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長野地方裁判所松本支部 昭和38年(ワ)57号 判決 1965年6月30日

被告 松本信用金庫

理由

一、被告らが、債権者を被告松本信用金庫、債務者を被告杉山喜一とする昭和三四年五月八日の、債権極度額一〇〇万円、期限の定めなし、遅延損害金日歩五銭とする手形割引手形貸付契約が存在し、原告三浦智明及び訴外三浦銀一郎はこれについて連帯保証を約したと主張していること、また被告らは右債務を担保するため、原告三浦智明は、同原告所有の別紙第一目録記載の物件に、訴外三浦銀一郎は、同訴外人の所有していた同第二目録記載の物件に、何れも根抵当権を設定したと主張し、かつ長野地方法務局松本支局昭和三四年五月八日受付第四二三〇号根抵当権の設定登記がなされていることは当事者間に争がない。

《証拠》 によると、右訴外三浦銀一郎は、昭和三四年七月四日死亡し、原告末吉一二美において相続し、その権利義務を承継し、右第二目録記載の物件の所有権を取得したものであることが認められ、ほかに右認定を覆えすに足る証拠はない。

二、まず、前項記載の保証契約、根抵当権設定契約、及び根抵当権設定登記につき、原告らは関知しないと主張し、被告らは、原告ら承諾のもとになしたと主張するので判断する。

《証拠》 によると、原告三浦智明は、かねて被告杉山喜一に対し二〇万円ないし二五万円の金員を他から借入れることを依頼し、これを担保するため、原告三浦智明及び訴外三浦銀一郎がそれぞれ所有する、別紙各目録記載の不動産に抵当権を設定することとして右不動産の登記済証、原告三浦智明及び訴外三浦銀一郎の印鑑及び印鑑証明書(乙第二号証の三及び五)を右被告に交付した。そこで右被告は、自ら、または訴外藤沢金治を通じ、被告松本信用金庫に対し金員の借入方を依頼したが、原告三浦智明は被告松本信用金庫の会員ではなく、また同被告と従来取引もないので被告松本信用金庫は、同原告に対して金員を貸付けることはできないが、被告杉山喜一は被告松本信用金庫と従来取引があつたので、被告杉山喜一を債務者として金員を貸付けることとした。その際被告杉山喜一は、原告から依頼された前記範囲を越えて、請求原因第一項記載の日時に、同記載の約定で手形割引手形貸付契約を結び、これを担保するため、原告三浦智明及び訴外三浦銀一郎が連帯保証を約し、かつ同人ら所有の前記各物件について根抵当権を設定しその登記手続を為すことを約したとして、かねて、原告三浦智明から交付を受けていた、前記印鑑、印鑑証明書及び登記済証を被告松本信用金庫に交付し、同被告において、司法書士福田一夫に依頼して、前記のような手形割引手形貸付契約、連帯保証契約、及び根抵当権設定契約を締結した旨の根抵当権設定約定書(乙第一号証)、を作成し、かつ右根抵当権設定登記のための同登記申請書(乙第二号証の一)、委任状(乙第二号証の二、四、六)を作成して前記のような登記をなしたことが認められる。証人藤沢金治の証言及び被告杉山喜一の供述のうち右認定に反する部分は信用することができず、ほかに、右認定を覆えし、被告ら主張の事実を認めるに足る証拠はない。

そうすると、前記連帯保証契約、抵当権設定契約、及びその設定登記は原告及び訴外三浦銀一郎の承諾していなかつたものであると言わなければならない。

三、そこで進んで被告松本信用金庫の抗弁である表見代理の主張について判断する。

原告三浦智明が、被告杉山喜一に対し、訴外藤沢金治を通じ二〇万円ないし二五万円の金員借受けのあつ旋方を依頼し、原告三浦智明及び訴外三浦銀一郎の印鑑、印鑑証明書、及び登記済証を交付したことは当事者間に争がない。これによつて考えるとき、原告三浦智明は、被告杉山喜一に対し、同原告を債務者とする右範囲の金員の借受け、これを担保するための抵当権の設定、その登記及びこれらに必要な書類を作成することについて代理権を与えたものと解するのが相当である。

《証拠》 によると、原告三浦智明から依頼された被告杉山喜一は、自らまたは訴外藤沢金治をして、被告松本信用金庫の担当者である訴外関忠と接渉したうえ、前記のような各契約をすることになり、右関忠は前記印鑑、印鑑証明書及び登記済証を受取つたものであつて、右関忠は、被告杉山喜一が右印鑑、印鑑証明書及び登記済証を所持し、かつ被告杉山喜一が原告三浦智明及び訴外三浦銀一郎を代理して為すものである旨を告げられたので、被告杉山喜一が原告及び訴外三浦銀一郎を代理して右のような各契約をなす権限を有していると信じたものであることが認められる。ほかに右認定を覆えすに足る証拠はない。このことから考えると、被告松本信用金庫が、一応被告杉山喜一に、右各契約をなすについて代理権を有していたものと信ずるについて正当な理由があるように思われる。

