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那覇地方裁判所 昭和56年(行ウ)11号 判決 1982年11月10日

原告 上原眞一

被告 沖縄県知事

代理人 渡嘉敷唯正 丸山稔 世嘉良清 ほか三名

主文

原告の本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五六年九月八日になした、原告が被告に対し届出た軽車両等運送事業計画変更(代替)届の不受理処分は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、本土復帰直後被告に道路運送法施行規則(以下「施行規則」という。)五七条一項に基づき営業開始届を提出して受理され、以来道路運送法(以下「法」という。)二条五項の軽車両等運送事業(軽自動車を使用して貨物を運送する事業。以下「軽貨物運送事業」という。)を営んできた者である。

2  原告は、昭和五六年九月七日、それまで右運送事業に使用してきた軽自動車一台が老朽化し、故障が多くなつてきたので、新車(車名スバル、型式J―K八七、年式五六年、車台番号K八七―一六四〇九九、積載量三五〇キログラム)と代替するため、施行規則五七条二項に基づき事業計画変更(代替)届(以下「代替届」という。)を被告(被告の業務担当者である沖縄県陸運事務所長宛)に提出したが、これに対し、被告は、昭和五五年七月三〇日運陸―第四一一号、沖縄開発庁沖縄総合事務局(以下「総合事務局」という。)長から沖縄県陸運事務所長宛通達(以下「局長通達」という。)を遵守する旨の誓約書(以下「新誓約書」という。)の添付のない代替届は受理できない、との理由で、昭和五六年九月八日付で不受理とした。

3  しかし、被告がなした右不受理処分は、以下の理由により甚だしく違法であることが明白であるから、無効である。

(一) 施行規則五七条の届出は、右規則に列挙した事項を記載してなした以上は被告はこれを受理しなくてはならないものであつて、法律あるいは規則上被告が右届出の受理を拒否することはできない。

(二) 被告は、昭和五六年一月一四日沖陸輸第二三号、沖縄県陸運事務所長から原告の所属する沖縄県軽車両運送事業協同組合(以下「軽車両組合」という。)及び沖縄県軽貨物運送事業協同組合(以下「軽貨物組合」という。)宛通達(以下「所長通達」という。)を発し、代替届には従来提出を求めていた誓約書(以下「旧誓約書」という。)に、更に「局長通達の趣旨に従つて運行する」旨の一文を追加事項として記載した新誓約書を添付するよう指示したが、本来、代替届に右のような誓約書を添付しなくてはならない法律上ないし規則上の義務はなく、又通達をもつて国民にこのような義務を課することはできないから、被告は、誓約書の添付がないとの理由で、原告の代替届の受理を拒否することはできない。

(三) 仮に、代替届に誓約書を添付する義務が原告にあつたとしても、原告は被告が添付を求めているような様式の新誓約書を、被告から見せられたこともないから、かかる誓約書を原告が添付することは不可能である。そして、原告は旧誓約書を代替届には添付しており、旧誓約書で、法及び関係法令を充分遵守するとともに、監督官庁の指示に従い、適正な運営に万全をつくし、特に旅客運送行為(タクシー行為)は絶対にしない旨誓約しているのであるから、新誓約書と旧誓約書の内容には格別の差異はなく、被告には、旧誓約書を添付した原告の代替届の受理を拒否する理由はない。

(四) 被告は、昭和五六年一一月六日に訴外長嶺由江の、同月八日に訴外永山孝八郎の、同月一二日に訴外洲鎌典吉の、同年一二月一日に訴外玉城茂雄の、同月二日に訴外川満光次及び同山城繁数の各代替届を受理したが、右各人は軽貨物組合に所属するものである。しかるに、被告が、原告ら軽車両組合に所属するものの代替届の受理を拒否するのは、法の下の平等を定めた憲法一四条に違反する行為である。

