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秋田地方裁判所 平成元年(ワ)292号 判決 1991年5月24日

主文

一  原告と被告との間に雇用契約関係が存在することを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成元年二月一日以降毎月二五日限り月額金一七万二一九四円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は第二項に限り仮に執行することができる

事実及び理由

第一  原告の請求

主文第一ないし第三項同旨

第二  事案の概要

一  事実経過

1  当事者

(一) 被告は、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道改革法に基づき日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)が経営していた旅客鉄道事業のうち、東日本地域における事業を承継して設立された株式会社である。

(二) 原告は、昭和五三年四月一日国鉄に、昭和六二年四月一日から引き続き被告に各雇用され、右国鉄に勤務以来、主に保線区の業務を担当し、後記本件懲戒解雇当時は被告秋田支店大曲保線区(羽後境保線管理室)施設係として勤務していた。

2  賃金額

被告の賃金制度は、当月一日から末日までの賃金を毎月二五日に支給する月給制であり、原告の後記本件懲戒解雇当時の平均賃金は月額金一七万二一九四円であった。

3  不正行為

被告には、社員の福利厚生としての社員割引券制度があるが、原告は左記のとおり昭和六三年三月末から昭和六四年一月五日の約九か月間の間に、四回にわたりいずれも自己の社員用割引券で購入した乗車券を部外者に譲渡するという割引券の不正使用を行った(以下「本件不正使用」という。)。

(一) 昭和六三年三月末ころ、原告の知人である訴外N(以下「N」という。)に対し、秋田・東京都区内間の往復乗車券及び秋田・上野間の特急券(新幹線特急券を含む)を譲渡した(以下「一のケース」という。)。

(二) 同年七月三〇日ころ、原告の知人である訴外Y(以下「Y」という。)に対し、秋田・彦根間の往復乗車券及び秋田・敦賀間の特急B寝台券を譲渡した(以下「二のケース」という。)。

(三) 同年八月四日ころ、Yに対し、新庄・宇都宮間の片道乗車券及び特急券を譲渡した(以下「三のケース」という。)。

(四) 昭和六四年一月五日ころ、原告の行きつけの飲食店の経営者である訴外H(以下「H」という。)に対し、秋田・東京都区内間の片道乗車券及び特急寝台券を譲渡した(以下「四のケース」という。)。

4  懲戒解雇

被告は、原告の本件不正使用は被告就業規則第一四〇条一二号所定の「著しく不都合な行為を行った場合」の懲戒事由に該当し、本件不正使用は特に悪質なものであると判断して、平成元年一月三一日、原告に対し、懲戒解雇する旨の通知をした(以下「本件懲戒解雇」という。)。

5  原告は、本件懲戒解雇は解雇権の濫用であり無効であるとして本訴を提起し、これに対し被告は、本件懲戒解雇は有効であると主張している。

二  争点

本件懲戒解雇が解雇権の濫用として無効なものといえるか。

第三  争点に対する判断

一  被告就業規則一四〇条には、被告会社が社員に対して懲戒処分をなすべき場合を列挙し、その一二号には「その他著しく不都合な行為を行った場合」との規定があり、同一四一条一項には、社員に対する懲戒処分の種類として、懲戒解雇、諭旨解雇、出勤停止、減給、戒告の五種類の懲戒処分が規定され、同条二項には、「懲戒を行う程度に至らないものは、訓告する。」と定められている。ただし、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかについての具体的な基準は設けられていない(<書証番号略>)。そして、被告は原告の本件不正使用に対し、これを右就業規則一四〇条一二号所定の「その他著しく不都合な行為を行った場合」に該当するとした上、原告を懲戒解雇に付したものである。

このように、軽重の差のある複数の懲戒処分が段階的に定められていて、その選択につき特に具体的基準が設けられていない場合、懲戒処分を行うかどうか、いずれの懲戒処分を選択するかについては、原則として懲戒権者である使用者の裁量に委ねられているものと解され、ただ、懲戒権者が右裁量権の行使としてした懲戒処分が当該具体的事情の下において、それが客観的に合理性を欠き社会通念上相当として是認することができない場合に初めて当該処分が権利の濫用として無効なものになるものと解される。

