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秋田地方裁判所横手支部 平成2年(ワ)13号 判決 1991年5月27日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、三六四万〇三〇〇円及びこれに対する昭和六三年一月七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が片桐イク、片桐浩、片桐玲子、岩崎洋子、高橋清子及び同伊藤博子(以下「片桐イク外五名」ともいう。)の被告に対する別紙債権目録記載の預託金返還請求権(本件預託金返還請求権)を差し押さえ、転付命令を得て、被告に対して本件預託金の返還を求めたのに対し、被告が片桐イク外五名に対する貸金債権と本件預託金返還請求権との相殺を主張して、その支払を拒絶している事案である。

二  紛争の経緯(請求原因―本件預託金返還請求権に対する転付命令、抗弁―相殺、再抗弁の一部―更改及び相殺権濫用に関する事情)

1  片桐二郎とその子片桐浩は、共同して、三嶋屋という屋号で、菓子・うどんの販売業をしていたが、被告は、三嶋屋に対し、片桐浩を主たる債務者、片桐二郎を連帯保証人と定めた昭和五五年三月六日付け銀行取引約定書に基づいて、手形割引の方法で、次のとおり、金員を貸し渡した。(<書証番号略>、証人山田幸治)

(一) 貸出日 昭和六〇年三月二〇日

金額 一四三万三八〇〇円

返済期日 昭和六〇年六月二五日

(二) 貸出日 昭和六〇年四月二〇日

金額 一八八万四六〇〇円

返済期日 昭和六〇年七月二〇日

(三) 貸出日 昭和六〇年四月二〇日

金額 五〇万〇〇〇〇円

返済期日 昭和六〇年八月一二日

(四) 貸出日 昭和六〇年四月二五日

金額 九〇万三〇〇〇円

返済期日 昭和六〇年七月二六日

(五) 貸出日 昭和六〇年五月二〇日

金額 一四三万七〇〇〇円

返済期日 昭和六〇年八月二〇日

2  片桐二郎は、被告に対し、昭和六〇年四月一日、別紙債権目録記載の額面一五〇万八三〇〇円の約束手形の不渡処分を免れるために、異議申立手続を依頼して右同額の預託金を預け、同月五日、同目録記載の額面二一三万二〇〇〇円の約束手形の不渡処分を免れるために、同様に右同額の預託金を預けた。(<書証番号略>)

3  原告を債権者、片桐二郎を債務者、被告を第三債務者とする秋田地方裁判所湯沢支部昭和六〇年ヨ第五号債権仮差押事件について、同裁判所は、昭和六〇年四月一九日、原告の片桐二郎に対する右2の約束手形二通に基づく債権合計三六四万〇三〇〇円の執行を保全するため、片桐二郎が被告に対して有する右同額の本件預託金返還請求権を仮に差し押さえる旨の仮差押決定をし、この決定は、同年四月二〇日に片桐二郎に、同月二七日に被告に、それぞれ送達された。(一部は当事者間に争いがない。他は<書証番号略>)

4  被告は、秋田地方裁判所湯沢支部に対し、本件債権仮差押事件について、差押えにかかる債権は存在する、差押債権の種類及び額は異議申立預託金三六四万〇三〇〇円である。弁済の意思はある、弁済する範囲は預託金額と同額である旨の、昭和六〇年五月一三日付け陳述書を提出した。(<書証番号略>)

5  片桐二郎は昭和六〇年六月一六日に死亡し、同人の妻及び子である片桐イク外五名が片桐二郎を相続した。その結果、片桐イク外五名は、被告に対する合計三六四万〇三〇〇円の本件預託金返還請求権を取得した。(当事者間に争いがない)

6  前記1の(一)ないし(三)の約束手形三通が不渡りになり、被告は、片桐浩の求めに応じて、同人との間で、昭和六〇年七月九日、前記1の五口の貸金債権元金(割引手形額面額)及びこれに対する利息と被告の三嶋屋に対する別の約二〇万円の貸金債権とを、次のとおりの二口の貸金債権にまとめる合意をした。

(一) 金額 一五〇万円

期限 昭和六三年六月二五日。ただし、昭和六〇年八月二五日を第一回とし、毎月二五日限り四万円を月賦弁済する。

(二) 金額 五〇〇万円

期限 昭和六四年九月二五日。ただし、昭和六〇年八月二五日を第一回とし、毎月二五日限り一〇万円を月賦弁済する。

右合意の後、片桐浩は、右(一)及び(二)の各四回分を支払っただけで、昭和六〇年一二月二五日の支払分から支払を怠り、前記1の銀行取引約定書中に定められた期限の利益喪失約款に基づいて、期限の利益を喪失した。(証人山田幸治、弁論の全趣旨)

