大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所 平成7年(わ)40号 判決 1997年3月26日

本店所在地

東京都台東区谷中一丁目五番一一号

法人の名称

ジャイロ産業株式会社(代表者 内田照捷)

本籍

東京都新宿区百人町二丁目三二〇番地

住居

東京都文京区小日向一丁目二三番二号メゾン蛙坂三〇一号

会社役員

内田照捷

昭和一七年二月二七日生

事件名

法人税法違反被告事件

検察官

保倉裕

主文

被告人内田照捷を懲役一年八月に、被告人ジャイロ産業株式会社を罰金八〇〇〇万円にそれぞれ処する。

被告人内田照捷に対し、未決勾留日数中三七〇日をその刑に算入する。

訴訟費用は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人ジャイロ産業株式会社(以下「被告会社」という。)は、不動産の売買、賃借及び仲介等を目的とする資本金五〇〇万円の株式会社であり、被告人内田照捷(以下「被告人内田」という。)は、被告会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人内田は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、収入金額を借入金として仮装計上し、借名預金を設定するなどの方法により所得を秘匿した上、平成元年三月一日から平成二年二月二八日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が六億七〇九五万九四六円で、課税土地譲渡利益金額が六億三七五〇万円であったにもかかわらず、同年五月一日(納期限は、同年四月三〇日である。)、東京都台東区東上野五丁目五番一五号所在の下谷税務署(現在は東京上野税務署)において、同税務署長に対し、その欠損金額が四六二万四五四四円であり、課税土地譲渡利益金がない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額四億七二〇三万九八〇〇円を免れたものである。

(証拠)(括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。)

一  被告人内田照捷の公判供述、検察官調書二三通(乙一八ないし四〇)、弁解録取書(乙一七)、質問てん末書一六通(乙一ないし一六)

一  証人幸崎勝利、同乗松秀幸、同光本博志の各公判供述

一  吉村民夫(甲七)、竹内光子(甲八)、小畑信夫(甲三二、ただし、抄本。)、光本博志(甲三八)の各検察官調書

一  曽我義徳(甲一〇)、新井國弘(甲一一)、森川佳英(甲三一、ただし、抄本。)の各質問てん末書

一  売上高調査書(甲一三、ただし、不同意部分を除く。)、旅費交通費調査書(甲一四)、通信費調査書(甲一五)、交際接待費調査書(甲一六)、支払手数料調査書(甲一七)、受取利息調査書(甲一八)、支払利息割引料調査書(甲一九)、道府県民税利子割額調査書(甲二〇)、申告欠損金調査書(甲二一)、その他所得調査書(甲二二)、査察官報告書(甲二三、ただし、不同意部分を除く。)、課税状況の回答書(甲二四)

一  捜査報告書(甲二五)、証拠品複写報告書(甲二九)

一  商業登記簿謄本(甲二六)

一  押収してあるファックス原稿三枚(平成七年押第二七号の1)、メモ一枚(同押号の2)、メモ書き一枚(「物件の情報と契約」と題するもの。同押号の3)、メモ書き一枚(「資金の流れ」と題するもの。同押号の4)、金銭借用証書一枚(同押号の5)、覚書一枚(同押号の6)、貸室賃貸借契約書一枚(同押号の7)

(補足説明)

弁護人は、被告人内田が野尻湖観光開発株式会社(以下「野尻湖観光」という。)から合計二〇億円を借入金として受領したものであり、被告会社が長野県上水内郡信濃町大字野尻等所在の池田直一や同人の経営する三栄興業株式会社等が所有する土地(以下「野尻湖物件」という。)の売買(以下「本件売買」という。)に関与して仲介手数料を得たことはないなどと主張して証拠関係について論難し、被告人内田も右主張に沿う種々の弁解をするので、補足して説明する。

一  被告会社が本件売買に関与するようになった経過について

被告人内田の検察官調書(乙一八、一九、二二)、質問てん末書(乙一四)、証人石田良和、同幸崎勝利、同乗松秀幸の各公判供述、吉村民夫(甲七)、光本博志(甲三八)の各検察官調書、課税状況の回答書(甲二四)、商業登記簿謄本(甲二六)、証拠品複写報告書添付の各資料(甲二九)、メモ(平成七年押第二七号の2)を含む関係証拠によれば、被告会社が本件売買に関与するようになった経過は次のとおりである。

1  被告会社(被告会社は、昭和六二年三月一一日、ランドプランナーシステムズ株式会社の商号で設立され、昭和六三年四月二五日に右商号を株式会社ジャイロ《以下、当該商号当時の被告会社を「旧ジャイロ」という。》に変更され、平成元年四月四日には右商号がジャイロ産業株式会社に変更されている。)は、設立当初から、不動産の売買、賃貸、仲介及び斡旋を主な目的とするものであり、被告人内田が、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括し、平成元年一月当時、旧ジャイロを被告人内田の経営する関連会社をまとめたジャイログループの総合本部とし、その代表者と称して活動していた。

