は下堰から本件田地に引水し、その水が更に同田の南の畦畔を切つて五十四番田地にそそがれるという方法によつていたもので、右の方法による灌漑は原告の先代又は先々代の頃から数十年の長きに亘つて本件田地の埋立に至るまで引続き行われて来た事実を認定することができる。右認定に反する証人千葉貞雄、同千葉喜代一の各証言及び乙第五、六、九、十、十三号証の各記載内容は遽に措信し難く乙第十四号証は右認定の妨とならず他に右認定を覆すに足る証拠はない。然らば五十四番田の所有者である原告は本件行政処分がなされ、且つ千葉亀太郎が本件田地を埋立てた当時においては本件田地より五十四番田地に引水すべき用水地役権を有していたものと認めるのが相当である。果してしからば千葉亀太郎が本件田地を埋立てたことは同田地から五十四番田地に引水することを不可能ならしめたもので、原告の前記用水地役権を侵害するものといわなければならない。而してかくの如き他人の権利を侵害するに至るべき農地潰廃については市町村農地委員会は農地潰廃をなさんとする者において右権利侵害を避止する方法を講じ、例えば本件についていえば五十四番田地に引水する他の適切な方法を講じ、右権利者との利害の調整がなされるに非れば農地の潰廃を承認するを得ざるべく、右の考慮を払わずして他人の権利を侵害するに至るべき農地潰廃の承認をなしたるときは右の承認は違法なものとして取消さるべきものといわなければならない。而して証人須藤才太郎の証言によれば被告は右の如き考慮を払うことなく本件田地の潰廃を承認したものであることを認めることができる。而してその結果は原告の有する用水地役権の侵害となつたことさきに説明せるとおりである。以上により本件行政処分の取消を求める原告の本訴請求はその理由あるを以てこれを認容し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 工藤健作 中田早苗 田倉整)

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