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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和31年(ワ)160号 判決 1959年6月22日

原告

右代表者法務大臣

愛知揆一

右指定代理人

小林定人

堤武四郎

磯野陽一

佐世保市松浦町百十九番地

被告

(旧姓豊田) 池田季佳

右訴訟代理人弁護平

林田菊治

右当事者間の昭和三十一年(ワ)第一六〇号詐害行為取消等請求事件について、当裁判所は、昭和三十四年五月十八日終結した口頭弁論に基き、次のとおり判決する。

主文

訴外合資会社宝塚洋行が昭和二十九年五月二十六日被告に対してした別紙目録記載物件についての譲渡行為は、その評価額中金百二十二万四千七百九十四円の限度においてこれを取消す。

被告は原告に対し、金百二十二万四千七百九十四円及びこれに対する昭和三十一年六月四日から右金員支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え、

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一は原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

原告指定代理人は、「訴外合資会社宝塚洋行が昭和二十九年五月二十日被告に対してした別紙目録記載物件についての譲渡行為は、その評価額中金百五十五万七千七百四十三円の限度においてこれを取消す。被告は原告に対し、金百五十五万七千七百四十三円及びこれに対する訴状送達の翌日から右金員支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求めその請求の原因として、

訴外合資会社宝塚洋行(以下単に訴外会社と略称する)は、昭和二十九年五月二十日当時、昭和二十八年度及び昭和二十九年度源泉所得税、本税、加算税、利子税、延滞加算税等の国税合計金二百九十一万七千百二十円を滞納していたものであるところ、別紙目録記載物件(以下本件建物と称す)を除いては他に右滞納国税を完納するに足る資産を有していなかつたにもかかわらず、同滞納国税による財産の差押を免れるため、当時における滞納県税百六十三万円並びに株式会社十八銀行に対し負担していた五百六十九万円の債務を被告に代納あるいは引受をしてもらい、かつ被告に対し負担していた百十万円の債務を免除してもらうことなどの対価として、同日被告に対し、故意に本件建物を譲渡し、同月二十六日売買を原因とする所有権移転登記を経由した。そこで、このような場合には、原告としては、訴外会社の前記滞納国税を徴収するために必要な限り、国税徴収法第十五条に基き、被告に対する関係で訴外会社の被告に対する右譲渡行為を取消し、かつ被告に対し本件建物の返還を求めることができるのであるが、その後右滞納国税に対し、訴外会社におい一部の納入をしたり、原告において昭和三十一年十月十二日及び昭和三十二年一月二十二日の二回にわたり訴外会社所有の不動産や有体動産を公売に付し、その代金四十五万千四百七十五円を充当したりした結果、現在における滞納額が百五十五万七千七百四十三円に減少したのに対し、本件建物の評価額は約八百四十七万円で右滞納額をはるかに上廻るだけでなく、同建物が不可分の三階建家屋一棟であることにかんがみ、被告に対し、右滞納額の限度において本件建物についての前記譲渡行為を取消し、かつその価格に代わる賠償として同滞納額と同額の金員及びこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

と、陳述し、被告の答弁に対し、訴外会社の被告に対する本件建物の譲渡行為が滞納県税納付の目的のもとに相当な対価をえてなされたものであることよりして、被告においては本件建物を譲受けるにあたり前記滞納国税の徴収を困難ならしめるの情を全然知らなかつたということは否認する。

けだし被告が本件建物を譲受けた当時、所轄税務署は冒頭掲記の滞納国税額を徴収するため、すでに訴外会社の有体動産等を差押えていたが、これのみでは到底右滞納額をみたすに足りなかつたので更に昭和二十九年一月二十一日本件建物をも差押えるべく、その登記の嘱託をしたところ、これより先に同月十二日付で県税滞納処分による差押登記がなされていて執行することができなかつたため、直ちに長崎県に対し交付要求の手続をとつたのであり、しかも被告は本件建物を譲受ける数日前訴外会社のため所轄税務署係官に面接して滞納国税の徴収猶予方を接衝しているうえ、訴外会社代表社員古賀野富子とは営業上別懇の間柄にあり、又同会社には百十万円もの融資をしていたのであるから訴外会社の滞納国税額や資産状況、即ち本件建物を除いて他に相当な財産がないことなどについて熟知していた筈である。のみならず本件建物の対価となつているものの中滞納県税の代払はこれを除くとしても、被告が引受けた訴外会社の株式会社十八銀行に対する五百六十九万円の債務はその抵当権設定の日時が昭和二十八年十一月十九日であるため、滞納国税の大部分に優先される地位にあり、被告が放棄した訴外会社に対する百十万円の債権にしても又同様であつた事実よりみて本件建物の譲渡行為は訴外会社、被告、株式会社十八銀行の三者が協議のうえ、訴外会社としては被告の代払により滞納県税による差押を解いてもらつたうえ直ちに本件建物を被告に譲渡してその登記を経由すれば国税その他の債権に基く差押を免れることができ、かつ時価相当の価額をもつて処分しうること、株式会社十八銀行としては国税に対する劣後的地位を脱することが可能であること、又被告としては百十万円の貸付債権を完全に回収できるという三者間における利害の一致に基き原告の国税徴収を困難ならしめることを知りながら利を図る目的で敢行されたものであるといいうるのであつて、被告が善意の受益者であるというのは強弁に過ぎない。

