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金沢地方裁判所 昭和62年(行ウ)2号 判決 1993年9月17日

石川県河北郡高松町字高松キ五番地

原告

小山隆

右訴訟代理人弁護士

梨木作次郎

鳥毛美範

本田祐司

飯森和彦

金沢市西念町一〇三街区一二番地

被告

金沢税務署長 埜尻榮次郎

右指定代理人

佐々木知子

鳥居芳次

高橋利幸

土田栄

川村伸一

寺俊昭

高井和男

按田隆重

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が昭和六〇年三月八日付けでした原告の昭和五六年ないし昭和五八年分の所得税の各更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分(本件処分)をいずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、編レース製造業を営む原告が昭和五六年ないし昭和五八年(本件係争年)分の所得税について行った確定申告に対して、被告が推計課税の方法により行った本件処分について、その認定にかかる所得金額が過大であるとして、その取消しを求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は、編レース製造業を営む者である。

2  原告が本件係争年分の所得税について行った確定申告、これに対して被告が行った本件処分、同処分に対して原告が行った異議申立て、同異議申立てに対して被告が行った決定、同決定につき原告が国税不服審判所長に対して行った審査請求、同審査請求に対して国税不服審判所長が行った裁決等の経緯は、別表一記載のとおりである。

3  被告の原告に対する税務調査の経過に関する事実について

(一) 昭和五九年九月七日、被告所部の調査担当者である西木重之係官(西木係官)が税務調査のため原告方に臨場した。原告が西木係官に対して日を改めてほしい旨を述べたため、同係官は原告方を辞去した。その後同係官は、再び原告方に臨場し、原告の妻に対し、「次回の調査を九月一〇日に行う。」旨を記載したメモを手渡した。

(二) 同月八日、原告は、西木係官に対し、「九月一〇日は集金等で都合が悪い。また来週中は仕事が忙しいので、調査は九月一七日以降にしてほしい。」旨の電話連絡をした。

(三) 同月一七日、西木係官が税務調査のため原告方に臨場した。原告方には、河北民主商工会の事務局員山上某が待機しており、西木係官はその退去を求めたのに対し、原告及び右事務局員がこれに応ぜず、同係官は調査を開始しないで辞去し、その後あらためて臨場して、「九月一九日に再度調査のため臨場する。本日のように第三者の立会いがあった場合には調査ができない。その場合はやむを得ず署独自の調査を進める。」旨を記載したメモを原告の妻に手渡した。

(四) 同月二六日、原告の妻と西木係官が電話で話し合い、同年一〇月八日に税務調査の期日をもつことになった。

(五) 同年一〇月八日、西木係官が税務調査のため原告方に臨場した。(三)と同様の経過で(ただし、この日待機していたのは河北民主商工会の事務局員の宮川某である。)、同係官は、結局原告に対する実質的な税務調査を実施しないまま原告方を辞去した。

4  本件係争年における原告の売上高に関する事実について

(一) 昭和五六年における原告の福昌センイ株式会社(福昌センイ)に関する売上高は少なくとも一一六一万四二五四円、協和レース株式会社(協和レース)に関する売上高は三二五一万七七一八円、森和男(森由レース)に関する売上高は四九万三二一〇円、内灘撚糸組合に関する売上高は三六九万七一七二円である。

(二) 昭和五七年における原告の福昌センイに関する売上高は少なくとも二六四八万六七三八円、協和レースに関する売上高は二五四二万八六三一円、森由レースに関する売上高は少なくとも三五六万九五六〇円、三興エンジニアリングに関する売上高は六〇万円、内灘撚糸組合に関する売上高は四六三万七六八五円である。

(三) 昭和五八年における原告の福昌センイに関する売上高は少なくとも三九五七万〇九四四円、協和レースに関する売上高は一〇一二万六三六四円、森由レースに関する売上高は五七六万四六八〇円、内灘撚糸組合に関する売上高は四六〇万七四二七円である。

二  争点

1  本件税務調査の適法性と推計課税の必要性について

(一) 被告の主張の要旨

(1) 原告が本件係争年分の所得税について行った確定申告の申告書には、いずれの係争年についても、営業所得の欄に専従者控除額及び所得金額の記載があるだけで、所得金額の計算の基礎となる収入金額及び必要経費額の記載がなく、収支計算書の添付もなかったため、被告は、本件係争年分の所得金額が正確に算出されたものかどうかを確認する必要があると判断し、西木係官をして、原告に対する税務調査を実施させた。その具体的な経過は、次のとおりである。

ア 昭和五九年九月七日、西木係官が税務調査のため原告方に臨場した。同係官は、原告に対し、「本件係争年分の所得税調査のために臨場した。」旨を告げた上、調査に協力するよう要請し、帳簿書類の提示を求め、事業概況の聴取をしようとしたところ、原告は、「今日は忙しくて応じられない。銀行で調べればわかるはずだ。何のためにうちへ来るのか。」と述べるなど全く調査に協力しなかった(日を改めてほしい旨を述べたことは、前記一の3の(一)のとおりである。)。その後再度原告方に臨場した同係官は、原告の妻に対し、前記メモを手渡したほか、税務調査に協力するよう原告への伝言を依頼した。

イ 同月八日の交渉は、前記一の3の(二)のとおりである。

ウ 同月一七日の経過は、前記一の3の(三)のとおりである。原告は、西木係官に対し、帳簿書類の提示を一切していない。

エ 同月一八日、西木係官は、原告から、「九月一九日の調査については、九月二五日まで多忙で都合が悪いため延期してほしい。」旨の電話連絡を受けたので、やむを得ず九月二六日に原告方に臨場することとあわせて、当日再び第三者の立会いがあった場合には調査ができないことを原告に説明した。

オ 同月二六日、西木係官は、原告の妻から、「原告は昨晩福井の取引先へ出かけたので、本日の調査を変更してほしい。」旨の電話連絡を受けた。そこで、同係官が、「一〇月一日に臨場する。」旨を申し渡したところ、その日も都合が悪いということであったので、前記一の3の(四)のとおり、やむを得ず一〇月八日に臨場することとした。なお、同係官は、右当日再び第三者の立会いがあった場合には調査できないので、調査に協力するよう原告への説得を依頼した。

カ 同年一〇月八日の経緯は、前記一の3の(五)のとおりである。そのため、同係官は、もはや臨場調査について原告の協力が得られないものと判断し、被告において取引先等を調査する旨を告げ、原告方を辞去した。

