大判例

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長崎地方裁判所 平成元年(ワ)400号 判決 1990年11月06日

原告

香焼町職員労働組合

右代表者執行委員長

吉原壽一

原告

吉原壽一

原告

大石博章

原告

山口和博

原告

真田拓朗

右原告ら訴訟代理人弁護士

熊谷悟郎

同右

原章夫

被告

香焼町

右代表者町長

坂井猛

被告

坂井猛

右被告ら訴訟代理人弁護士

芳田勝己

被告香焼町指定代理人

徳永繁富

右同

村井憲一郎

主文

一  被告香焼町は、原告吉原壽一に対し金一五一万四一三四円、原告大石博章に対し金一九万四五〇〇円、原告山口和博に対し金一八万五二四三円、原告真田拓朗に対し金一六万六五七八円、及び、右各金員のうち原告吉原壽一に対する金一一五万〇九三七円、原告大石博章に対する金一七万七三〇〇円、原告山口和博に対する金一六万八九六八円、原告真田拓朗に対する金一五万二一六三円については平成元年一〇月六日から支払いずみまで、原告吉原壽一に対する金三六万三一九七円、原告大石博章に対する金一万七二〇〇円、原告山口和博に対する金一万六二七五円、原告真田拓朗に対する金一万四四一五円については平成二年七月二〇日から支払いずみまで、各年五分の割合による金員を支払え。

二  原告香焼町職員労働組合の被告らに対する請求、並びに、その余の原告らの被告坂井猛に対する請求、及び、被告香焼町に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告香焼町職員労働組合に生じた費用は同原告の負担とし、同原告を除くその余の原告らに生じた費用はこれを五分し、その二を被告香焼町、その余を同原告らの各負担とし、被告香焼町に生じた費用はこれを五分し、その一を原告香焼町職員労働組合の、その一を同原告を除くその余の原告らの、その余を同被告の各負担とし、被告坂井猛に生じた費用は原告ら五名の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告香焼町職員労働組合に対し金一〇〇万円、原告吉原壽一に対し金二〇一万四一三四円、原告大石博章に対し金五〇万九五〇〇円、原告山口和博に対し金五〇万〇二四三円、原告真田拓朗に対し金四八万一五七八円、及び、右各金員のうち原告香焼町職員労働組合に対する金一〇〇万円、原告吉原壽一に対する金一六五万〇九三七円、原告大石博章に対する金四九万二三〇〇円、原告山口和博に対する金四八万三九六八円、原告真田拓朗に対する金四六万七一六三円については平成元年一〇月六日から支払いずみまで、原告吉原壽一に対する金三六万三一九七円、原告大石博章に対する金一万七二〇〇円、原告山口和博に対する金一万六二七五円、原告真田拓朗に対する金一万四四一五円については平成二年七月二〇日から支払いずみまで、各年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  当事者

1  被告香焼町は、地方自治法一条の二の普通地方公共団体であり、国家賠償法一条の公共団体にあたる。

被告坂井猛は、被告香焼町の町長であり、地方公務員法三条三項四号の特別職地方公務員にあたる。

2  原告香焼町職員労働組合(以下「原告労働組合」という。)は、被告香焼町の職員によって昭和三一年に組織された労働組合である。

その余の原告ら四名は、右原告労働組合の組合員であり、原告吉原壽一は執行委員長、原告大石博章・同山口和博はいずれも副執行委員長、原告真田拓朗は書記長の地位にある。

3  原告吉原は、昭和四四年に被告香焼町に採用された職員で、職名は事務吏員・所属は環境保健課保健係長である。

原告大石は、昭和四六年に被告香焼町に採用された職員で、職名は事務吏員・所属は住民課・国保第二係長である。

原告山口は、昭和四九年に被告香焼町に採用された職員で、職名は技術職員・所属は上下水道課浄化センター主任である。

原告真田は、昭和五三年に被告香焼町に採用された職員で、職名は事務吏員・所属は住民課年金係長である。

二  被告坂井が被告香焼町長として行なった各懲戒処分

被告坂井は、被告香焼町の町長として、平成元年五月三一日、原告吉原に対し同年六月一〇日から同年九月九日まで三ケ月間の停職、原告大石・同山口・同真田に対し各同年六月から八月まで三ケ月間給料月額一〇分の一減給の各懲戒処分を行なった。

三  各懲戒処分の理由

1  被告坂井が行なった各懲戒処分の前提となった事実は以下のとおりである。

平成元年二月五日午後三時ころ、香焼町上下水道課上水道係長であり、原告労働組合の組合員であった甲田乙数(以下「甲田」という。)が自殺した。

甲田の自殺に関して原告労働組合は、同月一三日午後五時から香焼町老人福祉センターにおいて「故甲田乙数氏追悼抗議集会」を開催し、右追悼抗議集会において、同集会名及び原告労働組合名で「甲田乙数氏の死去に対する抗議決議」(以下「本件抗議文」という。)を採択した。

原告労働組合は、翌二月一四日右追悼抗議集会で採択された本件抗議文を労働組合三役である前記各懲戒処分の被処分者たる原告四名において香焼町長である被告坂井に手交した。

その後、原告労働組合は、一枚の紙の表裏に、同年三月一三日付け「豊かな町民生活の実現こそ私たちのねがい」と題する文書(以下「本件批判文」という。)と本件抗議文を掲載したビラ(以下「本件ビラ」という。)を町内に配付した。

本件抗議文及び本件批判文の内容は、別紙一、二(略)のとおりである。

2  被告坂井は、原告労働組合の右行為について、前記原告四名に対して、地方公務員法二九条一項一号・三号に基づいて前記各懲戒処分を行なったものであるが、その処分理由は以下のようなものである。

(一) 本件抗議文は、人の死に関する重大なことについて何の根拠もなく町当局を中傷、誹謗するものであり、その内容は事実をことさらに誇張、歪曲した不実の記載である。

(二) 原告労働組合がこのような追悼抗議集会を開催し、本件抗議文及び事実をことさら歪曲した不実記載の本件批判文をビラにして町内に配付した行為は、正当な組合活動を逸脱したものであり、その責任は重大である。

(三) また、これら一連の行為は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し地方公共団体の行政の公正な運営を確保すべき責任を有する公務員として許されない行為であったばかりでなく、町当局の名誉・信用・体面を著しく傷つけたものであって、地方公務員法が禁止する信用失墜行為に該当するものである。

