大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎地方裁判所 昭和49年(ワ)259号 判決 1983年5月13日

原告

全日本郵政労働組合

右代表者中央執行委員長

福井秀政

右訴訟代理人弁護士

成瀬和敏

被告

全逓信労働組合

右代表者中央執行委員長

石井平治

被告

川下隆彦

被告

中島義雄

右被告ら訴訟代理人弁護士

横山茂樹

秋山泰雄

中村清

平田辰雄

主文

被告全逓信労働組合は原告に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和四九年一〇月一六日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告全逓信労働組合に対するその余の請求及び被告川下隆彦、同中島義雄に対する請求は棄却する。

訴訟費用は、原告と被告全逓信労働組合との間においてはこれを一〇分しその一を同被告の、その余を原告の負担とし、原告と被告川下隆彦及び同中島義雄との間においては全部原告の負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自、金一〇〇万円及びこれに対する昭和四九年一〇月一六日以降各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告全逓信労働組合は、別紙(略)(一)記載の謝罪文を、被告川下隆彦、同中島義雄は、連名して、別紙(二)記載の謝罪文を、それぞれ、長崎市において発行されている「長崎新聞」紙上に、全文一・五倍活字で縦七センチメートル、横一〇センチメートルの記事下広告として掲載し、かつ、原告全日本郵政労働組合の発行する「全郵政新聞」の第一面に縦三段ぬき、横幅一五センチメートルで掲載せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告全日本郵政労働組合(以下、原告組合という。)は全国の郵政事業に従事する職員をもって組織され、法人格を有する労働組合である。

被告全逓信労働組合(以下、被告組合という。)も、全国の郵政事業に従事する職員をもって組織され、法人格を有する労働組合であり、被告川下隆彦(以下、被告川下という。)は被告組合の下部組織である全逓信労働組合長崎中央支部(以下、全逓長崎中央支部という。)の書記長、同中島義雄(以下、被告中島という。)は同支部の執行委員の地位にあるものである。

2  被告川下及び同中島並びに全逓長崎中央支部の組合員ら数名は、縦六〇センチメートル、横六メートルの白地の布に、「寄生虫(全郵政)駆除大作戦!!展開中」なる文字を、寄生虫及び駆除大作戦の文字を黒で、( )の符号及び展開中の文字を青で、!!の符号及び全郵政の文字を赤で、それぞれ布一面に横書きして周囲を木枠でとめ(以下、これを本件横断幕という。)、昭和四九年五月四日午後四時半頃から同日夜半まで、翌五日早朝より一一日午後二時頃まで、一一日午後四時頃から同日午後七時半まで、及び一一日午後七時四五分頃から翌一二日午後一時半頃まで、長崎中央郵便局構内の被告組合組合事務所一階屋上正面に、ついで六月六日午後七時四〇分頃から同月一三日午前一〇時頃まで同郵便局前歩道上電車通り沿いに、六月一三日午後〇時二五分頃から一五日午前九時頃まで、再び前記同郵便局構内の被告組合組合事務所一階屋上正面に、いずれも取りつけ掲示し、同局職員を含む不特定多数の一般通行人に周知させた。

3  右掲示はその内容自体から明らかな通り、原告組合を社会にとって有害無益な寄生虫であるときめつけ、駆除する必要があり、これを現在長崎中央郵便局において実行中であるというものであるが、原告組合は議会制民主々義を擁護する立場から経済闘争を中心に組合運動を進めるものであり、政治闘争を重視し実力行使による過激な闘争をも辞さないとする被告組合とはその基調を異にし、闘争に際して公共企業体等労働関係法一七条に違反する争議行為はこれを行わないという立場をとっているのであって、被告らより寄生虫呼ばわりされる謂れはない。被告らが原告組合を社会において寄生虫でしかないと断定することは甚だしい偏見であり誤りであるが、これを郵政官署内のみでなく公道上で一般公衆の目にふれる方法で執ように長期間掲示しつづけることは、組合員のみならず広く一般公衆に、原告組合が労働組合としては全く無価値な寄生虫的存在であるかのような誤解を生ぜしめるものであって違法であり、これにより原告組合に対する一般的評価及び社会的信用も甚だしく傷つけられ、ひいて組織の団結にも重大な影響を及ぼした。