以上のとおり、被告は、西木係官をして繰り返し原告宅に臨場させ税務調査を実施しようとしたが、原告は、言を左右にするなどして満足な応答をせず、自己の主張を裏付けるべき帳簿書類の提示も行わず、調査に関係のない第三者の立会いを強いるなど非協力的な態度に終始したものである。このため、被告としては、原告方に対する臨場調査をこれ以上実施しても、原告の取引実績額を把握してその所得金額を算出することは不可能であると判断し、やむ得ず、同係官をして可能な限り原告の取引先に対する調査を行わせ、これによって得た資料に基づき原告の本件係争年分の所得金額を推計により算出したものである。

(2) なお、原告は、後記(二)のとおり、昭和五九年九月七日、被告(西木係官)が事前通知を行わず抜き打ち的な税務調査を行ったもので、本件税務調査は全体として違法である旨主張するが、質問検査権(所得税法二三四条)の行使方法について実定法上特段の定めのない事項については、質問検査権を有する税務署等の職員の合理的な裁量に委ねられていると解されるところ、税務調査を行う場合にその旨の事前通知を行うかどうかは、右にいう質問検査権の行使方法について実定法上特段の定めのない事項というべきであるから、これを欠いた税務調査も、相手方の私的利益との均衡において社会通念上相当な限度にとどまる限り適法というべきであり、実際上、前記(1)のような本件税務調査の経過に照らすと、これが違法なものであったとはいい難い。

また、原告は、同人が特定の団体(民主商工会を含む。)に属しているが故に被告(西木係官)は税務調査の事前通知を行わなかったもので、これは公平性を欠く差別行為であり、結社の自由に対する侵害行為である旨主張するが、被告(西木係官)は、事前通知をすることによって調査が効率的に行えず、支障が生じる虞れがあると認めたために事前通知をしなかったものであり、原告が特定の団体に属しているが故に事前通知をしなったわけではない。

(3) また、原告は、後記(二)のとおり、被告(西木係官)が本件税務調査にあたって河北民主商工会の事務局員の立会いを拒否したことには合理的な根拠がなく、調査権の濫用であって違法である旨主張するが、右の点についても、前記のように実定法上特段の定めのない事項というべきであるから、相手方の利益との均衡において社会通念上相当な限度にとどまる限り、税務職員の合理的な裁量に委ねられているといえるところ、税務調査においては納税者の営業の実態等を明らかにする必要からしばしば取引先に関する事項を詳細に調査することがあり、その調査で明らかにされる当該納税者やその取引先の営業に関する事項は、税務職員に課せられた守秘義務(国家公務員法一〇〇条、所得税法二四三条)の対象であることに照らすと、守秘義務を有する税理士の場合は格別、そうでない第三者の立会いは許すべきでないから、西木係官が第三者たる河北民主商工会の事務局員の立会いを拒否したことをもって違法とはいえない。

(二) 原告の主張の要旨

原告に対する本件税務調査は違法であり、推計の必要性はない。

(1) 本件税務調査の具体的な経過は、次のとおりである。

ア 昭和五九年九月七日、西木係官は、事前に何の通知もなく突然原告方に臨場し、原告に対して抜き打ち的な税務調査を強要した。原告は、予定していた仕事の都合で、調査の期日を改めるよう申し入れたが、同係官は、これを聞き入れようとせず、原告の妻に対して税務調査に応じるよう迫った。原告は、その都合を無視していることから、その理由をただしたが、明確な回答がなかったので、重ねて調査の期日を改めるよう申し入れた。このため、同係官は、一旦原告方を辞去した。その後の経過は、前記一の3の(一)のとおりである。

イ 原告は、その都合が考慮されないまま一方的に調査期日を指定された上、同月一〇日には既に予定した用件があったため、前記一の3の(二)のとおり電話連絡をした。

ウ 同月一七日、原告は、税務調査に関する本件係争年分の帳簿書類等を用意して調査を受けるべく待機していた。山上を同席させたのは、右帳簿書類の作成等を委託していることから原告とともに調査に協力すべく立会いを依頼したものである。西木係官は、「調査に関係のない第三者がいては調査ができない。」旨を述べて山上の退席を求めた。これに対して、原告は、「山上は、説明補助者として税務調査に協力するために立ち会っているものであり、調査に関係のない第三者ではない。」旨を述べて速やかに帳簿書類の検査をするよう促したが、同係官は、これに応ぜず、山上が退席しなければ調査できない旨述べて勝手に辞去したものである。

エ 原告は、右のような被告(西木係官)のやり方に到底承服できなかったので、改めて次回の調査期日を決めるべく被告(西木係官)との間で再三交渉をもったが、その都度第三者の立会いの可否が問題となり、同係官は、終始「第三者の立会いは認めない。立会人がいる限り税務調査はできない。」旨を述べて、第三者の立会いなくして調査に応じるよう原告に対して執ように要請したが、原告は、第三者の立会いを拒否する合理的な理由ないし法的根拠を明らかにするよう強く申し入れ、交渉の結果、次回の調査期日を同年一〇月八日にもつことになった。

オ 同年一〇月八日、原告は、前回同様、税務調査に関する帳簿書類等を用意して調査受けるべく待機していた。右当日、前回同様調査に協力すべく宮川外茂次(宮川)が同席していたのに対し、西木係官は、いきなりその退席を求めたため、原告は、同人の立会いを拒否する理由ないし法的根拠を明らかにするよう強く求めたが、同係官は、これに応ぜず、原告の提示した帳簿書類等を全く検査しないで、独自の調査をする旨を述べて勝手に辞去した。

(2) そもそも、原告については、税務調査を開始すべき客観的な必要性がなかったにもかかわらず、これが恣意的に行われたものである。そして、以上のとおり、納税者の理解とこれに基づく納税を基調とする申告納税制度の下にあっては、質問調査権の行使に際してその旨事前に通知することが当然に要求されるにもかかわらず、被告(西木係官)は、事前通知を行わないまま抜き打ち的に本件税務調査を行ったものである。さらに、本件税務調査が行われたのは、原告が特定の団体(河北民主商工会)に属しているが故である疑いが強く、その手続きは公平性を欠く差別行為であり、結社の自由に対する侵害行為といわざるを得ない。

また、前記のとおり、被告(西木係官)が河北民主商工会の事務局員である山上ないしは宮川の立会いを拒否した理由は、同人らが調査に関係のない第三者であり、調査に支障があるということにあるが、同人らは、原告が帳簿書類等の作成や整理をしてもらった人物であって、「第三者」とはいえず、むしろ同人らの立会いは調査に極めて有益であるから、調査に支障が生じるという理由は当たらない。

そして、原告は、前記のとおり、税務調査に関する帳簿書類等を実際に準備して、西木係官に提示しているのであるから、原告が本件税務調査に非協力的であったとは到底いえない。