四  本件各懲戒処分の違法性

前記2の各処分理由には何らの根拠もなく、本件各懲戒処分は、原告労働組合の正当な言論・表現活動に対する違法な介入・干渉であり、労働組合の団結権・団体行動権を侵害するものである。また、原告労働組合を除くその余の原告らとの関係では、地方公務員法五六条に違反し、同原告らの労働契約上の地位・権利を不当に侵害するとともに、同原告らの名誉・信用を毀損するものである。

すなわち、

1  被告坂井は昭和六二年五月一日に町長就任以来、原告労働組合の存在と活動を嫌悪し、その組織弱体化のためことある毎に原告労働組合の活動に介入・干渉し、労働組合員に対する差別を繰り返し、労働組合脱退工作・管理職の拡大・懲戒処分の濫発・労使慣行の無視・労組掲示板に対する干渉等を繰り返すと共に労働条件の改悪・合理化の強行、上意下達式の労務管理体制の一方的強化を実行した。

甲田の自殺は、右に述べた被告坂井による労務管理強化の中で甲田が精神的に追い詰められた結果、発生したものである。

さらに、被告坂井は就任以降、庁舎に掲示してあった「憲法を生活の中に生かそう」・「核戦争防止・核兵器禁止・廃絶、今こそ核兵器を拾て世界に平和を」の各看板を撤去したうえ、「日中不再戦の碑」に付属する「銘文碑」の撤去命令を発するなど憲法と平和に関する住民の期待を裏切る施策を強行したほか、無認可保育所に対する助成金の削除を始め各種助成金の削減、地域保健医療体制に関する予算の削除・削減等、住民福祉の後退、住民生活の充実に逆行する諸施策を相次いで強行実施している。

したがって、本件抗議文及び本件批判文は、その内容において客観的事実を記載したもので、町当局を中傷・誹謗するものではもとよりなく、事実をことさら誇張・歪曲した不実の記載であるとの評価は全く根拠がない。

2  右のような被告坂井の施策に対して、原告労働組合は、「故甲田乙数氏追悼抗議集会」を開催したり、本件ビラを配付したりして、町ないし町長の反労働者的・反労働組合的労務政策の実態を明らかにし、町政の批判を行なってきたものであって、それ自体正当な労働組合活動である。このような労働組合の言論・表現活動は、表現の自由として憲法上保障されているのみならず、憲法が労働者に保障する団結権・団体行動権の法理に照らしても、一般市民の場合以上に一層広く保護されなければならない。

したがって、労働組合の批判的言論・表現活動の結果、使用者の名誉・信用がなんらかの意味で侵害されることがあったとしても、その批判が、虚構の事実ではなく真実の内容のものであるとき及び事実であると信ずるべき合理的理由のあるときには、使用者はその批判を団結権保障の法理に照らして受忍しなければならない。

3  本件各懲戒処分は、原告労働組合の存在と活動を嫌悪し、その組織的弱体化を狙って、原告らの行なった正当な労働組合活動を口実に、原告労働組合の団結権を侵害する違法行為である。また、その余の原告ら四名に対しては、地方公務員法五六条に違反し、同原告らの賃金等請求権を含む労働契約上の地位を侵害し、かつ公の秩序に反する違法行為であるとともに、右原告ら四名の名誉・信用を毀損する違法行為である。

五  被告らの責任

1  香焼町長である被告坂井の行なった右違法な各懲戒処分は、公権力の行使に当る公務員がその職務を行なうについてなしたものであるから、被告香焼町は、国家賠償法一条により原告らに対して損害賠償の義務を負う。

2  被告坂井は、故意又は重大な過失により原告らに対して前記違法行為を行なった者であるから、民法七〇九条により原告らに対して損害賠償の義務を負う。

六  原告らの損害

1  原告労働組合は、被告らの違法行為によって、金一〇〇万円の損害を受けた。

2  原告吉原は、被告らの違法行為によって、左記の損害合計金二〇一万四一三四円の損害を受けた。

(一) 賃金カット分相当損害金 金九一万二二七六円

(二) 勤勉手当(平成元年六月期分)カット分相当損害金 金八万八六六一円

(三) ベースアップ差額カット分相当損害金 金五万五九四九円

(四) 期末手当(同年一二月期分)カット分相当損害金 金二二万〇二七九円

(五) 勤勉手当(同年一二月期分)カット分相当損害金 金八万六一六九円

(六) 慰謝料 金五〇万〇〇〇〇円

(七) 弁護士費用 金一五万〇〇〇〇円

3  原告大石は、被告らの違法行為によって、左記の損害合計金五〇万九五〇〇円の損害を受けた。

(一) 賃金カット分相当損害金 金八万六三九七円

(二) 勤勉手当(同年六月期分)カット分相当損害金 金六万〇九〇〇三円

(三) ベースアップ差額カット分相当損害金 金一万七二〇〇円

(四) 慰謝料 金三〇万〇〇〇〇円

(五) 弁護士費用 金四万五〇〇〇円

4  原告山口は、被告らの違法行為によって、左記の損害合計金五〇万〇二四三円の損害を受けた。

(一) 賃金カット分相当損害金 金八万一五一六円

(二) 勤勉手当(同年六月期分)カット分相当損害金 金五万七四五二円

(三) ベースアップ差額カット分相当損害金 金一万六二七五円

(四) 慰謝料 金三〇万〇〇〇〇円

(五) 弁護士費用 金四万五〇〇〇円

5  原告真田は、被告らの違法行為によって、左記の損害合計金四八万一五七八円の損害を受けた。

(一) 賃金カット分相当損害金 金七万一六五八円

(二) 勤勉手当(同年六月期分)カット分相当損害金 金五万〇五〇五円

(三) ベースアップ差額カット分相当損害金 金一万四四一五円

(四) 慰謝料 金三〇万〇〇〇〇円

(五) 弁護士費用 金四万五〇〇〇円

よって、原告らは、被告香焼町に対し国家賠償法一条により、被告坂井に対し民法七〇九条により、それぞれ請求の趣旨記載の各金員及び右各金員のうち前記六の1、2の(一)、(二)、(六)、(七)、3、4、5の各(一)、(二)、(四)、(五)の金員については訴状送達の日の翌日である平成元年一〇月六日から、前記六の2の(三)、(四)、(五)、3、4、5の各(三)の金員についてはこれについての請求のなされた日の翌日である平成二年七月二〇日から、それぞれ支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三請求原因に対する答弁

