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長野地方裁判所 昭和60年(行ウ)3号 判決 1994年9月16日

長野県飯田市鼎西鼎六二七番地一

原告

桐生健司

右訴訟代理人弁護士

木嶋日出夫

毛利正道

右毛利正道訴訟復代理人弁護士

松村文夫

長野県飯田市江戸町二八九番地の一

被告

飯田税務署長 松田重幸

右指定代理人

渡邉和義

川田武

小野四郎

傳田今朝廣

藤沢修

瀧正弘

齋藤清幸

主文

一  被告が原告に対して昭和五七年一一月一九日付けでなした原告の昭和五五年分の所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定(裁決による一部取消後のもの。)は、事業所得金額六一一万三五四九円を超える部分を取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分し、その五を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対して昭和五七年一一月一九日付けでなした原告の昭和五四年分ないし昭和五六年分の所得税の更正(別表一の一ないし三の確定申告欄の総所得金額及び所得税の更正(別表一の一ないし三の確定申告欄の総所得金額及び所得税額を超える部分)及び過少申告加算税の賦課決定(昭和五四年分及び昭和五五年分についてはいずれも裁決による一部取消後のもの。)を、いずれも取り消す。

第二事案の概要

一  本件各更正等の存在(当事者間に争いがない。)

1  原告は、住所地において土地家屋調査士業を営む者であるが、昭和五四年ないし昭和五六年分(以下「昭和五四年ないし昭和五六年を係争各年」という。)の所得税につき、別表一の一ないし三の確定申告欄記載のとおり白色申告書で確定申告した。

2  被告は原告に対し、昭和五七年一一月一九日付けをもって、同表更正及び加算税の賦課決定欄記載のとおり、原告の係争各年分の総所得金額及びこれに対する税額を更正する処分並びに過少申告加算税の賦課決定(以下これらの処分を「本件原処分」ともいう。)をした。

3  原告は被告に対し、本件原処分につき、同表の異議申立欄記載のとおり異議申立をしたが、被告は、昭和五八年四月一五日付けで、異議申立をいずれも棄却する旨の決定をした。

4  原告が同表の審査請求欄記載のとおり国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、昭和五九年一一月一九日付けで、昭和五四年分及び昭和五五年分について、同表裁決欄記載のとおり更正及び過少申告加算税賦課決定を一部取り消し、昭和五六年分について、審査請求を棄却する旨の裁決がされた(以下、右裁決による一部取消後の更正及び過少申告加算税の賦課決定を、「本件各更正等」という。)。

二  争点の概要

1  本件原処分時に推計の必要性があったか。

2  推計の合理性に関する被告の主張が時機に遅れた防御方法として却下されるべきか。

3  被告主張の推計方法に合理性が認められるか。

4  被告主張の推計方法より明らかに合理的な推計方法が存在するか。

三  被告の主張(本件各更正等の適法性)

1  原告に対する税務調査の経緯

(一) 昭和五七年四月二七日、被告の部下職員である飯田係官及び伊藤係官は、所得税調査のために原告宅に臨場したが、原告の妻から原告は仕事のため主張している旨の説明を受け、調査日について後日連絡すると原告の妻に告げて原告宅を辞去した。

(二) 同年五月六日、原告は飯田係官に対し、多忙であり、自分一人では調査日を返答できないので、後日連絡すると電話連絡した。

(三) 同月一三日、原告は飯田係官に対し、調査は不用であること、仮に調査するとしても、従業員が病院に入院しているため、飯田でいちばん最後に調査してほしいことを電話連絡したが、飯田係官の説得により、同月一八日の午後四時三〇分から三〇分だけ調査に応じる旨返答した。

(四) 同月一八日、飯田係官及び被告の部下職員である山岸係官は原告宅に臨場した。そこには、民主商工会(以下「民商」という。)会員ら三名が待機していた。係官が原告に対し、領収証等の提示を求めたところ、原告は、それはあるが、民商の人に止められていると返答し、その提示には応じなかった。その後、民商の原会長が原告宅に到着し、飯田係官に対し、昨年、同業者宅で「来年原告の税務調査を行う。」と発言したと聞いているが、この問題(以下単に「守秘義務違反問題」ともいう。)をはっきりさせない限り、調査に応じられない旨の発言をした。そのため、約束の時間になり、同係官らは、調査のできないまま原告宅を辞去した。

(五) 同月二七日、飯田係官及び伊藤係官は、原告に調査に応じる意思があるかどうかを再確認するため、原告宅に臨場した。ところが、原告が不在で、原告の妻から、明日の朝九時には在宅しているので電話をしてもらいたいとの返答を受けたので、原告宅を辞去した。

(六) 同月二八日、午前八時四〇分ころ、原告から係官あてに電話があり、山岸係官が対応した、その際に、原告から、民商の会長とは従兄弟であり、すべて民商と話しをしてほしい旨の申入れがあったため、税理士法の関係もあり、そのようにはできないから、原告自身が調査に協力してもらいたい旨要請した。更に、原告から守秘義務違反問題について尋ねられたため、公務員法に抵触するような事実はなかったと応答したところ、原告は、「会員としての立場もあり、調査に応じられない。」と明確に意思を表明したので、山岸係官は、調査に応じられないなら、税務署独自で調査を行う旨を告げた。原告は「わかった。」と言って電話を切った。

(七) 飯田係官らは、原告の取引先等について調査をし、収入金額の把握に努めるとともに、類似した同業者のうち、青色申告書を提出している者の算出所得率を算定し、その率を収入金額に乗じて算出所得金額を求め、当該金額から、雇人費、建物の減価償却費等の特別経費の額を控除する方法により、所得金額を推計するという方針に基づいて調査を続行した。

(八) 昭和五七年一〇月二九日、被告の担当者は、原告に対し、右(七)の調査による所得金額等を説明するとともに、その所得金額が納得できる場合は、修正申告をする方法があることを説明したが、原告は、雇人費の額がもっと多いはずである等と申し立て、これを拒否した。

(九) 同年一一月上旬ころ、林百郎衆議院議員が被告と面接したが、その際、同議員は、原告が所得金額についての資料を提示する意思があるから、それを検討の上で所得金額を決めてもらいたい旨の要望をした。

(一〇) 同年一一月一〇日、原告は、予め、右(九)の経過に基づいて、資料を持参のうえ税務署に出頭する約束をしていたにもかかわらず、仕事が遅れていて、どうしても時間が取れないことを理由に、出頭できない旨の電話連絡をしただけで、資料の提出はなかった。

2  推計の必要性があったか否か(争点1)。

(一) 右1の(一)ないし(一〇)に述べたとおり、原告は、昭和五七年五月一八日、調査に関係のない第三者を立ち合わせ、飯田係官に守秘義務違反の事実があるのでこれを謝罪しなければ調査に応じられない等とあらぬ疑いをかけ、守秘義務違反はしていないとの係官の説明に耳を貸さず、調査を拒み続け、同月二七日、二八日にも第三者の立会がなければ調査に応じないと明確に調査拒否の意思表示をし、同年一一月一〇日に資料を提示する用意かある旨の申し出をしていたにかかわらず、原告は当日電話によりこれを一方的に断っている。

(二) 原告は、本訴において当初実額主張を行ったが、書証として提出された書類には欠落が多く、収入及び支出の真偽の確認ができないものが多く見受けられること、収入金額に算入漏れが見受けられること、原告はその後右主張を撤回したこと等を考慮すると、本件の調査時に帳簿書類を作成保存していたかどうか疑問である。

したがって、推計の必要性があったと認められる。

3  係争各年における原告の総収入金額

原告の係争各年分の総収入金額は、左記(一)ないし(三)のとおりである(別表二参照)。

(一) 昭和五四年 一三七七万九五一五円

(二) 昭和五五年 一四一九万八二九七円

(三) 昭和五六年 一六二四万五一五二円

4  係争各年における原告の総所得金額

(一) 比準同業者の平均所得率(争点3)

(1) 被告が、本件訴訟において係争各年分の事業所得金額の推計に用いた比準同業者の平成所得率は、原告と同種の事業を営む者の所得率(事業所得の総収入金額から、必要経費〔所得税法五七条三項(昭和五九年法律第五号による改正前のもの、以下同じ)に規定する事業専従者控除額を除く。〕を控除した金額の、右総収入金額のうちに占める割合のこと。以下同じ。)の平均値である。昭和五四年及び昭和五六年については別表三の一の1のとおりであるが、昭和五五年については、同表の順号26の数値に誤りがあるので、別表三の一の2のとおりこれを除いた平均所得率を主張する。

この集計の前提として各税務署ごとに作成した同業者調査表は、別表三の二の1ないし8のとおりであるが、木曽税務署及び信濃中野税務署管内では、該当者がなかった。(以下別表三の二の1ないし8を「調査表1」ともいう。)係争各年分の平均所得率は、左記のとおりである。

