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長野地方裁判所 昭和61年(行ウ)1号 判決 1994年9月16日

長野県下伊那郡上郷町飯沼三四六五番地

原告

唐沢穣

右訴訟代理人弁護人

木嶋日出夫

毛利正道

右毛利正道訴訟復代理人弁護人

松村文夫

長野県飯田市江戸町二八九番地の一

被告

飯田税務署長 松田重幸

右指定代理人

渡邉和義

川田武

小野四郎

傳田今朝廣

藤沢修

瀧正弘

齋藤清幸

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し、昭和五七年一一月一九日付けでなした原告の昭和五四年ないし昭和五六年分の所得税の各更正(別表一の一ないし三の各確定申告欄の総所得金額を超える部分)及び過少申告加算税の各賦課決定(いずれも異議決定による一部取消後のもの。)は、いずれも取り消す。

第二事案の概要

一  本件の各更正等の存在(当事者間に争いがない。)

1  原告は、土地家屋調査士業を営む者であるが、昭和五四年ないし昭和五六年分(以下「昭和五四年ないし昭和五六年を係争各年」という。)の所得税につき、別表一の一ないし三の確定申告欄記載のとおり、いわゆる白色申告書で確定申告した。

2  被告は原告に対し、昭和五七年一一月一九日付けをもって、同表更正及び加算税の賦課決定欄記載のとおり、原告の係争各年分の総所得金額及びこれに対する税額を更正する処分並びに過少申告加算税の賦課決定(以下「本件原処分」という。)をした。

3  本件原処分については、同表異議申立て欄記載のとおり異議申立てがされた結果、同表同決定欄記載の総所得金額及びこれに対する税額並びに過少申告加算税額を超える部分については、被告の異議決定によって取り消された(以下、右一部取消後の更正及び過少申告加算税の賦課決定を「本件各更正等」という。)。

4  原告は、更に審査請求をしたが、これを棄却する旨の裁決を受けた。

二  被告の主張(本件各更正等の適法性)

1  原告に対する税務調査の経緯

(一) 昭和五七年四月二八日、被告の部下職員である飯田係官及び伊藤係官は、所得税調査のために原告宅に臨場したが、原告の妻から原告は仕事のため出張している旨の説明を受け、調査日について後日連絡すると告げて原告宅を辞去した。

(二) 同年五月一二日、飯田係官は原告に対し、調査日に決めるために電話をかけたところ、原告から農業が多忙で調査に応じる時間が取れないとの説明を受け、農業が落ち着いたら調査に応じるよう要請した。これに対し、原告は、この要請を了承した。その後、同月三一日、飯田係官は原告に電話をかけたところ、田植が終わり次第原告の方から連絡するとの返答を得た。

(三) 同年六月九日、飯田係官は、原告から連絡がなかったため、原告宅に臨場した。原告は、同係官の調査協力の要請に対し、飯田民主商工会(以下「民商」という。)と相談のうえ同月一八日までに調査日を回答する旨回答した。

(四) 同月二一日、原告は飯田係官に対し、同年七月一四日の午後一時三〇分から調査に応じる旨連絡した。

(五) 同年七月一四日、飯田係官及び被告部下職員である木下係官は原告宅に臨場した。原告宅には、民商の原会長ほか七名が待機しており、原会長は、調査目的を告げた飯田係官に対し、他の同業者宅で原告の税務調査を行うと発言したこと(以下単に「守秘義務違反問題」ともいう。)につき陳謝しない限り調査に応じられない旨の発言をした。同係官は、守秘義務違反の事実はないこと、原告自身の調査に関係のない第三者を退席させて調査に協力してほしいことを原告に説明したが、協力が得られず、同係官らは、原告宅を辞去した。

(六) 同月一七日、飯田係官は原告に対し、電話で税務調査に対する協力を要請したが、原告は、守秘義務違反問題が解決しなければ、調査に応じられない旨回答した。飯田係官は原告に対し、調査に協力してもらえないのであれば、税務署独自で調査を行うが、調査に協力するつもりになったら連絡するよう要請した。

(七) その後、原告から連絡がないため、被告は、原告の取引先等について調査をし、収入金額の把握に努めるとともに、類似した同業者のうち、青色申告書を提出している者の算出所得率を算定し、その率を収入金額に乗じて算出所得金額を求め、当該金額から、雇人費、建物の減価償却費等の特別経費の額を控除する方法により、所得金額を推計するという方針に基づいて調査を続行した。

(八) 昭和五七年一〇月二九日、被告の担当者は原告に対し、右(七)の調査による所得金額等を説明するとともに、修正申告を促したが、原告は所得が多すぎるとしてこれを拒否した。

(九) 同年一一月上旬ころ、林百郎衆議院議員が被告と面接したが、その際、原告が所得金額についての資料を提示する意思があるから、それを検討の上で所得金額を決めてもらいたい旨の要望をし、被告もこれに同意した。

(一〇) 同年一一月五日、右(九)の合意に則って、原告及び原会長ほか二名が、昭和五六年分の経費に係る請求書、領収証及び収入金の集計メモ等を持って、税務署を訪れた。その場で、民商の事務局員から、確定申告の計算は、収入については、領収書の控で集計し、経費については、領収書に基づいて明細を作成し、明細のないものは推計した旨の説明があった。飯田係官が経費の内訳について質問したところ、民商の事務局員は、ここに明細はあるが、この資料を見る以上は、これを逆手にとって更正処分をしないという保証をするよう要求したため、同係官はこれを拒否した。そのため、原告らは、持参した資料を提示しないまま帰宅した。

2  推計の必要性

右1の(一)ないし(一〇)に述べとおり、原告は、最小限記帳しているであろう帳簿、領収書(控)等の資料すら提示しないのみならず、調査に関係のない第三者を立ち合わせ又は立ち合わせることを要求し、飯田係官に守秘義務違反の事実があったと言い掛りを付け、税務調査に協力しなかった。

更に、原告は、本訴において、一旦、係争年分の一部について一応の実額を主張したが、継続的に内容を記載した帳簿の提出がないこと、書証として提出された書類には欠落が多く収入及び支出の真偽の確認のできないものが多く見受けられること、原告はその後実額主張を撤回していること等からすれば、そもそも、原告が調査時において帳簿書類を作成、保存していたかどうかも疑問であり、この点からも推計の必要性は認められるべきである。

したがって、本件については、推計の必要性があったことは明らかであり、本件原処分に至る手続は適法なものである。

3  係争各年における原告の総所得金額

(一) 総収入金額

原告の昭和五四年ないし昭和五六年分の総収入金額は左記のとおりである(別表二参照)。

(1) 昭和五四年 一八三三万四二八〇円

このうち争いのある収入は、別表三三記載のとおりであり、原告主張額との差額は七七万五三九〇円である。

(2) 昭和五五年 一八二七万一九九五円

このうち争いのある収入は、別表記載のとおりであり、原告主張額との差額は五八万〇六一三円である。

(3) 昭和五六年 一七五二万五〇五六円

このうち争いのある収入は、別表三記載のとおりであり、原告主張額との差額は三〇万一六五〇円である。

(二) 同業者の平均所得率

(1) 主位的主張

<1> 被告が、主位的に本件係争各年分の事業所得金額の推計に用いた同業者の平均所得率(ここでいう所得率とは、事業所得の総収入金額から、必要経費〔所得税法五七条三項(昭和五九年法律第五号による改正前のもの、以下同じ)に規定する事業専従者控除額を除く。〕を控除した金額の、右総収入金額のうちに占める割合のことである。以下同じ。)は、原告と同種の事業を営む者の所得率のうち統計学上一般に認められている方法によって異例値を排除したものを平均して算出したものである。即ち、まず、同業者の所得率の算術的平均を求め、これと各業者の所得率の開差いわゆる偏差を算出し、次にこの偏差を自乗したものを同業者数で除して得た数値を平方に開いて所得率の標準偏差を求め(別表四の一ないし三の各1)、これに統計学上一般に用いられる係数一・五を乗じて限界値を求め、更に同業者の所得率の算術的平均に限界値を加算もしくは減算することによって適正な平均値を得るのに有効な上限及び下限を求めて(別表四の一ないし三の各2)、その範囲内にある所得率のみに基づいて平均値を計算し、同業者の平均所得率を算出した(別表四の一ないし三の各3)。

右の方法により算出された同業者の平均所得率は左記のとおりである。

昭和五四年 五七・二四パーセント

昭和五五年 六〇・四五パーセント

昭和五六年 五九・七五パーセント

<2> 被告が、同業者の平均所得率を算出するために抽出した同業者は、原告の住所地(納税地)を管轄する飯田税務署管内に事業所を有し、係争各年中に土地家屋調査士業を営んでいた個人業者で、次の四条件のいずれにも該当する者である。

Ⅰ 歴年を通じて事業を継続して営んでいた者であること。

Ⅱ 所得税青色申告決算書を提出していた者であること。

Ⅲ 土地家屋調査士業以外の事業を行っていなかった者であること。

Ⅳ 被告から更正処分を受け、これに対し不服申立て等を行うなど、係争中の者でないこと。

<3> 別表四の一ないし三記載の各同業者は、被告の部下職員が、関東信越国税局長が発した通達の定めた右の条件を満たすもの全部を機械的に抽出したものであり、抽出された数値について、操作したことはないのであるから、被告主張の推計には合理性がある。

(2) 予備的主張

<1> 被告が、予備的に本件係争各年分の事業所得金額の推計に用いた同業者の平均所得率は、原告と同種の事業を営む者の所得率を平均して算出したものである。(別表五の一参照。この集計の前提として長野県内の各税務署ごとに作成した同業者調査表は別表五の二の1ないし8のとおりであるが、木曽税務署及び信濃中野税務署管内では、該当者がなかった。以下別表五の二の1ないし8を「調査表1」ともいう。)。

右の方法により算出された同業者の平均所得率は左記のとおりである。

昭和五四年 六四・四九パーセント

昭和五五年 六〇・八八パーセント

昭和五六年 五五・六六パーセント

<2> 被告が、同業者の平均所得率を算出するため抽出した同業者は、長野県内に住所地(納税地)を有し、係争各年中に土地家屋調査士業を営んでいた個人業者で、次の五条件のいずれにも該当する者である。

Ⅰ 歴年を通じて事業を継続して営んでいた者であること。

Ⅱ 所得税青色申告決算書を提出していた者であること。

Ⅲ 土地家屋調査士業以外の事業を兼業していなかった者であること。

Ⅳ 税務署長から更正処分を受け、これに対して不服申立て等を行うなど、係争中の者でないこと。

Ⅴ 本件係争各年分につき、年間収入金額が左記の範囲の者であること(原告の本件係争各年分の収入金額の二分の一以上二倍未満の者であること。ただし、基準収入金額について、一〇万円未満を切り捨てた数値を使用した。)