一  請求原因一ないし三の各事実はすべてこれを認める。

二  請求原因四の事実のうち被告坂井が香焼町長に就任したこと及び甲田が自殺したことは認めるが、その余の事実は否認し、主張はすべて争う。

三  請求原因五の主張は争う。

四  請求原因六の事実のうち1の事実は否認する。2ないし5の事実のうち、本件各懲戒処分を原因として各(一)、(二)、(三)(原告吉原についてはさらに(四)、(五))の各金額のカットがなされたこと自体は認める。カットされることは当然であり、損害ではない。2ないし5の各慰謝料の成立は否認する。2ないし5の各弁護士費用は知らない。

第四被告らの主張

一  原告労働組合は、現香焼町長である被告坂井に反対の立場をとっているところ、甲田の自殺を奇貨とし、遺書もなく、何ら合理的な根拠もないのに、直ちに、その原因が現町長及び町当局の労務管理体制にあると決めつけ、以下のとおり集会の開催からビラの配付にいたる一連の行為をもって、激しく執ように現町長及び町当局を非難攻撃し、その宣伝をした。すなわち、原告労働組合は、平成元年二月一三日午後五時から、一般の人をも数人参加させて、町老人福祉センターにおいて「故甲田乙数氏追悼抗議集会」の名称で集会を開催し、同集会の場で本件抗議文を採択することを決議し、さらに本件批判文と本件抗議文の一枚の用紙の表裏に印刷したビラを約二〇〇〇枚作成し、香焼町内の各家庭にくまなく配付した。

また、原告労働組合を除くその余の原告ら四名は、同月一四日香焼町役場において、現町長に対し本件抗議文を手渡した。

二  本件抗議文は、特段の根拠もないのに、甲田の自殺の原因がいかにも町当局の労務管理体制にあるかのように記載し、町当局を非難攻撃するものであり、また本件批判文の内容は現町長の町政のあり方を、現町長と反対の立場に立って批判するものであり、いずれも町当局を誹謗、中傷しており、その内容は事実をことさら誇張、歪曲した不実の記載である。

そして、本件抗議文と本件批判文とを表裏併せて読めば、現町長及び町当局が甲田を自殺に追い込んだかのような印象を強く与えるように構成されており、このビラを香焼町内に広く配付することによって、現町長及び町当局の信用を失墜させ、名誉を毀損することが明らかである。

以下、これを具体的に検討する。

1  本件抗議文の表題は、「故甲田乙数氏の死去に対する抗議決議」となっており、この表題自体甲田を自殺に至らしめたことに対する責任を追及する趣旨であることを表明しており、次いで、自殺の原因について、町当局の労務管理のあり方を問題とし、二月三日当日の朝、甲田が町に休暇届を提出した際になされた直属の上司である担当課長とのやりとり内容が詳しく記載されている。その後、一転して町当局に対して、労働組合に対する対応についての攻撃が展開される。すなわち、町当局は体系的な労務管理支配体制を強化しているとして、不当大量人事移動、不当処分、労使慣行無視、管理職の範囲の拡大、組合脱退工作、人事差別、民間委託、臨時職員の増加、新給料表導入、わたりの廃止、職務階級制の強化、互助会による人脈育成等々を列挙し、それらのことによって、職員を差別、分断して反動的公務員づくりを行なっていると述べている。

そして、結論として、甲田の自殺は町当局の労務管理支配体制の強化によって引き起こされたものであると断定し、町長及び町当局を非難攻撃しているのである。

2  しかし、右担当課長は、当日の朝、上水道係長であった甲田の休暇届が同課長の机上に置かれているのを見て、甲田に対し、電話で、休むのであれば同課長にも電話をしないと困るという趣旨の文句を言ったに過ぎないものであり、係長である甲田が上司である同課長に対し当日何らの説明もなくいきなり休暇届を提出する方法で休暇をとることは、係員の作業計画との関係等で支障を生ずるおそれもあり、慣行にも反するので、上司として当然の注意をしたに過ぎない。

右注意に対して甲田やその妻は、病気が前日分かるのかといった反抗的な態度をとったため、同課長は甲田の自宅におもむいて話をし、物別れに終わったものの、後に原告労働組合の委員長であった原告吉原が中に入って取りなし、同原告も甲田の気持はおさまったものと判断していたものである。また、二月三日の夕方甲田から苦情を聞いた訴外境一義も、甲田が自殺することなど全く予測することもできなかったというのである。

その他町職員に対する労務管理が特別強化された事実もない。

一方、甲田は、かねて妻との夫婦仲が悪く、妻の留守中にいとこを自宅に呼んで酒を飲むこともあり、妻も検死にきた警察官に対し夫婦けんかは日常茶飯事であった旨答えている。また、甲田の通夜の際のうわさとして、妻が「夫は自分に対する面当てに死んだ。」とか、近所の人の慰めの言葉に対し、夫が死んで「せいせいした。」と答えたとの話がささやかれ、妻は、涙さえ見せず、悲しんでいる様子も見せなかった。

また、甲田は健康がすぐれず、病気で役場を休むことが多かった。

以上のような事情に照らせば、本件自殺の原因は甲田の家庭不和や健康上の問題にあるとみることもでき、あるいは単なる発作的なものかもしれず、何が自殺の原因であるかを外部から特定することは不可能である。いずれにしても、原告らのように、自殺の原因が前記課長の言動や町当局の職員に対する労務管理の強化によるものと断定することは極めて不自然、不合理であり、社会通念に反し許されないものというべきである。

いずれにしても、町長及び町当局にその原因ないし責任があるというべきものではない。

3  次に、本件批判文は、被告坂井が町長に就任して以来、「役場で何が起こっているのか」と問いかけ、「めだつ職員への差別」「閉ざされた行政運営」などの項目が掲げられ、町役場が閉ざされた暗い職場になり、そのために甲田が精神的に追いつめられて自殺するに至ったと答える構成がなされている。

さらに、町長は職員に対して差別を拡大する賃金切り下げ(職階制の強化)を押しつけようとしているとか、町長は働きやすい職場環境くりのための組合要求に対してそのすべてを拒否し続けているとか、事実を誇張・歪曲した記載がなされている。

