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釧路地方裁判所 昭和60年(ワ)16号 判決 1986年8月05日

原告

五百子

ほか二名

被告

大雪運輸株式会社

ほか一名

主文

被告らは、各自原告玄一郎及び原告大二郎に対し、それぞれ三二四〇万七一五七円及びこれに対する昭和五九年三月三日から、原告五百子に対し、六六八一万四三一五円及び内金六四八一万四三一五円に対する昭和五九年三月三日から、内金二〇〇万円に対する昭和六一年八月六日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを四分し、その三は被告らの負担とし、その余は原告らの負担とする。

この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らはそれぞれ原告玄一郎(以下原告玄一郎という)及び原告大二郎(以下原告大二郎という)に対し各金四二三二万三〇九三円及びこれに対する昭和五九年三月三日から、原告五百子(以下原告五百子という)に対し金八八一四万六一八六円及び内金八六一四万六一八六円に対する昭和五九年三月三日から、内金二〇〇万円に対する昭和六一年八月六日から、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの被告らに対する各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生と結果

(一) 発生日時 昭和五九年三月三日午後一時五〇分ころ

(二) 発生場所 北海道常呂郡留辺蘂町字厚和八〇番地先付近国道路上

(三) 加害車両 大型貨物事業用自動車北一一あ一六九五(以下被告車という)

右車両所有者 被告大雪運輸株式会社(以下被告大雪輸という)

右車両運転者 被告鈴木敦(以下被告鈴木という)

(四) 被害車両 普通自家用乗用自動車北五五ま一〇三九(以下被害車という)

右車両運転者  克行(以下克行という)

(五) 事故の態様

被告鈴木は被告車(セミトレーラーけん引)のトレーラー荷台に大型ブルドーザーを積載し、事故発生場所付近を走行中、対向車線にはみ出し進行し、その際、右自動車に積載中のブルドーザーが荷台の右外側にずれ、おりから対向車線を走行中の克行運転の被害車に右積載ブルドーザー排土板を激突させた。

(六) 結果

本件事故によつて、克行は頭部挫滅創の傷害を受け、即死した。

2(一)  被告鈴木の責任(民法七〇九条)

被告鈴木は、被告車のトレーラー荷台にブルドーザーを積載して走行するにあたり、走行中の動揺によりブルドーザーが横ずれし落下するのを防止するため、トレーラー荷台に滑り止めのための布地等を敷いてブルドーザーを積載し、同ブルドーザーの後部キヤタビラ部分に歯止めを施したうえ、ブルドーザー側面ローラーとトレーラー側面の牽引フツクにワイヤーロープをかけて固縛固定させてから運転すべき注意義務があつたのにこれを怠り、トレーラー荷台に滑り止めのかますを八枚くらい敷いただけで、ブルドーザーに歯止めを施さず、ワイヤーロープで固縛固定する措置を講じないまま運転走行した過失により、進行方向道路左側に停止中の普通自動車を避けるため、自車を道路右側に進路変更し、右自動車を通過後再び道路左側車線に自車の進行を変更した際、積載したブルドーザーを横ずれさせて、荷台から道路右側部分に傾倒させ、対向進行中の被害車両右前部に傾倒させたブルドーザーの右側排土板付近を激突させた。

(二)  被告大雪運輸の責任(自動車損害賠償保障法三条)

被告大雪運輸は本件事故当時被告車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

3  損害

(一) 克行の損害

(1) 逸失利益 二億一九二九万二三七二円

克行は死亡当時三九歳で、女満別病院医師として昭和五八年度総所得二一〇二万七八三七円の収入を得ていたもので、本件事故により死亡しなければ六七歳に至るまでなお二八年間稼働することが可能であり、その生活費は収入の三〇パーセントと考えられるから、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して克行の死亡による逸失利益の現価を求めると、二億一九二九万二三七二円となる。

