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長崎地方裁判所 昭和50年(わ)243号 判決 1979年6月30日

被告人 亀澤邦夫 外四名

主文

被告人原口計二を禁錮一年二月に、同内田和雄を禁錮一年六月に、同坂口千一を禁錮一年に、同井上隆吉を禁錮一年二月にそれぞれ処する。

被告人原口計二、同内田和雄、同坂口千一、同井上隆吉に対し、この裁判の確定した日から各三年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人荒木実郎に対する第四回及び第五回公判出頭に関する各支給分、同小笹信義に対する第五回公判出頭に関する支給分、同島武由、同菅原昭二、同小早川幸雄、同南修平に対する第六回公判出頭に関する各支給分、同山崎喜久壽、同緒方喜四郎、同斉藤勝久に対する第七回公判出頭に関する各支給分、同白浜治雄に対する第八回公判出頭に関する支給分、同浜崎克己に対する第八回及び第九回公判出頭に関する各支給分、同堀川之敏、同伊藤正実に対する第九回公判出頭に関する各支給分、同松尾正人に対する第一〇回公判出頭に関する支給分、同大河内辰夫、同松本正秀に対する第一一回公判出頭に関する各支給分、同下田秋男に対する第一二回及び第一三回公判出頭に関する各支給分、同坂本嘉一郎に対する第一三回及び第一四回公判出頭に関する各支給分、同合沢松男、同吉田勝に対する第一四回公判出頭に関する各支給分、同西雄治、同佐藤正治に対する第一五回公判出頭に関する各支給分、同橋本隆年、同川原義國に対する第一六回公判出頭に関する各支給分、同長嶋秀治に対する第二七回、第二八回公判出頭に関する各支給分の各五分の一ずつを被告人原口計二、同内田和雄、同坂口千一、同井上隆吉の負担とし、証人伊丹啓介に対する第一九回及び第二〇回公判出頭に関する各支給分、同浜崎克己に対する第二〇回及び第二二回公判出頭に関する各支給分、同柿並博正に対する第二〇回公判出頭に関する支給分、同坂本嘉一郎に対する第二二回公判出頭に関する支給分、同村田忠男に対する第二三回公判出頭に関する支給分、同岩永八州夫に対する第三二回公判出頭に関する支給分の各三分の一ずつを被告人原口計二、同内田和雄の負担とし、証人黒田勝雄、同松尾政彦に対する第一八回公判出頭に関する各支給分、同町田幸雄に対する第一九回公判出頭に関する支給分の各二分の一ずつを被告人坂口千一、同井上隆吉の負担とする。

被告人亀澤邦夫は無罪。

理由

(被告人らの経歴)

被告人原口は、昭和一五年三月、旧制中学校を卒業後、三菱重工業株式会社(以下単に「三菱重工」という。)に入社し、長崎造船所に勤務するようになり、工員、技師、安全衛生係長などを経て、昭和四八年一〇月から長崎造船所修繕部香焼修繕課船修係係長の職務にあつたもの、被告人内田は、昭和三七年三月、中学校を卒業後、三菱重工に入社し、長崎造船所技術学校船体科に入校して三年間船体構造の勉強をしたのち、同造船所で鉄工取付職、工事担当助手などを経て、昭和四八年五月ころから同造船所修繕部香焼修繕課船修係に所属し、工事担当者要員となつていたもの、被告人坂口は、中学校卒業後しばらく家の農業の手伝いをしたのち、昭和三六年八月ころから長崎造船所の下請会社である有限会社有馬工業に入社して輔工となり、その後昭和四六年一二月から同様に下請会社である岩永工業株式会社に入社し、同社の右長崎造船所香焼課出張所において、輔工の現場責任者として働いていたもの、被告人井上は、中学校卒業後、家業の林業や農業の手伝いをしたのち、前記有馬工業に入社して輔工となり、昭和四六年一二月からは岩永工業に移り、前記出張所において輔工として働いていたものであつた。

(オリエンタル・ドラゴン号が修繕ドツグに入渠するまでの経緯)

オリエンタル・ドラゴン号(以下「本船」という。)は、昭和四〇年一二月一八日、三菱重工長崎造船所において建造された重量トン数一一万八、九二七トン、長さ二七三メートル、幅三八・五メートル、深さ二一・五メートルのタンカーであるが、昭和四一年一〇月、同造船所において、クリーンバラスト専用であつた三番両サイドのタンクに、カーゴ(荷油)も積載できるように、カーゴパイプ及びストリツピングパイプを三番カーゴパイプ及びストリツピングパイプから延長設置する改造を行つた。右三番両サイドタンクに通じていたクリーンバラストパイプは、そのまま残存され、右バラストパイプ及び新設されたカーゴパイプの両者を使用してバラストの漲排水ができる構造になつていたが、その後の昭和四五年ころまでに本船側において、右バラストパイプは使用しなくなり、本件事故当時にはポンプルーム及び三番両サイドタンクにあるバラストパイプのバタフライバルブはいずれも閉じられ、バラストパイプは閉塞された状態であり、また右サイドタンク内のバタフライバルブの手動レバーは取りはずされあるいは腐食して折れ、いずれも使用不能の状態にあつた。

本船は、昭和四九年五月二八日、日本からサウジアラビアへ向け航海中、シンガポール沖合で、五番センタータンク内を貫通していた前記バラストパイプの伸縮継手部分から油が漏出しているのが発見され、同年六月四日、本船一等航海士李青の指示により、同船乗組員が右継手部分の外側に前後の長さ約一メートル、高さ及び左右の幅約〇・九メートル、厚さ約〇・二五メートルのコンクリートボツクスを巻き付けることにより応急修理を行つた。その後本船は、日本とサウジアラビアの間を四回往復して原油輸送にあたつたのち、定期検査と海難事故による修繕や一般修理工事のため、三菱重工長崎造船所香焼工場修繕ドツクに入渠することとなつた。

これに先立つ同年八月ころ、本船一等航海士李青は、船長及び船主側工務監督者などと打ち合わせをして三菱重工への修繕工事の注文書である英文の工事仕様書を作成し、李青及び船長が署名のうえ船主に送付し、船主から三菱重工本社に対し右仕様書に基づき修繕工事の注文がなされたが、李青は、修繕を要する前記五番センタータンク内のバラストパイプ伸縮継手部分が同タンク内の四号メインカーゴパイプ上にあると思い違いをしていたために、右工事仕様書には、右のパイプ修繕について、五番タンク内四号メインカーゴパイプライン伸縮継手漏えい新替え(英文和訳、メインカーゴパイプラインのことを単に「カーゴパイプ」ということもある)と記載していた。

三菱重工本社は、本船側の希望もあつて右修繕工事を長崎造船所で行うこととし、同造船所修繕部においては、香焼修繕課において修繕工事をすることに決定した。そして、同年一〇月八日ころ、前記工事仕様書が、三菱重工本社から長崎造船所船舶営業部修繕船営業課に送付され、同造船所香焼修繕課長であつた被告人亀澤は、同課主任大野穂積、同課船修係係長の被告人原口と相談のうえ、本船の船体部門の工事担当者に被告人内田をあてることにした。被告人内田は、同年一一月一五日ころ、大野主任から渡された前記工事仕様書を和訳し、同月一七日、被告人亀澤の命により、船体部門の作業長合沢松男、副作業長浜崎克己を伴い、機関部門の工事担当者飯盛正昭他一名と共に、本船側関係者と工事内容及び長崎港外伊王島沖投錨の日時などを打ち合わせることと、工事現場の確認を行うことのため、本船が入港していた川崎港に赴いた。同港での本船側関係者との打ち合わせの際、被告人内田は、前記李青から工事仕様書及びパイピングダイヤグラム(配管系統図)などの図面により工事個所の説明を受けたが、五番センタータンク内のバラストパイプ伸縮継手部分にあつた修繕個所については、コンクリートボツクスを巻いて応急修理をなしている旨の説明を受けたものの、右個所がパイピングダイヤグラム上の四号カーゴパイプ上にあると誤つて指示されたため、被告人内田は李青が指示した間違つた工事個所を右図面上に赤鉛筆で印をつけて確認した。その後同被告人は、李などと共に工事現場の確認にあたつたが、五番センタータンクにはまだ原油が積み込まれていたため、右バラストパイプ上の修繕個所を現場で確認することはできなかつた。

同月二五日、被告人内田の主催により、本船の工事の手順及び安全対策を打ち合わせるための工事打ち合わせ会及び災防会議が開催された。右会議には、被告人原口、同被告人のスタツフであつた大河内辰夫、松本正秀、長崎造船所のパイプ、鉄工、電気溶接、輔工・運搬・足場、給水関係の作業長及び副作業長、修繕部香焼安全衛生係所属のガス検知員、下請会社である岩永工業からは緒方喜四郎、被告人坂口、その他丸潮工業、長崎木装、久保工業の各作業責任者などが出席し、被告人内田が、各出席者に対し、工事仕様書に基づき工事内容の説明を行つたが、五番センタータンク内のバラストパイプ上にあつた前記の修繕個所については、一等航海士李青の指示通り、五番センタータンク内四号カーゴパイプの伸縮継手部分に漏えいがあり、そこにはコンクリートボツクスが巻いてある旨の説明をした。引き続き、同被告人は、工事上注意すべき点の説明を行い、タンク内のパイプ工事に際し火気作業を行う場合には、最初の段階でパイプラインのガスフリーを確認してから作業にかかるようにとの注意を与えた。その後被告人原口、大河内スタツフ、松本スタツフにより配員会議が行われ、工事仕様書に基づき本船の各工事について、長崎造船所所属の各作業班の担当が決められ、また下請会社に対する工事の発注がなされた。工事仕様書記載の五番センタータンク内四号メインカーゴパイプライン伸縮継手漏えい新替えの工事は、パイプ工事を担当する丸潮工業に発注されたが、右パイプのコンクリートボツクスの除去作業は、その後同月二九日に松本正秀スタツフから輔工作業を担当する岩永工業に発注され、同工業の輔工班が右コンクリートボツクスの除去作業を行うことになつた。