昭和五四年 九一五万円以上三六六〇万円未満

昭和五五年 九一〇万円以上三六四〇万円未満

昭和五六年 八七五万円以上三五〇〇万円未満

<3> 別表五の一記載の各同業者は、被告の部下職員が、関東信越国税局長が発した通達の定めた右の条件を満たすもの全部を機械的に抽出したものであり、抽出された数値について、操作したことはないのであるから、被告主張の推計には合理性がある。

(三) 事業専従者控除前の所得金額

右(一)の売上金額に(二)の平均所得率を乗じて事業専従者控除前の所得金額を算出すると、左記のとおりとなる(別表二参照)。

(1) 主位的主張

昭和五四年 一〇四九万四五四一円

昭和五五年 一一〇四万五四二〇円

昭和五六年 一〇四七万一二二〇円

(2) 予備的主張

昭和五四年 一一八二万三七七七円

昭和五五年 一一一二万三九九〇円

昭和五六年 九七五万四四四六円

(四) 事業専従者控除

所得税法五七条三項の規定に該当する原告の事業に従事していた唐沢美枝子及び唐沢チホに係る事業専従者控除額は、左記のとおりである。

(1) 昭和五四年 四〇万円(唐沢美枝子のみ。)

(2) 昭和五五年 八〇万円

(3) 昭和五六年 八〇万円

(五) 事業所得金額

原告の係争各年分の事業所得金額(右((三))-((四)))は左記のとおりであり(別表二参照)、これを上回ることなくされた本件各更正等はいずれも適法なものである。

(1) 主位的主張

昭和五四年 一〇〇九万四五四一円

昭和五五年 一〇二四万五四二〇円

昭和五六年 九六七万一二二〇円

(2) 予備的主張

昭和五四年 一一四二万三七七七円

昭和五五年 一〇三二万三九九〇円

昭和五六年 八九五万四四四六円

三  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  本件原処分に至る経緯について

(一)(1) 二の1の(一)ないし(四)の事実は認める。

(2) 同(五)の事実は、原会長の発言を除き認める。原会長は、守秘義務違反問題について被告として責任ある回答をしてほしいと発言したにすぎない。

(3) 同(六)の事実は、税務署独自で調査するとの発言を除き認める。

(4) 同(七)の事実は不知。

(5) 同(八)の事実は認める。ただし、被告の担当者は、その提示する金額と同額の修正申告をしないのであれば、更正処分すると修正申告を強要したものである。また、原告は、帳簿や領収書を保管してあるから、しっかり調査をしてもらいたいと要望したにもかかわらず、被告の担当者はその要求を拒否した。

(6) 同(九)の事実は認める。

(7) 同(一〇)の事実中、同(九)の合意に則って原告及び原会長が請求書等の書類を持参のうえ飯田税務署を訪れたことは認めるが、民商の事務局員が、領収書のないものは推計したと説明したとか、同人が、ここに明細があるが、この資料を見る以上は、この資料を逆手に取って更正処分をしないという保証を要求したため、飯田係官がこれを拒否したとの事実は否認する。原告は、飯田係官の調査を受けたが、途中で停電するなどして五時近くなったので、「時間だから今度また連絡して日を決め、来署する。」と言ったところ、飯田係官が、「そうして下さい。」と言ったので、調査を続行することとして、税務署を辞去したものである。

(二) このように、本件原処分は、実額把握のために、原告の帳簿書類について調査することが可能であり、調査することを約しておきながら、全くこれをなさずに一方的に推計課税がされたものである。

2  推計の必要性の欠如

(一) 久保田の調査経緯との対比

昭和五七年一一月一一日、被告は、久保田宅において一日かけて臨宅調査をし原会長の立会のうえ、調査によって三年分の事業所得を決め、その場で修正申告書を提出させ、しかも、内容的にも、低額の修正申告で済ませている。原告は、久保田と共同した歩調を取っており、同様の経過をたどれば、帳簿を提出したはずである。しかるに、被告は、原告に対して同様の経過をたどることなく、突然本件原処分をした。したがって、原告が帳簿提出を拒否したということはできない。

(二) 第三者の立会を求める権利

(1) 更正処分も本来は実額に基づいてなすのが原則であり、推計課税がなされた場合には、実額による更正処分をすることができなかったという正当な理由が必要となり、推計の必要性を欠く更正処分は取り消されるとするのが学説裁判例の多数説である。

実務上確立している正当な理由の一つが、納税者が調査に際して、非協力態度を取り、そのために、実額調査ができなかったことである。

逆に、調査官の方が一方的に調査を打ち切って更正処分などをした場合には、推計の必要性がなかったというべきである。

本件においては、前記1の(二)のとおり、本件原処分は、実額把握のために、原告の帳簿書類について調査することが可能であり、調査することを約しておきながら、全くこれをなさずに一方的な推計のうえになされたものであり、推計の必要性が欠如していた。

(2) 税務調査における第三者の立会を認めないのが税務行政の実務であり、多くの裁判例でも、立会を拒否できると判示している。

しかし、立会のない密室状態の中での質問検査は、強権的な調査がされ、犯罪を産む危険性をはらみ、全国で、実際に不当な質問検査の実態が明らかとなっている。このような状態を打破するためには、質問検査に信頼のできる第三者の立会を認めることが必要不可欠である。

理論的に言っても、第三者の立会を求める権利は憲法によって保障されていると解するべきである。すなわち、不利益処分をなすには、充分な告知と聴聞の機会を保障することが必要であり(憲法三一条)、更に、国民主権のもとにおいては(憲法一条、一五条)、自主申告をする権利は憲法一三条の保障する幸福追求権の一内容をもなす憲法上の権利というべく、自主申告権を制限する質問検査をなすに当たっては、特に、右のような機会が保障されるべきである。加えて、我が国では、行政処分がされると、諸外国と異なり抗告訴訟を提起しても原則として執行停止がされないため、税額と加算税これと連動する地方税、国民健康保険料などを直ちに支払わなければならず、不服審査請求をなす余裕のないまま倒産してしまうこともありうるから、充分な告知と聴聞の機会を保障することは、憲法二九条の財産権の保障の要請からも導かれるというべきである。このような国民の権利が遵守されるように、信頼できる第三者の立会が保障されるべきであり、前掲した憲法の各条文が互いに連関して、第三者の立会を求める権利を保障していると解するべきである。

ところで、本件において被告は、原告が、原告宅における調査の際に第三者を立合わせたこと又はその要求をしたことも理由として推計課税を行った。右のように第三者の立会を求める権利が憲法上保障されるとの見解からすると、このような理由をもって、推計の必要性を基礎付けることは困難である。

3  売上金額

原告の係争各年分の総収入金額のうち、原告が認める金額は、左記のとおりである(争いのある取引についての双方の主張額は、別表三記載のとおりであり、詳細な主張については、後記第三判断欄の第一項に記載する。)。

(一) 昭和五四年 一七五五万八八九〇円

(二) 昭和五五年 一七六九万一三八二円

(三) 昭和五六年 一七二二万三四〇六円

4  被告主張の同業者比率法による推計の非合理性

以下のとおり、被告主張の推計の合理性は証明されていない。

(一) 主位的主張及び予備的主張に共通する問題点

(1) 同業者抽出基準の合理性について

<1> 被告の主張は、原告の特別経費又はその中の給料賃金の実額を考慮した基準を採用していない。

しかし、原告は、別表六のとおり人件費を支出している。給料賃金は当該雇人の個別事情によって大きく左右されるものであり、雇人がいないかせいぜい臨時として雇用されているにすぎない場合とでは、給料賃金の額が大きく異なる。しかも、土地家屋調査士という人力に頼る部分が大きく、かつ、雇人がせいぜい数人という小規模な事業分野では、その相違は決定的である。したがって、同業者を抽出するにあたって「常用の雇人がいる者」少なくとも「給料賃金を支払っている者」に限定すべきである。

<2> 原告の場合は、妻が事業専従者として稼働しているから、女性の青色事業専従者が一名存在している者であることを抽出基準に加えるべきところ、被告はこのような配慮をしていない。

また、右の点からすると、青色事業専従者給与も経費に含めて同業者の所得率を算定すべきであるのに、被告はこのような配慮をしていない。

(2) 同業者抽出過程の合理性について

被告は、土地家屋調査士業以外の事業を行っていなかったことを抽出基準の中に加えているが、確定申告書又は青色申告決算書上の記載から兼業の有無をチェックしたにすぎないから、兼業の同業者が含まれている可能性がある。土地家屋調査士については、司法書士等と兼業している者が多いことを考慮すると、抽出された同業者に兼業の有無を確認する等の裏付を取る必要があるというべきである。

(3) 同業者比率の内容の合理性に関する問題点

被告は、特別経費たる人件費を含めて平均所得率を算出して経費を推計する方法(以下「経費一括推計」という。)を採用している。この方法は、人件費のような特別経費の多寡はその業態に左右されることが多いこと、我が国においては常用の雇用者の賃金がいわゆる年功序列によって定められている部分が多く、売上との間の比例関係を肯定することはできないことから、特段の事情がない限り、合理性がなく、人件費等を含まない一般経費について経費率を算出し、特別経費については、実額で把握して、事業所得金額を算出すべきである。

(二) 主位的主張固有の問題点

(1) 抽出基準の合理性について

被告の同業者抽出基準においては、総収入金額について限定がなく、原告のそれと著しく異なる者をサンプルとしており、類似性が担保されていない。

(2) 抽出過程の合理性について

以下に述べるとおり、被告の主張の基礎となった同業者調査表(乙二)は信用性がなく、資料が正確でない。

被告は、昭和六一年一〇月三〇日付け準備書面において、昭和五五年分の比準同業者の平均所得率につき、別表四の四のとおり同業者Aもサンプルに含めて算出し、これに沿う書証として乙二を提出した。

その後、被告は、平均三年七月四日付け準備書面において、昭和五五年分については、同業者Aの数値は、誤りであったとして別表四の二のとおり、これを除外して、平均所得率を算出するに至った。

ところで、別表四の四の昭和五五年分の順号1欄記載の同業者Aは、新井健司(以下「新井」という。)であるところ、これは新井の実際の修正申告書の数値と異なっている。そうすると、青色申告決算書に基づいて同業者調査表を作成したとの証人牧内秀幸の証言は信用できず、乙二の数値も信用できないというべきである。

(3) 比準同業者数の合理性について

本件において抽出された同業者数は、三ないし四件であるが、これでは同業者数が少なすぎるというべきであり、少ないのであれば、原告の業態との類似性を厳密に吟味すべきである。

(三) 予備的主張固有の問題点

(1) 時機に遅れた主張

予備的主張に係る同業者抽出基準は、平成元年四月二〇日、原告桐生健司に係る所得税更正処分等取消請求事件(当庁昭和六〇年(行ウ)第三号・以下「別件」という。)の口頭弁論において主張されたものと全く同一である。別件においては、当初本訴の主位的主張に係る同業者抽出基準と同一の基準を用いていたものの、別件提訴後四年経過した右時点で主張を差し替えた。その際、原告代理人が被告代理人に本訴において主張を差し替えることはしないか否かを確認したところ、被告指定代理人は、本訴においては主張を差し替えないと述べた。