2(一)  野尻湖観光の代表取締役の石田良和(以下「石田」という。)は、かねてから野尻湖物件の買主を探していたが、昭和六三年夏ころ、幸崎勝利(以下「幸崎」という。)に対し、野尻湖物件の売却に協力するよう依頼し、その売却に成功したら手数料を支払うことなどを約束し、また、そのころ、被告人内田とも知り合い、同人に対し、野尻湖物件の買主を探している旨話していたが、右両名の間ではそれ以上には進展しなかった。一方、石田から依頼を受けた幸崎は、平成元年二、三月ころ、旧ジャイロの代表取締役である被告人内田に対し、野尻湖物件の買い取り又は買主探しを依頼し、当初乗り気のなかった同人を説得するなどしたことから、被告人内田がこれに応じるような態度を示すようになった。そのような経過の後の同年七、八月ころ、石田は、幸崎とともに、被告会社の事務所(東京都新宿区西新宿六丁目一一番三号西新宿KBプラザ三〇八号室《以下「KBプラザ事務所」という。》)に何度か赴き、被告人内田に対し、野尻湖物件の物件目録等を示して交渉を重ねたすえ、被告会社に野尻湖物件の売買の仲介を引き受けさせた。被告人内田が、石田から右の依頼を受けた際、仕切値が五〇億前後であり、その仕切値を上回る金額で売れたらその分は被告人内田が取得してもよいという趣旨の了解を得て、その仕切値も最終的には五五億円と決まり、同年九月一一日ころ、被告人内田と石田は、幸崎立会の下で、同月六日付け買受申込書(甲二九の資料二四、以下甲二九の資料を単に「資料」という。)、同日付け基本協定書(資料二五)のほか、野尻湖観光と被告人会社との間の野尻湖物件についての売買価額を五五億円とする同月一一日付け覚書(資料二六)を取り交わした。

(二)  被告人内田は、野尻湖物件の買主あるいは被告会社が同物件を買い入れるための資金の融資先を探すことを考え、同年八、九月ころ、乗松秀幸(以下「乗松」という。)に対し、野尻湖物件の開発資金の融資先を探して欲しい旨依頼するとともに、同物件の野尻湖観光による仕切値が五五億円であることも伝えていたところ、まもなく、幸崎からシード開発株式会社(以下「シード」という。)の代表取締役約光本博志(以下「光本」という。)を紹介され、同人に対し、野尻湖物件の説明をし、同物件の売買価格を六〇億円と書き換えた覚書(資料二七)等を送付し、被告会社が野尻湖物件を買い取って開発したいので、被告会社にその資金の融資先を探してほしい旨依頼した。しかし、光本は、被告会社には融資を受けられるだけの信用がないと判断し、被告人内田に対し、大手企業が参加した現地法人を設立し、その現地法人が他から融資を得て野尻湖物件を取得するとともに開発するという方法を教示して、現地法人の設立を勧める一方、同年九月ころ、三井不動産建設株式会社(以下「三井」という。)の長楽吉旨元(以下「長楽」という。)に対し、右野尻湖物件の開発等の話を持ち込み、同人から、株式会社ケー・ビー・エスびわ湖教育センター(以下「KBSびわ湖」という。)の吉村民夫(以下「吉村」という。)を紹介され、同人との交渉が始まった。

(三)  平成元年一〇月一日ころには、被告人内田と光本及び乗松との間で、野尻湖物件に関し、現地法人を設立し、それに対する七〇億円の融資を取り付け、野尻湖物件の地主である三栄興業株式会社等から野尻湖観光が同物件を買い取った上、更に現地法人が野尻湖観光から同物件を六〇億円で買い取ること、被告会社が、右六〇億円の内、野尻湖観光の仕切値である五五億円を超える分の五億円を取得し、野尻湖観光と現地法人との間の野尻湖物件の売買の仲介手数料として現地法人から一億八〇〇〇万円を取得すること、右五億円及び一億八〇〇〇万円の合計である六億八〇〇〇万円の内、一億円が現地法人の株式代金に、一億五〇〇〇万円が三井側へのバック分にそれぞれ使われ、残金の四億三〇〇〇万円を被告会社が取得すること、光本が右七〇億円と六〇億円との差額一〇億円のうち本件売買の手数料等として七億円を取得することなどを取り決めた。同月四日ころ、野尻湖物件の地権者を説得するための方便として、KBSびわ湖からシード宛の金額一〇〇億円の融資証明書が作成され、同月六日ころ、シードから被告人内田宛の、現地法人に一〇〇億円を融資する旨の確約書が作成されたことなどから、被告人内田は、現地法人に融資を受けられる状況になったものと考えて、現地法人である野尻レイクカルチャー開発株式会社(以下「野尻レイク」という。)の設立の準備を進め、同年一一月五日ころには、光本及び乗松との間で、三井側へ礼金二億円を渡すことや本件売買等に絡む口利き料等の利益配分などを打ち合わせた。

(四)  同月一四日ころ、被告人内田は、光本から、野尻湖物件はまずKBSびわ湖が買主となり、その後三井が他から融資を得て同物件を買い取ることになるなどと知らされ、また、シードの光本、三井の長楽及びKBSびわ湖の吉村との間で、同月一六日ころ、KBSびわ湖が野尻湖物件を七〇億円で買い取ることなど記載された基本協定書を取り交わしたが、まもなく、買主がKBSびわ湖から、株式会社ケー・ビー・エス開発(以下「KBS開発」という。)に替わった。

(五)  被告人内田は、同月下旬ころ、光本の指示により、KBS開発の代表取締役伊藤寿永光に対し、野尻湖物件につき、引き渡せる土地とその面積などの説明をし、同人との間で第一次取引分は野尻湖物件の八〇パーセントとすることに決めた。そのころ、被告人内田は、光本から、売買取引日は同月三〇日であること、売買代金は最低七〇億円だが、七五億円になるか、八〇億円になるか不明確であること、吉村へのバック分の五億円をその代金の内に見込んであることなどの説明を受け、また、そのころ、同物件の買主がKBS開発であることも知り、石田に対し、買主がKBS開発となったこと及び本件売買の取引日が同月三〇日であることなどを告げた。

