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長崎地方裁判所 昭和32年(わ)290号 判決 1959年4月24日

被告人 甲

昭一〇・八・三生 無職

主文

被告人を懲役三年に処する。

但し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

右猶予の期間中、被告人を保護観察に付する。

押収にかかる包丁一丁(昭和三十二年第(合)五八号の三)は、これを没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、かねて知り合つていた和泉忠義と、妻子と別れるから、という同人の言葉を信じて情交関係を結び、昭和三十二年頃から、長崎市○○町○○番地乙方の二階で同棲したが、父から忠義との関係について意見され、忠義の妻からも忠義と手を切つてくれるようにと懇願され、忠義もまた妻と離別する気配を示さないので、煩悶のすえ忠義と別れようと考え、忠義が引き止めるのをふりきつて阿蘇に旅行したが、たまたまその時知り合つた園田元輔と旅行先で同泊したところ、これが忠義の知るところとなり、忠義は嫉妬して被告人を責め、はては、当時被告人が姙娠中の子まで園田の子であろうと言いはつて被告人の弁解を容れず、堕胎を強いるなどのことが重なり、ひとたび別れる決心はしたもののなお忠義に対する愛着の情を捨てかねていた被告人は、これまでひとえに愛情をかたむけて来た忠義からこのような態度に出られたことについていたく懊悩し、遂に自殺しようと思いつめ、昭和三十二年六月二十六日午後一時頃、前記乙方二階の居室において、忠義に対して「自殺するが、姙娠中の子は貴方の子だから、そのことだけは認めてほしい。」旨念を押したところ、忠義は「その子は園田の子だから、園田の子を宿して死ねば園田が喜ぶだろう。」などと放言したので、この言葉に激昂した被告人は、とつさにこのうえは忠義を殺害したうえで自分も死のうと決意し、同所において、かねて自殺のために用意しておいた包丁(出刃包丁、昭和三十二年(合)第五八号の三)をもつて、忠義の胸部を突き刺し、よつて、同人を、同日午後一時四十分頃、同市麹屋町二十二番地医師中村定正方において、右の心臓に達する刺創による出血のため死亡させて殺害したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法第百九十九条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処すると共に、本件犯行の動機は判示のとおりであつて被害者にも相当の責められるべき事情が存すると認められること被告人はいまだ若年であつて、犯行後改悛の情顕著であり、遺族に対しても被告人としてはできる限りの慰藉料の支払などの措置を講じていると認められること、被害者忠義はすでに死亡前被告人を宥恕していたと認められることその他諸般の情状を考慮し、同法第二十五条第一号を適用して、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

なお、被告人は、本件犯行当時バス会社の車掌として勤務していたが、本件後会社を辞め、住居も佐賀市内の食堂や義兄方などを転々としているが、実父丙は、被告人と和泉との関係についてこれまで必ずしも被告人の心情を理解しようとは努めず、ただ厳格一方の態度で臨み、これがますます被告人を窮地に追いやる結果となつたような事情もうかがわれ、なお現在も被告人と実父との間に心理的なわだかまりが存しているように考えられるので、被告人の今後の更生のためには、専門機関に対して、環境の調整、就職の援助などの補導の措置を求める必要があると考えるから、同法第二十五条の二第一項前段により、右刑の執行猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

押収にかかる包丁一丁(昭和三十二年(合)第五八号の三)は、被告人が本件犯罪行為に供し、かつ、犯人以外の者に属しないことが明らかであるから、同法第十九条第一項第二号、第二項本文によりこれを没収する。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 臼杵勉 関口文吉 岡野重信)

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