右掲示が被告川下及び同中島らの不法行為(民法七〇九条)を構成することはいうまでもないが、同被告らはいずれも被告組合及び全逓長崎中央支部の組合員であり、構成員ないし機関の一員として右掲示を被告組合及び全逓長崎中央支部の教育宣伝活動の一環として行ったものであるから、いわゆる業務の執行につきなされたものであり民法七一五条により被告組合もその責任を免れえないものである。

4  被告らの右不法行為により、原告組合の蒙った無形的損害は金銭に見積ると金一〇〇万円を相当とし、また、これによってそこなわれた原告組合の名誉回復としては、その掲示の態様等から見て、別紙(一)(二)記載の各謝罪文を、長崎市において発行されている「長崎新聞」紙上に全文一・五倍活字で縦七センチメートル、横一〇センチメートルの記事下広告として掲載すること、また、それが原告組合の組合員の団結に及ぼした影響からして、右各謝罪文を、原告組合の発行する組合機関紙である「全郵政新聞」第一面に縦三段ぬき、横幅一五センチメートルで掲載することが必要不可欠である。

5  よって、原告組合は、民法七〇九条、七一〇条、七一九条、七一五条に基づき、被告らに対し、各自、前記無形的損害金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の後である昭和四九年一〇月一六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うこと並びにいずれも同法七二三条に基づき、被告組合に対し別紙(一)記載の謝罪文を、被告川下及び同中島に対し連名して別紙(二)記載の謝罪文を、それぞれ、長崎市において発行されている「長崎新聞」紙上に、全文一・五倍活字で縦七センチメートル、横一〇センチメートルの記事下広告として掲載し、かつ、原告組合の発行する「全郵政新聞」の第一面に縦三段ぬき、横一五センチメートルで掲載することを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、全逓長崎中央支部が、直接には構成員たる組合員をして、本件横断幕を作製し、原告主張の期間その主張の場所に取りつけ掲示したことは認めるが、被告川下及び同中島がこれを作製或いは掲示したことは否認する。なお、右掲示により、不特定多数の一般通行人に周知させたとの主張は争う。

3  同3の事実中、本件横断幕の掲示が、被告組合及び全逓長崎中央支部の教育宣伝活動の一環として行ったものであることは認め、その余の事実及び主張は争う。

4  同4の主張は争う。

三  被告らの反論

1  郵政省は、昭和三五年以降の高度成長経済がもたらした取扱郵便物の激増による慢性的な郵便遅配を労働強化によって解消する方針の下に、昭和三六年以降、時間外労働協定(いわゆる三六協定)の締結拒否等を闘争手段として職員の増員を要求する被告組合を徹底的に抑圧する労務管理体制を推進し、全国の郵便局職員の被告組合批判勢力の結集をはかるため、被告組合の大阪中央郵便局支部長であった福井秀政(現原告組合の中央執行委員長)に働きかけ、全国の小人数の第二組合を糾合させて昭和三七年六月郵政労働組合(以下、郵政労という。)を結成させた。その後右郵政労は、昭和四〇年一〇月に、特定郵便局の職員の一部をもって結成されていた全特定局従業員組合と合同して名称を全日本郵政労働組合(原告組合)と改めた。

右のようにして結成された原告組合は、被告組合の労働運動方針を階級闘争主義あるいは違法闘争主義と非難してその反対者となり、被告組合が懲戒免職にさえ至る多大の犠牲を払いつつ、ストライキを含む闘争により労働条件の改善を当局に迫るのに対して、一応経済的諸要求を提出はするが、何ら闘争をしないばかりか、かえって被告組合の闘争を阻害する行動をとった。即ち、郵政省の、被告組合敵視政策に基づく苛酷な処分によるストライキ対策、及びこれと表裏をなす原告組合に対する組合員の昇任・昇給など待遇面での優遇措置、組織活動上の便宜供与、ひいては職員の研修・教育の場での原告組合への加入説得などの保護援助策の下に生じた被告組合からの脱退者を吸収しつつ組織を拡大することによって、被告組合の弱体化に左袒し、郵政省の前記労務政策を補完していた。また被告組合が懲戒免職者さえ出すような多大な犠牲を払って獲得した賃上げ、昇格定数の拡大などの労働条件改善の利益については、右保護援助政策により原告組合員において優先的にこれを享受していた。

長崎中央郵便局においても、昭和四二年三月、課長代理、主事、主任クラスの役職者を中心に全郵政労働組合長崎中央支部(以下、全郵政長崎中央支部という。)が結成され、前同様郵政省と一体となった被告組合切り崩しが行われるようになった。