一方、本船は、一一月二〇日川崎港を出港し、同月二八日長崎港外伊王島沖に投錨したが、その間の公海上で全カーゴタンク及びカーゴパイプ、ストリツピングパイプを洗浄したが、前記使用停止中のバラストパイプは洗浄をしなかつた。通常使用中のバラストパイプは、あらためて洗浄をしなくても、同パイプを通じてバラストタンクに海水をバラストとして入れ、あるいは排水するため、同パイプ内に海水が通り、パイプ内部の洗浄が自らなされることになるが、前記本船のバラストパイプは、各バルブが閉鎖され、使用停止の状態にあつたため、海水によつて洗浄されるということもなく、さらに、カーゴタンク内の右パイプ伸縮継手部に欠損があつたために、右継手部からタンク内の原油がパイプ内部に侵入し、これを排出しないまま右継手部にコンクリートボツクスを巻いて漏洩を防ぐ応急修理をした結果、右パイプ内には侵入した原油がかなりの量そのまま残存していた状態にあつた。同月二八日及び二九日、被告人内田は、ガス検知員堂下熊雄、長崎造船所各作業班の責任者、下請会社の作業責任者らと共に、伊王島沖に投錨中の本船に赴き、船級協会の本船に対する検査に立ち合いをしたり、工事個所が輻輳していたポンプルーム内のバルブやパイプの修理個所の現場確認などを行つた。ガス検知員は、カーゴタンク内のガス検知及びスラツジの調査などを行い、いずれのタンクもガス濃度が「修繕船石油系ガス爆発、火災、中毒防止基準」による修繕ドツクに入渠可能な〇・一パーセント未満であつたため、右の旨が被告人内田に報告され、同被告人は修繕課長であつた被告人亀澤に報告し、同亀澤の指示により、同月三〇日、本船は、長崎県西彼杵郡香焼町大字長浜一八〇番地所在の三菱重工長崎造船所香焼修繕ドツクに入渠した。本船が入渠するまでに、本船からバラストパイプは洗浄してこなかつたとの説明はなかつたし、被告人内田をはじめ長崎造船所側も、バラストパイプについては何ら本船側に洗浄方法につき問い質すこともなかつた。ところで、長崎造船所においては、カーゴパイプとバラストパイプではガス検知及びガスフリーの方法が異つており、カーゴパイプについては工事個所の有無にかかわらず修繕船入渠直後すべてのカーゴパイプのガスフリーを行つていたが、バラストパイプについては工事個所がないときはガスフリーは行わず、工事個所があつたとしても工事担当者などからガス検知員に特別の指示がないかぎり作業開始前にガス検知及びガスフリーをしているにすぎなかつた。

同年一二月一日、修繕部香焼安全衛生係所属のガス検知員は、各カーゴタンクに通じる甲板上のバターワースに送風用及び排気用のフアンと称する送風機を設置し、タンク内のガスフリーを行うと共に、一号及び二号カーゴパイプのマニホールドに送風用フアンを取り付け、全カーゴパイプ、ストリツピングパイプに空気を送り、三号及び四号カーゴパイプのマニホールドから排気することによりカーゴパイプのガスフリーを行つた。その結果全タンク、カーゴパイプ、ストリツピングパイプのガス濃度は〇・〇〇パーセントの状態になり、タンク内での火気作業も含めた工事が可能となり、同日から本船に対する本格的な修繕工事が開始された。本船の五番センター内バラストパイプに巻きつけられていたコンクリートボツクスの除去作業は、岩永工業の作業現場責任者であつた被告人坂口が、被告人井上に命じて同月四日昼から行われることになつた。タンク内及びカーゴパイプ内へのフアンによる送風は、その後も続けられ、毎日朝と昼にタンク内のガス検知が行われ、その結果は、安全度を示すものとしてタンク内への入口に掲示されていた。ところで、本船のバラストパイプについては、前記のとおり修繕個所が存在し、そして、右パイプ内には原油が残存していたのであるから右パイプ内の残油排除とガスフリーが極めて重要必須の作業であつたが、ガス検知員は、工事担当者である被告人内田らから工事打ち合わせ会などの際、特に右パイプに工事個所があるので、カーゴパイプ同様にガス検知及びガスフリーをしてほしいなどという要請を受けていなかつたので、右バラストパイプについては何らガス検知もガス排除もしていなかつた。

(被告人らの職務内容)

被告人原口が係長をしていた香焼修繕課船修係は、(一)修繕船、改造船などの甲板部工事の実施及びこれに関する(1)船主監督、船級協会、官庁に対する受検及び折衡、(2)工事計画及び工事取りまとめ、(3)完成仕様書作成、(二)修繕船及び改造船の各タンクの注排水に関する事項、(三)修繕船の保安の援助に関する事項、(四)加工外注及び請負外注の査定に関する事項を分掌していたもので、被告人原口は、船修係長として、本船の修繕工事に関し、工事担当者、スタツフなどの係員を指揮監督して工事計画の作成、修繕工事の実施、作業工程の推進、下請会社に対する工事の発注などの業務を行つていた。一方長崎造船所においては、労働安全衛生法に基づき、自社の社員及び協力会社の社員の職場における安全と健康を確保するために、安全衛生管理要領と統括安全衛生管理要領を定めていた。前者は長崎造船所における安全衛生管理の組織及び職務について定めたもので、後者は労働安全衛生法第一五条に基づき自社の社員及び協力会社社員が、混在して作業することにより生ずる災害を防止するために定めたものであつた。被告人原口は、安全衛生管理要領によれば、船修係の安全衛生管理実施責任者として課安全管理計画の実施、安全施設、安全装置、消火設備、保護具等の点検整備及び改善の実施、具体的安全教育の実施、消防及び避難訓練の実施、整理整頓の実施、安全点検及び作業基準の作成、推進、災害原因の調査と災害防止対策の実施の職務を行い、また、統括安全衛生管理要領によれば、大区画長として、(1)それぞれの大区画区分内で作業する作業員に対して作業工程の伝達、作業遂行に必要な安全指示、ステージ連絡会を開催しての各種作業間の連絡調整、その他混在作業によつて生じる災害の防止、(2)毎日一回以上、混在作業場等の巡視を行う、(3)隣接区画の大区画長と常に連携をとり、安全に留意する、(4)作業工程に変更があつたときはそのつど会議を開催するか、またはその旨を関係作業責任者に連絡するとともに、そのことによつて生ずる災害を防止するための必要な措置を行うことが職務とされていた。

被告人内田は、本船の船体部門の工事担当者に指名されたことにより、工事仕様書の和訳、本船との工事内容及び修繕ドツク入渠についての打ち合わせ、工事予定表の作成、工事打ち合わせ会及び災防会議を開催しての作業員などに対する工事内容の説明、追加材料の手配、ドツク入渠前の本船のスラツジの量及びガス濃度の点検、ドツク入渠後の船級協会の船体構造の検査立会い、本船や船級協会との連絡調整、作業工程進捗状況の確認、ステージ会議の開催など主に工程の推進業務を行つていた。一方、自社の作業班に対する工事を割り当て、下請会社に対し発注し、これらを指揮監督して工事を実施させるのは、船修係長、そのスタツフというライン系統でなされるものであつたが、工事担当者は、本船の工事内容及び工事個所などについて最も詳しい者であり、前記ライン系統における工事の実施も、工事担当者において和訳し、本船と打ち合わせた工事仕様書に基づき行われていたため、工事担当者も事実上作業員を指揮して工事の実施をも行つていた。そして、工事担当者は、安全衛生管理要領によれば、係長のスタツフとして、課安全管理計画の実施、担当工事についての災害予防対策の実施、設備、機械、器具、安全装置、治工具等の点検整備と改善、安全作業基準による作業方法の指導、整理整頓の実施、災害原因の調査及び災害防止対策の実施、協力会社関係工事についての安全指導、その他、安全管理についての協力援助を職務とし、また、統括安全衛生管理要領によれば、大区画長代行として、前記同統括安全衛生管理要領に基づく大区画長の職務を被告人内田が遂行することになつていた。

被告人坂口は、長崎造船所の輔工及び塗装の下請会社である岩永工事の香焼課出張所における輔工班の現場作業責任者であつて、輔工班責任者緒方善四郎から岩永工業が右造船所から受注した作業内容の伝達を受けて、現場作業員の配置を行い、作業員を指揮監督して作業を遂行させる業務を行つていた。一方統括安全衛生管理要領によれば、被告人坂口は、中区画長として中区画区分内で作業する作業員に対し作業工程の伝達等の前記統括安全衛生管理要領の大区画長の職務として記載した職務を有していた。

被告人井上は、岩永工業の輔工として被告人坂口の指揮監督のもとに修繕船内の掃除、運搬、雑役等の業務に従事していた。

(罪となるべき事実)

前記のとおり、三菱重工は、昭和四九年八月ころ本船の修繕工事の発注を受け、長崎造船所が右工事を行うことになつたが、工事仕様書記載の修繕工事には「五番センタータンク内四号メインカーゴパイプライン伸縮継手部分漏えい新替え」というパイプ工事が含まれており、右工事仕様書を作成した一等航海士李青が工事個所を誤つて記載し、右個所と実際の工事個所とが齟齬していることはまれにあることであり、前述のように長崎造船所においてはバラストパイプかカーゴパイプかによつて、ガス検知及びガスフリーの作業実施の方法が異つていたのであるが、カーゴタンク内のパイプが損傷して油漏れが生じ、その部分にコンクリートボツクスを巻いて応急処理をしているときは、右パイプが如何なる種類のパイプであるとを問わず、パイプ内に石油系ガスあるいは原油が残存している可能性が充分にあり、それによる爆発火災等の事故発生の危険性もあり、一たびこのようなタンク内の事故が起こると極めて悲惨な結果をもたらすものであることは当然に予測されるところであるから、このようなパイプラインの工事を安全に遂行させるためには厳格な注意を払うべきは当然であつて、殊に右工事が火気作業を伴う場合には高度の注意(義務)が要求されていたのであり、従つて修繕個所がいかなるパイプライン上にあるかを確定することが必須、重要で、特に、工事個所がなければガス抜きがなされていないバラストパイプが、本件のように同一タンク内にある場合(本件ではカーゴパイプとバラストパイプが隣接していたのである)においては絶対的といつてよい程、必要不可欠のものであり、しかも、パイプライン上の修繕個所の確認は、実際の修繕個所の現場をパイピングダイヤグラムと照合するとき容易にできるものであつたのであるから、