<1> 昭和五四年 六二・二四パーセント

<2> 昭和五五年 六〇・五七パーセント

<3> 昭和五六年 五六・六三パーセント

(2) 被告が、本件訴訟において比準同業者の平均所得率を算出するために抽出した同業者は、原告の住所地(納税地)のある長野県内に住所地(納税地)を有し、係争各年中に土地家屋調査士業を営んでいた個人業者で、次の五条件のいずれにも該当する者である。

<1> 歴年を通じて土地家屋調査士業を継続して営んでいた者であること。

<2> 所得税青色申告決算書を提出していた者であること。

<3> 土地家屋調査士業以外の事業を行っていなかった者であること。

<4> 税務署長から更正処分を受け、これに対して不服申立て等を行うなど、係争中の者でないこと。

<5> 年間収入金額が原告の係争各年分の収入金額(一〇万円未満切り捨て)の二分の一以上二倍未満の者であること(いわゆる倍半基準のことで、昭和五四年分については六八五万円以上二七四〇万円未満、昭和五五年分については七〇五万円以上二八二〇万円未満、昭和五六年分については八一〇万円以上三二四〇万円未満である。)。

(3) 右各同業者は、右の五条件を満たすもの全部を抽出したものであり、その選択及び収集過程に被告の恣意が介在する余地はなく、また、これら同業者の抽出基準が合理性を有することはいうまでもないところである。したがって、右のように抽出した同業者の資料に基づき算出した同業者の平均所得率については正確性と普遍性が担保され、これによる推計には合理性があるものということができる。

(二) 事業専従者控除前の所得金額

前記3の総収入金額と右(一)の平均所得率を乗じて事業専従者控除前の所得金額を算出すると、左記のとおりとなる(別表二)。

(1) 昭和五四年 八五七万六三七〇円

(2) 昭和五五年 八五九万九九〇八円

(3) 昭和五六年 九一九万九六二九円

(三) 事業専従者控除

所得税法五七条三項の規定に該当する、原告の事業に従事していた原告の妻桐生栄子に係るものであり、原告の確定申告書に記載された金額である。その金額は、左記のとおりである。

(1) 昭和五四年 四〇万円

(2) 昭和五五年 四〇万円

(3) 昭和五六年 四〇万円

(四) 事業所得金額

原告の係争各年分の事業所得金額(右(二)-(三))は左記のとおりであり(別表二)、これを上回ることなくされた本件各更正等はいずれも適法なものである。

(1) 昭和五四年 八一七万六三七〇円

(2) 昭和五五年 八一九万九九〇八円

(3) 昭和五六年 八七九万九六二九円

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  本件原処分に至る経緯について

(一) 三の1の(一)、(二)の事実は認める。

(二) 同(三)の事実中、同年五月一三日に、原告が飯田係官に電話をし、五月一八日の午後四時三〇分に調査を受けることを決定したことは認める。

(三) 同(四)の事実は、原告が領収証等の提示をすることは民商の人から止められていると応答し、これらを提示しなかったとの事実を除き(この点に限り、自白を撤回する。)認める。

(四) 同(五)、(六)(原告の「 」内の発言は除く。)の事実は認める。

(五) 同((七))の事実は不知

(六) 同(八)の事実は、被告の担当者の説明内容を除き(この点に限り、自白を撤回する。)、認める。原告は、被告から、修正申告しないなら更正処分をするとの一方的な通知を受け、守秘義務違反問題を棚上げにして調査を進めること自体が不当であることを指摘したうえ、更正処分をするなら資料を提出する用意があるので、まず、それを調査するよう求めたものである。

(七) 同(九)の事実は認める。

(八) 同(一〇)の事実中、原告の電話の内容は認めるが、その余の事実は否認する。

2  推計の必要性の欠如(争点1)

(一) 民商の原会長や原告が守秘義務違反問題について責任ある回答を示せと要求するのは当然のことであり、調査に入る前に、被告としての一定の謝罪や担当係官の交代など適切な対応をすべきであった。また、原告は、久保田洋吉や当庁昭和六一年(行ウ)第一号所得税更正処分等取消請求事件(以下「別訴」という。)の原告唐沢穰と同一の歩調を取って調査に対応してきたが、被告は、昭和五七年一一月一一日、久保田宅において一日かけて臨宅調査をし、原会長の立会のうえ、調査によって三年分の事業所得を決め、その場で修正申告書を提出させ、しかも、内容的にも、低額の修正申告で済ませている。原告も、同様の経過をたどれば、調査拒否の態度は取らなかったはずだから、原告の対応は調査非協力と評価できるようなものではない。

(二) また、立会のない密室状態の中での質問検査は、強権的な調査がされ、犯罪を産む危険性をはらみ、全国で、実際に不当な質問検査の実態が明らかとなっている。このような状態を打破するためには、質問検査に信頼のできる第三者の立会を認めることが必要不可欠である。理論的に言っても、第三者の立会を求める権利は憲法によって保障されていると解するべきである。すなわち、不利益処分をなすには、充分な告知と聴聞の機会を保障することが必要であり(憲法三一条)、更に、国民主権のもとにおいては(憲法一条、一五条)、自主申告をする権利は憲法一三条の保障する幸福追求権の一内容をもなす憲法上の権利というべく、自主申告権を制限する質問検査をなすに当たっては、特に、右のような機会が保障されるべきである。加えて、我が国では、行政処分がされると、諸外国と異なり抗告訴訟を提起しても原則として執行停止がされず、税額と加算税、これと連動する地方税、国民健康保健料などを直ちに支払わなければならず、不服審査請求をなす余裕のないまま倒産してしまうこともありうるから、充分な告知と聴聞の機会を保障することは、憲法二九条の財産権の保障の要請からも導かれるというべきである。このような国民の権利が遵守されるように、信頼できる第三者の立会が保障されるべきであり、前掲した憲法の各条文が互いに連関して、このような権利を保障していると解するべきである。本件において、被告は、原告が、原告宅における調査の際に第三者を立合わせ又はこれを要求したことも税務調査非協力の一内容として推計の必要性があるとしているが、第三者の立会を求める権利が憲法上保障される以上、右のような理由をもって、推計の必要性があったとすることは困難である。

以上のとおり、推計の必要性が欠如していたから、本件各更正等は取り消されるべきである。

3  係争各年の原告の総収入金額

被告の主張はいずれも認める。

4  被告の主張する推計方法について

(一) 時機に遅れた防御方法に該当するか(争点2)について

(1) 被告人の主張経過

<1> 被告は、第三回口頭弁論期日(昭和六〇年一〇月三日)において、課税標準について、要旨次のとおり主張した。

Ⅰ 総収入金額については、不動産登記申請手続に関する業務(以下「甲号事件」という。)に係る収入金額とそれ以外の業務(以下「乙号事件」という。)に係る収入金額に分類し、甲号事件については実額で主張し、乙号事件については比準同業者の平均的な乙号事件収入率を右実額に乗じて得た額を主張し、その合計額を総収入金額とする。

Ⅱ 比準同業者の平均所得率を右Ⅰの総収入金額に乗ずることにより、事業専従者控除前の所得金額を算出し、ここから、前記三の4の(三)の事業専従者控除を控除したものを、原告の事業所得金額とする。

Ⅲ 右の比準同業者の平均所得率を算出するにら当たっては、飯田税務署管内の同業者につき、その事業規模につき特に限定することなく抽出し、その結果得られた四業者の数値のうち、偏差を考慮した統計学的方法によって、異例値を除外したものを平均して平均所得率を算出する方法が採用されていた。

<2> これに対し、原告は、第七回口頭弁論期日(昭和六一年七月四日)において、総収入金額中の乙号事件の推計は妥当でないこと、平均所得率を算出するための同業者の抽出につき、わずか四例しかなく、かつ、原告と類似性のないことが明らかな者をサンプルに用いたことの不合理性等を指摘した。

<3> 被告は、右<1>の主張から三年半、右<2>の反論から二年九か月後である第一七回口頭弁論記述(平成元年四月二〇日)において、総収入金額については、乙号事件についても実額で主張し、平均所得率については、前記三の4のとおり、長野県内の同業者につき、いわゆる倍半基準を満たす同業者の全てを抽出してその所得率を単純に平均する方法により算出することとした。

(2) 民訴法一三九条の要件の検討

<1> 次の理由から、前記三の4の被告の主張は時機に遅れた主張と評価すべきである。

Ⅰ 原告は、異議申立や審査請求の段階から、右(1)の<1>の主張と主要な部分で類似した主張の不合理性を指摘しており、被告は、訴訟の当初から、右(1)の<3>の主張をすることは充分可能であった。

Ⅱ 更に、原告は、右(1)の<2>のとおり、同<1>の被告の主張の弱点を指摘していたのであるから、被告としては、この点に気付き、直ちに主張を変更することも可能であったというべきであり、訴訟の具体的進行状況からみて、それ以前に主張することが期待できる客観的事情があったといえる。

