大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

金沢地方裁判所 昭和57年(ワ)520号 判決 1984年8月22日

原告

浜野功

被告

木戸口正義

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し、連帯して、金三〇六万七、五六五円及びこれに対する昭和五六年一〇月一三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  被告木戸口義彦は原告に対し、前項の金員のほかに金六〇万円及びこれに対する昭和五六年一〇月一三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

三  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、連帯して、金六七二万六、〇二五円及びこれに対する昭和五六年一〇月一三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和五六年一〇月一三日午前二時五〇分ころ

(二) 場所 福井県武生市塚原町二五字町田一三号五番地先国道八号線上

(三) 事故の態様

被告木戸口義彦(以下「義彦」という。)が、飲酒のうえ普通乗用自動車(福井三三な二七六六―以下「加害車」という。)を無免許で運転し鯖江市方面から敦賀市方面に向つて進行中、先行する普通貨物自動車(以下「訴外車」という。)をその右側から追い越そうとして同車と並進状態となつた際、折から前方八一・四メートルの地点に対向して進行してくる原告運転の普通乗用自動車(以下「原告車」という。)を認めながら、加速して訴外車の直前を左側車線に入つたため、同車との接触の危険を感じ、ハンドルを右に急転把し、加害車を右側対向車線上に暴走させたため、同車線を進行してきた原告車の前部に加害車の左側前部を激突させ、原告に後記重傷を負わせたうえ、なお同被告は原告に対する救護措置をとらずその場から逃走した。

2  責任原因

(一) 被告木戸口正義(以下「正義」という。)の責任

被告正義は、本件事故につき、加害車の運行供用者として自賠法三条に基づく責任及び本件事故を発生させた被告義彦に対する父親としての監視監督義務違反による民法七〇九条に基づく不法行為責任を負担する。すなわち、

(1) 本件加害車は、昭和五五年三月ころ被告義彦が、同被告の父である被告正義をその連帯保証人として、月賦払いによる元利金二一〇万余円で購入し、被告義彦において使用していたものであるが、仮に被告正義において当初このことを知らなかつたとしても、当時被告義彦は二〇歳に達したばかりで、父である被告正義と同居してその生活は同被告の扶養下にあつたものであるから、加害車の右月賦代金(月額五万六、〇〇〇円)及びガソリン代その他の維持費の支払いは、事実上被告正義の負担によつて賄われていた(当時被告義彦は暴走族に属していて、暴走行為により検挙されたこともあるくらいであるから、右加害車のガソリン代等の維持費は相当高額に上つていたと推定される。また、昭和五五年一二月になされた加害車の車検費用は、被告正義の妻が支払つている事実もある。)。そして、被告正義は、昭和五六年二月ころ、自動車販売会社から加害車の月賦代金の督促を受けたことによつて、遅くともそのころ、被告義彦が被告正義を連帯保証人として加害車を購入していたことを知つたのであるが、この時点で被告正義は、被告義彦のためこれを容認し、当時同被告は無職で経済的能力がなかつたため、以後月賦残代金百数十万円は被告正義が直接これを支払い完済した。

本件事故当時、加害車は被告らの知人である訴外萩原方に預けられていたが、これは、被告正義方に同車を駐車させる場所がなかつたことと、当時被告義彦は運転免許を取り消されていたため、同被告が免許を再取得するまでの間被告正義から右萩原にその保管を依頼し、その間同被告は前記のとおり月賦残代金の支払いをつづけていたものである。

(2) 被告義彦は、少年時代の無免許運転から始まつて本件事故に至るまで合計一四回にわたり交通違反や交通事故で検挙されており、昭和五六年三月一二日には運転免許の取消処分を受け、また右交通違反等により前後五回にわたつて罰金刑にも処せられているが、その罰金の殆んどは被告正義が支払つてきた。したがつて、被告正義としては、本件事故当時被告義彦の父として、同被告が無免許で加害車を運転するおそれのあることを十分予測して、同被告が加害車の運行によつて他人に危害を加えることのないよう監視監督すべき社会的立場にあつたものである。

(3) 以上によれば、被告正義は、本件事故当時加害車の保有者として、その運行を支配していたものというべく、また、本件事故は、同被告の被告義彦に対する前記監視監督義務を怠つた不法行為により発生したものということができる。

