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金沢地方裁判所 昭和47年(ワ)14号 判決 1974年10月09日

原告

加戸清次

被告

貢敏雄

ほか一名

主文

一  被告通建工事株式会社は原告に対し金一、七九五、二四七円及び内金一、三〇四、五四七円に対する昭和四七年一月二八日から、内金四九〇、七〇〇円に対する昭和四九年五月二三日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告会社に対するその余の請求、並びに被告貢敏雄に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告貢間では原告の負担とし、原告と被告会社間では、原告につき生じた費用のうち二分の一を被告会社の負担としその余は各自の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金三、一二二、二〇〇円及び内金二、六三一、五〇〇円に対する昭和四七年一月二八日から、内金四九〇、七〇〇円に対する昭和四九年五月二三日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(1) 昭和四四年四月二〇日午後七時三〇分頃、被告貢が石川県羽咋郡押水町免田地内国道一五九号線を七尾市方面より金沢市方面に向つて被告会社使用の小型貨物自動車(品川チぬ五七二一、DV20Tノ四九七七二)を運転して走行中、前方左側を同一方向に向けて走行している原告乗用の自転車に追突した。

(2) 右事故により原告は傍らの田圃へはね飛ばされ、つぎの傷害を受けた。

(イ) 上肘部打撲症(尺骨中枢端剥離骨折)、右肩挫傷。なお右の後遺傷害として、右上肘(前方後方挙上回内回外)運動正常なるも疼痛を伴い、特に右上肢回外に際し疼痛が甚だしいという症状が残つた。

(ロ) 変形性頸椎症

(ハ) 右肘腫脹し、自発痛甚だしく、右肩部腫脹大にして上肢神経麻痺存し、徐々に軽快に向うも肩部の運動障害及び上肢に亘る放散性疼痛を残す(毎日上肢しびれ感、疼痛あり)、という症状が残つた。

2  責任原因

(1) 被告貢は当時、折柄対向して来た自動車のライトに眩惑されてハンドル操作を誤つたため、本件事故となつたものである。およそ夜間自動車を運転する者は、対向車のライトの照射に留意し、若しライトに眩惑されて自車の進行に支障を来たす虞のある場合は、減速、徐行又は停止等の措置を講ずるなどして事故発生を防止する注意義務があるにも拘わらず、被告貢はこれを怠り、対向車のライトに眩惑され、前方道路上を進行中の原告車の姿の確認不充分のまま漫然同一速度で進行し、原告車と衝突を防ぐためのハンドル操作をしなかつたなどの過失により、原告車の背後より追突したものである。従つて本件事故は被告貢の一方的過失により発生したものであり、同被告には民法七〇九条による責任がある。

(2) 被告会社は加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任がある。

3  損害

(1) 診断書料 金五、五〇〇円

原告は本件事故による損害賠償請求のため天野病院の診断書五通(五、〇〇〇円)、多留医院の診断書一通(五〇〇円)の交付を求め、合計金五、五〇〇円を支出した。

(2) 休業損害 金一三二万円

原告は右受傷のため、昭和四四年四月二〇日より昭和四六年六月三〇日まで毎月二五日分、合計六六〇日間就労できなかつた。原告は訴外北栄産業株式会社に養鶏技術員として雇傭され日給金二、〇〇〇円を得ていた。従つて右期間の休業損害は金一三二万円である。

(3) 逸失利益 金四九万七〇〇円

原告は前記後遺障害のため、その後従来の如き充分なる仕事ができず、日給も職種の転換、稼働量の減少により昭和四六年七月より金七〇〇円減額されて金一、三〇〇円となつた。その減少による損害額は昭和四八年末までに合計金四九万七〇〇円となつた。

(4) 慰藉料 金一三〇万円

本件事故による受傷のため、原告は肉体的、精神的に大なる苦痛を受け、しかもその間収入皆無のため生活上の困窮また甚だしく、加えて前記後遺症が残り、日夜苦痛を味わつている。そして昭和四四年四月三〇日より昭和四六年四月一四日まで二四ケ月間の通院期間、昭和四四年四月二〇日より昭和四六年六月三〇日までの二六ケ月間における精神的、肉体的苦痛に対する慰藉料は一ケ月につき金五万円の割合による金一三〇万円をもつて相当とする。

