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福島地方裁判所 昭和43年(ワ)396号 判決 1969年12月23日

原告 鈴木利哉

被告 ニユーアサヒモータース株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告)

一、債権者被告、債務者原告間の福島地方法務局所属公証人相良春雄作成の昭和四三年第三二三八号債務履行契約公正証書(以下本件公正証書という)にもとづく強制執行を許さない。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

一、主文と同旨。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、被告より原告に対する債務名義として本件公正証書が存在する。

二、本件公正証書は、原告が昭和四三年三月二二日被告から新車である六七年式ポンテアツク自動車一台(以下本件自動車という)を代金三二五万円で買い受け、同日内金一〇〇万円を支払い、残代金債務二二五万円の履行につき支払期日を同年五月一五日と約し(以下本件契約という)、原告は直ちに強制執行を受くべきことを認諾して作成されたものである。

三、ところが、原告が引渡しを受けた本件自動車は中古車であることが判明したので、原告は、被告に対し、同年六月中五、六回にわたり新車にとりかえて債務の本旨に従つた履行をすることを催告したが、被告はこれに応じないので、同年一〇月二四日本件契約を解除する旨の意思表示をした。

四、よつて、本件契約は失効したので、原告は、本件公正証書の執行力の排除を求める。

(請求の原因に対する認否)

一、請求原因第一、二項の事実を認める。

二、同第三項のうち、本件自動車が中古車であることおよび催告の回数が同年六月中五、六回であつたことを否認し、その余は認める。

(抗弁)

一、被告が原告に引き渡した本件自動車は、輸入元である日英自動車株式会社(以下日英自動車という)が、売買契約者某に対し納入するため昭和四二年三月一三日東京陸運局に登録したが、右売買契約の解除により同年四月二二日登録を抹消し、その間一度も使用されていないものであるから、いわゆる新車である。

二、かりに本件自動車が新車でないとしても、被告は、日英自動車から本件自動車の販売委託を受けていたのであるが、原告が同年七月二日本件自動車の買受けの申入をしたので、本件自動車の郡山市内販売価格は金三六五万円であるところ、既登録車であるから金四〇万円を減額し、金三二五万円とする旨を原告に告知し、原告もこれを了承していたものであつて、本件自動車の引渡しは債務の本旨に従つた履行である。

三、原告は、同年七月一五日に本件自動車を検収(試運転および検査)し、同月末日までに代金全部を支払うことを約したが履行せず、結局昭和四三年三月二二日に至つて売買契約書を作成したものであるが、これに先立つ同月五日に再度本件自動車を検収したうえ、同月二二日異議なく本件自動車の引渡しを受けたのであるから、被告の不完全履行を理由として本件契約を解除することはできない。

四、かりに以上の主張が理由ないとしても、原告は、昭和四三年四月五日、自らの重大な過失により自動車事故を惹起し、本件自動車を大破したのであるから、中古車の故をもつて無条件で新車の納入替えを求めることは条理上許されないところであり、被告が原告の請求に応じないからといつて原告は本件契約を解除することはできない。

五、かりに以上の被告の主張が理由がなく原告に本件契約の解除権があつたとしても、原告は、前項記載のとおり、自らの過失により自動車事故を惹起して本件自動車を大破させたので、原告の解除権は消滅した。

(抗弁に対する認否)

一、抗弁第一項の中、本件自動車が被告主張のとおり登録され、その後右登録が抹消されたことを認め、その余は否認する。

二、同第二項の中、被告が日英自動車から販売委託を受けていたことは不知、原告が昭和四二年七月ごろ買受けの申入れをしたことを認め、その余は否認する。

三、同第三項の中、昭和四三年三月二二日に本件契約書が作成されたことを認め、その余は否認する。

四、同第四、五項の中、原告の事故により本件自動車が破損したことを認めるが、その程度は軽微であり、民法第五八四条にいう著しく契約の目的物を毀損した場合にはあたらない。その余は争う。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因第一、二項の事実は当事者間に争いがない。