(二) 被告義彦の責任

本件事故は、加害車を運転していた被告義彦が、前記のとおり訴外車を追い越すにあたり、対向してくる原告車との安全を確認しないで進行し、原告車の前面に加害車を暴走させた過失により発生したものであるから、同被告は、本件事故につき民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負担する。

3  原告の受傷部位程度及び治療経過

原告は、本件事故により、右膝蓋骨骨折、左脛骨近位端皮下骨折、左肘骨橈骨肘関節内粉砕骨折、左膝下腿挫傷、下口唇挫創、全身打撲の傷害を負い、次のとおり入通院加療を要した。

入院一四九日間

自 昭和五六年一〇月一三日

至 同年一二月一二日

武生市所在林病院

自 昭和五六年一二月一三日

至 昭和五七年三月一〇日

金沢市所在広瀬整形外科医院

通院一五五日間(内実日数九〇日)

自 昭和五七年三月一一日

至 同年八月一二日

広瀬整形外科医院

4  損害

原告は、本件事故により次のとおり損害を被つた。

(一) 医療費 五二万八、一八〇円

(二) 付添看護費 一八万三、〇〇〇円

原告が前記林病院に入院中全期間付添看護を要し、その間原告の妻が付添看護をしたので、その一日三、〇〇〇円の割合による六一日分。

(三) 入院諸雑費 一四万九、〇〇〇円

一日一、〇〇〇円の割合による前記全入院日数一四九日分。

(四) 通院交通費 一万六、二〇〇円

前記広瀬整形外科医院への通院一回につき往復一八〇円を要したバス代の合計実通院回数九〇回分。

(五) 休業損害 一九〇万八、〇〇〇円

原告は、本件事故当時金沢市所在のヨシダ印刷株式会社に勤務していたが、本件事故による入通院治療のため、事故後昭和五七年三月末日まで欠勤を余儀なくされ、右欠勤がなかつたならば支給されたはずの給料五か月分(昭和五六年一一月分以降昭和五七年三月分まで)一五八万八、〇〇〇円及び昭和五七年七月分の賞与三二万円の合計一九〇万八、〇〇〇円が支給されず、同額の損害を被つた。

(六) 後遺障害による逸失利益 二九〇万八、八六〇円

原告は、本件事故による傷害の結果、一四級相当の後遺障害を残すに至つたが、右後遺障害により従前の労働能力の五パーセントを喪つた。そして、右症状固定時原告の年齢は五一歳で、当時原告は五〇四万三、一〇〇円の収益を挙げ得る能力を有しており、以後一六年間就労可能であつたからその間の右労働能力喪失による逸失利益を、ホフマン式(年別複式)計算法によつて中間利息を控除して現価総額を求めると、次式のとおり二九〇万八、八六〇円となる。

5,043,100円×5/100×11.536(ホフマン係数)=2,908,860円

(七) 慰謝料 一八六万円

原告の前記傷害に対する入通院期間中の慰謝料一三一万円及び前記後遺障害に対する慰謝料五五万円の合計金。

(八) 物損 六三万円

本件事故により大破し廃車せざるを得なくなつた原告車の事故時価格五七万円と、原告が事故時身につけていて破損したメガネ代三万円、腕時計代二万円、衣服代一万円の合計金。

(九) 損害の填補

以上(一)ないし(七)の損害合計額は八一八万三、二四〇円となるところ、原告は、その賠償金として、既に自賠責保険から一九四万七、二一五円(うち後遺障害補償分七五万円)と、被告らから一一万円の合計二〇五万七、二一五円の支払いを受けた。よつて、その差引損害残額は六一二万六、〇二五円となる。

(一〇) 弁護士費用 六〇万円

原告は、本訴の提起追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、勝訴の際の報酬として六〇万円を支払う約束をした。

5  結論

よつて、原告は被告らに対し、本件事故に基づく損害賠償として、前記4の(九)の損害残金及び(一〇)の弁護士費用の合計金である六七二万六、〇二五円とこれに対する本件事故発生の日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。ただし、本件事故の態様につき付加すべき事実は、後記2の(二)で述べるとおりである。

