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福岡高等裁判所 昭和63年(ネ)40号 判決 1990年10月30日

控訴人 福岡信用金庫

右代表者代表理事 大西篤

右訴訟代理人弁護士 石丸拓之

同 中山茂宣

同 松岡益人

被控訴人 甲野一郎

被控訴人 乙川二郎

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 藤平芳雄

主文

一  原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人両名に対し、それぞれ金二〇〇円及びこれに対する昭和五九年九月一八日から昭和六〇年四月一六日までは年一・五パーセント、昭和六〇年四月一七日から完済までは年五分の各割合による金員を支払え。

2  被控訴人らのその余の主位的請求を棄却する。

二  被控訴人らの予備的請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人らの主位的、予備的各請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに敗訴の場合の仮執行免脱の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、訴えの一部取り下げにより予備的請求の趣旨を「控訴人は被控訴人らに対し、それぞれ五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年九月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。」と改めた。

二  当事者双方の主張の関係は、次のとおり加除訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決の訂正等

原判決三枚目裏一〇行目の「丙沢により」から同行目の「知った」までを削り、同一二行目の「請求したので、」を「請求した。」と改め、同行目の「これによって」から同末行目末尾までを削り、同四枚目裏五行目及び同六行目全部を「4 同4の事実は認める。」と改め、同六枚目裏二行目の「丙沢」の前に「丁海ないし」を加え、同一〇枚目表一一行目冒頭から同一二行目末尾までを削り、同末行目の「5」を「4」と改め、同行目の「本件預金契約」から同枚目裏三行目末尾まで及び同一一枚目表一行目全部をいずれも削る。

2  控訴人の主張

(一)  本件預金契約の成否について

丙沢は控訴人金庫の渉外専担の支店長代理であるにすぎず、元来、現金受領の権限も預金契約を締結する権限も有しないのみならず、控訴人金庫から本件預金契約を締結する代理権を授与された事実もないのであるから、丙沢が被控訴人甲野から本件小切手を受領したからといって預金契約が成立するいわれはない。また、被控訴人主張の表見代理については、丙沢のような信用金庫外務係員兼支店長代理の有する現金受領権限は法律行為をなすについての代理権限ではなく、したがって預金契約締結のための基本代理権となりえないと解すべきであるから、表見代理により本件預金契約が成立したと認められる余地もないし、本件小切手授受の経緯、状況に照らし、被控訴人らにおいて丙沢が代理権を有する旨信ずべき正当事由もない。

(二)  本件預金の預金者について

仮に、預金契約が成立したとみる余地があるとしても、被控訴人乙川には預金意思が全くないのみならず、同被控訴人乙川が本件預金五〇〇〇万円を出捐した事実はなく、単に相被控訴人甲野が自らの出捐で、乙川二郎名義を使用して預金手続に及んだにすぎないから、少なくとも被控訴人乙川の本訴預金払戻請求は失当である。

(三)  民法九三条但書の主張の補充

被控訴人甲野は、本件預金の勧誘を受けた際、勧誘者である田中五郎から預金の条件として、(1) 本件預金が政党の政治資金の裏金として利用されるものであること、(2) 資金拠出者であるスポンサー(本件の場合甲野)から出た資金は、鈴木六郎において運用し、約定の期日まで(三ケ月又は同期間延長)に利息を付してスポンサーの代理人(本件の場合田中)に返済しなければならないが、スポンサーとの融資条件、謝礼等は一切代理人とスポンサーの間で取り決められ、金融取引の主宰者鈴木六郎は、代理人の許可なくしてスポンサーと接触してはならないし、スポンサーが誰であるか知る必要もないこと、(3) スポンサーには代理人が返済し、万一返済期日に返済できない場合にはスポンサーとの関係では専ら代理人が責任を負うこと、(4) スポンサーには万一の場合に、預金を仮装した金融機関からも取立の手続ができるようにするため丙沢を通じて通帳を発行させるが、スポンサーは期日前に問い合わせたり、これを取立てたり、或いは担保等に利用する等の手続をしてはならないこと、(5) スポンサーが約束を守らないときはペナルティを科するが、主宰者鈴木六郎との関係では代理人がペナルティの責任を負うこと、(6) 代理人はスポンサーとの間で右の事項を記載した念書を作成し、後日争いのないようにすること等、およそ正規の金融機関に対する預金としては、通常考えられない条件が示されていたうえ、正規に預金するものであればスポンサーが代理人から借用証を徴する理由も必要も全くないにもかかわらず被控訴人甲野は田中から借用証<証拠>を徴していること、また、同被控訴人は五〇〇〇万円の普通預金のために関西から遠路博多の信用金庫に赴いたばかりか控訴人金庫の応接室において丙沢に本件小切手を交付するに当たり正規の預金通帳のほかに振込金受取書を徴求しているが、それ以外に、同被控訴人は金融機関の内部組織及び預金手続を熟知するプロの金融業者であるにかかわらず、控訴人金庫の支店長、次長又は収納窓口係員等正規の権限を有するものとの応接がないまま平然として裏口から退出する等異常な態度に終始しており正常な預金者が通常採るべき言動に出た形跡が全くないこと、更にまた、本件預金が控訴人金庫内で手続されたにもかかわらず、五〇〇〇万円の預金通帳への記入はその応接室内で、しかも同被控訴人の眼前で丙沢の手書きによりなされており、同被控訴人も格別これに異を唱えた事実のないこと等、本件預金手続前後の諸般の状況を総合すると、丙沢が本件預金を正規の預金として受け入れる意思を有しないことにつき、同被控訴人がこれを知悉していたか又は少なくともこれを知りうべきものであったことは明白である。