7  原告は、片桐二郎の相続人である片桐イク外五名を相手方として、本件預託金提供の原因となった前記2の約束手形二通に基づいて、秋田地方裁判所湯沢支部昭和六二年手ワ第四号約束手形金請求事件を提起した。そして、同裁判所は、同年一〇月二一日、手形額面合計三六四万〇三〇〇円の支払請求及びこれに対する付帯請求を認容する原告の全面勝訴の判決を言い渡した。(当事者間に争いがない)

8  原告は、右勝訴判決の執行力ある正本に基づいて、昭和六二年一二月三〇日付け(同六三年一月一日受付)申立書により、原告を債権者、片桐イク外五名を債務者、被告を第三債務者とする債権差押及び転付命令を申し立て、これが秋田地方裁判所湯沢支部昭和六三年ル第一号、同ヲ第一号事件として係属した。そして、同裁判所は、昭和六三年一月六日、原告の片桐イク外五名に対する右約束手形二通に基づく債権合計三六四万〇三〇〇円の弁済に充てるため、片桐イク外五名が被告に対して有する右同額の本件預託金返還請求権を差し押さえ、支払に代えて券面額でこの債権を転付する旨の債権差押及び転付命令を出し、この命令は、同月九日に被告に、同月一一日までに片桐イク外五名に、それぞれ送達された。(当事者間に争いがない)

9  被告は、秋田地方裁判所湯沢支部に対し、本件債権差押及び転付命令申立事件について、差押えにかかる債権は存在する、差押債権の種類及び額は異議申立預託金三六四万〇三〇〇円である、弁済の意思はないとし、その理由として「片桐浩の保証債務八〇六万四〇〇〇円があり、当行反対債権と相殺の予定(相続未了)」との記載がある、昭和六三年一月一三日受付の陳述書を提出した。(<書証番号略>)

10  被告は、原告に対し、昭和六三年九月二二日に差し出し、そのころ原告に配達された内容証明郵便により、前記6(一)の貸金債権残額一三四万円及び(二)の貸金債権額四六〇万円を自働債権とし、本件預託金返還請求権三六四万〇三〇〇円を受働債権とする、相殺の意思表示をした。(一部は当事者間に争いがない。他は<書証番号略>)

11  さらに、被告は、原告に対し、昭和六三年一一月六日に差し出し、そのころ原告に配達された内容証明郵便により、右の相殺の意思表示を撤回すると通告し、約束手形五通を割り引いて融資したことにより取得した前記1の(一)ないし(五)の貸金債権を自働債権とし、本件預託金返還請求権三六四万〇三〇〇円を受働債権とする、相殺の意思表示をした。(一部は当事者間に争いがない。他は<書証番号略>)

三  争点(原告の主張する再抗弁)

1  更改

(一) 原告の主張

前記二の6に記載した一五〇万円と五〇〇万円債権は、前記二の1の五口の貸金債権元金(割引手形額面)及びこれに対する利息と被告の三嶋屋に対する別の約二〇万円の貸金債権とを二口にまとめたものであり、貸付方法が手形割引から手形貸付に変更されている。また、受働債権に仮差押えがある場合、既に相殺適状にある自働債権には一切手を付けないのが銀行実務の普通の扱いであるが、被告はあえて普通とは異なる、客観的に債権の同一性を否定するような行為を行っているのであるから、第三者保護の必要上債権の同一性を認めることができる客観的な資料を揃えておくべきであるのに、本件ではそのような資料は存在しない。したがって、被告と片桐浩との間には、右五口の債権等を消滅させて新たに右二口の債権を発生させる旨の更改契約が成立したものというべきである。

よって、前記二の10の相殺は、本件仮差押えが効力を生じた昭和六〇年四月二七日の後である同年七月九日に成立した右更改契約に基づく新たな債権を自働債権とするもので、民法五一一条に反し無効である。また、右二の11の相殺は、右更改契約によって消滅した旧債権を自働債権とするもので、無効である。

