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秋田地方裁判所 平成2年(ワ)39号 判決 1991年7月08日

原告

秋田市水道事業管理者

谷藤三郎

右訴訟代理人弁護士

伊藤彦造

加藤堯

被告

北観光株式会社

右代表者代表取締役

二田勇

右訴訟代理人弁護士

金野和子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の請求

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二四二九万二七〇三円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、秋田市公営企業である水道事業の管理者であり、被告は、旅館、公衆浴場等を営む株式会社である。

2  原告は、被告の給水申込により、昭和五九年一一月二八日から被告に給水の開始をした。

3  原告が、水道使用者に給水する場合は、秋田市水道事業給水条例に基づいて、給水管の口径に対応した「基本料金」と使用水量に応じた「従量料金」の合計額を水道料金として徴収することになっており、「従量料金」は、その用途により「一般用」とそれより原則として低率の「浴場用(物価統制令施行令第一一条の規定により入浴料金の統制の適用を受ける公衆浴場)」とに分けられ、被告に対しては「一般用」が適用される。

4(一)  原告は、給水開始時から昭和六〇年三月分までは、被告から一般用水道料金を徴収していた。

(二)  しかし、開栓当初から、被告から「浴場用」が適用されるべきであるとの申立てがなされていたところ、原告職員が右条例の解釈、適用を誤り、被告には「浴場用」が適用されるべきものと判断し、昭和六〇年四月一日付で「浴場用」に変更するとともに、給水開始時から昭和六〇年三月分までの一般用水道料金と浴場用水道料金との差額相当分を、同年四月以降の水道料金に満つるまで充当することとした。

(三)  原告職員は、昭和六三年四月ころ、被告に「浴場用」を適用することは過誤であることを知り、被告との交渉により、昭和六三年一〇月分から一般用水道料金を徴収している。

5  原告は、条例で定められた使用料に関する事項に基づいて水道供給契約を締結する義務があり、水道供給契約は、相手方には、条例によって定められた条件による契約を締結するか否かの自由しかない付合契約であって、原告と相手方との合意によってその条件を変更することはできない。そして、秋田市水道事業給水条例によれば、原告は、公益上その他特別の理由があると認めた場合のみ水道料金を減免することができるとされているところ、被告には、何らの減免事由も存在していなかったのであるから、原告が過誤により「浴場用」を適用すべきであると判断し、あるいはその旨の合意をしたとしても、それとは関わりなく、被告は、一般用水道料金を支払うべき水道供給契約上の義務がある。

6  被告は、昭和五九年一一月二八日から昭和六三年九月分までの水道料金につき、別表記載のとおり従量料金部分の一般用水道料金と浴場用水道料金との差額二四二九万二七〇三円を未払いである。

よって、原告は、被告に対し、水道供給契約に基づき、未払い水道料金二四二九万二七〇三円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の事実のうち被告に「一般用」が適用されるとの事実は不知。その余の事実は認める。

3  同4の事実のうち、条例の解釈、適用を誤ったことは不知。その余の事実はいずれも認める。

4  同5の被告に一般用水道料金を支払うべき義務があるとの主張は争う。

5  同6の一般用水道料金と浴場用水道料金との差額が二四二九万二七〇三円であることは認める。

三  被告の主張及び抗弁

1  被告の一般用水道料金支払義務について

「一般用」、「浴場用」の具体的適用基準は、地方自治法二二八条一項の使用料に関する事項に該当せず、条例で定めるべき事項ではない。秋田市水道事業給水条例においても、その二七条で「一般用」及び「浴場用」の各料金が定められているが、「一般用」、「浴場用」の具体的適用基準の定めはない。そして、同条例四二条では、同条例の施行に関する必要な事項は、原告に委任されており、同条に基づき原告が秋田市水道事業給水条例施行規程を定め、その一九条で「一般用」、「浴場用」の具体的適用基準が定められている。このように、個々の水道使用者に対して「一般用」と「浴場用」のいずれかが適用されるべきであるかは水道事業管理者である原告において判断すべき事項であるから、「一般用」、「浴場用」の具体的な適用について、原告と個々の使用者の間でいかなる合意がなされたとしても、条例に違反するといった問題が生ずることはなく、仮に右適用について原告の判断に過誤があったとしても、それは原告が自ら定めた右施行規程の解釈、適用を誤ったにすぎない。そして、同規程は、条例の施行に関し原告自身を拘束するとしても、私法原理が適用される水道供給契約の相手方に対し直ちに効力を生ずるものではないから、本件における原告、被告間の「一般用」から「浴場用」への変更の合意が仮に同規程に違反していたとしても、右合意は無効とはいえず、被告には一般用水道料金を支払うべき契約上の義務はない。