郵政省と原告組合の右策動により、昭和四〇年前半、被告組合の組織人員は大幅に減少する一方、原告組合の組織人員は増加していったが、その後公共労働者のスト権奪還闘争の展開とともに公共労働者のストライキは公正な労働条件を決定するための手段としてやむを得ないものとする認識が一般化するにつれて、昭和四九年春闘当時には、すでに他の公労法適用組合ではストライキに対する懲戒処分の軽減化(いわゆる段落し)と実損回復が実現したところも現われ、郵政省も、前記のような強硬なストライキ対策の維持が不可能となってその方針を軟化させるに至った。これがストライキ違法論の後退として受取られて、現場管理者と原告組合の中に微妙な動揺が生じ、この頃から全国的に被告組合からの組織脱退が止まり、脱退した者の一部が被告組合に復帰し始めるという現象が生じた。被告組合はかかる状勢を迎えて、原告組合所属の職員及びいずれの組合にも加入していない職員に対して不団結による不利益を訴え、被告組合に加入しないことによって被告組合組合員の犠牲のうえに待遇上の利益を享受しようとする利己主義的不道義を説いて被告組合への復帰加入を勧誘、説得する組織拡大活動に乗り出した。

全逓長崎中央支部の所在する九州地方は、昭和四九年に行われた被告組合の第二次組織拡大月間の重点地方に指定され、同支部は、同年四月九日に実施されたストライキを契機として、原告組合組合員に対する組織復帰拡大活動を実施し、その活動の一環として本件横断幕の掲示が行われたものである。

2  本件横断幕の掲出は、原告組合に対する名誉毀損とはならない。

(一) 本件横断幕に用いられた「寄生虫」という言葉は、原告組合が、郵政省の被告組合弱体化の労務政策の手段として郵政省の指導と庇護の下に結成され、育成されてきたいわゆる御用組合であり、被告組合が郵政労働者の生活と権利を守るために行う組合に対しては当局と一体となってその抑圧を図りながら、被告組合がストライキを含む闘争により懲戒免職を頂点とする多大の犠牲を払いつつ獲得した賃上げ、昇格定数の拡大等の労働条件の改善については、自らは全く犠牲を払わないばかりか実質的にこれを阻害する行動をとっているにもかかわらず、前述の郵政省当局の保護育成策のおかげで、これを優先的に享受しているという事実を指摘し、批判するものであって、原告組合結成の当初から一般的に言われ、また刊行物にも掲載されてきた周知の用語法であり、改めて原告の社会的評価を低下させるものではない。

(二) 本件横断幕を公道上に掲示したことについては、全逓長崎中央支部が、もともとこれを同支部書記局屋上へ掲出していたところ、当局から実力をもって再三その掲出を妨害されたことにより、やむを得ず同局前の歩道上に設置したにすぎず、その期間もわずか一週間と短かく、「執ように長時間」掲出した訳ではなく、また組合が看板・旗等を建物外あるいは会社構内に設置することは世上一般に行われていることであって、これが公道上に掲示されていた場合も、原・被告両組合の組合員を対象とした部内用のものであることは明らかであるし、郵政省内の労働運動については外部の者は一般的に無関係且つ無関心であり、しかも、本件横断幕掲示当時まで原告組合は対外的組織活動は全く行っておらず、一般人は「全郵政」なるものを知らず、右横断幕の意味するところは不明であるから、これによって原告組合の社会的評価を低下させたことも無い。

3  仮に、本件横断幕の掲示が原告組合の名誉を多少毀損するものであったとしても、これは被告組合が正当な組合活動のために行ったものであり、違法性がない。

(一) 自己の正当な利益を擁護するため、やむを得ず他人の名誉、信用を毀損するような言動をしても、かかる行為はその他人が行った言動に対比して、その方法、内容において適当と認められる限度を超えない限り違法性を欠くと解すべきところ、本件横断幕の掲示は、長年にわたる郵政省の被告組合切崩し、原告組合保護育成の労務政策によって被告組合を脱退し原告組合に加入して行った組合員らに対し、原告組合の結成以来の御用組合的性格を明確に自覚させて反省を促すことにより被告組合に復帰させるいわゆる組織復帰活動の実施のために行ったことであって、正当な目的の下になされた組合活動であり、そこに使用された「寄生虫」という言葉が、原告組合の名誉を多少毀損することがあっても、前述の原告組合発足の経過、右掲示時点までに原告組合が果たして来た役割に照らせば、原告組合はこれを甘受すべきであり、本件横断幕の掲示は、その内容、方法ともに正当な教育宣伝活動として許容されるべき範囲内にある。