と述べ

立証として、甲第一ないし第十号証を提出し、証人岩城忠夫の証言を援用し乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め答弁として、

原告主張事実中被告が訴外会社から本件建物を原告主張のような条件のもとに譲受けその主張の日に売買を原因とする所有権移転の登記手続をしたことはこれを認めるが、その余の事実はすべてこれを争う。即ち、譲受の日は昭和二十九年五月二十六日であつて、被告が本件建物の所有権を取得したのは次のような事情によるものである。

本件建物は訴外会社の滞納県税百六十三万円の徴収方法として昭和二十九年一月十二日長崎県より差押をうけ、同年二月二日までに右滞納県税を完納しなければこれを公売される予定になつていたところ、もし公売されれば滞納県税をみたすことさえ危いばかりか従来の信用をも失墜することとなるのでこれを案じた訴外会社は長崎県に対し数回公売の延期方を交渉し、ようやく同年五月二十六日まで公売処分の猶予をうまるとともにその間資金の調達に奔走したが、その効果をあげえないまま右延期日を迎えるに至つたため詮方なく本件建物を売却その他の方法で処分しても前記滞納県税を完納しようと決意し、当時別懇の間柄にあつた被告に対し本件建物の買取り方を申入れたのである。そこで被告は訴外会社の右窮状を察して昭和二十九年五月二十六日の公売期日直前において己むなく右申入れに応じることとし、当時訴外会社は株式会社十八銀行に対し五百六十九万円の債務を負担しこれを担保するため本件建物に担当権を設定しており、又被告に対しても百十万円の債務を負担していたところから、原告主張のような条件のもとに本件建物を譲受けたものである。

以上述べた事情によつて明らかなように本件建物は滞納県税を支払わない以上、たとえ訴外会社において被告にこれを売却していないとしても長崎県によつて公売されていた筈であり、いずれにしても売却される運命にあつたもので、訴外会社としては公売の方法によるよりも任意売却の方が他の債権者に対する債務も弁済することができるので有利であると考え滞納県税を支払つて公売を免れるとともに他の債務の弁済にも充てるため本件建物を時価以上の対価を得て被告に譲渡したのであつて正当な処分権限の行使というべく、これによつて滞納同税の徴支を困難ならしめてはいない。仮に訴外会社において本件建物を被告に譲渡する際原告の国税滞納による差押を免れる意思があり、かつ右譲渡行為が滞納国税の徴収を困難ならしめたとしても、被告は前記事情のもとに本件建物を譲受けたのであるから国税債権を害するの情を知らなかつたものである。よつて原告の本訴請求には応じられない。

と述べ

立証として乙第一ないし第八号証を提出し、証人古賀野富子の証言並びに、被告本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

成立に争のない甲第一、第十号証、乙第五、第七号証に証人の古賀野富子の証言をそう合すると、訴外会社は、昭和二十九年五月二十六日当時、昭和二十八年度及び昭和二十九年度源泉所得税、本税、加算税、利子税、延滞加算税等の国税合計二百九十一万七千百二十円を滞納していたものであるところ、同日(原告は同月二十日と主張し、甲第九号証には同日付売買なる旨の記載があつて右主張が一応認められるけれども)被告に対し、当事者間に争のない、当時における滞納県税百六十三万円及び株式会社十八銀行に対し負担していた五百六十九万余円の債務を被告に代納あるいは引受をしてもらい、かつ被告に対し負担していた百十万円の債務を免除してもらうことなどの対価として、本件律物を譲渡し同月二十六日付で売買を原因とする所有権移転登記を経由したことを認めることができ、この認定をくつがえすに足る証拠はない。

