大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎地方裁判所大村支部 昭和33年(わ)12号 判決 1958年6月17日

被告人 梁在彦

主文

被告人を懲役三月に処する。

未決勾留日数中八十日を右本刑に算入する。

理由

被告人は

(一)  昭和三十三年二月十五日大村市乾馬場郷所在の大村市立西大村中学校に於て同校長田中勝径管理に係る和裁室入口開戸を足で蹴り硝子一枚(時価九十円位相当)を破壊し

(二)  同日同市西本町所在の大村警察署留置場に於て同署長草野初芳管理に係る本造便器一個(時価五百円位相当)を鉄格子に叩きつけて破壊し

以つて器物を毀棄したものである。

(証拠略)

被告人は昭和三十一年三月十七日横浜地方裁判所に於て恐喝未遂により懲役十月に、昭和三十二年四月十五日横浜簡易裁判所に於て器物毀棄、外国人登録法違反により懲役六月に各処せられ、当時右各刑の執行を受け終つたもので該事実は前科調書に徴し明らかである。

法律に照すと被告人の各判示所為は刑法第二百六十一条罰金等臨時措置法第二条第三条に該当し、所定刑中いずれも懲役刑を選択すべきところ、被告人には前示前科があるから、刑法第五十九条第五十六条第五十七条を各適用して累犯加重し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条を適用して犯情重い判示(二)につき定められた刑に併合罪加重し、その刑期範囲内で被告人を懲役三月に処し、尚同法第二十一条に従い未決勾留日数中八十日を右本刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項但書に従い被告人をして全部これを負担させないことにする。

尚弁護人は本件告訴はいずれも不適法にして本件公訴提起の手続が無効なる旨主張するからこの点につき判断を加える。

(一)  判示(一)の校舎の附加物である和裁室入口開戸を構成するガラスが国有財産にして大村市が国より借り受けている物件であることは国と大村市との間に締結された昭和三十二年十月十五日附「国有財産貸付契約書」に徴し明らかである。しからば賃借人たる大村市が被害者として刑法第二百六十四条第二百六十一条所定の告訴権を有するかどうか、蓋し議論の存するところである。刑法第二百六十一条の罪の被害者は一般的にはその物の所有権者であるから所有権者が告訴権を有することは疑を容れない(明治四十五年五月二十七日大審院判決参照)。又自己の物と雖も差押を受け物権を負担し又は賃貸した物を自ら損壊又は傷害した場合、同法第二百五十九条乃至第二百六十一条の例によるべきことは同法第二百六十二条の明定するところであるから、物の所有権者以外のこれ等権利者を被害者に該り告訴権者であると解すべきことはこれ亦明らかである。しからば同法条の趣旨を推及して所有権者でない第三者が損壊又は傷害した場合に賃借人も亦告訴権を有すると解してよいか。思うに賃借人は賃貸人に対し賃借物の使用収益をなさしむべきことを請求する権利を有すると共に、従たる権能として賃借権たる支配権を獲得し、その物の使用収益を排他的に享受するものであるから、器物毀棄罪が物の効用価値を保護せんがため認められたものである以上、賃借人の物に対する利益享受も、その物の所有権者のそれとは別個独立に、保護すべきであることは明らかというべきである。さすれば刑法第二百六十二条を推及して賃借人も亦被害者として適法なる告訴権を有するものと断じて差支えないと思う、今これを本件に即していえば大村市も亦、告訴権を有するものと解す。しからば賃借人たる大村市が告訴権を有するとすれば法令上何人に於てこれを行使した場合、適法なる告訴権の行使といえるか、思うに本件校舎の附加物である和裁室入口開戸を構成するガラスが地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二十三条第二号の教育財産に該るところ、該教育財産は地方公共団体の長たる大村市長の総括の下に大村市教育委員会が管理し(同法第二十八条第一項)、更に大村市教育委員会は同法第三十三条に則り大村市立小中学校管理規則を制定しているが、同管理規則第十八条第二項によつて西大村中学校長も亦大村市の機関としてこれを管理する権限を有するのである。したがつて大村市立西大村中学校長も右管理権に基き、告訴権者たる大村市を代表して、これを行使し得るものと解すべきである(尚一言附加するに告訴権の行使は地方自治法第九十六条第十号の市議会の議決事件に該らない)。尤も当公廷に於て検察官より提出された告訴状と題する書面には告訴人として「西大村中学校長田中勝径」又は「告訴人田中勝径」とあるも、そは告訴権者たる大村市を代表して、機関たる西大村中学校長田中勝径がこれを行使したものと解するを相当とするから、本件告訴は適法にして、したがつて本件公訴提起の手続には何等の瑕疵なく適法と断ぜざるを得ない。

(二)  判示(二)の本件便器が長崎県の所有物品なることは鑑定人東島徳之助の鑑定の結果に徴し明らかである(本件便器が自治体警察である大村市警察署時代に取得した物品であるかどうかについてはこれを明らかにすることができないが、仮に自治体警察時代に大村市に於て所有していた物品であつたとしても警察法附則第十一項により既に長崎県所有に帰している)から、所有権者である長崎県が被害者として告訴権を有することは前段の説明により明らかである。しからば所有権者たる長崎県が告訴権を有するとすれば法令上何人に於てこれを行使した場合、適法なる告訴権の行使といえるか。思うに本件便器が長崎県物品会計規則第二条第二項第一号の備品、第三項所定の別表中雑器具に該り、該便器の出納を命令する権限が長崎県知事に属することは勿論であるが、知事は地方自治法第百五十三条及び第百八十条の二の規定によりこれを廨長に法上当然に委任している(長崎県物品会計規則第四条第二項)のである。しかして長崎県財務規則第二条によれば廨とは収入支出命令の委任を受けた者の所属する事務所事業所及び学校等で別に告示するもの(長崎県財務規則第二条に基く廨の指定)をいい、廨長とはその所属の長をいうと規定せられているから、今本件に即してこれをいえば大村警察署長に本件便器の出納命令権限があるといわなければならない。しかして出納とは長崎県物品会計規則第七条により窺えるとおり、物品の取得保管供用及び処分(物品管理法第一条の管理に該る)をいうのであるから、大村警察署長に本件便器の管理権があるといつても同様のことを意味するのである。かく長崎県の機関として大村警察署長に管理権がある以上、同署長も右管理権に基き、告訴権者たる長崎県を代表して、これを行使し得るものと解しなければならない(地方自治法第九十六条第十号の県議会の議決事件に該らないことも前述のとおりである)。尤も当公廷に於て検察官より提出された申立書と題する書面には告訴人として「大村警察署長警視草野初芳」とあるものはそは告訴権者たる長崎県を代表して機関たる大村警察署長草野初芳がこれを行使したものと解するを相当とするから、本件告訴は適法にして、したがつて本件公訴提起の手続には何等の瑕疵なく適法と断ぜざるを得ない。

以上説示のとおりであるから弁護人の該主張はいずれも採用に由ない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 富川盛介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例