(二) 公共の利害に関する事項または一般公衆の関心事であるような事柄については、なにびとといえども論評の自由を有し、それが公的活動とは無関係な私生活曝露や人身攻撃にわたらず、かつ論評の前提をなす事実が主要部分について真実であるか、または真実であると信ずるにつき正当な理由があるかぎりは、いかにその用語や表現が激越、辛辣であろうとも、またその結果として、被論評者が社会から受ける評価が低下することがあっても、論評者は名誉毀損の責任を問われるべきでないところ、原告組合の実態は、長崎中央郵便局に勤務する全職員ひいては二〇数万の郵政職員に密接に関連するその関心事であり、本件横断幕掲示の目的は原告組合を中傷するということにあるのではなく、被告組合の組織復帰拡大活動の一環として被告組合組合員を激励し、且つかつて被告組合を脱退して原告組合に加入して行った組合員らに反省を促して被告組合への組織復帰を求めるという正当な目的のために実施されたものであり、かつ、原告組合発足の経緯、原告組合が郵政省の被告組合敵視の労務政策において果たした役割と何らの犠牲を払わず他者の払った犠牲による利益のみを甘受してきた反道義的性格等から原告組合が寄生虫的性格を有していたことは歴史的事実であり、また、少なくとも被告組合組合員が原告組合は寄生虫的存在であると信じたことは無理からぬことで相当の理由があるものと言わなければならない。

4  被告組合が本件横断幕を掲示した行為については、名誉毀損の故意ないし過失が存しない。

外形的に名誉を毀損する行為があっても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失はなく、結局不法行為は成立しない。

原告組合を寄生虫あるいは御用組合とする評価は原告組合発足以来一般的に行われてきたものであり、またその発足の経過、役割、性格等から、原告組合は被告組合にとってまさに寄生虫的存在以外の何ものでも無かったから、被告組合が本件横断幕において原告組合を寄生虫的存在と批判したことについては相当の理由がある。

5  本訴請求は権利の濫用である。

原告組合は、一方で、被告組合を誹謗中傷する文書を多数発行、流布し、また、その方針に基づき、各支部段階でも被告組合に対する誹謗中傷を頻繁に行っておりながら、他方、本訴に及んだものであり、本訴提起は被告組合の前記組織復帰拡大活動に対する妨害活動の一環としてなされたものであって、権利の濫用である。

第三証拠関係(略)

理由

一  請求原因1の事実及び2の事実中、全逓長崎中央支部がその構成員たる組合員をして原告主張のとおりの本件横断幕を作製し、原告主張の期間その主張の場所に取りつけ掲示したことは当事者間に争いがない。

二  被告川下、同中島に対する請求について

右横断幕の作製、掲示に被告川下、同中島が関与したか否かについて検討する。

(証拠略)には、昭和四九年五月二日全逓長崎中央支部書記局及び車庫前で何か看板らしきものを作製していた被告中島、訴外末続某らを見た旨、同月四日午後四時三〇分被告中島、前記末続、訴外吉永某らが前記書記局屋上に本件横断幕を掲示した旨、同月一一日午後四時三〇分ころ被告川下ら被告組合組合員一〇名位が、長崎中央郵便局庶務課長らにより一旦撤去された右横断幕を再び、右書記局屋上に掲示した旨、の各記載がある。しかし一方(人証略)中には、昭和四九年五月二日同証人が退局する時(同証人は長崎中央郵便局職員)被告中島以下一〇数名が同局地下の車庫や被告組合事務所の前で看板らしきものを作っていたが右横断幕とは別に当局の不当労働行為を追及する旨の看板も作製されていた旨、同月四日同証人が朝出勤して四階の職場の窓から見ると被告中島、訴外末続某ら数名が右組合事務所の上に本件横断幕を掲げていた旨、同月一一日被告川下か全逓長崎中央支部支部長だったろうと思うが一〇数名で課の方から撤去された横断幕を再び右事務所の上に掲げていた旨、の各供述部分がある。