(算式)21,027,837×(1-0.3)×14.8981=219,292,372

(2) 克行の慰謝料 二〇〇〇万円

(3) 相続

克行の相続人は妻である原告五百子及び子である原告玄一郎及び原告大二郎であるところ、原告五百子らは前記(1)(2)の損害賠償請求債権を、法定相続分にしたがつて次のとおり相続した。

原告五百子は二分の一の一億一九六四万六一八六円

原告玄一郎及び同大二郎はそれぞれ四分の一の五九八二万三〇九三円

(二) 原告ら固有の損害

(1) 原告五百子の慰謝料 一〇〇〇万円

(2) 原告玄一郎及び原告大二郎の慰謝料 各五〇〇万円

(3) 葬儀費用 一五〇万円

原告五百子は亡克行の葬儀のために、昭和五九年三月頃一五〇万円を支出した。

(4) 弁護士費用 二〇〇万円

原告らは、本訴の提起及び追行を本件訴訟代理人稲澤優に委任し、原告五百子は他の原告らの分も含めて、その費用及び報酬として二〇〇万円を支払う旨約した。

(三) 損害の填補金

原告らは本件損害の填補として、自賠責保険より二〇〇〇万円、任意自動車保険より七〇〇〇万円の支払を受け、原告ら各自の法定相続分に応じてこれを受領した。

(四) 小計

以上によれば、原告らの請求し得べき損害額は、次のとおりである。

原告五百子 八八一四万六一八六円

(算式・191,646,186+10,000,000+1,500,000-45,000,000+2,000,000=88,146,186)

原告玄一郎及び原告大二郎 各四二三二万三〇九三円

(算式・59,823,093+5,000,000-22,500,000=42,323,093)

4  よつて被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき原告玄一郎及び原告大二郎はそれぞれ四二三二万三〇九三円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和五九年三月三日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を原告五百子は八八一四万六一八六円及び内金八六一四万六一八六円に対する前同日から、内金二〇〇万円に対する本判決言い渡しの日の翌日である昭和六一年八月六日から各支払済みまで右同率の遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1及び2の各事実はすべて認める。

2  請求原因3(一)(1)の事実中、克行が医師であつたこと、昭和五八年度の同人の所得が二一〇二万七八三七円であつたことは認め、その余は否認ないし争う。

3  同3(一)(2)及び(二)(1)ないし(3)の事実はいずれも知らない。

4  同3(二)(3)の事実中、克行と原告らとの関係は認めるが、その余は争う。

5  同3(二)(4)の事実中、原告らが本件訴訟の追行を原告らの訴訟代理人に委任したことは認めるが、その余は知らない。

6  同3(三)の事実は認める。

三  被告らの主張

1  現行法制下では所得税は源泉徴収されており、克行及び原告らその家族の生活も総所得から所得税及び道市民税を控除した実質手取額を前提にして維持されており、損害の公平な分担という損害賠償法理論の目的に鑑み、本件事故による財産的損害としては、総所得から税金を控除した実質手取額を基礎とすべきである。

したがつて、克行の逸失利益は同人の昭和五八年の総収入二三七六万六一四五円から所得税七一七万三五〇〇円及び道市民税二七四万九五〇〇円合計九九二万三〇〇〇円を控除した実質手取額一三八四万三一四五円を基準とするべきである。

2  本件事故当時原告五百子は克行の行動が原因で、離婚を前提に釧路市に別居生活を続けており、克行は女満別に居住し二重生活を余儀なくされていた。

また、克行の生活ぶりはかなり派手であり、そのための出費も通常の夫とは比較にならない程多いものであつた。

以上の克行の生前の生活状況及び一般的に高額な収入を得ている家庭の生活費割合は平均的収入を得ている家庭の生活費割合よりも多いことを併せ考慮すれば、克行の損害額から控除すべき生活費割合は四割とすべきである。