4  以上のように、「抗議文」と「批判文」とはいずれも事実をことさら誇張・歪曲した不実の記載により、現町長及び町当局を誹謗中傷するものであり、これらを併せて読めば、読む者は本件自殺が現町長及び町当局の厳しい労務管理によって引き起こされたものであるとの印象を強く受けるように構成されているのである。

三  本件抗議文のなかで、どの部分が事実をことさら誇張・歪曲した不実の記載であるかを具体的に特定すれば、最も顕著な部分は、別紙一(略)の右ページ一〇行目の「今回の重大な事態(注、甲田の自殺のことである。)は、こうした労務管理支配体制強化の線上に起こったものと断ぜざるをえず」と決めつけている部分である。

これは、町当局の労務管理のあり方が甲田を自殺に至らしめた原因であるように記載しているが、前述のように、甲田の自殺の原因をそのようなものと考えるべき根拠はなく、従って、右は事実に反する不実の記載である。

また、本件批判文のなかで、どの部分が事実をことさら誇張・歪曲した不実の記載であるかを具体的に特定すれば、「町長は香焼町を『よそなみ』にかえることと、そのための公務員づくりにきわめて熱心にとりくんでいます。職員に対しては差別を拡大する賃金きり下げ(職階制の強化)を押しつけようとしており、また働きやすい職場環境作りのための組合要求に対しては、そのすべてを拒否し続けています。」と記載している部分であるが、必ずしもそのようなことはなく、右は事実をことさら歪曲した不実の記載というべきである。

四  原告労働組合の以上の一連の行為は、香焼町の町全体に対し、その事実がないのに町長及び町当局において甲田を自殺に追いつめたものとの誤解を与えるおそれがあり、町長及び町当局の信用を著しく失墜せしめ、名誉を毀損するものというべきである。また、甲田の死、特に自殺という重大かつ深刻で厳粛な事実について、特段の根拠もないのに特定の個人、即ち被告坂井や町当局がその原因をつくったものと決めつけ、宣伝することは、社会的にも極めて悪質であり、許されないものというべきである。

右一連の行為の目的は、現町長が、以前の町長と異なり管理運営事項に関する問題について原告労働組合の要求を拒否するなどの態度に出たのでこれに反発し、現町長に対する嫌がらせのために行なったものと考えられ、他に合理的な理由は見当たらない。

よって、右一連の行為は、その目的、手段及び方法において正当な組合活動の範囲を逸脱したものというべきである。

五  原告労働組合以外の原告らは、いずれも同組合の正、副執行委員長、書記長として、右一連の行為に深くかかわったものであり、町職員でありながら町長及び町当局の信用を傷つけ、名誉を失墜せしめる行為(地公法三三条)をし、また、全体の奉仕者としてふさわしくない行為をしたものというべきであるから地公法二九条一項一号及び三号に該当し、懲戒処分を受けても止むを得ない。

六  また、仮に、被告坂井が原告労働組合の右一連の行為を非違行為であると認識したことについて過失があったとしても、原告労働組合の右一連の行為を非違行為であると信ずべき相当の理由があるから、不法行為とはならないものというべきである。

第五被告らの主張に対する原告の反論

一  被告らは、原告労働組合が「追悼抗議集会」で採択した本件抗議文の中で、「事実をことさら誇張・歪曲した不実の記載」の「最も顕著な部分」として、同抗議文中の「今回の重大な事態は、こうした労働管理支配体制強化の線上に起こったものと断ぜるをえず」との記述部分を指摘し、「町当局の労務管理のあり方が、甲田を自殺に至らしめた原因であるように記載している」と指摘している。被告らの右主張には何らの合理的根拠がないことが明らかである。

原告労働組合が、甲田の自殺という突然の衝撃的な出来事について、被告らが指摘するように、「労働管理支配体制強化の線上に起こったもの」との判断に至ったのは、甲田の自殺に至るその直前までの言動に関する具体的な事実関係の調査の結果である。

本件抗議文の中には、右判断の具体的な根拠について、具体的な調査結果を踏まえて甲田の死亡直前の発言内容を1~4の四点に要約して記載している。

その内容は、自己の担当する業務に対する町当局の水道行政をめぐる業務管理体制に対する不満と、有給休暇の取得に関する上司の干渉や病気で休職したことに対する町長の議会発言によって如何に傷つけられたか等、町当局の労務管理支配体制に対する苦情と不満と抗議を強く主張するものである。

甲田は、平成元年二月三日の有給休暇申請をめぐる上司である時津課長の嫌がらせとも思える干渉的発言を発端として、それまでの度重なる町当局の現場を無視した水道行政の非民主的運営のあり方と労務管理のあり方に対し、その死の直前まで数人の人達に繰り返しそのことを強く抗議し、訴え続けたのである。

右の甲田の自殺直前の言動は、原告労働組合の詳細な調査の結果明らかになっていたことであり、甲田の妻陽子も通夜の席上、参会者の前で「病気をすれば議会の中で厄介者扱いされ、仕事の上では町長さんやこれについている人達からいじめられ悩んでいたことは、日頃の主人の言葉でよくわかっていました。そして主人は今日、そういう行政のあり方に死の抗議をしたのです。」との誠に悲痛な発言を敢えて行なっていたのである。

これらの事実関係からみれば、現町長である被告坂井就任以降の町行政の非民主的運営と労務管理支配体制の強化のまさに線上に、甲田の自殺という衝撃的な事件が発生したことは明白であるといわねばならない。

原告労働組合が甲田の自殺に関し「追悼抗議集会」を開催し、「抗議決議」を行なったのも、右の調査結果に基づく当然の行為というべきものであり、そのこと自体何ら非難されるべきことではない。

右「抗議決議」の内容も、具体的な調査結果を踏まえて、慎重かつ正確な表現によって記述されているものであって、何ら「誇張・歪曲・不実の記載」などという非難はもとより「中傷・誹謗」などという言葉が妥当する記述は全くない。