Ⅲ 仮に、処分理由の差し替えが一般的に許容されるとしても、三年間の更正の除斥期間が規定されている趣旨を考慮すると(国税通則法七〇条)、昭和五六年分の右除斥期間が経過した昭和六〇年三月ころからさらに四年経過した平成元年において右(1)の<3>の主張がされている本件においては、もはや処分理由の差し替えは許されないというべく、このことは、時機に遅れた主張か否かの判断についても考慮されるべきことがらである。

<2> さらに、右<1>のⅠ、Ⅱの事情及び本訴における当初の主張の段階で、本件原処分時から、二回目の処分理由変更になっていることをも考慮すると、被告に少なくとも重過失があったことは明らかである。

(3) 以上のとおり、被告の主張及びその立証は却下されるべきである。

(二) 推計の合理性の欠如(争点3)

仮に、時機に遅れた主張でないとしても、被告の主張の推計は以下のとおり合理性がない。

(1) 雇用者の有無について

一般に、従業員を雇用することにより、売上は増加するが、他方、福利厚生費等の経費負担も増加し、所得率は低下する傾向にある。更に、我が国においては、常用の雇用者の賃金がいわゆる年功序列によって定められている部分が多く、売上との間の比例関係を肯定することはできない。そうすると、雇人費等の特別経費については、実額で把握するか、その点について同一の条件のある同業者を抽出しなければ、推計に合理性がないというべきである。

これを本件について見ると、原告は、昭和五四、五五年度に宮下富男、昭和五六年度に宮島操及び平林章をそれぞれ正式採用し、別表四のとおり雇人費を支出しており、裁決においても実額でこれが認定されているから、裁決の拘束力からすれば、被告はこれに反する主張はなしえないというべきである。したがって、常用の雇用者がいる者であることをも抽出基準に加えるとか、雇人費等の特別経費を除いた一般経費のみを推計するなどの方法を用いていない被告主張の推計は、類似性が担保されていない。

(2) 青色事業専従者について

原告の所得を推計するについては、可能な限り、原告の事業形態と類似する同業者を選定すべきであるから、女性の青色事業専従者が一名存在している者であることを抽出条件に加えるべきである。

また、青色事業専従者に対して支払った給与を差し引いた金額が、納税者の手元に残る所得金額であるから、原告の場合にどれだけ手元に残った金額があるかを推定するためには、青色事業専従者給与も控除したうえで所得金額の対収入比率を算出すべきである。

(3) 地域的類似性について

長野県内の昭和六〇年及び昭和六一年の、一件あたり平均収入額や調査士一人あたり処理件数は、別表五の一のとおり、地域的に見てかなりの差がある。

また、平均所得率が、係争各年のいずれの年度においても全県平均(被告の主張する平均所得率)を下回っているのは、別表五の二のとおり、諏訪・伊那・飯田の南信三地区のみであり、飯田・伊那・諏訪の地域の平均所得率や飯田・伊那の地域の平均所得率及び全県平均値との差は、別表五の三のとおりである。

したがって、長野県内の全ての管内の同業者を抽出した被告の推計方法は合理性がない。

(4) 事業規模の類似性

別表三の一の1、3によると、原告の総収入金額は、昭和五四年、五六年で上位五番目、昭和五五年で上位七番目に匹敵する。そして、原告より総収入金額が多い同業者と、これと同数の原告より総収入金額が少ない同業者を抽出して平均所得率を算出すると、別表五の四のとおり被告主張の平均所得率より最大四・六パーセントも低くなる。このように総収入金額の多寡により平均所得率が異なってくるから、倍半基準では、事業規模の類似性が担保されない。

したがって、被告主張の推計方法は合理性がない。

(5) 兼業の有無について

被告の推計は、兼業の同業者を比準同業者に含ませている疑いがある。土地家屋調査士については、司法書士、行政書士、建築士、宅地建物取引主任、社会保険労務士などの他業種の資格を兼有している者が多く、長野県における実態調査の結果もこれを裏付けている。したがって、確定申告書又は青色申告決算書の記載のみに頼るべきではなく、当該同業者又は地方税当局に問い合わせたりして専業である旨を確認すべきであった。

五  被告の反論

1  時機に遅れた防御方法であるとの主張に対する反論(争点2)

被告の主張変更は、原告の乙号事件に係る収入金額を推計する方法を見直すのに伴い、比準同業者の抽出基準をも見直すに至ったものである。即ち、従前主張した推計方法は、事業規模の類似性を担保するために、更に、いわゆる倍半基準を採用すると、サンプルが減少してしまう結果となる。また、従前主張した推計方法では、飯田税務署管内に事業所を有する者であることを抽出条件に加えていたが、土地家屋調査士業においては、その所属する土地家屋調査士会によって、調査測量及び申請手続等に対する標準報酬額が決められており、長野県においては、長野県土地家屋調査士会によって標準報酬額が決定されていることから、長野県内であれば、一定の報酬額をえるために費やす経費も同業者間で著しい差異がないと考えられることから、右のような地域的条件を加えることは必要ではない。以上の考慮から、類似性が担保された状態でより多くの比準同業者を確保することにより、より合理的な推計方法を主張するために、主張変更をしたものである。

2  被告主張の推計方法の合理性(争点3)について

(一) 雇人費の実額が立証されていないことについて

原告の主張の給料賃金については、原告において、原告の事業に係る日々の取引実績額を継続的に記録した帳簿、書類はもとより、通常使用人を雇う事業者が備え付けている源泉徴収に係る一人別徴収簿(毎月の支払金額、源泉徴収税額等を記載したもので源泉徴収義務者が備え付けるべき帳簿)、出勤簿、賃金台帳、従業員の署名捺印した受領書等の提出がなく、これを証するものとして原告が提出した給料支払明細書(控)は証拠力が乏しい。

(1) 宮下富男分については次の疑問がある。

<1> 同人に係る昭和五四年分及び昭和五五年分の給料支払明細書(控)並びに同人作成の証明書(甲二九の一ないし一三、甲四一)の金額は、裁決で認定された雇人費と一致しない。

<2> 同人に係る昭和五六年分の給料支払明細書(控)(甲三一の二、三)のうち、甲三一の二には、支払先氏名の記載がない。

<3> 同人作成の証明書(甲四一)は、文面自体から分かるように極めて曖昧なものである。

<4> 宮下富男については、昭和五四年分及び昭和五五年分について、同人の父宮下武の営む農業の事業専従者として所得税の申告書に記載されており、両年中専ら父の農業に従事していたと認められる。また、宮下の住民税申告は、土地家屋調査士業の事業所得に係る申告があるだけで、原告の主張する給料賃金二六万円はどこにも見当たらない。

(2) 平林章分については次の疑問がある。

<1> 同人の給料支払明細書(控)(甲四〇)の合計額と裁決書による認定額は一致しない。

<2> 同人に係る給料支払明細書(控)(甲三一・枝番含む)のうち甲三一の一二には、支払先氏名の記載がない。

(3) 本来、給料支払明細書は複写式であり、従業員は給料の受領と同時に一部を受け取るものであるから、宮下富男及び平林章が給料明細書を保存していてしかるべきところ、甲四〇、四一に添付されている各給料支払明細書は、原告の控えであることが明らかであり、同人らが保存していたものではない。

(4) 原告は、源泉徴収の義務を全く履行していない。

(5) 原処分庁は、裁決により処分が取り消されたときにはこれに拘束され、裁決の内容を実現する義務を負わされるものであるけれども、裁決の結果になお不服があるとして提起された抗告訴訟において、処分庁が処分を根拠付けるためにする主張が裁決の理由中の判断と同一でなければならないものではなく、裁決がそのような意味での拘束力をもつと解すべき理由はない。

したがって、雇人費の支払があることを前提に、被告の経費一括推計を合理性がないとする原告の主張は理由がない。

(二) 非協力事案における経費一括推計

経費一括推計は、各経費につき、収入金額との相関関係の強弱にかかわらず、それが同業者において、収入金額のどの程度の割合を占めるかという点に着目して推計したものということができるところ、合理的営利活動の観点から言えば、少なくとも経費が収入に対して負の相関関係を生ずることは考えがたく、相関の度合いが低い項目を含んでいるとしても、本件のように調査に全く協力せず、人件費の実額が把握できないような非協力事案における推計の方法としては、合理性を肯定できるものである。そして、本件は典型的な非協力事案であって、被告の主張する推計方法は合理性を有する。

(三) 土地家屋調査士法二条によれば、調査士は、他人の依頼を受けて、不動産の表示に関する登記につき必要な土地又は家屋に関する調査、測量、申請手続又は審査請求の手続をすることを業とするとされていて、職務内容が基本的に決まっており、他方、同法施行規則二〇条一項によれば、土地家屋調査士は、その業務を補助させるため、補助者を置くことができるとされている。

