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福岡高等裁判所 昭和57年(う)440号 判決 1982年11月16日

被告人 村松鎭次郎

昭九・五・二五生 不動産業

主文

原判決を破棄する。

本件公訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人川口晴司が差し出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官橋本昂が差し出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

控訴趣意中、交通犯則行為に関する処理手続についての事実誤認及び法令の解釈適用の誤りの主張について。

所論は要するに、本件は、交通反則行為に当たるので、これについては道路交通法所定の告知及び通告の処理手続をなし、その告知及び通告を受けた反則者が、期限までに反則金を納付せず、その納付期間が経過した後に、有効な公訴提起ができるものであるところ、本件において、現実に告知手続をし、告知書を作成、交付したのは、北九州市警察部交通課司法巡査高沢嘉昭であるのに、交通犯則告知書の告知・交付者の所属氏名欄には、同課司法巡査古賀哲男の署名、押印がなされていて、両者は明らかに相違しており、従つて、本件告知手続は無効で、ひいてはその通告手続も無効であり、そのため本件公訴提起の手続も無効となるので、本件については公訴棄却の判決をすべきであるのに、原判決は、右に関する事実を誤認し、ひいては法令の解釈適用を誤り、被告人を有罪として処断した違法があるので、破棄すべきである、というのである。

そこで、原審記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討して見るに、関係証拠によると、昭和五六年五月六日午前一一時二一分ころ、北九州市小倉北区西港町六九番地の一先交差点付近道路上において、北九州市警察部交通課司法巡査高沢嘉昭及び同司法巡査古賀哲男の両名が交通違反の取締中、右交差点を通過した被告人運転の軽四輪貨物自動車が、同交差点における一時停止の道路標識に従つて停止線で一時停止しなかつたものであるとして、被告人を検挙し、右高沢巡査が、同所付近に駐車してあつたパトロールカーの中に、被告人を導き入れて必要な取調べをしたうえ、被告人の右所為は交通反則行為に当たるものと認めて、告知手続をとり、告知書に必要事項を記載して、これを被告人に交付したのであるが、同告知書の告知・交付者の所属階級及び氏名欄には司法巡査古賀哲男の署名、押印があるものの、それは古賀巡査が事前に署名、押印していたものであつて、高沢巡査は、同告知書に自らが告知者であることを記載せず、又、同文書作成者としての署名、押印もしていない。そして高沢巡査が右告知手続をしている間、古賀巡査は、パトロールカーの車外に居り、他の違反車両の現認、取締などをしていて、高沢巡査の被告人に対する告知手続については全く関与しておらず、又、告知手続の内容については直接或いは間接的にも承知していなかつた。そして本件については、右告知手続に基づき、同年六月八日通告手続(犯則金の納付期限は六月二三日)がなされたが、被告人は犯則金を納付しなかつたため本件公訴提起に至つた。以上の事実が認められる。

以上の事実関係に徴すると、本件について、実際に犯則行為の告知手続をしたのは、高沢巡査であつて、古賀巡査ではないのに、その告知書における告知・交付者は古賀巡査となつており、同人が署名、押印しているものであつて、これは公文書である告知書の作成、ひいては告知手続に関し、基本的かつ重大な瑕疵があることになる。なお本件における前記のような告知手続の状況からして、原判決が説示するように、本件の告知者は古賀巡査であつて、高沢巡査はその補助者の立場であつたものと認めることは相当でない。従つて、本件犯則行為に対する告知は、その手続過程において重大な瑕疵があつて、不適法かつ無効であり、そして交通反則事件の処理手続における告知は、それに次いで行われる通告の前提条件となる重要な事項であるので、告知手続が無効な場合は、それに基づいて行われる通告手続も無効であると解するのが相当であり、それで右のとおり無効な告知手続に基づいて行われた本件通告手続も無効であると云わざるを得ない。ところで、被告人の本件所為は、道路交通法一二五条にいう犯則行為に当たることが明らかであり、これについては同法一二六条、一二七条所定の告知・通告手続を経た後、同法一二八条所定の期間内に犯則金を納付しなかつた場合に、はじめて適法な公訴を提起することができるものであるところ、本件については、前叙のとおり適法な告知・通告手続を経ていないことが明らかであるので、本件公訴提起は、同法一三〇条の規定に違反して無効となる。そうすると、原判決が、被告人の本件所為につき審理をすすめ、公訴事実と同一の罪となるべき事実を認定し、被告人に対して罰金刑を科したことは、訴訟条件に関する事実を誤認し、ひいては不法に公訴を受理して実体判決をしたこととなるので、原判決は、すでにこの点において破棄を免れない。

よつて、刑訴法三九七条一項、三七八条二号により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書、四〇四条、三三八条四号により本件公訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 緒方誠哉 田中貞和 西江幸和)

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