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福島地方裁判所 昭和33年(わ)132号 判決 1959年4月28日

被告人 少年A(昭一五・一二・一生)

主文

被告人を無期懲役に処する。

押収にかかる鉄製シノ一丁(昭和三三年押第四五号の一)はこれを没収する。

訴訟費用中鑑定人寺山晃一、国選弁護人阿部義次に各支給した分(但し阿部義次に支給した分の中、第五回公判期日出頭の分はこれを除く)は全部被告人の負担とする。

火薬類取締法違反の公訴事実につき被告人は無罪。

理由

(事実)

被告人は、昭和三十一年三月本籍地中学校を卒業し、以来北海道旭川市郊外で季節労務者として農業に従事していたが、農業労働に対する不慣れと労働過重から同年八月頃これをやめ、旭川市の商店で約二週間働いた後同年九月頃から同三十三年四月頃迄の間京都府○○郡××、秋田県○○郡×××町△△発電所、富山県○○○郡×××町△△川第△発電所、新潟県○○○市××町△△、奈良県○○郡×××村△△等を転々として土工として働き、次いで同年四月頃から新潟県糸魚川で坑夫として働き同年九月頃帰郷し爾来肩書住居で家族と共に果物の仲買業商をしていたものであるが、

予而から小学校中学校時代の同窓であり且つ隣家に居住していた福島県立××高等学校三年生B子(当十七年)に対し好意を持ち、同女と話合う機会を得たいと思つていたところ、偶々昭和三十三年九月二十八日福島電鉄株式会社電車内で同女と乗り合せ隣の座席に座つたが同女が向側に席を移したのを被告人を避けようとしたものと思惟し憤慨と失望の念を禁じ得ず、快怏として楽しまず郷里を離れて和歌山県方面へ出稼に行こうと考え、同年十月二日午前七時頃肩書住居を出発し福島電鉄株式会社電車に乗車したところ、再度折柄登校中の同女が福島電鉄××駅に下車するのを認め、自らも同駅で下車した上この際同女が学校から帰るのを要して自分の思慕の情を同女に打明けその気持を確めよう、もしその際同女が自分に対し冷い態度を採つた場合同女を殺害しようと考え、同日夕刻迄時を過した上、再び××駅に赴き同日午後六時頃学校からの帰途××駅に来た同女を呼び止め同駅南側プラツトホームで同女に対し自分の気持を打明け、且つ先日電車の中で行合つたとき何故席を逃げるようにして立つたかと言つたのに対し同女は黙つて下を向いた儘であり、又同女が一刻も早くこの場を離れて帰りたいような素振を示し折柄同駅東側に来た△△行バスを見て「このバスで帰らして貰う」といつたので、先程からの同女の態度と思い合せ偏に同女の自分に対する態度は冷淡なりと思惟し憤激の余殺意を以て予而背広上衣内ポケツトにかくし持つていた鉄製シノ(長さ三〇・五糎昭和三三年押第四五号の一)を揮つて矢庭に同女の頸部を刺し、更にその場に顛倒した同女の頭部、顔部、胸部等を滅多突きにして因て同女に対し頭部十三ケ所(就中三個の創傷は頭蓋骨を破り脳実質に達する)右側顔面六ケ所左側顔面三ケ所、右頸部五ケ所、左頸部三ケ所、右胸部一ケ所、左前胸部二ケ所、左前腕部四ケ所、右手背一ケ所、右手掌一ケ所の創傷を負わせ就中頭部に加えられた創傷に基く脳損傷特に脳室内出血と蜘蛛膜下出血に因り前同日午後七時二分、福島県伊達郡保原町字七丁目三十九番地星医院に於て死亡するに至らしめ以て殺害の目的を遂げたものである。

(証拠) (略)

(情状)