一  被告人原口は、工事担当者及びスタツフなど係員を指揮監督して本船修繕工事の実施、作業工程の推進、下請会社に対する工事の発注などを行う責任者であり、かつ混在作業によつて生じる災害を防止し、安全に修繕工事を進める職務を有する大区画長として、自ら工事仕様書記載の五番センタータンク内四号メインカーゴパイプライン上の修繕個所を現場において確認し、あるいは大区画長代行であり工事担当者である被告人内田またはスタツフなどの係員をして右の現場を確認させたうえ報告を求め、工事仕様書記載の五番センタータンク内四号メインカーゴパイプライン上の修繕個所が、実際は同タンク内のクリーンバラストパイプ上にあることを早期に発見し、被告人内田をして本船側に右事情を問い質し、右バラストパイプが長期間使用されておらず、修繕ドツク入渠前に同パイプの洗浄もなされていない事実を明らかにして、右パイプに適切な残油の処理およびガスフリーの措置を取つたのちに、同パイプに対するコンクリートボツクスの除去作業を開始させる業務上の注意義務があつたのに、これを怠り、自ら一日に数回工事量の多い他の修繕個所を見回つた程度で、右除去作業前に右タンク内のパイプの修繕個所の確認をなさず、かつ被告人内田ら係員をして右修繕個所の現場確認を指示することもなく、工事仕様書記載の前記修繕個所を盲信する余り、同個所が実際の修繕個所と齟齬しており、クリーンバラストパイプに修繕個所があることに気づかず、従つて前記のとおり同パイプ内に石油系ガス及び原油が残存していることも明らかにし得ず、右パイプの適切なガスフリーの措置を取らないまま、本件工事を岩永工業に発注し、その結果被告人坂口をして同井上に命じ右修繕個所においてコンクリートボツクスの除去作業を行わせた過失により

二  被告人内田は、本船側と工事内容について打ち合わせ、工事を担当する作業員に対し工事内容の説明を行い、作業工程の推進をはかり、工事実施面においても作業員を指揮していた工事担当者として、かつ混在作業によつて生じる災害を防止し、安全に修繕工事を進める職務を有する大区画長代行として、自ら、工事仕様書記載の五番センタータンク内四号メインカーゴパイプライン上の修繕個所を現場において確認し、もつて工事仕様書記載の修繕個所が実際は同タンク内のクリーンバラストパイプ上にあることを早期に発見し、本船側に右事情を問い質し、バラストパイプが長期間使用されておらず、修繕ドツク入渠前に洗浄もしてこなかつた事実を明らかにして、バラストパイプに適切なガスフリーの措置を取つたのちに、同パイプに対するコンクリートの除去作業を開始させる業務上の注意義務があつたのに、これを怠り、右工事着工前に五番タンク内バラストパイプ上のコンクリートボツクスを慢然と約一四、五メートル遠方から一べつしたのみで、これが工事仕様書記載のとおり四号メインカーゴパイプライン上にあると軽信したため、工事仕様書記載の修繕個所が実際の修繕個所と齟齬しており、クリーンバラストパイプ上に修繕個所があることに気づかず、従つて同パイプ内に石油系ガス及び原油が残存していたことも明らかにし得ず、右パイプの適切なガスフリー及び原油の除去などの措置を取らないまま、工事内容の説明、工程の推進をはかり、その結果被告人坂口をして同井上に命じ右修繕個所においてコンクリートボツクスの除去作業を行わせた過失により、

三  被告人坂口は、岩永工業の輔工班現場作業責任者として、同工業修繕船輔工班責任者緒方喜四郎から、岩永工業が受注した五番センタータンク内四号メインカーゴパイプラインにあるコンクリートボツクスの除去作業を知らされ、右ボツクスが実際はクリーンバラストパイプにあることを気づかずに、同工業の輔工であつた被告人井上に対し、同年一二月四日昼すぎからコールピツクハンマーを使用して右四号メインカーゴパイプラインのコンクリートボツクスの除去作業を行うように命じたところ、右のコールピツクハンマーを用いてのコンクリートボツクスの除去作業は火気作業にあたり、長崎造船所修繕船石油系ガス爆発、火災、中毒防止基準によれば、パイプラインの修理における火災、爆発防止のための実施事項として火気使用前に工事個所に最も近いサクシヨンバルブまたはマスターバルブのドレンプラグを開放することによつてパイプのガスフリーの再確認を行うことが定められているのであるから、同被告人は、現場作業責任者として、被告人井上がコンクリートボツクスの除去作業を行う前に、長崎造船所修繕部香焼安全衛生係所属のガス検知員にカーゴパイプにおける火気作業を開始することを通知し、右パイプのガスフリーの再確認を要請してから、被告人井上をして右コンクリートボツクスの除去作業を行わせる業務上の注意義務があつたのに、これを怠り、ガス検知員にカーゴパイプにおける火気作業を開始することを通知し、右パイプのガスフリーの再確認を要請することなく、直ちに被告人井上をしてコンクリートボツクスの除去作業を開始させた過失により

四  被告人井上は、作業現場責任者であつた被告人坂口から五番センタータンク内の四号メインカーゴパイプラインのコンクリートボツクスの除去作業を命じられ、一二月四日午後二時ころから同タンク内のクリーンバラストパイプ上にあつたコンクリートボツクスをコールピツクハンマーを使用して除去作業中、同日午後三時三〇分ころ、右コンクリートを取り去つた部分から原油が漏出し、ガスの臭いを感知したので、ガス検知員近藤雅美にガス検知を依頼したところ、同人がガス検知器によりコンクリートボツクス付近のガス検知を行い、作業の続行を許可したので、引き続きコールピツクハンマーにより除去作業を続けていたが、一そう原油の漏出が多くなり、ガスの臭いも強くなつて作業を続行することに危険を察知したのであるから、直ちにガス爆発、火災等の点火源となるおそれのある右ハンマーの使用を中止し、再度ガス検知員にガス検知を依頼して、作業の安全が確認されるまで右ハンマーの使用を差し控える業務上の注意義務があつたのに、これを怠り、付近で作業を見守つていた右近藤にガスの臭いがひどくなつた旨告げただけで、再びガス検知器によるガス検知をすることなく作業の続行を許可した近藤の言辞を慢然と信用し、作業の安全を確認しないまま、コールピツクハンマーを使用してコンクリートボツクスの除去作業を継続した過失により

以上の各被告人らの過失により、これが競合して、同四日午後四時すぎころ、三菱造船所香焼修繕ドツクに入渠中の本船の五番センタータンク内において、前記のように被告人井上がクリーンバラストパイプ上のコンクリートボツクスの除去作業中、コールピツクハンマーの先端から発した火花が、右クリーンバラストパイプの伸縮継手部分から漏出し付近に滞留していた石油系ガスに引火して爆発し、同時に火災を生じ、よつて別表(一)記載のとおり折柄同タンク内の右コンクリートボツクス付近で作業中の吉田清志、岩永チズ子、末吉ミエ、近藤雅美らを、同タンク内二号メインカーゴライン船尾側横隔壁付近で作業中の蓑田倭夫を、同タンク内一号メインカーゴライン補助横隔壁付近で作業中の松尾広美を、全身火傷または一酸化炭素中毒により、そのころ右コンクリートボツクス付近あるいは五番センタータンクから甲板上の昇降口へ通ずる昇降橋の踊場上において死亡させ、別表(二)記載のとおり五番センタータンク内で作業中の井手シズエ他一五名に対し(但し、被告人井上については自らの傷害を除く)加療約三箇月ないし一箇月を要する火傷または熱傷を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

被告人四名及び弁護人は、被告人四名はいずれも過失はなく無罪であると主張するので、以下検討を加える。

一  被告人井上の過失について

(一)  本件爆発及び火災事故の火源

弁護人は、本件事故当時、コンクリートボツクスの除去作業の近くでは溶接作業が行われており、また煙草の吸穀も発見されているのであつて、本件爆発及び火災の火源が、コールピツクハンマーの使用による火花であるとは断定し難いと主張する。

証拠の標目記載の各証拠によれば、コンクリートボツクスが巻かれていたクリーンバラストパイプ内には、容易にガス化しやすい成分を相当量含んだ原油が残存し、コンクリートボツクス除去作業中、バラストパイプの伸縮継手部分から原油が漏出していたこと、タンク内での火気使用可能(状態)と定められているガス濃度は〇・〇五パーセントであるところ、本件事故後において、コンクリートボツクスが右パイプに接着している個所でガス検知を実施したところ、昭和四九年一二月五日午前一〇時二〇分に〇・一四パーセント、同月六日午前九時四〇分に〇・二パーセントという相当高濃度のガスを記録し、このとき右場所でガス採取したのを後に鑑定した結果は〇・四パーセントという濃度を記録したが、右コンクリートボツクスから離れるに従いガス濃度は急激に減少し、同月五日午前一〇時二〇分にコンクリートボツクスの真下、船底の溜り油際で〇・〇二パーセント、右個所を除く五番センタータンク内全体では〇パーセント、同月六日午前九時四〇分には右コンクリートボツクスがあるボツトムトランスとサイドガーターで囲まれた区画以外のところでは〇パーセント、右日時にコンクリートボツクス下部の船底付近で採取したガスは微量でガス濃度は鑑定不可能であつたこと、コンクリートをコールピツクハンマーで除去する際には、火花が発生し、その温度は摂氏八〇〇度から九〇〇度で、前記原油からの揮発性ガスを爆発させる火源となり得ること、コンクリートボツクスをコールピツクハンマーで除去している最中に爆発事故が起つていることの以上の事実が認められ、一方、右コンクリートボツクスに最も近接して溶接作業が行われていたと考えられるのは、二番カーゴラインの船尾側横隔壁においてであるが、右個所周辺から爆発は発生しておらず、そして同所からコンクリートボツクスまで約七、八メートルの距離があつて、センターガーター及びサイドガーターでさえぎられており、到底右溶接の火花がコンクリートボツクス周辺まで届くとは考えられないこと、また、コンクリートボツクスがある同じ区画内の右ボツクスから約一・五メートル離れた船底に先端部分の煙草の葉及び巻紙が炭化し、残存巻紙の部分が約一・三センチメートルの長さしかない煙草の吸穀が落ちていたが、吸口部分につき唾液の付着は認められないこと、タンカー船タンク内でのくわえ煙草は厳しく注意されており、本件事故当時くわえ煙草を喫つていた事実は証拠上も認められず、当時コンクリートボツクス付近にはガス検知員もいたのであり、その場でくわえ煙草をしていたとは到底考えられないことなどが認められるのであり、右煙草の炭化現象は本件爆発火災によるものと説明できること、以上の事実を総合すれば、本件爆発及び火災事件の火源はコールピツクハンマーの使用による火花であることは十分認められる。そして、コンクリートボツクスに対するコールピツクハンマーの強力な衝撃の継続により、右ハンマーとコンクリートとの間に摩擦熱が生じ、同摩擦熱により温められて一層引火し易くなつたガスに右火花が着火したものと推認できる。

(二)  本件事故当時だれがコールピツクハンマーを使用していたか

弁護人は、本件事故当時コールピツクハンマーを使用してコンクリートボツクスの除去作業をしていたのは、被告人井上でなく、丸潮工業の銅工であつた吉田清志であると主張する。