2  本件処分における推計課税の合理性について

(一) 被告の主張の要旨

(1) 本件処分における推計課税の方法について

被告は、原告と類似する同業者の本件係争年分の必要経費率(総収入金額に対する必要経費の額《売上原価を含む。》の割合をいう。)を用い、本件係争年分の所得金額を推計により算出した。その詳細は次のとおりである(なお、本件処分においては、次に述べるうち、県貿易との取引に関する所得金額については、その基礎から除外されている。)。

ア 昭和五六年分について

まず、県貿易との取引に関する所得金額については、原告主張の売上金額一五二六万八四六八円から、売上原価の額一三七二万六三五三円(これは、原告の県貿易に対する売上にかかる売上原価の額が不明であるため、右の売上金額に別表二の(一)に記載の類似同業者(繊物卸売業者)四件にかかる平均売上原価率八九・九〇パーセントを乗じて推計により算出したものである。)及び必要経費の額八三万八二三九円(売上原価の額を除く。これは、原告の県貿易に対する売上にかかる必要経費の額が不明であるため、前記売上金額に別表二の(一)に記載の類似同業者四件に係る平均必要経費率五・四九パーセントを乗じて推計により算出したものである。)を控除すると、七〇万三八七六円(事業専従者控除前)となる。

次に、県貿易以外の取引に関する所得金額については、売上金額四八三二万二三五四円(これは、原告の県貿易以外の取引に関する売上金額が不明であるため、各取引先を調査して把握したものである。なお、各取引先別の収入金額の内訳は、別表三「取引先別収入金額内訳表」中の昭和五六年分の欄記載のとおりである。)から、必要経費の額四三一九万〇五二〇円(これは、原告の県貿易以外の取引にかかる必要経費の額が不明であるため、右の売上金額に別表四の(一)「必要経費率の計算表(昭和五六年分)」記載の類似同業者五件にかかる昭和五六年分の平均必要経費率八九・三八パーセントを乗じて、推計により算出したものである。)及び原告の長男小山隆一(隆一)にかかる事業専従者控除額四〇万円(原告の申告額)を控除すると、四七三万一八三四円となる。

以上によって、原告の昭和五六年における総所得金額を算出すると、総売上金額六三五九万〇八二二円から、総必要経費額五七七五万五一一二円及び事業専従者控除額四〇万円を控除して、五四三万五七一〇円となる。

イ 昭和五七年分について

まず、県貿易との取引に関する所得金額については、原告主張の売上金額一七六〇万七七九六円から、売上原価の額一六〇四万二四六三円(その算出方法は、別表二の(二)に基づき、前記アと同様の方法によったものである。)及び必要経費の額八七万三三四七円(売上原価の額を除く。その算出方法は、別表二の(二)に基づき、前記アと同様の方法によったものである。)を控除すると、六九万一九八六円(事業専従者控除前)となる。

次に、県貿易以外の取引に関する所得金額については、売上金額六〇七二万二六一四円(その算出方法は、前記アと同様である。別表三「取引先別収入金額内訳表」中の昭和五七年分の欄参照)から、必要経費の額五三九五万八一一五円(その算出方法は、前記アと同様である。別表四の(二)「必要経費率の計算法《昭和五七年分》参照)及び原告の長男隆一にかかる事業専従者控除額四〇万円(原告の申告額)を控除すると、六三六万四四九九円となる。

以上によって、原告の昭和五七年における総所得金額を算出すると、総売上金額七八三三万〇四一〇円から、総必要経費額七〇八七万三九二五円及び事業専従者控除額四〇万円を控除して、七〇五万六四八五円となる。

ウ 昭和五八年分について

まず、県貿易との取引に関する所得金額については、原告主張の売上金額二九八九万〇九四九円から、売上原価の額二七一四万九九四八円(その算出方法は、別表二の(三)に基づき、前記アと同様の方法によったものである。)及び必要経費の額一五七万五二五三円(売上原価の額を除く。その算出方法は、別表二の(三)に基づき、前記アと同様の方法によったものである。)を控除すると、一一六万五七四六円(事業専従者控除前)となる。

次に、県貿易以外の取引に関する所得金額については、売上金額六〇〇六万九四一五円(その算出方法は、前記アと同様である。別表三「取引先別収入金額内訳表」中の昭和五八年分の欄参照)から、必要経費の額五三七一万四〇七一円(その算出方法は、前記アと同様である。別表四の(三)「必要経費率の計算表《昭和五八年分》参照)及び原告の長男隆一及び二男小山芳幸(芳幸)にかかる事業専従者控除額八〇万円(原告の申告額)を控除すると、五五五万五三四四円となる。

以上によって、原告の昭和五八年における総所得金額を算出すると、総売上金額八九九六万〇三六二円から、総必要経費額八二四三万九二七二円及び事業専従者控除額八〇万円を控除して、六七二万一〇九〇円となる。

そうすると、以上によって算出される原告の本件係争年分の総所得金額は、いずれの係争年についても、本件処分が認めた総所得金額を上回るから、本件処分は適法なものというべきである。

(2) 本件処分における推計課税の合理性について

ア 推計方法の一般的合理性について

本件処分は、類似同業者の平均必要経費率を用いた推計によって原告の所得金額を算出したものであるが、右のような推計方法は、同一の業種においてはその必要経費の額と総収入金額との間に一定の比例関係が存するのが通例であることに基づくものであり、原告の営む編レース製造業の場合に限って右のような比例関係が存しないという特別の事情は見出し難いから、全体として合理性があるというべきである。

イ 類似同業者の選定方法の合理性について(県貿易との取引以外の取引を中心として)

被告において主張する前記類似同業者は、原告の業種、業態、所在地、事業規模等を念頭に置いて、金沢税務署管内及び隣接する松任・七尾税務署管内並びに編レース製造業者の比較的多い小松・福井税務署管内において、ラッセルレース機を使用して編レース製造業を営む個人事業者のうち、本件係争年分の所得税の確定申告について青色申告書を提出した者で、次の<1>及び<2>の各条件をいずれも満たす者である。

<1> 歴年、前記事業を継続して営んでいる者(ただし、年の途中において開廃業若しくは休業した者又は業態を変更した者、災害等により経営状態が異常であると認められる者、小規模事業者で、所得税法六七条の二の規定により収入及び費用の帰属時期をいわゆる現金主義によることとしている者、更正処分又は決定処分が行われた者のうち、これに対して不服申立て若しくは訴訟継続中の者又は法令の規定に基づく不服申立期間若しくは出訴期間を経過していない者を除く。)