しかも、被告は、本訴で前記同業者Aの問題に関連して文書提出命令の申立てがあった際、昭和五四年ないし昭和五六年分の青色申告決算書や修正申告書が既に破棄されていると主張し、平成三年七月四日付け準備書面においても同様の主張をした。

それが、追加主張をする必要に迫られるや、県下全ての一〇の税務署でこれが保管されているとして、それに基づいた主張をして来たのである。

このような経過からすると、被告の予備的主張が、時機に遅れた主張であることは明らかである。

(2) 地域的類似性について

昭和六〇年、六一年の一件当たり平均報酬額や調査士一人当たり処理件数は、地域的に見て差がある(別表七の一参照)。

また、被告の予備的主張自体から見ても、三年間ともに所得率の全県平均値を下回っているのは諏訪、伊那、飯田の南信地区のみである(別表七の二参照)。

したがって、地域的類似性が立証されているとはいえない。

(3) いわゆる倍半基準が本件では妥当しないことについて

被告の予備的主張に係る同業者の中から、原告よりも収入金額が多い同業者と、これと同数の原告より収入金額の少ない同業者を抽出して平均所得率を算出すると、別表七の三のとおり、被告主張の所得率よりかなり低くなる。原告の収入金額に近い同業者のみの平均所得率とこれ以外の同業者をも含んだ平均所得率がこのように明確に開く時は、倍半基準を満たしていても合理性がないというべきである。

四  被告の反論

1  常用の雇人がいることを抽出条件の中に加えず、経費一括推計をすることの合理性

(一) 原告が提出した給料支払明細書控は、次の点から、信用することができないから、原告の主張は失当である。

(1) 給料支払明細書控のうち三村壽春分については、昭和五五年一月分以降から、同用紙の製品番号はコクヨシン-113となっている。しかし、同用紙の製造販売開始年月日は昭和五五年六月九日であり、また、同用紙が実際に小売店で販売されるのには更に相当期間経過することを要することからすると、少なくとも三村壽春分の昭和五五年一月分以降か月間の分については、後日作成されたものであることは間違いない。

(2) 原告は、本人尋問において、給料支払明細書は各個人毎に綴り帳を使用していたわけではなく、一冊の綴りに給与の受給者を続けて記入していた旨供述しており、三村壽春以外の分についても後日作成されたということになる。

(3) 原告は、本人尋問において、給料の支払日は全員同じではなかった旨供述しているところ、経費帳(甲六及び九)には、給料の支払日としては全く同一の日が記載されており、矛盾している。

(4) 原告は、本人尋問において、三村壽春が飲食店及び自動車販売業を営むものであることを認めているが、三村壽春の昭和五五年分の給与支払明細書控によれば、一月と八月を除き、毎月一二〇ないし一五〇時間という長時間にわたり原告の下で勤務していることになっており、不合理な内容になっている。

(5) 甲三四の記載によれば、桜井登は、固定給制で、月額給与をベースにして、休日出勤、時間外勤務及び休暇分を加算減算する方式を取っていたことになるところ、昭和五五年八月に一〇六パーセントのベースアップがあったから、これに応じて、休暇の場合の一日あたりの減額分も同年七月時の四八〇〇円から、昭和五六年二月時には五一二〇円(右の一〇六パーセント)になるはずである。ところが、昭和五六年六月の休暇においては減額分が一日当たり五〇〇〇円、同年八月については五四〇〇円となっており、算定根拠があいまいで不自然である。

(二) 経費一括推計は、各経費につき、収入金額との相関関係の強弱にかかわらず、それが同業者において、収入金額のどの程度の割合を占めるかという点に着目して推計したものということができるところ、合理的営利活動の観点から言えば、少なくとも経費が収入に対して負の相関関係を生ずることは考えがたく、相関の度合いが低い項目を含んでいるとしても、本件のように調査に全く協力せず、人件費の実額が把握できないような非協力事案における推計の方法としては、合理性を肯定できるものである。そして、本件は、典型的な非協力事案であって、被告の主張する推計方法は合理性を有する。

(三) 土地家屋調査士法二条によれば、調査士は、他人の依頼を受けて、不動産の表示に関する登記につき必要な土地又は家屋に関する調査、測量、申請手続又は審査請求の手続をすることを業とするとされていて、職務内容が基本的に決まっており、他方、同法施行規則二〇条一項によれば、土地家屋調査士は、その業務を補助させるため補助者を置くことができるとされている。しかも、その補助者は、収入の獲得に密接な関係がある前記業務の補助をするのであるから、雇主の収入と人件費との相関関係が他業種に比べて高いということができ、収入に対する原価を構成するものであると考えられる。

実際にも、昭和五四年度ないし昭和五六年度の長野県下の全ての税務署管内で、各税務署ごとに原告と同種の土地家屋調査士業を営む個人の青色申告者で原告の係争各年分に係る収入金額の二分の一以上、二倍未満の者を抽出し、その中で給料賃金の支払のある者の件数を調べ(別表八の三参照。以下同表を「調査表2」という。)、調査表2の結果を集計し、長野県全県での給料賃金の支払率を算出すると別表八の一のとおりとなる。また、各税務署ごとに収入金額が五〇〇万円以上一〇〇〇万円未満の者、一〇〇〇万円以上二〇〇〇万円未満の者、二〇〇〇万円以上三〇〇〇未満の者に分類して、平均収入金額と平均給料賃金を算出し(別表八の四の1、2参照。以下同表を「調査表3」という。)、この数値をもとに、各税務署ごとの平均給料賃金の総合計を、各税務署ごとの平均収入金額の総合計で除して給料賃金率を算出すると、別表八の二のとおりとなる。

以上の事実からすると、原告と類似性のある同業者は、補助者を雇うことが一般的であり、収入金額の増減と給料賃金の増減との間には、収入金額と一般経費の関係に近い密接な関係が存在するということができる。

したがって、土地家屋調査士業については、人件費は特別経費を構成するものではなく、これも含めて経費を一括して推計することは合理的である。

2  原告は、女性の青色事業専従者がいることを抽出条件に加えるべきであるとか、地域的類似性が認められない等の批判をする。

しかし、推計課税は、納税者の所得金額を実額で把握することができない場合に、やむをえず間接資料によって真実の所得金額に近似するものとして推計した数値をもって所得金額と認定して課税するものであり、その推計で得られる数値は、一般的抽象的な見地から真実の所得金額に一致する蓋然性があれば足りるというべきである。法もある程度の抽象性は容認しており、業者間の類似性を過度に要求することは推計による課税自体を否定することになりかねない。そして、業種業態の類型的同一性、事業所の存する地の地理的、環境的近接性及び事業規模の近似性等の基本的要因において同業者抽出基準が合理的であれば、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、同業者の平均所得率を求める過程で捨象され、これを殊更に斟酌することを要しないというべきである。

そうすると、原告の主張するような微細な点を考慮しなくても、被告主張の推計には合理性があるというべきである。

五  原告の再反論

1  経費の一括推計の非合理性について

別表八の一、二についても、各同業者の雇人費の内訳がわからない(作業過程の正確性が確認できない)ようなひどい方法で作成されている。また、被告は、臨時雇用者も含めた補助者への賃金支払状況を調査しており、常用の雇用者がいることが一般的であるとの事実は立証されていない。

更に、収入金額と一般経費との間には、収入金額の増加とともに、それに比例して一般経費も増加し、収入金額と一般経費の割合がほぼ一定であるという関係がある。しかし、別表八の二は、収入金額の増加とともに、給料賃金率が増加するということを示しているにすぎず、同表から、収入金額と雇人費の間に右のような意味での比例関係を肯定することはできない。

2  原告が主張する推計方法

(一) 雇人費の実額を考慮した推計方法

前記のとおり原告の雇人費の実額(別表六参照)が把握できる以上、それ以外の経費を推計し、それに雇人費の実額を加えた額を経費として収入金額から控除することにより事業所得を算定すべきである。

この点、被告は、同業者調査表を作成する際、雇人費の内訳を明らかにせず、前記の経費一括推計の合理性の立証にあたっても、その内訳が明らかとならないような方法を用いている。

別表九の一、二は、別表五の一記載の同業者の中から給料賃金の支払があり、かつその対収入金額比率(給料賃金率)が判明する者を割り出すための作業表である。

即ち、前記調査表1と調査表2は同業者を選定するについての抽出基準となる収入金額の範囲が同一であることから、調査表2の総件数と給料賃金の支払のある者の件数が一致しているものについては、それに対応する調査表1の同業者全部の者に給料賃金の支払があると判定できる。そして、諏訪税務署管内の分については、本件の調査表1及び調査表2と別件のこれに対応する調査表を対比すれば、別件においてのみ同業者として抽出された順号5(別表九の1のNo.2、同表九の二のNo.3)は、給料賃金の支払のある者であることが判明する。

次に、このようにして特定した同業者について、更に調査票3の収入金額の区分毎の平均収入金額の数値と、調査票1の収入金額区分どおりに区分して合計して平均した数値とを比較すれば、当該同業者の給料賃金率が判明する。

右のとおり選定した同業者のうち、収入金額の高い者四名の収入金額とこれから給料賃金を除いた経費を控除した後の所得金額の比率(所得率)は、別表一〇のとおりである。

原告の昭和五四年分及び昭和五五年分の収入金額に右により得た所得率を乗じて、別表六の人件費実額を控除し、更に事業専従者控除分を控除した結果得られる事業所得金額は、昭和五四年分については九〇〇万五二九九円、昭和五五年分については七五七万七〇三〇円であり(別表一一参照)、本件更正等は一部取り消されるべきである。

(二) 事業規模が類似している同業者のみの所得率により経費一括推計をする方法

仮に経費一括推計するとしても、昭和五四年分の所得の推計につき、被告が抽出した予備的主張に係る同業者のうち、原告の収入金額上位の者全部(二名)と、これと同数の直近の下位のもの二名を抽出すると、平均所得率は五二・九四パーセントとなるから(前記三4(三)(3)、別表七の三参照)、別表一二のとおり、事業所得金額は、八八九万五六五〇円となる。したがって、本件更正等は一部取り消されるべきである。

六  争点の総括

1  総収入金額はいくらか。

2  本件原処分時に推計の必要性があったといえるか。

3(一)  被告の主位的主張に係る推計の合理性が認められるか。

(二)  原告が主張する推計方法が合理的といえるか。そうだとして、被告の主張に係る推計の合理性が否定されることになるのか。

4(一)  被告の予備的主張が時機に遅れた防御方法に該当するか。

(二)  右主張に係る推計の合理性が認められるか。

(三)  原告が主張する推計方法が合理的といえるか。そうだとして、被告の右主張に係る推計の合理性が否定されることになるのか。

第三判断

一  原告の総収入金額(争点1)について

係争各年分の原告の収入金額のうち、原・被告間で争いのある収入についての当裁判所の判断は、次のとおりである。

1  昭和五四年の収入金額について

(一) 小林嗣治との取引について

乙五によれば、昭和五四年六月一一日、小林嗣治から原告に対し交付された額面一一万〇四〇〇円の小切手が決済されたことが認められ、昭和五四年中に、原告に同額の売上が発生していたことが推認できる。