本件爆発当時事故現場に居合わせた丸潮工業の現場責任者であつた荒木実郎は、第四回、第五回公判廷において、コンクリートボツクスがあつた区画内のクリーンバラストパイプより右舷側の足場上に吉田清志がおり、右パイプより左舷側の足場上にガス検知員の近藤雅美及び被告人井上が居て、同被告人がコールピツクハンマーでコンクリートボツクスをはつつていた旨供述し、被告人井上は、当初捜査官に対して同被告人自身がコールピツクハンマーを使用していたと供述していたが(司法警察員に対する昭和五〇年一月一〇日付及び検察官に対する昭和四九年一二月九日付各供述調書)、その後右供述を変え、爆発当時コールピツクハンマーを使用していたのは吉田清志で、同人はバラストパイプより右舷側の足場で、はつり作業をしていたと供述するに至つた。(検察官に対する昭和五〇年三月八日付供述調書)

しかしながら、原田満、松尾堅、西川光信、廣戸勝一の検察官に対する各供述調書及び司法警察員作成の検証調書によれば、事故後、コールピツクハンマーがあつた場所はコンクリートボツクスがあつた区画内のクリーンバラストパイプより左舷側ボツトムトランス寄りの足場上であつて、クリーンバラストパイプより左舷側に居た者がコールピツクハンマーを使用していたと考えられること、吉田清志の死体が発見されたのは右区画内のクリーンバラストパイプより右舷側の船底であること、廣戸勝一が爆発前に本件工事現場に行つたとき被告人井上は一時作業はしていなかつたが、その直前にコールピツクハンマーを使用してはつり作業をしており、吉田清志はスパナでコンクリートを叩いていたにすぎないこと、その後現場を立ち去りハツチを通ずる梯子を昇つているとき再びコールピツクハンマーではつる音が聞えたことが認められる。

以上の事実によれば、クリーンバラストパイプより右舷側の足場上にいた吉田清志がコールピツクハンマーを使用していたとは考えられず、証人荒木実郎が供述するように、右バラストパイプより左舷側に居た被告人井上が本件爆発事故当時コールピツクハンマーを使用していたと認められる。

(三)  輔工作業の業務性について

弁護人は、被告人井上が行つていた仕事は、掃除、雑役を内容とする輔工作業にすぎず、右作業は他人の生命身体等に危害を加える虞れあるものでないから、業務性に欠け、被告人井上に業務上過失致死傷の罪責を問うことはできないと主張する。

輔工としての作業内容が掃除、雑役であることは弁護人主張のとおりであるが、岩永工業が長崎造船所から発注を受けていたのは、主にタンカー修繕船の輔工作業であつて、それにはカーゴタンク内での作業、たとえばスラツジの除去作業、本件コンクリートボツクスの除去作業なども含まれており、輔工作業が単に掃除、雑役を内容とするものにすぎないことをもつて、右作業に業務性がないとすることはできず、被告人井上らが行つていた右作業はタンカー修繕船の特にタンク内などの危険性の高い場所で行われる作業であることに鑑みるとき、右輔工作業も他人の生命身体等に危害を加える虞れある作業として業務性を帯びると言わなければならない。

(四)  本件爆発事故の予見可能性

弁護人は、被告人井上にはコールピツクハンマーの使用が点火源となり本件爆発事故を発生させることは予見できなかつたと主張する。

被告人井上の当公判廷における供述及び捜査官に対する各供述調書によれば、同被告人はコールピツクハンマーでコンクリートボツクスの除去作業中コンクリートを取り去つた部分から原油が漏出し、ガスの臭いを感知したので危険を感じ、ガス検知員に連絡してコンクリートボツクス付近のガス検知をしてもらつたこと、ガス検知の結果ガス検知員にガスはないと言われたが、今なおガスのにおいがしていたので作業を続けることには不安があつたこと、その後、同被告人がコールピツクハンマーで右作業を続けているうちに原油の漏出が多くなり、ガスのにおいがひどくなつたので危険を感じて再びガス検知員にガスのにおいがひどくなつた旨訴えていることが認められる。被告人井上がいかなる内容の危険を感じていたかについて、当公判廷においては、ガス爆発とガス中毒であると供述し、司法警察員に対してはコールピツクハンマー使用中に出る火花がガスに引火する危険性について明確に供述し、検察官に対する供述調書ではガス爆発という文言は使用されていないが、すべてコールピツクハンマーの作業を継続することとの関係で危険性がとらえられており、同被告人は検察官に対してもコールピツクハンマーを使用する際のガス爆発の危険性を念頭に置いて供述していたものと認められる。以上の事実によれば、被告人井上は、コールピツクハンマーによりコンクリートの除去作業を続けることにより、ガス爆発事故が発生することの危険性は予見していたと言わなければならない。

(五)  過失について

弁護人は、被告人井上は原油の漏出及びガスのにおいを感知して、ガス検知員を呼びに行き、ガス検知をしてもらつたことにより自己の責務は尽したものであつて、その後作業を続けたのはガス検知員の許可あるいは黙認によつたもので、被告人井上には何ら過失はないと主張する。

被告人井上の当公判廷における供述及び捜査官に対する各供述調書によれば、被告人井上は、昭和四九年一二月四日午後三時三〇分ころ作業中危険を感じてガス検知員を呼びに行きコンクリートボツクス付近のガス検知をしてもらつたこと、ガス検知の結果ガス検知員により作業の続行を許可され、再びコールピツクハンマーによつて作業を始めたが、しばらくして一そう原油の漏出が多くなり、ガスのにおいがひどくなつたこと、そこで被告人井上は危険を感じてそばで作業の様子を見守つていたガス検知員にガスの臭いがひどくなつた旨告げたが、再びガス検知器によつてガス検知をすることなく、作業の継続を許可したガス検知員の言辞を信用して作業を続けたところ、同日午後四時ころ本件爆発事故が発生したことが認められる。

ところで被告人井上ら作業員はガスのことについてガス検知員の指示に従うように教育指導され、ガス検知員は工事中止の命令ができるほど強力な権限を有していた。しかし、重大な結果を発生しかねないガスの有無、その度合いについて、検知員は視覚や吸覚などによつて感覚的に判断することができず、検知員が携帯使用するガス検知器による検査結果によらざるを得ないものであつた。即ち、ガス検知員はガス検知器によつてガス検知をした検査結果に基づき自らの強力な権限を正当化できるものであり、前記のようなガス検知員の感覚的判断によつてガスの有無、その程度、引いては危険性の有無を判断した場合には、さほど信用することができないものであり、事故発生の場合における結果の危険性、重大性から考えれば、右のような判断を信用してはならないのである。被告人井上が二度目に危険を感じてガス検知員にガスの臭いがひどくなつた旨告げたときには、一そう原油の漏出が多くなり、ガスの臭いがひどくなるという事態の悪化をきたしていたのであり、また一度目のガス検知器によるガス検知をしたときからかなり時間も経過していたのであるから、ガス爆発の火源となる可能性のあるコールピツクハンマーの使用をやめ、再びガス検知器による正確なガス検知を求める業務上の注意義務があつたといわなければならない。しかるに、右のような事態の変化にもかかわらず、何らガス検知器によるガス検知をすることなく、作業の続行を許したガス検知員の過失はあるとしても、右のようなガス検知器によるデーターに基づかない指示をそのまま信用して作業を続行した被告人井上にも過失なしとすることはできない。

二  被告人坂口の過失について

(一)  コールピツクハンマー使用によるコンクリートボツクス除去作業は火気作業か

修繕船石油系ガス爆発、火災・中毒防止基準(昭和五〇年押第一三一号の符号3)によればパイプラインの修理における火災、爆発防止のための実施事項として、火気使用前に工事個所に最も近いサクシヨンバルブまたはマスターバルブのドレンプラグを開放することによりラインのガスフリーの再確認を行うことが定められているところ、弁護人は、コールピツクハンマー使用によるコンクリートボツクス除去作業は右にいう火気作業にあたらないと主張する。

右基準が修繕船におけるガス爆発、火災等を防止するために設けられたものであることは言うまでもないことであり、そうすると右にいう火気とは、ガス爆発、火災等の点火源となりうる作業を言うものと解すべきである。前記のとおり長崎県警察本部長作成の鑑定結果回答書〔昭和四九年一二月一六日(但し「証42号」と記載あるもの)、同月一九日付、昭和五〇年一月二七日付(但し「証48号」と記載あるもの〕によれば、コールピツクハンマーを使用してコンクリートを削る際には火花が発生し、その温度は摂氏八〇〇度から九〇〇度で原油からの揮発性ガスを爆発させる火源となり得ることが認められるのであつて、コールピツクハンマー使用によるコンクリートボツクス除去作業は右基準の火気作業にあたるというべきである。

(二)  過失について

弁護人は、被告人坂口は、コールピツクハンマー使用によるコンクリートボツクスの除去作業が火気作業にあたることも知らなかつたし、右修繕船石油系ガス爆発・火災・中毒防止基準も知らなかつたのであるから、同被告人には過失はない旨主張する。

コールピツクハンマーを使用してコンクリートボツクスを除去する際火花が出ることは、前記鑑定の際に確認されただけでなく、司法警察員作成の実況見分調書(昭和四九年一二月二〇日付)によれば、同月一二日に本件のコンクリートボツクスの残りの部分を除去する模様を実況見分した際にも、作動中のコールピツクハンマー先端部分から火花が飛散するのを確認していることが認められる。さらにコールピツクハンマーでコンクリートボツクス除去作業中に、右ハンマーの先端が鉄製のパイプにあたる可能性があることも容易に考えられ、その場合には一層火花が生じやすいと思われること、ガス爆発の発火源として、取付用ボルト、ナツト、工具などの落下による衝撃摩擦熱、スパナ、ハンマーなどでパイプを叩いたときの火花などをも考えられていたのであり、そのために鉄製でない防爆工具が作られていたほどであつたこと、前記のとおり被告人坂口の指示を受けて実際の作業を行つていた被告人井上もコールピツクハンマーで除去作業を続ければガス爆発の危険があるということは予見していたこと、被告人坂口自身コールピツクハンマーでコンクリートの除去作業をした経験をかなり有していることなどを認められ、以上によれば、同被告人が捜査官に対して「コールピツクハンマーでコンクリートを削るとき目につくような火花は出ないが絶対に出ないとは言えません。特にパイプとか鉄にピツクの先が急に当たつたような場合は比較的火花がよく出るようです」と供述している(検察官に対する昭和五〇年二月二〇日付供述調書)ところは、十分信用することができ、被告人坂口はコールピツクハンマーでコンクリートボツクスを除去する際には火花が出る可能性があり、それがガス爆発の原因となることは認識していたと認められる。

