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長野地方裁判所 平成元年(行ウ)9号 判決 1993年11月25日

長野県伊那市大字伊那部一九七二番地

原告

北原卓夫

右訴訟代理人弁護士

毛利正道

松村文夫

長野県伊那市西町三五四五番地一

被告

伊那税務署長 今村和行

右指定代理人

久保田浩史

川名克也

小野四郎

傅田今朝廣

藤沢修

星京一

有賀捷一

田部井敏雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が昭和六三年三月一一日付けでした原告に係る昭和六〇年分以後の所得税の青色申告の承認を取り消した処分を取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実

原告は、肩書住所地において鉄工業を営んでおり、被告から昭和五五年に青色申告の承認を受けた者であるが、昭和五九年分ないし昭和六一年分の所得税について、青色申告により確定申告をしたところ、被告は、昭和六三年三月一一日付けで、別紙記載の理由を付して、昭和六〇年分以後の所得税の青色申告の承認を取り消す処分をした(以下「本件処分」という。)。

二  争点

1  本件処分に至る具体的経緯

(被告の主張)

(一) 被告は、前記青色申告書を審理したところ、事業規模等の概況から、原告の所得金額が過少ではないかと疑われ、また、長期間にわたり原告に対する所得税の調査が行われていないことから、昭和五九年分ないし昭和六一年分の所得税について調査の必要があると認め、被告の所部係官古屋正輝(以下「古屋係官」という。)にその調査を命じた。

(二)(1) 古屋係官は、昭和六二年七月二九日午前一〇時ころ、所得税の調査のため被告の所部係官一名と共に原告宅に臨場した。その際、原告は不在で、原告の妻が古屋係官らに応対した。古屋係官らが身分証明を提示し、「所得税の調査に伺った。仕事の状況について聞かせてほしい。」と述べ、帳簿の記帳保存について質問すると、原告の妻は、「私が帳面をつけている。帳簿は青になったときから現在まで、自宅に置いてある。」と答えた。原告の妻の「調査では何をみるのか。」との質問に対し、古屋係官は、「昭和五九年分ないし昭和六一年分の法廷帳簿及びその基礎となった領収書、請求書、納品書等である。」と答えた。原告の妻は、「今日は主人が不在なので主人と相談したい。」と申し出たので、古屋係官は予め用意しておいた葉書を原告の妻に交付し、次回調査日時を同年八月七日午前一〇時と通知して、原告宅を辞去した。

(2) その後、同年八月四日及び同月二〇日の日の二回にわたり、原告又はその妻から調査期日の延期の申出がされ、調査期日は九月一七日午前一〇時ころに延期された。

(3) 古屋係官が、同年九月一七日午前九時五〇分ころ、原告宅に臨場したところ、原告及び原告の妻のほか上伊那民主商工会(以下単に「民商」という。)事務局員の三浦ら十数名が同席し、テープレコーダーが用意されていた。古屋係官が原告に身分証明を提示したうえ「昭和五九年ないし六一年分の所得金額の確認をするために、帳簿や領収書等の保存記録の調査に伺いました。」と述べ、右三浦らに対し、「所得税の調査に関係のない第三者の方の立会いは税務職員の守秘義務違反や税理士法違反のおそれがあり認められないので退席するようお願いします。」と述べたところ、原告は、「俺はみんなの前で調査をやってもらいたい。」と述べ、調査理由についても具体的説明を求めた。古屋係官は、十数名の立会いのもとでは、とうてい調査などできない旨申し述べ、午前一一時二〇分ころ、原告宅を辞去した。

(三)(1) 古屋係官が、同年九月二五日午前一一時ころ、原告宅に臨場し、立会いの件について原告の意思を質すと、原告は「私の考えは変わらない。」と述べた。古屋係官は、「記帳されたのが奥さんで、奥さんに聞けばすべてわかるのであれば、第三者の立会いは必要ありません。」と説明し、今後の対応を熟慮することを求め、原告宅を辞去した。

(2) 古屋係官は、同年一〇月七日午後四時二〇分頃、原告宅に電話を掛けたが、原告は不在で、電話に出た原告の妻に原告の意思について質したところ、「やはり大勢の仲間の見ている前でやってほしい。」と返答したため、古屋係官は、「今後、このままの状態で調査が進行するようであれば、青色申告が取消しになる可能性もあります。その点を踏まえてご主人さんとよく話してみてください。」と告げ、調査を受ける意思があるなら古屋係官に連絡するよう伝言を依頼した。しかし、その後、古屋係官に原告からの連絡はなかった。

(四)(1) 古屋係官は、同年一二月一七日午後一時三〇分ころ、原告宅に臨場し、第三者の立会いのない状態での帳簿書類の提示を求め、その提示は、単に帳簿書類の記帳・保存の確認のためだけでなく、記帳内容が担当係官に確認できるに足るものでなければならない旨説明し、更に、そのような意味での提示を拒否する場合には、青色申告の承認が取り消される場合もある旨説明した。これに対し、原告はあくまで大勢の仲間の見ている前でやってほしいと述べていたが、後日古屋係官あてに電話することを申し出たため、古屋係官は、原告宅を辞去した。