ところで、土地家屋調査士業においては、一定の限度で補助者を雇っているのが一般的であり、しかも、その補助者は、前記業務の補助をするのであって、収入に対応する原価を構成すると見ることができ、人件費は、いわゆる特別経費とは評価できないものである。

実際にも、昭和五四年度ないし昭和五六年度の長野県下の全ての税務署管内で、各税務署ごとに原告と同種の土地家屋調査士業を営む個人の青色申告者で、原告の係争各年分に係る収入金額の二分の一以上、二倍未満の者を抽出し、同業者の総件数とその中で給料賃金の支払のある者の件数を調べ(別表六の三参照。以下同表を「調査表2」という。)、長野県全県での給料賃金の支払率を算出すると別表六の一のとおりとなる。また、各税務署ごとに収入金額が五〇〇万円以上一〇〇〇万円未満の者、一〇〇〇万円以上二〇〇〇万円未満の者、二〇〇〇万円以上三〇〇〇万円未満の者に分類して、平均収入金額と平均給料賃金を算出し(別表六の四の1、2参照。以下同表を「調査表3」という。)この数値をもとに、各税務署ごとの平均給料賃金額の総合計を、各税務署ごとの平均収入金額の総合計で除して給料賃金率を算出すると、別表六の二のとおりとなる。

以上の事実からすると、原告と類似性のある同業者は、補助者を雇うことが一般的であり、収入金額の増減と給料賃金の増減との間には、収入金額と一般経費の関係に近い密接な関係が存在するということができる。

したがって、土地家屋調査士業については、雇人費は特別経費を構成するものではなく、これも含めて経費を一括して推計することは合理的である。

(四) 原告は、女性の青色事業専従者がいることを抽出条件に加えるべきであるとか、地域的類似性が認められない等の批判をするが、推計課税は、納税者の所得金額を実額で把握することができない場合に、やむをえず間接資料によって真実の所得金額と認定して課税するものであり、その推計で得られる数値は、一般的抽象的な見地から真実の所得金額に一致する蓋然性があれば足りるというべきである。法もある程度の抽象性は容認しており、業者間の類似性を過度に要求することは推計による課税自体を否定することになりかねない。そして、業種業態の類型的同一性、事業所の存する地の地理的、環境的近接性及び事業規模の近似性等の基本的要因において同業者抽出基準が合理的であれば、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、同業者の平均所得率を求める過程で捨象され、これを殊更に斟酌することを要しないというべきである。

そうすると、原告の主張するような微細な点を考慮しなくても、被告主張の推計には合理性があるというべきである。

六  原告の再反論

1  経費一括推計の非合理性(争点3)について

土地家屋調査士業においては、補助者を雇うのが一般的との立証はされておらず、また、別表六の一、二についても、原告と同様の継続雇用をしている同業者のみを抽出しなければ意味がないところ、被告は、臨時雇用者も含めた補助者への賃金支払状況を調査しており、収入金額と人件費との対応関係は立証されていない。

また、収入金額と一般経費との間には、収入金額の増加とともに、それに比例して一般経費も増加し、収入金額と一般経費の割合がほぼ一定であるという関係がある。しかし、別表六の二は、収入金額の増加とともに、給料支払率が増加するということを示しているにすぎず、同表から、収入金額と雇人費の間に右のような意味での比例関係を肯定することはできない。

2  原告の主張する推計方法

(一) 昭和五四年分及び昭和五五年分について、雇人費の実額を考慮した推計方法

前記のとおり原告の雇人費の実額(別表四参照)が把握できる以上、それ以外の経費を推計し、それに雇人費の実額を加えた額を経費として収入金額から控除することにより事業所得を算定すべきである。

この点、被告は、同業者調査表作成の際、雇人費の内訳を明らかにせず、前記五の2の(三)の経費一括推計の合理性の立証にあたっても、あえてその内訳が明らかとならないような方法を用いている。そこで、原告が、別表三の一の1(昭和五五年については別表三の一の2)の同業者の中から給料賃金の支払があり、かつその対収入金額比率(給料賃金率)が判明する者を割出すための作業表が別表七の一、二である。

即ち、前記調査表1と調査表2は同業者を選定するについての抽出基準となる収入金額の範囲が同一であることから、調査表2の総件数と給料賃金の支払のある者の件数が一致しているものについては、それに対応する調査表1及び調査表2の同業者全部の者に給料賃金の支払があると判定できる。そして、諏訪税務署管内の分については、本件の調査表1と別訴のこれに対応する調査表を対比すれば、本訴においてのみ同業者として抽出された順号5(別表七の一のNo.2、別表七の二のNo.3)は、給料賃金の支払のある者であることが判明する。

次に、このようにして特定した同業者について、更に調査表3の収入金額の区分ごとの平均収入金額の数値と、調査表1の収入金額区分どおにり区分して合計して平均した数値とを比較すれば、当該同業者の給料賃金率が判明する。

右のとおり選定した同業者のうち、別表七の三記載の基準で更に選定した同業者の平均所得率にその給料賃金率を加算して給料賃金を除く経費控除後の対収入金額比率を算出して、そこから、原告の雇人費の実額を控除した金額は、別表八のとおりであり、本件更正等は一部取り消されるべきである。

(二) 地域的類似性を考慮した経費一括推計

仮に経費一括推計を是認するとしても、本件において地域的類似性が認められるのは、飯田伊那地区のみであるから、その同業者の所得率をもとに推計をすると別表九のとおりとなるから、本件更正等は一部取り消されるべきである。

(三) 昭和五四年分について、別訴で用いた推計方法による経費一括推計

別訴においては、被告は、飯田管内の同業者を事業規模に限定を設けずに抽出して、所得率を五七・二四パーセントと主張しており、本件においても、当初はこの方法による平均所得率を用いていた。

この推計方法によると、別表一〇のとおり、本件更正等は一部取り消されるべきである。

(四) 昭和五四年分について、事業規模の点について被告主張に更に絞り込みをかけた経費一括推計の方法

別表一一Aは、被告が抽出した同業者のうち、昭和五四年分について、原告の収入より上位の者四名とこれと同数の直近の下位の者の所得率を平均した数値による平均所得率であり、これによると、同表Bのとおり本件更正等は一部取り消されるべきである。

七  被告の再反論

原告は、雇人費の実額を考慮した推計方法を提示しているが、別表七の三の同業者の抽出方法には何ら客観的及び合理的な基準が認められない。また、このように抽出した同業者自体の給料賃金率は原告主張の方法では明らかにすることができず、他の同業者の給料賃金率の影響を受けた数値をもって真実の給料賃金率と考えることはできない。

第三判断

一  推計の必要性について

1  争いのない事実に証人原武司の証言及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 被告は、原告が土地家屋調査士業を開業してから一度も調査を実施していなかったことから、原告に対する調査を開始することとし、昭和五七年四月二七日、被告の部下職員が、所得税調査のために原告宅に臨場したが、原告の妻から原告は仕事のため主張している旨の説明を受け、調査日について後日連絡すると原告の妻に告げて原告宅を辞去した。

(二) 同年五月六日、原告は、被告の部下職員に対して、自分一人だけでは調査日を回答できないので、後日連絡すると、電話で話した。

(三) 同月一三日、原告は、被告の部下職員との電話で、同月一八日午後四時三〇分から五時まで調査に応じることを約束した。

(四) 同月一八日の調査同日、原告宅では、原告の依頼を受けて、民商の会員も待機しており、民商の原会長が、前年の調査の際に、被告人の部下職員が、他の同業者宅で、来年原告の税務調査を行う旨を発言したか否かを問いただしたところ、守秘義務に違反するようなことはなかったと返答されたため、この点についてはっきりさせない限り、調査に応じることはできないと発言し、原告もこれに同調していた。また、被告の部下職員が第三者の退席を求めたところ、原告は、これに応じなかった。そのため、結局調査はできなかった。

なお、原告及び民商の原会長は、守秘義務違反があったと主張する年度に被告に対して抗議を申入れておらず、翌年の原告に対する質問検査の際にはじめて抗議を申し入れた。

(五) 同月二七日、被告の部下職員は原告宅に電話したが、原告は不在であった。そこで、翌二八日、被告の部下職員は、原告宅に電話をしたが、調査に応じる意思がない旨の回答をしたため、反面調査を行う旨明言した。

その後、原告からは被告の部下職員に対する連絡もなく、被告は、反面調査をして所得金額を算定した。

(六) 同年一〇月二九日、被告の部下職員は、原告に対し、調査の結果をもとに算定された所得金額を説明し、修正申告をするよう述べたが、原告は、雇人費がもっと多いはずだなどと述べ、これには応じなかった。