2  同2の事実は否認する。

(一) 被告正義の責任について

(1) 本件加害車は、昭和五五年三月一五日被告義彦が月賦購入したものであつて、その際同被告は被告正義の印鑑を無断使用して同被告を連帯保証人としたが、これらのことは当時同被告は全く知らなかつたものである。そして、当時被告義彦は福井県武生市内の福井白アリ株式会社に勤務して一か月十数万円の給与を得ていたので、加害車の月賦代金五万六、〇〇〇円余りは毎月同被告自身が支払つていたのである。ところが、昭和五六年に入つて同被告が右会社を辞めたことから右月賦代金が支払えなくなり、その督促を受けて被告正義が始めてこれらの事実に気づき、被告義彦を叱責したうえ、加害車を自動車販売会社に返還させようとしたが、これを返還してもなお購入代金の残額を支払わねばならないため、その経済的損失を防ぐ意味もあつてやむなく被告義彦の加害車購入に関する行為をその時点で追認したものである。

また、加害車のガソリン代についても、多くの場合被告義彦やその友人が支払つていたもので、たまに被告義彦が勝手に被告正義の取引先のガソリンスタンドで給油を受けることもあつたが、その代金は同被告方の他の保有車両の分と一括して同被告が支払つていたもので、同被告において特に加害車の分と認識して支払つていたものではなく、加害車のその他の維持管理費用についても同被告が積極的にこれを負担してやつたことはない。もつとも、昭和五五年一二月になされた加害車の車検費用は、被告義彦の母つまり被告正義の妻が支払つているが、これとて被告正義においては全く関知しないところであつた。

加えて、本件加害車は、購入以来訴外萩原方に保管されていて、被告正義が支配を及ぼすことは困難な状況であつた。

よつて、被告正義が本件事故について加害車の運行供用者としての責任を負担することはない。

(2) 次に、被告義彦は昭和三五年二月一八日生れであつて、前記加害車購入時にはすでに成人に達していたのであるから、被告正義が被告義彦に対する監督義務を怠つたことを理由に、本件事故につき民法七〇九条の責任を負うことはあり得ない。

仮りに、成年の子に対して親が何らかの監督義務を負うことが考えられるとしても、それは包括的、抽象的なものである。そして、本件事故当時、被告義彦は運転免許を取り消されており、かつ従前多数回に及ぶ交通違反及び交通事故等の前歴があつて、被告正義はこれを知つていたが、それ故当時同被告は、被告義彦に対して加害車を運転しないよう注意し、また加害車の保管を依頼していた訴外萩原には、被告義彦には加害車のエンジンキーを渡さぬよう頼むなどの配慮をしていたのであつて、成年者である子に対する親の監督義務はこの程度で十分尽されていたというべきである。

(二) 被告義彦の責任について

被告義彦は、訴外車の追越を開始した時点で、原告車と擦れ違うまでに訴外車の追い越しを完了できるものと判断していたのであるが、同被告が訴外車の前面車線に入ろうとした瞬間訴外車が急に速度を増して加害車の走行を妨害する挙に出たため、同被告は再びハンドルを右に切つて訴外車との衝突を避けざるを得なくなり、やむなく原告車と衝突するに至つたものであり、本件事故は、右訴外車の故意ないし重大な過失によつて発生したものである。

3  請求原因3の事実につき、原告が本件事故によつて受傷し入通院治療をしたことは認めるが、その内容の詳細については不知。

4  同4の事実は不知。なお、原告は本件事故による欠勤中も勤務先から給料の支払いを受けていた。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び各証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告らの責任原因について判断する。