光本は、そのころ、六〇億円と右売買代金の最低額七〇億円との差額一〇億円の内、七億円を同人の手数料として取り、二億円を三井側に渡し、一億円を乗松に渡そうと考え、被告人内田に対し、「一〇億円を裏に回せ。一〇億円は俺の取り分だ。三井もいるんだよ。」などと要求し、これを受けた被告人内田は、光本に対し、「一二月二〇日ころまでにやる。裏にする。自分は借り入れたことにする。」などと答えていた。

二  本件売買契約の成立及び被告会社がその仲介手数料を取得したこと等について

被告人内田の公判供述、検察官調書(乙二三、二七、三一、三二)、質問てん末書(乙六)、証人石田良和、同幸崎勝利の各公判供述、吉村民夫(甲七)、竹内光子(甲八)、光本博志(甲三八)の各検察官調書、森川佳英の質問てん末書抄本(甲三一)、売上高調査書(甲一三)、査察官報告書(甲二三)、証拠品複写報告書添付の各資料(甲二九)を含む関係証拠を総合すれば、次の事実が認められる。

1  平成元年一一月三〇日、三井の新宿本社の会議室において、被告人内田、石田、幸崎、吉村らの出席の下で、野尻湖観光とKBS開発との間で、野尻湖物件の代金額を七〇億円とする本件売買契約が締結され、同日、本件売買代金の内六〇億円が、KBS開発から被告人内田を介して石田に支払われたが、その際、被告人内田は、右六〇億円から一七億円(小切手五通)を差し引いた上、吉村に対し、バック分として、右一七億円の内五億円(小切手一通)を交付し、残金一二億円(小切手四通)を一旦住友銀行数奇屋橋支店の被告会社名義の預金口座に入金し、同年一二月五日から一五日までの間に、光本の指示に基づき、右口座から合計七億円を払い戻し、同人に対し、本件売買の手数料等として右七億円を仮名預金口座へ送金するなどして、結局、被告会社は、一回目の決済の際、野尻湖観光から本件売買の仲介手数料として五億円を取得した。なお、被告人内田は、同年一二月六日ころ、乗松に対し、本件売買の手数料等として右五億円の内から二〇〇〇万円を交付している。

2  本件売買代金の二回目の決済が、平成二年二月二八日、吉村の事務所において、被告人内田、石田、吉村、KBS開発の伊藤寿永光の弟らの出席の下で行われた。これに先立ち、被告人内田と吉村との間で、本件売買代金額を七五億円とする合意がなされ、同日本件売買契約書記載の代金額が七五億円に訂正された。その際、本件売買の残代金一五億円の内一一億円が、KBS開発から被告人内田を介して石田に支払われたが、被告人内田は、右一一億円から三億円(小切手三通)を差し引いた額(以下、この三億円と前記一七億円との合計二〇億円を「本件二〇億円」という。)を石田に渡した。被告人内田は、同日、右三億円の内一億円を、平成元年一一月三〇日の本件売買契約締結の際、野尻湖物件の所有者側の池田直一が契約の場になかなか出頭せずトラブルとなったことに対する違約金として、吉村に支払った。そして、平成二年三月一日、被告人内田は、右三億円の残金二億円(小切手二通)を取り立て、先に森川佳英に指示して作らせていた被告会社の借名口座である住友銀行大塚支店のジャパンシアール株式会社(以下「ジャパンシアール」という。)名義の普通預金口座に入金し、結局、被告会社は、二回目の決済の際、本件売買の仲介手数料として二億円を取得した。

3  本件売買代金の三回目の決済が、同年五月二四日行われ、残金四億円がKBS開発から石田に支払われ、本件売買代金の決済は終了した。

三  本件法人税申告書の作成に至る経緯等について

被告人内田の検察官調書(乙二三ないし二五、三一、三三、三四)、質問てん末書(乙一、一六)、竹内光子の検察官調書(甲八)、曽我義徳(甲一〇)、新井國弘(甲一一)の各質問てん末書、査察官報告書(甲二三)、課税状況の回答書(甲二四)、証拠品複写報告書(甲二九)等の関係証拠によれば、次の事実が認められる。

1  被告人内田は、同年三月ころ、曽我義徳(以下「曽我」という。)から同人の名義を借りることについての了解を得て、本件売買の一回目の決済により被告会社名義の預金口座に入金となった前記一二億円を曽我からの借入金とし、また、右一二億円の内から光本に対して支払った七億円、乗松に対して支払った二〇〇〇万円については、右借入金の返済として、それぞれ仮装の経理処理をし、本件売買の二回目の決済によりジャパンシアール名義の借名預金口座に入金となった前記二億円については、被告会社のものとしての経理処理を行わないことにして、同年四月ころ、竹内光子(以下「竹内」という。)に指示して、被告会社名義の預金通帳の写しの前記一二億円の入金及び七億円、二〇〇〇万円の各支払いの記載部分をそれぞれ曽我からの借入金、曽我に対する借入金の返済である旨改ざんさせた上、右写し(資料八五)を被告会社等の顧問税理士である新井國弘(以下「新井」という。)に届け、同人に対し、前記一二億円の入金及び七億円、二〇〇〇万円の各支払いはそれぞれ曽我からの借入金、曽我に対する借入金の返済として経理処理するよう依頼し、かつ、前記二億円については新井に告げずに、同人に被告会社の総勘定元帳(資料八六)、決算報告書、確定申告書等を作成させた。そして、被告人内田は、右確定申告書の内容を確認した上で、同申告書に被告会社の代表者印を押し、新井に、同申告書を下谷税務署(現在は東京上野税務署)宛に郵送して提出させた。さらに、被告人内田は、同年五月ころ、前記一二億円の入金を曽我からの借入金と仮装するなどのために、曽我との間で、実体のない金銭消費貸借契約証書等(資料九〇ないし九二)を作成した。