4  軽貨物運送事業用の軽自動車に係わる新規検査申請を特殊法人軽自動車検査協会(以下「検査協会」という。)になす場合には、代替届を被告に提出済であることを証明する連絡票の交付を被告(実際上は業務担当者である陸運事務所長)から受けて、これを添付しなくてはならないことになつているところ、被告が原告の代替届の受理を拒否したため、原告は右連絡票の交付を受け得ず、そのため、検査協会から、営業用の車両番号の指定を受けて新車による軽貨物運送事業を行なうことができずに、現在もやむなく老朽化した車両を修繕して使用しており、多額の営業上の損失を被つている。

以上の次第であるから、原告は被告の代替届の不受理処分の無効を確認するよう求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実中、原告が被告に対し、施行規則五七条一項に基づき営業開始届を提出して受理されたことは認め(但し、右受理は昭和五四年五月三一日である。)、その余は不知。

2  同2の事実中、原告が被告に対し、昭和五六年九月七日付で施行規則五七条二項に基づき代替届を提出し、被告が同月八日付で原告主張の理由で右届出を不受理としたことは認め、その余は不知。

3  同3の主張は争う。すなわち、

(一) 被告は、原告の代替届につき不受理処分をしたことはない。そもそも、届出行為に対して不受理処分があつたというためには、提出された書類を受理すべき行政庁の確定的な不受理の意思が表明されなければならないところ、被告は、原告の代替届には新誓約書の添付がないから、これを添付して再提出するようにと書類をひとまず返れいしたに過ぎず、原告が新誓約書を添付して再提出しさえすれば代替届は受理すると表明しているのであるから、いまだ行政指導をなしている段階であつて、抗告訴訟の対象とはならない。

(二) 被告が原告に対し、代替届に新誓約書を添付するように求める根拠は、局長通達及び所長通達であるが、通達に定められた取扱いが当該執行される法令の趣旨目的に合致し、かつそれが国民の権利義務に著しい影響を与える等不合理な点のない限り、当該通達に基づく取扱いは、行政裁量の範囲に属するものとして許され、国民もこれに拘束され、裁判所も又これを尊重しなければならない。

法は、道路運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保するとともに、道路運送に関する秩序を確立することにより、道路運送の総合的な発達を図り、もつて公共の福祉を増進することを目的としているところ、局長通達及び所長通達は、後述のとおり、復帰後の沖縄の道路運送に関する秩序が異常なまでに混乱したなかで、その秩序を回復し、公共の福祉を図るために、いわば行政本来の目的ないし機能からする緊急措置として、暫定的なものとして発せられたものであつて、その取扱いも国民に何ら不当な負担を強いるものではない。

(三) (復帰後の沖縄における道路運送事業の実態)