これに対し、原告は、小林嗣治が代表取締役を勤める伊賀良建設株式会社の請け負った建築主から仕事を依頼されたことから、右建築主が伊賀良建設株式会社を介して入金をしたにすぎず、かつ、その建築主に対する売上は、争いのない収入金額中に含まれているから、右建築主に対する売上のほかに、右小林に対する独自の売上が存在したと認められないと主張し、本人尋問においてこれに沿う供述をし、甲五三を提出する。

しかし、本件全証拠をもってしても、右建築主の名前すら明らかでなく、争いのない収入のうちどれが小林を介して依頼された取引に係るものであるかも特定できないから、原告の右供述部分及び甲五三は右推認を左右するに足りない。

(二) ゴムノイナキとの取引について

甲一五(各枝番すべて)、乙四、六、七及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、司法書士の伊藤明と業務を提携することがあり、依頼された仕事の中に司法書士がなすべき職務(保存登記)が含まれていた場合、自己の職務(測量及び表示登記)の対価に司法書士がなすべき職務の対価を合計した金額を顧客に請求して代金を顧客から受領し、他方、伊藤明は顧客から依頼された仕事に土地家屋調査士がなすべき職務が含まれていた場合は、伊藤明の職務の対価に原告の職務の対価を合計した金額を伊藤明の顧客に請求してその代金を伊藤明の顧客から受領し、その後、原告と伊藤明との間で、複数の取引をまとめて相互の職務の対価分の清算をしていたことが認められる。右事実によれば、伊藤明との清算は、原告と伊藤明との内部関係の問題にすぎず、原告が自己の顧客から直接依頼された取引については、原告との間で、契約が成立し、代金債権も発生するのであるから、保存登記分の代金も原告の収入すべき金額に該当し、伊藤明に対する清算分は経費として考慮されるべきものと解するのが相当である。原告が、伊藤明を紹介したことによる手数料分を上乗せしていないことは、右認定の妨げとはならない。

これを本件の取引についてみるに、甲一の五の<19>及び乙七及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五四年七月ころ、ゴムノイナキから源泉徴収分(九〇〇円)込みで二万〇八〇〇円を領収したこと、ひいては、同年中に、同額の売上が発生していたことが認められる。

これに対し、被告は、原告がゴムノイナキから源泉徴収分(九〇〇円)控除後の三万円を受領したと主張し(当事者双方の主張の差額は一万〇一〇〇円)、これに沿う証拠として、乙六(伊藤明作成のメモ)を提出する。しかし、源泉徴収金額は報酬から一万円を控除した金額の一割とする旨定められているところ(所得税法二〇五条二号、同法施行令三二二条)、甲一の五の<19>によれば、報酬部分は一万九〇〇〇円であり、右の定めによって算出した源泉徴収金額は九〇〇円であることや、甲一の五の<19>に書込等がされていなことを考慮すると、乙六の金額の記載は、記載ミスにすぎないとの疑いが払拭できない。したがって、乙六は右認定を左右するものとはいえず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがって、原告の右取引に係る売上は、原告の主張のとおり、二万〇八〇〇円である。

(三) 公立学校共済組合との取引について

右(二)認定の事実と、甲一の四の<12>、同一五の<9>、乙八に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、昭和五四年六月一五日、公立学校共済組合が振出交付した源泉徴収分二九七〇円を除いた四万一三三〇円の小切手金が原告名義の預金口座に入金され、同年中に、四万四三〇〇円の売上が発生していたこと、本件取引についても、四〇〇〇円が伊藤明の取得分であるとして、その後、清算されたことが認められる。

そして、右(二)に説示したとおり、伊藤明との清算分は、経費として考慮されるにすぎないから、本件取引に係る売上は、被告主張のとおり、四万四三〇〇円となる。

(四) 篠田安雄との取引について

甲一の九の<6>、甲一六及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五四年中に、篠田安雄から業務を受託し、同年一二月に、三三万八四五〇円を請求したことが認められる。

これに対し、原告は、この代金は回収できなかったから、収入金額に算入されない旨主張する。しかし、その年分の所得の金額の計算上収入金額となる金額は、その年において収入「すべき」金額(所得税法三六条一項)であり、代金額が決定され、代金債権が発生した時点で、収入すべき金額が確定するのであるから、代金債権発生後未収金が生じたとしても、それが同法五一条二項に基づき必要経費の計算上考慮される余地があるのは別として、収入金額の計算上これを減算することは許されないと解すべきである。

したがって、本件取引に係る売上は、被告主張のとおり、三三万八四五〇円である。

(五) 鋤柄との取引について

乙九によれば、昭和五四年八月二一日、原告が大宮温泉の代表者鋤柄から交付を受けた四万八九〇〇円の小切手が決済されたことが認められ、同年に同額の売上が発生したことが推認される。

これに対し、原告は、右(三)と同様の理由で、伊藤明との間で一万六三〇〇円を清算したから(項一五の<9>)、これを控除した三万二六〇〇円が売上となるにすぎないと主張するが、その理由がないことは右(三)に説示したとおりである。

したがって、本件取引に係る売上は、被告主張のとおり、四万八九〇〇円である。

(六) 常盤茂樹との取引について

乙五によれば、昭和五四年一〇月二日、原告が常盤茂樹から交付を受けた額面一〇万三〇〇〇円の小切手の決済がされたことが認められ、同年に、同額の売上が発生したことが推認できる。

これに対し、原告は、右(三)と同様の理由で、伊藤明との清算額である二万四九〇〇円(項一五の<11>)を控除した七万八一〇〇円が収入金額となるにすぎないと主張するが、その理由がないことは右(三)に説示したとおりである。

したがって、本件取引に係る売上は、被告主張のとおり、一〇万三〇〇〇円である。

(七) 中六産業有限会社との取引について

甲一の三の<32>(複写式の領収証の控)によれば、原告は、昭和五四年四月頃中六産業有限会社に対し、源泉徴収税分込みで、一一万四〇〇〇円の支払を請求したことが認められ、同額の売上が発生していたことが推認される。

これに対し、原告は、乙一〇の帳簿には、五月九日に貸方に一一万四〇〇〇円が計上され、同日、借方に七四〇円の値引きがされたとの記載があることから、一一万三二六〇円が収入金額となるにすぎないと主張する。しかし、右認定の事実からすると、原告は、五月九日以前に、一一万四〇〇〇円を請求していたのであって、右帳簿の記載も、原告からの代金請求後である五月九日に代金を支払った際、貸方に既に確定していた原告の売上(請求額)を記載し、支払の時点で値引きがあったという経過を明らかにする趣旨で記載されたと認められる。そして、右(四)説示と同様の趣旨で、代金発生後値引きをした場合、値引き分は、必要経費の計算上考慮されうるにとどまり、収入金額の計算上これを減算することはできない。

したがって、本件取引に係る売上は、被告主張のとおり、一一万四〇〇〇円である。

(八) 原建設との取引について

被告は、(1)乙一一を根拠に、昭和五四年一月一〇日に、四万七〇〇〇円と五万九三〇〇円の売上が発生したと主張し、(2)乙一二を根拠に、同年五月一一日、一〇万六八〇〇円の売上が発生した(合計二一万三一〇〇円)を主張する。

しかし、甲四七、四八、五三、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、右(1)の取引は、昭和五三年中に処理され、報酬請求権が発生した売上に関するものであると認められ、その売上は、昭和五三年の収入すべき金額となる。また、甲四九、五三及び弁論の全趣旨によれば、右(2)の売上についても同様の事実が認められる。右(2)の売上に関する乙一二の記載も、昭和五三年分の総勘定元帳に記帳すべきところ、原建設の経理担当者が、それを失念したために、仮払金名目で昭和五四年の支出として計上した疑いがあり、被告主張の売上が、昭和五四年に収入すべき金額に該当すると認めるには足りない。

したがって、被告の右主張は認められない。

(九) 渡辺秀雄との取引について

乙五によれば、昭和五四年六月二八日、渡辺秀雄から原告に交付された四万一四〇〇円の小切手が決済されたことが認められ、同年に同額の売上が発生したことが推認される。

これに対し、原告は、この入金は、渡辺を介して依頼を請けた他の業者に対する売上に関する入金にすぎず、渡辺に対する独自の売上があったわけではないと主張する。

しかし、右(一)に説示したのと同様に、原告は、争いのない売上中、どこの売上に関するものであるかにつき特定できないから、原告の四万一四〇〇円の独自の売上があったと認定せざるをえない。

(一〇) 谷沢和俊との取引について

乙五によれば、昭和五四年一二月二九日、谷沢和俊から原告に対し交付された額面九万二〇〇〇円の小切手が決済されたことが認められ、同年に同額の売上が発生したことが推認される。

これ対し、原告は、右(三)と同様の理由で、伊藤明に一万六〇〇〇円を支払ったから(甲一五の<15>)、七万六〇〇〇円が売上となるにすぎないと主張する。しかし、この主張が理由がないことは右(三)に説示したとおりである。

(一一) 以上から、昭和五四年の総収入金額は、一八一一万一〇八〇円(被告主張額から右(二)の双方の主張額の差額と(八)の金額の合計二二万三二〇〇円を引いた金額)と認められる。

2  昭和五五年分の収入金額について

(一) 宮下亀一との取引について

乙一一及び弁論の全趣旨によれば、昭和五五年七月一一日以前に、原建設を通じて依頼を受けた宮下亀一に対し一四万円の売上が発生したことが認められる。

なお、甲一七、五三及び弁論の全趣旨によれば、原告は、宮下から一四万円の代金を預かった原建設から、それを回収をする際に、原建設が払込むべき株券の代金三万円の負担を持ちかけられ、結局、一〇万〇三六五円(源泉徴収分払込みで一一万円)を回収したにすぎないことが認められる。そして、この事実から、原告は、三万円は実施値引きであり、一一万円が原告の売上となるにすぎないと主張する。しかし、これはせいぜい必要経費の計算上考慮される余地があるにとどまり、収入すべき金額の計算上これを減算することは許されないというべきである。

(二) 大沢兼光との取引について

甲二の二の<33>、乙一五によれば、大沢兼光に対して三万三四〇〇円の売上が発生したことが認められる。

そして、原告は、未収金三四〇〇円が存在することを理由に、収入金額は三万円にすぎないと主張する。

しかし、乙一五によれば、未収金が存在するかどうについては疑問が残るし、そもそも未収金については、回収不能が確定した年度に必要経費の計算上考慮される余地はあっても、収入すべき金額の計算上これを減算することはできないことは、右1の(四)に説示したとおりである。