(2) 同月二二日午前八時三〇分ころ、原告から古屋係官あてに電話があったが、古屋係官が不在であったため、あらためて古屋係官が午前九時三〇分ころ原告宅に電話を掛けたところ、原告の妻が、原告と二人で帳簿を税務署に持参したい旨述べたため、翌日午後三時に来署するよう指示し、同日午後六時ころ、重ねて原告宅に電話を掛けて、電話に出た原告の妻に対し、昭和五九年ないし六一年分に係る帳簿のほか証拠書類を持参するよう指示し、併せて、午後三時に来署するよう求めた。翌二三日、午前九時ころ、原告の妻は、古屋係官に電話を掛け、同日午後一時ないし二時に来署する旨述べた。

(3) 原告及び原告の妻は、同月二三日午後二時五分ころ、帳簿書類と証拠資料を持参して伊那税務署に来署した。ところが、銀行振込以外の収入金額に係る領収書を持参しなかったため、原告は妻に取ってくるよう指示し、妻はいったん帰宅したが、その際、原告は「今日は五時までしかいられない。」と述べた。

古屋係官は、原告のこれまでの対応から判断して、今後も通常の調査のように帳簿書類を充分検査することができないおそれがあると考え、帳簿書類をコピーしたいと申し出たが、原告はこれを拒否した。そのため、古屋係官は、原告の了解を求めて、被告所部係官二名の協力を求め、三人で原告が持参した帳簿書類を書き写し始めた。

同日午後三時四〇分ころ原告の妻が伊那税務署に戻ったところ、原告は、いきなり「新人の雇い人に仕事の指示をしなくてはならないので今日はこれで帰る。」と述べた。古屋係官が、「次回はいつおいでいただけますか。」と質したところ、原告は、「もう来ない。家に来るなら、立会人を頼むことになる。」と述べ、結局、原告は午後三時五〇分ころ帰宅してしまった。

(五) 同月二五日午後一時二〇分頃、古屋係官が原告宅に電話を掛けたところ、原告は、調査の結論を求めた。古屋係官は、「わずか一時間半程度の時間で三年分の所得金額の検討などできない。検討するにはすべての帳簿を見せていただいてからです。」と答え、調査に応じるよう述べたが、原告は無言であった。

(六) 古屋係官は、昭和六三年一月八日午後四時二〇分頃、原告宅に電話を掛け、帳簿を見せるつもりがあるかを質すと、原告は、「帳簿はこの前見せたはずだ。その結論はどうなったか。あのあと民商の事務局にも相談したが、この前見せただけで判断してもらえと言われている。」などと申し出た。古屋係官は、右(五)と同様の説明をし、原告の都合のよい日を連絡するよう求めた。

(七) 原告は、同月一一日午前九時三〇分ころ、古屋係官に電話を掛け、調査理由の開示と第三者の立会いを認めない限り調査には応じられないと述べたので、古屋係官は、原告の右発言を検討して連絡すると述べた。

(八) 古屋係官は、同年二月四日午前一一時五分ころ、原告宅に臨場し、原告の妻に対して、「今日は帳簿書類を見せていただけるかどうかの確認に来ました。このまま帳簿書類を見せていただけないと、青色申告の承認の取消しの可能性もあります。」と告げ、右内容を原告に伝え、その返事を連絡するよう指示し、原告宅を辞去した。

(九) 原告は、同月五日午後三時ころ、古屋係官に電話を掛け、「帳簿書類のうち二年分は見せたはずだ。申告額が違っているというならどこが違うか言ってみてくれ。」と述べた。これに対し、古屋係官は、「この前の調査で見たのは、昭和六〇年分の途中までであり、昭和六一年分にいたっては全く見せていただいていない状態である。」と述べ、右(五)と同様の説明をし、「青色申告者については、帳簿の記帳・保存が義務付けられているが、これには、税務調査の際に、税務職員が帳簿書類の内容を確認できる状態にすることも含まれており、裁判所の判断も出ている。」と述べた。しかし、原告は、なお立会人の臨席のもとでの調査を要求したことから、古屋係官は、青色申告の承認の取消しの可能性を告げた。

(十) その後、原告からは、何の連絡もなく、また、調査開始より約七か月間も経過していることから、被告は、本件処分をなすに至った。

(原告の認否反論)

(一) (被告の主張)(一)の事実は不知。

(二)(1) 同(二)(1)の事実中、古屋係官と伊東係官が、被告主張の日に原告宅に臨場したところ、原告は不在で原告の妻が応対したこと、古屋係官が、妻にはがきを交付し、被告主張のとおりの調査日時を通知して原告宅を辞去したことは認めるが、その余は不知。

(2) 同(2)の事実は認める。

(3) 同(3)の事実中、被告主張の日の午前に、古屋係官が原告宅に臨場したところ、原告及び原告の妻のほか、民商事務局長の三浦ら十数名が同席し、テープレコーダーが用意されていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)(1) 同(三)(1)の事実中、古屋係官が、被告主張の日の午前に原告宅に臨場したことは認めるが、その余の事実は否認する。古屋係官は、近所まで来たので立ち寄ったと言ったにすぎない。

(2) 同(2)の事実中、被告主張の日の午後に原告の妻に古屋係官から電話があったことは認めるが、その余は不知。このころ、被告は原告の反面調査を精力的になしており、原告からの連絡を待っていたような状況はなかった。

(四)(1) 同(四)(1)の事実中、被告主張の日の午後に、古屋係官が原告宅に臨場したことは認め、その余は否認する。

(2) 同(2)の事実中、被告主張の日に原告が古屋係官に電話をしたこと、妻が原告と二人で帳簿を税務署に持参したい旨述べたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) 同(3)の事実中、古屋係官が、原告の帳簿書類を充分検査することができないおそれがあると考えたとの点は不知。古屋係官が、「次回はいつおいでいただけますか。」と質したこと、原告が「もう来ない。家に来るなら、立会人を頼むことになる。」と述べたとの点は否認する。その余の事実は認める。