(七) 同年一一月四日、林百郎衆議院議員が被告に対して交渉を持ちかけ、面談の結果、原告が帳簿等を提示するから、それを調査したうえで修正申告額を決定することになった。その後、その趣旨に則って、原告の都合を考慮して、同月一〇日に帳簿を飯田税務署に持参することになり、原告はこれを承諾した。

にもかかわらず、原告は、当日になって飯田税務署に出頭できない旨の電話をしたのみで、以後自ら調査に協力する意向を示すことはなかった。

2  推計の必要性について

所得税法二三四条一項の調査について必要があるときとは、過少申告の疑い等が具体的に認められる場合だけに限らず、広く申告の真実性あるいは正確性を調査するために必要がある場合も含むものと解するのが相当であり、また、納税者が、正当な理由なく調査を拒否した場合は、実額による所得の認定ができないことになるから、推計の必要性があると解される。

これを本件についてみると、右認定のとおり、被告は原告に対して開業以来所得税の調査をしていなかったのであるから、申告の真実性あるいは正確性を調査する必要性があったといえる。そして、被告部下職員が原告宅で質問調査をした際に、原告が立会を依頼した原会長が守秘義務違反問題について解決されない限り調査に応じることはできないと述べ、原告も、これに同調し、更に、第三者の退席を求める被告部下職員の指示に従わなかったため、調査ができなかったこと、その後、被告が、反面調査により所得を推計した後に、国会議員のあっせんを受入れて、帳簿をもとに調査する機会を与え、期日についても原告の都合を考慮したうえで決定したにもかかわらず、税務署に出頭せず、今後の予定について交渉をしなかったのであるから、本件原処分時に調査に協力しなかったと評価せざるをえない。

そして、原告は、被告の部下職員が新井健司の目前で原告の調査をするという発言をしたか否かを新井健司に直接確認したことはなく、守秘義務違反があったとされる時点で抗議せずに、一年後の自己に対する調査の際にはじめて守秘義務違反を問題にしていること、原告本人尋問において、昭和五七年一一月一〇日にいかなる仕事で都合がつかなくなったのかについて曖昧な供述をしていることなどを総合考慮すると、原告は、当初から、調査に協力する意思がなかったのではないかと推認され、また、別の年度の他人に対する調査の際の係官の発言が、本件の調査の手続上の違法事由となるとは解されないことを考慮すると、守秘義務違反問題について、被告の部下職員が守秘義務違反がないと応答し、そのまま調査をしようとしたことをもって、原告の調査非協力に正当な理由があったとは認め難い。

また、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられていると解するのは相当とするところ、第三者の立会のまま取引先等についての質問をすれば守秘義務違反のおそれが生じることを考慮すると、被告の部下職員が第三者の退席を要求したことは、合理的な裁量の範囲内の措置であったと評価せざるをえないから、被告の部下職員が第三者の退席を要求したことをもって、原告の調査非協力に正当な理由があったとは認め難い。立会を求める権利が憲法上の権利であるとの原告の主張は独自の見解であり、採用できない。

他に、原告の調査拒否が正当であったことを窺わせるに足りる証拠はない。

以上によれば、推計の必要性があったことは明らかである。

二  被告主張の推計方法について

1  時機に遅れた防御方法といえるか(争点2)について

原告は、被告の係争各年の課税標準についての主張立証が時機に遅れた防御方法として却下されるべき旨を主張するので、この点について検討する。

(一) 前提事実

甲一、八、九、一三、一四、一五の一ないし一四、同一六の一ないし一三、同一七の一ないし一四、同五四、同七二、乙一三ないし一六、一七の一、二、同一八、一九の各一ないし四、同二〇、二一の各一ないし三、二二、二三の一、二、同二四ないし二六、二七の一、二、同二八、同四二、四三の各一ないし三、同四四の一ないし四、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(当裁判所に顕著な事実も含む。)

(1) 原告は、本件原処分に対する異議申立てに対する調査の際や審査請求に対する審理の過程で、収入金額を明らかにするため土地家屋調査士会所定の領収証控を提出したが、本来所定の領収証控は一冊五〇枚綴りであるのに、係争各年ごとにみても、約二割ないし三割の欠落があり、反面調査の結果判明した売上の中には、原告から領収証控の提出がないもの、土地家屋調査士会所定の領収証を発行しないものも見受けられた。

(2) 被告は、第三回口頭弁論期日(昭和六〇年一〇月三日)において、推計の方法として、次のとおり主張した。

<1> 総収入金額に関しては、甲号事件につき実額で主張し、乙号事件につき飯田税務署管内の土地家屋調査業を営み、兼業をしていない同業者の平均的乙号事件収入率を右実額に乗じた額を算出し、その合計額を総収入金額とする。

<2> 所得金額の飯田税務署管内の土地家屋調査業を営み、兼業をしていない者を抽出して、当該同業者の平均所得率を算出して、右<1>の総収入金額に乗ずることにより、事業専従者控除前の所得金額を算出し、ここから、事業専従者控除を控除したものを原告の事業所得金額とする。

(3) 被告は、右(2)の主張事実を立証するため、第一三回口頭弁論期日(昭和六三年一月二八日)において証人奈川喜人を申請し、第一六回口頭弁論期日(同年一〇月二〇日)において、右申出が採用され、平成元年一月一九日にその証拠調べが行われる予定であった。

(4) 他方、第三回口頭弁論期日以降、関東信越国税局(直税部国税訟務官室)では、原告の取引先から領収証等の写しの送付を受けたり、取引内容についての照会をする方法での調査を継続していたが、被告は、既に主張した甲号事件の実額と、乙号事件の実額に、これらの採証活動で立証が可能になった乙号事件に係る実額加算して、右(2)の推計方法と異なった推計方法を採用するならば、本件更正等の適法性を立証できるとの見込が立ったことから、平成元年一月一八日、主張の変更をする予定であるとして、期日変更申請をし、右の期日は平成元年四月二〇日に延期された(証人小林一秀の証言中、同年一月一八日以前に同業者の平均所得率の見直し作業をするための一般通達が出されたことは全くなかったとする部分は、通常、被告指定代理人が全く見込を付けないで主張を変更するとは考え難いことに照らし、採用できない。)

(5) 被告は、第一七回口頭弁論期日(平成元年四月二〇日)において、推計方法について次のとおり主張を変更し、第一八回口頭弁論期日(同年六月二二日)において、右(2)の主張を撤回した。

<1> 総収入金額については、乙号事件についても、実額で主張することとし、収入金額についての推計はしない。

この際、被告は、第三回口頭弁論期日以降昭和六一年中に証拠を確保した乙号事件に係る収入金額も追加主張した。

<2> 所得金額を推計するために、長野県内の同業者につき、いわゆる倍半基準を満たす同業者の全てを抽出してその所得率の平均値を求める方法により算出し、総収入金額に平均所得率を乗じた金額から、事業専従者控除をしたものを原告の事業所得金額とする。

なお、収入金額を実額で主張し、これに従前主張していた所得率を用いると、昭和五四年分の所得については、本件更正等で認定された所得金額を下回る結果となる。

(6) その後、争点整理がされ、証人小林一秀の申請がされたのは平成二年七月一一日であり、その尋問が開始されたのは、同月二〇日であった。

(二) 時機の遅れ及び故意又は重過失があるといえるか。

右認定の事実によれば、被告が主張変更を決意したのは、収入金額の実額を追加立証できる見込が立ったこと及び他の推計方法を用いれば、本件係争各年のいずれについても処分の適法性を立証することができると判断したことによるものであることが推認され、主張変更の基礎となった取引についての証拠の確保は昭和六一年中に完了していたこと、同業者の平均所得率の見直しをするための作業自体は、それほば時間を要しない筈であることを考慮すると、本件の主張変更は、時機に遅れたものといわざるをえない。

そこで、さらに故意重過失の有無について検討するに、まず、被告が故意に右主張変更を遅らせたことを認めるに足りる証拠はない。次に、重過失があったといえるためには、被告の側に当該訴訟行為をすることを期待できる客観的状況があったことが必要と解されるところ、右(一)(1)認定のとおり、原告の提出した領収証控の欠落部分は膨大であリ、収入金額についても推計する必要性が強かったことは明らかであり、他方、本件の場合、右主張変更がされるまでに、収入金額の推計方法の合理性に関し原告の側から積極的に反証されていなかったことを考慮すると、収入金額の立証方法を再検討すべき客観的状況にあったとは評価し難く、それに伴って同業者抽出基準の見直し作業を期待する状況にあったとも評価し難い。

したがって、故意重過失を認めることはできず、被告主張の推計方法に関する右主張立証は却下されるべきものとはいえない。

2  被告主張の推計方法の合理性

(一) 前提事実

証拠(乙三ないし一二の各一、二、同三二ないし四一の各一ないし八、同四六ないし五五の各一ないし八、乙五九の一、二、証人小林一秀の証言、原告本人尋問の結果)に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、係争各年において、年間を通じて土地家屋調査士業を営み、兼業はしていなかった。