2  なお、被告人内田は、本件売買の仲介手数料として被告会社が取得した前記合計七億円を、乗松に対する前記手数料、ジャイログループの関連会社や被告人内田への貸付、被告人内田や竹内の借入金への返済等の資金に充てるなどして使用した。

四  以上の認定事実によれば、被告人内田が、被告会社の代表取締役として、野尻湖観光とKBS開発との間の野尻湖物件に関する本件売買に関し、売り主側の窓口としてその仲介を行い、野尻湖観光から本件売買の仲介手数料として合計七億円を取得したのにもかかわらず、右取得金員等を、借入金と仮装し、あるいは借名預金口座に入金するなどの方法により、被告会社の売上として経理処理せず、右売上を除外して本件法人税の申告をしたことが認められる。

五  ところで、被告人内田の捜査及び公判における供述中、前記認定の事実に反する部分は信用できないが、被告人内田は、右事実及びそれに関連する事項について種々弁解するので、その主な点について検討する。

1  被告人内田は、本件売買に関し、現在株式会社まきばと商号変更をしているジャイロ産業株式会社(以下「現まきば」という。)の代表取締役として関与したもので、被告会社は、本件売買には関与していない旨弁解する。

しかしながら、前記一1の認定事実と商業登記簿謄本(甲四二ないし四五)、賀状(資料一一六)、買受申込書(資料二四)、基本協定書(資料二五)、覚書(資料二六)、覚書(平成七年押第二七号の6)、貸室賃貸借契約書(同押号の7)等の関係証拠によれば、登記簿上、被告会社の目的は不動産売買の仲介等であり、他方、平成元年当時の現まきばの目的は食料品の輸出入や電子機器部品の輸出入及び国内販売等であり、その後目的が変更になっているが不動産売買の仲介等の目的は一切ないこと、被告会社の前身であるランドプランナーシステムズ株式会社が、昭和六二年六月一日KBプラザ事務所を実質的に賃借したこと、旧ジャイロが、株式会社ジャイロユウに対し、KBプラザ事務所を昭和六三年一二月一日から二年間賃貸し、同年一一月一五日付けの右貸室賃貸借契約書には旧ジャイロの所在地がKBプラザ事務所と表示されていること、被告人内田は、平成元年一月ころ、ジャイログループの事務所はKBプラザ事務所である旨を同年の年賀状に記載したこと、前記のとおり、同年九月一一日ころ作成された右買受申込書、基本協定書、覚書には、KBプラザ事務所を所在地とするジャイロ産業株式会社が表示されているところ、現まきばは、その本店所在地を昭和六二年九月一七日の設立以降新宿区西新宿八丁目二〇番三号とし、平成二年六月五日に初めてKBプラザ事務所所在地に移転したことが認められ、また、被告人内田の内妻であり、被告会社の経理の手伝いをしていた竹内は、検察官調書(甲八)において、旧ジャイロの営業目的は不動産業であって、登記簿上の本店所在地は台東区になっているが、実質的な事務所はKBプラザ事務所であること、被告人内田は、旧ジャイロの関連会社として電子部品の販売を営業目的とする現まきばも経営していたこと、被告会社は、平成元年夏から秋にかけて、野尻湖観光と野尻湖物件に関する取引に関与し、土地売買の仲介をするのが仕事の内容だったこと、被告会社は野尻湖観光から本件売買の仲介に関して金員を受け取ったことなどを供述しているところ、右内容が関係証拠として符合している上、被告人内田自身も、質問てん末書(乙一、一三、一四)、弁解録取書(乙一七)、検察官調書(乙一八)等において、被告会社が、設立当初から不動産の売買、仲介等を目的とした会社であり、基本協定書(資料二五)、覚書(資料二六)等を野尻湖観光と交わし、被告人内田は、被告会社の代表取締役として、本件売買に関与したこと、被告会社の事務所は、平成二年二月期において、KBプラザ事務所であり、同事務所には、現まきばや株式会社ジャイロユウ等の各社が入居していたこと、被告人内田は、当時、KBプラザ事務所をジャイログループの実質的事務所としており、右基本協定書等に現まきばの社印を押したのは、ランドプランナーシステムズと読める社印を押したのではおかしいと思ったからであり、KBプラザ事務所を所在地としジャイロ産業株式会社との現まきばの社印を便宜的に押したことなどを述べ、被告会社が本件売買につき関与したことを肯定する趣旨の供述をしている。

右の事実関係や竹内と被告人内田の前記供述等を総合すると、被告人内田は、現まきばの代表者としてではなく、被告会社の代表者として、本件売買に関与したことが認められるので、被告人内田の前記弁解は信用できない。(なお、弁護人は、本件売買に関わる金員を被告会社の預金口座に入金したのは、当時被告会社が実質的な活動をしておらず、他の金員と区別して容易に右金員の把握ができるという事情があったからに他ならない旨主張するけれども、前認定のとおり被告会社はジャイログループの中心的存在であったこと、資料八五によれば、被告会社の右預金口座には本件売買の成立前にもそれなりに金員の出入りがあったことが認められること等に照らし、右主張は採用できない。)

