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福岡高等裁判所 昭和57年(行コ)37号 判決 1984年5月30日

控訴人 松村四郎

被控訴人 熊本西税務署長

代理人 堀江憲二 公文勝武 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和五〇年一二月三日付でした控訴人の昭和四七年分所得税についての更正及び重加算税賦課決定の各処分のうち総所得金額を四七四四万七三二二円として算出した所得税額二五一五万六一五〇円を超える部分及び重加算税の全部を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に補足するほか、原判決事実摘示(原判決の引用する原審記録中の書証及び証人等目録の記載を含む。)と同一であるから、これを引用する。

一  控訴人の補足主張

控訴人が仮名を用いて、株式売買の取引をなすに至つたのは、次の事情によるものであるから、これを指して国税通則法六八条にいわゆる「隠ぺい、仮装」に該当するものということはできない。

すなわち、控訴人は、昭和三四、五年頃無記名の定期預金として保有していた金融資産を仮名で投資信託に投資して運用していたところ、昭和四〇年頃から控訴人の妻を通じて証券会社の勧誘を受けるままこれにしたがい、仮名の投資信託を売却した資金で株式の購入を行つたことから、同じく仮名による株式の売買取引を反覆継続するに至つたに過ぎないものであつて、殊更株式売買による所得を隠ぺいする目的で仮名を用いたものではない。

二  新たな立証 <略>

理由

当裁判所は、控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断するものであり、その理由は次のとおり付加し、改めるほか、原判決理由中の説示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決六枚目表一行目の「同松村スミエ」を「原審及び当審証人松村スミエ」、同行から次行にかけて「(その一部)」を「(ただし、証人松村スミエの証言及び控訴人本人の供述中後記採用しない部分を除く。)」とそれぞれ改め、同七枚目表二行目の「認められ、」の次に「原審及び当審証人松村スミエの証言並びに原審における控訴人本人の供述中右認定に反する部分はにわかに採用し難く、他にこれを左右すべき証拠はない。」を挿入する。

二  同八枚目表二行目の冒頭から九枚目表四行目の末尾までを次のとおり改める。

「しかし、そもそも、株式の売買取引は、通常、売り値と買い値の差額による利益の取得を目的として行うところの投機的取引であるから、そのもくろみどおりの利益を得ることのある反面、予測に反した株価の変動によつて却つて思わぬ損失を蒙ることもありうるものであることはいうまでもない。したがつて、多数回に亘り多額の株式の売買取引を行う者は、すべての取引の経過を適切に整理して一覧性のある記録に作成する等の方法を講じなければ、一定の期間を通じて全体としての取引が利益を生じているのか損失に終つているのかを知りがたい状況に陥ることがあつても格別不思議はない。そのような場合においても、株式の売買取引を行う者は、格段の事情のないかぎり、その取引が全体として利益に帰することを当然期待ないし意欲して取引に携つている筈であるから、これをことさら架空の名義で行うことは、自己の所得を構成すべきその利益を隠ぺいする意思に出でたものとみるほかない。したがつて、具体的に当該課税年度の取引が果して全体として利益になつているかどうか、利益になつたとしてそれがいくばくであるかを仮りに認識していない場合においても、利得を生じたときはこれを隠ぺいせんとの未必的な意思のもとに架空人名義による株式売買取引を行い実際に利得を得た場合には、国税通則法六八条に定める重加算税賦課の要件をみたすものというべきである。前記認定事実に徴すると、控訴人は、妻スミエが架空人名義を用いて株式売買取引を行つていたことを知悉しその結果が自己に帰属することを承認していたことが明らかであるところ、前示の関係各証拠によれば、控訴人は、右株式売買取引により利得をえたとしても、これについて納税申告を行う意思を有していなかつたことを十分窺うことができるから、控訴人が妻スミエの行う個々の株式売買取引について具体的な利得、損失の金額を認識していなかつたとしても、少くとも、架空名義を用いて行う株式売買による所得についてはこれを除外して所得申告を行うとの未必的な意思を有していたものと認めることができる。したがつて、国税通則法六八条所定の重加算税課税の要件になんら欠けるところはなく、控訴人の主張は採用することができない。」

よつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 蓑田速夫 金澤英一 吉村俊一)

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