3  被控訴人らの主張

(一)  丙沢は得意先係担当の支店長代理であり、控訴人の職務分掌規程<証拠>によると得意先係は預金の勧誘、集金、証書通帳の受渡し等の業務を行うものとされているから、商法四三条一項の「手代」に当たる丙沢支店長代理は本件預金受入れの代理権限を有することが明らかであるが、仮に丙沢に本件預金契約締結の権限がないとしても、右の業務上の権限を基本代理権とする丙沢の行為については、支店長代理という名称は言葉の意味からすれば支店長の代理人であることを表示するものであり、かかる名称を有する者とその所属支店店舗内において預金手続をする顧客としては特にその支店長代理にその代理権のないことを知るべき特別の事情のない限り、支店長代理に代理権があると信ずるのは無理からぬことであって、そう信ずるにつき民法一一〇条にいう正当の事由があるというべきであるから、控訴人金庫は少なくとも表見代理による預金契約上の責任を免れないというべきである。

(二)  本件預金の預金者について

被控訴人乙川は同甲野と二〇年来の飲食業等各種事業の共同事業者であるが、自らの預金意思により実印と自己資金五〇〇〇万円を代理人の同甲野に託したものである。

(三)  民法九三条但書に関する被控訴人らの補充主張について

本件預金に当たり、被控訴人らが田中から控訴人主張のような条件を提示された事実はないし、預金手続に格別異常な点はない。確かに、被控訴人甲野は田中から借用証を、丙沢から受取書をそれぞれ徴求したが、それは高額な預金のため念を入れたまでのことであって他意はない。信用金庫内応接室でその支店長代理に対し預金の申入れをするのであるから、殊更預金係窓口に行って手続をしないからといって、当該顧客の態度が不自然であるとか顧客において支店長代理の真意が預金受入れにないことを知っていたか又は知りうべきであった等の批判は当たらない。

三  証拠関係<省略>

理由

一  先ず、被控訴人らの主位的請求について判断する。

本件預金に至る経緯の概要及び本件小切手による預金契約の成否についての当裁判所の判断は、左のとおり加除訂正するほか、原判決一二枚目表五行目冒頭から同一五枚目裏九行目末尾までの理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一二枚目表五行目の「乙第三」の次に「、第三二、第三七、第三八」を同六行目の「第二一号証、」の次に「第三一号証の一ないし三、第四九号証、原審における被控訴人甲野本人尋問の結果(第三回)により成立の真正を認める甲第一一号証と同結果」を、同七行目の「渡辺七郎」の次に「(一部)」をそれぞれ加え、同行目の「丙沢三郎」を「原審及び当審証人丙沢三郎」と改め、続けて「、当審証人田中五郎」を加え、同八行目の「(第一、二回)」を「(第一、二回の一部)」と改め、続けて「及び当審における各被控訴人本人尋問の結果の各一部」を、同九行目の「各記載」の次に「及び鈴木と田中の関係について当裁判所に顕著な事実と本件口頭弁論の全趣旨」をそれぞれ加える。