(二) 被告の主張

右五口の債権等をまとめて右二口の債権を発生させる貸付は実際の金銭の授受を伴っていないから準消費貸借契約であるが、準消費貸借が成立した場合に、更改により既存債権が消滅して新債権が発生するのか、又は、債権は同一性を維持して単に消費貸借の規定に従うことになるのかは、まず当事者の意思によるべきであり、当事者の意思が明らかでないときは、債権は同一性を維持するものと推定すべきである。本件についていえば、片桐浩と片桐二郎は三嶋屋を共同経営していたが、片桐浩は、受取手形の不渡りや三嶋屋の経営不振のために、右五口の借受金の返済ができなくなり、被告に対し返済期日の延期を懇請した。右五口の貸金債権は、連帯保証人である片桐二郎の被告に対する本件預託金債権と相殺適状にあったのであるが、相殺を行うと片桐二郎は取引停止処分を受けることになるため、被告は、あえて相殺をしないで、支払延期の要請に応じたものである。被告と片桐浩との間において、実質的な担保である被告の相殺権を消滅させる意思があったと解することは、銀行取引の実際からみて不合理である。したがって、本件においては、更改は成立せず、右二口の債権は右五口の債権と同一性を維持しているものというべきである。

よって、前記二の10又は11の相殺は、仮差押えの効力発生前に取得した債権を自働債権とするもので、有効である。

2  相殺権の濫用

(一) 原告の主張

仮に、右五口の債権等と二口の債権との間に同一性があったとしても、被告の相殺の主張は、相殺権の濫用であり、許されない。すなわち、被告は、受働債権である本件預託金返還請求権に対する本件仮差押決定の正本を昭和六〇年四月二七日に受領していながら、同年七月九日、既に相殺適状にあった自働債権につき、支払猶予の趣旨で従来五口あったものを二口にまとめ、弁済期を昭和六三年六月二五日及び同六四年九月二五日と定めて延期したというのである。被告の右支払猶予は、片桐浩との取引上の特殊な事情から、あえて担保的機能を放棄したとしか考えられず、仮に被告において時期がくればなお相殺によって精算できるという期待を有していたとしても、その期待には合理性がなく、それは法的保護に値しないというべきである。さらに、被告は、これまでの原告との交渉の中で、相殺の主張を撤回したり、債権証書の写しを送付しなかったりなど、極めて不誠実な対応をしてきた。これに対し、原告は、債権保全のために、通常の銀行実務の手順に従い、時間と費用をかけて手続を進めてきている。以上のような状況の下で、被告が原告に対し相殺を主張するのは、相殺権の濫用(民法一条)であって、許されない。

(二) 被告の主張

銀行が受働債権の担保力を信頼して、極力債務者の経営改善に協力しようとすることは、金融機関としては当然のことで、債務者の経営が危機に瀕した時に遅滞なく相殺しなかった故をもって、金融機関が不利益に扱われることは、金融の実態及び判例からみて、甚だ不条理であるといわなければならない。しかも、原告も銀行であるから、第三債務者が銀行である本件のような場合には、相殺の可能性は当然予測できたはずである。

第三  争点に対する判断

一  更改について(再抗弁1)

債権譲渡及び債務引受が原則的に承認され、契約自由の原則が確立されている現行民法の下では、当事者は債権の内容について契約でこれを変更しつつ債権の同一性を維持することが可能であり、債権の同一性を変ずる更改は例外であって、債務(債権)の要素に変更があっても、それだけでは債権の同一性は影響がなく、債務(債務)の要素の変更に加えて当事者の更改意思が明確である場合に限って、更改が成立すると解すべきである。これを本件についてみるに、被告は、経営不振等の理由で期限に弁済する見込みが立たない片桐浩の要請を受けて、前記五口の貸金債権等を前記二口の貸金債権にまとめたものであるが、銀行である被告が担保的機能を有する相殺権を消滅させ、貸金債権の回収不能の危険を侵してまで片桐浩を援助することについて納得のいく理由、すなわち被告の更改意思の存在を認めるに足りる証拠がない。

したがって、本件においては、更改は成立せず、右二口の債権は右五口の債権と同一性を維持しているものというべきであり、前記第二の二の10の相殺は、次に述べる限度で仮差押えの効力が発生する前に取得した債権を自働債権とするものであるから、後に検討する相殺権の濫用が成立しない限り、有効である。ただし、相殺の効力が生ずるのは、前記第二の二の1に記載した五口の貸金債権のうち、仮差押えの後に発生した(五)の債権を除いた(一)ないし(四)の四口の合計四七二万五六〇〇円についてである。ちなみに、前記第二の二の11に記載のとおり、被告は右相殺の意思表示を撤回する旨を原告に通知しているが、一度生じた相殺の効力は被告の一方的な撤回の意思表示だけでその効力が消滅することはない。原告この撤回に応じていない(弁論の全趣旨)。