また右証人の証言により同年六月一〇日に松江国晴が撮影した写真と認められる(証拠略)によれば、右同日本件横断幕と並んでほぼこれと同じ大きさの「不当処分撤回浜田局長断固追放」と記載した横断幕が長崎中央郵便局前歩道上に掲示されていたことが認められる。

これらを併せ考えると、まず、昭和四九年五月二日の本件横断幕の作製については、被告中島が前記看板又は横断幕のいずれの作製に関与していたものかは不明であり、また、同月四日の本件横断幕の掲示は、午後四時三〇分頃なされたことについては、当事者間に争いがないところ、(人証略)の目撃したとする時刻に大幅な食い違いがあり、更に、同月一一日の被告川下の本件横断幕掲示については未だ同被告の関与を断定することはできない。結局、前記各証拠のみでは原告主張の被告川下、同中島の本件横断幕の作製、掲示への関与を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、同被告らが本件横断幕を作製、掲示したことを前提とする原告の同被告らに対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

三  被告組合に対する請求について

1  本件横断幕に「寄生虫(全郵政)」と記載されていたことは前記のとおり当事者間に争いがなく、右記載が寄生虫との表現で原告組合を指称するものであることは明らかである。

2  ところで、右「寄生虫」という言葉は、人又は団体に関して用いられるとき、その存在が自立性を有さず、他の力に依存して生活又は活動しているか、或いは他から不当な利益を享受して生活又は活動しており、しかもその存在が害悪を流すものであると指摘、非難する意味を有するものであるが、右のような指摘、非難は、相手方を揶揄、誹謗するものであって、特別な事情のない限り、その者の名誉、信用を毀損するものである。

したがって本件横断幕の掲示は、原告組合に対する一般的評価及び社会的信用を傷つけ、不法行為を構成するものというべきである。

3  そして右掲示行為が被告組合の一般的指揮監督下にあると解される構成員たる組合員によって行われたことは前記のとおり争いがなく、かつ、右は被告組合の組合活動の一環として行われたものであることも被告組合の自認するところであるから、民法七一五条により被告組合は右掲示行為についての責任を負うべきである。

けだし、民法七一五条の趣旨は、必ずしも雇用関係ある場合に限らず一般的に指揮監督関係ある場合にもこれを及ぼすべきものと解され、組合活動としての行為は正に被告組合の事業の執行というべきである。また本件掲示行為の実行者が誰であるか具体的に特定されていないが、すでに被告組合の構成員たる組合員であることにつき争いがない以上、被告組合の帰責原因として欠けることはないというべきである。

四  被告組合の反論について

1  本件横断幕掲示までの経緯

(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告組合は、昭和三三年の春闘で、賃上げを要求して勤務時間内職場大会を実施し、当時の中央執行委員長以下七名の解雇者を出したが、同年七月の全国大会で右解雇者を役員として再任した。そこで、郵政省は、昭和四〇年改正前の公労法四条三項(職員でなければ組合員又は組合役員になることはできない旨の規定)に基づき、被告組合を不適法な組合であるとして、団体交渉を拒否するようになった。このため、被告組合は、郵政省に対し、団体交渉の再開を要求して、時間外労働の拒否、非常勤職員の就労阻止、担務変更の拒否、規制闘争(怠業)などの争議行為を実施し、郵便物を渋滞させて遅配状態を生じさせた。これにより労使間には深い対立が生じたが、翌三四年一二月、公労委のあっ旋により、被告組合の役員を改選して職員を就任させなくても、郵政省は団体交渉には応ずるが、被告組合は、団体交渉及び労働協約締結の代表者には職員の地位のある者をあてることとして、右紛争は一応の解決をみた。しかし、被告組合は、昭和三五年以降も業務の能率化、非常勤職員の採用などにより郵便物遅配を解消しようとする郵政省に対して、非常勤の本務化や定員大幅増員などを迫って、前記争議行為を繰り返し、そのころから始まった高度成長経済に伴なう郵便物の増大が拍車となって、労使対立はいよいよ根深いものとなった。

郵政省においては、郵政局の監視班を郵便物の停滞の著しい郵便局に派遣して職員の勤務を細かく指示監督するなどして労務管理体制を強化し、他方、被告組合においても、ストライキを含めた強硬な戦術で激しい抗争を展開するようになった。