<2> 係争年分の総収入金額が原告の営む前記事業の総収入金額のほぼ二分の一ないし二倍に当たる次の範囲にある者

昭和五六年分 二四二〇万円以上九六六〇万円未満

昭和五七年分 三〇四〇万円以上一億二一四〇万円未満

昭和五八年分 三〇一〇万円以上一億二〇一〇万円未満

右選定基準は、原告の営むような編レース製造業について、通常その所得金額を左右すると思われる重要な要素を包含し(逆に重要でない事項はむしろ捨象し)、かつ、かかる要素において原告のそれと基準の内容とが一致ないし類似するように設定されたものであり、あわせてその資料としての正確性、算定比率の信頼性を確保する上での限定をも付したものであって、十分合理性があるものである。

なお、前記類似同業者間ないしこれらの業者と原告との間の事業内容、条件等に関して種々相違する点が存すべきことはむしろ当然であるけれども、一般に推計による所得金額の算出は、その額が現実の所得金額とおおむね符合する蓋然性があれば合理性を肯定し得るというべきである。

また、原告は、後記(二)のとおり、ラッセルレース機には一八ゲージ機と二四ゲージ機があるところ、一八ゲージ機を使用している原告の場合には、二四ゲージ機を使用する場合に比較して生産性、収益性が低い旨主張するが、原告が別表五「ラッセルレース機一八ゲージと二四ゲージの相違」において主張する右両者の相違は、必ずしも当を得たものとはいい難い上、石川県内におけるラッセルレース機の種類別保有台数(昭和六三年六月末現在)については、むしろ二四ゲージ機よりも一八ゲージ機の方が多く、レース機の種類いかんによってその生産性、収益性が当然に異なるものではない。したがって、前記類似同業者が使用するレース機の種類いかんはその選定の合理性の判断に影響しないというべきである。

ウ 類似同業者の必要経費率そのものの合理性について

前記選定基準により選定された類似同業者の総収入金額、必要経費の額及び必要経費率は、別表四の(一)ないし(三)「必要経費率の計算表」(昭和五六年分ないし昭和五八年分)に記載のとおりである。

右同業者における各必要経費率は、それぞれの所得税青色申告決算書及びこれに基づき作成された個人事業者の課税事績表に従い正確に算出されたものであり、そこに推計の基礎となし得ないような不合理な要素は見出し難い。

(二) 原告の主張の要旨

(1) 本件処分における推計課税の方法について

被告が行った推計課税の方法は、前記(一)の(1)のとおりであるが、その算出方法は極めて粗雑である。即ち、例えば、必要経費は、本来各勘定科目別に-少なくとも原材料費・原価(率)と販売・管理費(率)に区分し、更に販売・管理費については一般経費(例えば、水道、光熱、通信費、公租公課等。これは収入金額に対してほぼ比例的に変動する。)と特殊経費(通常、人件費、外注加工費等の労働費用、及び地代、家賃、減価償却費、利子割引料等の資本費用、並びにその他特別損失があげられる。これらの費用は、収入金額に対して必ずしも比例せず、当該業者の特殊事情を反映する要素が多い。)とに区分、明示すべきものであるのに、これらを何ら区分しないで、一括して算出しているからである。

(2) 本件処分における推計課税の合理性について

本件処分は、被告の主張するとおり、類似同業者の平均必要経費率を用いた推計によって原告の所得金額を算出するものであるが、この方法による推計課税の場合には、比較される同業者と原告との類似性が極めて重要な要素となり、単に業種、業態、規模のみではなく、立地条件、取引条件等およそ所得に影響を与えるべき諸条件をすべて加味しなければならず、これらの諸条件について積極的な類似性が肯定されない限り、合理性に欠けるというべきである。

本件における被告の推計には、いわゆる倍半方式には何らの合理性がないこと、資料の抽出過程における恣意の介入がないことについて担保がないこと、立地条件の異なる福井県内の同業者も類似同業者とされていること、事業規模の差異が無視されていること等の外、次のような問題点がある。

すなわち、同じくラッセルレース機を使用する編レース製造業であっても、その使用する機械の種類によって製造する品目が異なり、その生産性、収益性も著しく異なる。ラッセルレース機には、大別して一八ケージ機二四ゲージ機があり、両者の構造(仕様)、用途、製造品目についての主な相違は、別表五「ラッセル・レース機一八ゲージと二四ゲージの相違」のとおりである。

そして、原告は、相当古い一八ゲージ機を使用して、主として中近東方面へ輸出される網レースを製造しているが、その製品は低級品であって、生産性、収益性は極めて低い。

したがって、被告が主張するように、単に「ラッセルレース機を使用する編レース製造業者」を類似同業者として選定したといっても(むしろ被告が類似同業者としてあげている業者は、二四ゲージ機を使用している業者と思われる。)、これによって推計の合理性を肯定することはできない。

また、前記のとおり、本件処分においては、県貿易との取引に関する所得金額はその考慮対象から除外されているものの、同取引は、後記3(一)のとおり、いわば採算性を度外視した友好貿易であって、その収益性は低い(むしろ収益の上がらない欠損取引である)ことや原告の営む編レース製造業の場合、その必要経費の中で特殊経費の占める割合が高く、原告の場合、殊にその傾向が顕著であるにもかかわらず、(1)で述べたとおり、被告は、経費を区分しないまま一括して算出する方法を採用していること等に照らすと、なおさら推計の合理性を肯定することは困難というべきである。

3  原告による実額反証について

(一) 原告の主張の要旨

(1) 実額反証の程度について

課税庁による推計課税は、その合理性が立証された場合には、納税者において特段の反証がなされない限り、これによる所得金額が真実のそれに合致するとの事実上の推定を受けるにすぎないので、これを破る反証としては、納税者の主張する所得金額が課税庁のそれよりも真実に近似していることが立証されることで足りると解すべきところ、次に述べるように、原告の主張する実額反証は、被告の推計よりも合理性を有する。

(2) 本件における実額反証について

ア 本件係争年における原告の売上高、仕入高、売上原価の額、売上総利益(粗利益)の額、必要経費の額、事業専従者控除額及び所得金額は、別表六の(一)ないし(三)「昭和五六年度ないし昭和五八年度損益計算表」のとおりである(なお、右各表のいずれも一枚目中、「総経費」の欄以下の記載は、左側が原告の当初主張額、右側がこれを補正した後の原告の最終的な主張金額である。)。

売上は、一般(その他の)売上と県貿易売上とに区分している。一般売上は、原糸を購入し、編レースに加工して販売する一般の製品売上であるが、県貿易売上は、(旧、以下略する。)ソ連邦へ輸出される商品であり、製品として仕入れ、そのまま県貿易を通じて販売されるものである。

売上原価は、本来期間中の実際の売上に対応したもの、即ち当該年中に消費した原材料額を計上すべきであるから、年首の棚卸高を加算し、年末の棚卸しを減じて、正味の売上原価を算出している。