1  被告正義の責任について

(一)  自賠法三条に基づく責任

本件加害車は、昭和五五年三月被告義彦が自己名義で購入したものであることは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第八号証の一、二、第一一号証の五、第一二号証の一、二及び被告ら各本人尋問の結果に弁論の全趣旨をあわせると、被告義彦は、加害車(いわゆる「外車」である。)を購入する際同居の父である被告正義の印鑑を冒用して同被告を連帯保証人とし、三六回払いの月賦による元利合計金約二〇〇万円(毎月賦払金約五万六、〇〇円)で購入したものであるから、被告正義は当初この事実を知らなかつたこと、被告義彦は昭和三五年二月一八日生れの独身者で被告正義と同居し、その生活は同被告の経済的保護に依存していたが、被告義彦は、当時武生市内の福井白アリ株式会社に就職していて収入もあつたので、当初は右月賦代金を自ら支払い、加害車は武生市内の知り合いである訴外萩原方の喫茶店の駐車場に預け、自宅からの通勤には被告正義から与えられていた別の自動車を利用していたこと、ところが、被告義彦は昭和五五年の秋ごろ右会社を辞め、その後は職に就かず遊んだり、また健康を害して一時入院したりしていたため、右月賦代金の支払いが滞り(なお同年一二月に行なつた加害車の車検費用は同被告の母である被告正義の妻が支払つている。)、昭和五六年二、三月ごろ連帯保証人となつていた被告正義宛に督促状が来たことから、被告正義にも以上の事実が判明したこと、なお被告義彦は、少年時代の無免許運転を始め、免許取得後も再々交通違反を犯して免許停止処分を受け、また昭和五五年中には人身事故も起し、さらに同年一一月ごろには暴走族グループによる共同危険行為等禁止違反行為でも検挙されるなどして、昭和五六年二月には免許取消処分を受けるに至つたところ、被告正義は、その間被告義彦の交通事犯による罰金も支払つており、同被告に対しては再々交通安全に関する注意もしていたのであるが、前記本件加害車の月賦代金の督促が来たころ相前後して被告義彦の運転免許取消の事実も知つたため、そのころ、被告義彦と協議のうえ一旦加害車を購入先の自動車販売会社に返還しようとしたが、これを返還してもなお相当額の購入代金未済額を支払わなければならないことが判つたため、その経済的損失を防ぐためと、被告義彦に将来運転免許を再取得したときには再び加害車の運転を許すことを約束することによつて同被告の更生を期待する目的から、その時点で、同被告が被告正義を連帯保証人として加害車を購入したことは追認したうえ、当時無職で遊んでいた被告義彦には、被告正義の家業である大工職の手伝いをするよう約束させ、その代り加害車の月賦残代金(約一五〇万円)は以後被告正義においてこれを支払つてゆくこととし、なお被告義彦に対しては、再び運転免許を取得するまでは加害車を運転することを禁じ、加害車の保管については、被告正義方にはその場所的余裕がなかつたため引きつづき前記訴外萩原方に預けることとし、改めて被告正義から右萩原方にその旨依頼し、その際萩原方において駐車場所を移動させる必要のあることから加害車のエンジンキーは萩原方に預けることとしたが、同被告から萩原に対し今後このキーを被告義彦には渡さないよう依頼したこと、ところがその後も被告義彦は被告正義には無断で、運転免許のある友人を伴つて行つては再々萩原方から加害車を持ち出し、友人とドライブしたりしていたところ、本件事故当日もこのようにして持ち出した加害車を被告義彦自身が運転しているうち本件事故を惹起するに至つたものであること、以上の事実が認められ、これらの事実を左右するに足る証拠はない。

以上の事実によれば、本件加害車については、遅くとも、前示経緯によつて、昭和五六年二、三月ごろ被告正義が、以後加害車の月賦残代金を支払うこととし、さらに、今後被告義彦にはエンジンキーを渡さないよう依頼して訴外萩原方に被告正義から改めて加害車の保管を依頼した時点からは、被告正義において訴外萩原を介して加害車の運行を支配管理していたものと認めるのが相当である。

よつて、被告正義は、自賠法三条にいう加害車の運行供用者として、本件事故により原告の身体傷害によつて生じた損害につき賠償責任を負担する。

(二)  民法七〇九条に基づく責任

原告は、被告正義に対し、被告義彦に対する父としての監督義務の懈怠をもつて、本件事故につき民法七〇九条に基づく不法行為責任をも負うべき旨主張するが、一般に未成年者に対する親権者等法定の監督義務者の場合と異り、成年者に対しては、父母といえども特段の事情のない限りその日常行動につき法的監督義務を負うものではないところ、前認定の事実によれば、被告義彦は、本件事故当時二一歳の成年者であつて、被告正義と同居し、その経済的保護下にはあつても、すでに同被告の親権を脱していた者であるから、たとえ被告義彦が、少年時代から交通事犯の前歴が多く、勤労意欲等その処世態度においても必ずしも真面目でなく、加害車の無免許運転を行なうおそれも予測し得たとしても、被告正義に対し、前認定の加害車の保管処分等以外に、さらにこれを阻止すべき適切な措置(右の措置としては、前記訴外萩原に対する加害車の保管状況の照会及びその依頼の趣旨に徹底あるいは被告正義自身が加害車のエンジンキーを直接保管できる場所への加害車の移動等比較的容易にそのなすべき手段はあり得たと考えられるが。)を講じなかつたこと、あるいは被告義彦に対するより厳格な監視監督をなさなかつたことをもつて、本件事故につき不法行為責任をまで負うべき法的義務違反を問うことはできないものといわなければならない。そして、他に被告正義に対しかかる義務違反を問うべき特段の事情を認めるべき証拠もない。