(5) 弁護士手数料 金二四万円

上記原告の蒙つた損害の賠償支払につき原告は被告らに対し再三請求したにも拘わらず、被告らは言を左右にして応じない。そこで原告は訴の提起を塩田弁護士に委任し、その弁護士料は日本弁護士連合会規約により訴訟額の一割に該当する金二四万円を支払うことを約し、内金七万円を支払い、残額及び報酬(取得額の一割として)は第一審終結と同時にこれを支払う旨契約した。

以上の合計は金三三五万六、二〇〇円となる。

4  一部弁済

原告は自賠責保険より休業損害について金八万四、〇〇〇円、慰藉料について金一二万円を給付され、また被告貢より見舞金三万円を受領した。その結果損害残額は合計金三一二万二、二〇〇円(内逸失利益を除く損害残合計は金二六三万一、五〇〇円)となつた。

5  よつて原告は被告らに対し連帯して右損害金三一二万二、二〇〇円及び内金二六三万一、五〇〇円に対する不法行為後である昭和四七年一月二八日から、内金四九万七〇〇円に対する同様昭和四九年五月二三日から各支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告貢)

1(1) 請求原因1(1)の事実は認める。

(2) 同2(2)のうち、原告が本件事故により傷害を受けたことは認めるも、傷害の部位、程度については否認する。

2 同2(1)の事実は否認する。

3 同3の事実は否認する。

4 同4のうち一部弁済の事実は認めるもその余の事実は否認する。

(被告会社)

1(1) 請求原因1(1)の事実は認める。

(2) 同2のうち、原告が本件事故により傷害を受けたことは認めるも、傷害の部位、程度については否認する。

2 同2(2)の事実は否認する。

本件事故は、被告貢が現場の定休日に、被告会社の車を無断で持ち出し、女の子と能登方面へ遊びに行つた帰途起した事故で、会社の業務とは全く関係のないものであるから、被告会社は自賠法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当せず、賠償責任を負わない。

3 同3の事実は否認する。

4 同4のうち一部弁済の事実は認めるもその余の事実は否認する。

三  抗弁

1  原告と被告貢との間に昭和四四年六月一一日本件交通事故に関してつぎのとおり和解契約が成立した。

(1) 被告貢は原告に対して、治療代全額、並びに強制保険で認容される休業補償と慰藉料を支払うものとするが、右の治療代、休業補償、慰藉料は強制保険から支払う。

(2) 右強制保険から支払われる金額以外に被告貢は原告に対して金三万円を見舞金として支払う。

(3) 原告において二年以内に後遺症が出た場合は査定された額を強制保険から原告が受領する。

(4) 右の条件をもつて一切円満解決し、今後本件に関しては如何なる事情が生じても双方異議の申立、訴訟等を一切しない。

2  原告の治療費については、強制保険より病院へ直接支払われており、休業補償、慰藉料に対しては、強制保険より金二〇万四、〇〇〇円が支払われている。

3  右和解契約は右同日原告と被告会社間にも成立した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

原告は当時その蒙つた損害の賠償につき被告側の任意保険の給付を受けるつもりで話合いをした事はあるが、自賠責保険については一切言及しなかつた。自賠責保険は殊更示談契約をしなくても医師の治療費明細、その他の証拠書類さえ正しく具備しておれば、被告側の意思如何に拘わらず限度内において当然支給されるものであるから、特約の必要はないものである。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。

五  再抗弁

1  被告ら主張の示談書は、被告貢の道交法違反、業務上過失傷害被告事件の裁判につき被告の罪責を有利にするため被告の懇請により急拠作成したものであるから、原告の真意に基づく和解契約とみるべきものではない。

2  かりに右示談書に和解の趣旨が含まれていると仮定しても、右の如き被害者たる原告にとり不利な取極めは、社会通念上、効力を否定すべきものである。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は何れも争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

