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西宮簡易裁判所 平成11年(サ)5360号 決定 1999年11月30日

債権者 株式会社 ジャックス

右代表者代表取締役 小島賢蔵

右代理人支配人 青木友康

右訴訟代理人弁護士 永嶋真一

同 河上泰廣

債務者 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 後藤玲子

第三債務者 株式会社B山

右代表者代表取締役 C川松夫

主文

一  債権者と債務者間の当裁判所平成一一年(ト)第一一号債権仮差押命令申立事件について、当裁判所が平成一一年八月六日にした仮差押決定を取り消す。

二  債権者の仮差押命令申立てを却下する。

三  訴訟費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立及び主張

当事者双方の申立及び主張は、各当事者の提出した申立書及び主張書面に記載のとおりであるから、これらを引用する。

第二当裁判所の判断

一  被保全権利の存否について

証拠によると、債権者の債務者に対する貸金等債権合計金八七万七一八二円及び内元金八六万五二九一円に対する平成一一年四月一日から支払済みまで年二九・二パーセントの割合による遅延損害金の支払請求権である本件被保全債権が存在することが認められる。

二  保全の必要性について

Ⅰ  保全の必要性についての債権者の主張の要旨は次のとおりである。

(1) 債務者の支払不能状態

債務者は平成一一年三月一日を最後に支払が途絶えた。同月二九日、債権者に対し、債務者の代理人弁護士を通じて任意整理をしたい旨通知があった。右代理人によれば、債務者の負債は、債権者一二社、負債総額約一七〇〇万円余りとのことであった。その後、債権者と債務者の話し合いはまとまらず、結局、債権者との任意整理は不調に終わっている。

(2) 債務者の無資力

債権者の調べたところでは、債務者の資産は土地及び建物(以下「不動産」という)と勤務先に対する給与債権しかない。

① 不動産には抵当権が設定されている。しかも担保額(二一六〇万円)が評価額(一四三六万円)を上回っており、剰余の見込みはない。

② 債務者は勤務先に対する給与債権を有している。しかし、債務者は前記のとおり多額の負債を負っており、他の債権者から勤務先へ督促の電話が頻繁にかかってくる状況も考えられ、会社に居ずらくなり退職してしまうおそれが大いにある。

(3) 右のような諸事情があるため、今のうちに右給与債権を保全しておかないと本案訴訟で勝訴判決を得ても現実の回収が不能となるおそれがある。

Ⅱ  保全の必要性についての債務者の反論の要旨は次のとおりである。

(1) 債務者の所有不動産について

債務者の所有不動産には確かに抵当権が設定されているが、現在の被担保債権の残高合計は約一一〇〇万円にすぎない。

債権者は右不動産の評価を一四三六万円と見積もるが、なんらの根拠もない。しかし、時価がそのとおりであったとしても、被担保債権額は前記のとおりであるので、本件請求債権程度の剰余は十分にある。

(2) 給与債権について

債権者は、「他の債権者から勤務先へ督促の電話が頻繁にかかってくる状況も考えられ」などと主張するが、債務処理を弁護士に委任した旨の通知を受けた後に債務者本人に対し貸金業者が支払請求することは厳に禁じられており、このことは貸金業者において十分守られている現状がある。現に本件でも、債務者の職場や自宅への貸金業者からの電話など皆無である。

弁護士が債権者らに受任通知を送付した後に、僅か九〇万円足らずの債権について何らの理由もなく給与の仮差押などという、非常識というよりは悪質といってもよい手段を取るのは本件の債権者ぐらいのものであって、「会社に居ずらくなり、退職してしまうおそれが大いにある」とすれば、それはまさしく本件仮差押によって惹起される状況なのであり、債権者の意図もここにあるのである。すなわち、本件保全手続は、債権者も認めるように、会社に債務者の状況を知らしめて「会社に居ずらく」させ、「退職」させて、抜け駆け的に退職金で一括回収しようという意図のもとになされたことは自明である。

(3) 債務者の現状

債務者は、現在、本件の代理人を交えて練り上げた返済計画に基づいて住宅ローンを含め債権者らに順調に返済していっており、本件の債権者を含めた、いまだ合意に達していない債権者のためには返済計画どおりの返済金の積立てを行っている。