2  免除

仮に、被告に一般用水道料金を支払うべき契約上の義務があったとしても、原告は、昭和六三年四月、被告に対し、昭和五九年一一月二八日から昭和六三年九月分までの一般用水道料金との差額につきその請求を放棄する旨の意思表示をした。

3  信義則違反

被告は、原告に対し、「一般用」から「浴場用」に変更してほしい旨の申し出をなしたところ、原告において、「一般用」を適用したのは過誤であったとして、給水開始時に遡って、「浴場用」に変更し、被告はこれを正当なものと信じて、納入通知書に従って料金を支払ってきたものであり、昭和六三年四月分から九月分までの水道料金も、原告職員との昭和六三年一〇月分から「一般用」を適用するとの合意及び「浴場用」を適用した納入通知書に従って支払ってきたものである。

右のとおり、本件の水道料金決定の経緯において、被告には何ら落度はなく、仮に何らかの過誤があったとすればもっぱら専門家である原告の過失によるものであり、しかも、平成元年一月に新聞紙上でその過失が公にされたことから、同年三月になって一方的に一般用水道料金と浴場用水道料金の差額を請求してきたものであり、原告の請求は信義則に違反する。

四  被告の主張及び抗弁に対する認否

1  被告の主張及び抗弁1は争う。

2  同2の事実は否認する。

3  同3は争う。

五  再抗弁

1  免除について

原告が水道料金を減免できるのは、原告が、公益上その他特別の理由があると認めた場合(秋田市水道事業給水条例三五条)、議会の議決があるとき(地方自治法九六条一項一〇号)、地方自治法二四〇条三項、同法施行令一七一条の七で定められている要件を満たす場合のみである。被告は右いずれの要件にも該当せず、要件のない被告に対する免除は無効である。

2  信義則違反について

被告は、物価統制令の適用のない公衆浴場(「浴場用」が適用されない)として秋田県知事に許可申請をなし、その許可を得て浴場の経営を始めたもので、被告自身自らに「一般用」が適用されるべきことは、熟知していた。ところが、強引に水道料金の減額を求め、その結果、原告職員が条例の解釈、適用を誤ったものであって、原告の請求は信義則に違反するものではない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1のうち、秋田市水道事業給水条例三五条の要件を満たしていないこと及び免除が無効であることは、否認するが、その余は認める。

右免除は、被告に対する「浴場用」の適用が原告の秋田市水道事業給水条例施行規程の解釈、適用の誤りという一方的過失により生じたもので、差額を請求することは禁反言の原則、信義誠実の原則に反し、妥当性を欠くものであると原告において判断し、「公益上その他特別の理由があると認め」たことによるものと解される。

2  同2の事実は否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1ないし4の事実のうち、被告に「一般用」が適用されるか(被告に「浴場用」を適用したことは過誤であったかどうか)の点を除き、当事者間に争いはない。

二そこで、被告に「一般用」が適用されるかどうかにつき検討する。

秋田市水道事業給水条例施行規程一九条によれば、「一般用」は浴場用以外の用途に供するもの、「浴場用」は物価統制令施行令第一一条の規定により入浴料金の統制の適用を受ける公衆浴場であると定められている。被告代表者の供述によれば、被告は公衆浴場を経営していたものであるが、弁論の全趣旨によれば、秋田県においては、地域住民の生活に不可欠ないわゆる銭湯又はこれに類似する程度の規模の公衆浴場についてのみ、「物価統制令の適用を受ける公衆浴場」として入浴料金の指定をする取り扱いとなっており、被告は、公衆浴場法二条の県知事の許可を受ける際、物価統制令の適用のない公衆浴場として許可申請をし、その旨の許可を得て浴場の経営を始めた事実を認めることができる。右事実によれば、被告には本来「一般用」が適用されるべきであったものと認められる。

三次に被告に一般用料金を支払うべき義務があったかどうかにつき検討する。

1 右二認定の事実、<証拠>によれば、被告には「一般用」が適用されるものとして、昭和五九年一一月二八日、被告に対し給水が開始されたが、被告から「浴場用」を適用してほしいとの申し出が原告職員に対しなされていたところ、原告職員は秋田市水道事業給水条例施行規程一九条の解釈、適用を誤り、被告に「一般用」を適用していたことは過誤であったと判断して、秋田市水道局事務決裁規程により、給水開始後の水道料金の調定につき原告に代わり専決する権限を有する同局営業課長からその事務処理につき包括的な権限委譲を受けている同課料金係長の決裁を受けたうえで、昭和六〇年四月一日、被告につき、「一般用」から「浴場用」に変更する手続きがなされ、それとともに、給水開始時から昭和六〇年三月分までの一般用水道料金と浴場用水道料金との差額相当分を、同年四月以降の水道料金分に満つるまで充当する処理がなされた。昭和六三年四月ころ、同局職員が、被告に「浴場用」を適用したことは過誤であったことを知り、同局営業課長と被告との話し合いの結果、昭和六三年一〇月分から、被告に対し、「一般用」が適用されることになったことなどの事実が認められる。

