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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和32年(わ)246号 判決 1958年6月10日

被告人

元島種次郎

外一名

主文

被告人元島種次郎を懲役一年六月に、

被告人鈴木伝を懲役一年に処する。

但し、被告人鈴木伝に対しては、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

昭和三十二年三月十二日附起訴にかゝる公訴事実中野田登美枝及び浦永ミチ子に対して労働者の募集をなした旨の職業安定法違反の公訴事実につき、被告人両名はいずれも無罪。

昭和三十二年七月二日附起訴にかゝる被告人両名に対する婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令違反の各公訴は、いずれもこれを棄却する。

理由

(犯罪事実)

被告人鈴木伝は、大阪市西成区山王町四丁目一番地所在の待合兼カフエー業、株式会社「新幸昇」の社長、被告人元島種次郎は、同会社の専務取締役として、いずれも同会社の経営陣を構成している者であり、同会社において従業婦として雇入れた者の就業する業務の内容は専ら売淫に従事するものであるところ、

第一、被告人両名は共謀のうえ、公衆衛生並びに公衆道徳上有害な売淫を業務とする右「新幸昇」の従業婦に就業せしめる目的を以て、

(一)昭和三十一年四月二日頃佐世保市勝富町佐々木ハルノ方において、益田アサ子に対し、

(二)同月十九日頃同市谷郷町四十六番地富野好子方において片山真理子に対し、

(三)同月下旬頃同市祇園町松谷マツノ方において百合子こと小林早苗に対し、

(四)同年六月下旬頃大村市武部郷福田健吾方において森本節子に対し、

(五)同年十月上旬頃佐世保市早岐田子の浦三井所鉄一方において増田ヤエ子に対し、

それぞれ「新幸昇で売淫をする従業婦として働かぬか」との趣旨のことを申し向けて勧誘し、以ていずれも労働者の募集を行つた

第二、被告人元島種次郎は、公衆衛生並びに公衆道徳上有害な売淫を業とする席貸の従業婦に就業せしめる目的を以て、

(一)同年八月下旬頃、同被告人の肩書自宅において、神戸市兵庫区福原町三十四番地で席貸「長成」を経営する園部勇次郎に対し、松永美代子を引き合せたうえ、両名の間に同女を「長成」の従業婦として雇入れる契約を結ばしめて、雇傭契約の成立をあつ旋し、

(二)同月下旬頃、長崎県北松浦郡佐々町小浦免九百三十番地竹久浩方において、前記園部勇次郎に対し平喜代美を引き合せたうえ、両名の間に同女を前記「長成」の従業婦として雇入れる契約を結ばしめて雇傭契約の成立をあつ旋し、

以てそれぞれ職業の紹介を行つた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照らすに、被告人元島種次郎の所為中、判示第一の各職業安定法違反の点は、同法第六十三条第二号、刑法第六十条に、判示第二の各職業安定法違反の点は、同法第六十三条第二号に各該当するので、所定刑中いずれも懲役を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるので、同法第四十七条本文第十条に依り犯情重き判示第一の(五)の罪の刑に併合罪の加重をなした刑期範囲内において、同被告人を懲役一年六月に処し、被告人鈴木伝の各所為は、いずれも職業安定法第六十三条第二号刑法第六十条に該当するので、所定刑中いずれも懲役を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条に依り犯情の重い判示第一の(五)の罪の刑に併合罪の加重をなした刑期範囲内において同被告人を懲役一年に処し、同被告人に対しては犯情刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法第二十五条第一項に依り本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予すべきものとする。

(無罪部分の判断)