そこで更に原告らが主張するように、右信じたことについての過失の有無について考えを進めることにする。

《証拠》 によると、次のとおり認めることができる。被告松本信用金庫は、被告杉山喜一との間に金員貸借等について取引があつたが、本件契約締結時には、担保なしで約三〇万円の貸付となつていたところ、さらに金員の貸与方の申込を受けた。しかし、将来一〇〇万円の貸付をするについては、従来の貸借等の取引からみて、被告杉山喜一に対する貸付として相当高額になるものであり、しかも手形割引手形貸付契約は相当長期にわたるものであるので、担保の提供を求め根抵当権を設定することとしたのである。そして右金員は訴外有限会社丸喜産業の事業資金とするものであつて、訴外関忠は、右貸付接渉の過程にこれを知つたのであるが被告松本信用金庫は、従来同訴外会社と取引がなかつたので、債務者を被告杉山喜一として貸付することになつたものであつた。また被告松本信用金庫は、連帯保証人となり担保提供者となる原告三浦智明及び訴外三浦銀一郎とは従来取引はなく、本件契約にあたつても、その信用状態を調査することもなく、面接、電話等によつて、真実、本件のような契約をする意思の存否について確めることはしなかつた。ただ被告杉山喜一や訴外藤沢金治らから、原告三浦智明及び訴外三浦銀一郎がこれを承諾していると告げられ、前記のとおり印鑑、印鑑証明書及び登記済証を所持しており、これを交付したので、そのとおり信じたのであつた。しかも原告三浦智明は、右訴外三浦銀一郎に代つて家政を処理していたものの、前記印鑑、印鑑証明書及び登記済証は、同訴外人の承諾なしに勝手に所持し、これを被告杉山喜一に交付したものであつた。ところで、被告松本信用金庫の担当者であつた訴外関忠は、右のとおり被告杉山喜一や訴外藤沢金治らと接渉して本件の如き契約内容を定め、原告三浦智明及び訴外三浦銀一郎もこれを承諾したものと信じて前記印鑑、印鑑証明書及び登記済証の交付を受けた後、これを司法書士である訴外福田一夫に交付し、同訴外人をして、根抵当権設定約定書(乙第一号証)、根抵当権設定登記申請書(乙第二号証の一)、右登記用委任状(乙第二号証の二、四、六)を作成せしめ、本件のような登記をなさしめるに至つたものである。ほかに右認定を覆えすに足る証拠はない。

右のとおり、原告三浦智明は、訴外三浦銀一郎の印鑑、印鑑証明書及び登記済証を勝手に所持し、被告杉山喜一に交付したこと、被告松本信用金庫の担当者関忠は、本件貸付契約が実質的に被告松本信用金庫と取引のない訴外有限会社丸喜産業のためになされるものであることを知つていたこと、原告三浦智明及び訴外三浦銀一郎は対価関係をともなわない一方的な連帯保証債務を負担し担保提供者となるものであること、かつ右両名は、被告松本信用金庫と従来取引がなかつたこと、被告杉山喜一は従来被告松本信用金庫と取引があつたが、担保なしでも貸付を受けられる小額の範囲にとどまつていたのに本件は相当高額になること、しかも相当長期にわたることが予想されたこと前記本件貸付契約の内容は被告杉山喜一や訴外藤沢金治らとの接渉によつて決められたものであつて、前記根抵当権設定約定書、根抵当権設定登記申請書、右登記用委任状等は、すべて被告松本信用金庫において記載したものであること、等を考えるとき、被告杉山喜一や訴外藤沢金治から、原告三浦智明及び訴外三浦銀一郎が右契約等の内容を承諾していると告げられ、その印鑑、印鑑証明書及び登記済証を所持していたという事実のみから、本件契約等をなすについて被告杉山喜一に代理権が存在すると信じ原告三浦智明及び訴外三浦銀一郎にそのことを確かめる方法を構じなかつたことは、金融機関たる被告松本信用金庫にとつて過失があつたものと解するのが相当である。

そうすると、被告杉山喜一の代理権を越える前記行為を、表見代理の法理により原告三浦智明及び訴外三浦銀一郎に対し法律効果を及ぼすことはできないものと言わなければならない。

よつて原告らと被告松本信用金庫との間において、前記保証債務は存在しないものというべく、そして被告松本信用金庫は原告らに対し前記根抵当権設定登記の抹消登記手続を為すべき義務があるもと言わなければならない。

四、次に損害賠償の請求について判断する。

先に認定したとおり、前記連帯保証契約、根抵当権設定契約及びその設定登記は、被告杉山喜一が代理権の範囲を越えてなしたものであるが、《証拠》 によると、被告松本信用金庫は、前記根抵当権が有効に存在するとの前提に立つて、別紙各目録記載の物件につき、長野地方裁判所松本支部に対し、競売の申立をなし、同裁判所は昭和三八年(ケ)第二六号抵当競売事件として受理し、同年六月四日競売開始決定をなした。そこで、原告らは同裁判所に対し、弁護士銭坂喜雄に委任して右競売停止の仮処分の申請をなし、昭和三八年一〇月一〇日停止決定を得たのであるが、右決定を得るため、原告三浦智明は右弁護士に対し、報酬としてすくなくも一万五、〇〇〇円の支払をなしたものであり、右報酬として支払した金額は右事件の委任として相当額であることが認められる。ほかに右認定を覆えすに足る証拠はない。

そして以上の事実によるとき、右金員の支出は、被告杉山喜一の前記のような不法な行為によるものであると解すべきであるから被告杉山喜一は、原告三浦智明に対してこれを賠償すべき義務があるものと言わなければならない。

五、よつて原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容

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