被告らが、「最も顕著な部分」として指摘する前記記述部分は、いわば結論部分であって、その結論に至る根拠に関する記述を抜きにしてあれこれの評価を行なうのは、意味のないことであると言うほかはない。ちなみに、被告香焼町は、人事委員会の口頭審理においては、判断の根拠として掲載されている前記四点の要約部分については何ら誇張・歪曲・不実の記載が存在しないことを認めているのであるが、それにもかかわらず、結論たる判断部分の記述のみが誇張・歪曲・不実の記載であると主張するのは、牽強附会のそしりを免れない。

二  被告は、甲田の自殺の原因について「何が自殺の原因かについては知りようがないことである。」と主張している。しかし、被告らは、甲田の自殺の原因についての調査は、ほとんど何もしていないに等しい状況にあることが明らかであり、被告らは、原告労働組合が具体的な調査に基づいて行なった判断についてあれこれの論評を加えたり、これを非難したりする根拠を何ら持っていないのであり、誇張・歪曲・不実の記載などと言う資格は始めから無いのである。

三  被告らは、「本件批判文」に関し、事実をことさら歪曲した不実の記載として、原告労働組合が作成配付したビラの表面の記述中の「町長は香焼町を『よそなみ』にかえることと、そのための公務員づくりにきわめて熱心にとりくんでいます。職員に対しては差別を拡大する賃金切下げ(職階制の強化)を押しつけようとしており、また働きやすい職場環境づくりのための組合要求に対しては、そのすべてを拒否しています。」との記述を指摘し、「必ずしもそのようなことはない」から不実の記載であると強弁している。

被告坂井は、昭和六二年五月就任後、現に「香焼をどこにでもある普通の町にしたい。」と発言し、香焼町が永年にわたって築き上げて来た社会福祉等の行政水準(全国に他に例をみない)を引き下げることを宣言し、その障害となる原告労働組合に対して、憎悪をむき出しにして相次いで様々な組織弱体化攻撃を繰り返してきている。

また、被告らが現行賃金体系の変更を行なおうとしていることも事実であり、原告労働組合が団体交渉を申し入れても従前の労働慣行すら無視して交渉を拒否し、管理運営事項であるとして、従前労使間で協議して実施してきた事柄についてさえも交渉に応じない対応を取り続けていたことも、すべて事実である。

被告らは、右記述部分につい「必ずしもそのようなことはなく」と主張しているが、その真意と趣旨は不明であるとしかいいようがない。

四  元来、本件各懲戒処分の正当性については、その処分に直接関与した被告らにおいて主張し、立証すべき事柄である。

しかし、以上に述べたところからも、被告らにおいて本件各懲戒処分を正当化することは不可能であることが明らかである。本件各懲戒処分には始めから正当な理由はないからである。

原告労働組合が発行配付したビラも「抗議文」も、その内容はいずれも真実を記載したものであり、被告らを中傷・誹謗する目的で虚構の事実を記載したものではもとよりなく、被告らによる労務管理支配体制の強化の中で、職員の自殺というあまりにも重大な事態の発生を目前にして、労働生活環境を防衛し、さらに同じような犠牲者が出ることを阻止すること、相次ぐ労働条件の引き下げ攻撃に対抗し労働条件の維持・改善を図ること、「地域住民の繁栄なくして自治体労働者の幸せはない」という行動綱領の下に活動して来た労働組合として、それまでに築き上げて来た住民本位の町政の擁護・発展に反する非民主的・反住民的現町政を正すこと等を目的として、事実を公表したものなのである。

被告が本件各懲戒処分の対象とした原告労働組合の一連の行動は、いずれも正当な労働組合というべきことは当然である。

第六証拠

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

一  請求原因一(当事者)、同二(被告坂井が行なった本件各懲戒処分の内容)、同三(各懲戒処分の前提事実及び処分の理由)の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、本件各懲戒処分に至る経緯について検討する。

1  (証拠・人証略)の結果を総合すれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告香焼町では、従前いわゆる革新町政が続いていたが、昭和六二年四月の町長選挙において、保守中道系の被告坂井が当選し、同年五月一日町長に就任した。

その後、被告坂井は、被告香焼町の労務管理において、昭和六二年七月一五日、本庁を中心として三七名の大規模な人事異動を行ない、この人事異動において原告労働組合執行部の三役五名のうち四名を異動の対象とし、執行委員長は本庁勤務から出先機関である保健センターへの異動とした(なお、異動の対象となった三七名のうち、原告労働組合員を中心に二三名の者が、右人事異動を不当として長崎県人事委員会に対して不服申立てを行ない、現在審理が継続している。)。右人事異動に際しては、以前は労使慣行として行なわれていた事前協議が行なわれなかった。また、昭和六三年五月には、本庁庁舎通用口の掲示板にある組合員向け掲示板の撤去が指示された。同年六月には、助役、収入役、教育長、総務課長によって構成される非公開の「香焼町職員懲戒審査委員会」が設置されたうえ、同年四月二〇日に行なわれた原告らと社会課長との時間内の所属長交渉について、以前はこれが職場慣行として認められていたのに、同年一一月二五日、原告労働組合三役三名に対し、職務専念義務違反として厳重注意処分がなされた。さらに、香焼町においては、従来、管理職員等として長崎県人事委員会に届出された職員は、教育長と総務課長の二名であったところ、昭和六二年九月一八日、各課の課長、局長等一二名が新たに管理職員等に指定され、長崎県人事委員会に届出がなされたため、右管理職員らは組合加入の条件を閉ざされ、組合からの脱退を余儀無くされた。

さらに、被告坂井は、その町政運営に関して、無認可保育園等に対する助成金等を削減したり、社会福祉法人の同町社会福祉協議会(会長は前町長)に対し、管理を委託している町立老人福祉センターの管理委託を廃止するように条例を改正し、同センターから事務所を撤去するよう求め、町職員の派遣をやめた。また、町役場正面に掲げていた憲法擁護の看板を撤去するなどした。

そこで、原告労働組合は、これら被告坂井の一連の施策から、被告坂井は、原告労働組合を嫌悪し、その組織の弱体化を図り、労務管理を強化しようとしており、町政においては、住民福祉の後退、住民生活の充実に逆行する諸施策を図っていると非難するに至り、被告坂井との対立を深めていた。

(二)  甲田は、原告労働組合の組合員であり、昭和三五年六月に被告香焼町に本採用になって以来、一貫して水道関係の仕事をし、昭和五四年五月一五日付けで上下水道課上水道係長となり、以後その職にあった。