(二)  右のような状況の下で、被告組合大阪中央郵便局支部長であった福井秀政は、対決姿勢をいよいよ深める被告組合の運動方針に反対して、昭和三七年三月三一日被告組合を脱退し、同年六月二五日、同様に被告組合の運動方針を不満として被告組合から脱退した職員を中心に各地で結成されていた第二組合を統一して郵政労働組合(以下、郵政労という。)を結成し、更に、昭和四〇年一〇月一七日特定郵便局職員からなり同じく被告組合の批判勢力である全特定従業員組合と郵政労を合同させて原告組合を組織した。この原告組合は、国家公務員法の枠内で、団体交渉を中心とする合法的手段によって労働条件の改善を実現することを組合活動の基本方針として掲げ、同法による公務員の争議行為の禁止の撤廃を主張しつつストライキなど争議行為を実施する被告組合を批判してこれと敵対し、相互にその運動方針を非難するなどの応酬を繰り広げるなどしながら、反目を深めて行った。そのような中で、原告組合は、結成後、全国各局で、被告組合を脱退した職員を中心に、徐々に新支部を組織し、長崎市においても、昭和四一年二月長崎北郵便局に、昭和四二年三月二一日長崎中央郵便局に、それぞれ新たに原告組合の支部が結成された。

(三)  一方、郵政省は、前述のとおり尖鋭化する被告組合の労働組合活動が郵政事業の十全な遂行を阻害するとして、被告組合を弱体化する必要があると考え、郵政労の結成を促し、また、原告組合の支部結成、組織人員の拡充に助力を与えて、被告組合の切り崩しをはかった。即ち、

<1> 郵政省は、昭和三六年に管理者訓練用のテキストとして、「新しい管理者」と題する冊子を発行したが、その中で、被告組合を評して、労働組合を労働条件の維持改善をするためよりも、闘争をすること自体のためのものとする傾向の強い急進的な組合であり、実力行使を伴なう闘争を安直に頻発する傾向があるとして問題視し、労働運動の理想像として、遵法精神に立脚し、合法的に運動を進めること、政治問題や企業経営上の問題に深入りせず、労働者の経済的地位を図ることを主目的とすること、要求解決に当っては、団体交渉、調停、仲裁という公務員の労使関係解決の主道(ママ)を踏むことなどを掲げている。

<2> また、昭和三七年二月ころ、当時の迫水郵政大臣は、当時未だ被告組合大阪中央支部長であった前記福井秀政と面談し、同人に対し被告組合に批判的な意見を述べたうえ、被告組合の批判勢力結集の可能性を質問するなどして新組合を結成するようほのめかせたが、それから四か月程して右福井を中心に郵政労が結成され、これが全特定従業員組合と合同して原告組合が結成されたことは前記のとおりである。

<3> 昭和四一年二月長崎北郵便局に原告組合支部が結成される際、長崎中央郵便局に労務連絡官として駐在していた熊本郵政局の労務担当課長補佐は、長崎北郵便局で被告組合から脱退しそうな組合員の調査をなし、同局の主任クラスの被告組合組合員は、局長の下に呼び出され同席する課長クラスの者から被告組合からの脱退や原告組合支部の結成を促された。

<4> 更に、長崎中央郵便局においても原告組合の支部が結成された後、新規採用者に対し、その指導を担当する役職者が、職業訓練の際に原告組合への加入を勧誘し、あるいは自宅に食事に招き、その場に原告組合支部長がやって来て加入届を書かせるなどした。

<5> 労務連絡官から各局に対する「状況調書」と称する人事に関する報告書作成の要請につき、被告組合に加入していることを消極的な、逆に原告組合に加入していることを積極的な評価として報告するよう指示している。

<6> 各局が各郵政局人事部に提出した中堅幹部訓練の対象者の推薦書には、被告組合脱退の可能性が重要な要素として取り上げられている。

<7> その他多くの郵政省役職者が、被告組合組合員に対し脱退を勧奨した例がある。

(四)  原告組合は、被告組合が賃上げなど労働条件の改善を要求してストライキを実施する場合にも、(原告組合は)争議行為に及ぶことはなく、組合員を通常通り就労させる方針をとり、就労妨害に備えて一団となって出勤させ、これを阻止された場合には出勤扱いとなるよう局側との交渉ができていた。そして被告組合と当局との間に労働条件の改善について、協約などの合意が成立した場合、原告組合と当局との間にも、ほぼ同様の合意が成立していた。また、被告組合は、ストライキなどの争議行為の実施により、その組合員に懲戒解雇を含む多数の処分者を出していたが、一方、原告組合の組合員は、一般に被告組合の組合員よりも早く昇任、昇給する傾向にあった。