(4) 以上の点に加え、本件の債権者は三年の分割案に一旦は同意しているのであり、どのような見地からしても、保全の必要性は毫もないのである。

本件仮差押申立ては、保全制度を悪用して、債務者に有無を言わさず一括弁済させようとするものである。

Ⅲ  そこで、保全の必要性について検討する。

(1) 債務者は、不動産を所有しており、右不動産には、土地及び建物を共同担保として次のとおり担保権が設定されている。

1番 昭和五七年六月一九日抵当権設定登記 抵当権者住宅金融公庫 債権額金四八〇万円(1番、2番の順位変更による)

2番 昭和五六年一一月一一日抵当権設定登記 抵当権者積水ハウス株式会社債権額金七九〇万円

3番 平成四年一〇月九日抵当権設定登記 抵当権者京阪神総合信用株式会社債権額金五七〇万円

4番 平成九年三月二四日根抵当権設定登記 根抵当権者アイフル株式会社極度額金三二〇万円

右のとおり登記簿上の債権額、極度額の合計額は金二一六〇万円であることが認められる。

他方、保全異議申立て時点における右抵当権、根抵当権の残債務額は、

1番抵当権 平成一一年八月一日現在金二三六万三一〇七円

2番抵当権 平成一一年七月二七日現在金一四二万二八三一円

3番抵当権 平成一一年七月二七日現在金四四八万五一〇二円

4番抵当権 平成一一年三月三一日現在金一九一万三三六九円

であり、合計残債務額は金一〇一八万四四〇九円であることが認められ、今後も弁済していく限り減少していくものといえる。

右不動産の債権者主張の評価額金一四三六万円は、路線価を基本に試算したものであり、必ずしも時価額を正確に反映したものではないが、仮に、右評価額金一四三六万円としても、前記被担保債権残額一〇一八万四四〇九円との間には金四一七万五五九一円の開差があり、本件被保全債権額からみても優に剰余が見込まれる。

(2) 債務者は、いわゆる多重債務者であるが、多重債務者については、弁護士による債務整理、債務弁済協定民事調停事件の調停委員会における解決等による公正かつ妥当で経済的合理性ある弁済計画により生活再建を計るのが昨今の趨勢であり、そのためには債権者の理解と協力が必須であり、多重債務者の更生に対する公正、公平面の配慮がなされるべきである。

債務者は、破産手続に移行することを回避して弁済すべく、代理人弁護士が債務整理に入り、大多数の債権者は債務整理に協力的で、計画案に従った弁済を実施中であるが、本件債権仮差押によって右弁済計画に支障をきたし頓挫するおそれがあり、また、抵当権者である住宅金融公庫等の住宅ローンの弁済にも影響しかねないことが予測され、ひいては、破産手続に移行する危険性がないともいえない。

ところで、勤め人が給与債権の差押え、仮差押えを受けると、勤務先での信用に悪影響を及ぼし、評価は低下し、場合によっては退職を余儀なくされることも考えられなくはなく、その場合、破産手続に移行する恐れなしとせず、多重債務者の更生はいき詰まってしまうことになる。

右のとおり多重債務者である債務者の保全異議事件の審理については、総債権者に与える影響をも考慮すべきである。

以上、諸般の事情を総合し、本件債権仮差押をみると、その執行によって、既に進行中の弁済計画に影響を及ぼすことは明らかであり、保全の必要については疑念がある。

(3) 本件の被保全権利は貸金等債権合計金八七万七一八二円及び内元金八六万五二九一円に対する平成一一年四月一日から支払済みまで年二九・二パーセントの割合による遅延損害金の支払請求権であるが、この請求権が本案訴訟で認容されたとしても、前記不動産に対する執行による満足には、右不動産の前記の被担保債権額からみて、さしたる不安はないものといえるし、また、債務者は総債権者に対する計画弁済のためにも今後とも第三債務者に勤務を続けるであろうことが窺われるし、給与債権に対する執行が著しく困難になる可能性は乏しいものといえるから、現在において本件債権仮差押えをする必要性はないものというべきであり、本件債権仮差押命令申立ての保全の必要性は否定されるべきである。

よって、本件仮差押決定を取り消し、仮差押命令申立てを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 山下敏彦)

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