(五) 同(五)の事実は否認する。

(六) 同(六)の事実中、被告主張の日の午後に古屋係官が原告宅に電話したことは認めるが、その余の事実は否認する。古屋係官は、一月一一日を一方的に指定した。

(七) 同(七)の事実中、被告主張の日の午前に、原告が古屋係官に電話したことは認めるが、その余の事実は否認する。原告は、「今日は都合が悪いので来てもらっても調査を受けられない。」と電話したにすぎない。

(八) 同(八)の事実中、被告主張の日の午前に古屋係官が原告宅に臨場し、原告の妻が応対したことは認めるが、その余の事実は不知。

(九) 同(九)の事実中、被告主張の日の午後に、原告が古屋係官に電話をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(一〇) 同(一〇)の事実中、本件処分がされたことは認め、その余は不知。

(一一) 原告は、昭和六二年一二月二三日以降は、一時間三五分にわたって三年分の帳簿書類等を示しているので、これまでの裁判例・前例などからみて、青色申告の承認が取り消されることはありえないと思っていた。

2  青色申告承認の取消事由が存在するか否か。

(被告の主張)

(一) 所得税法一五〇条一項一号の解釈

(1) 所得税法は、帳簿書類の備付け、記録又は保存が同法一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないことを青色申告承認の取消事由としている(同法一五〇条一項一号)。これは、納税者の帳簿書類について税務署長が同法二三四条の規定に基づく調査をなしうることを前提として、その調査により帳簿書類の備付け、記録、保存が正しく行われていることを確認することができた場合にのみ青色申告承認による特典を与えるとの趣旨に出たものであるから、同法一四八条一項所定の備付け等の義務とは、ただ単に帳簿書類が存すればよいというものではなく、これに対する調査がなされた場合、税務職員においてこれを閲覧検討し、帳簿書類が青色申告の基礎として適格性を有するものか否かを判断しうる状態にしておくことを意味するものと解すべきである。そして、青色申告者の帳簿書類の検査においては、単に備付け及び保存の有無に止まらず、納税者の申告所得額についてその算出計算過程について逐次帳簿書類を検討してその金額の適正であるか否かを判断することが税務職員には課せられている(同法一五五条一項)。そうすると、そのような調査が可能な程度に帳簿書類を提示しなければ、提示を拒否して調査にいわれなく応じなかったといえるから、その備付け、記録及び保存が正しく行われていることを税務署長が確認することができないものということができ、同法一五〇条一項一号が定める青色申告承認の取消事由に該当するものと解すべきである。

(2) 青色申告者の帳簿書類が同法一四八条に定めるとおり適正に保存等されているか否かを判断するためにも、外形的に帳簿書類の保存等があることのみならず、実質的にもその記録内容が偽りのない適正なものであることを確認する必要があるから、青色申告の適格の有無の調査と更正処分のための調査とを区分することは不適当である。

(二) 本件における取消事由該当性

原告は、昭和六二年一二月二三日、伊那税務署に出頭し、その際昭和五九年分ないし六一年分の帳簿書類を持参しているが、古屋係官は、原告が、終始立会人の前での調査の実施を要求してきたことなどの従前の経緯から、原告が同日以後引き続き帳簿書類を提示するか否かについては少なからぬ疑義があると判断し、これを書き写すこととしたことは、その状況から判断してやむを得ないものというべきである。原告は、来署の際に五時ころまでは在署できる旨の発言をしておきながら、同日午後三時四〇分ころになって突然帰宅する旨申し立てたため、古屋係官が帳簿書類の提示を受けたのはわずか一時間三五分にすぎず、この間、古屋係官らは昭和五九年分の帳簿書類と、昭和六〇年分の途中までの帳簿書類の書き写し作業に終始してたものである。その後、古屋係官は、再三帳簿書類の提示を求めたが、原告は第三者の立会いを認めない限り帳簿書類は提示できない旨の発言をし、結局、昭和六二年一二月二三日の一時間三五分の提示以外、一切帳簿書類の提示を拒否した。右の一時間三五分の提示のみでは、前記の税務職員に課せられている調査をなしえないことは明らかであるから、右の原告の行為は、調査により保存等が正しく行われているか否かを確認できる状態にしておくべき義務に違反するといえる。そして、税務職員が帳簿書類の調査をするにあたり、その帳簿書類の作成に直接関与した者でない第三者の立会いを認めるか否かは、社会通念上相当と認められる限りにおいて、当該職員の合理的な選択(裁量)に委ねられているものというべきところ、本件において、古屋係官が守秘義務違反又は税理士法違反となる可能性があること等を考慮して、第三者の立会いを拒否したことは相当であり、右合理的裁量の範囲を逸脱したものとはいえない。

したがって、原告は、帳簿書類の提示を拒否して調査にいわれなく応じなかったものというほかなく、その結果、帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われているということを税務署長が確認することができなかったといえ、法一五〇条一項一号の取消事由に該当する。

(原告の反論)