2  同一二枚目表一二行目冒頭から同枚目裏六行目末尾までを次のとおり改める。

「(一) 訴外鈴木六郎は金融、不動産の仲介等を業とする傍ら、主に昭和五七、八年ころ親交を結んだ不動産業兼金融業等を営む田中五郎の融資金の取次、紹介、取立て等を行っていたものであるが、昭和五八年ころ田中が訴外佐藤八郎の紹介でその義兄の村上九郎に対し北九州市八幡東区所在のマンションを担保に貸与した二億円の返済が焦げついた事件について、田中から頼まれて返済の督促に深く関与し、田中ともども佐藤に対し強く返済を迫る過程において、自民党の政治資金の裏工作等に藉口し、金融機関の内部者を抱き込み、かつ、高額の謝礼金(裏利息)を支払う約束にて預金を勧誘する方法により巨額の詐欺事件を企図するに至った。そして先ず、佐藤と結託して長崎第一信用組合北支店長山田十郎を抱き込んだうえ、導入預金名下にスポンサーである田中らが山田又は佐藤に送金する、山田はこれを受け取るが正規の入金手続を採ることなく鈴木に返送する、しかし山田は同額の預金がなされたかの内容虚偽の預金通帳を発行させて佐藤に交付する、佐藤は同預金通帳を田中らスポンサーに交付し、田中らスポンサーは同通帳により預金の払戻しを受ける等の方法により昭和五九年七、八月ころ相当額の金融詐欺事件を敢行したが、更に同種手口により控訴人大浜支店を舞台とし、知友又は配下の野田一夫、丁海四郎と共に丁海が昭和五九年五月ころから交際を始めた控訴人大浜支店の支店長代理丙沢三郎を言葉巧みに抱きこんだうえこれらのものと共謀し、昭和五九年九月一一日ころから同年一一月一六日ころまでの間計一一回に亘り延人数十数名を相手に一回につき五〇〇〇万円ないし一億円の詐欺事件を敢行したが、田中はうち少なくとも六回は直接の預金者又は勧誘者として関係している。しかして、本件は鈴木らの右一連の詐欺事件の第二回目の犯罪であり、鈴木は田中に対して預金者の勧誘を依頼し、田中は渡辺七郎を介して金融業者の被控訴人甲野を勧誘し、同被控訴人とその友人である被控訴人乙川が勧誘に応じたが(もっとも、被控訴人乙川は本件預金に関する一切を被控訴人甲野に任せている。)、その際、田中らから被控訴人らに対して提示された預金の条件は、本件預金の目的は政治資金調達のための裏工作等にあること、銀行保証小切手による三ケ月間の普通預金で謝礼金は月二分とするが、預金者は三ケ月間は金融機関に対し本件預金に関する問合せ、払戻請求等一切の接触をしないこと等であったが、同被控訴人は右条件を承諾する一方で田中から本件預金を含め二億円の借用証を差し入れさせた。」

3  同一二枚目裏七行目の「丙沢は」の前に「他方、」を加え、同行目の「被告の」から同九行目の「いたが、」までを削り、同行目の「九月上旬頃」を「九月六日」と改め、同一三枚目表三行目の「旨」の次に「及び丙沢には謝礼金を出し、かつ、預金期限までには鈴木らにおいて資金を調達して預金者に支払い、丙沢や控訴人金庫に決して迷惑はかけないから同調してほしい旨」を加え、同行目の「依頼を受けた。」を「依頼を受けて」と改め、続けて「これを承諾し、もって鈴木らの企図した一連の詐欺事件に参画した。」を加える。

4  同一四枚目表三行目の「そして丙沢は、」の次に「同応接室内の被控訴人甲野らの面前において、」を、同九行目の「甲野に交付し」の次に「、同被控訴人は通帳を開披して入金記帳を確認し」を、同一一行目の「丙沢は、」の次に「そのようなことは鈴木らとの事前の打合せにないことである旨受取書の発行に遅疑逡巡の態度をみせたが、丁海の口添えもあって漸くこれを承諾し、」をそれぞれ加え、同枚目裏三行目の「原告甲野に察知されないようにして」を削り、同四行目の「手渡した。」の次に「その間一〇分ないし一五分の間同応接室には丙沢を除いて支店長、次長ら控訴人金庫の責任ある役職者の入室はなく、丙沢からは名刺を受け取り乍ら被控訴人甲野も渡辺も自らは自己紹介をせず、丙沢と被控訴人甲野の間において本件預金に関する話題が交わされたことは一切なく、ただ黙々として手続が進められた。」を、同一一行目の「出捐し」の次に「、被控訴人らは丙沢から被控訴人名義の各二〇〇円の新規預金の記入がある通帳を受領することにより即日預金を承認して受益の意思表示をなし」をそれぞれ加え、同一二行目から同末行目の「原告らと被告との間に」を削り、同行目の「成立し」の次に「、かつ、被控訴人らは控訴人に対し同契約上の払戻請求権を取得し」を加える。