売上総利益(粗利益)は、県貿易売上についてはほとんどない。これは、日ソ友好貿易として特別な契約を締結し、製品価格がそのまま販売価格として取引されているからである。このため、原告の収益性が低下することとなる。

経費は、一般経費と特殊経費に区分している。前記2の(二)の(1)のとおり、一般経費は、売上に対して通常比例的に発生するが、特殊経費は、必ずしも売上に比例せず、むしろ業者の特殊事情により大きく収益性に影響する。そして、原告の場合、この特殊経費の割合が高くなっている。

イ 右ア(原告の最終的な主張額)によれば、原告の本件係争年における所得金額は、昭和五六年分が一七一万七四五四円、昭和五七年分が二七三万一一九三円、昭和五八年分が七九万六七五七円となる。

(二) 被告の主張の要旨

(1) 実額反証の程度について

一般に、実額反証(実額主張)を試み、推計課税を破ろうとする場合には、所得税法が総収入金額から必要経費額を控除した額をもって所得金額としていること(同法二七条二項)からすれば、原告において収入と必要経費のすべてについて個々の発生原因事実を漏れなく主張し、かつ、客観的及び合理性を有する証拠資料によって合理的な疑いを容れない程度に立証することを要するというべきである。

(2) 本件における原告の実額反証について

原告は、推計課税に対する実額主張として前記(一)のとおり主張し、一応その立証を行っているが、その主張する売上が原告のすべての売上であることまで立証してはいない。また、原告の必要経費に関する立証についても、極めて不十分といわざるを得ない。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  前記第二「事案の概要」の一の1及び3の各事実に、証拠(乙九の1ないし3、証人西木の証言及び原告の供述《ただし、採用しない部分を除く。》)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の(一)ないし(七)の各事実が認められる。

(一) 原告は、住所地において編レース製造業を営む者であるところ、同人が本件係争年分の所得税について行った確定申告書には、いずれの係争年についても、所得金額の欄に専従者控除額及び所得金額の記載があるだけで、所得金額の計算の基礎となる収入金額及び必要経費の記載を欠き、収支計算書の添付もなかったため、その内容を確認するため、被告は、原告に対する税務調査を実施することとした。

そこで、金沢税務署の所得税調査事務を担当していた西木係官は、昭和五九年九月ころ、上司から原告に対する税務調査の実施を命じられた。

(二) 同月七日午前一〇時ころ、西木係官は、税務調査のため原告方に臨場した。その際、被告(西木係官)は、原告に対してその旨の事前通知は行っていなかった。

右同日、西木係官は、原告に対し、本件係争年分の所得税調査のために臨場した旨を告げた上、調査に協力するよう要請し、帳簿書類の提示を求め、事業概況の聴取をしようとした。これに対して、原告は、「明日は銀行が休みなので今日は忙しくて応じられない。(事業の概況等については)銀行で調べればわかるはずだ。なぜうちへ来たのか。突然来ずに連絡をしてほしい。」旨を述べて、その場から立ち去った。そこで、西木係官は、原告の妻に工場内を案内してもらい、同人から事業の概況等を聴取しようとしたが、同人では要領を得ず、再び現れた原告から事業の概況等を聴取しようとしたが、日をあらためるよう要望されて、一旦原告方を辞去した。

そして、西木係官は、「次回の調査を九月一〇日午前一〇時に行う。」旨記載したメモを作成した上、再度原告方に臨場し、応対に出た原告の妻に対し(その際、原告は外出して不在であった。)、右のメモを手渡して、税務調査に協力するよう伝言した。

(三) 同月一〇日が不都合であったため、原告は、同月八日、西木係官に対し、「九月一〇日は集金等で都合が悪い。また来週中は仕事が忙しいので、調査は九月一七日以降にしてほしい。」旨の電話連絡をした。

(四) 同月一七日午前一〇時ころ、西木係官は、税務調査のため原告方に臨場した。原告は、その際、応接間において税務調査に関する帳簿書類(昭和五六年度収入・支出帳《甲一〇の1》、昭和五七年度及び昭和五八年度現金出納帳《甲一〇の2及び3》、昭和五六年度ないし昭和五八年度収支元帳《甲五の2》)を準備し(なお、右各帳簿類の内容が完備されていたかどうかについては後述のとおり疑問がある。)、これらの帳簿書類の作成整理に関与した河北民主商工会の事務局員である山上に説明を補助してもらうために、立ち会ってもらっていた。

そこで、西木係官は、原告に対し、「公務員には守秘義務があり、納税者本人が認めていても、税理士でない第三者の立会いを認めるわけにはいかない。」旨を説明し、山上を退席させるよう再三要請するとともに帳簿書類の提示を求めたが、原告が山上を退席させることに応じなかったので、やむなく原告方を辞去した。

そして、同日午後二時過ぎ、西木係官は、再び原告方に臨場し、原告の妻に対し、「次回の調査日を九月一九日に行う。第三者の立会いがあった場合には調査ができない。」旨を説明した。

(五) 同月一九日が不都合であったため、原告は、同月一八日、西木係官に対し、「九月一九日を含めて、九月二五日まで多忙で都合が悪いため延期してほしい。」旨の電話連絡をした。そこで、同係官は、やむを得ず同月二六日に臨場することとあわせて、当日第三者の立会いがあった場合には調査ができないことを原告に説明した。

(六) 同月二六日、原告の妻は、西木係官に対し、「原告は昨晩福井の取引先へ出かけたので、本日の調査を変更してほしい。」旨の電話連絡をした。そこで、同係官が、原告の妻に対し、「一〇月一日に臨場する。」旨申し渡したところ、その日はどうしても都合が悪いということであったので、やむを得ず同年一〇月八日に臨場することとあわせて、当日第三者の立会いがあった場合には調査できないので、調査に協力するよう依頼した。

(七) 同年一〇月八日午前九時半ころ、西木係官は、税務調査のため原告方に臨場した。原告は、その際、応接間において前記(四)と同様の税務調査に関する帳簿書類を準備し(なお、ここでも右各帳簿類の内容が完備されていたかどうかについては後述のとおり疑問がある。)、河北民主商工会の事務局員である宮川に説明を補助してもらうために、立ち会ってもらっていた。

そこで、西木係官は、原告に対し、宮川を退席させるよう要請したが、原告はこれに応じなかった。このため、同係官は、臨場調査について原告の協力が得られないものと判断し、被告において取引先等を調査する旨を告げ、実質的な税務調査を実施しないまま原告方を辞去した。