次に、被告人坂口が修繕船石油系ガス爆発・火災・中毒防止基準に定められていたパイプラインの修理における火災、爆発防止のための実施事項を知つていたか否かについてであるが、証人緒方喜四郎(第七回)、同黒田勝雄(第一八回)の公判廷における各供述によれば、被告人坂口が所属していた岩永工業に対しては、右基準の印刷物が本件事故後になつて配付されたことが認められ、被告人坂口も公判廷において(第二九回)本件事故当時まで右基準を見たことはなかつた旨供述し、検察官に対しても右基準は本件事故前か事故後に見たような気がするが前記実施事項については読んだ記憶はない旨供述している(検察官に対する昭和五〇年六月六日付供述調書)。しかしながら同被告人は右供述調書において、「従来修繕船の災防会議にはしばしば輔工関係の責任者として出席しておりましたので、安全係や工事担当者あたりから火気作業をよくやるパイプ職の責任者等に着工前のパイプラインのガスフリーの再確認について注意があつていたことは聞いていました。しかし私共は殆どの場合火気作業やこれに準ずる作業はやりませんので、私共が直接そのような注意を受けることはありませんでした。」と供述している。第一一回公判調書中の証人大河内辰夫の供述部分、押収してあるオリエンタルドラゴン工事打ち合せ及び災防会議結果報告と題する書面一通(昭和五〇年押第一三一号の符号4)、労働災害防止施行規則第一五条に基づく協議会開催結果報告二綴(同押号の符号9)によれば、修繕船が入渠する前に工事内容の説明及び安全面の注意のために工事打ち合わせ会及び災防会議が開催されていたが、右席上工事担当者あるいは部安全衛生係員から工事遂行上安全面において注意すべきことが説明され、その中にタンク内における火気作業の場合は消火器、消火ホースを身近に置き火受裏側の確認後作業にかかることという注意事項が含まれており、これはオリエンタルドラゴン号の工事打ち合わせ会及び災防会議でも同様であつたことが認められ、さらに証人小笹信義(第五回)、同小早川幸雄(第六回)、同南修平(第六回)の公判廷における各供述によると、パイプラインにおける火気作業を始める前には、右ラインがガスフリーになつていたとしても右作業前にガス検知員を呼んできて前記基準に定められているように右ラインの工事個所に最も近いサクシヨンバルブまたはマスターバルブのドレンプラグを開放してガス検知をしてもらい、ガスの再確認を行つてから火気作業を始めていたことが認められるのであつて、そうすると、被告人坂口の検察官に対する前記供述は十分信用することができ、同被告人は修繕船石油系ガス爆発・火災・中毒防止基準は知らなかつたけれども、災防会議における安全上の注意を通してパイプラインについて火気作業を行う場合には工事着工前にガスフリーの再確認を行わなければならないことは十分知つていたと言わなければならない。

以上によれば、被告人坂口は作業現場責任者として被告人井上に五番センタータンク内四号メインカーゴパイプラインにつき火気作業であるコールピツクハンマーによるコンクリートボツクスの除去作業を命じたのであるから、作業開始前にガス検知員にガスフリーの有無の再確認を求めるべきであつたのに、これを怠り再確認を要請することなく火気作業を行わせたのは、被告人坂口の過失である。

なお、弁護人は、被告人坂口が前記基準にいうサクシヨンバルブまたはマスターバルブのドレンプラグを知らなかつたゆえをもつて、同被告人には過失がないと主張するが、前記のとおり、同被告人の過失はガス検知員に火気作業を開始することを通知してガスフリーの再確認を要請しなかつたことに求めるべきであるから、右プラグの所在を知らなかつたことは過失の有無を左右するものではない。

(三)  被告人坂口の過失と本件事故との因果関係

弁護人は、結局被告人井上が作業着工後、パイプから原油の漏出などがあつたためガス検知員を呼びに行き、ガス検知員がガス検知を行つたのであるから、被告人坂口が作業開始前にガスフリーの再確認を怠つたことと本件事故とは因果関係がないと主張する。

被告人坂口がガス検知員に火気作業開始を通知し、ガスフリーの再確認を要請していたなら、前記基準に従うとガス検知員は工事場所に最も近いバルブを開放してガス検知を行うことになる。しかしながらコンクリートボツクスがあり被告人井上が除去作業をしようとしていたパイプは実際はクリーンバラストパイプであつたため、バルブは五番センタータンク内にはなくポンプルームまたは三番両サイドタンクにバタフライバルブが設置されていた。ところで被告人坂口はバルブの位置については知らないと述べているので、ガス検知員も右位置を知らなければ、パイプ職の責任者または工事担当者に聞いてバルブの位置を捜すことになるが、そうすると右パイプのバルブを捜す過程において、コンクリートボツクスが巻かれているのは四号メインカーゴパイプではなくクリーンバラストパイプであることに気づく可能性があつたと言わなければならない。そして、右工事個所のパイプの違いを発見すれば、当然工事担当者に報告され、後記に検討するとおり工事担当者の方で右パイプのガスフリーにつき別に適切な方法が取られたと認められる。仮に右パイプがクリーンバラストパイプであることを気づかなかつたとしても、前記基準に従えば、工事個所に最も近いポンプルーム内のバタフライバルブを開放してガス検知を行うことになるが、司法警察員作成の実況見分調書(昭和四九年一二月一一日付)によれば、本件事故後右バルブを開けクリーンバラストパイプのガス検知を行つたところ二パーセント以上の高濃度のガスが検知されたことが認められるのであつて、コンクリートボツクスの除去作業前に同様のガス検知を行つていれば、ほぼ同様の結果が出ることは想像に難くなく、当然右パイプのガスフリーをやり直さなければいけなくなるのであるから、結局被告人坂口がガスフリーの再確認を要請しておれば、いずれの場合であつても工事個所があつたパイプの適切なガスフリーが行われることになり、本件事故も回避されたといわなければならない。以上によると被告人坂口の過失と本件事故との間には十分因果関係が認められる。

三  被告人内田及び同原口の過失について

(一)  工事仕様書の正確性

弁護人は、修繕工事の発注の際船主から受注者に渡される工事仕様書は、工事個所及び内容の把握、工事価格の算定、工期の予定などの基礎となり、工事請負契約の締結、その後の工事実施に必要欠くことのできないものであり、タンカーの船体部に関する工事仕様書については、職責上船体部の構造機能について最もよく知悉している一等航海士が作成するものであるから、本来正確に記載されており、特に本件工事個所については、工事仕様書に五番タンク内四号メインカーゴパイプライン伸縮継手漏えい新替と明確に工事場所が記載され、しかも被告人内田が川崎港に工事内容の打ち合わせに行つた際、本船の一等航海士李青からパイピングダイヤグラム上に右工事個所を示されたのであつたから、右仕様書及び一等航海士の指示が正確なものであると信用するのは当然であつたと主張する。

工事仕様書が、工事請負契約の締結、その後の工事実施に必要欠くことのできないものであり、タンカーの船体部に関する工事仕様書については、船体部の構造機能について最もよく知悉している一等航海士が作成するものであることは弁護人主張のとおりであるが、仕様書が右のような性質を持つているものでありながら、証人小笹信義(第五回)、同山崎喜久壽(第七回)、同浜崎克己(第八回)、同伊藤正美(第一〇回)、同合沢松男(第一四回)、同伊丹啓介(第一六回)、同長崎秀治(第二七回、第二八回)の各公判調書中の供述部分、同山田弘幸の当公判廷における供述によると、工事仕様書には、工事個所及び工事内容が明確さを欠いているもの、右のいずれか一方が明確さを欠いているものがあり、また船会社によつては悪いパイプを変えろなどというかなりおおまかな記載しかしてこない場合もあること、工事個所及び工事内容が明確であつてもその後に変更、取消しがおきたり、追加工事が出たりすることもあること、工事仕様書に指定された工事内容と実際の工事内容が、寸法、数量などで異つていた場合があることが認められる。右のような事態は、工事担当者と本船側の打ち合わせあるいは各作業者とのステージ会議の場などによつて明確化され、是正されてきたものであろうし、すぐに工事仕様書の工事個所の記載に場所的誤りも含んでいることを推認させるものではない。しかしながら、工事仕様書に右のような点が認められることは、工事仕様書の記載には正確ではない記載も含まれており、必ずしも絶対的な信頼を置くことができないことの表れといわなければならない。さらに証人小早川幸雄(第六回)、同川原義國(第一六回)、同柿並博正(第二〇回)の各公判調書中の供述部分によると、工事仕様書の工事個所について例えばタンク内の表を艫と、ヒーテイングパイプの三番を四番と誤つて記載した事例もあつたことが認められるし、被告人原口も検察官に対する供述調書において「仕様書と実際の工事現場が異なることはまれにあります。」と供述している。右事実によれば、工事仕様書の工事場所の記載も誤つた記載が含まれていることがあり、必ずしも絶対的な信頼を置くことができないことが認められる。右のような工事仕様書の記載の誤りは、作成者の思い込み、誤解、不注意あるいは誤記などで起こりうるものであるが、弁護人が主張するように本船側との打ち合わせにおいてパイピングダイヤグラム上に工事個所を示されたとしても、まさに本件工事仕様書において起こつたように、工事仕様書を作成し、工事場所の説明をした一等航海士が、単に工事仕様書に誤記したのではなく、工事個所を誤つて思い込んでいたような場合には、右指示によつて工事仕様書の記載の誤りが是正されるものでないから、何ら事情がかわるものではない。

(二)  本件工事個所確認の安全面における重要性

弁護人は、工事仕様書記載の五番センタータンク内四号メインカーゴパイプライン伸縮継手漏えい新替え工事は、本船の修繕工事の中では極めて簡単な修繕工事に属し、また仮に四号メインカーゴパイプラインという指示が誤つていても、他のカーゴパイプ及びストリツピングパイプも四号カーゴパイプ同様にガスフリーがなされているし、工事個所がバラストパイプであつたとしてもバラストパイプは使用されているのが原則であり、その中に原油やガスが滞留していることは通常ありえないのであるから工事遂行上危険性は予測できず、安全面においても重要な工事とは言えない旨主張する。