よつて、原告の被告正義に対する右責任原因についての主張は採用することができない。

2  被告義彦の責任について

前記当事者間に争いない本件事故態様及び成立に争いのない甲第一号証、第四、五号証の各一、二、第七号証、第一一号証の一、二、同号証の六によれば、本件事故現場道路は、車道総幅員約七・一メートルの二車線に区分された直線部分であるところ、被告義彦は、飲酒したうえ加害車を運転していて、事故現場手前で訴外車に追い越されたことに腹を立て、再び同車を追い越そうとして、本来自己の予定進路であつた左折地点を直進してまで同車に追従し、時速約六〇キロメートルに加速して同車の右側車線に出て並進状態となつたが、そのころ前方約八一・四メートルの付近に対向してくる原告車を認めながら、追い越しを中止することなく進行し、その後原告車との接近にあわてて時速約六五キロメートルに加速しつつ訴外車の直前を左側車線に入ろうとしたが今度は訴外車との接触の危険を感じて右に急転把したため、再度右側車線に加害車を進出させ、折から同車線上を事故地点に進行してきていた原告車に衝突するに至らせたものであることが認められ、右事実を覆えすに足る証拠はなく、これによれば、本件事故は同被告の無謀な追い越し行為によつて発生したものであること、したがつて、同被告が本件事故につき民法七〇九条に基づく不法行為責任を負担することは明らかである。

被告らは、本件事故が、訴外車の加害車に対する走行妨害行為によつて発生したものであるかの如く主張するが、これに副う被告義彦本人尋問の結果は前掲証拠に照してにわかに措信し難く、他に右主張を裏づけるべき証拠もないばかりでなく、仮に訴外車において、事故直前加害車と原告車との衝突を避けるために、減速等なんらかのとるべき手段の余地があつたとしても、そのことによつて、被告義彦についての右不法行為責任が没却されるものではない。

三  原告の受傷の部位程度及び治療経過

成立に争いのない甲第一三号証の一ないし四及び原告本人尋問の結果によれば、請求原因3の事実及び原告が林病院に入院中の六一日間付添看護を要し、また、原告の傷害は昭和五七年八月一二日ころその症状が固定したが、左肘伸展制限、左前腕回外制限、左肘関節痛、左握力低下等の後遺障害を残し、そのため自動車の運転、階段の昇降、長距離歩行、ゴルフのプレー等に支障を生じており、その程度は、自賠法施行令別表後遺障害等級表一四級を下廻らないものであることが認められ、以上の事実を左右する証拠はない。

四  損害

前認定の事実に、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一四号証の一ないし二二、第一六号証の二、証人森房雄の証言により真正に成立したものと認められる甲第一五号証の一、二、第二二ないし第二七号証、成立に争いのない甲第一六号証の一、第二一号証の一、二及び証人森房雄の証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、本件事故により原告に次の損害が生じたことが認められ、以下の認定を覆えすに足る証拠はない。