(2) 別表三の一の1記載の各同業者は、原告の住所地(納税地)のある長野県内の各税務署長に対して、関東信越国税局長が発した一般通達に基づき選定された次の<1>ないし<6>の基準の全てに該当する者であり、青色申告決算書等の課税庁の内部資料に記録されていた同業者の総収入金額及び所得金額(総収入金額から、青色事業専従者給与を除いた必要経費を控除した金額)等は、別表三の二の1ないし8記載のとおりであった(以下、右の意味での所得金額を総収入金額で除して求めた割合をもって「所得率」という。)。

<1> 長野県内に住所地(納税地)を有し、土地家屋調査士業を営んでいた個人業者であること

<2> 歴年を通じて土地家屋調査士業を継続して営んでいた者であること

<3> 土地家屋調査士業以外の事業を行っていなかった者であること

<4> 所得税青色申告決算書を提出していた者であること

<5> 税務署長から更正処分を受け、これに対して不服申立て等を行うなど、係争中の者でないこと

<6> 年間収入金額が原告の係争各年分の収入金額(一〇万円未満切り捨て)の二分の一以上二倍未満の者であること(いわゆる倍半基準のことで、昭和五四年分については六八五万円以上二七四〇万円未満、昭和五五年分については七〇五万円以上二八二〇万円未満、昭和五六年分については八一〇万円以上三二四〇万円未満である。)

(3) 右抽出作業を行った税務職員は、基本的には、青色申告決算書に記載された数値によって、収入金額等を把握したが、別表三の一の1記載の昭和五五年順号26の同業者は、原告の妻の兄である新井健司であり、同人は、確定申告後に帳簿等の調査を受け、その結果をもとに担当職員の示した金額で修正申告をすることに合意し、担当職員は、その額を既に新井健司が提出していた青色申告決算書又は所得調査カードに記載したが、その後、修正申告書提出前に、担当職員に指摘された取引の数額の合計計算額が誤っていたことに気付き(担当者の示した合計額が、実際の合計額より少なかった。)、総収入金額九〇八万〇一一〇円、所得金額五一九万二五三〇円として修正申告した。そのため、新井健司については、修正申告額と、調査結果の数額が異なってしまった。

(4) 右比準同業者の所得率、その平均所得率は、昭和五四年及び昭和五六年については、別表三の一の1のとおりであり、昭和五五年については、同表の順号26を除き別表三の一の2のとおりである。

なお、新井健司の右数額の過誤を修正した場合、昭和五五年分の同業者の平均所得率は、別表三の一の3のとおり、六〇・四九パーセントとなる。

(5) 別表六の一は、原告の住所地(納税地)のある長野県内の各税務署長に対して、関東信越国税局長が発した一般通達に基づき選定された、右(2)の<1>ないし<6>と同一の基準の全てに該当する者の総件数と、そのうち給料賃金の支払のある者の総件数を明らかにし、給料賃金の支払われている割合を明らかにしたものである。

これによると、右(2)で抽出された同業者の中には、給料賃金の支払のない同業者も混在していることが明らかである。

(6) 別表六の二は、原告の住所地(納税地)のある長野県内の各税務署長に対して、関東信越国税局長が発した一般通達に基づき選定された、右(2)の<1>ないし<5>の条件及び各年分の年間収入金額が五〇〇円以上三〇〇〇万円未満であるとの条件の全てに該当する者につき、別表六の四の1、2の収入金額区分に従って、平均収入金額及び平均給料賃金額を明らかにし、各税務署ごとの平均収入金額の総額と平均給料賃金額の総額の比率を算出することにより、長野県内の平均的な給料賃金費率を明らかにしたものである。これも、給料賃金の支払のない同業者を排除しないで得られた数値である。

(二) 雇人費又は雇人の存在に関する事実の確定

原告は、別表四のとおり、係争各年分の雇人費の実額が明らかであり、又は少なくとも原告に雇人が存在した以上、給料賃金の支払のある者であることを抽出条件に加えるか、比準同業者の雇人費を除いた他の経費を推計し、これと右実額を収入金額から差し引く方法によって推計をすべきであり、本件推計方法は合理性がないと主張するので、推計の合理性を判断する前提事実として、そもそも、係争各年分の雇人費の実額が明らかといえるか、雇人が存在したといえるかを検討する。

(1) 雇人費の実額が認定できるか。

原告は、雇人費の実額を立証するため、給料支払明細書控(甲二九の一ないし一三、同三〇の一ないし一五、同三一の一ないし一六、同三二の一ないし三五)やこの写しに証明文言が記載された表紙を付したものについて平林章及び宮下富男の捺印を得た証明書(甲四〇、四一)を提出する。

しかし、給料支払明細書控には、受領者の受領印がなく、ここからそのままの金額の給与が支払われたとの事実を認定することはできない。また、他に取引の過程で継続的に記録された金銭出納帳等の提出がなく、これらの資料の正確性を検証することもできない。

更に、右各書証の記載から窺われる合計額と裁決で認定された額が異なることを考慮すると、右各書証の正確性には疑問を差し挟む余地がある。

したがって、右各証拠によって雇人費の実額を認定することはできない。

なお、甲一によれば、本件裁決では、原告の主張どおりの雇人費の実額が認定されているが、裁決には裁判所の認定判断を拘束する効力はないから、裁決で実額が認定されているとの一事をもって、同額の雇人費の支出があったとは認め難い。

(2) 雇人を使用していたと認められるか。

甲二一の七及び弁論の全趣旨によれば、昭和五四年一一月八日、原告は、東京海上火災保険株式会社との間で(板国油店扱い)、宮下富男を被保険者として、保険期間を昭和五四年一一月八日から昭和五五年一一月八日までの一年間とする傷害保険の保険契約を締結していることが認められ、甲二一の七の記載を子細に検討すると、その保険料領収証の異動又は継続証発行の場合の証券番号欄が空白となっていること、昭和五四年一一月七日以前に関する宮下富男を被保険者とする保険契約があったことを認めるに足りる証拠がないことを考慮すると、右の契約は新規契約と推認できる。これらの事実に原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、昭和五五年に概ね年間を通じて、宮下富男を継続的に雇用していたと認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

もっとも、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、宮下富男は、父武の確定申告では、その事業専従者とされていることが認められるが、原告本人尋問の結果によれば、実際には、平日の昼間には原告方で稼働していたことが窺われるから、右事実は、昭和五五年に概ね年間を通じて雇用されていたとの認定の妨げとはならない。

他方、昭和五四年、五六については、右に説示したような雇用関係の裏付となる確実な客観的証拠が存在しないから(なお、甲二二の四の<3>、<5>、<6>は、傷害保険料の領収証ではあるが、書証自体から、だれが被保険者となっているか不明であり、ここから雇人の存在を推認することはできない。)右(1)に説示した点を考慮すると、年間を通じて継続して雇人が存在したとの立証はされていないといわざるをえない。

(三) 被告主張の推計の合理性について

(1) 昭和五四年分及び昭和五六年分について

推計課税は、もともと納税者の所得金額を実額で把握することができない場合に、やむをえず把握の可能な間接資料と経験則との組合わせて所得を推認していく方法であり、唯一絶対の合理的な推計方法というものが初めから存在しているわけでもなく、どのような推計方法が合理的かは諸般の実状に照らし相対的に判定されることにならざるをえない。そうすると、被告の主張する推計方法が一応合理的なものと認められれば、当該納税者に平均値を算出する過程で捨象される程度の通常の同業者間に存在すると考えられるような偏差に吸収されないような特殊事情があることが立証されるか、他の推計方法を採用した方がより明らかに真実の額に近い数値が得られることが立証されない限り、その推計方法をもとに所得を認定することができるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、右(二)認定のとおり、昭和五四年分及び昭和五六年分については、原告に雇人が存在したとは認め難いから、この存在を前提とした考慮をする必要がないところ、右(一)認定のとおり、被告主張の推計方法は、長野県内に住所地(納税地)を有し、土地家屋調査士業を営んでいた個人業者であること、土地家屋調査士業以外の事業を行っていなかった者であること、年間収入金額が原告の係争各年分の収入金額の二分の一以上二倍未満の者であることなどを抽出基準に加えており、業種、業態、所在場所の近似性が考慮されているから、右の抽出基準は一応の合理性を有するということができ、この基準により選定された同業者は、その業種、業態、所在場所等において原告と類似性を有し、しかも、帳簿書類の備え付けを義務付けられたいわゆる青色申告者であるから、その申告内容の正確性も担保されていると認めることができ、また、右同業者の選定は、関東信越国税局長の発した一般通達に基づいて機械的にされたものであるから、選定過程に被告の恣意が生じる余地はない。