2  被告人内田は、本件二〇億円の性質について、本件売買の仲介手数料としてではなく、石田あるいは野尻湖観光から自己に対する融資として受領した旨主張し、その経緯等について種々弁解するので、主な点について検討する。

(一) 被告人内田は、昭和六三年六月ころ、藤平弘から、石田に一億円貸して欲しい旨頼まれ、同年七月四日ころ、右藤平と小畑信夫(以下「小畑」という。)から、石田に開発資金が出るので、その中から被告人内田に一〇億円を無利息で融資する旨言われ、同月一一日ころまでに、石田に対し、同人に貸すものである旨告げて、合計五〇〇〇万円を貸したのであって、小畑に貸したという認識はないなどと弁解する。

しかしながら、石田の公判供述、小畑の検察官調書抄本(甲三二)、金銭借用証書(資料一ないし三、七)、約定書(資料四)、公正証書(資料五、九)、領収証(資料六、八)等の関係証拠を総合すると、小畑は、昭和六三年七月四日ころ、被告人内田に対し、金融預託契約の作業が成功したら、小畑が貰える手数料の内一〇億円を被告人内田に無利息で八年間融資することを条件に、一億円を貸して欲しいと申し込んだこと、これに対して、被告人内田は、石田を保証人とすることと右金融預託契約の作業が成功した場合には小畑が被告人内田に一〇億円を無利息で八年間融資することを条件として、小畑に融資することとしたこと、小畑ら及び石田は、同月八日ころ、被告人内田に対し、小畑が右作業に成功した場合には、被告人内田に同年八月七日までに一〇億円を八年間無利息で融資し、成功しなかった場合には同日までに違約金三〇〇〇万円を支払うという内容の約定書(資料四)を差し入れたこと、これを受けて、被告人内田は、小畑に対し、同年七月一一日ころまでに合計五〇〇〇万円を貸し付け、同人は、同日付けで小畑、野尻湖観光を借主とする金額五〇〇〇万円の金銭借用証書を作成したが、実質的には石田ないし野尻湖観光は保証人の立場にあり、石田も同様に認識していたこと、小畑は、右五〇〇〇万円を受領したが、期限までに返済できなかった上、前記金融預託作業を融資期限までに成功させることができず、結局、被告人内田に対する前記融資を行わなかったこと等が認められ、右事実関係に照らすと、被告人内田の右弁解は、信用できない。(なお、被告人内田は、約定書(資料四)と金銭借用証書(資料七)を原因証書とする公正証書(資料九)とを分離することにし、小畑の金融預託作業の成否とは関係なく、石田に右公正証書の効力が存在すると思っていた旨弁解する。しかしながら、そもそも、公正証書はそれ自体で意味があるものであって原因証書という概念は考えられないこと、右公正証書(資料九)は、一〇億円を無利息で八年間融資するなどという内容を全く含んでいないことなどに照らし、被告人内田の右弁解は不可解であり信用できない。)

(二) 被告人内田は、石田から野尻湖物件売買の仲介の依頼を受けたことはなく、資金調達の依頼を受けたのみであって、同人との間で仕切値を決めたことはない旨弁解する。

しかしながら、まず、石田は、公判廷において、被告人内田に対し、当初開発のための資金調達の依頼をしたようなこともあったが、平成元年の七月ころには、野尻湖物件を売るしかないと考えるようになり、被告人内田に対し、野尻湖物件の買主探しを依頼した旨明確に供述しているところ、右供述内容は、幸崎が、公判廷において、石田の依頼を受けて、被告人内田に対し野尻湖物件の買い取り又は買主探しを依頼した旨の供述をしていることやメモ(資料一九、二一、二二)、買受申込書(資料二四)、基本協定書(資料二五)、覚書(資料二六)等の関係証拠とも符合しており、被告人内田と石田との間で五五億円の仕切値を定めたという点については、石田と幸崎の各公判供述が一致しており、幸崎立会の下で、買受申込書(資料二四)、野尻湖物件の売買価格を五五億円とする覚書(資料二六)も取り交わしていること、被告人内田自身も、質問てん末書(乙四)や検察官調書(乙二一、二二)において、右仕切値の存在を認め、被告人内田が作成した「物件の情報と契約」と題するメモ(平成七年押第二七号の3)にも、土地代五五億(石田の仕切値)との記載があることなどの事情に照らし、被告人内田の右弁解は信用できない。(なお、前認定のとおり、被告人内田は、平成元年七、八月ころ、乗松や光本に対し、被告会社が野尻湖物件を買い取って開発をしたいので融資先を探して欲しい旨依頼しているが、その後、石田は、被告会社にはそれを買い取るだけの資力がないと判断し、被告会社に買主探しを頼んだことなどの事情に鑑みると、被告人内田が乗松らに右のとおり述べたからといって、石田において被告人内田に野尻湖物件の売買の仲介を依頼したとの石田の前記供述の信用性を減殺することにはならない。)

(三) 被告人内田は、平成元年一〇月一日ころの光本らとの前記打ち合わせにおいて、同人らに対し、五億円を現地法人の運営経費とし、手数料、登記費用を合わせて一・八億円(手数料一・五億円、登記費用〇・三億円)として合計六億八〇〇〇万円を現地法人の予算として預からせてほしいなどと述べた旨弁解する。