1  医療費 五二万八、一八〇円

前記林病院及び広瀬整形外科医院に入通院中に支出を要した治療費・寝具代等医療関係費(診断書料を含む)。

2  付添看護費 一八万三、〇〇〇円

前記林病院に入院中原告の妻が昼夜付添看護を行つたことによる付添看護料(一日につき三、〇〇〇円の割合による六一日分)。

3  入院諸雑費 八万九、四〇〇円

前記林病院及び広瀬整形外科医院での入院期間一四九日を通じ平均一日六〇〇円の割合による合計金。

4  通院交通費 一万六、二〇〇円

前記広瀬整形外科医院への実通院回数九〇回分の往復バス代(一往復につき一八〇円)。

5  休業損害 一九〇万八、〇〇〇円

請求原因4の(五)のとおり。なお前記甲第二一号証の一、二、第二二ないし第二四号証、第二六、二七号証及び証人森房雄の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故による欠勤のため無給状態となつた昭和五六年一一月ないし昭和五七年三月まで、勤務先のヨシダ印刷株式会社から仮払金名下に従前の給料額に近い月額三〇万七、三〇〇円の金員を支給されているが、右は、同会社が原告の生活保障のため、本件事故の加害者から原告が賠償金を受領するまでの間一時的に立替え支給したもので、いわば原告に対する貸付金であつて、原告が右賠償金を受領したときは同会社に返還すべき金員である(したがつて、原告の所得税源泉徴収の対象となる収入にも計上されていない。)ことが認められる。よつて、右支給金は原告の本件事故による損害の填補金と認めるべきものではない。

6  後遺障害による逸失利益

原告は、前記後遺障害による労働能力喪失に伴う逸失利益の請求をしているが、前記甲第二二ないし第二五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故後前記ヨシダ印刷株式会社に職場復帰してからは、事故前を下廻らない給料の支給を受けていることが認められるので、逸失利益としては、前記欠勤による給料及び賞与の控除減額分以外には現実に発生していないこととなる。したがつて、右後遺障害による逸失利益の請求はこれを認めないのが妥当である。もつとも、前記後遺障害を克服して原告が事故前に劣らない勤務成績を挙げるには、従前以上にそれ相当の努力を必要とすることになるが、そのことに対する賠償は後遺障害慰謝料によつて考慮し、これを賄うのが相当である。

7  慰謝料 二一〇万円

原告は、昭和五年一〇月二九日生れの男子であるが、前記本件事故発生状況及び原告の傷害の部位程度その他本件に顕われた一切の事情を考慮すれば、右傷害による入通院期間中の精神的苦痛に対する慰謝料として一五〇万円、前記後遺障害に対する慰謝料として六〇万円を下らない金額をもつてこれを認めるのが相当と思料される。

8  物損 六〇万円

(一)  本件事故により大破し廃車せざるを得なくなつた原告車の事故時価格五七万円

(二)  原告は事故時身につけていて破損したメガネ、腕時計、衣服等の損害賠償をも主張するが、これらの物品についての事故時価格については、これを適確に認定し得る資料はないものの、原告本人尋問の結果によれば、メガネについては事故の一年前くらいに約五万円余りで購入し耐用期間約二年の予定であつたこと、腕時計については事故の三年前くらいに約四万円で購入し、四年目くらいに買い替える予定であつたこと、衣服についてはゴルフ用のシヤツとズボンで事故の二日前くらいに合計約二万七、〇〇〇円で購入したものであること等の事実が認められるので、右事実を勘案して、メガネについて一万五、〇〇〇円、腕時計について五、〇〇〇円、衣服について一万円、(以上合計三万円)の限度をもつてその損害額と認定する。

9  以上1ないし8の損害合計額は五四二万四、七八〇円となるところ、成立に争いのない甲第一七ないし第一九号証の各一、二及び弁論の全趣旨によれば、原告は前記1ないし7の損害に関する賠償として、既に自賠責保険から一九四万七、二一五円と被告らから一一万円の合計二〇五万七、二一五円の支払いを受けていることが認められるので、これを差引くとその損害残額は三三六万七、五六五円(うち前記物損分六〇万円)となる。

10  弁護士費用 三〇万円

原告が、弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起追行を委任し、相当額の報酬の支払いを約束したことは、本件記録及び原告本人尋問の結果により明らかであるところ、右弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係ある損害として被告らにおいて負担すべき金額は、本件訴訟の審理経過及び前記損害認容額等諸般の事情に照し、三〇万円をもつて相当と認められる。

五  結論

以上のところから、原告の被告らに対する本訴請求は、被告らに対し前記四の8の損害残額のうち物損分六〇万円を除く二七六万七、五六五円と10の弁護士費用三〇万円の合計額三〇六万七、五六五円の連帯支払い及び被告義彦に対し、右金員のほかに前記物損分六〇万円の支払いと、以上の各金員に対する本件事故発生の日である昭和五六年一〇月一三日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大西秀雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例