したがって、本件取引に係る売上は、被告の主張のとおり、三万三四〇〇円である。

(三) 近藤千代男及び山内弘との取引について

甲二の五の<29>及び<30>によれば、昭和五五年中に、近藤千代男に対し二万五〇〇〇円、山内弘に対し五万円の代金債権が発生したことが認められる。

ところで、原告が、古厩貞智から七万六〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがないところ、原告は、近藤千代男及び山内弘(以下「近藤ら」という。)が売主、古厩が買主となった土地売買で、近藤らの手続に要する費用を古厩が一部負担することになったことから、古厩が、近藤らの負担分を一〇〇〇円間違えて送金していたにすぎないから、近藤らに対し、古厩から受領した七万六〇〇〇円の代金のほかに、別個独立の近藤らに対する代金債権が発生していたわけではなく、被告の主張によると売上を二重に計上することになると主張する。

しかし、その主張のとおりだとすれば、古厩名義の領収証を再発行するのが通常であるところ、原告はそのような領収書控の提出をしていないこと、右甲号証にも、古厩から送金があったこと等に関する書込がされていないこと、及び近藤らと古厩の売買契約関係を立証する証拠が提出されていないことを考慮すると、近藤らに対する売上は、古厩が原告に送金した七万六〇〇〇円に係る売上とは別個のものであったと推認せざるをえない。

(四) 塩沢誠との取引について

乙一六によれば、昭和五五年中に、塩沢誠が原告に対して振出交付した小切手一〇万二六〇〇円が決済されたことが認められ、同年中に同額の売上が発生していたことが推認できる。

これに対し、原告は、1の(三)と同様の理由で、伊藤に六万〇四〇〇円支払ったから(甲一五の<32>)、原告の売上は、四万二二〇〇円にすぎないと主張するが、その理由がないことは、1の(三)に説示したとおりである。

(五) 武井武久との取引について

甲二の八の<39>、<42>及び弁論の全趣旨によれば、武井武久に対し、合計一二万〇五三三円の売上が発生したことが認められる。

これに対し、原告は、一〇万円を受領しただけだと主張し、これに沿う証拠として甲二〇の二を提出する。

しかし、未収金は、必要経費として考慮されるのはともかく、収入金額の計算上これを減算することはできないのみならず、甲二の八の<39>、<42>に値引き額のメモがされていないことに、乙一七及び弁論の全趣旨を総合すると、値引きはなく、差額は、現金で支払われたと推認でき、甲二〇の二は採用できない。

したがって、原告の主張は認められない。

(六) 株式会社マルイチとの取引について

乙八及び弁論の全趣旨によれば、昭和五五年一二月二五日、株式会社マルイチが振出交付した九万七二〇〇円の小切手金が原告名義の預金口座に入金されたことが認められ、同年中に、同額の売上があったことが推認できる。

これに対し、原告は、この入金は同社の取引先から仕事を依頼されたことから、同社を通じて入金があったにすぎず、同社に依頼した業者は、当事者間に争いのない売上の当事者に含まれているはずであるから、被告の主張によると二重計上になると反論する。

しかし、原告は、争いのない売上中、どの業者の依頼の分であるかにつき特定して主張しておらず、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(七) 安江隆吉との取引について

川口圭治に対して四万円の売上があったことについては、当事者間に争いがないが、乙一六によれば、昭和五五年三月二五日以前に、右安江から原告に対し、四万円の小切手が交付され、その後決済されたことが認められる。ここから、被告は、右川口との取引とは別個に、右安江に対する四万円の売上が発生していたと主張する。

しかし、甲二の二の<13>、同五一、五三に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、右川口から右安江が経営する安江建設を介して依頼を受けており、右の小切手は、右川口の売上の支払のために振出交付されたものであることが認められる。したがって、右認定の小切手金の決済をもって、安江に対して四万円の売上が別個発生していたとは推認できないものであり、被告の主張は理由がない。

(八) 渡辺勝良との取引について

被告は、渡辺勝良に対して一万〇八五〇円の売上が発生したと主張するところ、乙一八及び弁論の全趣旨によれば、渡辺勝良から原告に対し、一万〇八五〇円が支払われたことが認められる。しかし、乙一八によれば、それは、渡辺が支払うべき土地登記簿謄本の手数料を原告が立替えたことから、その代金を返済したものであることが認められるから、渡辺に対して、原告の業務に関して一万〇八五〇円の売上が発生したと認めるには足りない。

したがって、被告の主張は理由がない。

(九) 有限会社久保田鉄工製作所との取引について

久保田香から依頼のあった測量の代金が一三万円であったことは当事者間に争いがないが、乙八によれば、昭和五五年一二月二五日頃、有限会社久保田鉄工製作所が原告に対して振出交付した小切手金四万一七二〇円が原告名義の預金口座に入金されたことが認められる。

ここから、被告は、右久保田香との取引とは別個に、右有限会社久保田鉄工製作所に対する四万一七二〇円の売上が発生していたと主張する。

しかし、弁論の全趣旨によれば、久保田香は有限会社久保田鉄工製作所の代表取締役であったことが認められ、右四万円の入金は右一三万円の代金の一部として入金された可能性を否定できず、右の入金の事実をもって有限会社久保田鉄工製作所に対する別個の売上が発生していたと推認することはできない。

したがって、被告人の主張は認められない。

(一〇) 後藤吉見との取引について

乙一七及び弁論の全趣旨によれば、昭和五五年中に、後藤吉見が原告に対して振出交付した五万八七五〇円の小切手が決済されたことが認められ、同年中に同額の売上が発生したことが推認できる。これに反する証拠はない。

(一一) 上沼五郎との取引について

乙一六及び弁論の全趣旨によれば、昭和五五年中に、上沼五郎が原告に対して振出交付した九万円の小切手が決済されたことが認められ、同額の売上が発生したことが推認できる。これに反する証拠はない。

(一二) 飯田精密との取引について

乙二〇には、飯田精密から「唐沢」に対し、六〇〇〇円の支払がなった旨の記載がある。

しかし、甲五三及び弁論の全趣旨によれば、飯田精密は、原告と同姓の別人とも取引があることが窺われるところ、右の「唐沢」が原告を示すものであるか否かを確定するに足りる的確な証拠はない。

したがって、乙二〇のみをもって飯田精密に対する売上を認定することはできず、他に右金額の売上が発生したと認めるに足りる証拠はない。

(一三) 松岡伍一との取引について

甲二の八の<5>ないし<7>、同五三、弁論の全趣旨を総合すれば、昭和五五年一二月、原告と松岡伍一との間で四万五六四〇円、同時に隣地所有者勝間田建設株式会社との間で六万八四六〇円、熊谷重治との間で一一万四一〇〇円の各売上が発生したことが認められる。

これに対し、被告は、松岡伍一に対する売上につき、乙一を根拠に同人に対する売上は、六万六二〇〇円及び二万六二〇〇円となると主張する。

しかし、前掲各証拠に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、松岡伍一ほか二名から一括して依頼を受け、松岡伍一ほか二名は、原告からの請求金額の総額につき、三名の内部的負担額を話し合い、松岡伍一については、原告の自己に対する請求額を超える部分も負担することとなり、その負担分を直接原告に支払ったこと、その結果、支払の内容の回答を求める関東信越国税局長の照会に対して、以上の経過を説明せずに、支払額のみを回答してしまったことが認められる。また、甲二の八の<7>の「事件内容」欄には、上飯田五五二〇番五としか記載がないが、甲二の八の<5>、<6>に照らし、同一人に対する請求の際に、地番ごとに別個の請求書領収書を発行するということは考え難いから、甲二の8の<7>のほかに、五五二〇番六の土地に関する売上が発生していたと認めることはできない。

したがって、昭和五五年の松岡伍一に対する売上については、四万五六四〇円が認められるにすぎない。

(一四) 以上により、昭和五五年の総収入金額は、一八一二間六六六五円(被告主張額から、右(七)、(八)、(九)、(一二)の金額及び(一三)の被告主張額と認定額との差額の合計額一四万五三三〇円を引いた金額)となる。

3  昭和五六年

(一) 大蔵建設との取引について

被告は、原告の大蔵建設に対する七万六五五〇円の売上があったと主張し、原告は、当初これを認めたものの、その後、五万円しか入金がなく、二万六五五〇円の値引きがあったと主張し、この金額は、収入金額から減算されるべきであると主張する。

しかし、仮に値引きがされたとしても、1の(七)に説示したとおり、収入金額の計算上これを減算することができないから、原告の主張は失当である。

(二) 久保田英司との取引について

乙二三、二七によれば、昭和五六年一〇月二二日、久保田英司に対し六万七三〇〇円の売上が発生したことが認められる。

これに対し、原告は、他の争いのない売上分とあわせて六万七三〇〇円相当の値引きをしたと主張し、本人尋問において、これに沿う供述をする。

しかし、1の(七)に説示したとおり、仮に値引きがされたとしても、収入金額の計算上これを減算することができない。のみならず、右同日の五万六四〇〇円の売上の領収証である乙二六には、六八〇〇円の値引き金額が記載されているのに対し、六万七三〇〇円の売上に係る領収証(乙二七)にその旨の記載のないこと、値引きがあったとすれば、この領収証を久保田に渡すはずがないことを考慮すると、原告の右供述部分は採用できず、六万七三〇〇円相当の値引きをしたとの原告の主張は認められない。

(三) 梅田敏子との取引について

乙二八によれば、昭和五六年九月一七日ころ、梅田敏子に対する一〇万〇四五〇円の売上が発生したことが認められる。

これに対し、原告は、伊藤に対して三万七六〇〇円を清算したから(甲一五の<42>)、1の(三)と同様の理由で六万二八五〇円が原告の売上となるにすぎないと主張するが、その理由がないことは、1の(三)に説示したとおりである。

(四) 田中洋佐との取引について

乙八及び弁論の全趣旨によれば、昭和五六年中に田中洋佐が原告に対して振出交付した七万五〇〇〇円の小切手金が原告名義の預金口座に入金されたことが認められ、同年中に同額の売上が発生したことが推認できる。

これに対し、原告は、伊藤に対して二万一七〇〇円を支払ったから(甲一五の<38>)、1の(三)と同様の理由で五万三三〇〇円が原告の売上となるにすぎないと主張するが、その理由がないことは、1の(三)に説示したとおりである。

(五) 古田勝晴との取引について

乙二九によれば、古田勝晴から原告に対し、七万八五〇〇の入金があったことが認められ、同額の売上があったと推認できる。

これに対し、原告は、事業とは関連性のない立替金の返済を受けたにすぎない旨主張するが、右の推認を左右するに足りる証拠はない。

(六) 海老沼由裕との取引について

乙八によれば、昭和五六年中に海老沼由裕が原告に対し振出交付した小切手金一〇万円が原告名義の預金口座に入金されたことが認められ、同年中に同額の売上が発生したと推認できる。

これに対し、原告は、一〇万円の支払のうち三万円分(甲三の一の<26>)は、海老沼個人の依頼による取引だが、残額の七万円は同人の取引先から仕事を依頼されたことから、同人を通じて入金があったにすぎず、かつ、同人を介して依頼をした業者に対する売上は、当事者間に争いのない収入金額中に含まれているはずであるとして、被告の主張によると売上の二重計上になると反論する。