(三)  甲田は、平成元年二月二日、かぜひきのため年次休暇をとったが、翌二月三日もかぜが治らなかったため、仕事を休むこととした。そこで、妻の甲田陽子は、当日の朝、その旨を総務課へ連絡するとともに、始業時間前に町役場に赴いて休暇届を提出し、右届は上下水道課長である時津幸雄の机上に置かれた。その後、同日午前九時ころになって甲田の自宅に右時津から電話があり、最初電話に出た甲田陽子は、右時津から、休暇届は原則として前の日に出すべきものではないかと言われた。甲田陽子はこれに立腹し、病気というものはいつそういう状態になるか予測できないと答えていたところ、甲田本人が電話を替わり、興奮した感じで役場に出て行く旨言うので、時津は、あなたは体が悪いのだから私から行くと答えて、甲田方へ出掛けた。甲田方では、時津に対し甲田の妻が、いつ病気になるか人間というのは予想できないのに、前日に休暇届を出せというのはひどいじゃないかと抗議し、甲田は、興奮して、組合を呼ぶから組合と両方で話そうじゃないかと言った。しかし、話は物別れに終わり、時津は甲田がとめるのを振り切って、甲田方に約二〇分くらい居ただけで引き揚げた。

(四)  同日午前九時三〇分ころ、原告吉原は、住民課の参事の犬塚征一郎から、電話で、今、甲田さんの自宅に上下水道課長がきていて年次有給休暇の取扱いのことでもめている、甲田さんによれば、労働組合と上下水道課の前任の課長である犬塚に立ち会って欲しいということを言っているので、労働組合として出向いて欲しいと言われた。そこで、原告吉原は、役場に休暇届を出したあと、午前九時四〇分ころ甲田方へ行った。時津は既に帰っていたが、甲田は、非常に興奮した様子で、原告吉原に、次のような趣旨のことを訴えた。「年休の届け出を妻を通じて出したが、時津課長に、年休届は前の日に出すのが原則だろうと言われた。自分も香焼町に二八年以上お世話になっているけれども、こういうことは初めてだ。また、前年一二月の議会の開会中に、与党の議員がしたいわゆる人員管理が甘いのではないかとの質問に対し、町長が、現在入院している職員は三名いる、定員はいるけれども実戦部隊として欠ける職員がいると言ったというが、自分もそのころ入院をしたりした。しかし、誰も好き好んで病気になるものはいないはずだ。非常に要らんもん扱いをされるようで残念だ。自分は組合員である。町長が替わって、こういうことになったんではないか、自分は「すすめる会」(前町長を推薦する後援会組織)の支持者だったし、こういう仕打ちになるんじゃないか。また、職員に仕事の指示がストレートに下りてこない。その一例として、一月の二六日に水道管の敷設があったが、そのための補正予算の議案が提出されるまで現場である自分たちは全く知らなかった。前年には異常な渇水があり、その際の渇水対策として高島町の貯水場からタンク車で水を運ぶにあたっても、自分たちには直接的な指示や協議がなかった。香焼町の溜め池の水を浄水場に入れた際も、そういうときは水質検査を十分やらんといかんのじゃないかと思うのに、水質検査もしないうちに、浄水場に直接水を入れた。自分は水道一筋で役場にお世話になってきたけれども、ずっと心掛けてきたのはやはり安全である。安全優先と思ってきたのに、非常に心苦しい。そのときの渇水対策は、既に退職した人を連れてきて、自分達の頭越しに指示されたし、オイルフェンスの設置やポンプの購入についても自分達現場の職員には知らされずにやられた。自分は要らん者扱いだ。これらのことは組合に対する攻撃であり差別だ。組合が本当に頑張ってやらんのなら、俺は一人でもやる。」。甲田の訴えは以上のようなものであった。

原告吉原は、甲田から、右のように、仕事上の要らん者ないし除け者扱いされているという不満や、当日の有給休暇の届け出の扱いについての憤まんを聞き、時津さんの方には私の方から話をして解決するからととりなして、甲田方を出た。そして、時津に電話をかけ、甲田と話をした内容についてただした。時津は、自分も少し言い過ぎた点もあるし、甲田君があした仕事に出てきたらちゃんと釈明をしたいと言ったので、甲田にその旨を伝えた。ところが、その後、岩橋宏町議員から原告吉原に電話があり、その内容は、甲田から岩橋議員の所に電話があって、この休暇届の件で聞いてほしいという電話だったがどういうことかというものであったので、原告吉原は、甲田はまだすっきりしていないんだなと感じた。

(五)  甲田は、二月四日もかぜ引きのため仕事を休み、その翌日の二月五日日曜日の午後三時ころ、自宅において自殺した。遺書はなかった。

しかし、通夜の席で妻陽子は、甲田が、病気をすれば厄介者扱いされたり、仕事の上ではいじめられたりすることで日頃悩んでおり、そういう行政のあり方に死の抗議をした旨のことを述べた。

さらに、原告労働組合が甲田の死後調べたところ、甲田は、二月三日の午前原告吉原に前記のように憤まんを訴えた後にも、同日午後六時ころに同人宅を訪れた境一義に対しても、同様の不満を泣かんばかりに興奮して訴えており、また、二月四日の午前中には、いとこの時津秋弘に電話を入れて同様の不満を述べ、翌五日の午前中には、訪ねてきた同人の妻に再度同様の不満を訴えていたことが明らかになった。

(六)  原告労働組合は、以上のような諸事情を総合して、甲田の自殺の原因は、非常に生真面目な性格の甲田の町政が変わって以後の仕事に関するいろいろな不満や、除け者にされているという意識、及び、今回の休暇届の件についての憤まん等にあるものと理解した。また、一般の組合員からも、甲田のことをこのまま放っておいたらいけないとの声が出たことから、労働組合としてこのようなことを二度と起こしてはいけないと考えて追悼抗議集会を開くことを決めた。

(七)  そこで、原告吉原は、前記(四)において甲田から聞いた事実を本件抗議文左ページの1~4の部分の記述にまとめ、かつ、労働組合としての認識と抗議及び決意を訴えて本件抗議文(別紙一)及び本件批判文(別紙二)(略)を起案した。

原告労働組合は、二月一三日、香焼町老人福祉センターにおいて「故甲田乙数氏追悼抗議集会」を開催し、右追悼抗議集会において、同集会名及び原告労働組合名で本件抗議文を採択した。