タンカー修繕船における修繕作業においては、高所作業による墜落災害や落下物による災害と共に、石油ガスによる爆発、火災、中毒事故を防止することが重要視されていたのであり、特に右爆発、火災、中毒事故が一たび起きると大惨事となる危険性があるため、長崎造船所においては修繕部直属に安全衛生係を置き、修繕船入渠前及び入渠後工事中は朝と昼に入念にタンク内のガス検知を行い、ガス検知員を常時修繕船に待機させると共に、修繕船石油系ガス爆発、火災、中毒防止基準を定め、修繕船入渠、工事開始などのガス濃度の基準を定め、また各作業者に対しパイプ工事に際しての詳細な注意規定を定め、右事故防止のために特に慎重な配慮をしていた。これらの一般的な事情からしても、工事仕様書に記載してあつた四号メインカーゴパイプライン伸縮継手漏えい新替え工事はタンク内におけるカーゴパイプに対する工事であるから、その工事内容が簡単であつたとしても工事安全面において特に配慮を要すべき工事であつたと言うことができる。さらに前記修繕船石油系ガス爆発、火災、中毒防止基準、証人下田秋男(第一二回、第一三回)、同坂本嘉一郎(第一三回、第一四回、第二二回)の各公判調書中の供述部分によると三菱造船所においてはバラストパイプとカーゴパイプではガス検知及びガスフリーのやり方が異つており、カーゴパイプについては工事個所の有無にかかわらず本船入渠後フアンを備えつけ、すべてのパイプのガスフリーを行い、ガス検知をしてガス濃度が規定基準以下になつたことを確認してから工事を開始させ、工事中も常時フアンを回わしガス抜きを行つていたが、バラストラインについては工事個所がなければ、何らガス検知、ガスフリーは行わず、工事個所がある場合でも工事担当者などから事前にガス検知及びガスフリーをするように要請がないかぎりは、右パイプの火気作業開始前に作業担当者などから火気作業開始の通知を受け、ガス検知を行い、ガスがあつた場合にガスフリーを行つていたにすぎなかつたことが認められ、また証人山田弘幸の当公判廷における供述によれば、バラストパイプに工事仕様書記載の伸縮継手漏えい新替え工事がある場合には、右パイプが油で汚染されていることになり、極めて重要な問題となること、そこで本船側にバラストパイプから油が漏つた時期などを問い質し、六箇月以前に漏出があり修理後に何航海もされて右バラストパイプに海水が通つていれば、右パイプも一応洗浄されていると考えられるが、その場合にも修繕船入渠後右パイプのガス検知を行うこと、漏出の時期が修繕時と近接している場合にはパイプに海水が通つても未だスラツジなどが残つている可能性があること、また右パイプが漏出後に使用されていない場合には右パイプの中に油が相当残存していると考えられ、いかに右パイプ内の原油を取り除きガスフリーするかが重大な問題となることが認められる。右によれば、弁護人主張のようにバラストパイプは使用されていれば原油やガスが滞留していることは通常ありえないと考えることはできないし、また本船のようにクリーンバラストタンクをカーゴタンク兼用に改造した場合には、バラストパイプを使用せずにカーゴパイプを使用してバラストの出し入れをする可能性もあるのであるから、これを本船側に確めることなくしてバラストパイプは常に使用しているものと決めつけることはできない。(被告人内田は本船の右タンクの改造については気づいていなかつたし、同被告人の当公判廷における供述及び同被告人作成の下見出張報告によれば同被告人が川崎港に赴き本船側と打ち合わせをした際、バラストパイプを含めたパイプラインを完全に洗浄してくるように指示したことが認められ、修繕船石油系ガス爆発、火災、中毒防止基準によると、被告人内田は大区画長代行として、本船側に最終積荷の種類、貨物油の性質、清掃換気の方法、本船によるガス検定の結果などの提示を求め、これを確認する義務があつたのに、本船修繕ドツク入渠前本船側に右バラストパイプの洗浄方法について何ら確かめることをしなかつた。)

以上の事実によれば、工事場所がカーゴパイプ上にあるかバラストパイプ上にあるかは工事を遂行する上での安全面において極めて重大な結果を及ぼす。そうすると前記の一般的考察に加えて、本件工事場所が工事仕様書記載の五番センタータンク内四号メインカーゴパイプライン上にあるか否かを確認することは、安全上重要な意味を有していると言わなければならない。

(三)  工事仕様書記載の工事場所と実際の工事場所との齟齬を発見することの容易さ

弁護人は、本件工事現場に行くまでが大変であるし、コンクリートボツクスがある工事現場に行つたとしても、右ボツクスが巻かれているのは四号メインカーゴパイプかクリーンバラストパイプかを見分けるのは容易なことではないと主張する。

本件工事現場の確認は作業を開始する前、足場板が設置されたあとで行えばよいのであつて、工事現場へ行くのが困難であることは問題にする必要はない。被告人内田は、川崎港における本船側との打ち合わせの際、パイピングダイヤグラム上の四号メインカーゴパイプラインの伸縮継手に工事個所があることを示されていたのであり、また右パイピングダイヤグラムは、パイプの位置、機能を系統的に示すものであるから、本件工事現場を確認するには、パイピングダイヤグラムと照らし合わせてみるのが最も良い方法である。押収してあるパイピングダイヤグラム一綴(昭和五〇年押第一三一号の符号18)によれば、五番センタータンク内において最も左舷よりのパイプはクリーンバラストパイプで右タンクを通つて四番センタータンクにまで通じていること、本件工事場所があるとされた四号メインカーゴパイプは左舷から二本目のパイプであつて五番センタータンク内船尾側において横に曲がり三号メインカーゴパイプにつながつていることが明らかであり、一方司法警察員作成の検証調書によれば、コンクリートボツクスがあり、ボツトムトランスとサイドガーターに囲まれた区画に行くと、右区画には二本のパイプが存在し、コンクリートボツクスが巻かれているのは最も左舷よりのパイプで、右パイプは右区画内でやや曲がつているもののそのまま船首側へのびており、もう一つのパイプは左舷から二本目に位置し、右区画ですぐに右舷側に曲がりサイドガーターを抜けて三号メインカーゴラインの区画に入つていることが明らかになる。

以上によれば、本件工事現場とパイピングダイヤグラムを照らし合わせるとき、コンクリートボツクスがある区画を見ただけで、右ボツクスは最も左舷よりのクリーンバラストパイプに設置されていて、左舷より二番目の四号メインカーゴパイプではないことが明白になるのであるから、工事仕様書記載の工事場所と実際の工事場所との齟齬を発見することは、極めて容易であつたと言わなければならない。加えて、この齟齬に気付いた眼によつて、やや注意深く見れば、パイピングダイヤグラムどおり、右二本のパイプ間の大きさの相違に気付くであろうし、かくして、一層、前記のような齟齬があることを現場において確認し得たものと思われる。

(四)  被告人内田の過失

被告人内田は、本船の工事担当者として、判示のとおり工事仕様書を和訳し、本船側と工事内容などについて打ち合わせを行い、長崎造船所及び下請会社の各作業員に対して右内容を説明し、工事予定表を作成して作業工程の進展具合を確認し、工事完成後は完成仕様書を作成するという工程の推進業務にたずさわつていた。

弁護人は、工事担当者たる被告人内田の職務は右工程の推進業務であつて、工事実施面については船修係係長とそのスタツフ及び以下のライン系統の指揮命令下になされるもので、工事担当者の行うところではない旨主張するが、工事推進の業務と工事実施の業務はさほど明確に区分できるものではないし、工事担当者は工事仕様書を和訳する際には各工事を分担する職種を決定し、これを工事打ち合わせ会で発表し、船修係長及びそのスタツフは、工事担当者の右分担に基づき造船所側の作業班及び下請会社に作業を割り当てていたこと、工事担当者が開催したステージ会議において岩永工業から本件工事場所には足場が必要であるとの意見が出されたとき、被告人内田が直接丸潮工業の足場班に足場を設置するように命じていること、また同被告人は岩永工業の緒方喜四郎に対しコンクリートボツクスの除去作業を一二月四日に行うように命じていることなどからしても、事実上工事担当者であつた被告人内田も、作業員を指揮命令して工事の実施を行つていたと言わなければならない。

また、被告人内田は、安全衛生管理要領によつて、及び統括安全衛生管理要領では大区画長代行として、修繕船内の工事及び混在作業を安全に実施させるべき職務を有していたのであつて、右の職務によれば、同被告人は、本船の修繕工事個所及び工事内容に最も精通した本船修繕工事の実施上の最高責任者として、作業員に工事内容を説明し、工程の推進をはかり、あるいは工事実施面においても作業員を指揮監督し、工事実施上の安全面においても注意を払わなければいけない立場にあつた者である。そして、前記に検討したように本船側の工事仕様書は必ずしも正確なものではなく、工事仕様書記載の工事個所が実際の工事個所と齟齬していることがまれにあつて、これに絶対的な信頼を置くことができないのであり、また、殊に、工事仕様書記載の本件工事個所は安全上十分配慮を要する場所であり、しかも工事仕様書記載の工事個所と実際の工事個所に齟齬があることは容易に判明できたという事情に鑑みると、被告人内田については、作業員が同被告人から説明された工事を開始する以前に、自ら本件工事現場に赴き、工事仕様書の記載に誤りがないか否かを確認し、これによつて修繕個所が実際は五番センタータンク内クリーンバラストパイプ上にあることを発見し、本船側に右事情を問い質し、バラストパイプが長期間使用されておらず、修繕ドツク入渠前にガス抜きもしてこなかつた事実を明らかにしてバラストパイプに適切なガスフリーの措置を取るべき業務上の注意義務があつたと言わなければならない。しかるに同被告人は、判示のとおりコンクリートボツクスを約一四、五メートル先から一べつしたのみで、何らその場に行き確認をすることなく右コンクリートボツクスの個所が工事仕様書記載のとおり四号メインカーゴパイプラインにあると軽信して修理個所の齟齬に気づかなかつたのであるから、同被告人に過失なしとはしない。

(五)  被告人原口の過失

被告人原口は、判示のとおり、船修係係長として工事担当者、スタツフなどの係員を指揮監督して本船の修繕工事の実施、作業工程の推進、下請会社などに対する工事の発注などの業務を行い、また統括安全衛生管理要領による大区画長として、現在作業によつて生じる災害を防止し、安全に修繕工事を進める職務を有していた。