(五)  原告組合の組織人員は、結成直後の昭和四〇年一一月一日現在約二万二〇〇〇人であったのが、次第に増加して昭和四七年には約六万人に達し、その後やや減少して本件横断幕の掲示された昭和四九年には約五万六〇〇〇人となり、その後再び漸増する傾向を示している。これに対し、被告組合の組織人員は、昭和四〇年には約二四万六〇〇〇人であったのが、昭和四七年には約二〇万人に減少し、その後、多少速度を緩めながらもなお減少を続けている。

被告組合は、右のような組織人員の減少傾向の中で、昭和四六年の全国大会で組織拡大の方針を決定し、昭和四七年から組織拡大に集中的に取り組む期間として組織拡大月間を設置するなどして、組織の巻き返しをはかっていたが、昭和四九年四月九日に被告組合が実施したストライキを契機として原告組合組合員及び未組織労働者に対し被告組合への加入を働きかける組織復帰活動を実施し、その活動の一環として、本件横断幕が掲示された。

2  本件横断幕の掲示について

(一)  被告組合は、「寄生虫」という言葉は改めて原告の評価を低下させるものではない旨主張する。成程批判の内容が、批判される者の、既に一般化された社会的評価に尽きるものであるならば、これによりその者の社会的評価が低下する余地はないものといえる。

しかし、本件横断幕に用いられた「寄生虫」という言葉の内容は前記のとおりであるが、原告組合の結成、活動につき、被告組合内部ではともかく一般社会で右のような評価が既に一般化していたことを認めるに足りる証拠はない。そして前記認定の原告組合の結成及び活動の経緯並びに弁論の全趣旨を総合すれば、長崎中央郵便局内部においても、原告組合と被告組合が相対立する運動方針の下に相互に激しく批判を交わしており、原告組合の評価についても、是非が拮抗している状態にあり、「寄生虫」との指摘、非難は、被告組合が、その運動方針に基づき主張する一面的評価にすぎないものと認められ、到底これが長崎中央郵便局内部で既に一般化されたものと認めることはできないから、被告組合の右主張は理由がない。

(二)  被告組合は、一般人は、「全郵政」なる原告組合を知らず、本件横断幕が公道上に掲示されても、その意味が判らないので、原告組合の社会的評価を低下させることはない旨主張するが、仮に一般人が原告組合の存在を知らなかったとしても、「全郵政」という文字の語感、前後に記載されている言葉との関係、本件横断幕の体裁や字体、これが掲示の場所が長崎中央郵便局前であることなどから、「全郵政」が郵便局職員の労働組合であることは容易に察知され、そこに社会的評価が付与される余地が十分に存するものと認められるので、右主張も採用し難い。なお、被告組合はこの点に関し、同局構内における本件横断幕の掲示が当局に妨げられ、やむを得ず公道上に掲示したものであること、掲示の期間が短かいこと、本件横断幕が部内用のものであることも主張するが、いずれも社会的評価の低下を阻却する事項ではなく、主張自体失当である。

(三)  正当な組合活動である旨の主張について

他人の言動により、自己の正当な利益が侵害される場合、右言動に対する批判が、その他人の名誉、信用を毀損する行為にわたるものであっても、これがやむを得ずなされたものであり、かつ、その違法の程度がその他人の前記言動の違法の程度を超えないときは、右名誉、信用毀損行為の違法性は阻却される。

本件においては、前述のとおり、郵政省は、被告組合を弱体化させる労務政策の下に、被告組合の組合員を切り崩し、原告組合に吸収させる策動をなしていたものであり、かつ、右策動が功を奏し、原告組合は、被告組合の脱退者を吸収しつつ、その組織人員を拡大していったものである。右郵政省の策動は被告組合の正当な利益に対する侵害にあたると解することができるが、そのことが直ちに、原告組合の侵害行為となり、あるいは郵政省の右侵害行為に加担したと言うことはできない。