復帰前の沖縄では、軽貨物運送事業を営むものは行政主席の免許を受けなければならなかつた(琉球道路運送法四条)が、復帰後は現行どおり、単に軽自動車を使用して軽貨物運送事業を営む旨所定の事項を記載した届出を被告宛提出すればよくなつたため、タクシーの台数が不足していたこともあつて、復帰とともに軽貨物車は急増し、復帰前一五〇台であつたものが、昭和四七年一二月には二五倍の三八四一台に、同四八年一二月には三八倍の五七二九台に達し、タクシー台数を上回るに至つた。そして、これら軽貨物運送事業を営む者の中には、旅客が携帯するハンドバツクや少量の手荷物を貨物と称して旅客を運送する者が急増し、果ては公然と旅客運送行為(タクシー行為)をするものも現われ、その無法ぶりは目に余るものがあり、タクシー業界と軽貨物運送業界との間の紛争も尖鋭化して、大きな社会問題にまで発展した。かかる状態を放置すれば、沖縄県の運輸行政の秩序は混乱し、県民の生活にも重大な影響を及ぼすことが明らかであつたため、被告及び総合事務局はかかる違法行為を防止し、正常な運輸行政の秩序を回復するための諸施策として、タクシー業界に対する諸措置の外に、軽貨物運送業者に対しては、タクシー行為が違法であることを周知徹底させるため街頭指導に乗りだすとともに、昭和四七年九月一日以降の新規届出車については乗員定員を二名以下とするよう行政指導を行ない、同四九年二月一日には陸運事務所長名で「軽貨物車両はトラツクタイプに限る」旨の公示をする等の措置をとり、更に同四九年度以降はバン型軽貨物車の代替を認めないこととした。そのため、同五二年頃になると従来使用していたバン型車は老朽化し、これを代替する必要に迫られ、又組合等からの陳情もあつたため、被告は組合による自主的な組合員の指導に期待し、昭和五四年三月一日陸運事務所長名で、「組合に加入しているもので、従来から事業届をし、かつ、タクシー行為を行なうおそれがないものに限り、バン型車両による代替を認める。」旨公示し、続いて同五五年三月一日付で定員制限を撤廃する等した。そして、事務取扱いとして、代替届を提出する際には「タクシー類似行為はしない」旨の旧誓約書を徴することとした。しかし、その後も組合員の中には依然としてタクシー行為をする者が後をたたず、又被告及び総合事務局の行政指導に対し、軽貨物運送業界は「どの程度の貨物を所持しておれば軽貨物車に人が乗つてもよいのか、貨物の範囲を明確にせよ。」と執ように迫つてきた。そこで、被告は運輸行政の総括的責任を有する運輸省とも協議して、軽貨物車による旅客運送行為は法四条に違反する旨判示した福岡高等裁判所那覇支部昭和五〇年一二月一七日判決(同年(う)第四二号)の判断に従うこととして、局長通達を作成し、更に所長通達を発した。これに対し、当初は軽貨物組合、軽車両組合とも所長通達の受領を拒否していたものの、軽貨物組合はその後これに応じることになつたが、軽車両組合は同通達の撤回を要求して、未だその受領を拒否し続けている。

なお、原告が請求原因3(四)で主張している訴外長嶺由江等は、いずれも新誓約書を添付して代替届を提出しているものである。

4  請求原因4の事実中、軽貨物運送事業用の軽自動車に係わる新規検査申請を検査協会になす手続が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は不知。

なお、ある行為が抗告訴訟の対象となる処分といえるためには、その行為が個人の法律上の地位ないし権利関係に何らかの影響を与える性質のものでなければならないところ、代替届は何ら原告の法律上の地位ないし権利関係に影響を与えるものではなく、又、検査協会に対する検査申請につき前記のような仕組がとられているのは、目に余る軽貨物車の違法なタクシー行為を事前に防止する必要からとられている、緊急かつ暫定的な行政措置であり、右措置がとられているからといつて、代替届が原告の法律上の地位ないし権利関係に何らの影響を与えるものではないことに変りがない。

第三証拠 <略>

理由

一  原告は、被告に施行規則五七条一項に基づき営業開始届を提出して受理されたものであること、原告は昭和五六年九月七日、施行規則五七条二項に基づき代替届を被告に提出したが、新誓約書の添付がないとの理由で同月八日に不受理とされたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によると、原告は法二条五項の軽貨物運送事業を営んでいる者であり、代替届は、それまで使用してきた軽自動車が老朽化し、故障が多くなつたので、新車(車名スバル、型式J―K八七、年式五六年、車台番号K八七―一六四〇九九、積載量三五〇キログラムのバン型車両)と代替するためになしたものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  そこで、まず原告の代替届を受理しなかつた被告の行為が、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当するか否かについて検討する。

1  復帰前の沖縄では、軽貨物運送事業を営むものは、行政主席の免許を受けなければならなかつた(一九五四年九月一七日立法第四六号琉球道路運送法四条)が、昭和四七年五月一五日の復帰後は、現行法が適用されるようになつたため、事業の開始及び事業計画の変更について、免許も認可もあるいは届出も要しないこととなつた(法二条五項、九八条、三〇条、三二条一項)。