被告人は指物大工をしていた父Cと母Dの間に、第三子として出生し小学校二年の頃遊戯中あやまつて繩ない機で右手の示指、中指の先端(示指は第一関節部)を欠損し、この頃から僻みや劣等感を抱くに至り、一方父Cは法華経信者ではあるが、非常に短気、独善的、専制的で家族には絶対服従を強要し、その方針に背く者には暴力を以て臨むという態度であつたため、子供達は一見親に素直であるかに見えるが、粗暴で反抗的性格を内包し、家族間には口論喧嘩など乱暴な振舞が多かつた。その上父Cは利己的、偏狭で、学校教育、情操教育に対する理解が乏しくしかも病弱勝ちで家計が苦しかつたせいもあつて被告人は既に小学校五、六年の頃から学校を休み、納豆、豆腐、キヤンデー売などの行商に従事していた。右のような親の資質を享け、このような環境で成長したため、被告人は情操及び社会性に乏しく短気、粗暴で興奮し易く陰性で執念深い性格に生い立つていつた。このような性格はその後、判示冒頭掲記の通り転々として土工稼をするうちに益々拍車をかけられていた。

一方被害者B子(十七年)は、学校教員(当時○○中学校々長)をしている父Eと母Fの間に長女として生を享け、小学校、中学校を通じ優秀な成績で学業を修め、堅実円満な家庭に生育し、当時福島県立××高等学校三年に在学し、クラスの副委員長として同輩間の信望をあつめ、健康で素行も亦極めて善良な温和明朗の一少女であつた。

今本件犯行の態様につき、審按するに、被告人は犯行当日午前七時頃福島電鉄××駅に下車した後、既に同女が学校から帰る迄待ち同駅で同女と会つた上自己の気持を打明けることとし、もしその際同女が冷い態度をとればこれを殺害しようと考えていた。そして同日夕刻迄時を過して午後六時頃××駅に来た同女に対し自らの気持を打明けた。この際、突然自己の気持を打明け迫つて来る被告人に対しB子が採つた態度は十七才の高校生としては同情されこそすれ、毫も指弾非難に価するものではない。唯、自己の感情の赴く儘に行動する被告人は、この同女の態度を冷淡と断じ矢庭に予而かくし持つたシノを揮つて殺害行為に及んだ。即ち何等の抵抗もせず、且反抗的態度にも出ていない同女に対し、シノを揮つて滅多突きにし、頭部、頸部、胸部実に三十九個所の創傷を与えている。しかも気息奄々として将に息絶えなむとする断末魔の同女の右肩の辺を靴履きの儘の足で二、三回蹴つた上更に首の辺を刺すが如きその残虐さは目を覆わしむるものがある。加之、それは午後六時という多数通勤者等の帰途につく頃の電車プラツトホーム上で衆人環視の中で行われたということを特に重視せねばならない。世に傍若無人という言葉があるが正に本件犯行の如きはその最適例である。更に犯行直後の被告人の態度も極めて冷静であり、血にまみれた手を洗い駅員に警察へ電話を掛けたかと問い煙草を喫う丈けの余裕をもち、毫末も狼狽反省の模様は認められない。しかも、その後も「すんだことは仕方がない」と割り切つた考え方をし犯行に対する反省改悛の情は殆んどこれを認めることができない。

凡そ社会生活に於て善良な市民の正常な生活行動は最大限度に保護されなければならない。本件におけるB子の如く学校から帰途につくという日常の生活行動に於てその生命身体は最大の保障を要請する。(然らずんば世の子女の親たる者安んじてその子を学校へ通わせることもできないであろう。)如何に自己の感情に支配されたとはいえ、本件の如き残虐非道の殺人行為を衆人環視の中で敢て行い就中前述の如く断末魔の被害者の身体を足蹴にした上、更にこれを刺すに至つては人道上絶対に許すことのできない最大の非行と断ずべくこれに対しては極刑を以て処断するほかはない。前記の如き被告人の経歴、環境並びに年齢を充分考慮に入れても尚且右の結論を左右することはできない。