(一) 所得税法一四八条の解釈

(1) (被告の主張)(一)の解釈は、帳簿の不提示について、所得税法の明文にない、独自の取消事由を創設するものであって、租税法律主義に反する。

(2) 青色申告者の帳簿書類に対する調査は、帳簿書類の備付け・記録・保存それ自体の有無を確認すれば足り、右の記録というのは、記録方法のことを差し、記録内容のことを意味しない。納税者は、このような内容の調査に必要な限りにおいて帳簿書類を提示すれば足りるというべきである。

(二) 本件における取消事由不該当性

(1) 原告は、昭和五九年ないし六一年分の帳簿書類を完備していたのであるから、所得税法一四八条一項に違反していない。

(2) 納税義務者の帳簿書類の提示拒否の事実の有無は、一定の時点においてのみ判断されるべきものではなく、税務当局の行う調査の全過程を通じて、税務当局が帳簿の備付け状況等を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、その確認を行うことが客観的に見てできなかったと考えられる場合に、取消事由の存在が肯定できるものと解すべきところ、原告は、三人の被告の部下職員に対し一時間三五分にわたって全ての帳簿書類を提示し、これを調査する機会を保障したから、取消事由の存在は肯定できない。被告の所部係官が昭和六〇年分、昭和六一年分の帳簿書類を、昭和五九年分ほどには詳しく調査できないかったのは、青色申告の承認取消しのための調査では本来記録方法の確認をすれば足りるのに、被告の所部係官が、更正のための調査と混同して、原告が提示した資料を全て書き写すという異常な調査方法を取ったことに起因しているから、その責任を原告に押しつけることは許されない。

(3) 原告は、憲法一三条、二九条等によって税務調査を受ける者の権利として、立会人を求める権利があることを主張したにすぎない。原告がこの適法な権利を主張したからといって調査を打ち切って本件処分をなしたことは著しく違法であり、原告が正当な理由なく帳簿書類の提示を拒否したとは評価できない。

3  裁量権の濫用の有無

(原告の主張)

青色申告承認の取消しは、それが納税者に対する著しい不利益処分であることから慎重になされるべきであり、単に形式上一五〇条一項一号に該当する事実があれば必ず行われるものではなく、現実に取り消すかどうかは、個々の場合の事情に応じ、原処分庁が合理的裁量によって決すべきものとされている。

ところで、本件では、三人がかりで一時間三十五分にわたって帳簿書類を調査し、備付け、保存については三年分、記録についても一年と半年分ほど確認を終了しているのであり、これまで民商が関わった事例あるいは裁判上現れた実例(いずれも帳簿を全く提示しなかったケースである)を大きく踏み出すケースであった。このことを考慮すると、原告に対し、取消しの可能性を断定的に明示すべきであるとし、上官庁にも事実関係をきちんと報告してその指示を仰いだうえでなすべきであった。にもかかわらず、被告はこれを怠ったから、本件処分が合理的裁量を逸脱していることは明らかである。

4  本件処分に付記された理由の事実誤認又は理由齟齬の有無及びそれを理由に本件処分が違法となるか否か。

(被告の主張)

法一五〇条二項が、青色承認の取消しをしたときは、その者に通知をし、その通知の書面には取消しの基因となった事実を付記しなければならないとしているのは、取消事由の有無についての処分庁の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、取消しの理由を処分の相手方に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与えるためである。本件処分についても、このような観点から、取消しの基因となった事実が記載されており、その記載から処分理由は明白であるというべきである。

即ち、別紙の理由中、「あなたは昭和五九年分の帳簿書類及び同六〇年分の帳簿書類の一部を提示したのみでその他の帳簿書類については提示しませんでした。」との記載は、原告がいったん外形的には帳簿調査に応じたにもかかわらず、その中途において突然これを中止し、かつ、調査担当者の求めにも応じず、結局担当者においては右提示にかかる一部数額の把握にとどまった旨の事実の摘示であり、理由の齟齬は存在しない。原告の理由齟齬の主張は、要するに帳簿書類等を税務職員の面前に出しさえすれば提示があったとの独自の解釈を前提とするものであり、失当である。

また、別紙の理由中の昭和六三年二月四日の古屋係官との応答については、一部事実誤認があるが、前記の事実経過に鑑みると、この程度の相違は、処分の効力に消長を来すものではないというべきである。

(原告の反論)

憲法の定める租税法律主義を前提とすれば、付記された理由と実際の事実経過に著しい事実誤認があるときは、それだけで違法と評価されるべきである。

これを本件についてみると、別紙の理由中、「あなたは昭和五九年分の帳簿書類及び同六〇年分の帳簿書類の一部を提示したのみでその他の帳簿書類については提示しませんでした。」との記載は、昭和六二年一二月二三日に原告が昭和六〇年、同六一年分についても帳簿書類の全部を一時間三五分にわたって提示したことと食い違いがあり、著しい事実誤認がある。とりわけ、本件が、前例のない異例な事案であったことを考慮すると、(一)調査の対象となるすべての帳簿書類を一時間三五分にわたって三名の調査官に提示し、(二)対象三年分についての備付け、保存の検査は終了し、(三)記録の検査の点でも任意に選んだ書き写し対象書類のうち、約半分の書き写しを終了していた、以上の事実は行政庁の判断の分かれ目にもなりかねない重要な判断要素である。取消事由の有無についての処分庁の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制する趣旨に鑑みると、右の事実について、正確に記載されていない本件の理由付記は著しい事実誤認があるものとして違法と評価せざるをえない。