したがって、被告主張の推計方法は一応合理性を有するものといえる。

(2) 昭和五五年分について

昭和五五年中、原告は、概ね年間を通じて雇人一名を継続的に雇用していたことは、右(二)に認定したとおりである。

そこで、このような場合、同業者の抽出条件に雇人の存在することを加えなければ合理性があると認め難いといえるか、あるいは、比準同業者の雇人費を除いた他の経費を推計し、これと右実額を収入金額から差し引く方法によって推計をしなければ、合理性を認め難いといえるかについて検討する。

ところで、右(1)に説示したとおり、被告主張の推計方法は、長野県内に住所地(納税地)を有し、土地家屋調査士業を営んでいた個人業者であること、土地家屋調査士業以外の事業を行っていなかった者であること、年間収入金額が原告の係争各年分の収入金額の二分の一以上二倍未満の者であることなどを抽出基準に加えており、業種、業態、所在場所の近似性が考慮されているから、雇人が存在するという個別的要素が、このような同業者間に通常存在すると考えられるような偏差にとどまるようなものであれば、右の点を抽出条件に加えるなどの原告主張の方法を採用しなくても、推計の合理性を肯定することができる。

これを本件について見ると、経験則上、従業員を継続的に雇用する場合は、時々の売上を考慮しながら給料を増減することが困難だから、雇人費は、他の売上原価等の一般経費と比べて、当業者の個別的な事情に左右される要素が大きく、売上金額との相関関係が希薄だといえる。更に、継続して従業員を雇用する場合は、外注などの場合と異なって、福利厚生費や備品の要否等他の出費を増大させ、所得率を低下させる要素となりうる。のみならず、本件においては、別表六の二によれば、収入金額が高くなるほど雇人費率も増加する傾向にあるところ、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告の所得金額は別表三の一の1及び3の同業者の中で比較的上位に位置することが認められる。これらの点に、前記の争いのない収入金額等から窺われる原告の事業規模はそれほど大きなものではないことをあわせ考慮すると、雇人の有無により、所得率の高低に少なからぬ影響が生じると考えられる。また、被告は、本件係争各年の同業者の青色申告書、青色申告決算書、修正申告書等が現実には保管されていたにもかかわらず(乙五九の二によれば、これらの書類は形式的には七年間保存義務があるとされているものの、実際には破棄されずに保管されていること、これらの書類を扱った職員はそのような認識をしていることが窺える。)、これらの書類が保管されていないとして昭和五九年ないし昭和六一年の同業者の青色申告書等をもとに売上金額と雇人費の比例関係を立証すると主張したことがあり(平成四年二月二〇日付け準備書面)、その後、これらの書類が保管されていたとして主張の変更をした後も、同業者の雇人費の額がわからないような方法で立証しており(乙四六ないし五五の各一ないし八)、一旦は保管されていないと主張した理由について、合理的な説明をしていない。本件の重大な争点が雇人費をめぐる問題であったことに、右の係争態度を考慮すると、原告の主張する方法で推計をした場合に、本件原処分を維持できない結果となるのではないかとの疑いが生ずる。したがって、右のような事情のもとにおいては、少なくとも雇人の存在することを抽出条件に加えなければ、推計の合理性を肯定することはできないものというべきであるし、雇人の存在しない同業者を比準同業者に含めて雇人費以外の全ての経費を推計し、雇人費については雇人の存在する同業者のみを抽出して、別個雇人費率を算出してこれを推計するという方法に比べれば、被告主張の推計方法の方が合理性が乏しいことは明らかであるというべきである。

もとより、このような方法が実現不可能な場合であれば、右のような点を抽出条件としない被告主張のような推計方法をもって一応合理的なものと考える余地もあるが、青色申告決算書には、特別経費として、雇人費の金額を記載する欄があり、雇人の存在することを抽出条件に加えて雇人費を含めて経費を一括して推計することや、雇人の存在しない同業者をも比準同業者に含めて雇人費以外の全ての経費を推計し、雇人費については雇人の存在する同業者のみを抽出して、別個雇人費率を算出してこれを推計するという方法は容易に採用しうるものである。

また、別表六の一によれば、被告主張の推計方法によっても、抽出された同業者の八割が給料賃金の支払をしている者であることが認められるが、このことは、右の判断の妨げとはならない。

ところで、課税標準について被告が立証すべき事項は、納税者の所得金額が、特定の額を下回ることはない(上回ることはあっても)という点である。そして、前記のとおり雇人費の実額に関する書証は採用できないが、弁論の全趣旨によれば、真実の雇人費が原告主張額を上回ることはないと認められるから、右に説示した点を考慮すると、原告の所得は、雇人の有無にかかわりなく抽出した同業者の所得率(被告主張の雇人費も含めた経費を考慮して算出したもの)を原告の収入金額に乗じた額から原告の主張する雇人費の額を差し引いた額を下回ることはないものといえる。このような場合には、被告の主張の推計方法が合理性を認め難いことから、直ちに原告の請求を全部認容すべきものではなく、右の方法により本件更正等の一部を維持できるのであれば、その限度で一部認容の判決をなすべきものである。

3  原告の主張に対する検討

(一) 抽出過程の正確性合理性について

原告は、別表三の一の1の順号26(乙八の二の昭和五五年分の順号2)の同業者である新井健司の数値は、実際の修正申告額と異なっており、乙八の二は、青色申告決算書に基づかずにされたものであって、被告主張の推計方法は、正確性を欠くと主張し、他方、被告は、昭和五五年分の平均所得率を算出するために抽出した同業者のうち、同表の順号26の同業者の数値に誤りがあるとしてそれを除いた同業者の所得率をもとに平均所得率を算出すべきで、その結果によると、昭和五五年の同業者の平均所得率は、別表三の一の2のとおり六〇・五七パーセントになると主張する。

右2に説示したとおり、青色申告者は、帳簿書類の備え付けを義務付けられているため、それに基づいてなされた申告の正確性は担保されているといえる。そして、その数値は、確定申告書及びこれに添付された青色申告決算書に記録されているが、確定申告後、被告の担当職員が帳簿を調査したうえ修正申告を促す場合は、その調査の結果に基づいて修正申告がされた場合に限り、その修正申告の正確性は担保されているということができる。

これを本件についてみると、右2(一)(3)認定のとおり、別表三の一の1の順号26の同業者新井健司は、確定申告後、帳簿等の調査を受け、その調査の結果判明した申告もれの金額を検算したうえで、調査結果に基づいた正確な金額をもって修正申告をしたことが認められ、乙八の二には、恣意的に誤った数値が記載されたものではないことが明らかだから、同人を同業者として抽出することは合理的であり、右の誤りをもって、被告主張の推計方法全体の合理性が否定されることにはならない。

したがって、右説示の限りで、原告の主張は失当である。

(二) 地域的類似性

原告は、抽出結果をみると、全県の平均値に照らして、飯田を含む南信地区の同業者の所得率は三年とも低いとして、被告主張の推計方法は合理性がないと主張する。

しかし、同業者率による推計は、比準同業者と納税者との間、比準同業者相互間にある程度の偏差があることを当然の前提とせざるを得ず、単に比準同業者の関係比率に偏差があるというだけでは、その平均値による推計の合理性を否定することはできない。もっとも、右偏差の程度、偏差が生じた原因、偏差が生じた原告如何によっては、推計の合理性を否定すべき場合もありうるが、飯田、伊那、諏訪の管内の平均値は、長野県全県の平均値をもとにした推計の合理性に疑問を挿む程度のものとはいえないし、弁論の全趣旨によれば、土地家屋調査士の報酬は、長野県内は長野県土地家屋調査士会の定めた同一の基準をもとに決定されていること、土地家屋調査士の職務は、法律で定められた均一の内容であることが認められるから、地域によって、平均値を求める程度で捨象されえないような要因があるとは断定し難い。

したがって、原告の主張は失当である。

(三) 青色事業専従者給与について

次に、原告は、女性の事業専従者一名がいることを抽出条件に加えるか、事業専従者給与の額も収入金額から控除したうえで所得率を算出すべきであると主張する。

しかし、右2(三)のとおり、被告主張の推計方法には一応の合理性が認められる以上、これが覆されるためには、原告に事業専従者(女性)がいることが、特殊事情となるか、この点を基準に加えた方が真実に近い数値が得られると認められることが必要である。

そこで検討するに、原告の事業専従者が、平均的な事業専従者以上の労働をした結果、収入金額が他の同業者より多かったという特別な事情があれば、特殊事情の立証があったものとして、被告主張の推計方法の合理性が覆される余地があるが、本件では、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