2  そこで判断するに、一般に、税務担当職員は、租税の公平確実な賦課徴収を実現するため、納税者からの申告がない場合、あるいは申告が適正になされていないと認められる合理的な疑いが存する場合には、課税処分を行うかどうかを判断するため、当該納税者その他一定の者に対して質問し、又は帳簿書類その他の物件を検査することができる(所得税法二三四条等)ところ、右1の事実に照らすと、原告は、本件係争年についてその所得金額を適正に申告したものでないと推測するに足りる合理的な疑いが存したと認められるから、被告が原告の所得金額を調査すべく、質問検査権を行使したことは、適法というべきである。

そして、右質問検査権行使の範囲、程度、時期、場所等の細目については、質問検査の必要と納税者の利益とを衡量して社会通念上相当な限度にとどまる限り、当該税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解される(最高裁昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五ページ参照)のであって、納税者から調査理由の開示や調査の事前通知を行うことを求めたり、第三者の立会いを求める権利を肯定すべき法令上の根拠を欠く(なお、甲二、三の内容も事前通知を当然に要求するものではない。)以上、調査の事前通知を行わず、その調査理由を具体的に明らかにしないまま調査に入り、あるいは守秘義務(所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条)の存することを理由として調査の際に第三者の立会いを拒絶することは、右裁量権の範囲を超えるものではないというべきである。

なお、原告の主張によれば、右の第三者については帳簿書類の作成等を委託していることから説明補助者として立会いを要請したものというが、立会いを要請した理由が右主張のとおりであると認定するに足りる適切な証拠はない(そもそも、原告が係争年分について申告した所得額が前記のとおりであることからすると、本件税務調査当時果たしてどの程度の帳簿書類が備っていたのかについては疑問なしとしないところである。)。

なお、原告は、同人が特定の団体(河北民主商工会)に属しているが故に差別的な取扱いを受けた旨主張するところ、証拠(甲四の1及び2、三〇、三五の1、六三の1ないし4、証人西田辰男《西田》の証言《第一回》及び原告の供述)中には右主張を裏付けるかのようなものも存するけれども、前認定のとおり本件税務調査の直接の契機は本件係争年に係る原告の申告が適正でないことを推測するに足りる合理的な疑いが存したことにあり、これらの証拠を含めた本件全証拠をもってしても、なお被告が右のような団体に殊更に打撃を与える目的で本件税務調査を行ったとは認めることはできない。

そして、前記1の事実によれば、原告は、第一回目の調査期日には調査を延期してほしい旨を述べるのみで西木係官の聴取に応ぜず、第二回目及び第三回目の調査期日には、いずれも河北民主商工会の事務局員である山上ないし宮川の立会いに固執して被告(西木係官)が調査を実施することを妨げたものであって、被告の調査に対して一貫して非協力の態度を示したといわざるを得ない(前記1のとおり、西木係官が原告方に臨場した際に原告が税務調査に関する帳簿書類を準備していたとしても、それだけで調査に協力したとはいい難い。)から、被告があらかじめ原告に告知した上で反面調査に着手したことは何ら違法ではないというべきであり、かつ帳簿書類の閲覧ができず、原告の所得金額を実額で把握できなかった以上、推計の方法によって原告に対する課税処分を行う必要性があったと判断することができる。

二  争点2について

1  前記第二「事案の概要」の一の1及び4の各事実に、証拠(甲一、五の1、二七の2《更に細かな枝番を含む。》、三五の1、五六、七二、証人西田の証言《第一回》及び原告の供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の(一)ないし(五)の各事実が認められる。

(一) 原告は、昭和三八年ころから二年間、従兄弟の経営するレース工場に勤務した後、昭和四〇年一〇月、独立して住所地において個人で編レース製造業を始め、昭和六〇年五月に法人化した。

(二) 原告が昭和四〇年に編レース製造業を始めて以降、その営業に主として従事してきたのは、原告のほか、同人の妻、母親及び長男の隆一であり、二男の芳幸が時々アルバイトとして手伝うほか、数名の(本件係争年当時は三名位)従業員を雇っていた。

(三) 原告が編レース製造業を始めた昭和四〇年以降(特に本件係争年当時)におけるその営業内容は、大別して、通常の編レース製造業と県貿易との取引とに二分される。このうち、通常の編レース製造業は、取引先の注文を受けて原糸を仕入れ、これを編レースに加工して販売するもので、原糸も取引先の指示を受けて自己の計算で用意していた。これに対して、県貿易との取引は、日ソ友好貿易の一環としての取引で、製品として仕入れ、そのまま(ただし、少し染色することがあるという。)県貿易を通じてソ連邦に輸出されるものである。

(四) 原告が本件係争年当時に所有していたレース機(ラッセルレース機)は、武田株式会社製のものが二台、山本株式会社製のものが四台であった。編レース機は、一八ゲージ機と二四ゲージ機に大別される(これは一インチの間の針の数による区別である。)ところ、原告の所有するレース機はすべて一八ゲージ機であった。

(五) 原告の本件係争年における県貿易に関する売上高は、昭和五六年が一五二六万八四六八円、昭和五七年が一七六〇万七七九六円、昭和五八年が九八九万〇九四七円である。また、原告の本件係争年における県貿易以外の取引に関する売上高は、少なくとも別表三「取引先収入金額内訳表」のとおりである。

2  右1の事実に、証拠(乙一ないし六、証人今村勉《今村》の証言)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件処分において被告が行った推計の具体的な方法(類似同業者の選定を含めて)は、前記第二「事案の概要」の二の2の(一)「被告の主張の要旨」中、(1)及び(2)のイ(ただし、県貿易との取引にかかる所得金額に関する部分及び評価の主張にわたる部分を除く。)のとおりであることが認められる。

3  ところで、右2のような推計方法に合理性があるというためには、その手法自体が一般的に見て合理的であることのほか、その内容、とりわけ類似同業者の選定方法が合理的であることが必要というべきである。

(一) そこでまず、推計方法の一般的な合理性について見るに、右推計方法は、原告の各取引先を調査の上把握した収入の総額を推計の基礎として、原告と類似する同業者(編レース製造業者)の必要経費率を用いて、本件係争年分の所得金額を推計により算出したものであるところ、同一の業種においては、その総収入額と必要経費の額との間にある程度一定の比例関係が存するのが通例と考えられるから、原告の営む編レース製造業の場合に限ってこのような比例関係がないことを裏付ける特段の事情がない限り(その個別的事情については後記(二)において検討する。)、右のような推計の方法も合理性を有するということができる。