(1)  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

(2)  〔証拠略〕を総合するとつぎの事実を認定することができる。

原告は昭和四四年四月二〇日本件事故当時自転車に乗つて道路左側を進行中、被告貢運転の自動車に追突され、自転車とともに道路左側の田圃にはね飛ばされ、その際右肩、右肘などに衝撃を受けた。そして同部に痛みを感じたので同月三〇日金沢市玉川町天野病院で診断を受けたところ、右肘部打撲傷(尺骨中枢端剥離骨折)右肩挫傷、右手指挫傷の各傷害があり、約四週間の安静加療を要すると診断された。そこで同日より同年九月一日まで一二五日間(実日数一〇九日間)同病院に通院加療を受け、右九月一日に症状は固定したと判断され治療を打切られた。当時、右上肢(前方後方挙上回内回外)運動は正常であつたが、疼痛が伴い、特に右上肢回外に際して疼痛があるという後遺症が残つていた。その後は自発的に右上肢を使用しながら自然回復を待つよりほかはないという状態であつたため医師はその旨指示したのであるが、回復は進まず、老人によくみられる廃用性の肩の痛み(五〇肩)も加わり昭和四六年三月九日に疼痛を訴えて再び天野病院の診断を受けるに至つた。診断の結果前述の後遺症状がまだ残つていることが判明した。そして同日より同年四月一四日まで二七日間(実日数三〇日間)治療を受け症状固定ということで治療は打切られた。そしてその後著しい回復はなく現在に至つている。原告は、本件事故によつて変形性頸椎症を受けたと主張し、甲第三号証の診断書には同旨が記載されているのであるが、同診断書は昭和四五年三月七日多留内科の医師によつて作成されており、前述の如く天野病院で数回にわたり診断を受けていながら頸椎異常については何ら診断されていないことと対比すると、右の如き障害があること、かりにあるとしても本件事故と関係があるかどうか疑わしく、結局本件事故によつて原告が右変形性頸椎症の傷害を受けた事実は認定できないものといわねばならない。

二  責任原因

(1)  被告貢の責任原因につき判断するに、〔証拠略〕を総合するとつぎの事実が認められる。

被告貢は、当時本件自動車を運転して前記国道上を金沢市方面に向つて時速約三五キロメートルで進行中、同一方向に向つて進行中の原告運転の自転車を認めこれを追越そうとしたが、原告は老令のためハンドルが左右にゆれる不安定な運転をしていた。しかもその際対向車が接近してきたため被告貢はその前照灯に眩惑され原告の姿の確認が充分できない状況となつた。しかるに被告貢は漫然とそのままの速度で進行した。そのため至近距離に至つて始めて危険を感じ急ブレーキをかけたが間に合わず同自転車に追突したものである。

右認定の如き状態のもとでは、自動車を運転する者は、減速した上適正なハンドル操作により自転車を安全に追越すか、或いは停車して対向車が通過した後に追越すなど自転車との追突を未然に防止すべき注意義務があると解されるところ被告貢には右義務を怠つたことが明らかであるから本件事故は被告貢の右過失によるものと認められる。すると被告貢は民法第七〇九条により、本件事故によつて蒙つた原告の損害を賠償する義務があるものといわねばならない。

(2)  つぎに被告会社の責任原因につき判断するに、被告貢が運転していた本件加害自動車は被告会社が使用権限を有していたことは当事者間に争いがない。

そして〔証拠略〕を総合するとつぎの事実を認定することができる。

本件自動車は、被告会社が訴外東京ダイハツ自動車株式会社より月賦で購入したものであり、所有権留保約款により右訴外会社が所有者、被告会社が使用者となつていたものである。そして同自動車は被告会社に引渡され被告会社が約定によつてこれを占有し継続的に使用してきた。被告会社は電話施設建設工事の請負を業とする者であり、昭和四四年四月頃金沢電話局南分局開設工事を請負い、同市平和町三丁目に被告会社金沢営業所を設け平和町、高尾町近辺の電話ケーブル増設工事をしていた。右金沢営業所としてプレハブ建物を前記場所に建てて事務所とし、訴外勝又準三が事務所の責任者となり、また工事長となつて右工事を指揮していた。右営業所にはトラツク六台が配置され、右事務所敷地を駐車場としていた。右各自動車のキーは訴外勝又が事務所内の自己の机の引出しの中に入れて保管し、始業時に従業員に仕事の指示をする際にそのキーを渡し、自動車を運行させていた。右工事長不在のときは班長がこれを代行していた。しかし電話工事は突発的に事故が起ることも予想されたため右キーをいれた机の引出し並びに事務所出入口には鍵はかけずそのような場合使用できるようにしていた。もつとも従業員に対してはキーを持出す場合には上司の許可を得るように指示してあつた。

右事務所に隣接して従業員の宿舎があり、被告貢も被告会社の従業員としてここに居住していた。被告貢は自動車運転免許を有し、右電話工事に従事するとともに、被告会社のトラツクによる資材の運搬その他工事に関連する自動車の運行業務に従事していた。昭和四四年四月二〇日は日曜日で会社は休みであつたため、被告貢は前記事務所の机の引出しの中から上司の許可を得ないで自動車のキーを持出し、前記駐車場より本件自動車に乗つて運転し、金沢市内で女友達と遊び、同日午後四時過頃右友達を同自動車に乗せて羽咋市の同女宅まで送り、同日午後七時過頃羽咋市を出発し金沢市の営業所に帰るべく国道上を南進中本件事故が発生したものである。