また、所得税法は、事業所得にかかる必要経費の計算に関し、原則として、事業者がその事業に従事した生計を一にする配偶者その他の親族に労務の対価を支払っても、その金額は事業所得の計算上必要経費に算入できないものとしたうえ(所得税法五六条)、例外的に、いわゆる青色申告者が青色事業専従者に給与を支払った場合には労務の対価として相当であると認められるものは、これを事業所得の計算上必要経費に算入することができるものとし(同法五七条一項)、いわゆる白色申告者については、その事業所得の計算上、各事業専従者につき一年分四〇万円を上限として必要経費とみなすこととしている(同条三項)ところであって、このような法の規定するところに照らせば、原告がいわゆる白色申告者である以上、青色申告者である同業者の所得率を適用して原告の所得金額を推計計算するについては、右同業者の支払った青色事業専従者の給与額を必要経費から除外したうえ右同業者の所得率を算出するのが相当であり(大阪高裁平成元年一一月一五日判決・税務訴訟資料一七四号六四五頁参照)、原告主張の方法で推計計算をする方が真実の所得に近い数値が得られるとは認められない(課税庁が、白色申告者に対する推計課税の際、青色申告者の事業専従者給与も必要経費としてその所得率を算出して推計計算する実例もあるようだが、これは、便宜的に納税者に有利な数値を用いているものと解するほかない。)。

したがって、原告の主張は理由がない。

(四) 兼業の有無の認定方法について

更に、原告は、同業者が兼業していないか否かを被告が青色申決算書等の記載のみをもって認定しており、正確性が乏しいという趣旨の反論をする。

しかしながら、土地家屋調査士のなしうる業務は、土地家屋調査士法に定められているのだから、兼業により事業所得を得ている納税者が確定申告書に土地家屋調査士業としか記載しなければ、対応する業務に関する売上についての脱税等を疑われることにもなりかねない。そうすると、確定申告書には、通常、業態に合致した記載がされていると推認できる。

本件においても、甲三五の一ないし一〇、同三六の一ないし六及び弁論の全趣旨によれば、市瀬庄太郎及び新井健司は、本件において抽出された同業者の中に含まれるところ、遅くとも昭和五六年までには、市瀬庄太郎は測量士の資格も、新井健司は測量士のほか行政書士及び宅地建物取引主任者の資格も、それぞれ取得していたことが認められるが、本件全証拠によっても、右市瀬や右新井が土地家屋調査士業以外の業務によって収入をあげていた事実は認められない(甲六六は作成時期、記載内容に具体性がないことに照らし採用できない。)。

また、土地家屋調査士の中には他の資格も兼有している者が多いこと(甲三七、六七)は、前記推認を妨げるものとはいえない。

他に、前記の同業者の中に業態に変化をきたすような兼業をしている者が含まれていることを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の主張は理由がない。

三  原告主張の推計方法の合理性の有無

1  まず、原告は、飯田税務署及び伊那税務署の管内の同業者の平均所得率で所得金額を推計する方法を提示するが、乙二、乙七、八の各一、二及び証人小林一秀の証言によれば、その方法で抽出できる同業者は多くて六件にすぎないこと、本件全証拠をもってしても、特に二つの税務署管内に限定すべき合理的理由が見出せないことを考慮すると、原告主張の推計方法は、合理的なものとは認め難い。

2  次に、原告は、別訴で用いた平均所得率を用いるべきであると主張するが、前記のとおり地域的な特性が明らかでないことに、右の推計方法では、抽出される同業者が多くて四件にとどまってしまうこと(乙二及び弁論の全趣旨)を考慮すると、別訴で主張された平均所得率の方が、件数の点でより普遍性の高い本件での被告主張の推計方法より明らかに合理的であるとは言い難い。

そして、被告が別訴でなした主張と同一の主張をすべきであると解する法的根拠はなく、別訴で被告が原告に有利な右数値を利用することを是認していることを考慮して原告に有利に認定に用いることと、本件でその推計方法を排斥することは矛盾することとはいえない。

したがって、原告の主張は理由がない。

3  最後に、原告は、事業規模(収入金額)について、いわゆる倍半基準より細かい限定をした推計方法を提示する。

しかし、本件全証拠によっても、そのような限定を付すべき事情は見出し難い(昭和五五年分につき、収入金額が高いほど給料賃金率が高くなる傾向があるところ、原告の収入金額は比較的高く、雇人も存在すると認定できることについての考慮は、前説示の推計方法を採用することによって考慮されている。)。

したがって、原告の主張は失当である。

四  所得金額の計算

1  係争各年の総収入金額

原告の係争各年分の収入金額は、当事者間に争いのない次の金額となる。もっとも、被告は、右金額中に含まれない横浜エイロクイップ株式会社との取引(昭和五六年の三万四〇〇〇円分)や有限会社板国油店との取引(昭和五四年の二万六二〇〇円分)にも言及しているが、これは、原告が認めている取引以外に原告が領収証控を提出していない取引が多数あることを窺わせる事情として主張しているものと解されるので、加算はしないこととする。

(一) 昭和五四年 一三七七万九五一五円

(二) 昭和五五年 一四一九万八二九七円

(三) 昭和五六年 一六二四万五一五二円

2  昭和五四年及び昭和五六年分の所得金額

右の総収入金額に、別表三の一の1の同業者の平均所得率を乗じて、ここから当事者間に争いのない事業専従者控除四〇万円を控除した金額は次のとおりとなり、これを上回った所得を認定することなくされた本件更正等は適法である。

(一) 昭和五四年 八一七万六三七〇円

(二) 昭和五六年 八七九万九六二九円

3  昭和五五年分の所得金額

前記のとおり、昭和五五年分に関する被告主張の推計方法は合理的とは言い難いが、前記二の2の(三)の(2)に説示したとおり、本件の場合、本件更正等の一部を維持できる余地があるので、その点につき検討する。

右1(二)の総収入金額に、別表三の一の3の同業者の平均所得率六〇・四九パーセントを乗じた算出所得金額は、八五八万八五四九円となり、ここから、原告の主張する雇人費二〇七万五〇〇〇円及び事業専従者控除額四〇万円を控除すると、六一一万三五四九円となり(確定申告の際の総所得金額二五一万六三四四円を上回る。)、本件更正等は右の所得金額を上回る部分は不適法であるが、その余の部分は適法である。

第四結論

以上の次第で、本訴請求のうち、昭和五四年分及び昭和五六年分の本件更正等の取消を求める請求は、理由がないから、いずれも棄却することとし、昭和五五年分の本件更正等の取消を求める請求は、右の限度で理由があるから、右の限度で原告の請求を一部認容し、その余の請求を棄却することし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前島勝三 裁判官 和久田斉 裁判官菊地健治は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 前島勝三)

別表一の一

昭和五四年分

<省略>

別表一の二

昭和五五年分

<省略>

別表一の三

昭和五六年分

<省略>

別表二

被告主張に係る原告の事業所得金額

<省略>

別表三の一の1

土地家屋調査士の同業者調査表

<省略>

別表三の一の2

土地家屋調査士の同業者調査表

<省略>

別表三の一の3

土地家屋調査士の同業者調査表

<省略>

別表三の二の1

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表三の二の2

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表三の二の3

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表三の二の4

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表三の二の5

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表三の二の6

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表三の二の7

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表三の二の8

土地家屋調査士の同業者調査表1

<省略>

別表四(原告主張の雇人費の実額)

<省略>

別表五の一

地域的類似性の検討

<省略>

別表五の二 地域的変化

<省略>

別表五の三(地域的類似性の検討)

<省略>

別表五の四(事業規模の類似性の検討)

<省略>

別表六(原告主張の雇人費の実額)

<省略>

別表六の一

土地家屋調査士の同業者調査表

<省略>

別表六の二

土地家屋調査士の同業者調査表

<省略>

別表六の三 調査表2

<省略>

別表六の四の1

土地家屋調査士の同業者調査表3

<省略>

別表六の四の2

土地家屋調査士の同業者調査表3

<省略>

別表七の一

昭和54年分 No.1

<省略>

昭和54年分 No.2

<省略>

昭和54年分 No.3

<省略>

別表七の二

昭和55年分 No.1

<省略>

昭和55年分 No.2

<省略>

昭和55年分 No.3

<省略>

昭和55年分 No.4

<省略>

別表七の三 「作業表」に該当する同業者整列表

<省略>

原告に適用する所得率を算出するうえで、同業者数を収入上位から4~12名とした理由

<1> 原告の収入が、同業者のトップレベルにあるため、比準同業者を増やすと、同業者の平均収入が原告から著しくかけ離れてしまう

<2> そのため、原告の収入より上位にある同業者の数を2倍した同業者数を確保した

別表八

原告桐生健司の給料賃金を算入した所得金額

<省略>

別表九-A

<省略>

地域的類似性がある伊那・飯田地区の同業者を比準同業者とした場合の所得金額

別表九-B

<省略>

別表一〇

低い方の所得率による所得金額

<省略>

収入金額類似の同業者の平均所得率による所得金額

別表二-A

<省略>

別表二-B

<省略>

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