第三争点に対する判断

一  本件処分に至る具体的経緯(争点1)について

甲二九の一ないし五五、同四九、六九ないし七一、七四、証人古屋正輝の証言及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる(争いがない事実も含む。)。

1  原告は、昭和五一年ころから鉄工業を営み、そのころから民商の会員となった。民商は、税務調査の際、信頼できる第三者の立会いを求める権利が憲法上保障されているとの見解に立ち、立会いを認めさせる等の運動を展開していた。原告の事業所得に係る帳簿書類は、主に原告の妻が記帳しており、減価償却など専門的知識を要する点については記帳方法につき民商と相談したことはあったものの、その内容のほとんどは、原告の妻が把握していた。

2(一)  被告の古屋係官は、昭和六二年七月一〇日ころ、上司から原告に対する税務調査を命ぜられたため、同月二九日、被告の所部係官一名と共に所得税の調査のため原告宅に臨場した。その際は、原告は不在であり、原告の妻が応対した。古屋係官は、原告の妻に対し所得税の調査のため昭和五九年分から昭和六一年分の帳簿や原始記録を見せてほしい旨伝えたが、これに対し、原告の妻から、原告が不在であることを理由に調査について原告と相談したい旨の申し出があったため、古屋調査官は、次回調査日時を同年八月七日午前一〇時とする旨記載した葉書を原告の妻に交付して、原告宅を辞去した。

(二)  その後、二回にわたり、原告又は妻から調査日時の延期の申し入れがあり、調査期日は同年九月一七日午前一〇時に変更された。

3  古屋係官は、同年九月一七日午前九時五〇分ころ、原告宅に臨場したところ、原告及び原告の妻のほか民商事務局員の三浦一郎ら一五、六名が待機しており、その場にテープレコーダーが用意されたいた。古屋係官は、身分証明書を原告に提示したうえ、昭和五九年分から昭和六一年分の所得税調査に来たこと、帳簿とその元になった領収証等の原始記録を見せてくれるよう要望し、併せて調査に関係のない第三者の立会いは守秘義務違反や税理士法違反のおそれがあるので退席するよう求めた。しかし、原告は、調査の際の第三者の立会いを要求し、調査理由についても、みんなの前で説明するよう要求し、三浦らも、調査理由を明示すべきであるとか立会いを求める権利があるとか述べて、退席要求に応じようとしなかった。そのため、古屋係官は、大勢の民商事務局員らの立会いのもとでは調査することはできないと考えて、午前一一時二〇分ころ、原告宅を辞去した。

4(一)  古屋係官は、同年九月二五日、原告宅に臨場し、原告に対し、立会人がいなければ調査に応じないのか確認したところ、原告は気持ちは変わらない旨述べたので、古屋係官は次の調査期日を定めずに原告宅を辞去した。

(二)  古屋係官は、同年一〇月七日、原告宅に電話をしたところ、原告は不在でその妻が対応した。古屋係官は、立会人のいるところで調査してほしい旨述べた原告の妻に対し、このままの状態で調査が進行するのであれば、青色申告が取消しになる可能性があるので、原告とよく相談するよう要望し、原告の気持ちが変わったら連絡をくれるよう伝えた。

5  同年一二月一七日、古屋係官は原告宅に臨場したが、原告が不在だったため原告の妻に対し、もし帳簿書類を見せてもらえなければ、青色申告承認の取消しもありうることを伝えた。古屋係官は、遅くともこの頃までに、原告の申告が過少で、帳簿書類の記録が正確でない疑いがあると考えて反面調査を開始しており、特に売上金額につき詳細な調査をする方針であった。

6  同月二二日、原告の妻から古屋係官に電話で、帳簿を税務署に持参したい旨の電話があり、翌二三日午後二時五分ころ、原告及びその妻が伊那税務署を訪れた。この際、原告は、調査対象期間三年分の現金出納帳、売上帳、仕入経費帳、売上げに関する請求書等を持参し、午後五時まで調査に応じることができる旨答えたので、古屋係官は、それを前提に調査を開始した。古屋係官は、従前の対応から、本日中に調査が終了しなかった場合、原告が今後民商会員らの立会いのない状態での帳簿書類の調査に応じる可能性はないと考えて、記録の正確性は後日検討することとして、帳簿をコピーしたい旨申し入れたところ、原告はこれを拒否した。そこで、古屋係官は、被告の部下職員二名の協力を求め、原告の同意を得て、手書きで帳簿書類を写し始めた。ところが、午後三時四〇分ころ、たまたま持参し忘れた売上関係の領収書の控えを自宅から持って帰った妻から、新しく雇った雇人が、手すりの付け方がわからず困っている旨告げられたため、原告は古屋係官に対し、雇人に仕事の指示をしなくてはならないので、今日はこれで帰ると言った。古屋係官は、約束どおり五時頃まで調査を継続したいと考えて説得したが、原告は、原告の妻のみを残して調査を続行させるという方法も取らず、右の説得に応じなかった。そして、古屋の来署の求めに対し、今後の調査については、原告宅において、立会いのうえで行ってほしい旨を述べて、帳簿書類を持って伊那税務署を辞去した。

古屋係官ほか二名の職員は、一時間三五分の間に昭和五九年分の売上関係の書類を全て書き写したが、昭和六〇年分の売上関係及び経費関係の書類については一部を書き写したにとどまり、昭和六一年分に至っては何も写すことができなかった。