右認定にかかる保有者(被告会社)と運転者(被告貢)との雇傭関係、運転者の職務内容、日常の運転、管理関係、無断運転の範囲、時間等の諸般の事情を客観的に観察し、これを抽象化してみると、被用者である被告貢の休日における無断運転は、雇傭関係を維持しながらその間一時の楽しみを求めたものにすぎず、本来の業務内容としての自動車運行との間に質的な隔差はみられず、使用者である被告会社の一般的支配下にある運行とみられ、ただ内部的な規律違反が運転者についてみられるにすぎないと解されるのである。しかもキーの保管、自動車の管理状況に照らすと、被告会社は被用者の私的利用を厳禁していたともみられず、このような使用者のゆるやかな態度は、円満な雇傭関係維持のためにも影響があることを考えると、そのような運行についても被告会社の利益性を全く否定するのは相当でない。結局本件自動車の運行は、被告会社のためにする運行と認めるのが相当である。

すると被告会社は、自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故について生じた損害を賠償する責任がある。

三  損害額

(1)  診断書料 ………金三、〇〇〇円………

交通事故の被害者は加害者に損害賠償請求をするための準備として診断書を用意する必要があるから、そのための費用は交通事故による損害として認むべきである。本件においては〔証拠略〕の三通の診断書が本件請求に必要な診断書と認められるところ、原告本人尋問の結果によると右診断書は一通当り金一、〇〇〇円の手数料を支払つて交付を受けたことが認められる。すると診断書料は合計金三、〇〇〇円の限度で認むべきであり、右金額以上の請求については、本件請求に必要なものとは認め難いものである。

(2)  休業損害及び逸失利益 ………金一二八万六、二四七円………

前記一、(2)において認定した事実に加え、〔証拠略〕を総合するとつぎの事実を認定することができる。

(ア)  原告は妻と共同して住居地で糸ゴムカバーリング製造業を営んでいたが業界不況により仕事が少なく昭和四四年三、四月頃は月に半分位しか稼働できなかつた。それで原告はその頃より仕事のない一五日位を、長女の嫁入先市村栄一方(会社組織で北栄産業株式会社)へ養鶏業の手伝に行き一日当り金二、〇〇〇円の給料を得ていた。そしていずれ前記糸ゴムカバーリング業をやめ、市村方への手伝に専念することを考えていた。そして実際には同年七月一杯で右営業をやめた。その間同年四月二〇日本件事故となつたのであるが、原告は同年四月三〇日より同年九月一日までの一二五日間(実日数一〇九日間)天野病院へ通院し、右一二五日間を通じて就労できなかつたとみられる。就労するとすれば一ケ月二五日働くこととなる。従つてその間の休業損害は別紙計算表<1>のようになる。

(イ)  昭和四四年九月二日以降、原告は天野医師の指示に従い、老人性退化を防ぐ趣旨で前記会社で就労していたものとみられる。事実被告貢及びその上司である訴外阿部武勝が昭和四四年一〇月頃、原告宅を訪れた際原告は在宅せず、家族が「原告は他所に働きに行つている」旨答えた事実がある。しかしこの間の収入は前記後遺症の程度、就労の趣旨からみて従前の賃金の五〇%とみるのが相当である。なお昭和四六年三月九日より同年四月一四日まで二七日間(実日数三〇日間)天野病院へ通院し、治療を受けたがよくならず、その後も疼痛のため同年六月三〇日まで通じて就労できなかつたとみられる。その後同年七月より再び就労したが普通であれば日給金二、〇〇〇円のところ、前記後遺症のため金一、三〇〇円しか支給されず、一日金七〇〇円の割合による損失を蒙つた。なお原告は右賃金で同年七月より昭和四八年一二月まで合計七〇一日間訴外北栄産業株式会社において就労した。右事実に従つて昭和四四年九月二日より昭和四八年一二月三一日までの休業損害及び得べかりし利益の喪失額を計算すると別紙計算書<2>のようになる。