そこで、訴外会社の被告に対する本件律物についての右譲渡行為が前記国税の滞納処分による差押を免れるため故意になされたものであるかどうかについて判断するに、成立に争のない甲第一、第二号証、同第五ないし第九号証、乙第二ないし第五号証の各一部に証人岩城忠夫の証言、前記証人古賀野の証言並びに被告本人尋問の結果の各一部をそう合すると、訴外会社は、前記譲渡行為当時、昭和二十八年六月頃から本件律物で始めた米軍将校専用のキヤバレー営業がいわゆる朝鮮動乱の終結に伴い急激に不振に陥つたことにより、前記滞納国税をはじめとして滞納県税百六十三万円、株式会社十八銀行に対する借受金五百六十九万余円及び被告に対する借受金百十万円など総計金千百三十三万円以上の債務を負担していたのにひきかえ、積極財産としては評価額約八百四十七万円の本件律物以外には原告においてすでに滞納処分による差押をしていた価額四十万円程度の有体動産を有していたに過ぎず、従つて本件律物を除いては他に右滞納国税を担保するに足る財産がなかつたにもかかわらず、代表社員古賀野富子において、右県税の滞納処分による本件建物の公売期日に指定されていた昭和二十九年五月二十六日が間近に迫つた頃、同県税の納付にあてるため当時取引のあつた前記十八銀行や知合の被告らその他の金融機関に再三融資を依頼したところ、二百数十万円の国税滞納のため本件建物が国から差押をうける危険のあることを知つていた相手方から融資のわくがないなどの理由でいずれも拒絶されたが、右期日の二日前頃右十八銀行佐世保支店に赴き更に融資を懇願したところ、同支店長から「被告には金が出せるから、本件建物を被告に譲渡してはどうか」という趣旨の話が持出されたので、早速被告にその旨を伝えて承諾をえ、右公売期日当日同支店で被告並びに同支店長鈴木敬三ほか一名の行員と協議の上国税債権に劣後する十八銀行や被告の債権についての前記のような条件のもとに急速本件建物を被告に譲渡したものであることを認めるに十分であつて、乙第二ないし第五号証及び証人古賀野富子の証言並びに被告本人尋問の結果のうち右認定のさまたげとなる部分は容易に信用することができないし、他にこの認定をくつがえすに足る証拠はなく、以上認定の事実からして、訴外会社の被告に対する本件建物の譲渡行為は、右滞納県税を納付して公売を免れることが一つの目的になつていたとはいえ、同時に前記国税の滞納処分による差押を免れる意図の存したことも明らかである。

被告は、訴外会社の本件建物の譲渡行為が滞納国税の徴収を困難ならしめるものであるの情を知らなかつた旨を主張するけれども、前記証人古賀野の証言及び被告本人尋問の結果中右主張にそう部分は前記認定事実に照らしてとりあげることができず、他にこの主張事実を認めうる資料がないから、被告の右主張は排斥を免れない。

かくて、右譲渡行為の取消の範囲を定めるべきであるが、民法第五百二十四条所定の取消権を行使する債権者の債権は詐害行為以前に発生したものであることを要し、その後に発生した債権の数額を加算して取消の範囲を定めるべきではなく、このことは国税徴収法第十五条所定の取消権の行使についても差異がないものと解するのが相当であるところ、原告は右譲渡行為当時存在した国税滞納額にして現存するものが百五十五万七千七百五十三円であると主張するけれども、前記甲第一、第十号証をそう合すると、譲渡行為当時の原告主張にかかる滞納額二百九十一万七千百二十円はその後における訴外会社所有財産の公売々得金四十五万千四百七十五円の充当などで現在においては百二十二万四千七百九十四円に減少していることを認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

しかして、本件建物の評価額が右現存滞納国税額をはるかに超えていること並びに本件建物が木造三階建家屋一棟で分割すればその価格が著しく減少するおそれのあることなどが前記甲第二、第九号証によつて容易に看取できるから、取消の範囲を右金額の限度とするのが相当である。

よつて、原告の本訴請求は、本件建物についての譲渡行為をその評価額中金百二十二万四千百九十四円の限度において取消し、かつその価格に代わる賠償として右金員及びこれに対する訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和三十一年六月四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるから正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁官判 谷口照雄 裁判官 鳥見秀則 裁判官 杉山忠雄)

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