なお、古屋係官らにおいてすべての帳簿類の書き写しが完了していないことは、原告も了知していた。

7  同月二五日、古屋係官が原告宅に電話したところ、原告は、調査の結果がどうであったかを聞くだけであり、再度調査に応ずる気配を示さなかった。

8  古屋係官は、昭和六三年一月八日ころ、原告に電話をかけたが、不在であったため、原告の妻がこれに応対した。古屋係官は、原告の妻に対し、帳簿書類の全てを見ていないので調査の結果についての結論を出せないと説明するとともに、このまま調査に応じなければ、青色申告の承認が取り消される可能性があること及び同月一一日に原告宅に臨場する旨を告げた。

9  原告は、同月一一日の朝、立会いを依頼する予定であった民商事務局長の三浦が風邪で寝込んでいたことから、古屋係官に対し、都合が悪いとの理由で同日予定されていた調査を断るとともに、帳簿書類を見せるときには、立会人のいるところでお願いしたいと述べた。

10  古屋係官は、同年二月四日、原告宅に臨場し、原告の妻に対し、二日後の土曜日の昼までに帳簿を見せてもらえないかどうか、このまま帳簿書類を見せてもらえれなけば青色申告の承認が取り消される可能性がある旨告げ、原告への伝言を依頼した。

11  原告は、翌五日、古屋係官に対し電話で、二年分は見せたはずだ、既に書き写された帳簿の分について誤りがあったのかなどと述べ、調査要求には応じようとしなかった。古屋係官は、全ての帳簿書類を見ていないので返答ができないと回答し、それに応じなければ、青色申告承認の取消しの可能性があることを告げた。

12  その後、原告から何の連絡もなく、被告は、同年三月一一日付けで本件処分をした。

13  なお、その後ににおける調査結果によれば、ほぼ調査を完了した昭和五九年分については、青色承認取消事由は存在しなかった。

二  青色申告承認の取消事由が存在するか否か(争点2)について

1(一)  所得税法は、帳簿書類の備付け、記録又は保存が同法一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないことを青色申告承認の取消事由としている(同法一五〇条一項一号)。これは、納税者の帳簿書類について税務署長が同法二三四条の規定に基づく調査をなしうることを前提として、その調査により帳簿書類の備付け、記録、保存が正しく行われていることを確認することができた場合にのみ青色申告承認による特典を与えるとの趣旨に出たものと解される。なぜならそもそも青色申告制度は、納税義務者が自己の記録、保存している正確な帳簿書類を基礎として納税申告を行うことを奨励することにより、申告納税制度が適正に機能することを目的とする制度であるから、納税義務者の帳簿書類の備付け、記録又は保存が正しく行われているとともに、その点を税務当局が的確に確認できるということが、その制度の当然の前提となっているものと考えられるところ、青色申告の承認を受けている納税義務者が正当な理由がないのに当該帳簿書類を税務当局に提示することを拒否したような場合は、たとえ客観的には当該納税義務者の帳簿書類の備付け、記録又は保存が正しく行われていたとしても、税務当局がその点を確認することができない以上、やはり青色申告制度の前提自体が欠けることとなるものといわざるを得ないからである。そうすると、同法一四八条一項所定の備付け等の義務とは、ただ単に帳簿書類が存すればよいというものではなく、これに対する調査がなされた場合、税務職員においてこれを閲覧検討し、帳簿書類が青色申告の基礎として適格性を有するものか否かを判断しうる状態にしておくことを意味し、青色申告者が右帳簿書類の調査に正当な理由なくこれに応じないため、その備付け、記録及び保存が正しく行われていることを納税署長が確認することができないときは、同法一五〇条一項一号が定める青色申告承認の取消事由に該当するものと解すべきである。

(二)  これを本件について見ると、原告は、昭和六二年一二月二三日、自ら伊那税務署に帳簿書類を持参し、その調査に応じているが、その際は原告側の都合により当初の調査予定時間を一方的に短縮し、そのため、古屋係官らにおいて昭和五九年分の帳簿書類についてはほぼ必要な調査を済ませることができたが、昭和六〇年分の帳簿書類の一部及び昭和六一年分の調査書類の全部については調査がまったくできなかったのであり、この事は原告も了知していたのである。

したがって、その後古屋係官が、原告に右未調査分の調査協力を求めたのは当然のことであり、同日の調査をもって充分であったとは到底いうことができない。しかるに、原告は、その後調査を予定された昭和六三年一月一一日には、当日になって三浦が風邪で立ち会えないことを理由にこれを拒否し、その後の調査についても第三者の立会のもとでの調査を要求し続けたものである。ところで、質問検査の範囲、程度、時期、場所など実定法に特段の定めのない実施の細目については、これを担当する税務署長の部下職員の合理的な裁量に委ねられていると解すべきところ(最高裁昭和四八年七月一〇日決定参照・刑集二七巻七号一二〇五頁)、第三者の立会いをさせるか否かについては実定法に特段の定めがない(憲法上立会いを求める権利が保障されていると解することは困難である。)。そして、帳簿書類についての調査の過程で被告所部係官から質問がされ、その際取引先に関する質問がされる可能性がありうることを考慮すると、第三者の立会いを認めたうえで調査をすることは守秘義務違反のおされがあるといえるから、本件の場合、古屋係官が守秘義務違反のおそれがあることを理由に立会人がいない状態でなければ調査できないとの態度を取ったことに合理性を欠く点はなく、むしろ、これに対して原告が立会人の都合が悪いことを理由に右の一月一一日の調査を拒否し、その後の調査についても立会いのもとでの調査を要求し続けた以上、原告はいわれなく調査に応じなかったものと評価せざるをえない。