右の事実によれば、原告と被告との間で、昭和六〇年四月一日までに給水開始時に遡って被告の水道使用につき、「浴場用」を適用し、浴場用水道料金を徴収するとの合意がなされたものと認めることができる。

2 原告が、被告に一般用水道料金を支払うべき義務があるとする主張根拠は、原告と被告との間で「浴場用」を適用するとの合意がなされたとしても、契約としては一般用水道料金を支払うべき内容の契約が成立していると解すべきであるとの点にある。

しかし、右主張は首肯し得ない。水道供給契約は、私法上の契約であって、どのような内容の水道供給契約が成立したかは、私法上の契約理論により決定され、当該契約を締結した当事者間の合意に基づき、その合意を内容とした契約が成立する。ところで、水道供給契約はいわゆる付合契約であるが、右の理は付合契約においても変わるところはない。すなわち、付合契約においては、相手方は予め定められた内容の契約を締結するかどうかの自由しか有しないものであるが、契約の当事者が予め定められた約款と異なる合意をすれば、付合契約といえども予め定められた約款ではなく、その合意に基づく内容の契約が成立する。したがって、原告と被告との間で、「浴場用」を適用するとの合意が成立している以上、原告、被告間においては、浴場用水道料金を支払うとの内容の水道供給契約が成立しているものと解するほかはなく、右合意が条例に違反して無効であるかどうかの点はしばらくおき、原告、被告間に一般用水道料金を支払うべき義務があるとの内容の契約が成立したものと解することはできず、右内容の契約が成立したことを前提とする原告の主張は、その前提において失当であるといわざるを得ない。

3 なお、付言すれば、以下のとおり、本件においては、条例違反の問題は生じないというべきである。

地方公営企業の給付に対する対価としての料金に関する事項は、地方自治法の定めるところ(同法二二五条、二二八条一項)により条例で定めなければならず、地方公営企業の管理者は、当該地方公営企業の義務の執行として供給契約を締結する場合、使用料に関する事項については、条例で定められたところに従ってこれを締結する義務がある。秋田市水道事業給水条例も地方自治法に従い、その二七条で基本料金及び従量料金としての「一般用」及び「浴場用」の各料金を定めており、原告は、この定められた料金により契約を締結しなければならず、仮に原告が、条例で定められた料金とは異なる料金による契約を締結したような場合は、そのような契約を締結する権限を原告は有していないのであるから、その契約は無効となると解する余地が存する。

しかしながら、これと異なり、「一般用」、「浴場用」の具体的適用基準は、地方自治法二二八条一項の使用料に関する事項に該当せず、地方自治法により条例で定めることが要求されている事項ではない。秋田市水道事業給水条例においても、その二七条で「一般用」、「浴場用」の各料金が定められているが、その具体的適用基準の定めはない。そして、同条例四二条では、条例の施行に関する必要な事項は原告に委任しており、同条に基づき原告が秋田市水道事業給水条例施行規程を定め、その一九条で「一般用」、「浴場用」の具体的適用基準が定められている。このように、「一般用」、「浴場用」の具体的適用基準は、条例に定められている事項ではなく、原告において定めるべき事項であるから、「一般用」又は「浴場用」の認定、「一般用」から「浴場用」への変更等については、条例違反かどうかといった問題は生じないのである。

前記認定のとおり、本来、被告には「一般用」が適用されるべきであり、「浴場用」を適用したことは、過誤であったというほかないが、それは原告が自ら定めた施行規程の解釈、適用を誤ったに過ぎない。そして、同施行規程は、秋田市水道事業の内部規程であり、水道供給契約の締結等に関し原告自身を拘束するとしても、そのことから直ちに私法上の契約である水道供給契約の効力に影響を与えるようなものではなく、右契約が前記のとおり同施行規程に違反していても、「浴場用」への変更の合意が無効なものになるものではないのである。

四以上の理由により、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官秋山賢三 裁判官松吉威夫 裁判官川本清巌)

別紙<省略>

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