本件五番センタータンク内四号メインカーゴパイプライン伸縮継手部分漏えい新替えの工事は、同被告人及びスタツフによる配員会議で下請会社である丸潮工業に発注され、その後右部分のコンクリートボツクスの除去作業はスタツフの松本により下請会社の岩永工業に発注されたが、前記に検討したとおり、本船側が作成した工事仕様書は必ずしも正確なものではなく、工事仕様書記載の工事個所と実際の工事個所が齟齬していることはまれにあるなど工事仕様書に絶対的な信頼を置くことのできないものであり、また殊に、右下請会社に発注した前記工事個所は安全上十分配慮を要する場所であり、しかも工事仕様書記載個所と実際の工事個所に齟齬があることは容易に判明し得たのであるから、下請会社に工事の発注を行う長崎造船所の責任者であり、かつ自ら大区画長として混在作業を安全に進める職責を有していた被告人原口は、本船側作成の工事仕様書を鵜呑みにして下請会社に工事を発注するのではなく、工事発注後右工事開始までに自ら実際の工事現場を確認するか、あるいは工事担当者またはスタツフに指示して現場を確認させ、工事仕様書の記載に誤りがないことを確認したうえで、下請会社に工事を行わせる業務上の注意義務があつたと言わなければならない。しかるに、同被告人は、自ら本件工事現場に赴き工事仕様書記載の誤りを確認することなく、また、工事担当者であつた被告人内田及びスタツフに指示して工事現場を確認させ、報告を求めることもしないで、下請会社に工事を発注し、作業を開始させたのであるから同被告人には判示記載のとおりの過失が認められる。

(六)  シヨツプ及び作業現場責任者の現場確認について

弁護人は、本件工事現場の確認はパイプ関係のシヨツプであつた浜崎副作業長及び右工事の発注を受けた下請会社の作業現場責任者が行い、現場に異常があつたり、工事担当者などに報告する必要があるときには、通常二日に一回の割で開催されるステージ会議や毎日午前、午後に行われるフロア会議で報告されるシステムになつていた旨主張する。

下請会社の作業現場責任者は一般的にタンク内の構造及びパイプの種類などの知識につき造船所側の作業責任者より劣つていると考えられるし、パイピングダイヤグラムも所持しておらず、右ダイヤグラムなしで本件工事現場に赴いても、実際の工事場所と工事仕様書記載の工事場所の齟齬を発見するのが困難であることは弁護人主張のとおりであつて、これらの者が工事現場の確認をしていたことをもつて、被告人内田及び原口が自らの過失を免れることができるものではない。また前記シヨツプの現場確認については、判示のとおり被告人原口及び同内田は自ら右確認をするべき義務を有しているのであつて、右シヨツプに本件工事現場の確認の指示を与え、同人からその報告を求めるなどしていれば格別、何らこのような積極的行動を取らずして、シヨツプからステージ会議またはフロア会議において報告がなかつたことをもつて現場には異常がないとした被告人らの行動に過失なしとすることはできない。

(七)  被告人内田及び同原口の過失と本件事故との因果関係

被告人内田及び同原口が自らの注意義務を十分果たし、工事仕様書記載の五番センタータンク内四号メインカーゴパイプライン伸縮継手部分漏えい新替えとあつた工事個所が実際には同タンク内クリーンバラストパイプ上にあつたことに気づいたならば、証人山田弘幸が当公判廷で供述するとおり、まず本船側に右バラストラインから原油が漏出した状況、時期などを問い質すことになることが認められる。右の質問はクリーンバラストパイプ内に原油が残存しているか否かを確かめるためであるから、その過程において右バラストパイプが長年の間使用されておらず、本船が修繕ドツクに入渠する前にも右パイプは洗浄してこなかつた事実が明らかになると考えられる。右証人山田の供述によると、クリーンバラストパイプから原油の漏出があり、右部分をコンクリートボツクスを巻いて応急処理をし、同パイプが長年の間使用されていない場合には、右パイプには原油がかなり残存していると考えられ、そのガスフリーの実施については当然かつ十分に検討されなければならないことが認められる。そうなれば、当然右パイプはコンクリートボツクスの除去作業前において適切な方法により、残油の抜取りとガス排除がなされることになり、結局本件事故も右段階で回避されたといわなければならない。以上によれば、被告人内田及び同原口の過失と本件事故との間には十分因果関係が認められる。

(法令の適用)

被告人原口、同内田、同坂口、同井上の判示各所為はいずれも刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に各該当するが、各被告人らの所為はいずれも一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として最も犯情の重い吉田清志に対する業務上過失致死罪の刑でそれぞれ処断することとし、所定刑中いずれも禁錮刑を選択し処断するのが相当であり、その各所定刑期の範囲内で後記量刑の理由により被告人原口を禁錮一年二月に、同内田を禁錮一年六月に、同坂口を禁錮一年に、同井上を禁錮一年二月にそれぞれ処し、同法二五条一項を適用して、右被告人四名に対し、この裁判の確定した日から各三年間それぞれその刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文により証人荒木実郎に対する第四回及び第五回公判出頭に関する各支給分、同小笹信義に対する第五回公判出頭に関する支給分、同島武由、同菅原昭二、同小早川幸雄、同南修平に対する第六回公判出頭に関する各支給分、同山崎喜久壽、同緒方喜四郎、同斉藤勝久に対する第七回公判出頭に関する各支給分、同白浜治雄に対する第八回公判出頭に関する支給分、同浜崎克己に対する第八回及び第九回公判出頭に関する各支給分、同堀川之敏、同伊藤正実に対する第九回公判出頭に関する各支給分、同松尾正人に対する第一〇回公判出頭に関する支給分、同大河内辰夫、同松本正秀に対する第一一回公判出頭に関する各支給分、同下田秋男に対する第一二回及び第一三回公判出頭に関する各支給分、同坂本嘉一郎に対する第一三回及び第一四回公判出頭に関する各支給分、同合沢松男、同吉田勝に対する第一四回公判出頭に関する各支給分、同西雄治、同佐藤正治に対する第一五回公判出頭に関する各支給分、同橋本隆年、同川原義國に対する第一六回公判出頭に関する各支給分、同長嶋秀治に対する第二七回、第二八回公判出頭に関する各支給分の各五分の一ずつを被告人原口、同内田、同坂口、同井上に負担させることとし、証人伊丹啓介に対する第一九回及び第二〇回公判出頭に関する各支給分、同浜崎克己に対する第二〇回及び第二二回公判出頭に関する各支給分、同柿並博正に対する第二〇回公判出頭に関する支給分、同坂本嘉一郎に対する第二二回公判出頭に関する支給分、同村田忠男に対する第二三回公判出頭に関する支給分、同岩永八州夫に対する第三二回公判出頭に関する支給分の各三分の一ずつを被告人原口、同内田に負担させることとし、証人黒田勝雄、同松尾政彦に対する第一八回公判出頭に関する各支給分、同町田幸雄に対する第一九回公判出頭に関する支給分の各二分の一ずつを被告人坂口、同井上に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件犯行は、爆発火災事故発生の危険性が大きく、そのために十分安全に留意をして工事を遂行すべきタンカー船の修繕において、自ら尽くすべき業務上の注意義務を怠り、その結果判示のとおり爆発火災事故を引き起こし、作業中の六名を死亡させ、一六名に対し傷害を負わせるという大惨事になつたものであり、死者の遺族の悲しみは測り知れず、また負傷者も長期間の入通院を余儀なくされ、完治後も火傷痕が残るなど、その受けた精神的衝撃は大きいものがある。各被告人の過失を見るに、被告人原口は船修係係長として本船の修繕工事を安全に行わせる責任ある立場にありながら、自ら工事現場を確認することもなく、また係員を適切に指揮監督して現場を確認させることをしなかつたのであり、被告人内田は、本船の修繕工事場所及び工事内容につき最も精通した工事担当者として工事を安全に進行させていく立場にありながら、本件工事場所が安全上留意すべき所であり、現場確認が必要であることを看過ごし、右工事場所を確認することを怠つたままで工事を行わしめたのであり、被告人坂口は、岩永工業の輔工班の作業現場責任者として被告人井上に本件工事場所の作業開始を指示したのに、工事前において、自らに定められていたガス検知員に作業開始を指示してガス検知をすることを怠り、被告人井上は、本件事故現場において作業に従事していたものとして、最も容易に危険を察知し、これを回避することができたのに、右措置を取らなかつたのである。以上各被告人らは、本件作業上、それぞれの地位において責任者としての重要な立場にあり、あるいは容易に危険を回避し得る立場にありながら自らの責務を果たさず、前記のとおり重大な事故を惹起した各被告人の責任は重大であるといわなければならない。

しかし、他方本件事故が起こつたのは、被告人四名の過失のほかに、本船側の一等航海士李青が工事仕様書に工事個所を誤つて記載し、かつ被告人内田に対し、パイピングダイヤグラム上に誤つた工事個所を指示したこと、死亡したガス検知員近藤雅美が被告人井上からガス検知の依頼を受け本件事故現場に赴いたのに適切な措置を取らなかつたことが、原因の一端をなしていることは否定できない。しかるに検察官は右一等航海士李青の過失については全く不問に付し、同人を被疑者としても取調べをしてはおらず、このような検察官の不公平とも思われる処置は被告人四名の刑責を考える上で考慮せざるを得ない。また本件事故によつて死亡した遺族及び負傷者に対しては一名の者を除き三菱重工及び岩永工業において相応の金額が支払われて、示談も成立していること、被告人四名は、いずれも今まで前科前歴はなく、真面目に生活してきたものであり、現在扶養すべき家族も有していること、被告人井上は本件事故により自らも傷害を受けたことなど被告人四名に対し有利な事情も認められる。

その他諸般の情状も考慮して判示量刑をした次第である。

(被告人亀澤の無罪の理由)