しかし、原告は、争いのない売上中、どの業者の依頼の分であるかにつき特定して主張しておらず、七万円は、海老沼に対する独自の売上であったと認定せざるをえない。

(七) 以上により昭和五六年の総収入金額は、一七五二万五〇五六円(被告主張金額)である。

二  本件原処分時に推計の必要性があったか(争点2)。

1  原告に対する税務調査の経緯

(一) 第二事案の概要のうち、二被告の主張1の(一)ないし(四)の各事実は、当事者間に争いがない。

(二) その後の税務調査の経緯につき、次の事実を認めることができる。(争いがない事実又は原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)

(1) 飯田係官及び木下係官は、昭和五七年七月一四日、原告宅に臨場したところ、同所には民商の原会長ほか七名が待機していた。そこで、飯田係官らが調査目的を告げたところ、原会長は、「飯田係官が他の土地家屋調査士宅に調査に赴いた際、来年度は原告方らに調査に入る旨述べたそうだが、これは重大な公務員の守秘義務違反になる、その経緯を明らかにせよ、その点につき謝罪しない限り、調査に応じられない」旨発言し、また、調査に関係のない第三者を退席させてほしい旨要求した飯田係官に対し、原告らは、これに協力する姿勢を示さなかったため、同係官らは、このままでは調査を実施することができないものと考え、原告宅を辞去した。

(2) 飯田係官は、同月一七日、原告に電話で税務調査に協力するよう要請したが、原告は、守秘義務の問題が解決しなければ、調査には応じられない旨回答した。そのため、飯田係官は、調査に協力するつもりになったら、連絡するよう要請して電話を切った。

(3) しかし、その後、原告から連絡がなかったため、飯田係官においては、原告の取引関係についての調査を行い、一〇月二九日には原告に対し、修正申告を促しが、原告はこれに応じようとしなかった。

(4) その後、一一月四日には林百郎衆議院議員が被告と面接し、原告が帳簿類を被告の担当者に示すということになり、同月五日には、原告及び原会長らが、昭和五六年分の経費に係る請求書、領収証等を持参して飯田税務署を訪れたが、同行した民商会員が、帳簿類を見るだけ見ておいて推計で決めるのでは困るなどと述べて、被告の担当者の確約を求め、直ちに帳簿類を閲覧させなかったことから、被告の担当者において、充分調査検討する余裕のないまま夕刻になり、原告らは、持参した右帳簿類を持ち帰った。

(5) 右のような経緯から、被告においては、これ以上原告から留保のない調査協力は得られないものと判断し、本件原処分に及んだ。

2  次に、証拠(以下の各項掲記のもののほか、甲一四、乙三一ないし三五、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和六二年五月七日の本件口頭弁論期日において、昭和五五年分及び昭和五六年分の事業所得金額について実額を主張し、昭和五四年分については、経費に関する資料が不十分であることを理由に、昭和五五年分の所得率二二・一パーセントと昭和五六年分の所得率二五・〇パーセントの平均値である二三・五五パーセントを一〇〇から引いた数値を収入金額に乗じて推計の方法(本人率)によって経費を算出していた。

(二) ところが、実額反証の証拠として提出された書証の中には、次のように問題のあるものが存在する。

(1) 経費帳

右実額主張の経費額は、経費帳(昭和五五年分については甲六、昭和五六年分については甲九)記載の合計額に依拠しており、経費帳に記載された個々の支出内容については、領収証のないものも含まれている(原告本人一八回本人調書三六丁裏)。

のみならず、甲六(No.22、No.28)には、株式会社いとうに対して昭和五五年九月二二日に六万九〇〇〇円、同年一二月八日に一七万五二〇〇円の各経費を出費した旨の記載があるが、同社の担当者に対する反面調査の結果同社との間で右のような取引はなかったことが判明した。

更に、甲九(No.5、No.8)には、同社に対して昭和五六年二月一八日に八〇〇〇円、同年三月一九日四万二〇〇〇円の各経費を出費した旨の記載があり、原告は、これを根拠付ける領収証として、甲一〇の二二、三七を提出した。ところが、同社の担当者に対する反面調査の結果、実際の取引金額は、前者については三〇〇〇円であり、後者については一万二〇〇〇円であったことが判明し、原告は、甲一〇の二二及び三七の金額欄を変造し、変造後の金額を甲九に記載したことが明らかとなった。

原告は、第一八回口頭弁論においては、甲六、九は税務調査があってから整理したものではないとか、取引があってから一週間以内のうちに書いていたなどと供述していたが、第二〇回口頭弁論の被告指定代理人の反対尋問で右の客観的矛盾を指摘され、第二一回口頭弁論において本件更正等がされた後に作成したことを認めるに至った。

原告は、第二一回口頭弁論において甲六、九は、もともと存在した経費帳に加筆訂正したものであると供述するものの、もとの経費帳は提出されておらず(原告は破棄したと供述する。)、実際に経費帳が存在したか否かは明らかでない。

(2) 領収証の変造、捏造

原告は、右のとおり、経費帳の記載のもととなった領収証を変造しているが、動機として、更正決定のやり方、不公平に対する不満があったと供述しており、右変造が本件原処分後にされたことは明らかである。

更に、原告は、減価償却費を立証するため甲一二を提出するが、そのうち昭和五四年一〇月付け再発行分との記載のある株式会社いとう発行の光波距離計一六七万九〇〇〇円の領収証及び同年四月付け再発行分との記載のある株式会社いとう発行のキャノンAX1コンピュータ図化キ一式三五〇万円の領収証については、同社に対する反面調査の結果、実際には、前者については昭和五五年七月二八日に一三〇万円で販売し、後者については、昭和五四年一〇月八日に三〇〇万円で販売したことが判明した。このような領収証の再発行は、原告が、昭和五八年二月に同社の担当者に領収証の再発行を依頼した際、担当者が内容が確認できない旨回答したにもかかわらず、原告が日付及び金額を申し出て、原告の言い分どおりの領収証を再発行させたことに起因する。

(3) 給与明細書について

原告は、雇人費を立証するため甲八(昭和五五年分)、甲一一(昭和五六年分)を提出した。

甲八のうち昭和五五年分の三村壽春に対する給与明細書には、コクヨ シン-113という品番の記載があるが、右の品番の給与明細書用紙は、昭和五五年六月九日以降生産された製品である(乙三六)。

原告は、第二〇回口頭弁論において、毎月給料を支払う前に記載していたと供述したが、第二一回口頭弁論において、右の矛盾を指摘されて、供述を翻し、昭和五五年分の支払調書を作成する際に、一年分をまとめ記載したと供述するが、その際、何を見て金額を記載したのかは明らかでなく、転記のもととなるべき経費帳等が存在したか否かも明らかではない。

甲八、一一の原本の裏表紙には、昭和五九年四月二五日(本件原処分の約一年半後)のゴム印が押されており、本件原処分後にまとめて記載された可能性も否定できない。

更に、三村壽春は、係争各年に自動車販売業を営んでいたが(甲五六)、甲八には、毎月一〇〇時間を超える労働時間が記載されており、内容が不自然である。

(三) 原告は、結局実額反証の主張を全部撤回した。

3  右1に認定の事実によれば、原告は、飯田係官らの調査協力要請に対し、守秘義務違反についての謝罪要求、第三者の立会要求を繰り返し、これらの要求が容れられない限り調査に応じられない旨の意思表示を明らかにしており、昭和五七年一一月五日に帳簿類を飯田税務署に持参した折りにも、結局は調査目的を遂げる余地のないまま資料を持ち帰っているのであり、これらの事情から、被告においては、これ以上実額の算定が困難であると判断したものであって、被告の右判断に違法、不当な点は見出し難いというべきである(第三者の立会を求める権利が憲法上保障されているとの原告の主張は独自の見解であり、採用できない。)。のみならず、右2に認定の事実によれば、そもそも本件原処分当時に原告の手元に信頼できる帳簿が存在したかについては多大な疑問が生ずるところであって、本件の場合、実額による課税は不可能てあったことが推認されるから、この点からも推計の必要性があったことは明らかである。

したがって、本件各更正等の取消の理由として、推計の必要性の欠如をいう原告の主張は、その余の点につき判断するまでもなく、失当というべきである。

三  被告の主位的主張に係る推計の合理性(争点3)について

1  前掲事実

甲二九の一ないし二〇、甲五四、乙一ないし三、証人牧内秀幸及び同小滝和義の各証言並びに原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、係争各年に、肩書住所地において歴年を通じて土地家屋調査業を営んでおり、それによる所得税について確定申告をし所得の認定に影響を与える程度の兼業はしていなかった。

(二) 別表四の一、三、四記載の同業者は、原告の住所地(納税地)を管轄する被告(飯田税務署)に対して関東信越国税局長が発した一般通達に基づき選定された次の(1)ないし(6)の基準の全てに該当する者であり、青色申告決算書等の被告の内部資料に記録されていた同業者の収入金額及び所得金額(収入金額から、青色事業専従者給与を除いた必要経費を控除した金額)等は、別表四の一、三、四の各1記載のとおりであった。

(1) 飯田税務署管内に事業所を有する者であること

(2) 係争各年中に土地家屋調査士業を営んでいた個人業者であること

(3) 歴年を通じて事業を継続して営んでいた者であること

(4) 土地家屋調査士業以外の事業を行っていなかった者であること

(5) 青色申告書より所得税の確定申告をした者であること

(6) 被告から更正処分を受け、これに対して不服申立て等を行うなど、係争中の者でないこと

(三) 右各同業者の所得率のうち統計学上一般に認められている方法、即ち、同業者の所得率の算術的平均を求め、これと各業者の所得率を開差いわゆる偏差を算出し、次にこの偏差を自乗したものを同業者数で除して得た数値を平方に開いて所得率の標準偏差を求め、これに統計学上一般に用いられる係争一・五を乗じて限界値を求め、更に同業者の所得率の算術的平均に限界値を加算もしくは減算することによって適正な平均値を得るのに有効な上限及び下限を求めて、その範囲内にある同業者のみを抽出するという方法によって異例値を排除したうえで、比準同業者の所得率を平均して、平均所得率を算出すると、別表四の一、三、四の各3(5)のとおりの数値となる。