二  ところで、控訴人において、被控訴人らは丙沢が本件小切手を預金として受け入れる意思がないことを知っていたか若しくは知り得べき状況にあったから、民法九三条但書により本件預金契約は無効である旨抗争するので考えてみる。

1  前項認定の事実、就中、鈴木六郎が控訴人金庫大浜支店を舞台に計画した一連の詐欺犯罪の動機と規模と手口について本件預金の勧誘者である田中五郎がこれに関与した態様を鈴木と田中の従前の協力関係を考えながら仔細に検討すれば、田中は犯罪の詳細な内容については承知しないにしても、犯罪手口の概要、殊に金融機関内部の役職者を抱きこんで犯行に及ぶこと等についてはこれを充分承知した上で鈴木と連絡し、預金者を勧誘し、かつ、自ら相当額の預金をしたものであること、すなわち、本件の場合控訴人金庫大浜支店の丙沢支店長代理において本件小切手を預金として受け入れる意思がないことを少くとも田中は知っていた旨推認することはさしたる難事ではない。そして、渡辺を介して田中から預金の勧誘を受けた被控訴人甲野においても、本件預金契約締結の前後における同被控訴人の預金者として誠に不可解な言動等後に摘記する前認定の事情に徴すれば、本件預金が控訴人大浜支店を舞台とするなんらかの金融犯罪に深く関係するものであること、更には丙沢が本件小切手を正規の預金手続に乗せて受け入れる意思のないことを薄々気付いていた旨推認することは決して故なきこととは言い切れないのである。しかし、同被控訴人らの場合は本件全証拠によるも尚今一つの確証を欠くといわざるをえない結果、丙沢の真意を知っていたとまでは認めることができない。

2  そこで、以下、同被控訴人らについて丙沢の真意を知り得べきものであったか否かについて検討を加える。

(一)  先ず、被控訴人らが本件預金の勧誘を受けた際の状況についていえば、謝礼その他田中から提示された条件は五〇〇〇万円二口の普通預金を正規の金融機関に預託する場合の勧誘としてはきわめて異常なものであって、預金それ自体がなんらかの金融犯罪に絡むものであることを窺わせるものであり、このことはプロの金融業者である被控訴人甲野にとっては容易に推知できたものと思料される(この点について、被控訴人らは月三分程度の利息は金融業界では決して稀れでない旨抗争するが、右は正規の金融機関への普通預金を利用した本件事案の利息の場合と事例を異にする利息についての主張にすぎないものというべきであり、到底採用の限りでない。)。加えて、前認定の事実によれば、同被控訴人は田中から合計一億円の預金の勧誘を受けてこれを承諾するに当たり、預金前田中から本件預金を含む二億円の借用証を徴したというのであるから、右は後日本件預金の払戻しがなんらかの理由により不能に帰した場合に備えての資金回収保全の措置を講じたことに外ならず、同被控訴人において本件預金が犯罪絡みのものであることを薄々知っていたことの証左ともいうことができる。

(二)  次に、預金時の状況についていえば、大阪在住の被控訴人らが福岡県の地方信用金庫の一支店に計一億円の普通預金をすること自体極めて異常な預金方法であるうえ、被控訴人甲野らはより確実な預金方法である振込送金等の方法を採らず、遠路遥々博多に至り、控訴人大浜支店においては、被控訴人甲野も被控訴人乙川を装う渡辺も自己紹介をしないばかりか殆ど黙して語らず、被控訴人甲野は、同支店応接室において一〇分ないし一五分に亘り丙沢と面接した間、丙沢に本件小切手を手渡し預金通帳を受け取った以外に預金の理由、条件、内容等本件預金に関する会話を全く交わさないばかりか丙沢に対し同支店の責任者の紹介を求めるでもなかったこと、同応接室において丙沢は五〇〇〇万円の入金を手書きし同被控訴人も右手書きを確認したが格別それに異を唱えなかったこと、更に同被控訴人は丙沢に対しても預金通帳と別個に本件預金の払戻しが不能に帰したときの対策ともみられる受取書の発行を求め、かつ、それに対して拒否反応を示した丙沢の態度をみても敢てこれを意に介さず黙々と預金手続を終えて退出した等前認定の諸般の事情を総合すれば、同被控訴人の預金時の態度は、プロの金融業者であることを考慮に入れなくても、極めて異常かつ不可解な態度といわなければならない。