(二) 次に、本件推計課税における類似同業者の選定方法は、前記2のとおりであるところ、右方法においては、原告と類似する同業者として、原告の業種、業態、所在地、事業規模等(前記1の事実参照)を念頭において、原告の居住する金沢税務署管内及び隣接する松任・七尾税務署管内並びに編レース製造業者の比較的多い小松・福井税務署管内においてラッセルレース機を使用して編レース製造業を営む個人事業者とした上、本件係争年分の収入金額が原告のほぼ二分の一以上二倍以下であることという選定基準を採用し、更に被告主張のような種々の条件を付して原告とその営業規模が類似する同業者を選定しているものであり、合理的な方法ということができる。

(三) もっとも、原告は、一八ゲージのレース機と二四ゲージのレース機との間には別表五「ラッセル・レース機一八ゲージと二四ゲージの相違」のような相違があり、古い一八ゲージ機のみを使用して主として中近東向け輸出用のレースを製造している原告の場合にはその収益性が低い旨、また、県貿易との取引は採算性を度外視したいわば日ソ友好貿易であって、同じくその収益性は低い旨、更に原告の営業における必要経費については、特殊経費の占める割合が高い旨(したがって、本件処分における推計課税はその合理性を欠く旨)主張し、証拠(甲一、五の1、三五の1及び2、三六、三八、六一、七〇、証人西田の証言《第一、二回》、原告の供述等)の中にはこれに符合する部分もある。

しかしながら、証拠(乙七、八の1及び2、三八、三九)によれば、昭和六三年六月末の時点において、石川県内において登録されている編レース編立機のうち、一八ゲージ機は七五人(社)三四三台であり、二四ゲージ機は三八人(社)一七九台であること(乙三九によれば、近年徐々に二四ゲージ機が増加しつつあることが認められることに照らすと、本件係争年当時においても全体の割合としては、二四ゲージ機よりも一八ゲージ機の方が多い傾向にあったことを推認することができる。)、また、前記のとおり一八ゲージ機と二四ゲージ機の相違は、一インチ間の針の数にあるところ、一般に二四ゲージ機で編んだレースの方が一八ゲージで編んだレースに比較して編み目が細かく、一応高級品といい得るが、機械の回転数や使用する原糸の種類はレース機の違いによって定まっているものではなく、一八ゲージ機であっても、回転数を上げることによってその生産性を向上させることができること、編レース製造業における収益性は、レース機の違いによって決定されるものではなく、市場の価格動向、取引先の注文内容、当該業者が持っている技術等、さまざまな要因によって左右されるものであることが認められる。

また、原告が主張するような県貿易との取引の特殊性については、前記2のとおり、そもそも本件処分においては、右取引による収入金額が原告の所得金額の算出の基礎とはされていないから、右取引が特殊な取引であることを考慮しても、本件処分が直ちに違法となるものとはいい難い。むしろ、証人今村の証言によれば、原告が県貿易との取引から得る収入金額については、利益がないものとして推計したことが認められるから、この点においてはむしろ原告にとって有利な推計がなされたものということができる。

もっとも、原告は県貿易売上については売上総利益(粗利益)がほとんどない(あるいは欠損になった)と主張するが、友好貿易であるとはいえそのような取引をすること自体不合理であるほか、本件係争年ころの県貿易の事業収支はその輸出部門に関するかぎり収益性の高いものされていた(甲五七ないし五九)ことからすると、原告が欠損を出してまでそのような取引をしていたという主張を直ちに採用することはできないばかりか、右取引に係る経費の負担ないし帰属に係る原告自身の認識はきわめてあいまいであり、またその供述内容が不明瞭であって(原告の供述やその後になって作成提出された甲六一など)、このような原告の認識を前提として算出された結果(たとえば、甲三八)に基づく右のような主張を採用することができないことは明らかである。なお、甲六一によれば、県貿易との取引に係る経費の一部(梱包代金や検査料等。それまでこれは原告が負担していたものであり、その結果この取引の収益性が阻害されていたとされている。)については、昭和五八年分に限って原告の仕入先である協和レースが負担することに合意されたというが、特定の年分に限ってある経費を取引の一方当事者が負担するということは合理的でない。むしろ、右の一部の経費は従前から協和レースが負担していたものと推認するのか相当である。

そして、更に、被告が選定した類似同業者の中に二四ゲージ機を使用する同業者が含まれていない可能性が全くないとはいえないとしても、前記のような同業者比率による推計の方法は、いわゆる平均値による推計の方法であって、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は捨象されるから、営業条件の差異が平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、推計の合理性を肯定し得るところ、前記のような使用するレース機及び県貿易との取引の特殊性という各点のほか、原告が主張する特殊経費の割合の高さという点についても、原告に限定された特殊事情とまではいい難く(この点について、原告からは他に右のような顕著性を肯定すべき特段の立証はない。)、本件処分における推計の合理性を損なうものとは到底いえない。

三  争点3について

1  本件係争年当時における原告の営む編レース製造業の実態は、前記二の1のとおりであるところ、これに証拠(甲五ないし二〇、三五、三八《いずれも各枝番を含む。なお、これらが真正に成立したものであることについては、証人西田の証言-第一、二回、原告の供述及び弁論の全趣旨のいずれかによって認める。》、証人西田の証言《第一、二回》及び原告の供述)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の(一)及び(二)の各事実が認められる。

(一) 原告は、本件係争年当時、編レース製造業を営んでいたところ、その帳簿書類の作成については河北民主商工会の指導を受けていた。

本件係争年当時、原告ないし同人の妻が直接記帳していた主要な帳簿書類は、昭和五六年度収入・支出帳(甲一〇の1、これは原告の妻が記帳していた。)、昭和五七年度現金出納帳(甲一〇の2)、昭和五八年度現金出納帳(甲一〇の3)、手形受払帳(甲九の2)、その他のメモである。

原告は、右の帳簿書類と各種証票類(甲七の2ないし18、八の2ないし6、一二ないし二〇《いずれも各枝番を含む。》)を河北民主商工会に預け、同会は、これらに基づき、本件係争年における原告の収支元帳(甲五の2)を作成した。

(二) 証人西田(西田税理士)は、原告が本件処分に対する審査請求を行うにあたってその依頼を受け、原告(ないし同人の妻)及び河北民主商工会の作成した右帳簿書類、各種証票類等の点検、補正を行った。

西田税理士は、原告の銀行預金取引について当座預金出納帳(甲六の1ないし3)を、手形取引について受取手形支払整理表(甲九の1、その元になったのが手形受払帳《甲九の2》である。)を、現金取引について現金出納帳(甲一一の1ないし3、その元になったのが本件係争年の収入・支出帳ないし現金出納帳《甲一〇の1ないし3》である。)をそれぞれ作成した上、更にこれらの帳簿書類に前記収支元帳(甲五の2)、当座勘定照合表(甲七の1)及び当座勘定取引明細綴(甲八の1)のほか、前記各種証票類(甲七の2ないし18、八の2ないし6、一二ないし二〇《いずれも各枝番を含む。》)を照合して、本件係争年における原告の収入金額、仕入金額、必要経費額を検討し、本件係争年における原告の営業成績を示すものとして、最終的に損益計算書(甲五の1)を作成した。