三  被告らの主張に対する原告の認否及び反論

1  被告らの主張1は争う。

現行所得税法九条一項二一号は心身への損害賠償金を非課税所得としているが、右金員に課税措置をするか否かは国と被害者との間の法律関係の問題であつて、立法政策によつて決まることであり、国が課税しないことによる利益を被害者が享有する結果となつても、それは加害者とは無関係なことである。被害者が稼働し所得を得た上で納税するのが事故がなかつた場合の本来の状態である以上、加害者としては、被害者が現実に納税義務を負わされるか否かという国との関係とは無関係に、まずは本質的現状回復として被害者が取得すべかりし総所得金額相当を賠償すべきである。逸失利益算定の際税金額を所得額から控除すれば、控除された税金相当額は、被害者が生存していたならば被害者が取得後国家に帰属しているものが加害者に残されたままとなつて、加害者の反面的利益になつてしまい、かえつて不公平な結果となる。

2  被告らの主張2の事実中、克行は女満別町に、原告五百子は釧路市にそれぞれ居住し、克行が二重生活を余儀なくされていたことは認め、その余は否認ないし争う。

被害者の得べかりし利益を算定するにあたり、控除すべき被害者の生活費とは、被害者自身が将来収入を得るに必要な再生産の費用を意味し、家族の扶養的なものを含むものではない。本件事故当時、子供の教育環境、病院の厚生施設の事情もあつて、夫は単身で女満別病院に赴任したが、あくまでも一時的なものであつて、将来共にかわらない生活費の控除の基礎とすべき事情ではない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)及び同2(被告らの責任)の各事実については当時者間に争いがなく、右事実によれば、本件事故につき被告鈴木は不法行為者として民法七〇九条により、被告大雪運輸は加害車両の運行供用者として自動者損害賠償保障法三条によりそれぞれ後記損害を賠償する責任を負うものというべきである。

二  損害

1  克行の損害について

(一)  逸失利益

克行が女満別病院の医師として昭和五八年度総所得二一〇二万七八三七円の収入を得ていたこと、昭和五九年三月三日に本件事故により死亡したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば、克行は昭和一九年六月二一日生まれであることが認められ、経験則によると、同人は本件事故に遭わなければ六七歳までなお二八年間稼働することが可能であり、その間少なくとも右金額と同程度の収入を得ることができたはずであり、また、その生活費は克行の年齢、職業、収入額、家族構成等の諸般の事情を総合して収入の三五パーセントと認めるのが相当であるから、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人死亡当時の同人の逸失利益の現価を算定すると、二億〇三六二万八六三一円となる。

(算式)21,027,837×(1-0.35)×14.8981=203,628,631(円未満切捨て)

ところで、被告らは、克行の逸失利益算定にあたり、損害の公平な分担という損害賠償法理論の目的に鑑み、同人の総所得から税金を控除した実質手取額を算定の基礎とすべきである旨主張する。しかしながら、損害賠償の目的は被害者が事故がなければ有していたであろう財産上の利益の現状回復であるところ、本件においては、克行が稼働し所得を得た上で納税するのが本件事故がなかつた場合の本来の状態である以上、加害者である被告らとしては、克行又は原告らが現実に納税義務を負わされるか否かという国との関係とは無関係に、その前段階においてまず被害者が取得すべかりし利益相当額を賠償することによつて財産的現状回復を図るべきものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四五年七月二四日第二小法廷判決参照)。そして、このように解することが、加害者・被害者間の損害の公平な分担という損害賠償法の理念に反することになるということもできない。したがつて、本件では克行の逸失利益算定の基礎とすべき金額は前記のとおり同人の総所得金額であるから、右金額から税金額等を控除した実質手取額を算定の基礎とすべきである旨の被告らの主張は採用できない。