2  原告の主張に対する検討

(一) 原告は、仮に右1(一)のように解釈するとしても、納税義務者が正当な理由なく調査に応じなかったか否かについての認定判断については、税務当局の行う調査の全過程を通じて、税務当局側が帳簿の備付け状態等を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったか否かという点をも考慮して厳格に判断すべきものと主張する。しかし、右のような点は、裁量権濫用の有無の判断において考慮されるにすぎないものと解するのが相当である。

(二) 原告は、昭和六二年一二月二三日の調査以降は、帳簿書類を写す調査が基本となるところ、それについて立会いを認めても守秘義務違反のおそれが生じることはないから、原告はいわれなく調査を拒否したとはいえないと主張する。

しかし、証人古屋正輝の証言及び原告本人尋問の結果によれば、同日の書き写し作業の際に古屋係官が折々質問をしながら書き写したことが認められるところ、その性質上今後もそのような方法が取られることが充分予想されるから、その後の調査の際に守秘義務違反のおそれがないと断定することはできないし、また、機械的な書写し作業であればその過程で恣意的調査がされる等のおそれは乏しいと考えられるから、第三者の立会いを認めなければ社会通念上不当であるとまではいえない。

なお、証人古屋正輝の証言によれば、古屋係官は他の税務調査に際して第三者の立会いを認めて調査した事例のあることが認められる。しかし、第三者を立ち会わせるか否かについては、守秘義務違反のおそれがあるか否かのほか、調査の円滑な実施の妨げとなるか否かの点をも考慮する必要があり、右の点は、本人と第三者の関係、予想される質問内容、帳簿の分量や内容、立会人の発言内容、立会人の人数などの諸要素について、状況に応じた経験的な判断を必要とするものであるから、この判断については係官の合理的な裁量に委ねられていると解するのが相当である。そうすると、他の事例で立会いが認められたとしても、その一事をもって本件における古屋係官の判断に合理性を欠く点があったとは認め難いというべきである。

(三) 次に、原告は、立会いを要請しただけで、立会いを認めない限り調査を拒否するとまでは言っていないと主張し、これに沿う供述をするが、原告が昭和六三年一月一一日の調査を拒否したのが、民商事務局長の三浦の立会いが不可能だったことに起因することを考慮すると、右供述は採用できない。

(四) 更に、原告は、所得税法一五〇条一項一号の記録とは記録方法のことをさし、青色申告取消しのための調査においては、記録方法の調査をすれば足りるにもかかわらず、更正のための調査と混同して、原告が提示した資料を全て書き写すという異常な調査方法を取ったために、昭和六〇年分の一部、昭和六一年分の全部の帳簿書類の調査を終了できなかったにすぎないから、その責任を原告に押しつけることは許されないと主張する。

確かに、同法一五〇条一項一号、一五五条所定の「記録」とは記録方法を意味し(最高裁昭和四二年四月二一日判決・民集八七号二三七頁参照。)、青色申告者に対する更正は、記録方法に客観的な誤りがあった場合になしうるにすぎず、その観点からの調査は記録方法の確認で足りるというべきである。

しかしながら、青色申告の適格性の調査の際には、右の点のみならず、同法一五〇条一項三号所定の「帳簿書類に取引の全部又は一部を隠蔽し又は仮装して記載し、その他記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由がある」か否かの点の調査をもなしうるのであり、この調査のためには記録の内容を確認したうえで反面調査の結果と突き合わせる等の作業が必要不可欠であることは明らかである。本件においては、古屋係官が反面調査をし、原告が帳簿書類を提示した際に、帳簿書類をコピーすることを申し出、それを拒否されて書き写し作業をしているが、これは、右の観点での調査であると評価できる。そうすると、古屋係官は、原告が帳簿書類を提示した際に、青色申告の適格性の調査とは無関係な余分な調査をしたわけではなく、昭和六〇年分の一部と昭和六一年分の全ての帳簿書類を書き写すことができなかったことは、専ら原告が突然税務署を辞去し、帳簿書類を持ち帰ったことに起因するものというべきである。

したがって、昭和六〇年分の帳簿書類の一部と昭和六一年分の帳簿書類のすべての記録方法の確認ができなかったことから、昭和六〇年以降の青色申告の承認に限ってこれを取り消した本件処分は適法なものというべきである。

三  裁量権濫用の有無(争点3)について

青色承認の取消しは、形式上所得税法一五〇条一項一号に該当する事実があれば必ず行われるものではなく、現実に取り消すかどうかは、個々の場合の事情に応じ、原処分庁が合理的裁量によって決すべきものと解するのを相当とする。そして、裁量権濫用の有無の判断においては、前示のとおり、税務当局の行う調査の全過程を通じて、税務当局側が帳簿の備付け状態等を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったか否かを判断し、そのような努力を怠ったと認められる場合に限り、裁量権の濫用があったものとして違法となると解するのが相当である。

