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福島地方裁判所 昭和44年(ワ)455号 判決 1972年2月24日

原告

佐藤君代

代理人

渡辺春雄

被告

日本出版株式会社

右代表者

相田岩夫

代理人

田中康道

鎌田俊正

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、別紙不動産目録記載の建物(以下「本件建物」という)につき、福島地方法務局昭和四三年二月二三日受付第三三八五号をもつてなされた元本極度額金三〇〇万円の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

2  被告は、原告に対し、金四四九万〇一一九円およびこれに対する昭和四四年一一月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告

主文の同旨

理由

一原告が書籍雑誌の販売を営む者であり、被告が書籍雑誌の取次販売を業とするものであること、原告と被告との取引がおそくとも昭和四一年七月一日から昭和四三年一〇月二五日まで継続したこと、昭和四三年二月二二日、原・被告間で、その取引に伴う原告の被告に対する債務を担保するため、原告所有の本件建物につき、元本極度額金三〇〇万円、遅延損害金を日歩金七銭とする根抵当権を設定し、福島地方法務局昭和四三年二月二三日受付第三三八五号をもつてその旨の登記を終えたこと、同年一〇月二五日被告の社員である川浦義人ほか数名が原告の店舗内にある本件書籍等のダンボール箱一一九個に入れて搬出の準備をしたこと、同月二八日被告が右書籍等につき執行官保管の仮処分決定を受け、同月二九日執行官が右仮処分の執行をし、これを福島市内の油屋書店倉庫に保管したが、その後同年一一月一日被告がこれを持ち帰つたことは、当事者間に争いがない。

二そこで、まず本件書籍等の所有権の帰属について判断する。<証拠>を総合すると、書籍取次業者(取次店)と小売業者(小売店)との間で取引される書籍雑誌には委託品と買切品との二種類のものがあること、委託品とは出版社(販元)が取次店に対し、その出版物を取次店の名をもつて販元のために小売店に委託して顧客に売りさばくことの取次を委託し、取次店は、小売店に対し右出版物を小売店の名をもつて顧客に売りさばくことを委託し、小売店はこれを売りさばいたときはその定価に一定率(通常八〇パーセント)を乗じた金額を取次店に支払い、売れなかつたものを一定期間内に取次店に返本すると、通常それに対する対価の支払義務を負わないこと、買切品は、小売店において売れなかつたときもその代金支払義務があり、原則としてこれを取次店に返本して対価の支払義務を免れることができないことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果(第二回)は、たやすく措信し難く、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右事実によれば、委託品においては、その経済的危険負担はおおむね販元に帰し、取次店、小売店にはほとんどなく、とくに小売店においては、委託品を主とするかぎり、一般的には売却商品の仕入れについて営業資金を要しないものであることが認められ、これとその取引形態ないし法律関係とを併せ考えると、右商品の所有権は版元ないしは取次店に存し、少くとも小売店には存しないというべきである。これに対し、買切品の場合は通常の売買であるから所有権の移転が行なわれるというべきであるが、委託品が大勢を占める書籍等の取引の特殊性から、特段の事情のないかぎり、その所有権移転の時期は代金完済の時とみるのが相当である。

ところで、<証拠>によれば、本件書藉等の大部分は委託品ではあるが、なお買切品も含まれていることは明らかであるところ、買切品の特定ひいてはその時価を認めるべき証拠は何ら存しないのみならず、<証拠>によれば搬出の行なわれた昭和四三年一〇月二五日現在で原告の被告に対する債務がなお金七一万九一一〇円残存することが認められ、それまでに原告から被告に対して支払われた金員を本件書籍等中の買切品の代金債権に充当されたとの証拠も存しないから、本件書籍等の所有権が原告に属すると認めるに足りないといわざるをえない。

三ところで、被告は本件書籍等の搬出についてはあらかじめ原告の承諾があつた旨主張するので考えてみる。

<証拠>によれば、昭和四三年二月二二日、原・被告間に原告において被告に対する債務の不履行があつたときは、被告が被告から提供した商品を搬出しても異議ない旨約したことが認められ、<証拠判断略>。(右特約は自力執行禁止の原則およびこれを実行された場合に原告の被むるべき致命的打撃からすると、その効力に対する疑問がないではないが、前示の書籍取引契約の特殊性にかんがみると、小売店においてこの程度の不利益を甘受することはいまだ民法第九〇条に反するものといえず、その権限の行使が不当な場合は権利の濫用としてこれを制限すれば足りると解する。)