(三)  右(一)、(二)の各事情を総合すると、金融に精通するプロの金融業者である被控訴人兼被控訴人乙川代理人の甲野は、本件預金契約の締結に際し、控訴人大浜支店の丙沢支店長代理が計一億円の本件小切手を正規の預金として受け入れる意思がないことを容易に知り得べきものであったと認めるのが相当である。したがって、控訴人と被控訴人らとの間で成立した各五〇〇〇万円の本件預金契約は、民法九三条但書により無効なものといわなければならず、被控訴人らの各主位的請求は控訴人に対し各金二〇〇円及びこれに対する預入れの日以後である昭和五九年九月一八日から解約申込日である昭和六〇年四月一六日までは約定の年一・五パーセントの割合による利息金(ただし、解約申込日である昭和六〇年四月一六日の一日分については遅延損害金の主張が理由のないときは予備的に利息金の請求がなされているものと解する。)、同月一七日から完済までは民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、その余は理由がないといわなければならない。

三  次に、被控訴人らの予備的請求(不法行為)について判断する。

主位的請求についての理由説示のとおり、控訴人の被用者である丙沢には預金契約締結の権限があったと認められるので、丙沢の本件預金契約締結の行為は、外形的には控訴人の職務の執行につきなされたものといえる。

しかし、被用者の取引行為がその外形からみて使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合であっても、それが被用者の職務権限内において適法に行われたものでなく、かつ、相手方が権限内の行為でないことを重大な過失により知らなかったものであるときは、相手方である被害者は、民法七一五条により使用者に対してその取引行為に基づく損害の賠償を請求することはできないと解すべきである(最高裁昭和四二年一一月二日判決・民集二一巻九号二二七八頁参照)。

これを本件についてみるに、前記主位的請求についての理由二の2の(一)、(二)において説示したとおり、本件預金の勧誘から本件預金契約締結に至るまでの一連の過程における諸々の異常性、就中、被控訴人甲野はプロの金融業者でありながら誠に奇怪かつ不可思議な預金条件を受け入れたうえ、関西から遠路遥々博多に至り、地方の信用金庫の一支店に計一億円の普通預金をしたものであるところ、控訴人大浜支店の応接室において、自ら自己紹介をすることもなく、被控訴人らと面接した丙沢支店長代理が支店長、次長ら同支店の責任者を同被控訴人に引き会わせることをしないのに対し自らも紹介を求めることをしないばかりか、丙沢が預金通帳に各五〇〇〇万円の入金を手書きしたことを知りながら入金記帳方法の不当性を指摘することもなく、また、自ら控訴人が預金を求める理由、意味、必要性、預金条件等を一切質さないのみならず、本件預金に関する質問、話題を全く提供しないまま黙々として預金通帳の交付等事務手続のみに専念する丙沢の態度が一億円の大口預金を受ける地方金融機関の一担当者として誠に不自然、不可解な態度であることは一見して明らかであるから、通常の預金者であれば、本件預金契約を締結するに当たり、丙沢が控訴人から与えられた正規の預金受入れの権限を逸脱して不正な取引をしているのではないかとの疑念を容易に持ち得たものと思料され、同被控訴人がプロの金融業者として金融機関内部の事情に精通していることを考え併せれば尚更然りといわなければならない。しかるに、こうした当然の疑問に思い至らないか或いは敢えてこれに眼を暝り、前示のような奇怪な態度に終始した同被控訴人には、丙沢がその職務権限を逸脱して本件預金契約を締結するものであることを知らなかったことにつき重大な過失があるといわれても止むをえないものである。したがって、被控訴人甲野はもとより、同被控訴人を代理人とした被控訴人乙川も、丙沢の使用者たる控訴人に対し、本件預金取引に基づく損害賠償を請求することはできないといわなければならない。

四  以上の次第により、被控訴人らの各主位的請求は各預金二〇〇円とこれに付帯する前示利息損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきであるから、右と異なる原判決主文第一、二項を右のとおり変更し、被控訴人らの予備的請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鍋山健 裁判官 松島茂敏 裁判官 湯地紘一郎)

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