しかしながら、被告人内田は、検察官調書(乙二二)において、同人作成の前記メモに「六〇億―五五億」と書いたのは、野尻湖観光の仕切値が五五億円という意味であること、「手数料一・八億」と書いたのは野尻湖観光と現地法人が土地売買取引をするについて現地法人から得られる手数料が一億八〇〇〇万円という意味であるなど前記弁解と矛盾する供述をしている上、光本は、検察官調書(甲三八)において、平成元年一〇月一日ころの打ち合わせの経過について、被告人内田が、光本及び乗松と、野尻湖観光と現地法人との間で野尻湖物件を六〇億円で売買すること、売買代金六〇億円の内野尻湖観光の仕切値五五億円を超える五億円は被告会社の取り分であること、被告会社が現地法人と野尻湖観光との間の野尻湖物件の売買の仲介を行い、同売買仲介手数料として被告会社が現地法人から一・八億円を取ること、右合計六・八億円から現地法人の株式代金、三井側へのバック分を差し引いた残金は被告会社の収入となることなどを打ち合わせたものである旨供述し、右供述内容に不自然、不合理なところはなく、光本作成のメモ(平成七年押第二七号の2)に、「六〇億―土地代→野尻湖観光→三栄興業(株)」、「五五億、五億―内田」、「手数料・三%・一億八〇〇〇万円」などと、被告人内田作成のメモ(資料三〇)の2bロ部分に、「野尻湖観光―新法人」、「六〇億―五億」、「手数料―一・八億」などとそれぞれ記載があり、それらの内容と一致している上、乗松の公判供述も、ほぼ光本の右供述に沿うものであることなどに照らし、被告人内田の右弁解は信用できない。(もっとも、光本は、公判廷において、被告人内田作成の前記メモ中の2bロの記載について、「売買代金は六〇億円であり、原価が五五億じゃなかったかなと解釈した。五億円については取る取らないという話よりも、余剰金ということだった。五億円は現地法人が取る。五億円は野尻湖観光から借りる。一・八億円の手数料は現地法人が取る。バック分は誰が取るのか分からない、限定された相手はいない。四・三億円は現地法人が取る。」などと、光本作成の前記メモについて、「五億円は被告人内田の取り分である。七億円は何の七億円なのか記憶がない。私は、口利き料として七億円を取ってもいいという気持ちはなかった。」などとそれぞれ前記供述(甲三八)と異なる供述をしているが、野尻湖観光と現地法人との間の売買に関する仲介手数料や売買代金六〇億円の一部である五億円と手数料一億八〇〇〇万円からバック分等を差し引いた四億三〇〇〇万円を買主の立場にある現地法人が取得するということはそれ自体不合理である上、光本の右供述中、右各メモ記載の「五億円」の趣旨につき、現地法人の取り分であるとか、被告人内田個人の取り分であるとか、野尻湖観光からの借入金であるなどめまぐるしく変転、相矛盾する内容になっており、また、右メモ記載の「七億円」の趣旨についても、自ら記載した内容すら記憶していないという不自然なものである。しかも、光本は、公判廷において、一方で、口利き料であることを否定する旨の供述をしながら、他方、石田ら相手に対しては売買契約の手数料として個人的な分配を受けた報酬になるかもしれない旨の矛盾するような供述をしていること、そもそも、前認定事実や関係証拠によれば、光本は、被告人内田とともに本件売買の仲介に深く関与し、同人に対し、本件売買に絡む取り分を裏金にして自己の仮名口座に送金するように指示し、合計七億円を送金させるなどし、自己が法人税法違反で検挙されることを免れるために同人と連絡をとりつつ内容虚偽の書類(資料一一八)を作成して修正申告をしたことなどが認められ、これらの諸事情を合わせ考慮すると、光本は、被告人内田の面前では同人をはばかり、また、自己の責任を回避しようとして、あいまいかつ矛盾、変遷した供述をしていることが窺えるのであって、光本の右公判供述部分は信用できない。)

(四) 被告人内田は、平成元年七、八月ころ、再会した石田に対し、金銭借用証書(平成七年押第二七号の5)等を見せたところ、石田が、自分の責任で処理するので、野尻湖物件の買収等の資金調達をしてくれて余裕があれば、その中から被告人内田に対し融資を実行する(以下、この融資の話を「本件融資話」という。)などと約束した旨弁解する。

しかしながら、石田は、公判廷において、当時、被告人内田から、前記三億円の金銭借用証書等を見せられたことはなく、小畑から二〇億円の融資を受ける権利がある話を聞いたこともないこと、当初は被告人内田に開発のための資金調達を依頼したことなどもあったが、平成元年八月ころにはそれを断念し、野尻湖物件の買主を探すことを依頼したこと、被告人内田に対し本件融資話や小畑関係の損失補償をするなどの話をしなかった旨供述しているところ、右供述内容に不自然なところはなく、関係各証拠とも矛盾しない上、幸崎、乗松及び吉村も、被告人内田や石田などから本件融資話を聞いたことはない旨供述し、光本も、検察官調書(甲三八)において、同人が、被告人内田に対し、同年一一月下旬ころ、本件売買の手数料等についての自己の取り分を裏にするように指示した後初めて、被告人内田から借り入れたことにする旨の発言があったと供述していること、被告人内田は、野尻湖物件の取引等に関する他の事項については詳細に書面に残しているのにもかかわらず、石田に対し、本件融資話など自己にとって重大な利害関係を有する事項を何ら書面等により確約させていないことなどの諸事情に照らし、被告人内田の右弁解は信用できない。