また被告らは、克行が網走郡女満別町で、同人の妻原告五百子が釧路市でそれぞれ別居生活を送つていたこと、克行の生活が派手であつたことあるいは克行の収入が高額であることから、克行の逸失利益算定に当たり同人の所得から控除すべき生活費の割合は四割とすべきである旨主張する。しかしながら、克行は勤務病院の所在地の関係で網走郡女満別町と原告五百子らの居住する釧路市とに分かれて二重生活を余儀なくされていたこと(この事実は当事者間に争いがない。)、あるいは前記のとおり克行の総所得が昭和五八年度で二〇〇〇万円を超えていたこと等の事情を考慮しても、克行の生活費の割合は前記のとおり収入の三五パーセントと認めるのが相当であつて、本件の全証拠を照らしても、克行の生活が特に派手であつた等克行の生活費が右認定の割合を超えると推認するに足る特段の事情は認められないから、被告らの主張は採用できない。

(二)  慰謝料

本件事故の態様、克行が一家の支柱であつたこと、克行の年齢のほか別に原告ら近親者固有の慰謝料も認めること等諸般の事情を考慮すると、本件事故による克行の被つた精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は一〇〇〇万円とするのが相当である。

(三)  相続

原告五百子は克行の妻、原告玄一郎及び同大二郎は克行の子であることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によると克行には他に相続人がいないものと認められるから、克行の被告らに対する前記逸失利益及び慰謝料相当額の損害賠償請求権(計二億一三六二万八六三一円)を、法定相続分に従い(原告五百子は相続財産の二分の一であるから一億〇六八一万四三一五円、原告玄一郎及び同大二郎は相続財産の四分の一であるから各五三四〇万七一五七円)、それぞれ相続により取得した。

2  原告ら固有の損害

(一)  慰謝料 原告五百子に対し三〇〇万円、同玄一郎及び同大二郎に対し、各一五〇万円

前記のとおり原告五百子は克行の妻であり、原告玄一郎及び同大二郎は克行の子であつて、克行が本件事故によつて死亡したことにより、右原告らが多大の精神的苦痛を受けたことは明らかであり、本件事故の態様、結果、原告らの年齢、家族構成のほか別に克行の慰謝料も認めること等諸般の事情を考慮すると右精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、原告五百子には三〇〇万円、原告玄一郎及び同大二郎には各一五〇万円とするのが相当である。

(二)  葬儀費用

原告五百子は克行の葬儀費用として一五〇万円を支出した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、かえつて原告五百子本人尋問の結果によれば、克行の葬儀費用は同人の勤務先である女満別病院がすべて支出していることが認められるのであるから、原告五百子の右主張は理由がない。

3  損害の填補

原告らが本件損害の填補として、自賠責保険より二〇〇〇万円、任意自動車保険より七〇〇〇万円の支払を受け、原告ら各自の法定相続分に応じてこれを受領したことは、当事者間に争いがない。

4  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告五百子は原告ら全員を代表して本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任し、二〇〇万円を支払う旨約しているものと認められるところ、本件事案の難易、審理経過、本訴認容額等の諸般の事情に照らし、本件事故と相当因果関係を有するものとして被告らに請求し得べき弁護士費用の額は二〇〇万円とするのが相当である。

5  小計

以上のとおりであるから、原告らが被告らに請求できる損害額は次のとおりとなる。

原告五百子 六六八一万四三一五円

(算式)106,814,315+3,000,000-45,000,000+2,000,000=66,814,315

原告玄一郎及び同大二郎 各三二四〇万七一五七円

(算式)53,407,157+1,500,000-22,500,000=32,407,157

三  結論

以上によれば、原告らの本件請求は、被告らに対し、原告玄一郎及び同大二郎においてそれぞれ三二四〇万七一五七円及びこれに対する不法行為の日である昭和五九年三月三日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告五百子において、六六八一万四三一五円及び内金六四八一万四三一五円に対する前同日から内金二〇〇万円については不法行為の後で原告らの求める本件判決言い渡しの日の翌日である昭和六一年八月六日から各支払済みまで前同率割合による遅延損害金の、各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言については同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤康 加藤新太郎 生野孝司)

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