二  相殺権の濫用について(再抗弁2)

1  被告は、本件債権仮差押事件において、民事執行法一七八条三項、一四七条に基づき、片桐ニ郎の被告に対する三六四万〇三〇〇円の本件預託金返還請求権が存在し、これを弁済する意思がある旨の陳述をした。これを信じた原告は、本件預託金返還請求権発生の基になった別紙債権目録記載の約束手形ニ通について全面勝訴の手形判決を取得し、これに基づいて本件預託金返還請求権につき本件差押及び転付命令を得て、本件預託金を取り立てようとした。ところが、前記のとおり被告が本件預託金返還請求権を受働債権とする相殺の意思表示をしたため、原告は右約束手形債権を回収できなくなるというのであって、これでは被告の陳述を信じて地道に債権回収の努力を重ねた原告に不満が残るのも無理からぬところである。

しかしながら、右陳述は仮差押裁判所に対する事実の報告たる性質を有するにすぎず、被告が被差押債権の存在を認めて支払の意思を表明したとしても、これによって債務の承認あるいは抗弁権の喪失というような実体上の効果を生ずることはないので、その後において、第三債務者である被告がその被差押債権を受働債権として相殺に供することを主張することを妨げるものではないから、右陳述に反して相殺をしたというだけでは、相殺権の濫用になるとはいい難い。

2  右約束手形ニ通の不渡りによる取引停止処分を免れるための異議申立ては、本件預託金返還請求権を目的とする本件転付命令によって手形金の弁済がなされたものとみなされて、不渡事故が解消したことになり、異議申立提供金が手形交換所から銀行に戻され、これに伴い本件預託金も転付命令を取得した原告に支払われるはずであった。ところが、前記のとおり被告が本件預託金返還請求権を受働債権とする相殺の意思表示をしたため、原告は右約束手形債権を回収できなくなるというのであって、しかも事故解消により不渡処分は行われないままになってしまうのであるから、原告が自己の努力の成果を被告に持って行かれてしまったと感じても仕方のないところである。

しかしながら、異議申立預託金は、専ら手形債務者に支払能力があることを示すために提供されるものであり、当該不渡手形の支払を担保したり、手形債権者への優先弁済に当てるために提供するものではないから、支払銀行の預託金返還債務を手形債権者との関係で他の一般債務と区別する理由はなく、支払銀行の相殺権の行使を制限する理由がないので、現在の不渡異議申立制度を前提とする限り、受働債権が異議申立預託金返還債権であるというだけでは、相殺権の濫用になるとはいい難い。

3  相殺を行う時期の選択は、元来、相殺権者の自由になし得るところであるから、受働債権について仮差押えないしは差押えがあった場合でも、差押債権者等に対する故意の嫌がらせその他の信義に反する特別の事情のない限り、被告が自働債権である前記五口の貸金債権の弁済期限を延伸したことが直ちに権利の濫用になるとはいい難い。

そこで、本件転付命令が出された後、前記第二の二の10に記載した相殺の意思表示がなされるまでの経緯について検討するに、証拠(<書証番号略>、証人膝付義一、同山田幸治)及び弁論の全趣旨と前記第二の二の事実とによれば、次の事実が認められる。

(一) 原告の申立てによって出された本件転付命令は、昭和六三年一月七日に第三債務者である被告に、同月一一日までに債務者である片桐イク外五名に送達された。被告は、本件預託金を弁済する意思がない旨の記載、及び、その理由として「片桐浩の保証債務八〇六万四〇〇〇円があり、当行反対債権と相殺の予定(相続未了)」との記載のある陳述書を裁判所に提出した。