そして、同税理士は、本件訴訟に至ってその説明書として陳述書(甲三五の1)を作成し、更に右損益計算書(甲五の1)を再検討した結果、当初計算において計上漏れあるいは過大計上のあった点を補正したものとして、陳述書(甲三五の2)及び報告書(甲三八、これは主として右損益計算書中の必要経費の額を補正したものである。)を作成した。

2  そこで、右1の事実に基づき、原告の実額反証について具体的に検討する。

(一) まず、原告の実額反証として提出された前記帳簿書類(書証)の内容には不正確ないし不明確な点が存在する。

即ち、西田税理士は、原告の作成にかかる手形受払帳(甲九の2)を補正して受取手形受払整理表(甲九の2)を作成したものであるが、両者を比較すると、前者には多くの脱漏(特に県貿易との取引にかかる受取手形)があることが認められる。

次に、原告の妻の作成にかかる昭和五六年度収入・支出帳(甲一〇の1)については、その体裁上、入出金の日付が一部前後しており、残高も部分的にしか記載されていないほか、書き直したような形跡が所々ある。また、原告の作成にかかる昭和五七年度及び昭和五八年度現金出納帳(甲一〇の2及び3)については、その体裁上、残高が部分的にしか記載されていないほかは右とは逆にほとんど誤まりなく整然と記載されているが、原告が日々メモ的に記載したものと供述していることに照らしてかえって不自然である。そして、前記1の事実に、証拠(証人西田の証言)を総合すれば、西田税理士は、これらの現金出納帳等には計上漏れがあったりその記載が不十分であったため、当座預金出納帳(甲六の1ないし3)を作成した上、これと前記各種証票類に基づいて補正を加え、現金出納帳(甲一一の1ないし3)を作成し直したことが認められるから、元々原告ないし同人の妻が作成した前記現金出納帳等の正確性に疑問があることは否定できない。

更に、前記1の事実に、証拠(原告の供述)を総合すれば、本件係争年の収支元帳(甲五の2)は、前記現金出納帳(甲一〇の1ないし3)等に基づき、河北民主商工会において作成したものであることが認められるところ、その体裁上、書き直したような形跡が散見されるほか、そもそもその作成者及び作成時期自体あいまいである(原告は、証拠の説明としては自分が作成したものと説明しながら、実際の作成者は河北民主商工会の者である旨供述するが、具体的にはわからないという。また、原告の供述中には、その都度原始資料を河北民主商工会に渡して作成してもらっていたとする部分があるが、仮にそうであるとすると、前認定のように原告の本件係争年分の申告所得額と本件における原告の主張額との乖離が生ずることを理解しがたい。)。

そして、前記1の事実によれば、西田税理士は、本件係争年における原告の営業成績を示すものとして最終的に損益計算書(甲五の1)を作成したものであるところ、証拠(証人西田の証言《第一回》によれば、同税理士がその作成にあたって最も基本としたのが右収支元帳(甲五の2)であることが認められるが、その内容の正確性に疑問のあることは右に見たとおりであるうえ、前記1のとおり、同税理士は、本件訴訟に至って更に右損益計算書を再検討し、陳述書(甲三五の2)及び報告書(甲三八)をもって、当初計算で計上漏れあるいは過大計上のあった点を補正しているのであって、このようにたびたび補正すべきこと自体これらの正確性を減殺するものというべきである。

ちなみに、前述のとおり、原告の本件係争年分に係る所得税の申告額は別表一記載のとおりであり、これに対して、本件における原告の右各年分の主張額は別表六の(一)ないし(三)記載のとおりである。原告が主張するように後者が実額であるとすれば、この両者の乖離はそれだけ前者算出の基礎となった資料の不完全さないし不十分さを示すものと思料されるところである。

(二) 次に、原告が実額反証に関するものとして提出している原始記録たる前記各種証票類(書証)はその主張のすべてを裏付けるものとはいい難い。

即ち、本件係争年における原告の売上金額についての直接の書証としては、福昌センイの作成にかかる支払明細書(昭和五六年分について甲一二《以下、この項目においては、書証を掲げる場合、いずれも各枝番を含むものとする。》、昭和五七年分について甲一五、昭和五八年分について甲一八)が提出されているのみで、その他の売上先に関する売上金額については、これを直接裏付ける証拠の提出はない。

また、本件係争年における原告の仕入金額(売上原価)についての書証としては、各仕入先の領収証等が提出されている(昭和五六年分について甲一三、昭和五七年分について甲一六、昭和五八年分について甲一九)が、証拠(甲一三の10ないし13、乙二三及び原告の供述)によれば、上口商事株式会社の作成にかかる領収証の一部(甲一三の10ないし13)には再発行されたものもあることが認められ、その仕入金額に疑問が残ることは否定できない。

更に、証拠(乙三五)及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件係争年における必要経費の額を立証するために提出している領収証等の書証(昭和五六年分について甲一四、昭和五七年分について甲一七、昭和五八年分について甲二〇)は、原告の主張する前記必要経費の額の一部に過ぎないことが認められる。

(三) 右の点だけをみても、原告が本件処分における推計課税を破る実額反証を十分行ったものとは到底いえないことは明らかである。

四  結論について

以上のところから、原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本良成 裁判官 高橋善久 裁判長裁判官伊藤剛は、転補のため署名捺印できない。裁判官 橋本良成)

別表一

<省略>

別表二の(一)

(昭和56年分)

<省略>

別表二の(二)

(昭和57年分)

<省略>

別表二の(三)

(昭和58年分)

<省略>

別表三

取引先別収入金額内訳表

<省略>

別表四の(一)

必要経費率の計算表(昭和五六年分)

<省略>

別表四の(二)

必要経費率の計算表(昭和五七年分)

<省略>

別表四の(三)

必要経費率の計算表(昭和五八年分)

<省略>

別表五

ラッセル・レース機18ゲージと24ゲージの相違

<省略>

別表六の(一)

昭和56年度損益計算表

<省略>

411売上高(56年)

<省略>

422仕入高(56年)

<省略>

別表六の(二)

昭和57年度損益計算表

<省略>

411売上高(57年)

<省略>

422仕入高(57年)

<省略>

別表六の(三)

昭和58年度損益計算表

<省略>

411売上高(58年)

<省略>

422仕入高(58年)

<省略>

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