大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島家庭裁判所平支部 昭和38年(家)10号 審判 1963年6月03日

申立人 石田行雄(仮名)

主文

本籍福島県常磐市○○町○番地筆頭者石田行雄の戸籍中長女幸子の生年月日「昭和三四年一月七日」を「昭和三二年八月七日」に訂正することを許可する。

理由

本件記録に徴すると、主文掲記の幸子は戸籍上昭和三四年一月七日出生したことになつているけれども、真実は昭和三二年八月七日出生したものであつて、上記出生年月日は間違いであること、すなわち、申立人は昭和三一年三月頃より申立外三宅タミと夫婦として同棲し、昭和三二年八月七日前記幸子を儲けたので、当時その届出をしようとしたところ、偶々三宅タミには昭和三〇年五、六月頃事実上婚姻を解消したが、未だ離婚届をしていない夫三宅庄治があつた為、幸子を自分達の子として届けることが出来ないことが判明したので、昭和三二年八月二三日先ずタミをして庄治と正式に離婚させ、次いで昭和三三年三月七日自分とタミとの婚姻届出をした上、昭和三四年一月一六日に至り幸子を同月七日出生した旨届け出た結果、前記の通り戸籍簿に登載されたことが認められる。そうすると、幸子は元来母タミとその前夫三宅庄治との婚姻中に懐胎出生した訳であるから、出生当時その届出が為されていれば、当然その戸籍簿に登載された筈であるが、タミと申立人との婚姻後でしかもタミと庄治との婚姻解消後一年四か月余り過ぎた昭和三四年一月一六日になつて、始めて同月七日出生したものとして届け出られた為、申立人等の戸籍簿に長女として登載されるに至つたものであり、従つてその出生年月日を真実のものに訂正してその儘同戸籍に存続させるときは、前記推定に反した戸籍の記載を容認することになり、脱法行為を許容することになつて到底是認できないが、それだからと云つて、前記出生年月日の誤謬の訂正を求める本件申立は、単純な事実に関する記載の是正に過ぎないので、之を排斥する理由とは為し難いから認容することとし、主文の通り審判する。

(家事審判官 鈴木盛一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例