(法令の適用)

法に照すに被告人の所為は刑法第百九十九条に該当するが前記の犯罪の情状を考慮して所定刑中死刑を選択して処断すべきであるが、被告人は少年法第二条所定の少年であり且つ罪を犯すとき十八歳に満たない者であるから少年法第五十一条前段に則り無期懲役に処し、押収に係る鉄製シノ一丁(昭和三三年押第四五号の一)は本件犯行の供用物件であり且つ犯人以外の者に属しないから刑法第十九条第一項第二号、同条第二項に則りこれを没収することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り主文第三項掲記の通り被告人に負担させることとする。

(火薬類取締法違反の公訴事実につき)

なお被告人に対する火薬類取締法違反の公訴事実は「被告人は法定の除外事由がないのに昭和三十三年四月下旬頃肩書居宅に於てダイナマイト四本導火線一米位を不法に所持したものである。」というにあるので、この点につき審按するに、被告人の第一回公判調書中の供述記載によると、被告人は右公訴事実を自白し、被告人の司法警察員に対する供述調書(昭和三十三年十月六日附-第一項)被告人の検察官に対する供述調書(同年十一月七日附)被告人の裁判官小林信次に対する供述調書(第五項)はいずれも右と軌を一にするものである。

Dの司法警察員に対する供述調書(火薬類取締法違反事実に関するもの)によると「昭和三十三年四月に入つてからAが奈良県から帰つて来て間もなく、自家の二階の部屋に高さ三尺位巾一尺二寸位の木箱があつたが、この木箱の中には丸い細長い物が白つぽい紙に巻いてあり、丁寧に包んであつたので、私は何だろうと思つてみたらダイナマイト三、四本位あつた。直ぐに夫からこんな物を持つて来てはならぬと叱られた。Aが針金のような線のものを竈で燃しているのを見た。火薬の嗅がした。」旨の記載があるが、Dにおいて右の物品が果してダイナマイトなりや否やを弁識する専門的知識を有するものでないことは、その後の同人の当公廷に於ける供述に徴してもこれを認めることができる。然らば同人の右の如き供述記載が必ずしもその儘全面的には信用できないものであることが明かである。又Cの検察官に対する供述調書(同年十一月六日附)によると「昭和三十三年四月二十日頃二階の部屋でボロを入れてある巾一尺二、三寸深さ二尺二、三寸の木箱の上にコードのような物があり、それは長さ一米位の物が二本であつた。コードにしては違うようだと思いAに聞いてみたら、ダイナマイトを爆発するときに使う導火線だということであつた。その中の導火線はAがいる前で台所の床の上でマツチで点火して燃してしまつた。」旨の記載があるが、右の供述内容じたいからしてもAが所持していた物品がダイナマイトの導火線であることも被告人自身が述べた所に基づいていることは明かである。右の経緯に徴すると、前記Dの供述調書の内容も亦同じく被告人自身が述べた所に基づく部分が多いことは推断するに難くない。凡そ火薬類取締法第二十一条違反の罪は法定の除外事由なくして火薬類を所持することじたいを処罰する。従つて所持される客体が火薬類であるか否かは犯罪事実の重要な部分である。本件の如く火薬類の存在が証拠となつていない場合、被告人の自白以外に直接これ認めるに足る証拠はなく、且つ該物品が火薬類としての機能を有することもこれを裏付けるに足る証拠は不充分である。右、D及びCの各供述調書を以てしては被告人の右自白を補強するに不充分であり、他に右自白を補強するに足ると認められる証拠も存しない。結局本件に於ては被告人の自白以外に右公訴事実を認めるに足る証拠は無きに帰するから、犯罪の証明なきものとして刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の言渡をすべきである。

以上の理由により主文の通り判決する。

(裁判官 菅野保之 宮脇辰雄 佐々木泉)

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