前記四の1、(一)・(二)の各事実を見れば、原告組合の結成は、被告組合が昭和三三年ころから次第に運動方針を尖鋭化して行ったことにより、その組織内外に生じた批判勢力が右運動方針を排斥し、これとは別個に平穏裡な運動方針を立てて結集したものであって、自然な労働組合の形成過程と認めることができ、その過程に迫水郵政大臣が結成を示唆するという介入があったにしても、なお労働者の意思に基づく、自主的なものと認めることを妨げるものではない。また、原告組合は、前述のとおり団体交渉を中心に労働条件の改善をはかることを基本方針としており、(証拠略)によれば、右方針に基づき、労働条件に関し郵政省に対して要求を提出し、団体交渉を行ってその実現をはかり、これで合意に達しないときは調停、仲裁に解決を委ねる仕方で、労働組合としての実質を有する組合活動を現に実行していることが認められる。

したがって、原告組合は、労働組合としての存在意義を備えるものであり、その団結権の強化として、組織人員の拡大も当然になしうるところであって、これが被告組合の弱体化を招くとしても、これを回避すべきいわれはない。ただ、郵政省の被告組合に対する組織切り崩しの策動の結果、その恩恵を蒙っていることは否めないが、これをもって、原告組合が郵政省と一体となり、あるいは郵政省に加担して、被告組合の正当な利益を侵害するものということはできない。

また前述のとおり被告組合がストライキを実施する際、原告組合は組合員を就労させることが認められるが、被告組合の統制力が原告組合及びその組合員に及ぶものでないことはいうまでもなく、しかも公務員の争議行為は禁止されているのであるから、これも原告組合が被告組合の正当な利益を侵害するものとは言えない。

次に公共の利害に関する事項又は一般公衆の関心事を対象とする論評は、それが単なる人身攻撃でなく公益に関係づけられており、論評の前程(ママ)をなす事実がその主要な部分について真実であるか又は真実であると信じるにつき相当の理由があるときは、名誉毀損にわたる場合でも違法性は阻却されると解すべきである。

しかしながら、原告組合が自主的な労働組合であり実質的にも真摯な労働組合としての活動を行っていると認められることは前記のとおりであり、一方本件横断幕の記載は原告組合をさして「寄生虫」とする評価のみであって、これが原告組合に関するいかなる事実をとらえて評価するものかは一切不明であり、到底公正な論評とはいえない。即ち、論評の公正さを担保する具体的な真実ないし真実と信じられる相当な理由のある具体的な事実の摘示はないのであるから、右主張は失当である。

したがって正当な組合活動である旨の被告組合の主張も理由がない。

(四)  名誉毀損に該当する行為も、右行為が公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的にでたものであって摘示された事実が真実であるときは右行為は違法性がなく不法行為は成立しない。したがって、もし右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信じるについて相当の理由があるときは、右行為には故意もしくは過失がないことになる。

しかしながら、本件においては被告組合の一方的な評価の記載のみあって、その評価の前提となった具体的事実は何ら摘示もされていないのであるから、被告組合の故意もしくは過失を論ずる余地はなく、この点についての被告組合の主張は理由がない。

(五)  (証拠略)によれば、原告組合においても、被告組合を誹謗中傷する文書を数多く発行、流布し、また、各支部段階においても被告組合に対する誹謗中傷が頻繁に行われていることが認められるが、本件提訴が被告組合の組織復帰活動の妨害目的でなされたことを認めるに足りる証拠はなく、右認定事実のみをもって、本訴請求を権利の濫用であるとすることはできない。

五  以上のとおりであるから、原告組合は、被告組合の本件横断幕の掲示により、名誉を侵害されて無形の侵害を蒙ったことが認められるが、本件横断幕における誹謗文言が「寄生虫」という言葉だけであること、その掲示場所は掲示期間合計二〇日間のうち一二日間は長崎中央郵便局構内の被告組合組合事務所屋上で、八日間が同郵便局前歩道上であること、等本件掲示行為の態様からすると違法性の程度は軽微にとどまるものというべきであり、その他前記のとおり、原告組合においても被告組合を誹謗する行為を頻繁にしていることなどの諸般の事情を斟酌すれば、右無形損害に対する賠償として金一〇万円の支払が相当と認められる。なお原告組合は名誉を回復のため、長崎新聞及び全郵政新聞の各紙上に謝罪文の掲載を求めているが、前記名誉毀損行為の態様からその必要性は認められない。

よって、原告組合の本訴請求は、被告組合に対し金一〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の後であること本件記録上明らかな昭和四九年一〇月一六日から右支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を求める限度でその理由があるのでこれを認容し、被告組合に対するその余の請求及び被告川下隆彦及び同中島義雄に対する請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渕上勤 裁判官米田絹代及び裁判官川添利賢は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 渕上勤)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例