右<1><2>合計は金一二八万六、二四七円となる。

(3)  慰藉料 ………金五〇万円………

〔証拠略〕によると、原告は本件事故による受傷により肉体的、精神的に苦痛を受け、加えて前記後遺症が残り長らく苦痛を味つていることが認められる。そして前記認定にかかる受傷の態様、程度、通院期間、後遺症の程度、その他諸般の事情を総合すると、原告が受けた右精神的苦痛は、金五〇万円の慰藉料の支払を受けることによつて慰藉されるものと認められる。

(4)  一部填補 ………金二三万四、〇〇〇円………

原告が自賠責保険より、休業損害について金八万四、〇〇〇円、慰藉料について金一二万円を給付され、また被告貢より見舞金三万円を受領した事実は当事者間に争いがない。

(5)  弁護士手数料 ………金二四万円………

〔証拠略〕によると、原告は本件被告らに対する損害賠償請求訴訟を本件訴訟代理人塩田親雄に委任し、日本弁護士連合会規約による手数料の支払を約したことが認められるところ、上記認定の諸事情に照らすと、原告主張の右手数料金二四万円は、本件事故と因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(6)  差引損害合計額 金一七九万五、二四七円

前記の合計額金二〇二万九、二四七円よりの一部填補額を差引いた額が被告らに請求し得べき損害ということができる。

四  和解契約成立

1  〔証拠略〕によると、抗弁1の事実を認定することができる。すると原告と被告貢間に本件事故に関し被告主張の和解契約が成立したものというべきである。しかし原告と被告会社間に同旨の契約が成立した事実を認めるに足る証拠はない。

2  原告は、右和解契約は、被告側の任意保険の給付を受けるつもりで話合いをしたものであると主張するが、本件証拠によるも当時和解の相手方である被告貢が任意保険契約を締結していた事実は認められず、〔証拠略〕によると、当時任意保険については何ら話題になつておらず、むしろ自賠責保険を対象として考えていたことが認められる。従つて右契約の趣旨を原告主張の趣旨に解することはできない。

3  原告はまた右和解契約は被告貢の刑事事件を有利にするため同被告の懇請により作成したものであるから和解契約を締結する真意はなかつたと主張するが、右主張後段の事実を認定するに足る証拠はない。本件示談書が被告貢に対する業務上過失傷害被疑事件の捜査段階において作成され、所管の警察署に提出されたものではあるが、さればといつて同示談書に書かれている上記の条件をもつて一切円満解決し、今後この件に関しては訴訟等一切をしないとの文言を例文或いは真意に非ざる意思表示とみることはできない。

4  つぎにまた原告は、右和解契約は被害者たる原告にとつて不利な内容となつているから社会通念上効力を否定すべきである、と主張するが、和解は当事者双方が互に譲歩して争いを止めることを約することによつて成立するものであるから、和解成立後和解の内容が真実の権利関係と相違するという理由で、その和解の効力を否定することはもともと許されないことである。従つて本件和解の内容が後日審理した結果原告に不利であると判断されたことをもつてその和解の効力を否定せんとする原告の主張は理由がない。

5  なお被告貢の責任と被告会社の責任は、いわゆる不真正連帯の関係にあると解されるから、その一人の債務について和解がなされても現実の弁済がない限り他の債務については影響がないというべきである。従つて右原告と被告貢間の和解における残額免除の約定の効力は被告会社に及ばない。

三  結論

以上によると原告の被告貢に対する請求は理由がなく、原告の被告会社に対する請求は、金一七九万五、二四七円及び内金一三〇万四、五四七円に対する不法行為後である昭和四七年一月二八日から、内金四九万七〇〇円に対する同じく昭和四九年五月二三日から各支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当であるから右限度で認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井上孝一)

別紙<1>

昭和44年4月分 4.20~4.30まで 11日

2,000×15×11/30=11,000円

5月分 2,000×15=30,000円

6月分 2,000×15=30,000円

7月分 2,000×15=30,000円

8月分 2,000×25=50,000円

9月分 2,000×1=2,000円

合計 153,000円

別紙<2>

昭和44年9月分 9.2~9.30まで 24日分

2,000×50/100×24=24,000円

昭和44年10月~昭和46年2月まで17ケ月

2,000×50/100×25×17=425,000円

昭和46年3月分 3.1~3.8まで 8日間

2,000×50/100×25×8/31=6,451円

3.9~3.31まで 23日間

2,000×25×23/31=37,096円

昭和46年4月~昭和46年6月まで 3ケ月

2,000×25×3=150,000円

昭和46年7月より昭和48年12月まで 701日間

(2,000-1,300)×701=490,700円

合計 1,133,247円