しかし、懲戒解雇処分は、懲戒処分の本来のねらいであるその不利益性のもつ抑止力によって再び同様な行為をしないよう当該労働者に対し将来を戒め企業秩序を維持するという点を越え、当該労働者を職場から永久的に排除するものであり、しかも当該個人の社会的信用の失墜と相まって事実上再就職も著しく困難となり、賃金の後払い的性格をも併有する退職金も支払われず、その意味で労働者の入社以来の労働実績を無に帰させるものであるから、労働者にとっては最も苛酷な処分であるといえる。このことは、今なお生涯雇用を通例とする我が国の労働事情の下では労働者にとってその不利益性はさらに増大する。したがって、企業が労働者の非違行為を理由として懲戒解雇を選択するについては、懲戒解雇が右のように当該労働者にとって最も苛酷な処分であることを念頭においた上で、他の市民法秩序とも照応しうるために格別の慎重さが必要とされ、そのような苛酷な処分を課せられても己むを得ないような、言い換えればもはやそれ以下の軽い処分に付する余地がないような悪質重大な行為に対して選択されるべきものであり、使用者がその選択を誤り裁量権の範囲を逸脱したものと認められるときは、解雇権の濫用として当該懲戒解雇はその効力を否定されるべき筋合いである。

二  当事者間に争いのない事実、証人内田茂、同菅原天意及び同浅利久雄の各証言、原告本人尋問の結果、<書証番号略>によれば、以下の事実が認められる。

1(一)  赤字が累積する国鉄の親方日の丸的な経営、職場規律の乱れ等に対し、国民の批判が増大するなかで、それを是正すべく各方面から各種の勧告、指摘がなされたが、社員乗車証制度もその対象とされ、昭和五六年一二月、行政管理庁は、「財政再建下にある事情等を勘案して必要性の乏しい鉄道乗車証については廃止など、発行基準の見直しを行う必要がある。」旨勧告し、昭和五七年七月三〇日、臨時行政調査会は、その基本答申の中で「永年勤続乗車証、精勤乗車証及び家族割引乗車証を廃止する。その他の職員にかかわる乗車証については、例えば通勤区間に限定するなど業務上の必要のためにのみ使用されるよう改める。また、国鉄以外の者に対して発行されているすべての乗車証等についても廃止する。なお、他の交通機関との間に行われている相互無料乗車の慣行を是正する。」と指摘し、同年九月二四日、政府は、右基本答申の趣旨に添うべく、国鉄の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策の一つとして「職員の乗車証は通勤用及び業務上必要な範囲に限定するとともに、その他の鉄道乗車証制度についても原則として廃止する。」との閣議決定がなされた。

国鉄は、右勧告等に従い、従前の制度を抜本的に改正し、同年一二月一日から新規の制度を制定実施し、これはほぼそのまま被告にも受け継がれた。

(二)  被告は、割引券の不正使用は、割引券制度の存続そのものを危うくし、被告のイメージダウンは免れ得ないとの考えから、同制度の厳正な運用を期することにし、その設立以来、数度にわたって割引券の適正な管理、使用方につき社内通達を出してこれらを社内広報に掲示したり、各職場の朝礼、点呼時に上司から口頭で伝達するなどして各職員らに通知していた。

2(一)  原告は、昭和六三年春ころから出入りするようになった飲食店で、常連客のNやY及びその飲食店の経営者であるHらと知り合い、同人らと交際するようになった。

(二)  一のケースの日の直前ころ、原告は、右Nから本件乗車券類の購入を依頼され、同人との親しい関係からこれに応じ、右乗車券等の入手につき同人らのために便宜を図ってやろうと考え、原告の割引券を使用して乗車券等を購入し、これをNに右購入代金相当額で譲渡した。Nが、知人の国鉄の退職者にこのことを話したところ、これは違反行為にあたる旨言われたため、原告に迷惑がかかってはいけないと思い乗車券等の払い戻しをした上、正規の乗車券等を購入し、その旨を原告に伝えるとともにそのようなことをしないよう注意を与えた。

(三)  二及び三のケースの各日時の直前ころ、原告は、今度はYから乗車券等の購入を依頼されたため、一のケースと同様の趣旨で原告の割引券で購入した乗車券等をYに購入代金相当額で譲渡した。