二、ところで、原告は本件自動車が中古車であることを理由として本件契約を解除したと主張するので、本件自動車の提供が債務の本旨に従つた履行であるかについて判断する。

(一)  まず、本件自動車が中古車であるかどうかについて考えてみる。本件自動車が被告主張のとおり登録され、その後その登録が抹消されたことは当事者間に争いがないが、証人小林典幸(第一回)、同清治和昭の各証言および被告会社代表者尋問の結果によれば、既登録の一事をもつて中古車となるものではなく、既登録であつても一度も使用していない自動車は新車として扱われることが認められ、他にこれをくつがえすにたりる証拠はない。そして、右清治証人の証言中には、昭和四二年三月ごろ東京都世田谷区に居住する芸能人某に対し本件自動車を金三七〇万円で売却し届けたが、たまたま同人は九州へ巡業中で不在だつたので車庫へ納めてきた旨、被告代表者尋問の結果中には、日英自動車から全然使用していないときいた、全然使用していないことは自分達も商売人であるから一見してわかる旨の供述部分があるが、前記登録およびその抹消についての争いのない事実と証人清治和昭の証言から認められる右買受人某に対する本件自動車の売却、引渡しについての事実とを併せ考えると本件自動車は日英自動車とは関係のない前記買受人某の管理下に約四〇日間おかれていたことが認められ、さらに証人清治和昭の証言によれば、右某は別の外国車と買い換えたことが認められ、したがつて右期間中全く不在であつたとは認められないから他に特段の事情を認めるに足りる資料のない本件においては、前記清治証人および原告代表者の供述部分から、本件自動車が全く使用されなかつたとの心証を得ることはできず、むしろ原告に引き渡された当時既にある程度使用されていたと推認される。しかも、既登録の一事で中古車といえないことはもちろんであるが、証人小林典幸、同清治和昭の各証言および原告代表者尋問の結果によれば、自動車は年式が変ればそれだけで相当価格が下落することが認められ、これと公知である自動車のメーカーが盛んに外観のモデルチエンジをする事実を併せ考えると、自動車においてはその性能と離れた外観等の形式的要素が非常に重視されるということができ、しかも新車を購入する者一般の感情を斟酌すると、すでに登録がなされているかどうかということは中古車かどうかの判断について相当の比重をもつといわなければならず、使用の有無についての前認定の事実と総合すると、本件自動車はいわゆる中古車であるというべきである。そして本件が新車の売買であつたことは当事者間に争いがないから、中古車である本件自動車の提供を理由として原告は本件契約を解除することができると解するのが相当である。

(二)  つぎに、被告は既登録車であることを原告に告知し原告は本件契約の履行として本件自動車の受領を承認したと主張するので検討する。証人小林典幸の証言(第一、二回)中には、同人が原告に既登録車であることを告げ、金四〇万円の値引きをした旨の供述部分があるが、後記の各証言および公知の事実に照らすと、たやすく措信し難い。すなわち、証人清治和昭の証言中には、一度登録したことは原告には話していない旨の供述部分があり、原告本人尋問の結果(第一、二回)中には、被告会社において本件自動車の販売にあたつた被告会社セールスマン小林典幸は原告との数回の交渉にあたり本件自動車が新車であることを原告に告げたのみで、既登録車であることは原告に告げていない旨の供述部分がある。また証人小林典幸の証言(第一回)および原告本人尋問の結果(第一回)によれば、被告が他の自動車販売会社と競争関係に立つており、他社は原告に対し相当の値引きをすることを申し出ていたことが認められ、これと公知であるこのような場合自動車販売会社がある程度の値引きをすることが多いという事実を斟酌すると、被告が金四〇万円の値引きをした事実から直ちに被告が原告に既登録車であるということを告知したとは認められない。またもしかりに告知したとすれば、原告は外国製の新車を求めていたのであるから、既登録である事情を右小林に尋ね、既登録であつても本件自動車が新車である旨の合理的な説明が得られなければ本件契約を締結しなかつたであろうと推認されるところ、証人小林典幸の証言によつても原告からは、なんらそのような質問が出されたとは認めるべき事跡はない。

そして他に被告の右主張を肯認するに足りる証拠はないから右主張は採用し難い。

三、さらに、被告は、原告が本件自動車を検収したうえ異議なく受領したから不完全履行を理由として契約を解除することはできないと主張するが、かりに検収し異議なく受領したとしても、それだけで不完全履行を理由とする契約解除権を失うものではないと解すべきであるから、被告の右主張は採用し難い。

四、つぎに、原告の本件契約の解除権が民法第五四八条により消滅したとの被告の主張について考えてみると、原告の事故により本件自動車を破損したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、乙第一、二号証、被告会社代表者尋問の結果により真正に成立したと認められる同第五号証、証人小林典幸の証言(第一、二回)、被告会社代表者尋問の結果および原告本人尋問の結果(第一、二回)の一部を総合すると、昭和四二年三月ごろから原告から被告に対し外車を購入したい旨の申出があり、原告は、数回本件自動車の下見をしたうえ、同年七月二日これを買い受けることを約したが、代金の支払期日について合意に達しなかつたため、契約書を作成するに至らなかつたこと、被告からその後しばしば代金の支払期日を定めたい旨申し入れたのに対し、原告は必ず本件自動車を買い受けることを言明するのみで、支払期日について明らかにしなかつたが、昭和四三年三月二二日に至つてようやく前記のような本件契約書が作成されたこと、同年四月四日、原告が本件自動車を運転中過失により対向車と衝突し、前記のように本件自動車の右前部を破損したこと、その修理は被告会社においてなされたが、その内容は損耗の大きな部品は取り替えたが、バンバー、フエンダー等は鈑金修理であり、その修理費用は約二〇万円であつたこと、この程度の破損は本件自動車のような外国車としては大きな事故の部類に入ることが認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく措信し難く他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右事実と前認定の自動車の売買における形式的要素の比重の大きさとを併せ考えると、原告の前示行為は、民法第五四八条に定める解除権を有する者が自己の過失により著しく契約の目的物を毀損した場合にあたると解すべきであるから、原告の本件契約の解除権は消滅したといわなければならない。

五、以上の次第により、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する

(裁判官 丹野達)

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