昭和三十二年三月十二日附起訴状に依る被告人両名に対する公訴事実のうち「被告人両名は,共謀のうえ、被告人等が大阪市西成区にて経営するカフエー兼待合業株式会社新幸昇にて、遊客に売淫して稼働する従業婦を雇入れようと企て、一、(四)昭和三十一年五月中旬頃佐世保市春日町六百四十二番地野田エイ方において野田登美枝に対し、二、(六)同年八月下旬頃被告人元島の肩書自宅において浦永ミチ子に対し、それぞれ「株式会社新幸昇では従業婦は売淫をなして移働し、身代の分配はその二割を税金として控除し、残額を従業婦と楼主とで折半するようになつている、それで働いてくれるか」等という趣旨のことを申し向けて勧誘し、以て労働者の募集をなしたものである」との点について審究するに、被告人両名の間に従業婦の募集に関し共謀の存した事実は、被告人元島種次郎の検察官(昭和三十一年十二月二十一日附)及び司法警察員(同年十月二十四日附)各供述調書の記載及び被告人鈴木伝の検察官及び司法警察員に対する各供述調書の記載に依り明かであるが、被告人元島種次郎の検察官に対する各供述調書の記載に依れば、被告人元島において野田登美枝及び浦永ミチ子に対し、募集行為をなしたかの如き供述をなしているが、野田登美枝の司法警察員に対する供述調書の記載に依れば、昭和三十一年六月十三日頃、被告人元島の自宅において、栗原某より野田登美子を引き合され、右栗原のあつ旋に依つて野田登美子を新幸昇の従業婦として雇入れた事情を認め得るところであつて、又藤戸佐八の司法警察員に対する供述調書の記載及び被告人元島の司法警察員に対する同年十月二十四日附供述調書の記載を綜合すると、同年八月下旬頃浦永ミチ子及び松永美代子の両名が被告人元島方を訪れて、同被告人に対し、両名共従業婦として仕替をしたいから世話して貰いたい旨求職の申込をなし、右申込に応じて右浦永ミチ子をその頃新幸昇の従業婦として雇入れた事実を認めるに足り、右各認定に反する被告人元島の検察官に対する前記供述調書の記載部分は措信し難い。従つて、野田登美子及び浦永ミチ子を雇入れた行為は、いずれも募集行為に該当せず職業安定法第六十三条第二号の罪を構成しないことが明かであるから被告人両名に対し、刑事訴訟法第三百三十六条に則りいずれも無罪の裁判を言渡すべきものとする。

(公訴棄却についての判断)

昭和三十二年七月二日附起訴状記載の公訴事実は末尾添付のとおりである。仍て審究するに、右各公訴事実における行為の日時、場所、契約の相手方は、すべて同年三月十二日附起訴にかゝる判示第一の(一)乃至(五)の犯罪事実及び前記無罪部分の各公訴事実における行為の日時、場所及び雇入の相手方と同一であり、行為の態様について見ると、前者の各行為が、婦女に対し遊客に売淫することを内容とする契約を取り結ぶにあるのに対し、後者の各行為は労働者たる従業婦を雇い入れようとする者が、婦女に対し遊客に売淫する従業婦として稼働する被傭者となることを勧誘するにある。而して此の勧誘行為は、雇傭契約を取り結ぶための申込又は申込の誘引に該当するものであつて、相手方たる婦女においてその申込に応ずる承諾を与えることに依り、又は婦女が申込の誘引に基き雇傭契約の申込を為せば、雇主たる募集者においてこれに承諾を与えることに依つて、それぞれ雇傭契約の成立へと導き得るものであり、此の雇傭契約が同時に、婦女に売淫をさせることを内容とする契約に該当することは言う迄もない。勧誘が雇傭契約の申込として行われた場合は、その勧誘行為は同時に、婦女に売淫をさせることを内容とする契約の成立要件である申込の実行々為でもあるから、勧誘行為は職業安定法第六十三条第二号の構成要件を充足する行為であると同時に、昭和二十二年勅令第九号第二条の構成要件に該当するので、婦女の承諾があるときは後者の構成要件を充足するに至り、一個の行為にして数個の罪名に触れる場合に該る。又勧誘が雇傭契約の申込の誘引として行われた場合は、その申込の誘引は、雇傭契約の成立を目的とし、又同時に婦女に売淫をさせることを内容とする契約の成立を目的として行われるものであるから、右申込の誘引たる行為と、婦女に売淫をさせることを内容とする契約における承諾たる行為とは、互に手段結果の関係にあり、従つて、申込の誘引を勧誘の実行行為とする職業安定法第六十三条第二号充足の行為と、承諾を実行行為とする昭和二十二年勅令第九号第二条該当の行為とは、後者の構成要件が充足されゝば、犯罪の手段若しくは結果たる行為にして数個の罪名に触れる場合に該当する。従つて、前記の婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令違反の各公訴事実と、職業安定法違反の各公訴事実との間には明かに同一性が存在するから、前者の各公訴は、既に公訴の提起のあつた職業安定法違反の事件について更に同一裁判所に公訴を提起した場合に当るので、刑事訴訟法第三百三十八条第三号に則り、公訴棄却の裁判を言渡すべきものとする。

仍て主文のように判決する。

(裁判官 立山潮彦 真庭春夫 浅野達男)

(別添起訴状省略)

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