(四)  その後、原告は、Hからも乗車券等の購入を依頼され、先と同様な方法で乗車券等をHに譲渡した。

Hが右乗車券等を使用しようとしたところ、秋田駅改札口で同駅社員から乗車券等が不備である旨指摘され、原告の割引券不正使用が発覚する端緒となった。

(五)  被告秋田支店は、昭和六四年一月七日、原告に対し事情聴取を行ったところ、原告は、四のケースを認めたもののその他は不正使用していない旨供述したが、事情聴取後一のケースにつき話し、平成元年一月一三日の第二回事情聴取において、被告秋田支店が、原告が割引券で購入した乗車券類の発売年月日と原告の勤務状況を逐一照合した結果に基づき原告を追及したところ、二及び三のケースを供述するに至った。

3  本件不正行為により、被告は、当該割引乗車券等の価格とその正規料金との差額合計一万八五〇円の経済的損害を受けたが、それ以上の信用失墜の具体的危険性を生じさせた若しくは対外的な信用低下をもたらしたとまでは認めることができない。

4  原告は、これまで国鉄時代を通じて訓告処分、厳重処分を各一回受けたことがあるものの、懲戒処分を受けたことは一度もなく、実際の勤務態度も、昭和六三年一二月四日朝、無断で職場に遅参したことがあったほかは、約一一年間にわたり概ねまじめに勤務してきたものであり、今回のことについては多分に反省していることが窺える。

5  原告は、本件不正使用の発覚後、被告から謹慎のため八日間の年休をとるように指示され、また、被告会社の就業規則の書き写しや、本件不正使用についての感想文の提出を命じられ、これを履践した。その後で、本件懲戒解雇を告知された。

以上の事実が認められる。

三1  ところで、被告は、本件割引券制度等が国鉄時代からの世論の強い批判や各種制度改革案の提示の中、かろうじてその命脈を保ってきた経緯からすれば、同制度の厳正な運用及びその違反行為に対する厳格な処分の態度は当然のことであり、しかも、これら制度の趣旨、運用理念は各社員に周知徹底させており、原告もこれらのことを十分熟知の上本件不正使用を反復しているのであるから、原告の規範意識の欠如は顕著であり、企業意識維持の観点からも軽視することはできない旨主張する。

確かに、被告が割引券等の適正な管理、使用方につき各社員に通知していたことは前記認定のとおりであり、これを熟知していた筈の原告が本件不正使用に及んだものであり、その責任は決して軽いものではない。

しかしながら、原告が前記認定の本件不正使用に及んだ経緯からみて、原告に、被告のとる割引券制度の厳正な運用を否定し、これに逆い、企業秩序に敢えて反抗しようとの強い不法の意思までは認めることができない。原告の所為は多分に軽率であり決して許されるものではないが、いずれも原告にとっては親しい知人に対する一つの好意に基づくものであり、利欲的な動機などから本件不正使用に及んだものではなく、また、四回にわたり不正使用に及んでいるが、これは平成元年一月にまとめて露見したもので、厳しい反省の機会を与えられていながら再び繰り返したような場合とはその態様を異にしている。したがって、原告の本件不正使用は、その動機等から考えて懲戒解雇をもって臨まなければならないほど規範意識の欠如が顕著であるとまでは認めることができない。

2  また、被告は、前記のとおり現在の割引券制度が制定された経緯を強調し、その経緯からすれば厳格な処分の態度は当然であると主張する。前記認定のとおり、乗車証制度に対しても国民の強い批判があり、その改廃の勧告等がなされてきたことは被告主張のとおりである。

しかし、それら一連の批判は、国鉄における経営の杜撰さ、職場規律の乱れ等に対する国民、マスコミの厳しい批判が根底にあり、そのうちの一つとして批判、勧告の対象となっていたものであるにしても、乗車証制度それ自体が右国民的批判、勧告等の中心的位置を占めていたものとまでは認めることはできない。

企業がその雇用する従業員に対し、どのような福利厚生の施策をもって臨むかは当該企業の具体的選択の問題であり、また、従業員がその福利厚生制度を利用するに際し、企業の定める規律に違反をした場合、企業がどのような懲戒処分でもって臨むかも第一次的にはまさに当該企業の裁量に属するものであること前述のとおりである。