その後、原告労働組合は、かねて自治体労働者の組合として住民生活の充実をスローガンの一つにしてきたところから、現在の町政や労務管理のあり方では安心して住民のための仕事ができないとして、労働組合としてその実情を広く町民に訴える目的で、本件批判文と本件抗議文とを一枚の用紙の表裏に印刷したビラを作成し、町内のほぼ全戸(一七八〇戸)に配付した。

(八)  被告坂井は、原告労働組合の以上のような行為に関して、請求原因三の2のような理由を付して同二の各懲戒処分を行なった(争いがない。)。

なお、被告らは、右処分を行なうにあたって、右ビラの内容が事実であるか否かの点については、前記時津幸雄課長及び甲田のいとこの岩下清水から事情を聴いたに止まり、甲田の妻やビラを作成した原告労働組合側や原告吉原からは何らの事情聴取も行なっていない。

2  以上に対して、被告らは、甲田の自殺の原因は家庭不和や健康上の問題にあるとみることもでき、これを特定することはできないと主張する。

たしかに、(証拠・人証略)によると、甲田は、昭和五五年、五六年、五九年、六三年等に一か月以上に及ぶ療養休暇をとっており、病気も多く慢性肝障害の診断を受けたりしており、身体が丈夫ではなかったことが認められるが、そのこと自体が自殺の要因の一つになる程重大であったと認めるに足る証拠はない。

また、(人証略)は、甲田の家庭不和について被告らの主張に沿って証言するが、その多くは、発言者を特定できない伝聞や中傷的なうわさ話しにすぎず、自らの体験に基づく推論も必ずしも根拠のあるものとは解されず、(証拠・人証略)に照らして採用できない。

そして、他に、甲田の自殺の原因を推認させるような事実を認めるに足る証拠はない。

三  そこで、以上の事実及び判断を前提として、本件各懲戒処分の適否について検討する。

1  本件懲戒処分の理由の一つは、本件抗議文が「人の死に関する重大なことについて何の根拠もなく町当局を中傷、誹謗するものであり、その内容は事実をことさら誇張・歪曲した不実の記載である。」ということにあり、被告らはその最も顕著な部分は本件抗議文が「今回の重大な事態は、こうした労務管理支配体制の強化の線上に起こったものと断ぜるをえず」と決めつけている部分であると主張する。

しかしながら、本件抗議文を全体としてみるならば、右の部分は、具体的な事実を適示した部分ではなく、甲田の自殺という事実とその前における同人の言動を具体的に記述し、かつ、町当局の労務管理体制の実情を労働組合の立場から具体的に例記した後に、それらの事実を総合して、労働組合としては、甲田の自殺を労務管理支配体制強化の線上に起こったものと断ぜざるを得ないとして、論評している部分であって、まさに、労働組合としての言論に属するものであることは明らかである。

そして、右のような論評の前提として記述されている具体的な事実は、甲田の言動に関するものについては、前記認定のとおり真実に沿ったものと認められ、また、労務管理体制等の実情に関する部分は、これを労働組合としての批判的言論としてみる限り、前記認定の二の1(一)でその一部を見たような事情に照らして、ことさら事実を誇張・歪曲した不実のものと断ずべきものではない(現に、被告らも特にその点を指摘してはいない。)。

そうすると、それらの前提事実を掲げて、これに対する論評としてなされた言論を「事実をことさらに誇張・歪曲した不実の記載」として処分の対象とすることは、原則として、労働組合の言論活動の自由を侵害する違法なものといわなければならない。もっとも、右のような構造を有する論評であっても、その表現がいたずらに中傷・誹謗に及ぶ場合や、その前提として掲示された事実からは通常導かれないような不自然・不合理な論評であって、ことさらに事実を誇張・歪曲するものであるような場合には、そのような論評を行なうことが、公務員としての信用失墜行為や全体の奉仕者としてふさわしくない行為にあたることもあり得るというべきである。

しかし、別紙一(略)の本件抗議文は、全体としてはむしろ具体的な事実を中心として論理をすすめており、被告らの指摘する論評部分も「今回の重大な事態は、こうした労務管理支配体制強化の線上に起こったものと断ぜざるをえず」とむしろ抑制された表現をとっているものと評価すべきであり、それが、表現においていたずらに中傷・誹謗にわたり、また、何の根拠もなくいたずらに事実を歪曲してなされた不合理な論評であるとすることは、到底できないというべきである。

2  次に、本件懲戒処分の理由は、本件批判文が「事実をことさら歪曲した不実記載の町政批判文」であるとしており、被告らはその最も顕著な部分は、本件批判文の中で「町長は香焼町を『よそなみ』にかえることと、そのための公務員づくりにきわめて熱心にとりくんでいます。職員にたいしては差別を拡大する賃金きり下げ(職階制の強化)を押しつけようとしており、また、働きやすい職場環境づくりのための組合要求に対しては、そのすべてを拒否しています。」と記載している部分であると主張する。

しかし、本件批判文は、労働組合の立場から現町長及び香焼町に対し、その労務管理や行政運営のあり方を批判し、働きやすい職場こそ大切であることを訴える趣旨のものではあるが、その内容は個々具体的な事実の記載を主にしているというよりは、むしろ、労務管理や行政運営に対する労働組合としての意見・論評といったものであり、被告らが特に不実の記載であるとする前記の部分も、職階制の強化が「差別を拡大する」賃金きり下げか否か、管理運営事項にあたるとする組合との交渉の拒否が「働きやすい職場環境作りのための」組合要求に対する拒否か否かなどといったことはその意見・論評するものの立場、考え方によって判断が異なって当然であって、必ずしも真実か否かが問題とされるような具体的な事実の摘示とはいえず、むしろ町政のあり方への意見・論評に属するものというべきである。

そして、本件批判文がその表現においていたずらに誹謗・中傷に及ぶものではないことも、別紙二(略)を通覧すれば明らかである。そうすると、これを理由に処分を行なうことは、その結果において、反対の立場に立つ者の言論活動自体を抑制することにつながるものというべきであって、民主的な政治体制下において許されることではないといわざるを得ない。