(五) 被告人内田は、平成元年一一月二三日ころ、石田との間で、契約金が七〇億円の場合には、七〇億円から買収原価三五億円を引いた三五億円の内一八億円を野尻湖観光に残して一七億円を自己が借り受け、七五億円の場合には、同様に三五億円を引いた四〇億円の内二〇億円を野尻湖観光に残して二〇億円を自己が借り受ける旨の合意ができ、平成二年二月二四日ころ、石田に対し、売買代金が七五億円となり、既に一七億円を借りているので三億円を自己が借りるという確認をした。石田に対し、平成元年一一月三〇日に、一七億円、ただし書に融資としてと記載した領収証を渡し、平成二年二月二八日に、三億円、ただし書に第二回融資としてと記載した領収証を渡したなどと弁解する。

しかしながら、石田は、公判廷において、被告人内田に対する二〇億円の融資とそれに関する領収証の存在を明確に否定する旨供述している上、前記(四)のとおり、そもそも、石田から被告人内田に対する本件融資話があったことは認められず、前記のとおり、被告人内田と石田との間では野尻湖観光の仕切値五五億円を基準に話が進んでいたこと、幸崎、乗松の各公判供述、光本(甲三八)や吉村(甲七)の検察官調書における各供述によれば、野尻湖物件取引の関係者である同人らも、被告人内田等から右二〇億円の融資等の話を聞いたことがないことが認められ、また、証拠品複写報告書添付の資料(甲二九)等から窺われるように、被告人内田は、些末なものも含めてあらゆる事柄に関してメモ、念書、金銭借用証書等を作成しているが、仮に被告人内田と石田との間で、右二〇億円という巨額な融資があったとすれば、その返済方法や期限、利息、担保等の条件につき具体的な決定がされ、金銭借用証書等の書面が作成されてしかるべきなのに、右決定や書面の作成が一切なされておらず、基本となる金銭借用証書さえ作成されていないのに領収証だけ作成されたというのは、不自然である上、存在するという右領収証のいわゆる耳も未だに発見されていないことなどの諸事情に照らし、被告人内田の右弁解は信用できない。(なお、弁護人は、金銭借用証書が作成されなかった理由として、野尻湖観光と現まきばは、一体となって開発を進め、合併をする予定であったこと、光本の話では、現地法人への融資が行われるのは二か月ほどであるから、被告人内田の返済は短期間に行われる予定だったことなどを主張する。しかしながら、石田と幸崎の各公判供述等によれば、石田は、野尻レイクに対し資金提供する意思がなかったことが認められること、そもそも、返済期間が短期間であるからといって、借用証書等を作成しない理由とはならないし、光本の公判供述によっても、野尻レイクへの融資が実行されても被告人内田の借金を返済するには、二、三年くらいかかると同人に述べたとのことであるなどに照らし、弁護人の右主張は採用できない。)

(六) 被告人内田は、概略、石田から融資を受けた資金から、現地法人に代わって、吉村、光本、乗松に対して立て替え払いをしたが、これは、現地法人に対する融資実行による返済が前提であった旨弁解するので、その主な点について検討する。

(1) 被告人内田は、本件二〇億円の内吉村に渡った六億円について、当初は自己の方に戻ってくるものと考えていたが、平成二年二月ころ、吉村から、企画料として取りたいとの要請があり、同年一一月ころ、同人との間で、野尻レイクが負担すべき企画料としての念書(資料一〇五)を作成し、右企画料を現まきばが立て替え払いしたことになった旨弁解する。

しかしながら、右弁解は、自己に戻るべき金員がその後企画料として吉村に取られることになるなどという不合理なものであり、また、吉村が前記六億円を受領してから約一年も経過した後に初めて右念書等(資料一〇五ないし一〇七)が作成されていることなどに照らしても不自然である上、光本の検察官調書(甲三八)によれば、光本は、平成元年一一月三〇日ころ、被告人内田から、吉村へのバック分として五億円が行くことを聞いたことが認められるほか、被告人内田の公判供述によれば、野尻レイクにおいて現まきばに対する立替金債務を負ったという税務処理がなされていないというものであって、これらの諸事情を前提に考察すれば、右念書等は、取引の実態を秘匿するために作成された内容虚偽のものと推認され、被告人の右弁解は信用できない。

(2) 被告人内田は、本件二〇億円の内シードに渡った七億円は、現地法人のための運用資金であり、既に結ばれていた現地法人との企画委託契約に基づく現地法人への立替金であり、現地法人に対する融資が実行できなければ、被告人内田がシードに右七億円を貸し付けたことになる旨弁解する。

しかしながら、そもそも、被告人内田の野尻レイクに対する立替金債権が被告人内田のシードに対する貸付金債権に変化することはあり得ないはずである上、光本は、検察官調書(甲三八)において、被告人内田から受領した前記七億円は本件売買等の口利き料であった、光本と被告人内田との間で交わされた合意書(資料一一八)は、シードの前記七億円の取得が明らかとなったため、修正申告用の資料として作成されたものであり、何ら実体を伴わないものであった旨供述しており、右供述は、光本作成のメモ(平成七年押第二七号の2)における七億との記載や乗松の公判供述を含む関係証拠と符合していることなどに照らし、被告人内田の右弁解も信用できない。

(3) 被告人内田は、乗松に渡した二〇〇〇万円は、取りあえずいる分として、被告人内田が現地法人に替わって支払ったものであり、本件売買の仲介手数料ではなく、新法人への融資が実行された際、その返済を新法人から起こす話になっていた旨弁解する。

しかしながら、乗松の公判供述及び光本の前記検察官調書における供述等によれば、乗松は、本件売買契約の締結日が決まったころ、被告人内田に対し、本件売買の仲介手数料として一億円を要求し、その結果、被告人内田は乗松に二〇〇〇万円を支払ったことが認められるのであって、被告人内田の右弁解も信用できない。

