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福岡高等裁判所 昭和63年(行コ)4号 判決 1989年8月31日

控訴人

日本道路公団

右代表者総裁

宮繁護

右代理人福岡建設局局長

杉田美昭

右訴訟代理人弁護士

丸山隆寛

被控訴人

岡野武巧

右訴訟代理人弁護士

配川寿好

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張の関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおり(物件目録は昭和六三年三月二五日付更正決定による更正後の分)であるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表末行の「部分」を削除し、同枚目裏二行目の「付帯工事について」を「付替工事のための本件土地の所有権取得及び」と、同五行目の「本件工事等に伴う」を「本件土地所有権に対する」と、同六行目の「定められた。」を「定められ、かつ、残地補償の必要はないものと判断された。」と、同八行目の「本件工事等」を「本件土地収用」と、同九行目の「本件土地の価格は」を「基準時の本件土地の価格を」とそれぞれ改め、同一〇行目の「評価して」の次に「これに収用面積と裁決時点における修正率を乗じ」を加える。

2  同三枚目表四行目の「ところが」を「また、」と改め、同行目の「含む」の次に「分筆前の字出ノハナ一七二〇番実」を、同七行目の「「本件残地」」の次に「という。)」をそれぞれ加える。

3  同四枚目表四行目の「残地」の前に「被控訴人主張の面積の」を加える。

三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二まず、本件裁決における損失補償額の当否につき判断する前に、本件訴訟の性質について若干検討しておくこととする。

土地収用法(以下「法」という。)一三三条所定の損失補償の訴は、収用委員会がした行政処分たる裁決によって定められた損失補償額につきその違法性の有無を審判の対象とするものであって、その実質は抗告訴訟に属するが、政策的な見地から、右補償額の争いに関する訴訟については処分庁を当事者とせず、同条二項により補償額についての実体的権利義務の帰属主体である土地所有者または関係人と起業者とを当事者とする、いわゆる形式的当事者訴訟(行政事件訴訟法四条)による旨を定めたものと解せられる。そして、補償額算定の基礎となる土地所有権の取引価格等(法七一条等)は、その性質上算定方法如何により、ある程度の差が生ずることは避け難いところであるから、補償額の裁決については収用委員会に合理的な範囲内での裁量が認められ、その範囲を超える場合に初めて違法となるものといわねばならない。

三そこで、前項判示のような見地から、本件裁決における本件土地所有権に対する損失補償額の当否について検討する。

1  福岡県収用委員会が、本件裁決において、基準時である昭和五七年一〇月三〇日時点における本件土地の価格を一平方メートル当たり三万一〇〇〇円と評価し、本件土地の面積273.03平方メートルを乗じて八四六万三九三〇円と算出し、これに法七一条に基づく法施行令一条の一二、同付録の式により算定した修正率を乗じて、本件土地に対する損失補償額を八四五万〇三八八円と定めたことは、当事者間に争いがない。

2  <証拠>によれば、本件土地は、JR鹿児島本線門司駅から南東方向へ道路距離約7.3キロメートルの地点にあり、近隣地域は田畑の中に旧来からの農家住宅が散在する農家集落的な住宅地で、市街化調整区域に指定されていること、本件土地は、間口約三〇メートル、奥行約一二メートルのやや不整形な台形状をなし、現在は既に道路敷となっているが、本件基準時には幅員約2.8メートルの簡易舗装市道とほぼ等高に接していたことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

3  <証拠>によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  被控訴人は、本件収用裁決申請をするに当り、訴外不動産鑑定士田中信孝、同二村政毅に対して本件土地価格の鑑定を依頼し、その鑑定の結果、基準時である昭和五七年一〇月三〇日時点における価格を、右田中は、取引事例比較方式及び収益還元方式による価格を求めたうえ、比較方式による比準価格を重視して、一平方メートル当り二万九六〇〇円(これに本件土地の面積273.03平方メートルを乗ずると総額は八〇八万一六八八円となる。)と評価し、また、右二村は、同様に両方式による価格を求めたうえ同じく比準価格に重点を置いて、一平方メートル当り三万円(これに前記本件土地の面積を乗ずると総額は八一九万〇九〇〇円となる。)と評価した。