(二) ところが、本件仮差押事件において、先に被告が裁判所に提出していた陳述書には、本件預託金を原告に弁済する意思がある旨の記載があったので、疑問を持った原告銀行融資部の膝付義一は、同年六月一〇日、被告銀行湯沢支店に電話をかけて貸付係の奈良元則と話をしたところ、仮差押えの陳述書には以前からあった貸付金を書きもらしていたとのことで、右奈良に貸金債権の証書の送付を依頼して、その承諾を得た。右膝付は、数回催促した後、書類送付依頼書を送って欲しい旨の右奈良の求めに応じて、「陳述書4にある八〇六万四〇〇〇円の債権証書(写)一部」の送付を依頼する旨の同年七月一五日付けの書面を送った。そうすると、被告銀行と片桐浩間の昭和五五年三月六日付け銀行約定取引書が送られてきたが、これは原告が求めた右債権証書とは異なるので、右膝付が昭和六三年九月八日に右奈良に電話で問い合わせたところ、奈良は、右債権は既に相殺済みで債権証書は債務者に渡してしまっていて送れなかった。相殺通知は手形債務者にしたが、転付命令を得ている原告に対する通知でないと相殺の効力が無効になるのではないかというような法律的なことは、本部の虻川管理課長に問い合わせて欲しい旨を話した。

(三) 右膝付が虻川管理課長に電話した後、被告は、原告に対し、昭和六三年九月二二日付けの通告書を送付した。その内容は、前記二口の貸金残債権を自働債権とし、本件預託金債権を受働債権とする相殺の意思表示であった。ところが、右通告書では右貸金債権の貸出日は昭和六〇年七月九日となっていて、本件仮差押決定の正本が被告に送達された同年四月二七日より後になるので、右自働債権は仮差押えの効力を生じた後に取得した債権となって、相殺は無効ではないかとの疑問が起きた。そこで、膝付が虻川管理課長に電話で確かめたところ、虻川管理課長は、右二口の貸金債権は前記五口の貸金債権合計六一五万八四〇〇円をまとめたものある旨を述べ、その五口を二口にまとめたという話が右通告書の内容と異なる点は、弁護士と相談して善処する旨を答えた。

そこで、原告は、被告に対し、被告が本件預託金と相殺した貸金の貸付けが本件仮差押えの後になされていること、及び、片桐二郎が昭和六〇年六月一六日に死亡しており、右貸付けが同人の死亡後になされていることにより、被告の相殺の主張は原告に対して対抗できないのではないかという趣旨の、昭和六三年一一月一四日付け回答書を送った。

(四) その後、被告は、原告に対し、同年一一月二六日付け通告書を送付した。その内容は、前記五口の旧債権を自働債権として本件預託金債権を受働債権とする相殺の意思表示であり、前記二口の貸金債権による相殺の意思表示を撤回するという趣旨のものであった。

右の次第であって、被告が本件預託金返還請求権につき転付命令があったことを知ってから、右返還請求権を受働債権として相殺の意思表示をするまでの経緯には、転付命令の後に手形債務者に対して相殺の意思表示をして債権証書を返してしまったとされる不手際があり、原告に対する応答も必ずしも誠意があるものとばかりはいい難いところがあって、そのために原告に無用の時間と労力を費やさせた実情があるといわざるを得ない。しかしながら、その程度は故意に原告に嫌がらせをするなどの悪質なものではないことが明らかで、直ちに相殺権の濫用となる程のものではなく、他の何らかの事情と相まって相殺権の濫用を積極的に認定することができるような場合に、補充的な事情となり得る程度のものにすぎないものというべきである。

四  結論

以上のとおりであって、原告の主張する請求原因及び被告の主張する抗弁はすべて当事者間に争いがないか証拠によって認定できるものであるのに対し、原告の再抗弁である更改及び相殺権の濫用はいずれもこれを認めるのに証拠が十分でないから、原告の本訴請求は棄却を免れない。

(裁判官 富田守勝)

別紙 債権目録

一 金三六四万〇三〇〇円

ただし、片桐イク、片桐浩、片桐玲子、岩崎洋子、高橋清子及び伊藤博子の被相続人片桐二郎が左記約束手形の不渡処分を免れるために被告銀行の加盟する銀行協会に提出する目的で被告銀行(湯沢支店扱い)に預託した預託金の返還請求権

1 金額 一五〇万八三〇〇円

満期 昭和六〇年三月三一日

支払地 秋田県湯沢市

支払場所 株式会社羽後銀行湯沢支店

振替日 昭和五九年一二月一〇日

振出地 秋田県雄勝郡稲川町

振出人 片桐二郎

受取人兼第一裏書人 みゆき食品有限会社

第一被裏書人兼所持人 原告

2 金額 二一三万二〇〇〇円

満期 昭和六〇年四月五日

振出日 昭和五九年一二月二六日

その余の手形要件及び裏書関係は、右1の手形に同じ

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