(四) 同業者の抽出作業をした担当者は、別表四の一、三、四の各1の数値を基本的には青色申告決算書の数値によって把握したが、別表四の四の同業者Aは、原告の妻の兄である新井健司であり、その修正申告の際は、青色申告決算書を改めて提出せず、帳簿等の調査を行って、確定申告の際の青色申告決算書の数値のうち訂正の必要な部分について被告の部下職員の指示を受け、新井健司がこれに納得したことから、その意見をもとに収入金額を九〇六万八九二〇円(確定申告の際の八七五万三五一〇円に計上もれとして指摘された一〇万八一〇〇円及び二〇万七三一〇円を加えたもの)、所得金額を五一八万一三四〇円(確定申告の際の青色事業専従者給与控除前の所得金額四〇六万四五六二円に修正額として指示された一一一万六七七八円を加えたもの)として修正申告することを合意し、同業者の抽出調査の際飯田税務署に保管されていた所得調査カードにはこの数値が記載され、そのために、別表四の四のとおりの結果が得られた。しかし、新井健司(の依頼を受けた唐沢税理士)は、調査終了後、被告部下職員の計算ミスに気付いたため、収入金額の計上もれとして指示された二〇万七三一〇円を二一万八五〇〇円と訂正し(差額一万一一九〇円)、これに伴って所得金額の増加分も一一二万七九六八円と訂正し(甲二九の一三参照)、総収入金額九〇八万〇一一〇円(一万一一九〇円を加算)、所得金額五一九万二五三〇円(同額を加算)として、修正申告をした。この数値によると、新井健司の所得率は、五七・一八パーセントとなり、別表四の四は、別表四の五のとおり訂正されるべきで、昭和五五年の比準同業者の平均所得率は、五九・六三パーセントとなる。

(五) 土地家屋調査士業は、その内容が法律によって定められており、業態の点では、他の司法書士等の資格を兼有したうえで、実際に他の資格の基づく業務による売上を上げているか否かという点以外に有為な差異は見出し難い(雇人の有無や事業規模の点については後に検討する。)。

2  被告の主位的主張に係る推計方法の合理性

右1認定のとおり、右推計方法は、飯田税務署管内に事業所を有することを抽出基準に加えており、所在場所の近似性が考慮されているほか、兼業をしていない者であることを抽出基準に加えることで業態の類似性も考慮しているから、右の抽出基準は一応の合理性を有するということができ、同(二)の基準により選定された同業者は、その業種、業態、事業場所等において原告と類似性を有し、しかも、帳簿書類の備え付けを義務付けられたいわゆる青色申告者であるから、その申告内容の正確性を担保されていると認めることができる。

右同業者の選定は、関東信越国税局長の発した一般通達に基づいて機械的にされたものであるから、選定過程に被告の恣意が生じる余地はない。

ところで、昭和五六年分については、同(三)に説示した統計学的手法により、異例値が排除された結果同業者が三件に絞り込まれている。確かに、弁論の全趣旨によれば、一般論としては、右のような統計学的手法は、偏差を排除して普遍性を高める手法としての合理性を有するものと認められる。しかし、本件においてはもともと抽出件数が四件であり、更に普遍性を高めるためにこのような手法を用いる必要性及び相当性があるかについては疑問を挿む余地がある。昭和五四年分の四件の同業者の所得率の最大値と最小値の差が三二・六六なのに対し、昭和五六年分の四件の同業者の所得率の最大値と最小値の差は二五・〇五にすぎず、にもかかわらず、昭和五六年分についてのみ異例値があるとして排除されるのは、昭和五四年分については、各同業者間相互に開差があるのに対し、昭和五六年分については、他の三件の開差がほとんどないという偶然的要素に起因していると考えられる。したがって、本件においては統計学的手法を用いて絞り込みをかけずに、同業者の所得率を単純平均するのが相当である。

したがって、原告の係争各年分の収入金額に右のとおり選定された同業者の平均所得率(昭和五五年分については同(三)に説示したとおり別表四の五による数値、昭和五六年分については右説示のとおり別表四の三の1の<7>の数値)を乗じることによって原告の係争各年分の事業所得を推計することは合理的であり、前記認定の収入金額に右の方法で得た所得率(昭和五四年五七・二四パーセント、昭和五五年五九・六三パーセント、昭和五六年五四・六四パーセント)を乗じた金額から、当事者間に争いのない事業専従者控除額を控除して得た原告の係争各年の所得金額は、次のとおりとなる(別表二参照)。

昭和五四年 九九六万六七八二円

昭和五五年 一〇〇〇万八九三〇円

昭和五六年 八七七万五六九〇円

したがって、右認定の所得金額を上回ることなくされた本件更正等は適法である。

3  原告の主張に対する検討

(一) 原告は、乙二の記載の一部は、青色申告決算書に基づかずにされたものであって、正確性を欠くと主張し、他方、被告は、平成三年七月四日付け準備書面で、昭和五五年分の平均所得率を算出するために抽出した同業者のうち、別表四の四の同業者Aの数値に誤りがあるとしてそれを除いた同業者の所得率をもとに平均所得率を算出すべきで、その結果によると、昭和五五年の同業者の平均所得率は、別表四の二のとおり六〇・四五パーセントになると主張する。

右2に説示したとおり、青色申告者は、帳簿書類の備え付けを義務付けられているため、それに基づいてなされた申告の正確性は担保されているといえる。そして、その数値は、確定申告書及びこれに添付された青色申告決算書に記録されているが、確定申告後、被告の担当職員が帳簿を調査したうえ修正申告を促す場合は、その調査の結果に基づいて修正申告がされた場合に限り、その修正申告の正確性は担保されているということができる。

これを本件についてみると、前記1(四)認定のとおり、同(二)認定の同業者のうち、別表四の四の同業者Aについては、確定申告後、帳簿等をもとに調査がされ、その調査の結果判明した申告もれの金額を検算したうえで、調査結果に基づいた正確な金額をもって修正申告をしたことが認められるから、同業者として抽出することは合理的である(金額は、別紙四の五のとおり)。

また、右認定を考慮すると、乙二には、恣意的に誤った数値が記載されたものではないことが明らかだから、乙二の信用性が否定されることにはならない。

したがって、右説示の限りで、原告の主張は失当である。

(二) 次に、原告は、被告が抽出基準に常用の雇人がいる者であること又は給料賃金を支払っている者であることを抽出条件に加えていないことをもって、抽出基準に合理性がないと主張し、また、雇人費の実額が認定できる以上、これを除く一般経費のみについて推計をし、雇人費の実額をこれに加えて必要経費の認定をして所得金額を算出すべきであると主張する。

右のような主張が意味をなすのは、実際に原告が右の条件を満たすことが立証された場合であるから、その立証があるかについて検討する。

原告は、別表六記載のとおりの雇人費を支払っていたこと、少なくとも常用の雇人がいたことを証明するため給与明細書(甲八、一一)、経費帳(甲六、九、六七)、裁決書(甲一四)、南端照雄作成の証明書(甲三二)、三村壽春作成の証明書(甲三三)、櫻井登作成の証明書(甲三四)、田原一彦作成の証明書(甲三五)、三村壽春作成の報告書(甲五六)を提出し、原告本人尋問においてもこれに沿う供述をする。

しかし、前記二2(二)(3)に説示したとおり、三村壽春の給与明細書の信用性については多大な疑問があるし、同(1)、(2)に説示した原告の行動を考慮すると、南端照雄、櫻井登及び田原一彦の分の給与明細書についても信用性に疑問があるというべきである。そして、経費帳や甲三二ないし三五の各証明書はこれらの給与明細書をもとにして作成されているから、これらの信用性にも疑問があるというべきである。

また、甲一四によれば、国税不服審判所長は、給与明細書について支払の都度作成したものと認めて、別表六のとおりの雇人費の支払があったと認定したことが認められるが、右のとおり、本訴の審理を通じて、給与明細書は支払の都度作成されたものであることについて重大な疑問があることが判明した以上、裁決で雇人費が認定れさたことをもって、雇人費を認定することはできないし、裁決に、裁判所の認定を拘束する効力があると解すべき理由もない。

三村壽春作成の報告書(甲五六)については、別表六と同一の金額を収入金額として記載した三村壽春の昭和五五年分の確定申告書(提出用)(以下「報告書別紙1」という。)と昭和五六年分の確定申告書の控(以下「報告書別紙2」という。)が添付されている。しかし、報告書別紙1は、実際に税務署に提出した書類の下書きのようなものであることが認められ、更に、前記のとおり三村壽春の給与明細書に重大な疑問点があるにもかかわらず、これをもとにした証明書を作成したことも考慮すると、実際に報告書別紙1のとおりの申告がされたとは認め難い。報告書別紙2も原本を見れば一見して明らかとなり、鉛筆で記載れさているにすぎないから、右に指摘した点をも考慮すると、報告書別紙2のとおりの申告がされたとは認め難い。したがって、甲五六も採用できない。

更に、右に説示した点や前記認定の調査経過に照らすと、甲七の238、243、252、同一〇の381、391、396(いずれも労働保険事務組合飯田民主商工会会長原武作成の労働保険料領収書)をもって、昭和五五年又は昭和五六年に雇人が存在したとは認め難い。

他に、雇人が存在したことを認めるに足りる客観的な証拠はない。

以上の検討によれば、原告の前記供述部分も採用できず、原告の主張は失当といわざるをえない。

(三) 原告は、被告が事業規模に関して収入金額に限定をしていないことをもって、抽出基準の合理性がないと主張する。

推計課税は、もともと納税者の所得金額を実額で把握することができない場合に、やむをえず把握の可能な間接資料と経験則とを組合せて所得を推認していく方法であり、唯一絶対の合理的な推計方法というものが初めから存在しているわけでもなく、どのような推計方法が合理的かは諸般の事情に照らし相対的に判定されることにならざるをえない。そうすると、被告の主張する推計方法が一応合理的なものと認められれば、当該納税者に平均値を算出する過程で捨象される程度の通常の同業者間に存在すると考えられるような偏差に吸収されないような特殊事情があることが立証されるか、他の推計方法を採用した方がより明らかに真実の額に近い数値が得られることが立証されない限り、その推計方法をもとに所得を認定することができるものと解するのが相当である。

そこで、これを本件についてみると、実務上、事業規模の類似性を担保するための方法として、当該納税者の収入金額の半額以上二倍未満の収入金額を有する同業者を抽出することが見受けられるが、このような基準は、当該納税者の収入金額を基準にして、それより収入金額の多い者と少ない者について、金額の点で同じ幅のある者を抽出することによって、恣意を排除し、類似性を担保するために採用されていると解される。しかるに、本件では、別表四の一、三、五記載の同業者は、いずれも原告の収入金額を下回る業者であり、これについて無限定に同業者を抽出すると、原告より収入金額が少ない同業者のみを抽出した結果となってしまう。

しかし、本件全証拠をもってしても、事業規模が右のとおりと異なることが、いかなる意味で所得率の高低に影響を与える事情となるのかは明らかでない。

もっとも、乙三九ないし四八の各一ないし八及び証人小滝和義の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、昭和五四年ないし五六年の長野県内の各税務署管内の同業者全体の一応の傾向をみると、収入金額が高いほど給料賃金率が高くなることが窺われるが(別表八の二参照)、右(二)のとおり、原告に雇人があったとは認め難いのであるから、右のような傾向があることは、被告の主張する推計方法に一応の合理性があるとの判断の妨げとはならない。