(二)  福岡県収用委員会は、本件裁決をなすに際し、調査のため訴外財団法人日本不動産研究所北九州支所長門元雅巳、同研究所の不動産鑑定士訴外土手栄治の両名(共同)、及び訴外九州不動産鑑定株式会社の不動産鑑定士訴外岡島英男に、それぞれ本件土地価格の鑑定を命じた。そして、基準時の本件土地の価格を、右門元・土手は、取引事例比較方式による比準価格を重視し、かつ、地価公示価格を基礎として求めた価格との均衡にも留意して、一平方メートル当り二万九一〇〇円、これに面積を乗じ端数を整理して総額を七九五万円と評価し、右岡島は、地価公示価格を規準とした価格、取引事例比較方式による比準価格及び収益還元方式による価格を総合考慮して、一平方メートル当り三万一〇〇〇円、総額八四六万三九〇〇円と評価した。

(三)  原審における鑑定人野元鴻は、取引事例比較方式による比準価格に重点をおき、これに収益価格、公示価格を規準とした価格を加味して、基準時における本件土地の価格を、一平方メートル当り三万三五〇〇円、総額九一四万七〇〇〇円と鑑定した。

(四)  当審における鑑定人加藤一生は、取引事例比較方式による比準価格に重点をおき、これに公示価格を規準として算出した価格を加味して、基準時における本件土地の価格を、一平方メートル当り三万一四〇〇円、総額八五七万三〇〇〇円と鑑定した。

4  前項判示の六鑑定による一平方メートル当りの基準時の本件土地価格は、最も低いものが門元・土手鑑定の二万九一〇〇円(本件裁決が採用した価格の約93.9パーセント)、最も高いものが野元鑑定の三万三五〇〇円(裁決価格の約108.1パーセント)となっている。そして、<証拠>によれば、各鑑定の評価額に右のような相違を生じたのは、評価方式の適用に際しどの方式による算出価格に重点をおくかの相違、取引事例比較方式による価格算出の際に基礎とした取引事例の相違、及び修正要素の評価の相違等によるものであり、いずれの鑑定にも特段誤りがあるというものではないことが認められ、土地価格の評価という事柄の性質上、右程度の差が生ずるのはやむをえないものと解せられる。

ところで、前記六鑑定の評価額を単純平均すると、基準時における一平方メートル当りの本件土地価格は三万〇七六七円(円未満四捨五入)となり、また最高及び最低の評価額を除いた中間の四鑑定の一平方メートル当りの評価額を平均すると三万〇五〇〇円となって、右いずれの平均値も本件裁決価格を下回っている。

5  以上判示の事情を総合して判断すると、福岡県収用委員会が本件裁決において、基準時の一平方メートル当りの本件土地価格を三万一〇〇〇円とし、これに面積と法所定の修正率(前掲乙第三号証によれば0.9984であることが認められる。)を乗じて総額八四五万〇三八八円と定めた本件土地に対する損失補償額は、補償額算定につき収用委員会が有する合理的な裁量の範囲内に属し違法な点はないものと認めるのが相当であるから、被控訴人の本件土地所有権に対する補償額の増額請求は理由がないものといわねばならない。

四次に、残地補償に関する本件裁決の当否につき検討する。

1  本件土地収用により、分筆前の字出ノハナ一七二〇番の土地に実面積763.23平方メートルの本件残地を生じたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件残地は、昭和五八年七月二六日分筆後の字出ノハナ一七二〇番一宅地登記簿面積727.97平方メートルに相当することが認められ、本件裁決において残地補償が認められていないことは前記のとおりである。

2  そこで、本件土地収用により本件残地の価格が減少したか否かについて判断するに、<証拠>によれば、本件残地には従前から被控訴人方住宅用建物、家庭菜園及び小屋があり、被控訴人方で一体の宅地として利用しているものであるが、本件残地自体相当な面積があり、本件残地部分のみによっても宅地として十全の利用価値を有し、本件土地の収用によって、本件残地価格の減価をもたらすような要因は発生していないことが認められる。<証拠>には、本件土地収用により本件残地に減価が生じた旨の記載があるが、同記載は、本件残地を二分割して利用することを前提とするものであって、本件残地の現実の利用態様に符合しないものであるばかりでなく、減価の生ずる根拠についてもきわめて抽象的、概括的記載がなされているにすぎずこれを裏付ける的確な資料に欠けるから、同号証は採用できず、他に前記認定を動かすに足りる証拠はない。

したがって、福岡県収用委員会が本件裁決において、残地補償の必要性なしとした判断は相当であって、被控訴人の本件残地補償の請求も理由がないものといわれねばならない。

五よって、被控訴人の本訴請求は、すべて失当として棄却すべきものであるから、原判決中控訴人敗訴の部分を取消して被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松田延雄 裁判官湯地紘一郎 裁判官升田純)

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