2  施行規則は、昭和四八年三月二六日運輸省令第八号による一部改正で五七条を追加し、同条は軽貨物運送事業を営もうとする者に事業計画等を記載した書類を、又事業計画の変更についても同様の書類を、その者の主たる事務所を管轄する都道府県知事(実際の提出先は、知事の業務担当者である都道府県陸運事務所長宛)に提出しなくてはならない旨定めたが、右規則に定める届出は、法及び同法施行法等の法律上の根拠を有するものではなく、法律上の根拠なくして新たに国民に義務を課することはできないから、単に一つの行政指導として、行政庁が軽貨物運送事業の実態を把握する便宜などのために、国民に届出を促しているに過ぎないものであつて、右届出をしなければ軽貨物運送事業を営むことができないとか、又、事業計画を変更できないというものではなく、届出を怠つたといつて制裁を受けるべき性質のものでもないと解すべきである(施行規則五七条は法九八条、三〇条一項による省令ではなく、又、原告主張の被告の代替届不受理の理由が法三〇条二項の改善命令によるものではないことは明らかであるから、不受理の取扱いを受けたからといつて罰則規定が適用されるものではない。)。

3  なお、実際に軽自動車を運行の用に供するためには、当該自動車につき、検査協会から自動車検査証(以下「車検証」という。)の交付を受け(道路運送車両法、以下「車両法」という。七四条の二、五八条、一〇八条一号)、車両番号の指定を受け、これを表示しなければならず(同法六〇条、七三条、一〇九条一項一号)、軽貨物運送事業を営む者は、当該自動車について事業用の車検証の交付を受ける必要がある(同法施行規則三六条の二第三号、軽自動車検査協会検査事務規程五章、法一〇一条、一二八条の三第二号)。この車検証は、新規検査の結果、保安基準に適合していれば、検査協会がその使用者に交付するもので(車両法七四条の二、六〇条)、右検査申請に際し、一般の自動車運送事業の用に供する自動車については、免許を得たこと等を証する書面を提出することとなつている(同法施行規則三六条二項)のとは異なり、軽貨物運送事業の用に供する軽自動車については、施行規則五七条の届出をなしたことを証する書面を提出しなければならないという法令上の根拠はない(車両法施行規則三六条一項、四項、車両法七六条の三〇、軽自動車検査協会検査事務規程、軽自動車検査協会検査事務取扱細則参照)。

4  ところで、行政庁のある行為が抗告訴訟の対象となる処分といえるためには、それが個人の法律上の地位ないしは権利関係に何らかの影響を与える性質のものでなければならないところ、施行規則五七条による届出は、これをしなくても軽貨物運送事業を営むことができ、又、事業計画の変更もできるのであり、又、届出を怠つても格別の制裁を受けるべき性質のものではないと解すべきことは前判示のとおりであるから、この点において、右届出の不受理が、原告の法律上の地位ないし権利関係に何ら影響を与えるものではないことは明らかである。もつとも、<証拠略>によると、沖縄県では現在、軽貨物車の新規検査申請をなす者は、被告(実際上は業務担当者である陸運事務所長)から、施行規則五七条による届出をなしたことを証する連絡票の交付を受けて、これを添付して検査協会へ検査を申請しなければならず、(右は当事者間に争いがない。)連絡票を提出しないものについては事業用の車両番号を指定しない取扱いがなされていることが認められるが、仮に検査協会のかかる運用により、申請人の法律上の地位ないし権利関係に何らかの影響があつたとしても、これは被告とは別の機関(車両法七六条の三参照)である検査協会が、連絡票の添付のない新規検査申請に対して、かかる運用を行なつていることによるものであつて、右運用の違法性が問題となることがありうることは格別(車検の申請を拒否されたことを争うのであれば別途抗告訴訟を提起するなどの方法をとるべきことになる)、このことが施行規則五七条による届出を被告が受理しないことによつて直接右届出人が被る前記の影響とはいえないことは明白である。したがつて、右の点においても、被告が原告の代替届を受理しなかつたことによつて、原告の法律上の地位ないし権利関係に何らかの影響があるとは認められない。結局、被告が原告の代替届を受理しなかつたことは、抗告訴訟の対象となる行政処分には該らないといわなければならない。

三  よつて、本訴は抗告訴訟の対象とならない、被告の代替届の不受理の違法を理由として、その無効の確認を求めるものであつて、その余の主張につき判断を加えるまでもなく、不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮城藤義 梶村太市 高林龍)

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