また、前記一(二)認定の選定基準に右の基準を加えて同業者を選定すると、昭和五四年については、同業者が別表四の一のBの一件のみとなり、所得率も七〇・九四パーセントと平均値に比べかなり高い数値となっていまい、普遍性に疑問が生じることになる。

更に、地域的類似性に関する選定基準を緩和して事業規模に関する右基準を加えて同業者を選定する方法も考えられるが、後記(六)のとおり、被告の予備的主張に係る平均所得率は、前記認定の平均所得率より高いから原告に有利な数値として前記認定の平均所得率を用いることは合理性を有するし、他の特定の税務署管内の同業者のみを抽出する方法は、特定の税務署管内のみに限定する合理性が乏しく、この方法のほうが真実に近い数値が得られると認めるに足りる証拠もない。

したがって、原告の主張は失当である。

(四) 次に、原告は、女性の事業専従者一名がいることを抽出条件に加えるか、事業専従者給与の額も収入金額から控除したうえで所得率を算出すべきであると主張する。

しかし、右2のとおり、被告主張の推計方法には一応の合理性が認められる以上、これが覆されるためには、原告に事業専従者(女性)がいることが、特殊事情となるか、この点を基準に加えた方が明らかに真実に近い数値が得られると認められることが必要である。

そこで検討するに、原告の事業専従者が、平均的な事業専従者以上の労働をした結果、収入金額が他の同業者より多かったという特別な事情があれば、特殊事情の立証があったものとして、被告主張の推計方法の合理性が覆される余地があるが、本件では、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

また、所得税法は、事業所得に係る必要経費の計算に関し、原則として、事業者がその事業に従事した生計を一にする配偶者その他の親族に労務の対価を支払っても、その金額は事業所得の計算上必要経費に算入できないものしたうえ(所得税法五六条)、例外的に、いわゆる青色申告者が青色事業専従者に給与を支払った場合には、労務の対価として相当であると認められるものは、これを事業所得の計算上必要経費に算入することができるものとし(同法五七条一項)、いわゆる白色申告者については、その事業所得の計算上、各事業専従者につき一年分四〇万円を上限として必要経費とみなすこととしている(同条三項)ところであって、このような法の規定するところに照らせば、原告がいわゆる白色申告者である以上、青色申告者である同業者の所得率を適用して原告の所得金額を推計計算するについては、右同業者の支払った青色事業専従者の給与額を必要経費から除外したうえ右同業者の所得率を算出するのが相当であり(大阪高裁平成元年一一月一五日判決・税務訴訟資料一七四号六四五頁)、原告主張の方法で推計計算する方が明らかに真実の所得に近い数値が得られるとは認められない(課税庁が、白色申告者に対する推計課税の際、青色申告者の事業専従者給与も必要経費としてその所得率を算出して推計計算する実例もあるようだが、これは便宜的に納税者に有利な数値を用いているものと解するほかない。)。

したがって、原告の主張は理由がない。

(五) 更に、原告は、同業者が兼業していないか否かを被告が、青色申告決算書等の記載のみをもって認定しており、正確性が乏しいという趣旨の反論をする。

しかしながら、土地家屋調査士のなしうる業務は法律によって定められているのだから、兼業によって収入をあげている納税者が確定申告書に土地家屋調査士業としか記載しなければ対応する業務についての売上についての脱税等を疑われることにもなりかねないから、確定申告書には業態に合致した記載がされていると推認できる。

もっとも、甲二八、二九の一ないし二〇、子.三〇の一ないし六及び弁論の全趣旨によれば、土地家屋調査士の中には他の資格も兼有している者が多いこと、本件において同業者として抽出された市瀬庄太郎は、遅くとも昭和五六年までに測量士の資格も所得していたこと、本件において同業者として抽出された新井健司は、遅くとも昭和五六年までには測量士のほか行政書士及び宅地建物取引主任者の資格も取得していたことが認められるが、本件全証拠によっても、右市瀬や右新井が土地家屋調査士業以外の業務によって収入をあげていた事実は認められない。

また、土地家屋調査士の中には他の資格を有している者が多いこと(甲二八)は右推認を妨げるものとはいえない。

他に、前記の同業者の中に業態に変化をきたすような兼業をしている者が含まれていることを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の主張は理由がない。

(六) 原告は、右の方法で抽出された同業者数四件では、抽出結果の合理性を肯定できないと主張する。

なるほど、推計の基礎となるべき平均所得率の普遍性を高めるためには、比準同業者数が多数であることが望ましいことは言うまでもない。しかし、事案によっては、いたずらに同業者数を増やそうとしたならば、同業者の選定において、納税者との間の類似性の要件を緩和せざるをえないことになり、かえって、推計の合理性を害することになりかねない。

これを本件についてみると、同業者数を増加させるためには、飯田税務署以外の税務署管内の同業者をも抽出することが考えられるが、地域的類似性の要件を緩和するのであれば、事業規模等他の要件について類似性を担保していく必要があると解されるところ、乙五〇ないし五九の各一ないし五、証人小滝和義の証言に弁論の全趣旨を総合すると、長野県内の一〇の各税務署管内の同業者で、事業規模につき、被告主張に係る原告の収入金額の半額以上二倍未満の同業者を抽出して所得率を算出すると(昭和五五年については前記認定の新井健司は含まれていない。)別表五の二の1ないし8のとおりとなり、その平均は別表五の一のとおりとなるが(二つの税務署管内では該当する同業者がなかった。)、それによる平均所得率は、前記認定の平均所得率よりも高率となっていることが認められるから、被告があえて主位的主張として、原告に有利な数値を主張することを是認している本件においては、結果として、原告に有利な数値として、前記認定の平均所得率を用いることは合理性を有するものはといえる。

また、右各証拠によれば、長野県内の一〇の各税務署管内の同業者で、事業規模につき、被告主張に係る原告の収入金額の半額以上二倍未満の同業者を抽出して所得率を算出すると飯田税務署、伊那税務署、諏訪税務署の各管内の同業者の所得率は、全県の平均所得率より低位であることが認められるが、他方、弁論の全趣旨によれば、土地家屋調査士会の報酬規定は長野県内では同一であることが認められることを考慮すると、この原因が、地域的要因にのみ基づくものとは断定し難く、右の管内のみ同業者を抽出してサンプルの数を増加させるほうがより明らかに合理的であるとは認め難い。他に、推計の合理性を害することなくより多数の同業者を選定し得るような同業者選定基準があったことを窺わせるような事情は見当たらない。

そうすると、前記認定説示の推計方法によった場合の同業者数が四件であることをもって、合理性を否定することはできない。

(七) 原告の主張する推計方法が合理性を有するか。そうだとして、被告の主位的主張に係る推計方法の合理性が否定されるか(争点3(二))。

(1) まず、原告は、原告の雇人費の実額が把握できる以上、それ以外の経費を推計し、それに雇人費の実額を加えた額を経費として収入金額から控除することにより事業所得を算定すべきであると主張するが、原告の雇人費の存在は立証されていないことは右(二)に説示したとおりであるから、このような推計方法は合理性を有しない。

(2) 次に、原告は、昭和五四年分の所得の推計につき、被告が抽出した予備的主張に係る同業者のうち、原告の収入金額上位の者全部(二名)と、これと同数の直近の下位の者二名を抽出すると、平均所得率は五二・九四パーセントとなるから、別表一二のとおり、本件更正等は一部取り消されるべきであると主張する。

しかし、前記一1に認定説示したとおり、原告の昭和五四年分の収入金額は、一八一一万一〇八〇円であるから、原告の収入金額より上位の同業者は、別表五の一の昭和五四年分の順号5の同業者のみであり、直近の下位の業者は同順号8の同業者ということになる。そして、乙五〇ないし五九の各一ないし五、証人小滝和義の証言によれば、順号5の同業者は、佐久税務署管内の同業者であり、順号8の同業者は、諏訪税務署管内の同業者であることが明らかであり、場所的近似性の点で合理性を有するかについては疑問を挿む余地があるし、事業規模の点でも類似性を超えて、酷似性を要求していると評価されても致し方のない面であるといわざるをえない。したがって、原告の提示する推計方法のほうが、より明らかに真実に近い数値を得られるとは認め難い。

したがって、原告の主張は理由がない。

第四結論

以上の次第で、本件各更正等は、適法であるから、原告の請求はいずれも理由がない。よって、原告の請求をいずれも棄却することし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前島勝三 裁判官 和久田斉 裁判官菊地健治は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 前島勝三)

別表一の一

昭和五四年分

<省略>

別表一の二

昭和五五年分

<省略>

別表一の三

昭和五六年分

<省略>

別表二

昭和54年分の事業所得金額

<省略>

昭和55年分の事業所得金額

<省略>

昭和56年分の事業所得金額

<省略>

別表三 現在一致していない収入金一覧表

<省略>

別表四の一 昭和54年分 所得率計算表

1 基礎係数及び標準偏差の計算

<省略>

2 限界値(上限、下限)の計算

<省略>

3 平均値の計算

<省略>

別表四の二 昭和55年分 所得率計算表

1 基礎係数及び標準偏差の計算

<省略>

2 限界値(上限、下限)の計算

<省略>

3 平均値の計算

<省略>

別表四の三 昭和56年分 所得率計算表

1 基礎係数及び標準偏差の計算

<省略>

2 限界値(上限、下限)の計算

<省略>

3 平均値の計算

<省略>

別表四の四 昭和55年分 所得率計算表

1 基礎係数及び標準偏差の計算

<省略>

2 限界値(上限、下限)の計算

<省略>

3 平均値の計算

<省略>

別表四の五 昭和55年分 所得率計算表

1 基礎係数及び標準偏差の計算

<省略>

2 限界値(上限、下限)の計算

<省略>

3 平均値の計算

<省略>

別表五の一

土地家屋調査士の同業者調査表

<省略>

別表五の二の1

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表五の二の2

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表五の二の3

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表五の二の4

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表五の二の5

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表五の二の6

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表五の二の7

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表五の二の8

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表六(原告主張の雇人費の実額

<省略>

別表七の一 地域的類似性の検討

<省略>

別表七の二(地域的類似性の検討)

<省略>

別表七の三(事業規模の類似性の検討)

<省略>

別表八の一 長野県下のすべての税務署の平均給料賃金支払率

<省略>

別表八の二 長野県下のすべての税務署の平均給料賃金支払率

<省略>

別表八の三 調査表2

<省略>

<省略>

別表八の四の1 土地家屋調査士の同業者調査表3

<省略>

別表八の四の2 土地家屋調査士の同業者調査表3

<省略>

別表九の一

昭和54年分 No.1

<省略>

昭和54年分 No.2

<省略>

昭和54年分 No.3

<省略>

別表九の二

昭和55年分 No.1

<省略>

昭和55年分 No.2

<省略>

昭和55年分 No.3

<省略>

昭和55年分 No.4

<省略>

別表一〇 「作業表」に該当する同業者整列表

<省略>

別表一一

原告唐沢穣の給料賃金を算入した所得金額

<省略>

別表一二

収入金額類似の同業者の平均所得率による所得金額

<省略>

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