なお、被告らは、本件抗議文と本件批判文を併せて読むことによって与える印象についても主張するが、これらを併せて通読し、本件ビラを全体として検討しても、前述した各文の個所の趣旨・内容を越えて、いたずらに中傷・誹謗に及ぶ表現がなされているとか事実をことさらに誇張・歪曲した不実の記載がなされているとの評価をすべきものとは到底解されない。

3  また、本件各懲戒処分の理由においては、原告労働組合が前記追悼抗議集会を開催し、本件抗議文を採択したことや、本件抗議文や本件批判文を一体のビラとして広く町民に配付したことをも問題としているが、本件抗議文や本件批判文が前記のような内容のものであることや、前記認定のような追悼抗議集会の開催に至る経過及びビラ配付の目的などに照らすと、町職員で構成する原告労働組合の活動として正当な範囲を逸脱したものとはいえず、特に違法とすべきものとは解されないから、これを実行する行為が公務員としての信用失墜行為にあたるとか、全体の奉仕者としてふさわしくない行為にあたるとは到底解されない。

4  そうすると、本件ビラの配付を含む原告労働組合の一連の行為には、特段違法とすべきものはなく、その余の原告らについて、地方公務員二九条一項一号、三号に該当する懲戒処分事由は存在しないことが明らかであって、これに対してなされた本件各懲戒処分は、懲戒権者の裁量権等を云々するまでもなく処分事由を欠く違法なものであるといわざるを得ない。

四  被告らの責任

1  右のように被告坂井が行なった本件各懲戒処分は、処分事由を欠いており、その意味で違法なものである。なお、被告坂井は、原告労働組合の右一連の行為を非違行為であると認識したことについて、そのように信ずべき相当の理由があるから不法行為とはならないと主張するが、前記二の1(八)で見たように、被告坂井は本件懲戒処分に際し必ずしも充分な調査を行なったとはいえず、また、本件抗議文や本件批判文の内容がもともと処分の理由たり得ないことは先に見たとおりであるから、被告坂井が前記のように信ずべき相当の理由があったとはいえず、この点において同人に故意過失のあったことは明らかである。

また、本件各懲戒処分が公権力の行使にあたることも明らかである。

よって、被告香焼町は、国家賠償法一条により、本件懲戒処分により原告らが被った後記五の損害につき損害賠償の責任を負う。

2  被告坂井の責任について

次に、原告らは、被告坂井個人に対しても不法行為責任を訴求するが、公権力の行使に当たる国の公務員が、その職務を行なうについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わない(最判昭和三〇・四・一九民集九巻五号五三四頁、最判昭和四七・三・二一裁判集民事一〇五号三〇九頁、最判昭和五三・一〇・二〇民集三二巻七号一三六七頁)のであり、この理が地方公共団体の公務員の場合には異なるとすべき理由はないのであるから、被告坂井個人には損害賠償の義務はない。

五  損害

1  原告労働組合の損害について

原告労働組合は、本件各懲戒処分により団結権が侵害され、金一〇〇万円の損害を被った旨主張する。しかして、本件各懲戒処分は、原告労働組合が労働組合として行なった行為に対し、その執行委員長など組合の幹部を処分したものであるから、一応原告労働組合の団結権を侵害するものではあるが、その処分の内容は原告組合員個人に対する停職ないし減給処分であって、これによる損害は通常は直接組合員個人に生じるのであるから、その損害が賠償されれば足りるというべきである。そして、本件においては、右各懲戒処分によって組合員が減少し、組合が弱体化したといったような右組合員個人に対する損害賠償によっては償われない原告労働組合独自の損害が生じているとの点については、何ら具体的な主張・立証がない。

したがって、原告労働組合の右損害についての主張は理由がない。

2  原告労働組合を除く原告四名について、本件各懲戒処分を原因として、請求原因六項2ないし5の損害のうち、(一)、(二)、(三)(原告吉原についてはさらに(四)、(五))の賃金カットがなされたことは当事者間に争いはなく、これらは同原告らが本件違法な懲戒処分によって被った損害にあたるというべきである。

次に、同原告らは、慰藉料として金五〇万円ないし三〇万円の損害を主張するが、その根拠となる具体的な事実の詳細については、何らの主張も立証もなされていない。もとより、前述したような本件懲戒処分の違法性や同原告らの身分等に照らせば、本件懲戒処分により同原告らがそれなりの精神的苦痛を受けたことは推認するに難くはないが、それらは、通常は本件懲戒処分の違法性の確認及び経済的損害の填補によって相当程度慰藉されるものとも解され、それを超える分については、本件においてはその具体的な証明がないものといわざるを得ない。

次に、原告らが原告ら訴訟代理人に委任して本件損害賠償訴訟を提起せざるを得なかったことは、弁論の全趣旨に照らして明らかであり、本件事案の内容、審理の経過、認容額などに鑑みると、同原告らの負担した弁護士費用のうち原告吉原については金一五万円全額、原告大石、同山口、同真田についてはいずれも内金三万円が本件と相当因果関係を有するものと解される。

3  まとめ

原告労働組合には本件と相当因果関係を有する損害の発生は認められない。

原告吉原は、請求原因六項2の(一)ないし(五)及び(七)、原告大石、同山口、同真田は、それぞれ、請求原因六項3ないし5の各(一)乃至(三)及び各(五)のうち各金三万円の損害を被ったものと認められる。

六  結論

以上の次第で原告労働組合を除く原告らの被告香焼町に対する各請求は、原告吉原に対し金一五一万四一三四円、原告大石に対し金一九万四五〇〇円、原告山口に対し金一八万五二四三円、原告真田に対し金一六万六五七八円、及び、右各金員のうち原告吉原に対する金一一五万〇九三七円、原告大石に対する金一七万七三〇〇円、原告山口に対する金一六万八九六八円、原告真田に対する金一五万二一六三円については右各損害発生の後であることが明らかな平成元年一〇月六日から支払いずみまで、原告吉原に対する金三六万三一九七円、原告大石に対する金一万七二〇〇円、原告山口に対する金一万六二七五円、原告真田に対する金一万四四一五円については右各損害発生の後であることが明らかな平成二年七月二〇日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるからこれらを認容し、同原告らの被告香焼町に対するその余の請求及び同原告らの被告坂井に対する請求並びに原告香焼町労働組合の被告らに対する請求は、いずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小田耕治 裁判官 井上秀雄 裁判官 浦島高広)

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