(七) 被告人内田は、本件二〇億円の一部である一二億円を曽我からの借入れ等として経理処理したのは、光本から、預手でそのまま渡されるのはKBS対策上まずいので裏に回すようにと指示されたからであり、それは、税務対策ではなく、KBSから追求を受けた場合の言い訳のために行った旨弁解する。

確かに、光本の検察官調書(甲三八)における供述等によれば、光本が、平成元年一二月五日ころ、被告人内田に対し、吉村に本件売買に絡む金員の動きを知られないようにと指示したことが認められる。しかしながら、光本の右検察官調書における供述及び証拠品複写報告書添付の資料(甲二九)等によれば、被告人内田は、光本に対し、同月八日付けファックス(資料七二)において、同月五日ころ光本に渡した五億円を裏金にするのかという問題につき、「後々の事ですが万全を期すべきことですので、ご一考下さいませ。」と述べていることに照らすと、被告人内田は、同月八日当時も、裏金にすることにつき税務対策を考慮していたことが窺われる。そして、前記三認定のとおり、被告人内田は、平成二年三月ころ、知人の名義を借りることの承諾を得、同年四月ころ、担当税理士に対し、改ざんした被告会社名義の預金通帳の写しを示して、本件売買の仲介手数料等の被告会社の収入を右知人からの借入金などとして税務処理するように依頼し、その旨の被告会社の法人税確定申告書等を作成させており、また、光本に対し、同年五月二一日付けファックス(資料九三)で、吉村に渡した五億円等の処理のことで同人と詰めた話をした上、同様に光本とも話をする必要がある旨を、同月二四日付けファックス(資料九八)では、本件売買に関連して、吉村と光本に渡した金員の税務処理の件で相談に乗って欲しい旨をそれぞれ述べていることが認められ、更に、本件売買に絡む金員取得後の右事情も合わせ考慮すると、被告人内田は、仮にKBS側からの追求を免れるという意図があったとしても、種々の裏工作をした当時から、税務対策を考慮していたことは優に推認できるのであって、被告人の右弁解は信用できない。

3  以上のとおり、被告人内田の種々の弁解はいずれも信用できず、弁護人の主張もいずれも採用できない。

(法令の適用)

被告会社につき

罰条 法人税法一六四条一項、一五九条一項、二項

訴訟費用の処理 刑事訴訟法一八一条一項本文

被告人内田照捷につき

罰条 法人税法一五九条一項

刑種の選択 懲役刑

未決勾留日数の算入 平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条

訴訟費用の処理 刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

本件は、不動産売買の仲介等を営む被告会社の代表者である被告人内田が、判示の不正行為により本件事業年度の法人税四億七〇〇〇万円余を免れたという事案である。およそ、脱税は不正な手段で税負担の公平を害し、国民の納税意欲を減殺するもので、厳しい非難に値するところ、本件のほ脱額は四億七二〇三万九八〇〇円という巨額であり、ほ脱率も一〇〇パーセントであって、悪質である。

被告人内田は、判示のとおり、昭和六二年に不動産売買の仲介等を目的とする被告会社を設立していたが、平成元年に石田から本件売買の仲介の依頼を受けるや、同人との間で、野尻湖観光のいわゆる仕切値を五五億円と決定し、同額を超えて売却できたらその分はすべて被告会社の利益となることを確認した上で、野尻湖物件の買主や同物件の購入資金の融資先を探し、被告会社は本件売買の仲介手数料として合計七億円もの巨額を取得したにもかかわらず、被告人内田は、右利得をその経営する関連会社の活動資金や自己の借金の返済資金等に利用するため本件犯行に至ったものであって、本件に至る経緯や犯行の動機に酌むべき事由が乏しい。犯行態様は、判示のとおり、本件売買の仲介手数料等として受領した金員の内、二億円については、予め設定しておいた簿外の借名預金口座に入金し、被告会社のものとしての経理処理を行わず、一二億円については、知人からの借入金とした上、右一二億円の中から本件売買の仲介等に関与した関係者に支払った合計七億二〇〇〇万円については、右借入金の返済として、それぞれ仮装処理することを企て、担当税理士に対し、その旨改ざんした預金通帳を提出して、その旨の法人税の申告書等を作成させ、その後、右知人との間で実体のない金銭消費貸借契約書等を作成したというものであって、脱税のための種々の偽装工作を施すなど悪質である。さらに、被告人内田は、捜査及び公判を通じて本件二〇億円が融資であるなどと不自然な弁解に終始するなど反省の態度が窺えず、また、被告会社においては、ほ脱所得を関連会社の活動資金等に充てており、現在まで本件脱税に係る法人税を一切納付しておらず、これらの諸事情を合わせ考慮すると、被告人両名の本件刑事責任は重いといわざるを得ない。

他方、被告人内田が脱税のための偽装工作をしたのは、本件売買の関与者である光本らの示唆による影響も窺えることなど酌むべき事情も認められ、更に被告人内田の年齢、経歴、境遇、被告会社の営業状態やその他諸般の情状を十分検討しても、前述の巨額のほ脱額、一〇〇パーセントというほ脱率、犯行態様の悪質さなどに照らすと、被告人内田に対しては実刑をもって臨むのはやむを得ないものと認め、被告人両名に対し、主文のとおりそれぞれ量刑した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 仲宗根一郎 裁判官 佐藤真弘 裁判官 島田尚登)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例