<証拠>を総合すると、つぎの事実が認められ、証人<略>の供述中右認定に反する部分は措信し難く、他にこれに反する証拠はない。

原告は、被告との取引前栗田書店と取引していたが、昭和四二年七月同社との取引をやめることになり、それまでの同社に対する債務は金二四九万四三七五円となつたので、同年一二月八日、原告と同社との間でこれを同日から昭和四三年四月三〇日までの間に分割して支払う旨の合意が成立したが、原告は全く履行しなかつた。被告は業界の慣行によりその債務の履行を引き受けることになるので、できるだけ原告において支払うよう督促し、同年九月一一日に原被告間で、同年一〇月二〇日までに全額支払いについての手配を実行する等の合意が成立したが、原告は履行せず、結局被告が同月二一日ごろその全額を栗田書店に支払つて、右債権の譲渡を受けた。原告は、同月四日有限会社金谷工務店に対する請負代金債務金一六万八四四六円の未払いのため同会社から動産の差押を受けた。また、本件建物について、被告に対する前記根抵当権設定前に、住宅金融公庫および伊達中央信用金金庫に対し抵当権を設定している。一方同月一五日現在で原告の被告に対する債務は、履行期の到来した分が金七一万九一一〇円、未到来の分が金九四万五九三四円となつたので、これらの支払いについて不安を感じた被告は、同月二二日被告の社員の川浦義人および加藤三四を原告方に派遣して、同日午後と翌二三日日中にわたつて、増担保の設定、元本極度額を金四〇〇万円とすること、連帯保証人を立てることを強く要求し、応じないときは本件書籍等の引上げを行なうと告げた。そこで、同月二三日午後七時ごろ、原告は、やむなく被告の申入れを承諾し、さらに栗田書店の右債務は毎月金三万円づつ分割して支払い、これについて公正証書を作成することを約した。右担保の登記および公正証書の作成に必要な原告の実印をたまたま原告がそのおじ伊藤俊雄に預けていたため、その手続は翌二四日に行なうこととなつた。ところが、翌二四日に川浦らが原告方に赴いたところ、原告は同日午前一〇時ころから他出し、同日午後七時ころになつて、ようやく伊藤俊雄らと立ち戻り、同人が川浦らに対し、同人らから何ら事情を聴取することなく、原告に暴言強迫を加えて右契約を結ばせたと非難し、右契約についての承諾を撤回すると告げたため、川浦らとの交渉は物別れとなり、翌二五日川浦らが被告の指示を仰いだうえ本件書籍等の搬出行為に出るに至つた。

右事実によれば、被告から原告に提示された条件は、原・被告間の取引の状態においては無理からぬものであつて、その交渉の進め方に多少強引な点が見受けられないではないが、いまだ通常の取引における許された方法ないし範囲をこえないものといえるのであつて、かえつて原告側において多額の債務を有しながら、被告の申出を理解しようとせず、感情的に拒否の態度に出たのであるから、本件書籍等中委託品に関するかぎり、右搬出行為を正当というべきであるが、買取品については、原告の承諾の効果は及ばないといわなければならない。

四つぎに被告は本件書籍等の搬出後その全部について原告の承諾を得たと主張するので考えてみる。

<証拠>を総合すると、つぎの事実が認められ、<反証排斥略>。

被告の社員佐藤宗雄は、被告から川浦らに応援するようにとの指示を受け、昭和四三年一〇月二九日原告方に赴いたが、本件書籍等の前記仮処分の執行の終了後で川浦らはすでにおらず、原告とその母サキと会つたが、同情の言葉をかけたところ、原告から善後策の相談を受けたので、被告からの増担保と連帯保証人の要求をのめば、被告は取引を再開するのであるし、搬出された本件書籍等は返品入帳処理をしてもらい債務をできるだけ減少させるのが得策であると説明したところ、原告がこれを了解し、その書面の書き方を聞いたので、入帳処理願の文式を書き示した。そして原告は本件書籍等全部について引上げを承認して入帳処理をすることを要請する旨の書面(乙第三号証)を作成し、右佐藤にこれを交付した。同日午後九時ごろ、斎藤清一が本田トミと原告方に見舞のため訪ねたところ、原告が押入に残つていた本も被告に返本するといつて出したので、右斎藤はその仕分けを手伝つてやつた。

右事実によれば、原告は被告に対し、買切品についてもその搬出を事後承諾したものとは認めるのが相当である。

五以上の次第により、被告の本件搬出行為については不法行為が成立しないといわざるをえないから、その余の点について判断するまでもなく、被告の不法行為の成立を前提とする原告の本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(丹野達)

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