しかし、或る規律違反行為に対し、当該従業員が当該企業内に止まる形での懲戒処分ではなく、当該企業から排除する形で懲戒処分が選択された場合(解雇、なかんずく懲戒解雇の場合)、右懲戒処分は従業員の既存の権利を一挙に剥奪するのみならず、その者に物心両面に亘る深刻な打撃を与えることとなるのであり、それは当該労働者の側の人権との関わりの中で鋭い相克を生み出すことになる。そして、それは一企業の福利厚生施策を利用する者の規律違反に対する懲戒処分の選択という形ではあるけれども、単にそれだけに止まらず、当該労働者のその後の人生に対しても苛酷な人格的制裁の側面を帯びて来ざるを得ず、しかるが故に本来の職務行為の場におけるのではない規律違反行為を理由とする懲戒解雇の場合は、尚一層、全体市民法秩序に照らして、相当性の要件を充足することが必要となるのであり、この意味において企業の有する裁量の行使もある場合には制限を受けることになるのである。

被告は、右一連の経緯をもって本件懲戒解雇の合理性を基礎づけようとするが、右一連の経緯は、一労働者に過ぎない者にとってはどうしようもない旧国鉄の経営全般に亘る国民的批判が根底にあり、また、それぞれが当時の旧国鉄の置かれていた歴史的条件の下における諸々の多様な要因に起因するものであるから、これら全てを一労働者に過ぎない原告に対する処分の合理性の理由として持ち込むことには自ずから限界が存在する筈である。

なるほど、被告において、割引券の不正使用に敏感になることはそれなりに理解することができるけれども、不正使用の防止のためには、企業内での様々な施策が考えられ、また、解雇以前の処分によりその目的を達成出来ないわけではないとも考えられ、殊更に右一連の経緯を強調し、厳格な処分も当然であるとする被告の態度は、懲戒解雇が労働者に対して与える深刻な影響への配慮を欠くものと言わざるを得ない。

3  更に、被告は、本件懲戒解雇の合理性の根拠の一つとして過去の処分例との均衡を掲げている。確かに、<書証番号略>及び証人菅原天意の証言によれば、割引券の不正使用の事案につき、懲戒解雇処分になった数個の先例が認められるが、<書証番号略>によれば最終的には懲戒解雇の有効性が認められたものの裁判所でその有効性が争われたり、<書証番号略>によれば懲戒解雇処分を解雇権の濫用として無効の判断を示した先例も存在するのであって、これらの解雇処分が割引券不正使用に対する被告側の処分の慣例として確立しているとまでは認めることはできない。

四  要するに、原告による本件不正使用は、従来より一つの社会問題として各方面からその制度のあり方につき検討が重ねられてきた被告の社員用割引券について、安易に部外者に対する流用を繰り返した点において、決して軽微な非違行為とは言い難いことは勿論である。

しかし、他方、本件不正使用は、いわゆる職場における不正行為の一つであるものの、原告の職務行為そのものに関する非違行為ではなく、また、本件不正使用の動機、態様はいずれも原告において自己の利得を目論むというものではなく、乗車券等の購入方を依頼された親しい知人への一つの好意から敢行されたもので、その不法の意思も強いものとはいえないこと、また、本件不正行為により原告は格別の利益を得ているわけではない上、被告に現に与えた損害も総額一万円余の比較的軽微な経済的な損失のみであり、本件不正行為により被告に具体的な対外的な信用の低下を生じさせたことまでは認められないこと、その他、原告は三四歳で将来のある青年であるところ、これまで一〇年間以上にわたり概ね真面目に勤務してきたものであり、本件不正使用につき反省の情も窺えることなどの事情を総合勘案すれば、原告の本件不正使用に対しては、解雇以前のより軽い懲戒処分の選択によっても十分その目的は達せられたものと言わざるを得ず、本件懲戒解雇は、社会通念上原告に酷であり、著しく処分と原因たる行為との均衡を失したもので解雇権の濫用に当たるというべきである。

したがって、本件解雇は無効である。

五  よって、原告の請求を認容し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官秋山賢三 裁判官川本清巌 裁判官加々美博久は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官秋山賢三)

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