一  被告人亀澤に対する公訴事実

被告人亀澤に対する公訴事実は、同被告人は三菱重工業株式会社長崎造船所修繕部香焼修繕課長として同課が施行する修繕船の船体及び機関部門の修繕工事を統括するとともに、同造船所が定める安全衛生管理要領及び統括安全衛生管理要領により、課、船統括安全衛生管理者として、修繕部安全管理方針に基づく課安全管理計画の決定、実施、徹底、作業方法及び環境の不備または危険がある場合の改善、防止措置等、安全面を統括管理する任務を有し、統括管理下にある社員及び協力会社社員に対して所管作業の工程調整と安全対策に関する事項を行うとともに、毎日一回以上当該課または船を巡視する等の業務に従事していたものであるが、同造船所香焼修繕課が、昭和四九年一一月三〇日、長崎県西彼杵郡香焼町大字長浜一八〇番地所在の同造船所香焼修繕ドツクに入渠したタンカー「オリエンタル・ドラゴン号」の修繕工事を施工するに際し、同修繕工事中には同船五番センタータンク内のクリーンバラストパイプの伸縮継手部に油漏れがあり、同船側において航行中の応急措置としてその周辺をコンクリートで固めた個所を修繕すべきことが含まれていたのに発注者側が右バラストラインを四号カーゴパイプラインと誤解して工事仕様書を作成していたため、右バラストラインについては修繕個所がないものとしてガス抜きを実施しないまま、同年一二月四日同パイプの油漏れ個所のコンクリートボツクスを取り外すべく火気作業を開始したのであるが、かかる場合、発注者側において発注書面に工事個所の記載を誤り、現実の工事個所と齟齬していることは往々にあることであるのみならず、特にタンカー船内の各種パイプについて油漏れの故障があるときはパイプ内に残存する石油系ガスまたは原油による爆発、火災等の事故発生の危険が大きく安全管理上極めて重要な修繕工事に属するものであるから、同被告人としては、予じめ前記ドラゴン号の船体構造図、配管構造図、工事仕様書並びにガス検知報告書等に基づいて自己が統括すべき修繕工事の内容を具体的に把握するとともに、巡視、専門点検等の計画、実施、部下監督者との安全対策会議の開催とその対策の徹底等によつて危険工事個所の発見に努め、不安全状態の排除につき適時適切な指示を与え、もつて所管作業の工程調整及び安全対策に関する責務を遂行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、自らは前記入渠時より工事着手までの間、単に一日一回程度同船を慢然と見まわつたのみで、船体構造に基づく具体的工事内容を把握していなかつたため、同船三番タンク両サイドのバラストタンクがカーゴタンク兼用に改造されていたこと、従つてこれに接続するバラストパイプラインにもガス、原油の残存する可能性があることを看過ごし、かつ前記工事仕様書の誤りに気づかず、バラストパイプラインの油漏れを修繕する工事に必要な同パイプ内のガス抜き措置等適切な安全対策や指示をなんら講ずることなく、同パイプライン内のガス、残油の除去がなされないままで同パイプラインに関する火気作業を開始させた過失により、同日午後四時ころ、コールピツクハンマーから発した火花が右クリーンバラストパイプの継手部分から漏出し、付近に滞留していた石油ガスに引火して爆発と同時に火災を生じ、よつて判示記載のとおり同タンク内で作業中の吉田清志などを死亡または傷害を負わせたものであるというにある。

二  当裁判所の判断

検察官が右公訴事実により被告人亀澤の過失としているところのものは、第一に本船の三番タンク両サイドのバラストタンクがカーゴタンク兼用に改造されていたことを看過ごし、従つてこれに接続するバラストパイプラインにもガス、原油の残存する可能性があることを看過ごしたこと、第二に工事仕様書の誤りに気づかなかつたことの二点にあると考えられる。

(一)  三番両サイドタンクの改造を看過ごした点について

被告人原口ら四名に対する判示記載のとおり、本船は、建造時は三番両サイドタンクはクリーンバラストタンク専用であつたが、その後三号カーゴパイプ及びストリツピングパイプから右両サイドタンクへ枝管を通しカーゴタンク兼用に改造された。証人山田弘幸の当公判廷における供述、同柿並博正(第二〇回)、同岩本才一郎(第二一回)の各公判調書中の供述部分によれば、右のようにバラストタンクがカーゴタンク兼用に改造された場合、右タンクへの海水バラストの積み降ろしは従前のクリーンバラストパイプと新設されたカーゴパイプ両者を用いて行うことができるが、カーゴの積みおろしについては、右バラストパイプはカーゴの出し入れ口である甲板上のマニホールドにはつながつていないため、バラストパイプではカーゴの積みおろしはできず、カーゴパイプだけを利用すること、海水バラストの積み降ろしについては、バラスト注排水の時間の短縮のために、一般的にバラストパイプ及びカーゴパイプの両者を利用することが認められる。ところで本船においては、判示のとおり右三番両サイドタンクがカーゴ兼用に改造されてからは右タンクへのバラストの積み降ろしは新設されたカーゴパイプのみを使用し、昭和四五年以降においては、バラストパイプは三番両サイドタンクにある二つのバタフライバルブ及びポンプルームにあるバタフライバルブが閉鎖され、全く使用されていない状態にあつた。

検察官は、被告人亀澤が三番両サイドタンクがカーゴタンク兼用に改造されていたことを看過ごし、その結果バラストパイプにもガス、原油の残存する可能性があることを看過ごしたと主張するが、しかし三番両サイドタンクがカーゴタンク兼用に改造されたとしても、前記のとおりバラストパイプを通してカーゴの積み降ろしを行うわけでもなく、右タンクにカーゴが積載されているときはバラストパイプのバタフライバルブが閉鎖され、また本船の場合のようにバラストパイプを使用しなくなつたとしても、同パイプについて右同様三番両サイドタンクにあるバタフライバルブが閉鎖されることになり、現実にも閉鎖されていたのであるから、右タンクから原油がバラストパイプに進入する可能性はなく、そうすると被告人亀澤が三番両サイドタンクがカーゴタンク兼用に改造されていたことを看過ごしたことと、バラストパイプにガス、原油の残存する可能性があることを看過ごしたこととの関連性は認められず、結局同被告人の右過失と本件事故との因果関係はないことになる。

本船のバラストパイプにガス、原油が残存していたのは、三番両サイドタンクを改造したためではなく、判示のとおり、五番センターカーゴタンク内の右バラストパイプ伸縮継手部分に漏えい個所があり、右タンク内の原油が右部分から右パイプ内に流入したためであつて、被告人亀澤が同パイプにガス、原油が残存する可能性があることを看過ごした点は、同被告人が同パイプに工事個所があることを看過ごした点すなわち検察官が同被告人の第二の過失として主張する工事仕様書の誤りに気付かなかつた点との関連においてとらえるべきである。

(二)  工事仕様書の誤りに気づかなかつた点について

検察官は、被告人亀澤には一日一回程度本船を漫然と見回わつたのみで、船体構造に基づく具体的工事内容を把握していなかつたため、工事仕様書の誤りに気づかなかつた過失があると主張する。

第二五回及び第二六回各公判調書中の被告人亀澤の供述部分によると、同被告人は、工事仕様書の記載には五番センタータンク内四号メインカーゴパイプライン伸縮継手部分漏えい新替えの工事個所があることも把握していなかつたし、右工事個所の実際の現場にも赴いたことはなく、工事仕様書の右記載が同タンク内のクリーンバラストパイプラインの誤りであつたことも気づかなかつたことが認められる。

そこで同被告人に右の誤りに気づくべき業務上の注意義務があつたのか否かが問題となるが、検察官は、同被告人は本船の工事仕様書などに基づき自己が統括すべき修繕工事の内容を具体的に把握するとともに部下監督者との安全対策会議の開催とその対策の徹底などによつて危険工事個所の発見に努めるべき業務上の注意義務があつたと主張する。

被告人亀澤の前記供述部分によると、同被告人は本船の修繕工事の内容については工事担当者である被告人内田から報告を受けたり、同被告人に問い質すなどして把握しており、自らは工事仕様書を点検し工事内容を把握することはなかつたこと、本船の船体構造図、配管構造図などの図面を見てもいないし、本船の工事打ち合わせ会及び災防会議にも出席していなかつたこと、このようなやり方は本船に限つたことではなく、修繕船すべてに共通したやり方であつた旨供述している。

押収してあるオリエンタルドラゴン工事打合せ及び災防会議結果報告と題する書面一通(昭和五〇年押第一三一号の符号4)、被告人内田作成の出張伺及び概要報告によれば、被告人内田は川崎港における本船側との工事打ち合わせの状況、長崎造船所における工事打ち合わせ会及び災防会議の状況を書面にして被告人亀澤に報告しており、右書面には本船の主要工事を七、八項目にわたつて記載してあるが、本件工事個所についてはいずれも右記載に含まれておらず、結局被告人亀澤の知るところとはならなかつた。

ところで、押収してある安全衛生管理要領一冊(昭和五〇年押第一三一号の符号6)、長崎造船所職制細則一冊(同押号の符号12)、被告人亀澤の検察官に対する昭和五〇年四月二日付供述調書によれば、香焼修繕課は長崎造船所修繕部に属し、船修係と機修係の二係を有しており、被告人亀澤は同課課長として修繕部部長を補佐し、係員を指揮監督して修繕船、改造船、新造船保証工事の甲板部及び機関部工事並びにこれに関連する事項を効果的に推進するほか課員に対する人事管理、労務管理に関する業務を行い、一方統括安全衛生管理要領によれば、課・船統括安全衛生責任者として(1)統括管理下にある社員及び協力社員に関して部安全衛生管理方針の徹底と実施、所管作業の工程調整と安全対策に関する事項、課・船労働災害防止協議会の設置と運営、所管建物、設備及び機器等の安全に関する事項、その他災害防止に関する事項を行い、(2)毎日一回以上、当該課または船を巡視し、(3)所管課・船の作業員の見やすい場所にその氏名を掲示するという職務を有していた。右のとおり、香焼修繕課課長の職務は、船修係及び機修係という広範囲に及ぶものであるが、一方船修係及び機修係にはそれぞれその部門の工事担当者やスタツフなどの係員を指揮監督にあたる係長が置かれ、修繕工事にあたつては、係長自身が工事仕様書により個々の工事個所を把握し、工事担当者が開催する工事打ち合わせ会及び災防会議にも出席して右指揮監督にあたつていた。また統括安全衛生管理要領に基づく香焼修繕課課長の職務は、一般的な安全対策及び教育の実施などの面が強く、各修繕船ごとに前記係長が大区画長、工事担当者が大区画長代行になつて当該修繕船の安全対策にあたることになつていた。

右のような被告人亀澤の職務内容及び係長の立場にあつた者が工事仕様書を点検し個々の工事個所を把握して係員の指揮監督にあたつていたことなどに鑑みると、被告人亀澤が香焼修繕課長として、自ら工事仕様書を点検することなく、工事担当者あるいは係長などの報告を受けて工事内容を把握していた従前の方法を自らの職責を果たしていないものとして非難することができず、検察官が主張するように、被告人亀澤に対し自ら工事仕様書などを見て修繕工事内容を具体的に把握し、部下監督者などに命じて危険工事個所の発見に努めるべき業務上の注意義務があつたとすることはできない。そうすると被告人亀澤が工事仕様書の誤りに気づかなかつた点をもつて同被告人の過失とすることはできない。

以上によれば、検察官が被告人亀澤の過失と主張するところは、いずれも認められないので、同被告人に対し刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡しをする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 萩尾孝至 山田利夫 前田順司)

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