これを本件についてみると、原告は、昭和六二年九月一七日の調査の際、三浦らの前で調査理由を告げることを要求するなどして、調査に協力せず、その後の古屋係官の説得もあって実施された同年一二月二三日の調査の際に、いったん帳簿書類を被告の部下職員に示したものの、たまたま仕事上の指示が必要となったため、調査の途中で原告の妻を残して調査を続行するという方法を取らずに伊那税務署を辞去し、その結果、被告の部下職員は、昭和六〇年分の一部及び昭和六一年分の全部の帳簿書類の記録方法の確認ができなかった。そして、その後も古屋係官は、調査への協力を再三要請し、その間青色承認取消しの可能性を三回告知したが、原告は、民商会員の立会いがない限り、帳簿書類の提示に応じられないとの立場を堅持し、昭和六三年一月一一日に予定されていた調査も、三浦が風邪を引いていたことから、これを拒否した。

右のような古屋係官による調査の全過程を考慮すると、古屋係官は社会通念上当然に要求される程度の努力をしなかったとまでいえない。昭和六二年一二月二三日の後、本件処分までに被告の部下職員が原告宅に臨場のうえ帳簿書類の提示を求めたのが一回のみであることや、取り消しますと断定的に告知しなかったことは、右判断を左右するものとはいえない。

したがって、裁量逸脱をいう原告の主張は理由がない。

四  本件処分に付記された理由の事実誤認又は理由齟齬の有無及びそれを理由に本件処分が違法となるか否か(争点4)について

1  原告は、本件処分の際に付記された別紙記載の理由のうち、昭和六二年一二月二三日の調査の際に昭和五九年分ないし同六一年分の事業に関する帳簿書類の提示を求めたところ、昭和五九年分の帳簿書類及び同昭和六〇年分の帳簿書類の一部を提示したのみで、その他の帳簿書類については提示しませんでしたとの記載につき、右の提示しなかったという意味が、帳簿を確認できる状態に置かなかったという趣旨で記載されていたとしても、そのような判断の根拠となった事実を記載していない本件の理由の付記は抽象的であり、詳細な理由を付記していれば、別個の処分がされていた可能性があるから、法一五〇条二項の趣旨が、取消事由の有無についての処分庁の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制する点にあることを考慮すると、瑕疵があり違法なものであると主張する。

しかし、別紙記載の理由が、帳簿の中身を確認できない場合は、帳簿書類の提示を欠くという評価ができるとして、帳簿書類の調査をいわれなく拒否したことが取消事由に該当するとの解釈を前提としていることは、別紙第二、三段落目の記載から読み取とことができ、このような解釈を前提として、別紙第一段落目において昭和六二年一二月二三日に右の意味での提示がされなかったと判断したということが記載され、細かい事情はさておき、結局、昭和六〇年分の帳簿書類の一部と昭和六一年分の帳簿書類のすべてにつき記録方法の調査ができない状態にあったことが記載されていることは理由の記載自体から明らかである。このような事実の概要の記載があり、かつ、被告が、右に指摘した解釈を前提に同法一五〇条一項一号に該当するとの判断を示したことが明らかである以上、本件の理由の記載は、具体性を備えていると評価せざるをえない。

なお、原告は、右の提示しなかった帳簿書類があるとの記載について、実際には、全ての年度分の帳簿書類を被告の部下職員の面前に提示したから、事実誤認であると主張するが、単に帳簿書類等を税務職員の面前に出しさえすれば提示があったとは必ずしもいえない場合があることは右にみたとおりであり、原告の主張は理由がない。

2  次に、原告は、昭和六三年二月四日に原告宅に臨場して帳簿書類の提示を求めたが、提示しなかったとの記載も、同年一月一一日の電話での誤りであり、事実誤認があるとして、理由付記は違法であると主張する。

この点、同条二項の、取消事由の有無についての処分庁の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制し、取消しの理由を処分の相手方に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与える趣旨からすると、裁判所が認定した行政処分の適法性を根拠付ける事実と理由付記の内容が同一性のあるものと評価できれば、抗告訴訟において理由を差し替えることは許され、理由付記の瑕疵を根拠に、処分が違法であるということはできないと解するのを相当とする。

これを本件についてみると、別紙第二段落目の理由は、昭和六二年一二月二三日以降も民商会員の立会いがない状態での調査には応じられないという趣旨で調査拒否があったことを指摘する趣旨で記載されていると解されるところ、前記一の9認定の昭和六三年一月一一日の調査拒否は、右の理由で指摘されている事実と同一性があると認められ、本件全証拠によっても日時の記載の誤りがあったことによって原告の防御に支障が生じたとは認め難い。

したがって、原告の主張は理由がない。

第四  以上の次第で、原告の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前島勝三 裁判官 菊地健治 裁判官 和久田斉)

(別紙)

昭和五九年分から同六一年分までの所得税の調査に関し必要があったので、当税務署の所得税、資産税第二部門の古屋国税調査官が、昭和六二年一二月二三日、当税務署において、昭和五九年分ないし同六一年分のあなたの事業に関する帳簿書類の提示を求めたところ、あなたは昭和五九年分の帳簿書類及び同昭和六〇年分の帳簿書類の一部を提示したのみで、その他の帳簿書類については提示しませんでした。

更に、昭和六三年二月四日に古屋国税調査官が、あなたの自宅において昭和六〇年分及び昭和六一年年分の事業に関する帳簿書類の提示を求めたところ、あなたは、第三者の立会いを認めない限り提示しないと主張し、帳簿書類の提示の求めに応じませんでした。

このことは、昭和六〇年分以降の青色申告に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が所得税法一四八条に規定するところに従って行われていないことになります。

したがって、所得税法一五〇条一項一号の規定に該当しますので、昭和六〇年分以降の青色申告の承認を取消します。

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